第15期 #13

ある試験の日

 寺小屋のような広い座敷に書机が並び少年たちが正座してその前に座っている。やがて白い紙が配られ試験が始まった。紙には非常に小さな字がびっしり書き込まれ、目を近づけて文字を一字一字拾って読んでいくが、心の中に喃語が響く気がするだけで意味が頭の中に入ってこない。早くも掌が汗でじっとりしてきた。それでもなんとか一問目を把握する。「アフガニスタンで誘拐された女性は現在金星のメイラナートで働かされている。○か×か」どうやら全問○×式のようだ。あてずっぽうでも○×だけは書いて出そうと思う。それで少し気が楽になったはずだと自分に言い聞かせて問題に集中する。これは引っかけ問題かなと思う。アフガニスタンの現状は良くわかっていないから、絶対にこれが×だとは言えないのではないか。だから正解は○かもしれない。とりあえずシャープペンシルで○と書くと細い芯で強く書いたので紙に鋭い溝が刻まれてしまった。慌てて消しゴムで消すと化粧紙の表面がそこだけ変色し、しかも丸く深い溝はそのままに残っている。もちろんこの上から黒く×と書けば×と認められるだろう。しかし一旦は○と書いたこともばれてしまう。金星メイラナートが○! ああ、そんなわけないだろう。私はどうかしている。そしてそれを見分けるのが試験という装置ではないか。ある人間が社会に適合可能かどうか。金星メイラナートに○をつけてしまった以上、私は間違いなく落伍者のレッテルを貼られるに違いない。額から首筋から脇の下からどっと汗が噴き出してきた。いや、そんなふうに決め付けてしまう自分のものの考え方が駄目なんだ。とにかく精一杯やるんだ。
 ふと気付くと私一人が居残っていた。きっと他の人には簡単な試験なのだ。私は自信を持って試験をやり終えた風を装って、試験官に答案を提出しなければならない。しかし部屋には誰もいなかった。座敷を出て台所に行くと、試験官が流し台で炊事をしていた。試験官が私を振り返ってにっこり笑ったのに力づけられて、答案用紙を差し出した。試験官は白衣を着た男性であり父のようだったが、エプロンをして濡れた手で答案を受け取る様子は母のようでもあった。その顔は小学校の時の先生にどことなく似ていた。それから玄関の外に出て夜空を見上げた。私は父に叱られて家の外に出されたのだった。それは現在でなく記憶ではないか。いやとにかく動揺しないことが肝心だと自分に言い聞かせた。



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