NOVEL 1-8(Second)

ソクトア第2章1巻の8(後半)


 落ちていく。とてつもない闇の中に落ちていく。宙を彷徨うと言うのが、こんな
に恐怖だったとは、初めて知った。しかし、頼れる物は無い。
 それが今のレルファの心境だった。あの罠に掛かって、自分が浮かないのは、シ
ョックだった。自分の体重が重いせいか?とも考えたが、そんな事を言ったら、自
分よりジークの方が、よっぽど重い。それも変な話だった。多分、レルファは後ろ
の方で援護していたので『浮遊』が効く範囲外に居たのだろう。
 しかし、不思議と途中から怖くなくなった。何故か、何かに包まれている感じが
したからである。何かは分からない。しかし、しっかり掴まれている。そんな感じ
がした。
(・・・?掴まれている?)
 レルファは妙な感じがした。掴まれているはずが無いからだ。掴み損ねたのは、
自分の方だ。サイジンは『浮遊』から落ちるのを省みずに手を伸ばしてくれた。結
構、頼れる人だとは思っていたが、普段が普段だけに意外だった。
 ズシャ!!!
 良い音がした。恐らく、地面に激突した音だろう。終わりが無いはずが無い。落
ちれば、どこかに終点があるのだ。その終点に着いたのだろう。
(・・・痛く・・・ない??)
 レルファは、その時、自分が、本当に何かに包まれているのを知った。そして、
自分を包んでいる何かから液体が零れ落ちて来る。
(これは・・・血・・・?血!!!?)
 レルファは、意識がハッキリしてきた。そして、何に包まれているかを知った。
「サ、サイジン!?」
 レルファを追いかけに来た、サイジンが、重さを利用してレルファを包んで自分
の体をクッションにして地面の激突を防いだのだ。そのせいか酷い出血をしている。
「レ・・・ルファ・・・。」
 サイジンは、呻き声を、あげながら苦しんでいた。
「ちょっと!サイジン!何で!・・・こんな・・・。」
 レルファは、酷い状態に言葉を失った。そして、何で、こんな状態になったのか
も悟った。
「無事・・・ですか?・・・良か・・・った。」
 サイジンは、ニコリと笑う。
「馬鹿!!何が無事ですか?よ!無茶して!!」
 レルファは、泣き出してしまった。
「待ってなさいよ!今、回復魔法を掛けるからね!」
 レルファは、一生懸命に『癒し』の魔法を唱える。傷口が見る見る塞がって行く。
しかし、中々全部とは、行かなかった。それほど酷い怪我なのだ。
「貴方は馬鹿よ!私のため・・・私のため?」
 レルファは、再び言葉を失った。そう。自分のせいなのだ。サイジンが、こんな
怪我をする羽目になったのは自分の・・・。
「そ、そんな・・・。私の・・・。私のせいで・・・!!」
 レルファは、唇がガクガク震えていた。サイジンの手を握りながら、恐怖に怯え
ていた。
「レルファ!・・・貴女のせい・・・じゃありま・・・せん。」
 サイジンは、傷口が塞がって来たので、起き上がる。しかし、まだ体の中の痛み
は取れない。それでも踏ん張って起き上がった。
「だって・・・だって!」
 レルファは、まだ震えていた。
「自分を見失わないで・・・レルファ。・・・私には助ける理由があるのです。」
 サイジンは、意識がハッキリしてきたのか、言葉が出るようになっていた。
「だって、貴方、死にかけたのよ!私のせいよ!」
 レルファは、狂乱しかけていた。仲間を助けるはずの自分が、仲間を巻き込んだ
事への罪の意識が、レルファを攻め立てているのだろう。
「言ったはずです。私は、貴女の盾になると。いつも言ってる言葉は、偽りではあ
りませんよ?」
 サイジンは、暖かい目をしていた。いつもなら、ふざけてる所だが、今の目は真
面目だった。レルファは、その瞬間涙が溢れた。
「それにね。私も助けられたのですよ?貴女が居なくなったら、私は自分が自分で
居られなくなる。」
 サイジンは、少し照れ臭そうだった。この男でも照れる事は、あるのだ。
「サイジン・・・。分かった!待っててね。すぐ治すから!」
 レルファは、そう言うと再び精神を集中させて『癒し』の魔法を唱える。その名
の通り、体を元通りに癒す魔法だ。
「フフ。レルファの回復魔法は、やっぱ、効きますねぇ。」
 サイジンは、いつもの調子に戻り始めていた。
「馬鹿。誰でも同じよ。でも、ありがと。」
 レルファは、サイジンと二人のせいか、いつもより、サイジンに優しかった。い
つもは、照れ隠しなのだろう。
「ジーク義兄さんは、無事ですかね?」
 サイジンは真上を見上げる。結構な高さから落ちた物だ。
「兄さんは、大丈夫。自分を見失ったりしないわ。あれでも、英雄の父さんの息子
なのよ?結構しっかりしてるわ。」
 レルファは、ジークが逆境に陥った時、凄い力を発揮する事を知っている。
「レルファだって英雄の娘じゃないですか。」
 サイジンは、ニコリと笑う。
「・・・。そうだけど。兄さんは私とは違うのよ。」
 レルファは、どこか悲しい目付きをしていた。
「レルファ?」
 サイジンは、レルファの様子が、少しおかしい事に気付く。
「兄さんはね。いや、あと父さんもね。違うのよ。家族なのも分かってる。誇りに
思う気持ちはあるの。でも・・・どこか私とは違うのよ。」
 レルファは、英雄と呼ばれる父と、それを受け継ぐに相応しい力量を持った兄に、
囲まれている。普段は、家族として軽口を叩いているが、いつか、どこかに行って
しまうのではないか?と言う心配が尽きないのだ。
「レルファ・・・。」
 サイジンは、目をつぶると黙ってレルファを抱きしめる。
「ちょ、サイジン!」
 レルファは、ビックリする。しかし、抵抗はしなかった。
「自信を持って・・・。貴女は、素晴らしい女性だ!英雄なんかじゃなくても、貴
女にしかない素晴らしさを、私は感じている!」
 サイジンは、思った通りの事を言う。レルファは、また、涙を伝う。自分を認め
て欲しかった。その存在が、近くに居ると言うだけで涙が出そうになった。
「ありがとう。そう言ってくれたの、貴方が初めて・・・。」
 レルファは、サイジンの顔を愛しそうに撫でる。その時だった。
 ザッ・・・。
 どこからか音がした。サイジンとレルファは、恥ずかしそうに離れながら、辺り
を警戒し始めた。
「・・・何か居ますね。」
 サイジンは、かなり体が治っていた。レルファの回復力のおかげだろう。少し体
が痛むが、戦闘に大きな支障は無いほどだった。
「キュ?」
 どこからか声がした。サイジンは、声がした方向に向かって構える。
「キュ〜〜?」
 何やら、間抜けそうな声が聞こえてくる。すると、無警戒にそれは出て来た。
「・・・か、可愛い!」
 レルファは、いきなり目を輝かせ始めた。そこに居たのは小型の龍だった。まだ
子供のせいか、言葉が上手くしゃべれないのだろう。
「うーーーーむ。私達の邪魔をするなど、野暮な小龍ですねぇ。」
 サイジンは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「ちょっと!怯えちゃうじゃないの!剣を仕舞ってよね。」
 レルファは、睨み付ける。サイジンは、渋々剣を仕舞った。
「はぐれちゃったのかな?私達の言ってる事分かる?」
 レルファは、すっかり、この小龍の事で、頭がいっぱいらしい。
「キュー!」
 小龍は嬉しそうに尻尾を振る。レルファは頭を撫でてやる。すると、気持ち良さ
そうに、レルファに体を預けた。
「うわぁ・・・。可愛いぃ。」
 レルファは、上手に抱きとめてやった。ちょうど大人の猫ほどのサイズだったの
で、腕にすっぽり嵌る。
「ああ!レルファの腕に抱かれるなんて、羨ましい限り!」
 サイジンは、手で顔を覆って、ショックのジェスチャーをする。
「アンタ何考えてるのよ!それとこれとは別よ!」
 レルファは、前のようにサイジンを殴ったりはしなかったが、反論した。
「ねぇ。貴方、ここに、いつ落ちて来たの?」
 レルファは、小龍に尋ねてみる。小龍は言葉を理解出来るのだが、しゃべれない
ので悲しい顔をした。
「3日くらい前かしら?」
 レルファが聞くと、小龍は、フルフルと首を横に振った。
「ちょっと!今の見た!?この子、やっぱり言葉が理解出来るのよ!」
 レルファは、嬉しそうにしていた。
「素晴らしいけど、何やら、次の質問を待ってる様子ですぞ。」
 サイジンが指差すと小龍は目をパチクリさせていた。
「ごめんごめん!うーーーん。そうねぇ。10日くらい?」
 レルファが聞くと、小龍は、頭の中で計算しながら、また首を横に振る。
「あれぇ?じゃぁもしかして・・・2週間くらい前じゃないの?」
 レルファが尋ねると小龍は嬉しそうに首を縦に振った。
「2週間とは、どこから出て来たのですか?レルファ。」
 サイジンが首を傾げる。
「貴方、気が付かないの?今回の龍が暴れ出したの2週間くらい前からよ?そうな
ると、おそらく原因は・・・。」
 レルファとサイジンは、同時に小龍の方を見る。
「なるほど・・・。さすがレルファですな。」
 サイジンは、感心していた。親龍が、この小龍を見失ったため、探しに出かけて
暴れてるように見えたのだろう。それが、2週間くらい前なのだろう。
「この暗さじゃぁ、親龍の所に行けないのも、無理ないわね。」
 レルファは周りを見渡した。小龍は、恐らく、2週間を湧き水と小動物を食べて
暮らしたのだろう。親龍も心配する訳である。
「キュ〜・・・。」
 小龍は涙顔になる。お腹も空いてるのだろう。
「そうだ!サイジン。確か干し肉、まだあったわよね。」
 レルファは、道具袋に手を突っ込んで探してみる。
「あれだけ、ゲラムにもらったから、まだありますね。」
 サイジンは、自分の袋も探してみた。ゲラムは1ヶ月は保てる量を寄越したのだ。
「あ、あった!この子食べるかしら?」
 レルファは、干し肉を小龍の口へ近づける。すると、最初の内は、クンクン匂い
を嗅いでいたが、大丈夫と知ると口にほうばった。幸せな顔をする。
「食べたわ!あらあら?」
 小龍は2切れほど食べた所で、お腹一杯になったのか、眠たそうに瞼を擦る。
「寝てて良いわよ。大丈夫。私達が、必ず親の所に連れてってあげるからね。」
 レルファは、ニコッと笑って気を鎮めさせると、小龍は安心したのか眠り始めた。
「まるで、レルファのペットのようですなぁ。頭の良い子だ。」
 サイジンは眠ったのを確認すると、小龍の安心した寝顔を覗き込む。
「さて、気を取り直して行きますか!」
 レルファは、カンテラを取り出す。サイジンは、それを受け取ると火を付ける。
さっきまでは、ジークが先導していたのだ。今度は、自分がやるべきだろう。何せ、
レルファの腕の中には小龍が居るのだ。
「・・・結構広いですな。」
 サイジンは、目を凝らす。これなら小龍も不安がる訳である。何も無い空間かと
思いきや、撃退用の罠なども、チラホラ見える。カンテラ無しに、ここを歩くのは
至難の業だろう。
「ん?」
 サイジンは、妙な物を見つける。
「これは・・・。目印球!」
 サイジンは、ミリィが、いつも言っていた目印球の事を思い出した。
「これを放るって事は、私たちは死なないって、信じてる証拠ね。」
 レルファは、嬉しくなった。自分達を信じてくれている。その事が、こんなに大
きくプラスになるとは思わなかった。
「では、行きましょう。ジーク達も私達を探しに来る事でしょうしね。」
 サイジンは、そう言うと洞窟の奥へと踏み出して行った。
 そんなサイジンを見て、レルファは頼もしく思えた。


 洞穴は、どうやら、あの罠がある部屋から、一本道になっているらしく、そこか
らは、大して迷わず進めた。それに、今まで襲ってきた妖魔達も、ここら辺になっ
てくると姿を見せない。どうやら、龍の巣へ段々と近づいてる感覚がする。
 しかし、どこかにあるはずなのだ。レルファとサイジンが落ちた所が、洞穴の行
き止まりだと信じたくなかった。
 ジーク達は、よーく壁などを見ながら、仕掛けが無いかどうか探しながら、先へ
と進んでいた。ミリィも居るので、方角的には間違いは無い。
「お?みんな見るネ。」
 ミリィは、自分の持ってる目印球が、光りだしたのを見逃さなかった。
「あー。光ってるぅ。」
 ツィリルが覗き込む。確かに光っていた。
「と言うことは、無事でしたか。これで安心して進めますね。」
 トーリスも、胸を撫で下ろす。ジークも、これを見て安堵感に溢れた。
 実は、ジークは、レルファの事を凄く心配するのと同時に、サイジンの事を見直
していた。あの時、手を差し伸べたのも、兄である自分では無く、サイジンだった。
そして、真っ先に飛び込んだのもサイジンだった。
「サイジンは、凄いよ。・・・俺には真似出来ないな。」
 ジークも、やってやれない訳では無いが、サイジンは、後先考えずに飛び込んで
いた。レルファのために、自分も出来るか?その答えは分かっている。さっき出来
なかったのだ。おそらく無理だろう。
(兄貴失格かもな。)
 ジークは、自嘲する。
「ジーク。自分を責めては、いけませんよ。」
 トーリスは肩を叩く。ジークが、自分を責め始めてるのを感じ取ったのだろう。
「私も飛び込めませんでした。でもね。あんまり見せ場を取っちゃうと、サイジン
に悪いでしょう?」
 トーリスは、指を立てて説明する。
「ハハハッ!そうだな。俺らしくなかったな。俺達が、今やるべき事は、早く合流
するか、龍の所に行くか。だしな!」
 ジークは、元気を取り戻して先へと進む。
 ふと、光る物が見えた。しかも、そこだけ何故か光っている。それは、神秘的な
光とも言うべき物だった。急いで奥を覗き込むと、大きい椅子があった。しかも、
その椅子は、重厚感に満ちていて、何とも言えない光を発していた。その空間だけ
どこか城に居るような感覚に包まれる。その中心の椅子に、それは座っていた。
「人間ですね。」
 それは声を発した。どうやら龍の様だ。大きな翼に立派な角。堂々たる体格に知
性溢れる顔つき。相当位の高い龍に違い無かった。
 ツィリルとミリィは、ついこの重厚な雰囲気に負けお辞儀してしまった。
「龍ですね。俺はジーク。ジーク=ユード=ルクトリアです。」
 ジークは、一礼する。
「依頼故、お邪魔してます。どうぞご容赦を。」
 トーリスは、説明すると一礼した。
「依頼と言うのは、私の退治ですか?」
 龍は、静かだが威圧感のある声を発する。ミリィやツィリルは、その威圧感に顔
を背ける。そこには、数々の冒険者を相手にしてきた凄みがあった。
「違います。調査です。」
 ジークは、ハッキリと答えた。ジークは、決して気圧されてなかった。
「調査ですか。ならば私が何故、この頃地上で主に生活してるか、分かりますね?」
 龍は問い掛けた。
「分かりません。」
 ジークは、またもハッキリ答えた。すると、龍の眉がピクリと震える。
「俺は、嘘をつきに来たのではない。出来れば、その原因を、貴方の口から聞きた
いと思ってやって来たんだ。」
 ジークは、淀みなく答える。何と言う度胸か。
「フフフ。正直な方で安心しましたよ。」
 龍は低く笑う。これまで、龍の財産を狙う冒険者や嘘をついて不意打ちを食らわ
す冒険者とは、何度も闘って、勝利してきた龍だ。目を見れば、相手が嘘をついて
いるか分かる。ジークのそれは、正直者の目だった。
「やりますねぇ。ジーク。この私ですら、そこまで淀みなくは聞けませんよ。」
 トーリスは溜め息をつく。ジークの度胸の良さには、呆れるばかりだ。さすがは、
英雄の血を引くだけはある。
「私はトーリス。こちらがツィリルで、こちらがミリィです。」
 トーリスは、仲間を紹介する。龍の威圧感が解けたからだろう。
「私は、ここの龍の主ドリーと申します。」
 ドリーは、そう言うと人間の姿に変わった。知性の高い龍は人間に変身出来ると
聞いたが、その通りだった。ドリーは、人間で言う所の30代の女性のようなフォ
ルムをしていた。どうやら母龍なのだろう。
「ドリーさんかぁ。さっきは怖かったけど、今は何か暖かい感じがするぅ。」
 ツィリルは、つい思ったことを口にした。ドリーは、それを聞いてクスリと笑う。
「この姿を見せたのは、貴方達が初めてです。いつもは人間の街に買出しに行く時
に見せる格好なのですが・・・。」
 ドリーは説明する。おそらく、龍から人間の姿になる所を見せたのが、初めてな
のだろう。それはそうだ。正体がバレたら、何をされるか分からない。極力見せな
いようにしているのだ。
「龍でも買出しに行くのネ。参考になるヨ。」
 ミリィは頷く。もしかしたら、ストリウスの街で見ているかも知れないと思った
からだ。
「ドリーさん。俺達に教えてくれませんか?貴女が、龍の姿になってまで人間の住
む所まで行く理由を。」
 ジークは単刀直入に聞く。
「私には、一人息子が居ます。」
 ドリーは話し始めた。
「私の息子は、私の宝。龍とて子は産むのです。その息子が2週間程前から、居な
くなりました。最初は隠れるのが、好きなあの子の悪戯だと思って居ましたが。」
 ドリーは、そう言うと少し険しい表情になる。
「龍ならば、目に付きやすいですから、つい龍の姿で探し行ったのです。」
 ドリーは、溜め息をつく。そして2週間も居ないとなると、母として、どれだけ
心配かと言うことだ。ジーク達が、ここに来てからでさえ、バレないように探しに
行ったくらいだ。
「そう言う訳でしたか。なるほどね。確かに人間の中には、腐った連中も居ますし
ね。お気持ちは分かりますよ。」
 トーリスは、納得した。「闇」や「光」、それに「気」の連中を見て来たので、
何となく言いたい事は、分かった。
「息子さんの名前は分かります?」
 ジークは、尋ねる。
「ドラムと言います。あの子は、まだ人間変身能力がありません。心配なのです。」
 ドリーは目を伏せる。
「よぉし。調査ついでだ!俺達も、そのドラム君を探すの手伝いますよ!」
 ジークは、嬉しそうに声をあげる。
「本当ですか?ありがとうございます。」
 ドリーは、頭を下げる。こう見ると、仕草は、あまり人間と変わらない。気付か
れない訳である。
「ところで、お聞きしたい事が、あるのですが・・・。」
 トーリスが口を挟む。
「何でしょう?」
 ドリーは、穏やかな顔をしていた。
「私たちの仲間が、ここに来る前の扉の祭壇で、罠に掛かってしまいまして。」
 トーリスは、さっきの祭壇の所を指差す。
「あそこですか。あそこは無用な侵入者を防ぐために、作られた罠だと聞いていま
す。祭壇に触ると約4000度の高熱を発し、約30メートル程、地下に落とされ
ると聞きます。」
 ドリーは、説明する。ジーク達はゾッとした。祭壇に触っていれば、4000度
の高熱で一瞬に蒸発してしまうのだろう。さっきのインプのように・・・。
「あそこから落ちてしまったのですね・・・。」
 ドリーは、ジーク達の様子を見て察する。
「30メートルか・・・。無事で居てくれよ!」
 ジークは、祈るような気持ちになった。
「あそこから落ちて助かったのなら、ここに繋がるはずです。」
 ドリーは、そう言うと何かボタンを押す。すると、すぐ側に穴が空く。そこには、
ここのような建物の雰囲気はなく、暗く湿った感じのする洞穴が広がっていた。
「なるほど・・・。深いな。」
 ジークは、覗き込んだが、光が見えない。これでは、カンテラを使わずして、進
む事など出来ないだろう。
「トーリス!そこの柱に、このロープを巻き付けてくれ。」
 ジークは、トーリスにロープを渡す。
「分かりました。」
 トーリスは、ロープを器用に巻き付けて行く。
「勇気ある行動ですね。感嘆致します。」
 ドリーは、褒め称える。人間で、ここまでやる者は、今までの侵入者からは、見
た事が無かった。
「長さは足りてるな。・・・よし、俺が見てくる。トーリス達は、そこで待ってて
くれ。合図はする。」
 ジークは、さっき助けられなかった分、張り切っていた。
「無理は禁物ですよ。ジーク。」
 トーリスは、念を押す。ジークは親指を立てて返す。すると、見る見る間にロープ
から降りていく。
「・・・!ドラム!」
 ドリーは、突然声を上げる。すると、奥の方から声がした。
「キュキュキュキューーー!」
 すると、とても小さい小龍が、ドリーの胸に飛び込んで行く。
「レルファ!サイジン!」
 ジークは、ビックリした。何と降りて行った瞬間、こちらに走ってくる人影が見
えたと思ったら、さっきの小龍が飛び出てきたし、レルファとサイジンが走ってき
たのだ。嬉しかったが、少し拍子抜けしてしまった。
「あらぁ?光が見えたと思ったら・・・兄さんじゃない。」
 レルファは、思ったより元気そうだった。
「思ったより早く合流出来ましたな。私はレルファと一緒で楽しかったですがね。」
 サイジンも、いつもの調子でレルファを褒め称えていた。
「ドラム!ドラム!よかった!」
 ドリーは、涙を流しながらドラムを抱きしめる。ドラムも、ドリーの胸の中で泣
いていた。ジーク達は、さっさと上に上がって、その光景を見て喜ぶ。
「しかし、よく無事でしたねぇ。それに・・・。」
 トーリスは、ドラムを見ながら呟く。
「まぁ、色々あったのよ。」
 レルファは、これまで起こった事を説明した。ドラムとは、この落ちた所で遭遇
した事などだ。
「あなた方の勇気ある、そして誠実な行動に感謝致します。」
 ドリーは、説明を聞きながら一礼する。
「サイジン。レルファの事。ありがとう!」
 ジークは、そっちの方が気になっていた。
「はっはっは!私は、レルファの盾となり、お守りすると誓ったはずですぞ!」
 サイジンは、馬鹿笑いするが、レルファの突っ込みは無かった。
「あんまり無茶したら、今度は、本気で怒るからね。」
 レルファは、そう言うと恥ずかしそうにミリィやツィリルの所に行く。
「サイジン。ちょっとこっちに来い。」
 ジークは、サイジンを呼び寄せる。
「はっはっは!何用ですかな?」
 サイジンは、柱の陰の所に呼び出される。
「おい。何があった?レルファの、あの変わりようは何かあっただろ?」
 ジークは、兄として確かめねば、ならなかった。
「い、嫌だなぁ。義兄さん。私は、レルファと少し話しただけですぞ。」
 サイジンは、ジークの圧力に気圧されたが、本当の事は、言えなかった。
「まぁ良い。今回の事は、俺も感謝している。でも何かあったら報告するようにな。」
 ジークは、咳払いした。
「義兄さん。野暮な事は、言いっこ無しですぞ?」
 サイジンは、相変わらず軽い口調で答える。良い性格をしている。
「ちょっとぉ。何2人で、こそこそ話してるのよ。」
 レルファは、2人を睨み付ける。随分遅いので、文句言いに来たらしい。
「いやぁ、今回の事について、サイジンに感謝してただけさ!」
 ジークは、取り繕うことにした。
「そうね。私、サイジンに色々聞いてもらって、スッキリしたしね!」
 レルファはニコッと笑う。サイジンは、その表情を見てウットリしていた。
「おい!やっぱ何かあっただろ!吐け!」
 ジークは、サイジンの首根っこを掴む。
「兄さん!何してるのよ!サイジンは、まだ治したばかりなのよ!」
 レルファは、口をへの字にして反論する。
「そ、そうなのか?済まん。サイジン。」
 ジークも、妹には弱いらしい。
「ハッハッハ。私の体は、レルファを守るためなら鋼鉄にもなりましょう!」
 サイジンは、相変わらずノリの良い口調で話していた。どうも、本気なのか冗談
なのか、分からない奴だ。
「これは、何かあったネ。」
 ミリィは腕組みしながら考える。いつものレルファなら、鉄拳が飛ぶ所だ。
「サイジンさんとレルファちゃん、仲が良くなったね!アハッ!」
 ツィリルも、何かを感じ取っていたようだ。
「仲良き事は、良い事ですね。」
 トーリスは、分かっている癖に茶化していた。
「キュキュキュ!キュキュキューキュ!」
 ドラムが、ドリーに何か説明していた。
「あらあら、この人に、大事な干し肉を分けてもらったのですか。」
 ドリーは、レルファの方を向く。
「ありがとうございます。この子も感謝しています。」
「そんな!ドラムちゃん可愛かったから、つい・・・。」
 レルファは、頬を掻く。照れているのだろう。
「あらあら。この子ったら、レルファさんに付いて行きたいですって。」
 ドリーは、困った顔をした。
「え、でも・・・。駄目よ?ドラムちゃん。」
 レルファは、ドラムの頭を撫でる。
「キュ〜・・・。」
 ドラムは悲しい顔をする。
「ドラムちゃん。お母さんの言うことを聞いて、人間変身能力と言葉を覚えたら、
会いに来てね?分かるでしょ?」
 レルファは諭す様に言った。ドラムは、まだ変身能力が無い。街中に居たら、そ
れだけで目立つのだ。すると人間にも良い奴ばかりでは無い。それだけ危険なのだ。
「キュ・・・。キュ!」
 ドラムは、目を伏せていたが、ある決意をすると納得した顔になった。
「分かってくれたのね。」
 レルファは、笑顔を見せる。
「レルファさん。私もこの恩は忘れません。いつか会いに行きますよ。この子と二
人でね。」
 ドリーは握手を求める。レルファは、頷くと手を握り返した。ドリーの手は、思
ったより柔らかかった。そしてドリーは元の龍の姿に戻る。
「これを持って行きなさい。」
 ドリーは、サークレットと龍のお守りをくれた。
「これは・・・?」
「あなた達が、依頼を果たしたと言う証拠です。これを上の島民に見せれば、納得
するはずです。」
 ドリーは、そう言うとペコリと一礼をする。それと同時にドラムも一礼を真似た。
「帰り道は、このサークレットの紋章の通りに行けば早く着くはずです。」
 ドリーは、サークレットを指差す。サークレットは、いつの間にやら、どこかを
光で照らしていた。どうやら、方向を表しているらしい。
「凄い仕組みネ。」
 方角士としての性か、ミリィは感嘆の声をあげる。
「あなた達に竜神の祝福あらん事を。」
 ドリーは、そう呟くと、扉を開けた。奥の方で、あの扉が開いた音がする。
「ドリーさん。俺達はストリウスの「聖亭」に居ます。いつか、会いましょう。」
 ジークは、そう言うと扉の方へと向かっていった。
「ドラムちゃん、またねーー!」
 ツィリルは、手を振りながら、それに付いて行く。
「来たら、私も腕を振るうヨ。楽しみにネ!」
 ミリィも、それに続く。
「竜神の使いである、あなた方にも祝福あらん事を祈ります。」
 トーリスは、そう言うと、一礼して、それに続いた。
「ドラム君。レルファに会いに来たら、私にも挨拶するのですぞ!」
 サイジンは、ニコリと笑うとドラムの頭を撫でて、一行に続く。
「ドラムちゃん。私、待ってるから絶対来てよね!」
 レルファは、そう言うとニコッと笑ったが、少し涙を浮かべていた。ドラムは、
涙を流していたが、それを拭っていた。
「キューーーーーー!」
 ドラムは、そう一声鳴くと、別れの挨拶の代わりにした。
 「望」としての依頼は、こうして終わりを告げるのだった。
 この依頼を成功させた事で、ジーク達の名前は売れ始める。しかし、それはまた
別のお話。
 ソクトア暦1041年。新たなる歴史が刻まれようとしていた。



ソクトア2巻の1前半へ

NOVEL Home Page TOPへ