NOVEL 1-4(Second)

ソクトア第2章1巻の4(後半)


 翌日の朝、ユード家では、大騒ぎになっていた。無論6人の事である。突然あん
な濃い連中が、6人も消えたのだ。騒ぎにならない訳が無い。
 しかも消えた人物が、英雄の息子、その妹、魔術と体術の天才、プサグルの王子、
才能溢れる魔女っ子、愛を撒き散らす迷惑者と濃すぎるメンバーな上に、国の重要
人物まで揃って消えたのだ。その親達は、気が気でないようだった。さらには、謎
の多い2人まで消えたので、大パニックであった。
 最も、ヒルトとライルは、何で居なくなったのか考えられる理由が思い当たる節
がある。なので少しは冷静だったが、やはり意外だとは思っていた。
 しかし、もっと冷静だったのは、フジーヤだった。トーリスの書き手紙が置いて
あったからである。トーリスは出発する前に、5人を見かけてメンバーの名前を全
て書いて、書置きとして残して置いたのだ。それにフジーヤはトーリスの事が心配
ではあったが、トーリスならば、メンバーの助けに大いに役立つだろうと踏んでい
た。フジーヤは、既にトーリスの事を一人前だと認めていたからである。
「あの子が旅なんて・・・。変な虫が付かなければ良いのだが・・・。」
 ルースは、かなり心配していた。案外、親馬鹿なのだろう。
「そうよねぇ。あの子は、小さい頃から面白い事に興味を持つと止まらない物ね。」
 アルドも心配なようで、ツィリルが、どれだけ親に心配されてるか良く分かる。
アインは、こんなに困った顔をする両親を見るのは初めてだった。
(まぁ俺も、ツィリルが心配じゃないって言ったら嘘になるけどな。)
 アインは、ふとそんな考えが頭をよぎった。それだけツィリルは大事にされてる。
「でも、トーリス君が、付いていったのは幸いだったなぁ。」
 ルースは、その点では胸を撫で下ろしている。ジークだけなら心配だが、トーリ
スも付いて行くとなれば、旅にもメリハリがついて、楽になる事だろう。
「心配しすぎだぞ?ルースに姉さん。うちなんか2人だぞ?」
 ライルは、ジークだけならまだしも、レルファまで出て行った事には、少しショ
ックを受けていた。マレルも同じ事で心配していた。
「あの子ったら勝手なんだから!帰ってきたら、ふんじばってやるわ!」
 憤慨してるのはフラルだった。ゲラムの事でであろう。何せ、この姉弟は何だか
んだ言って、ケンカ仲間に近い感覚だったので、寂しいのだろう。よくみると、少
し涙ぐんでいる。
「しっかりしてきたと言っても、まだ14だしなぁ・・・。」
 ヒルトも頭を抱えていた。あのゲラムに限って、勝手な事は、あまりしないと思
っていた。甘かったのかもしれない。
「親に心配かけるのは、子供の特権とは言いますけどね、あの子が見れないのは、
残念としか言いようが無いわ。」
 ディアンヌも、ため息をついていた。ゲラムの事は、かなり可愛がっていたので、
本当に心配だった。末っ子と言うのは、やはり愛される物なのだろう。
「私は信じてますよ。父上。母上。ゲラムなら一回り大きくなって帰って来ますよ。」
 ゼルバは、そう言ってはいたが、心配じゃない訳が無い。しかし、だからこそ、
この機会に成長して帰って来て欲しいのだ。
「まぁ、ジークと上手くやるだろ。あいつならな。」
 フジーヤは、何の心配もして無かった。むしろ、良い気晴らしになると思ってい
た。トーリスは、昔からフジーヤの元で行動する事が多かった。しかし、これから
は、自分で決めて、自分の考えで生きて欲しいのだ。そのためには、突き放すのも
必要だと思っていたのである。
「ただ、レイアちゃんが、少し可哀想ねぇ。」
 ルイシーは、そっちの方が心配だった。フジーヤの家の近くに幼馴染のレイアと
言う女の子が居る。彼女とは、付き合いも長いし、トーリスを実の兄のように慕っ
ていた。今年で18歳になる。トーリスが、旅に出たと聞けば、悲しむだろう。ト
ーリスも、それを承知で付いて行ったのだろうが、少し可哀想な気がしたのだ。レ
イアの家は、宿屋を経営していて、中央大陸の中でも有名な所であった。
「俺っちが、ちゃんと伝えますよ。」
 スラートが、珍しくまともな事を言う。猿の癖に、よくもまぁ気がつく事だ。そ
の配慮が、フジーヤは、たまらなく嬉しかった。
「しかし、グリードを置いていったのは、どうかと思うぞ。」
 フジーヤは、その点が気に入らなかった。グリードは、ジークにも懐いていた。
どうせなら連れて行って欲しかったのだが、フジーヤは冷静になって、それは無理
だと言う事にも気づいた。
「まぁ、グリードの顔を見たら妙にスッキリしていたからな。挨拶はしたんだろう
けどな。」
 フジーヤは動物の心を理解する事ができた。しゃべれる域にまでは達していない
が、表情や仕草から何を考えているかくらいは、分かるつもりだ。
「ったく。あの野郎、ジークさんに付いて行くなんてよ!うらやましいぜ!」
 レイリーは憤慨していた。憧れのジークが、出て行ったと言うのは、凄く悔しい
事だったからだ。これから稽古を付けてもらおうと思った。そして、強くなりたか
った。だが、ジークの旅立ちに気が付かなかった。それが悔しくてたまらないのだ。
さらに、サイジンが、それに付いていったという事で、追い越されたような気分に
なったのだろう。
「少し寂しくなりますわー。」
 おっとりしては居たが、麗香も少し寂しそうだった。
「そうねぇ。彼、面白かったですものねぇ。」
 繊香も何だかんだ言って、サイジンの雰囲気は嫌いではなかった。彼は、場を和
ませるような雰囲気がある。多少、やりすぎな所があるが、面白い事に変わりは無
かった。
「ま、旅をして成長すれば万々歳って所か?」
 エルディスは、グラウドに向かって、肩を叩く。しかしグラウドの耳には届いて
いない。この冷静な男も養子とは言え、息子が居ない事で心配してるのだろうか?
「おいおい。どうしたよ?心配するって柄でも無いだろ?」
 エルディスはグラウドが、ブツブツ何か言ってるので元気付けてやろうとした。
珍しく心配しているのだと踏んでいたからだ。
「・・・あいつは、迷惑掛けてないだろうか?・・・。」
 グラウドは、そんな事をブツブツ言っていた。どうやら息子の安否が心配なので
は無くて、息子の行動が心配だったのだ。あの性格では、それも納得できる話だ。
「あーー・・・。なるほどな・・・。」
 エルディスは、グラウドが何に心配していたのか理解する。サイジンは、既に成
人だし、旅をするのも大いに結構だとは思っているのだろう。ただ、レルファと共
に付いていったと言うのが、非常に心配なのであった。あの馬鹿笑い声で他国でも
恥も外聞も無く、愛を語り始めるのは目に見えていた。サイジン自身は、それでよ
くても、レルファに多大な迷惑が掛かるに違いないと見ていた。
「レルファに何かあったら、俺の責任だ・・・。」
 グラウドは、はっきり言って他の人達とは、別の意味で心配していた。
「お前らしいよ。まぁトーリスにジークが、付いていったんだ。少しは安心しとけ。」
 エルディスは、グラウドの肩を叩いてやる。
「そうだな。しっかし、あの馬鹿息子は、いつも心配を掛ける。しょうがない奴だ。」
 グラウドは、そう口で言っていたが、苦になんて思っても居なかった。例え、血
が繋がって無いと言っても、サイジンの事は、本当の息子だと思っている。それだ
けに心配なのだろう。
「それにしても、ジュダさんと赤毘車さんは早かったな。よほど忙しいんだろうな。」
 フジーヤは、それが残念だった。ジュダと赤毘車とは、まだ話したい事は、いっ
ぱいあった。フジーヤにとって見ればジュダは師匠同然だし、赤毘車は最高の剣技
を持つ女性だ。その技の見学をしたかったのである。
「ライル。これからどうする?」
 ヒルトは、昨日話していたシーザー達の事を尋ねる。状況が変わったので、頼み
易いのだろう。
「マレルにも、話してみるよ。」
 ライルは、マレルの所に行くと、昨日ヒルトから言われた両親の事について、話
した。すると、マレルは少し考えていた。
「義兄さん?この家を頼めるかしら?」
 マレルは、それが一番の悩み所だった。
「マレル。頼む時点で、それは保障していると考えてくれ。」
 ヒルトは力強く答える。そのつもりで無ければ、この話自体、ヒルトは、するつ
もりなど無い。
「・・・分かったわ。行きましょう?あなた。」
 マレルは、子供2人が居なくなった事は、その両親の事だと知ると、感心すると
共に踏ん切りがついたのだろう。
「済まない。頼む。マレル。ライル。」
 ヒルトは、深く頭を下げる。
「ただし、あの子達が帰ってきたら、連絡下さい。それが条件です。」
 マレルは釘を刺しておく。いつでも、この家に帰れるようにしたいと言う事だろ
う。ジーク達が帰って来た時に悲しませてはいけないと、思っているのだ。
「執事達には、重々伝えておこう。安心しろ。国一番の奴を寄越す。」
 ヒルトは心当たりがあった。彼に頼めば安心と評判の、しっかりした者だった。
「それじゃぁ、姉さん達にも伝えておくか。」
 ライルは早速、皆が、集まってる所に行って、その話を始める。最初は原因がラ
イルとヒルトだという事で、脱力してた皆だが、最後は納得してくれた。
「なるほどねぇ。別に兄さん達が、心配しなくても良いのに。」
 アルドは恥ずかしそうだった。自分が、親の世話をするのは当然だと思っていた
からだ。何よりシーザーと、いつも会えて気晴らしになってるのは、自分の方だ。
「俺だって苦に思った事は、一度もないぞ?」
 ルースも同意だった。何しろ、大恩あるルクトリア王シーザーである。自分が裏
切ってしまってから、戻る時に一番尽力してくれたのは、シーザーであった。その
シーザーの支えになって嬉しいと思う事はあっても、苦だと思った事は無かった。
「そう言うな。俺も父さんの役に立ちたいんだよ。」
 ライルは、ニッコリ笑った。
「私も義母さんに恩を返したいのです。」
 マレルは修道女らしい事を言う。どちらにせよ、嫌々やるのではなくて、自分か
らやりたいと思って言ってるのだろう。
「ただ・・・申し訳無いんだが、ルクトリアに居る間は姉さんの所を、使わせてく
れないか?」
 ライルは言い出し難いようで、少し小声になっていた。
「なーに気にしてるのよ。うちは道場に離れがあるのよ?遠慮なんか、しなくて良
いのよ。住みたいのなら、いつでも言ってよね。」
 アルドは、そんな事かと言わんばかりに快諾する。
「お世話になります。義姉さんに義兄さん。」
 マレルが深く頭を下げる。
「うちだと思って、存分に使ってくれよ。遠慮しないでくれ。」
 ルースも、かなり歓迎だった。道場にライルが居ると言うだけで、かなりの刺激
になるだろう。道場生はもちろん、アインの実力アップにも繋がる。
「ライルさんが、うちに。何かワクワクしてきたな。」
 アインも包み隠さず言った。何せ、英雄と稽古出来るチャンスである。ここは、
このチャンスを生かしてジークに負けないように強くなりたいと思っていた。
「ルースさん!アルドさん!」
 突然レイリーが叫びだした。
「どうした?レイリー。」
 ルースは、少しビックリする。
「俺も、お世話になりてぇんですが!」
 レイリーは、真剣だった。ジークとの手合わせは残念だったが、ライルとの手合
わせは、逃したく無かったのだ。
「レイリー!お前、勝手な事を言うんじゃない!」
 エルディスは、さすがに注意する。あんまり我がままを許す訳にも行かないのだ。
レイリーの性格を考えて、人の家に預けるのは少し憚られたのである。
「親父!おふくろ!頼む!俺、ジークさんに少しでも近づきたいんだ!」
 レイリーは、土下座までする。
(あのプライドの高い子が・・・。なんて事だ・・・。)
 エルディスは、意外と言うより呆気に取られていた。
「お前、本気か?」
 エルディスは、真っ直ぐレイリーの方を見る。レイリーは少し怯んだが、決意が
揺らぐ事は無かった。
「これだけは。譲れねぇ。」
 レイリーは、歯を食いしばって、こちらを見返していた。
「・・・ふう。まったく・・・。すまん。ルース。俺からも頼む。」
 エルディスは、ルースに頭を下げる。
「あなた!・・・。もう甘いんだから。分かったわよ。私からも頼みます。」
 繊香は、エルディスの気持ちも、レイリーの気持ちも分かっていたので、どうし
ても反対出来なかった。
「親父・・・おふくろ・・・。」
 レイリーは、父と母に感謝した。普段怒られてばかりなのに、いざという時に味
方してくれる。そんな親子愛を、つい感じてしまった。
「俺が反対すると思うか?幸い、うちには、道場生用の休憩所がある。そこを使っ
てもらうさ。」
 ルースは、息をつく。こんなやり取りを見せられて、反対するほどルースは野暮
な人間では無かった。
「レイリーも行ってしまうの?寂しくなるですのー・・・。」
 麗香はノンビリしていたが、ちょっと納得行かない様子だった。
「フッ。ならば、お前達は俺の家に来い。パーズとルクトリアなら近い。」
 グラウドは自分の家にエルディス一家を招待しようと思った。グラウドの言う通
り、グラウドの住んでいるパーズと、ルクトリアは、同じ東の国で首都同士は結構
近めにあったので、パーズとルクトリアなら、すぐに連絡が取れるだろう。
「済まない。お願いする。」
 エルディスが深く頭を下げる。
「でも、そうだと、家が心配ですわ。私・・・。」
 繊香は、ガリウロルの家が心配だった。榊家から何を言われるか分からない。元
々榊家に居候のような形で住まわせてもらっていたので、少し後ろめたかったのだ。
「ならば、俺が親書を送ってやろう。」
 ヒルトは手を打つ。プサグル王の親書ならば、かなりの期待が出来よう。
「父上。個人的な事に、親書を使うのは賛成出来ませんよ?」
 ゼルバは、さすがに反対だった。政治の頂点に立つ者として、あまり軽率な事を
控えるのは当然の事だ。
「兄様は頭がお堅いのね。」
「フラル。国政には、して良い事と悪い事があるのですよ。」
 いつもは、甘いゼルバだったが、こう言う時は、退かなかった。帝王学を受けて
いるだけに、その辺は、拘りを持っているのだろう。
「その通りだ。ゼルバ。お前は間違っちゃいない。」
 ヒルトは思い直した。つい、この場だと王と言う立場を忘れてしまう。しかし、
ゼルバは、忘れていなかった。
(こいつを継承者にするのは、間違いでは無かったな。)
 この毅然とした態度が未来の王を生むのだ。
「そうだな。ゼルバの言う通りだしな。俺が手紙を送ろう。」
 ライルが言った。なるほど、英雄ライルの手紙ならば、向こうの家も、ただの事
情では無いと思ってくれるだろう。こういう時に、英雄と言う立場を利用しなくて
何なのか?とライルは思っていた。
「決まりだな。明日にも用意をして、それぞれ向かう事にしよう。」
 ヒルトは、ある程度決まって来たので、皆に確認する。みんな決意の目で、それ
を返す。
 どうやら6人が出た影響は、本人達だけではなく、皆にも影響が出たのであった。


 「聖亭」の朝は、とても早い。それこそ日が昇る前に訪れてしまう。夜遅くまで
開いているのに勤勉な事である。材料の仕入れをいち早く済ませて、仕込みに入る。
仕込んだら宿の掃除をして、後は、お客様次第で忙しさが決まる。その内、仕入れ
と仕込みは、レイホウ女将がやる。そして掃除などは他の従業員やミリィがやると
言った感じである。
 他の従業員と言っても、今は他に女性の従業員が2人しか居ないので、もう1人
は募集している所だった。
 お客の朝ご飯を用意すると共に客に頼まれている時間に起こしに行く。そして、
レイホウが朝ご飯を作ってミリィが運ぶ。他の従業員2人も、てんてこ舞いになっ
ていた。
「さぁ、今日も頑張るネ!」
 レイホウの掛け声と共に朝が始まる。とんでもない忙しさだ。しかし、それが仕
事なのでレイホウは、努力を怠らない。それが「聖亭」の人気の秘密でもあった。
しかし、人気があるだけに、ここの仕事は辛いので、なかなか従業員になろうと思
う人は来ないのであった。それがレイホウの悩みでもあった。
「ふぁー。おはよー。ミリィさんにレイホウさーん。」
 上からツィリルが欠伸をしながら降りてきた。さっき間違えてパジャマ姿で居た
ので、レルファに止められながら、着替えた所であった。
「おはようございます。レイホウさん!ミリィさん!」
 レルファも降りてきた。おそらく扉の鍵を閉めたのだろう。
「おやおや、早いですね。レルファにツィリル。」
 トーリスがいち早く席に着いていた。相変わらず隙が無い。
「後の3人は?」
 レルファは、2階を見る。まぁ言わなくても分かるのだが・・・。
「夢の中に居るんじゃないですか?」
 トーリスは、クスクス笑う。ジークもサイジンも、あれだけ意気込んでた割には、
布団に入ると、すぐに眠ってしまった。疲れていたのであろう。
「おはよーございまーす。あれ?3人共、早いなぁ。」
 ゲラムが、降りてきた。まだ寝ぼけ調子だが、足取りは、しっかりしていた。
「ふう。兄さんは、ここでも朝は弱いのか・・・。」
 レルファは、頭を抱えていた。これでは家と変わらない。
「英雄の息子と言っても、人間ネ。少し安心したヨ。」
 ミリィは、つい笑ってしまった。
「おはよう!諸君!はっはっは。清々しい朝ですなぁ。」
 サイジンが降りてきた。相変わらず無意味の大声をあげる。
「サイジンさん。鼾(いびき)凄かったよ。」
 ゲラムが、ジト目で見る。サイジンの鼾のおかげで、ゲラムは、中々寝られなか
った。と言っても、疲れてたので、その後すぐに寝たのだが・・・。
「むぅ・・・失礼だな。ゲラム君。これから同室なのだ。慣れたまえ。」
 サイジンは気にする様子は全く無かった。ゲラムが嫌ーな顔をする。
「それにしても、サイジンより遅いなんて・・・。」
 レルファが、ため息をつく。もちろんジークの事だ。
「ジークは寝られなかったのでしょう。昨日は遅くまで私と話してましたからね。」
 トーリスが、レルファに言う。ジークは、決意を新たにと言う事と自分がリーダ
ーだと言う事について、トーリスと相談していた。トーリスは、ジークにリーダー
は何が必要なのか教えて、今日やるべき事を話しておいた。リーダーには皆を引っ
張る役目がある。トーリスは雑務はこなすが、引っ張るのは、あくまでジークであ
って欲しいという事を伝えたのだ。ジークは理解したようだった。
「ふぁあああ。ねむー。って皆、居るし・・・おはよう。」
 ジークが、寝ぼけながら降りてきた。めちゃくちゃに眠そうだった。
「兄さんねぇ。ここでも一番最後で、どうするのよ。」
 レルファは、注意する。
「そう言うなって。これから気をつけるさ。」
 ジークは、冷や汗を掻きながら誤魔化していた。
「ジークさん。私との約束忘れてないネ?」
 ミリィは、開口一番に、その事を言う。無論、手合わせの話だろう。
「忘れてないよ。いつやるか教えてよ。」
 ジークは、ニコリと笑う。どうやら寝ぼけも取れたみたいだ。
「朝ご飯の片付けの時間に、いつも訓練するネ。その時に付き合ってもらうヨ。」
 ミリィは、毎日訓練を欠かさない。それは、ジークも良い事だと思った。ジーク
も不動真剣術を守るために訓練は欠かさないと誓っていた。
 朝ご飯は手早く終わらせて、ジークは、ミリィに言われた訓練している裏の空き
地に向かった。確かに良いスペースがあった。良く見るとミリィは、この辺では有
名なのか、ギャラリーが集まってきた。そしてジークが来ると皆、哀れんだ目を向
けていた。
「ミリィちゃんの今日の犠牲者は、あいつカ・・・。」
「かわいそうになぁ。下手すると痣だらけになるナ。」
 ギャラリーは、口々に無責任な事を言っていた。するとミリィは、訓練用の木の
棒を用意していた。軽快にブンブン振っていた。
「ジークさんは何を使うネ。」
 ミリィは、訓練用の刃止めの剣を見せる。いろんな形があった。
「俺は、これで良いよ。」
 ジークは、木刀を選んだ。なんとなく慣れているのである。
「私を侮辱する気なのカ?」
 ミリィは、目に怒りをともす。
「そうじゃない。俺は、いつもこれで訓練してきたから慣れてるだけさ。」
 ジークは、本当の事を言ったが、ミリィは納得してなかった。ジーク以外の5人
は、ギャラリーよりは内側に、その様子を見ていた。
「フム。ミリィさんは、本当にお強いな。」
 サイジンは、雰囲気で、それを感じ取っていた。サイジンは、普段お調子者だが、
これでも「死角剣」の師範である。並みの強さの男じゃなかった。
「あの体つきは、一朝一夕で出来る物じゃぁありませんね。」
 トーリスも認めていた。ミリィは、鍛錬を怠った事は無い。
「でも兄さんも、ただの剣士じゃぁ無いからねぇ。」
 レルファは、ちゃんと手加減するかどうかが心配だった。いくら、ミリィが強い
と言っても、それは並みの剣士と比べればの話である。ジークは、あのライルに手
合わせで勝った事があるくらい強いのだ。
「ジークお兄ちゃんも、ミリィさんも頑張るのだー♪」
 ツィリルが無邪気に応援していた。それに合わせてギャラリーも沸いてきた。
「ジーク兄さんは、負けないさ。それは身を持って知ってるからね。」
 ゲラムは、ジークの強さにジークの「覚悟」を知っている。それと、ゲラムには
思う所があった。ジークに負けて以来、自分の中で何かを変えようと言う意思がだ。
「用意は良いカ?」
 ミリィは、棒を斜めに構える。なるほど。どちら側の棒でも突けるような構えだ。
良い構えだとジークは思った。
「ああ。こっちはいいよ。」
 ジークが、木刀を中段で構える。不動真剣術「守り」の型だ。様子見の意味合い
も兼ねているのだろう。
「アイヤー!」
 ミリィは、掛け声と共に棒を縦に横にと振る。ジークは、それを正確に木刀で受
ける。中々鋭い動きだ。
「棒にばっか気を取られてると怪我するヨ!」
 ミリィは、蹴りを使ってきた。さすがのジークも、これには面食らった。しかし、
今わの際でちゃんと避ける。
「さすが!免許皆伝は伊達じゃないな!」
 ジークは、その後の振りも受けてたが、ミリィの動きが、かなり素早いため受け
てばっかになってしまう。横、縦に蹴り、棒を片手で持って拳まで打ってくる。
(これが、ストリウス拳法の変幻自在の動きか。)
 ジークは、話には聞いていたが、実際に受けるのは大違いだった。動き自体はラ
イルよりも遅い。しかし、変幻自在の手数で押されつつあった。
「アイヤーーー!ハイー!」
 ミリィは、何と突きに来た。この手数の多さは、半端じゃなかった。その内、壁
を背にしてしまう。
「追い詰めたネ。もらったヨ!」
 ミリィは、ここぞとばかりにラッシュを掛ける。
「しょうがない・・・。ハッ!」
 ジークは、気合一閃で大ジャンプを見せる。ミリィを遥か通り越して、空き地の
中央に降り立つ。
「やるネ。ここまで歯応えのある男居なかったネ・・・これは何ヨ!?」
 ミリィは、少し怯んだ。ジークの木刀に気合が入っていくのが見えた。そして、
ジークの雰囲気が変わったのだ。
「強いなぁ。ミリィさん。」
 ジークは、そう言うと木刀を下に下げる。力を抜いたようなポーズだ。これこそ
不動真剣術「無」の構えだった。
「今までは、本気じゃ無かったって事ネ。甘く見られた物ヨ!」
 ミリィは、更に速い動きでジークに襲い掛かる。
「アイヤー!・・・ハッ!?」
 ミリィは、ビックリした。ジークを突きに来たのだが、ジークは、何と棒の先を
木刀の先で合わせて受け止める。恐ろしい芸当だった。相当の見切りが無ければ出
来ない芸当だ。
「ハイー!ハイ!ハイ!ハーイ!ヤー!」
 ミリィは、慌ててガムシャラに棒を振り回したり、蹴りや拳を繰り出すが、全て
木刀の背で受け止めていた。しかも、ジークは後ろに下がる所か前に出てきていた。
いつの間にか、ミリィの方が壁を背にしていたのだ。
(強い!なんて男ネ!)
 ミリィは、今まで突きを繰り出した男までは居たが、受け止めて前に出てくる男
など1人も居なかった。ましてや、壁を背にする事など一度も無かった。
「ストリウス拳法の極意を見せるしかないネ!」
 ミリィは、妙な構えをした。棒を片手で持って、もう一方の手で棒を支えるよう
な形だった。
(あの構えから何が出るんだ?)
 ジークは、不思議に思った。あれでは、まともに振るう事すら出来ない。
「いくネ!旋回棍!」
 ミリィは棒をジークに向けると、そのまま突きに来た。しかし、普通の突きでは
無かった。何と棒に回転が加わっていた。
 シュッ!
 ジークは、さすがに受け止めないで横に避けた。そうしなかったら、木刀が削ら
れていただろう。ジークに棒を向けた瞬間、支えた手で回転を加えたのだろう。
「やるなぁ。なら俺も、それに応えて不動真剣術・・・見せよう!」
 ジークは、木刀を頭上に持って行くと、片手で木刀の横ばいを押さえる。
「く、来るカ!?」
 ミリィは、また旋回棍の構えを見せる。そして、それをジークに向ける。
「今度こそもらうネ!旋回棍!」
 ミリィは、ジークに向かって旋回棍を放つ。
 ガシィ!・・・ドゴォォォォ!!
 物凄い音がした。そして、ミリィは手に持っていた棒が、無い事に気づく。ふと
ギャラリーを見ると後ろを驚いて見ていた。
「!こ、これハ!?」
 ミリィは、ビックリした。何とジークが突きの構えで後ろに居た。それだけでは
ない。自分の棒が、後ろの壁に突き抜けていたのだ。ジークは、何と旋回棍を真正
面から凄まじい突きで吹き飛ばしたのだ。棒は、たまらずミリィの手から離れて、
後ろへと吹き飛ばされたのだ。そして、ジークは、かの袈裟斬り「閃光」と同じよ
うに物凄いジャンプで後ろまで、ひとっ飛びしながら突きを打ったのだった。
「これこそ、不動真剣術、突き「雷光」。」
 ジークは、技名を言い放つ。袈裟斬り「閃光」に似てるが、威力はこちらの方が
高い。ただし、ピンポイントで当てる技のため相当な見切りが必要だった。
「凄いネ。私の負けヨ。」
 ミリィは、さすがに言葉も無かった。これだけ実力差を見せられれば充分だった
のだろう。
「おい!あいつすげぇ!勝っちまったヨ!」
「ああ!すげぇ!最後のなんか見えなかったゾ!?」
 ギャラリーは再び沸いてきた。しかし、今度はジークを称える歓声に変わった。
「強いネ。さすが英雄の息子ネ。噂以上だヨ。」
 ミリィは、握手を求める。ジークは雰囲気が、いつもに戻ってニッコリ笑いなが
ら握手をした。ミリィはジークの手を逞しいと思った。そして、何故かドキドキし
ていた。負けたのに何故か悔しく無かったのだ。こんな体験は初めてだった。ミリ
ィは、これが初恋だと気が付いていなかったのである。
 ジークのストリウスでの生活は、こうやって幕を開けたのだった。



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