NOVEL 1-8(First)

ソクトア第2章1巻の8(前半)


 8、芽生え
 ソクトア大陸の最南端にある離島キーリッシュ。ここは、その地形を活かした漁
業が盛んな島である。ここに住んでいると言われる龍も、魚は大好物で、捧げ物に
も良く使われる程だ。
 この島の人々の生活は、ほぼ自炊からなっていて、他国との干渉は、全く無いと
言って良いだろう。故に、ストリウスも自治を認めており、竜神信仰に対しても、
敢えて反対したりは、しないのだ。また、ここに住んでいる龍は、人間に危害を加
える事が無かった。それどころか友好的であり、人間と良く親交したりもしていた。
 だが、ある事件をきっかけに、ここの龍は荒れ狂う結果となる。ストリウスの方
にも、度々龍の姿をするようになり、不必要に人間を恐れさせる結果となった。キ
ーリッシュの人々は、それでも龍の事を信じては居たが、ストリウスとしては、黙
っている訳には行かなかった。故に、近づく者は、皆無と言って良い程であった。
 そのある事件を解決するのが、今回のジーク達の仕事なのである。龍が、ただ恐
れさせるためだけに、近隣を回ったりしないだろうし、突然人間を敵視するのも不
自然である。何かあったに違いないのだ。
 そのために、ジークは調査に行くのだ。初めての依頼にしては、結構高度な仕事
である。しかし、「望」のためにも失敗する訳には行かない。
 しかしジーク達は、このキーリッシュに住む島民については、嫌というほど思い
知らされた。ストリウスの事を、あまり歓迎してないのは知っていたが、話すら、
まともにさせてもらえないとは、思ってもいなかった。
 この島の人々にとって、龍とは竜神の使いであって、それを不必要に調べようと
する者は、災いの元なのである。竜神信仰の深い彼らにとって、ジーク達の行動は、
歓迎するべき物では無いのだ。
 この島は、あまり広くは無いが、洞穴は、非常にいっぱいある。こんなことでは、
依頼を済ますのに、何ヶ月も掛かってしまう。時間制限などは特には無いが、調査
の依頼で、3ヵ月以上も経てば、出来なかったと判断されてもおかしくない。それ
だけは防ぎたかった。
「何か手がかりはあったか?」
 ジークは、自らも何か痕跡を探しながら、仲間を見渡す。
「ぜーんぜん。話も聞けない、ヒントも無いじゃ参っちゃうわ。」
 レルファが、珍しく音をあげている。無理も無い。既に3日は、探し続けている
のだ。ツィリルもサイジンも根気が続かないようだ。
「ミリィ。どう?」
 ジークは、何やらミリィが真剣な顔して道を見てたので、話し掛けてみた。
「ジーク。もしかしたら、私たちは、固定観念に捉われてたのかも知れないヨ。」
 ミリィは、何かを拾っていた。
「どういう事?固定観念?」
 ジークは、不思議がる。ミリィは、頷くと拾っていた物を見せた。
「これは?・・・まさか!」
「そう。龍の鱗ヨ。」
 ミリィは、龍の鱗を見つけていたのだ。
「凄いじゃん!ミリィ!でも固定観念って何の話?」
 ジークは、龍の鱗があると言う事は、この道を辿れば良いと思っていた。
「こんな道端で、龍の鱗を見つけるなんて普通じゃないネ。」
 ミリィは、考え込んでいた。恐らく、彼女のスキルである方角士の勘が、働くの
であろう。トーリスも考えていた。
「なるほど・・・ね。」
 トーリスも、何かを思いついたようだ。ジークは、顎に手を掛けながら、考え込
むが、全く検討がつかない。
「洞穴が、いっぱいあると言う事で、探さなくてはいけない、と言う固定観念。こ
れに捉われていた。と言う訳ですね。」
 トーリスは、納得したようだった。
「そう。洞穴の中とか、入り口でこの鱗を見つけるなら話は早いネ。でも、道端で
見つけられると言うことは、よほど出入りが、激しい証拠ヨ。」
 ミリィは、鱗と洞穴の方向を調べたのだが、その方向に洞穴が見つからなかった
ので、達した結論だった。
「普通、こういうものは出入り口に散乱してる物なのヨ。それが、道端にあると言
うことは、何ヶ所も入り口があって、風で飛ばされて、その一つが飛んで来たと考
えるのが普通ヨ。」
 ミリィは鱗を手に取りながら説明した。ミリィは、最初から洞穴の入り口に鱗一
つ見つけられないのを、不思議に思っていた。どこの洞穴にも無かったので、海底
からとか違う秘密の入り口でもあるのか?と考えていたのだ。
「それに、これだけ多くの洞穴があるのに目印一つ無いって言うのもおかしいネ。」
 ミリィは続ける。確かに、多くの入り口で、どこも似たような所だったので、何
か目印が無くては、迷ってしまう事だろう。大人の龍ならともかく、子供の龍だっ
て居るはずなのだ。
「じゃあまさか・・・。」
「そう。この洞穴は全て繋がっていたと、考えるのが普通ネ。」
 ミリィは、説明を終える。
「すごーい。そんな事まで分かっちゃうんだぁ!」
 ツィリルが感心する。確かに、良い分析である。
「ミリィは、中々優秀な方角士のようですね。」
 トーリスも、感心していた。全員も納得する。
「あんまり言われると、照れるネ。」
 ミリィは、恥ずかしがっていた。
「でも、ミリィのおかげで助かったよ。これで行く先は決まったしね。」
 ジークは、ミリィの肩をポンと叩く。ミリィは、少し嬉しそうだった。
「よし!そうと決まれば、早速行ってみよう!」
 ジークは、拳を握って近くの洞穴に向かう事にした。
「いよいよですな!燃えますぞ!」
 サイジンが、頷いていた。今まで手がかり探しでウズウズしていたのだ。
 一行は、洞穴の中へと足を踏み入れて行くのだった。それを見ている2つの眼が
あった事までは、気が付いていなかった。


 プサグル王宮の一室で、王女と兵士が話しこんでいた。しかし、それは、ただの
王女と兵士では無かった。王女の方は、プサグル随一のお転婆で知られていたし、
兵士の方は、お忍びで来ているデルルツィアの王子だと言うのだから驚きである。
 プサグル王には、全て事情を話して信頼されては居るのだが、年頃の若い娘と男。
父親としては、気が気で無いのは事実であった。
 最も、王女の方は、気に留めてないし、兵士の方は、王には悪いと思いながらも、
話に付き合っていた。もう2週間程も経っていた。
「へぇ。デルルツィアでは牧畜が盛んですのね。」
 プサグル王女こと、フラルは、頷きながら聞いていた。
「はい。デルルツィアは、海も近くないですしね。農業も盛んでは無いため、どう
しても、牧畜を、主にせざるを得ない事情もあるって事ですよ。」
 兵士とは、名ばかりのミクガードは、自分が王子と言うことは隠しながら話して
いた。名前も、ミックと言う偽名を使っている。一応兵士と言う役柄少しは気を使
っているのだが、普段、あまり丁寧語などは使ったりしないため、少し肩に力が入
ったりしていた。しょうがないと言えば、それまでなのだが・・・。
「ミックは牧畜って、やった事あるですの?」
 フラルは、デルルツィアの話に興味津々だった。元々、出回るのが好きな王女だ。
当然と言えば当然である。しかもデルルツィアは、ほとんど鎖国状態である。なお
さら、興味が沸いて来るのだろう。
「私は、やってないですがね。牧畜なんてのは、肩が凝っちまって、傭兵なんて事
を結構やってるんですがね。」
 ミクガードは、この王女と話すのが好きだった。ミクガードには、妹が居たが、
こんな活発な方では無い。まして、宮廷の女性は、自分の機嫌を取ろうとして、必
死な貴族達ばかりで、うんざりしていたのだ。フラルは、話しやすいし、今までに
無い新鮮な女性でもあった。
「傭兵かぁ。良いですわ。私も、そうやって色々世界を見て回りたい。」
 フラルは遠い目をする。恐らく、前に聞かされた事がある、弟の事を考えている
のだろう。弟のゲラムは、かの有名な英雄の息子と共に、冒険者として旅に出たと
言う話だ。フラルからして見れば、羨ましいのだろう。
「そうやって、また、この窓から逃げる算段でもしてるんですかい?」
 ミクガードは、茶化す。
「んもう。そんなんじゃないわ。」
 フラルが、頬を膨らます。その仕草も、良く見かける光景だ。フラルもミクガー
ドみたいなタイプは、初めてなのだ。ついつい気軽に話してしまう。おべっかを使
う貴族達は、フラルも嫌いなのだ。
「それにしても、ミックは面白いのね。私が飽きないなんて、中々無い事よ?」
 フラルは、ニッコリ笑う。つい、その仕草に見惚れてしまう。
「そいつは光栄です。でも、傭兵は、戦うのが仕事ですからね。」
 ミクガードは、照れ隠しに力瘤を作ってみせる。
「なぁに?私との話は、仕事じゃ無いから詰らないって言うの?」
 フラルは、ジト目で睨み付ける。
「いや、そういう訳じゃ無いですけど・・・。」
 ミクガードは、頭を掻く。フラルは、それを見て楽しそうに笑う。
「フフ。本気にしないの!」
 フラルは、そう言うと、ベッドに倒れる。疲れると、すぐにベッドに倒れるのも、
この王女の特徴だ。しかし、そんなに話し込んで無いはずなのだが・・・。
「・・・考え事ですかい?」
 ミクガードは、尋ねてみる。フラルが、ベッドに倒れる理由の、もう一つは、大
概それだ。宙を見つめて、何かを考える。そう言う事も、この頃多くなってきた。
「ミック。私は、このまま、どこかの国に嫁いで一生終わるのかしらね?」
 フラルは、いつに無く真剣な顔をしていた。
「お父様の優しさも分かってる。・・・だけど、納得出来ない事もあるのよ。」
 フラルは、溜め息をつく。フラルも、もう20歳。そろそろ嫁いでも、おかしく
ない時期である。ヒルトが、どんな思いで、娘をまだ嫁にやらないかも、分かって
いるつもりだ。あの父の事だ。フラルに選ばせようと、しているのだろう。
「ヒルト王は、偉大なお方だ。王女の考えも、尊重してくれると思いますよ。」
 ミクガードは、元気付けてやろうと思う。しかし、口下手な自分は、中々それが
出来ない。少し歯痒さも感じていた。
「ありがと。でも、私は選ぶなんて、まだ出来ない・・・。」
 フラルは、ミクガードを見る。そして、また宙を向く。
「ミック。もし貴方を選びたいって言ったら、お父様何て言うかしらね?」
 その言葉を聞いて、ミクガードは咽返る。
「か、からかわないで下さいよ!」
 ミクガードは、真っ赤になっていた。
「ハハハハ!ミックは本気にしやすいですのね!」
 フラルは笑う。ミクガードは、冷や汗を拭きながら、ジト目でフラルを見る。
(そう言えば、この頃ドランドルさん立って無いんだよな・・・。良かった・・・。)
 ミクガードは、扉の方を向く。最初の内は、警戒からか、フラルと話している時
は、必ず、ドランドルが見張っていたのだが、この頃はそう言う事も無い。こんな
話を聞かれたら、冷やかされた挙句に、痛いのを3発くらいもらってる所だ。
「ミックは、恋人とか居るのかしら?」
 フラルは、また唐突に質問してきた。ミクガードは、また咽返る。
「ノ、ノ、ノ、ノーコメントです!」
 ミクガードは、咳払いをしながら答える。
「あーら。私の悩みを聞いて置いて、ただで済まそうって言うの?」
 フラルは、口をへの字に曲げる。
「そ、そんな!もう・・・。分かりましたよ。笑わないで下さいよ。居ませんよ!」
 ミクガードは、バツが悪そうに目を逸らす。
「あーら。悪い事聞いちゃったわね。」
 フラルは、口元で笑う。ミクガードは、ムスッとしていた。
(こんなこと、聞かれるなら作っときゃ良かったぜ。)
 ミクガードは、溜め息をつく。
「あらら?怒っちゃった?」
 フラルは、ニヤニヤ笑う。ミクガードは、上を向いたまま黙っていた。フラルは、
ミクガードの顔を覗き込むように近寄ってきた。
「あらあら。機嫌直らないわね。」
「と、当然ですよ!もう・・・からかわれた方の身にも、なって下さいよ。」
 ミクガードは、まだご機嫌斜めだった。
「もう。そんなに気にする事無いじゃない。別に、おかしい事じゃないわよ。」
 フラルは、少し安心したような声を出した。
「へいへい。でも、あまり言いたい事じゃあ無いですよ。」
 ミクガードは、機嫌を直して椅子に座る。フラルは横でニッコリ笑っていた。
「よろしい!じゃぁそんなミックに機嫌が直る『おまじない』をしてあげなきゃね。」
「おまじない?」
 ミクガードが、ボーっとして、フラルの方に向き直った瞬間、フラルは、ミクガ
ードの唇に自らの唇を重ねて来た。
 ミクガードは、何が何やら分からず、目をパチクリさせていた。
(・・・これは・・・もしや?)
 ミクガードが、考えている間に、フラルは唇を離す。
「・・・元気出た?」
 フラルは、少し恥ずかしそうにして自分の椅子に座る。
「・・・も、もちろん・・・。」
 ミクガードは、言葉にならなかった。やがて頬が真っ赤に染まる。
「・・・よろしい!じゃぁ今日は、ここまで!」
 フラルは、いつもの調子に戻って満面の笑顔を作る。
「また、話を聞かせて下さる?」
 フラルは、ウィンクした。
「は、はい!もちろん!し、し、失礼致しました!また・・・参ります。」
 ミクガードは、一礼した後、ソワソワしながら扉から出て行った。
(ちょっと大胆だったかしら・・・。)
 フラルは、さっきのことを思い出して、顔を真っ赤に染めた。
 しかし、微塵も後悔していなかった。元々、気持ちを隠すのは、得意な方では無
い。ミクガードは、何か惹きつけられる。そんな感じがした。
 若い二人は、まだ恋に関しては未熟と言わざるを得なかった。
 プサグルの風は、穏やかに二人を見守るのだった。


 ワイス遺跡では、今日も、唸りのような声は止まらない。これは、神魔ワイスが、
力を蓄えている証拠らしい。日に日に瘴気が強まっていく感じは受ける。しかし、
こうも動きを見せないと、不安になってしまう事も事実だ。
 と言うのも、ワイスだけでは無く、あの魔王クラーデスも、眠りについたままだ
からだ。復活したのは良いが、まだ力を取り戻せていないらしい。
 ルドラーは、そんな2人の様子を見て、苛立ちを隠せなかった。しかし、歯向か
ったら、例え力が戻ってないとは言え、一瞬の内に消し去られてしまうだろう。そ
れにあの魔界剣士の砕魔 健蔵が居る。あの男ですら、とてつもない達人なのだ。
(動けないってのが、こんなに辛いとはな。)
 ルドラーは、ずっと門番をしていた。もちろん、体が訛らない程度に、運動はし
ているが、門から動く事は、出来なかった。
「ご苦労な事だな。」
 健蔵が様子を見に来たらしい。健蔵は、このルドラーの事など、少しも信用して
無いが、ここまで門番の責を果たしている事だけは、評価していた。
「アンタか。ワイス様は、まだご就寝中か?」
 ルドラーは、探りを入れてみる。
「貴様には分からぬだろう。ワイス様の力は、日に日に強まって行ってる。余計な
心配は無用だ。」
 健蔵は嬉しそうに呟いた。嘘では無いらしい。
「あのクラーデスは、どうなのだ?」
 ルドラーは、クラーデスが使っている扉を見る。
「フン。忌々しいが、あの男の力も日に日に強くなっているようだな。」
 健蔵は鼻で笑う。クラーデスも並みの魔王では無い。このソクトアの大地に、段
々と、馴染んでいるようだ。
「それにしても、時間が掛かる物なんだな。」
 ルドラーは、溜め息をつく。もう呼び出してから、1ヶ月以上経っている。なの
に、まだ力を溜めていると言うのだ。もう好い加減、我慢の限界なのだろう。
「貴様は、分かってないな。人間達を滅ぼすのは、訳無い事なのだ。しかし、神が
黙っていない。神を倒す力を蓄えるまでは、迂闊に行動する訳には、いかんのだよ。」
 健蔵は説明してやる。
(しかし、人間が、そう簡単にやられるものか?特に、あのライルが・・・。)
 ルドラーは、瀕死になりながらも、黒竜王とライルの戦いを横目で見た事がある。
故に、そう簡単にライルがやられるとは、思えないのだ。
「納得行ってないようだな。黒竜王を倒したとか言う人間が気になるのか?」
 健蔵は、横からルドラーを覗き込む。ルドラーは、その通りだと、いわんばかり
の顔を見せる。
「笑わせる。魔貴族ごときに、苦戦するようでは、この俺だとて、まともに相手出
来まい。最も、黒竜王は、魔貴族の中では上級な方ではあるがな。」
 健蔵は冷たく笑いながら答える。健蔵は「魔界剣士」である。「魔貴族」である
黒竜王とは、格が違うのだ。
「だが、そのライルとか言う者。闘ってみたい相手だな。」
 健蔵は、低く笑う。魔族にとって、闘う事は、至上の喜びなのだ。相手が強けれ
ば強いほど喜びは増す。
「例え、アンタだとて、不動真剣術を破らない限り、そう簡単に勝てはしないぞ。」
 ルドラーは、その目で不動真剣術の極意を見ていたのだ。
「・・・不動・・・真剣術?」
 健蔵は、眉がピクリと動く。
「そうだ。ライルが使う剣術さ。」
 ルドラーは、頷く。
「・・・不動真剣術だと?なるほどな。フフフフフフ。フハハハハハ!」
 健蔵は、突然笑い出した。この様子だと、健蔵は不動真剣術の事を知っているら
しい。しかも、徒ならぬ関係が伺える。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもあるか。不動真剣術を伝える者が居たとはな。楽しみで仕
方が無いぞ。」
 健蔵は、大笑いをしている。どうやら、知っているらしい。
「アンタと、何の関係があるんだ?」
 ルドラーは、つい尋ねてみる。
「フフフ。不動真剣術は、我が剣術と対をなす憎むべき剣術よ。」
 健蔵は剣を抜く。そして、写る自分の顔を見てニヤリと笑った。
「不動真剣術は、光のごとき速さを身に付け、光の力を得て実践に活かす剣術。そ
して、四大精霊の力を借りて、剣に乗せて闘うのが天武砕剣術。そして・・・。」
 健蔵は、剣に力を込める。すると、剣が闇色に染まる。そして、不気味な瘴気が
剣を包む。健蔵は、嬉しそうに剣を見る。
「我が霊王剣術は闇の波動を身に付け、瘴気を操り敵を滅砕する剣術!」
 健蔵は、剣を振ると、闇の波動が地面を伝って、壁に当たった瞬間、大穴が空い
た。しかし、爆発音も無く、壁が崩れた訳でもない。しかし、不気味に闇の部分が、
穴を空けていたのだ。ルドラーは、つい飛び退る。
「不動真剣術か。ますます、滅ぼさなければならんな。」
 健蔵は剣をしまう。すると、一帯を包んでいた闇の波動と瘴気が消えた。
(恐ろしい男だ。こんな奴が、魔界剣士だとでも言うのか?)
 ルドラーは、改めて魔族の強さを思い知った。そして、健蔵が自分の部屋に帰る
までルドラーは、ひれ伏してしまった。
 不動真剣術と霊王剣術。過去に何があったかまでは、知らないが、徒ならぬ死闘
の予感がした。


 キーリッシュの洞穴は、入り口は無数にあるが、中は、それほど複雑では無かっ
た。ジーク達一行は、思ったより進行具合が良いので、拍子抜けしてしまっていた。
それほど、この3日間くらいの、手がかり探しは、長く感じたのであろう。
 何より方角士のスキルがあるミリィと、太古の知識もあるトーリスが居るため、
それほど進行に支障がある訳でも無かった。
 しかし、龍の巣に近づかないだけで、妖魔や人食い動物と言った類の隠れ家にも
なっていて、時々襲い掛かって来ていた。しかし、ジークとサイジンの剣の冴えと、
トーリス、ツィリルの魔法で蹴散らし、レルファの神聖魔法で傷を癒して、ミリィ
の案内で進んでいく。という良いリズムでサクサク進んでいた。
 最初の頃は、苦戦を強いられたパーティー一行も、次第に慣れてくれば、元々の
能力が高いだけにサクサク進んでいった。
「はい!おしまい。」
 レルファが回復をしていた。さすがに母のマレルの血を引くだけあって、素晴ら
しい神聖の力を持っている。
「おお!レルファ!私は、何て幸せ者なのだ!レルファの回復は慈母の涙!」
 サイジンが、相変わらず浸りまくっていた。その度にレルファの鉄拳が飛んだ。
「それにしても、長い洞穴ですね。」
 トーリスが、周りを見渡す。入り口から結構歩いている。途中に、他の入り口へ
の道を見つけたが、島の大きさから考えて、もうそろそろ、着いても良い頃である。
「わたし、お腹空いたなぁー。」
 ツィリルが、お腹をさする。
「なら、これを噛むと良いでしょう。」
 トーリスはそう言うと、カカオの実とミントの葉をすり潰して、薬丸にした物を
魔法で加工した物を渡す。ツィリルは、それを受け取ると口の中に入れた。
「わぁ。結構おいしー。それに何かスゥーっとして気持ち良いね!」
 ツィリルは、素直に感想を述べた。
「この薬丸には、気持ちを落ち着かせるのと空腹を満たす効果があります。」
 トーリスは、そう言うと、皆にも渡した。
「ありがとー!センセー!」
 ツィリルは、ニパッと気持ちの良い笑いを浮かべる。トーリスは、この笑顔に弱
い。つい、世話したくなってしまうのだ。
「みんな、見るネ。」
 ミリィは、少し広くなっている所を指差す。そこには、色々な台座があった。そ
して、奥には扉がある。どうやら何か仕掛けがあるらしい。
「これは・・・古代遺跡の一つ。龍の腰掛ですね。」
 トーリスは、紋章のような物を見ながら説明する。
「龍の腰掛?」
 ジークは、見当もつかない言葉に目をパチクリさせる。
「そうです。恐らく、龍と侵入者を区別するための、判別機のような物です。」
 トーリスは、そう言うと考え込む。つまり、侵入者を撃退するための罠でもある
のだ。何としても、その秘密を解かなければならない。
「お前達は、ここでいーきどーまりーぃぃ。キャキャキャ!」
 奥の方から気配がした。下卑た声が聞こえてくる。
「下品な笑い声ですな。」
 サイジンは、けしからんと言う風に、その方向を見る。
「人間が、こーんな所で、何をしぃぃーてるぅぅのかなぁー?」
 その者達が、姿を現す。どうやら、小型の妖魔のインプのようだ。魔族の中でも、
低級で知能も人間より下。しゃべる言葉すらおぼつかない。しかし、ずる賢さは意
外と長けていて、人を陥れる様を見て喜ぶという残忍な魔族だ。
「インプごときが、何の用だ?」
 ジークは、スラリと剣を抜く。臨戦態勢になる。
「インプごときだぁぁっって?そんな口は、叩けないようにしぃぃてやるぅぅ。」
 インプ達は数は20匹ほど。そのうちジークは5匹。サイジンが4匹。ツィリル
とレルファとミリィで6匹。トーリスが残りと対陣していた。
「掛かれぇぇぇぇ!」
 インプ達は、欲望を満たすために襲い掛かる。まずは、口から炎のような物を吐
いた。そして、怯んだ隙に、鋭い爪で攻撃するつもりだろう。
 カキィン!シュバッ!
 そのインプ達の企みは、まず失敗に終わった。ジークとサイジンは、炎を剣圧で
叩き切ってしまったし、トーリスは残りの炎を全て凍らせてしまったのだ。
「ウキャァァァァ!!」
 インプ達は、それを見て、怒りに燃える目で襲い掛かってきた。
「下品なだけでは無いですな。君達は相当・・・未熟者ですな!」
 サイジンはインプ達を力で捻じ伏せ始めた。あっという間に2匹が絶叫をあげる。
「はぁぁあ!せい!不動真剣術!旋風剣「爆牙」!!」
 ジークは剣を唸るように動かす。すると、衝撃波のような物が、竜巻を作ってイ
ンプ達に襲い掛かる。
「えぇーい!『振動』(しんどう)!!」
 ツィリルは、爆撃魔法の内の、大地を爆発させる『振動』を使う。逃げ遅れたイ
ンプ達は、黒焦げになる。
「みんな!後一息!『精励』!」
 レルファが、元気を取り戻させるために、全員に『精励』を唱えて疲れを癒す。
「私の突きは、甘くないヨ!「幻霧」(げんむ)!!」
 ミリィが変幻自在の棒術を見せる。
「私も、続くとしましょう。『火矢』(ひや)!!」
 トーリスは、掌を広げると、炎の矢を何本も飛ばす。正確にインプ達の心臓を狙
っていく。得意呪文で無くても、この男は、自由自在なのだ。
「しかし、これだけ技を使っても壊れないとは。この洞穴は意外に丈夫ですな。」
 サイジンが、妙に納得していた。確かに洞穴にしては、丈夫である。
「龍が長年住み着いても大丈夫なように、でしょうね。」
 トーリスも相槌を打っていた。
「ギギギ・・・。強すぎるゥゥゥ。」
 インプは、既に2匹になっていた。皆、この人間達にやられてしまった。
「無駄な抵抗は止めるんだな。命が惜しければ、ここから去ることだ。」
 ジークは、インプを睨み付ける。インプ達は、その迫力に押されていた。
「人間の分際でェェェ!こうなったら最後の手段ダギャアァァ!」
 インプは、そう言うと祭壇の方へ向かって、滅茶苦茶に荒らしまわった。
「何をする!そんな事をしたら、お前達も、唯では済まないぞ!」
 ジークは、このインプの行動にビックリしてしまった。
「ギギギ。道連れぇ・・・。道連れェェェェ!!」
 インプは、もう狂っていた。人間にやられたショックと、仲間を殺された恨みの
せいだろう。すると、祭壇が大きく揺れ始めた。
「ヤッタァァァ!グギャアアアアアアアアアアアァァ!!!」
 インプが喜ぶと同時に、インプの体は蒸発して消えた。しかし、揺れは収まらな
かった。さすがのトーリスも、険しい顔をした。対処の仕方に困っているのだろう。
「しょうがありません。『浮遊』をやるしか、ありませんね!」
 トーリスは『浮遊』の魔法を唱える準備をする。
「ハァァァ・・・。『浮遊』!」
 トーリスが念を込めると、ジーク達の体が浮き始めた。しかし、何故か、レルフ
ァの体が浮かない。
「え?え?何で!?私重くないわよ!」
 レルファは、一人焦っていた。皆が浮いてくのに、自分だけ浮かないのだ。
「くぅ!度重なる戦闘のせいです!ツィリル!魔力を分けてください!」
 トーリスは、苦しみながらも『浮遊』を続ける。
「レルファ!私につかまるのです!」
 サイジンが、手を伸ばす。レルファは、急いでサイジンの所に向かう。
「レルファ!あと少しだ!」
 ジークも、サイジンの手を掴みながら手伝う。その瞬間だった。
 ガゴッ!
 急に地面が無くなった。下は、物凄い暗闇だった。下が見えないのだ。
「キャァァァァァァァ!」
 レルファは、サイジンの手を掴みかける瞬間落ちていった。
「レルファ!うおおおおおおおお!!!」
 サイジンは、『浮遊』の空間を離れて、レルファの所へと飛び込んで行った。
「サイジン!辞めなさい!貴方まで!!」
 トーリスが、言う前にサイジンは、レルファを追いかけて行った。
「レルファァァ!サイジーーーーン!!」
 ジークが、叫ぶ。叫べば助かると言うのなら、いくらでもと言わんばかりに。
「うわぁ!!やだよぉ!レルファァァ!サイジンさーーん!」
 ツィリルは泣き出してしまった。
「しょうがないネ!!万が一の可能性に賭けるヨ!!」
 ミリィは、落ちていった方向に目印球(めじるしだま)を投げる。これがあると、
居場所が分かると言う優れ物だ。
 そのうち、揺れが収まって地面が閉じていく。正確に言えば新しい地面が迫出す。
そう言う仕組みなのだろう。トーリスは『浮遊』を解いて着地させる。
「何たる事!私とした事が!」
 トーリスは、自分の力量の無さを悔やんだ。
「・・・トーリスのせいじゃ無い。あのインプ達のせいさ。」
 ジークは、目をつぶる。
「ジークお兄ちゃんは、心配じゃないの!?」
 ツィリルは、ジークが冷静なのが気に障ったらしい。
「そんな事無いよ。でもさ。大丈夫!あの二人なら絶対生きてる!」
 ジークは、そう言うとトーリスとツィリルの肩を力強く叩く。
「その通りネ!私たちが、悲観的になっちゃだめヨ!」
 ミリィは、同調する。
「そう・・・だよね!わたしも信じる!」
 ツィリルは、涙を拭ってニパァッと笑う。
「私とした事が・・・らしくありませんでしたね。出会うためにも、ここの主に会
いましょう。そうすれば、居場所が分かるかも知れない。」
 トーリスも、いつもの調子に戻って、ジークに微笑み返す。
「よし!行こう!」
 ジークは、力強く言った。気が付くと先の扉は開いていた。龍は、飛べるので、
この罠に掛かる事が無いのだろう。だから仕掛けが解けたのかも知れない。
(レルファ!サイジン!無事で居ろよ!)
 ジークは、言葉に出さなかったが、誰よりも、2人の事を心配してたのである。



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