NOVEL 1-5(Second)

ソクトア第2章1巻の5(後半)


 このソクトアでは国名と同じ名前の街が、基本的に首都である。違えている国は
無い。ここストリウスでも例外ではない。ストリウスの首都、ストリウスの街は、
ストリウスの国の中でも最も活気はある。しかし、最も広いだけに治安も悪い。ギ
ルド同士の抗争が良い例である。
 しかし、それを止めるだけの力は無いので、放って置いているのが現実である。
実際、「光同志」の連中は、秩序を守っていると口では言っているが、ストリウス
の覇権が、欲しいだけなのである。その証拠に「光」の縄張りでは徴収金を押収し
ている。他も似たような物なのだが、それで、自分達が正義であると信じている分
だけ、性質が悪いのだった。
 しかし、「闇帽子」や「気闘園」も似たような物で、結局は、それ以外のギルド
は太刀打ち出来ないのだった。だが3つの力が、ほぼ均衡しているため、妙なバラ
ンスが出来ているのは、事実だった。
 しかし、ジーク達は、そんな闘争には興味は無かったので、怪しげな案内で来た
ギルドに入ろうとしている。名は「希望郷」と悪くは無いのだが、その束ねるギル
ドマスターが、今年で65歳のサルトリア=アムルでは疑いたくもなる。
「おい。爺さん。本当にこの辺なんだろうな?」
 ジークは、段々人気の無い所に来たので少し怪しむ。
「わしを信じぬ気か?大体街の真ん中にあるギルドなんぞ騒がしい物じゃ。」
 サルトリアは、憤慨していた。
「まぁこの辺なら、「聖亭」からも近いし、悪くは無いのですがねぇ。」
 トーリスは周りの景色を楽しんでいた。「聖亭」は、ストリウスの街の入り口付
近にある。この辺りも道を一本行けば、街の入り口に着くので、遠くは無かった。
「ほう。お主ら、「聖亭」に目を付けるとは、やるのう。あそこは良い宿じゃて。」
 サルトリアは「聖亭」の評判は知っている。実際に行った事もあるが、年に数回
食事に行くくらいだった。
「ありがとうネ!お爺ちゃん♪」
 ミリィが、弾む声で言う。
「良く見るとお譲ちゃん、「聖亭」のミリィちゃんではないか。なるほどのう。」
 サルトリアは、地元の爺さんの顔に戻る。ミリィの事も店に行く内、3回に1回
くらいは見ていた。
「有名なんだねぇ。ミリィさん。」
 ゲラムは感心していた。いつも、自分が泊まる宿が有名な所だと嬉しくなってく
る。悪いことでは無いだろう。
「ありがとネ!これも、母さんの頑張りのおかげヨ。」
 ミリィは手を顎に掛けて、勝手に納得していた。
「そう。レイホウさんの料理、すっごい上手だもんね。」
 レルファは、自分が作っている分、その凄さが身にしみる。やはり、それがプロ
とアマチュアの違いだろうか?
「レイホウさんの料理美味しいもんねー♪」
 ツィリルは、はしゃいでいた。機嫌は良いらしい。
「親子で切り盛りは美しき事かな。素晴らしいですぞ!レルファ!」
「私はレルファちゃんと違うネ。失礼ヨ。」
 ミリィは、少し憮然とする。またサイジンはレルファと間違えたらしい。中々の
病気ッぷりである。
「これは、申し訳ない!私としたことが!これもレルファを愛するあまり・・・。」
「はい!ストップよ!サイジン!・・・その辺に、しときなさいね。」
 レルファはサイジンの口に指で蓋をする。サイジンの、この間違いは、もう見飽
きたし、何度見ても恥ずかしい物であるので、すぐに終わらせるのが得策だった。
「相も変わらずですね。・・・で、ここが「希望郷」ですか?」
 トーリスは、口元で少し笑うと、腕を組んで前の建物を見渡す。しゃべりながら
歩いていたが、いつの間にか、着いたらしい。
「正しく、その通りじゃ!」
 サルトリアが、ウンウンと頷く。なるほど。あの3つのギルドと比べると見劣り
するのだろうが、結構綺麗な建物だった。しかし場所は、かなり悪い。街の入り口
と近いと言っても、かなりの離れだった。
 そんなに小さくも無いし、ちゃんと訓練用の道場もあるようだった。こう見えて、
中々の冒険者ギルドであった。しかし、見れば分かるとおり、閑古鳥が鳴いてる程
ギルドメンバーは、居なかったようだ。しかし、サルトリアは毎日の掃除を欠かさ
ないので、中は綺麗な物であった。有名になれば、それなりに行けるかも知れない
と、ミリィは思った。地元だけに何となく分かるのだ。
「お?お客さんか?」
 中から声がした。どうやら誰かいるらしい。
「む?帰っておったのか?サルトラリア。」
 サルトリアが、中に入る。それに、つられて7人も中に入った。
 中は結構スペースが広く、受付も、ちゃんとした物だった。それに冒険者支援の
印も飾ってあったので、安心出来そうなギルドだった。その受付の所に、黒髪の男
が居た。歳は40くらいだろう。
「おう。父さん。お帰り。もしかして、ギルド入隊希望者か?」
「そうじゃ。喜べ!7人もじゃぞ。」
 サルトリアは興奮した面持ちだった。いつの間にか、ミリィまで数に入っていた。
「私、母さんと相談しないと駄目ヨ・・・。」
 ミリィは、少し気まずそうに言った。さすがに、店をほったらかしには出来ない。
「ああ。ミリィちゃんじゃないか。さすがに、無理に勧めは出来ないな。ええと、
君達、6人は、間違い無さそうだな。俺は、このサルトリア=アムルの息子でサル
トラリア=アムルだ。一応副ギルドマスターを、やらせてもらっている。と言って
も、父さんと2人しか居ないけどな。」
 サルトラリアは、恥ずかしそうに頭を掻く。
「俺は、このパーティーのリーダーのジーク=ユードです。よろしく。」
 ジークは、挨拶すると、サルトラリアと握手する。
「私は、ジーク兄さんの妹、レルファ=ユード。よろしくお願いします。」
 レルファは、ペコリと礼をすると、同じように握手をする。
「わたしは、ツィリルでーす♪こう見えても魔法使いだよー。」
 ツィリルもサルトラリアと握手する。サルトラリアは、ツィリルにつられて笑顔
を見せる。
「僕は、ジーク兄さんの従兄弟です。ゲラム=ユード。よろしくお願いします!」
 ゲラムは、真面目に挨拶する。そして握手をする。
「私の名は、サイジン=ルーンです。レルファの恋び・・・。」
 バキッ
 サイジンが、何か言いかけた所で、レルファの拳が飛んできた。サイジンは、殴
られながら、サルトラリアと握手した。
「私はトーリスと申します。パーティーでは最年長を預かる身ですが、若輩者故、
ご指導をお願いします。」
 トーリスは、丁寧に挨拶する。サルトラリアと握手もした。
「なるほど。この「希望郷」は略して「望」と呼ばれてるんだ。君達も、そう呼ん
でくれ。それで、これが登録用紙だ。誰か代表で書いてくれれば、それで良い。」
 サルトラリアはギルド名簿用紙を出す。よく見ると、過去にも、何人か入ってる
ようだった。しかし、2日くらいで辞める人が多い。恐らく、通い難さが、災いし
たのだろう。それに「光」に取られてるとも書いてある。惨い話だった。トーリス
は、横目で、それを見ながら丁寧に全員の名前を書く。
「父さん。後の事は俺が、やるので、奥で休んでなよ。」
 サルトラリアは、名簿を仕舞いながら言った。
「フム。悪いのう。わしも歳でのう。」
 サルトリアは、奥へと行ってしまう。しかし、足取りも、しっかりしていたし、
どうにも疲れてるようには見えなかった。
「さて、ジーク君、レルファちゃん、ツィリルちゃん、ゲラム君、サイジン君、ト
ーリス君。入隊おめでとう。君達を我が「望」は歓迎する。」
 サルトラリアは、頷く。
「ミリィちゃんは、後日、いつでも入れるようにしておこう。」
「心遣い感謝ネ。」
 ミリィは礼をする。ミリィは、ギルド入隊が、どんな物か見てみたかったので、
本当に感謝していた。
「まぁ、一応我がギルドの決まりを言おう。一つだけだ。我がギルドは「希望郷」
つまり、どんな時でも希望を捨てないで欲しい。それだけだ。」
 サルトラリアは、皆に面と向かって言った。
『はい!』
 6人は声を揃えて返事をした。何より、この規則が気に入ったから声が揃ったの
であろう。ミリィは、羨ましく思った。
(これが、あの3つのギルドだと長々言われるんだろうな・・・。)
 ジークは何となく、そんな予感がしていた。
「よろしい。君達の入隊を歓迎する!これは、冒険者の基本セットだ。これを君達
に渡そう。」
 サルトラリアは、受付の奥から冒険者の必要そうなセットを渡す。中を見ると、
ランタン、火付け道具、たいまつが3本、携帯用の鍵穴の型抜きなど、結構色々入
っていた。それが、1人ずつ手渡されていたが、レルファとツィリルの分をサイジ
ンとトーリスが代わりに持っていた。女性は得である。
「それと訓練する際に、ここは存分に使ってくれ。」
 サルトラリアは、横にある訓練場の扉を開ける。すると、そこには中々の道場が
あった。何より、自然に近い形の造りが、ジークの気を引いた。余計な器具は、置
いていない。だが、訓練場の脇にある林が、また仕掛けになっていて、その造りが、
ライルが良く作ってくれた訓練のための装置と似ているのだ。数十本という木片を
木からぶら下げてあるだけだが、横にある紐を引っ張ると、一斉に、その木片が襲
い掛かると言う仕掛けだった。これは良くライルとやった物だ。
 それに静かな部屋があって、ここは魔法使いの瞑想の力を高めるような造りにな
っている。これは下手をすると、3つの施設何かより良いのかも知れない。
 ここを辞めていった人達は、この原始的な造りが理解出来なかったのだろう。
「良いですね。気に入りましたよ。」
 トーリスも珍しく認めていた。ストリウスの、こんな街中に、こんな本格的な施
設があるとは思わなかったのだろう。
「これは凄い。俺も気に入りましたよ。」
 ジークは、どちらかと言うと懐かしい感じがした。
「ジーク君。ここは昔、道場だったんだ。俺の子が娘でなかったら今ごろ道場をや
ってたのかも知れないな。それに、娘は遠いところに行ってしまってな。」
 サルトラリアは、寂しげな表情をしていた。サルトラリアの娘は「闇」の者に殺
されてしまったのだった。盗賊団としての悪行を目撃してしまったのが、その子の
不幸だった。
「そうなんですか・・・。」
 ジークは、表情が暗くなる。しかし、道場と言うのが気になった。
「気になるか?ここが何の道場か。君の良く知っている剣術の道場だよ。」
 サルトラリアは、ジークの事を知っているようだった。ジークはビックリした。
「何者ですか?あなた。」
 トーリスも警戒し始めた。
「邪険にする必要は無い。ジーク君の名前を聞いた時に、思い出したのさ。君は不
動真剣術のジーク君だろ?俺は、ここの道場だった天武砕剣術の継承者さ。」
「なっ!あの天武砕剣術!?」
 ジークは、目を見張って驚いた。ジークは聞いた事があった。東に不動真剣術が
あれば、西に天武砕剣術があり。互いに継承者は1人と言う過酷な条件の元に、磨
いてきた表裏一体とも言うべき剣術。
 そして実は、かの戦乱の時にライルは、天武砕剣術の使い手と闘ったことがあっ
た。その使い手こそ、プサグル四天王の1人、「雷」のハイム=ジルドラン=カイ
ザードであった。結果はライルが勝った。しかし、継承者が存在していたのである。
「見た所、継承者になったようだな。ジーク君。」
 サルトラリアは、ジークの肩を叩く。しかし、優しい感じがした。
「君の父ライルが闘ったジルドラン。彼は、プサグルに行くと言わなければ父さん
は、彼を継承者にするつもりだった。しかし、彼は、プサグルで自分を磨く道を選
んだ。それで俺が継承者になったんだ。」
 サルトラリアは残念そうにしていた。それだけジルドランは、才能溢れる人であ
った。英雄と呼ばれたライルを剣での決闘で苦しめたのは、ルースとジルドランく
らいの物である。それほどの才能の持ち主だった。
「そうだったんですか・・・。俺は残念です。」
 ジークは、目を伏せた。不動真剣術のライバルが、無くなって行くと言うのは、
悲しい物があった。
「道場を潰してまで、ギルドにしたんだ。俺は、このギルドを大きくする事に命を
懸けているんだ。分かるな?」
 サルトラリアは、ジーク達を見る。このギルドは思ったより情が深いようだ。
「これは、私達の頑張りが必要と言う事ですね。やりましょう。ジーク。」
 トーリスが、ジークの肩を叩く。ジークは、振り向くと力強く頷く。
「期待してるぞ。」
 サルトラリアは、腕を組んだ。そして、自分の子を見るかのように6人を見る。
そして、ミリィを見る。
 ミリィは、そんな6人を見て自分の中で、ある決心をする。
 それを今日、レイホウに言おうと思った。


 ジーク達が「望」に入り、決意を新たにして帰路に着いた。しかし、1人迷って
いる者が居た。ミリィである。ミリィは「聖亭」の看板娘である。普通なら迷うよ
うな話では無いのだが、ミリィ自体が「望」を気に入ってしまったのである。そし
て、ストリウスの街を出て、ジーク達に付いて行きたいと思っていた。
 レイホウは、そんなことは知らずに、いつも通り閉店の準備をしていた。ジーク
達も、すっかり良い気持ちで夢の中に居る事だろう。レイホウは、娘の様子が、い
つもと違うと言う事だけは気づいていた。昨日からジークの事を意識しているのは、
感じていたのだが、それとは違う何かを感じていた。
「ミリィ。看板下ろすネ。」
 レイホウが、ミリィに指示する。ミリィは、ボーっとしながら看板を下ろしに行
く。どこか、心ここにあらずと言った感じだった。
「ミリィ。これから面接あるからシャキッとするネ!」
 レイホウが、気合を入れる。
「ごめんなさいネ。母さん。」
 ミリィは、シュンとしてしまう。どうにも、いつもの娘らしくない。
「どうしました?」
 トーリスが2階から降りてきた。
「トーリス君カ。ミリィが、どうにも気合乗ってなくて困ってるネ。」
 レイホウが、ため息をつく。
「あの、ジークさんハ?」
 ミリィは、思い切ってトーリスに尋ねる。
「ジークなら、もう夢の中ですよ。私は少し研究があったので起きてたのですがね。」
 トーリスは、ジークと同じで毎日の鍛錬を欠かさない。しかし、それは剣術では
無くて、体術と魔術であった。魔術の研究は、このストリウスに着いてからも欠か
してはいなかった。
「そうカ・・・。悪かったネ。」
「何か悩み事でも、あるのでは無いですか?」
 トーリスは、ミリィがため息ばかりついてるので顎に手をかけて考える。
「そうネ。ミリィ。言いたい事あるなら言った方が良いヨ。」
 レイホウは心配していた。娘が、このまま気落ちしてるのなど見たく無いのだ。
(おそらく、あの事だとは思いますけどね。)
 トーリスは、何となく察していた。ミリィが悩み始めたのは「望」を出た辺りか
らだ。この宿と、ジーク達とを比べているのだろう。
「母さん。私、ジークさん達に付いて行きたいネ!」
 ミリィは叫んだ。ミリィは、有りっ丈の思いを口にしたのだった。レイホウは、
その言葉を聞いて、少し腕を組んで考えた。
「ミリィ。この宿の事、分かって言ってるのカ?」
 レイホウは、厳しい口調で言う。ミリィは、下を向いてしまう。
「この宿は、ミリィ一人抜けたくらいで潰れるような、柔な宿じゃないヨ!」
 レイホウは、そう言うと目を閉じて笑う。ミリィは、ビックリしてレイホウの顔
を伺った。レイホウは愛しい娘を優しい目で見ていた。
「私が今日面接するのは、アンタが、そう言うかも知れない時を思っての事ヨ?」
 レイホウは、面接の紙を叩く。
「母さン・・・。」
 ミリィは涙ぐんでいた。母の愛を、これほど感じた事は無かった。
「行かないで悔いを残すなんて、私が許さないヨ。」
 レイホウは、ミリィの肩を優しく叩く。トーリスは自分の両親を思い出していた。
(私が出て行った時の父さんと母さんも、こんな感じなんでしょうねぇ。)
 トーリスは、フジーヤとルイシーなら反対しないであろう事は分かっていた。し
かし、寂しい思いは、してるだろう。たまには、手紙を書かなくてはならないと思
っていた。スラートも心配している事だろう。
「さぁ、ミリィ。笑いなさイ。アンタは、笑顔が一番似合うヨ。」
 レイホウが言うと、ミリィは、すかさず笑顔を見せた。嬉し涙も流していた。
「私、絶対役に立ってみせるネ。トーリスさん。明日からお願いネ。」
 ミリィは、早速トーリスに挨拶した。トーリスは頷く。
「明日、正式にジークに言いなさい。私が促しておきますよ。」
 トーリスも、出来る限りの協力をしようと思った。
「ジーク君は、良い男ネ。他の女性に負けるんじゃないヨ!」
「母さん!・・・もう・・・分かったネ。」
 ミリィは否定しなかった。レイホウが、既に自分の気持ちを見抜いている事はミ
リィも薄々感づいてはいたのだ。でも、赤面していた。はっきり言って、ジークに
は、一目惚れだった。
「そういえば、面接と言いましたが、随分遅くにやるのですね。」
 トーリスは、話題を変えてあげた。
「うちの宿では、暇になる事は無いから、しょうがないヨ。それに、この時間に無
理だって言う人に、うちの宿は務まらないネ。」
 レイホウは、時間を見た。確かにもう寝静まってる時間だ。しかし「聖亭」では、
これから、明日のための帳簿を付けるのだ。それが、終わらないと眠れない。従業
員達は、ここには居なかったが、それぞれの部屋で明日やる事の整理をしているに
違いなかった。
「なるほどね。しかし、ミリィさんの代わりとなると、難しいでしょうね。」
 トーリスは腕組して考える。ミリィは、何だかんだ言って、普通の従業員より働
いていた。それにミリィは、看板娘なのである。その娘が居なくなっては、経営が
難しくなるのは確かだった。
「いい娘だと助かるネ。何でも、プサグルの近くから修行に来る娘らしいけどネ。」
 レイホウは、面接の前に情報を聞いてはいた。ストリウスの街の働き口登録所で
は、雇い主と雇われ側が顔を合わせる前に、詳細を配っている。そして、それぞれ
の合意の上で、初めて面接が出来るように通達しておくのだ。
 トントン・・・。
 扉から音がした。どうやら来たみたいだ。
「さて、私はそこのテーブルで魔術書を読んでますね。」
 トーリスは奥の方の机に腰掛ける。すると、早速読み始めた。ミリィも面接する
用意をする。
「アイヤー。良く来たね。入ると良いヨ。」
 レイホウが、その面接者を中に入れる。
「お願いします!」
 面接者は、元気な声で挨拶する。それでも、周りは寝ているので少し気遣った声
だった。サイジンのように馬鹿みたいに大きな声では無い。どうやら女性のようだ。
(?聞き覚えのある声ですね。)
 トーリスが不思議に思った。そう言えば、プサグルから来ると言っていた。知っ
ている顔かも知れない。トーリスは面接者を見た。
「・・・!レイア!?」
 トーリスは、つい声に出してしまった。知った顔所か、幼馴染のレイアだった。
栗色の髪に2つのお下げ、見覚えのある顔は間違いなかった。
「ト、トーリス!?・・・なの?」
 あっちも気がついたみたいで、さすがに面食らっていた。レイアは、この「聖亭」
で、自分の宿のために修行に来ていたのだ。今、宿屋の本場と言えばストリウスで
ある。いくら、レイアの家が、プサグル寄りの中央大陸の中では、一番の宿とは言
え、習うには限界がある。本場に揉まれてこそ、修行になると考えたレイアは、親
に断って、ストリウスに来ていたのだ。しかし、トーリスが居るとは思わなかった。
 何せレイアは、トーリスがジークの誕生日に向かったと言う事しか知らない。自
分の方こそ、トーリスに何も言えずに出てしまった事を少し後悔していたのだ。そ
れが、自分の目の前に現れるなんて、ビックリしていた。
「アイヤー・・・。お知り合いなのカ?」
 レイホウも、少しビックリしていた。偶然という物は、ある物である。
「私の家の隣に住んでるレイアです。ビックリしましたよ。」
 トーリスは隠さず言う。いつも冷静なトーリスが、少し慌てたように見えた。
「幼馴染ネ。偶然ってあるものネ。」
 ミリィも、トーリスの慌てた顔が、見れるとは思って無かったので嬉しかった。
「トーリス・・・。どうして、ここに居るの?」
「詳しい事は後で。先に面接を済ませなさい。レイア。」
 トーリスは、優しい目でレイアをレイホウに促す。
「も、申し訳ありません!」
 レイアは気が付くと、レイホウに深く頭を下げる。
「気にしなくて良いネ。」
 レイホウも事情を悟ると、早速、面接を始める事にした。
 そしてレイホウが色々質問すると、レイアは、ハッキリと答えていた。それは、
決まりきったマニュアルとかでは無く、自分の考えをしっかり言えていた。ミリィ
も感心するほど、しっかりしていた。それに何より誠実そうな人柄にレイホウも感
心していた。トーリスは、レイアが間違いなく受かると悟っていた。
「これで終わりヨ。」
 レイホウは、ウンウン頷くと帳簿をしまった。
「ありがとうございました!」
 レイアはスッキリとした笑顔で答える。さすがに緊張は、していたが、はっきり
とした口調に、レイホウも好感を持っていた。
「レイアさん。明日からお願いネ。」
 レイホウは、レイアに握手を求める。
「と、言う事は・・・。」
 レイアは顔を明るくする。
「合格ヨ。文句無いネ。頑張ってもらうヨ。」
 レイホウは満面の笑みで返した。
「ありがとうございます!一所懸命頑張ります!」
 レイアは、ペコリと礼をする。
「良かったですね。レイア。」
 トーリスは、いつもと変わらぬ口調だったが、優しさを感じる口調だった。
「じゃぁレイアさん。働き口登録所に書いてあった通り、今日から泊り込みネ。」
 レイホウは、働き口登録所から渡された紙を見ながら言う。
「お願いします。・・・で、トーリス。訳を聞かせてもらえるよね?」
 レイアは、レイホウに深く礼をすると、トーリスの方に向き直る。
「さて、どこから話しましょうかね。」
 トーリスは、腕組しながら考える。が結局、ジークとの関係から話すことにした。
ジークの冒険の手伝いをしていると言う事、そしてギルドに入った事。さらには、
ミリィが、その冒険に付いて行く事などを簡潔に教えてやった。
「なるほど・・・ね。」
 レイアは、トーリスから聞かされて納得する。
「じゃぁ、ここで会ったのは本当の偶然なのね。」
 レイアは嬉しそうだった。偶然とは言え、トーリスと離れなくても、良くなった
のは嬉しい事だったのだ。とは言え、トーリスは近い内に冒険に出掛けるだろう。
冒険に帰って来た時に自分が迎えられると言うのは、この上なく嬉しい事だった。
「私の代わり、頼むヨ。レイアさん。」
 ミリィは、レイアの手を握る。レイアは、それを握り返す。
「私じゃ役不足かも知れないけど、頑張ります!」
 レイアは真面目なので、つい答えてしまう。その真面目さがレイアの取柄だった。
「さて、さすがに私も眠くなったので、寝る事にしますね。」
 トーリスは、良い時間になってきたので、2階に向かう事にした。
「待って。トーリス。」
 レイアが付いてくる。すると、トーリスの手を握る。トーリスは、少し不思議な
感じはしたが、放っておいた。
「ここに来る間、貴方と、父さん母さんの事ばかり考えてた。暖かい・・・。」
 レイアは、トーリスの手を離して、涙する。いくら修行とは言え不安なのだ。今
までは、気を引き締めるため泣かなかったが、トーリスを見た事で気が緩んだのだ
ろう。トーリスも、それを感じ取って、そのままにして置いたのだ。
「レイア。私に出来る事があったら、いつでも言って下さい。」
 トーリスは、そう言うと、レイアを抱きしめてやる。レイアは、ドキドキしてい
たが、抵抗はしなかった。トーリスの暖かさが伝わって来た気がした。
「ありがとう。私、頑張るね。」
 レイアは、涙を拭きながらトーリスを見る。トーリスは、いつもの通り優しい目
をしていた。地元に居ると、どうしても良い雰囲気の時に邪魔が入ってしまう。ト
ーリスは、誰にでも優しいからだ。しかしレイアは、そんなトーリスが好きなのだ。
 トーリスは自分のせいでレイアが、もどかしい思いをしているのを知っていた。
それでも、何も言わない気丈なレイアが好きだった。どこまでも真面目なのに、ど
こか脆い心を持っている。レイアは、そんな女性だった。
「私、レイホウさんに明日の仕事を聞いてくる。また明日ね!」
 レイアは、少し恥ずかしくなって下に降りて行ってしまった。
「おやすみ。レイア。」
 トーリスは、そう言うと、自分の部屋に入る。すると、男3人が呑気に寝ていた。
トーリスは、それを見て少し安心する。
(この人達に見られたら、何言われるか分かった物じゃないですしね。)
 トーリスは、仲間達を見て苦笑する。そして、自分も疲れが溜まって来たので、
布団に入る事にした。
 ストリウスの街の夜は、更けていくのだった。


 翌日の朝、あんなに遅く寝たのにも関わらず、レイホウは仕入れに行っていた。
ミリィは、自分の後を継ぐと言う事で、レイアに仕事を教えていた。レイアは、飲
み込みが早く、ミリィも、これなら安心出来そうであった。
 他の従業員達との折り合いも良く、上手くやって行けそうだった。ただ、どうし
ても、トーリスの事が気になってしまう。それは若い証拠だった。
 その内に、宿の客が降りてきた。と思ったら、一番早く降りて来たのは、相変わ
らずトーリスだった。
「おはようございます。レイアにミリィさん。」
 トーリスは、眠くなさそうだった。確かに、レイアやミリィに比べると睡眠時間
が長いのだが、昨日のトーリスは、相当遅くまで起きてたはずだ。なのに、起きて
来るのは、さすがと言う他無かった。
「おはよう。トーリス。」
「おはようネ。トーリスさん。」
 2人とも朗らかに挨拶する。レイアも、昨日トーリスと居た事で、迷いは吹っ切
れたようだった。
「おや?今日は皆さん、お早いようで。」
 トーリスは、2階で音がしたので何となく気がつく。5人共、ちゃんと起きたよ
うだ。5人揃って、下に降りてくる。
「おっはよう!みんな!」
 ジークが、妙に清々しく返事した。昨日ギルドに入って冒険者になったと言う事
で、気持ち良く寝られたのだろう。
「あれ?お姉ちゃん誰ー?」
 ツィリルが、レイアに気が付いたようだ。
「おお。美しきお方ですね。しかし、私にはレルファが居ります故・・・!」
 バキッ!
 サイジンが朝からテンション高かったので、レルファの鉄拳が飛んだ。
「もしかして、新しい従業員の人かな?」
 レルファが、昨日の広告を思い出した。
「あれ?もしかしてレイアさん?」
 ゲラムが、昔にトーリスの家に行った時の事を、思い出して口にする。
「覚えてましたか。ゲラム。そうです。レイアです。」
 トーリスが、ニコッと笑う。
「やっぱり!こっち来てたんだ!久しぶりです!」
 ゲラムが挨拶する。ゲラムは、レイアの宿に泊まった事があるのだった。
 その事も踏まえて、皆に説明しておいた。
「初めまして。皆さん。レイアです!これからも、よろしくお願いします!」
 レイアは、他の皆は、初めてだったので挨拶する。
「それにしても、トーリスの幼馴染かぁ。」
 ジークは、自分の家には周りに、そう言う環境が無かったので、実感が沸いて来
なかった。ちなみにトーリスは自分の事を「さん」付けしないで欲しいと頼んでい
たので、ジークは、そうする事にしていた。他の人は、どうだろうと、ジークはリ
ーダーなのである。トーリスを目上と思わないようにする配慮だった。
「そうそう。ジーク。ミリィさんが、皆さんに、お話があるそうですよ?」
 トーリスはジークを促したが、皆に向かって言う。
「話?何だい?ミリィさん。」
 ジークは、キョトンとする。
「母さんからは、許可もらったネ。ジークさん。皆さん。私をパーティーに加えて
欲しいネ。お願いヨ!」
 ミリィは、皆に向かって深く頭を下げる。
「私からもお願いするヨ。ジークさん。」
 レイホウが仕入れから帰って来たらしく、厨房から出てきてジークに頭を下げる。
ジークは、戸惑っていたが、皆の顔を見る。すると、皆、同じ顔をしていた。
「ミリィさん。俺の方こそ頼みます。一緒に行きましょう。」
 ジークは、ミリィに握手を求める。
「嬉しいネ・・・。絶対!役立ってみせるヨ!」
 ミリィは、感激して泣きそうになっていた。レイホウは、さっさと厨房の方に戻
る。恐らく涙を流してるのだろう。しかし、女将と言う立場上、そう簡単に見せる
訳には行かないのだ。レイホウもジークに感謝していた。
「こちらこそ、よろしく!」
 ジークは、ワクワクしていた。最初は、自分1人の旅のつもりだったが、いつの
間にか、こんなに増えていた。
「ミリィさん!今度僕とも手合わせして下さいね!」
 ゲラムは、凄く嬉しかった。皆で、ワイワイするのが好きな性格なので、人が増
えると嬉しくて、たまらなくなるのだろう。
「エヘヘ!ミリィさんも来るんだ!嬉しいなー♪」
 ツィリルも満面の笑みを浮かべていた。やっぱり2人より3人。女性が増えるの
は、大歓迎なのだろう。
「私も女の子2人だけじゃチョットと思ってたし、嬉しいな。よろしく♪」
 レルファも、嘘をつかず挨拶する。ミリィと握手した。
「はっはっは!心細いと言うのなら、私が暖め・・・。」
 ゲシッ!
 サイジンが、また変な事を言う前に、レルファは、サイジンに蹴りを入れる。
「・・・。冗談は、これくらいにして、よろしくお願いしますよ。はっはっは!」
 サイジンは、まともに挨拶した事が無い。ミリィは、つい笑ってしまった。
「私は、昨日も言ったように歓迎します。バランスとして、もう1人戦士が居た方
が良いくらいです。よろしくお願いしますよ。」
 トーリスは、頷きながら握手をした。
「私頑張るネ!・・・あとはレイアさん、よろしくヨ!」
 ミリィは決意を新たにして、今度は、レイアに握手する。
「私、どこまでやれるか分からないけど、頑張ります!」
 レイアは、真面目に答える。
「ほーら。そんな事を言ってる間に朝食できたヨ。持っていってネ。」
 レイホウが、いつの間にか朝食を作っていた。
「分かりました!」
 レイアが、早速、朝食を皆の所に運ぶ。
「私もやるネ。」
 ミリィは、手伝おうとした。
「ミリィさん!私、頑張りますから、見ててください!」
 ミリィが運ぼうとしたのをレイアが断る。レイアは、自分がミリィの代わりにな
るかどうか、この仕事から見ていてくれと言いたかったのだろう。
「さすがネ。レイアさん。プロの姿勢ネ。」
 ミリィは感心していた。自分もやってたから分かる。ここで、ミリィに任せるの
は自分のためにならない。レイアは、自分1人で何とかしようと思っていたのだ。
 間も無くして、どんどんと、お客が降りてきた。それによって忙しさも倍増して
来た。最初に食べたジーク達の食事の後片付けも然り。段々と、多くなる客に自分
を紹介しながら運ぶ姿も然り。それをレイアは、ちゃんとこなしていた。
 何よりも、一所懸命な姿勢が皆を満足させるに至ったのであった。レイホウの人
選は間違っていなかった事を確信する。
「忙しい方が、レイアには良いのですよ。」
 トーリスは、優しい目になっていた。ジークは、このトーリスの目を見て、トー
リスの中で、レイアは特別な存在だと言う事を知る。いつものこの男なら、どこか
しら距離を置いて話す癖があるのだが、レイアを語る時は別だった。
 レイアは、まだ一所懸命だった。邪魔しちゃ悪いので7人は、そっと宿を出る。
「じゃぁ、「望」に行こうぜ!みんな!」
 ジークが、掛け声をかける。
『オー!』
 皆は、声を揃えて手を上げる。
 新しく仲間が、加わった。その名もファン=ミリィ。そして「聖亭」にも新しい
顔が誕生した。ストリウスの空は、そんな7人を祝福するかのように明るかった。



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