NOVEL 2-4(First)

ソクトア第2章2巻の4(前半)


 4、到来
 ストリウスにあるギルドは今、変わりつつあった。自ら自治を行う団体と、ハイ
エナのように領地を取ろうとする団体が、ぶつかり合っていた。「闇」「光」「気」
が、消えた今、残ってる主なギルドは、せいぜい「望」くらいだった。他のギルド
も、台頭を表してきたが、「望」が、一番でかくなってきた。サルトラリアは、そ
の都度、忙しそうにしてたが、寂しそうでもあった。このギルドは、元々サルトリ
アが望んで作った物である。やはり、父が居なければ、ギルドが大きくなっても、
嬉しさは半減だった。
 ギルド「望」では、サルトラリアが、ギルドマスターで、ジークが、副ギルドマ
スターと言う事で、成立している。最も、ほとんど仕事は、サルトラリアがこなし
ていた。他にも、経理や受付などは、ちゃんと雇って建物も改修したため、今では、
当時の3倍は大きいギルドとなってしまった。
 ジーク達は、未だにギルドの仕事を、ちょくちょくこなしていた。ストリウスに
来て、既に3ヶ月近く経っている。その中身も、少しずつ変わっていった。また、
ジークは、冒険する事で、自分の目標を立てると言う目的は、達成しつつあった。
 ジークは最近、何のために闘っているのか考える事が多い。最初は、依頼をこな
すため、仲間を守るため、修行のためだったが最近は違う。トーリスの行方も捜す
ためなのも、そうだが、何よりも、依頼をこなした時の、人々の喜ぶ顔を見るため
に、やる事が多い。冒険者になって良かったと思える事が、一番だと考えていた。
 この頃、ジークが気にしている事と言えば、もう一つある。サイジンとレルファ
の事である。魔法を教えてもらった晩辺りから、妙に雰囲気が違う。何と言うか、
サイジンもレルファも、いつもと変わらないのだが、二人でしゃべってる時は、妙
に声が掛けづらい雰囲気なのだ。
 変わったといえば、この頃、ミリィが良くジークに話し掛けてくる。ジークも別
に嫌じゃないので、話す事は多くなったが、何となく照れてしまう事が多い。
 ツィリルはツィリルで、トーリスの事を考えている事が多いようだ。まず第一に
行方、そして、レイアとの関係の事も考える機会が多くなった。と言うより、レイ
アが、生きていたら、どう言う風に考えるだろう?と考える事が多くなった。
 ゲラムはゲラムで、マイペースながらも、トーリスの事を考えていた。トーリス
との思い出は、そんなに多くない。しかし尊敬する人だった。何に置いても動じな
い強い精神力と凄まじいまでの魔力に対する努力を怠らない人だった。しかし、そ
れは反対に、脆い心への警告だったのかも知れない。普段、動じない人が、動じる
ような事が起きると、意外に脆いのかも知れない。そんな事を考えていた。
 そんなある日、サルトラリアが、ある依頼を持ってきた。
「皆、この依頼を見てくれ。」
 サルトラリアは、「望」の新しい談話室で、依頼内容を広げる。
「今回の依頼は、バルゼだ。」
 サルトラリアは皆にも分かるように、説明しだした。
「そして、依頼内容を見てくれ。」
 サルトラリアは、依頼の紙をジークに渡す。
「こ、これは!!」
 ジークは、見てビックリする。
「どうしたんですかな?ジーク義兄さん。」
 サイジンは、ジークの驚きようが気になっていた。
「どーしたのー?」
 ツィリルも、不思議そうな顔をしていた。
「ト、トーリス・・・。」
 ジークは呟く。依頼内容にはバルゼの商品の警護と書いてあったが、その内容が
奇妙だった。この頃、「商隊剣士」が悉く襲われて、使い物にならないので警護し
てくれとのことである。「商隊剣士」とは、バルゼの商人達の私兵だが、その強さ
は正規の軍より強い傭兵達によって、編成されていたはずである。しかし、この頃
その「商隊剣士」が、赤いローブで赤い三角帽子を被った緑髪の男に悉く葬られて
いると言う事である。それも、報告によると、死体のほとんどは、凍傷によって死
亡した者が多いと言う事である。
「・・・なるほどネ。これは、確かにトーリスの仕業っぽいネ。」
 ミリィは、腕組みして考える。
「しかし、何で「商隊剣士」なんて襲ってるのかな?」
 ゲラムは訳が分からなかった。トーリスが、「闇」などを潰した理由は分かって
いる。自分の恋人を殺されたためだ。しかし、「商隊剣士」を襲う理由など、どこ
にも無いはずである。
「先生の考えの中で、何かあったのかしら・・・。」
 レルファは考えるが、答えは出てこなかった。何が起こったのかサッパリである。
「ジークお兄ちゃん。行こう!」
 ツィリルは、行く気満々だった。それはそうだろう。
「ああ。もちろん、そのつもりだ。」
 ジークは答える。皆を見回すが、反対の者など一人も居なかった。
「センセーは、絶対、わたしが戻してみせるよ!」
 ツィリルは、いつになく積極的だった。この頃トーリスの事でモンモンと考える
事が多かったせいか、煮詰まってるぽかった。
「応援してるヨ!」
「ツィリルちゃん。ガッツよ!」
 ミリィとレルファも、それに同調する。この頃、この3人は団結してる事が多か
った。サイジンは、その理由が分かっていたが、ここまでとは思わなかった。
「しかし、バルゼとは、また遠いなぁ・・・。」
 ジークは、頭を抱える。バルゼと言えば、北の台所である。ソクトアの中でも、
かなり北に位置する国で、プサグルも、かなり北だが、その北だと言うのだから、
かなりである。中央大陸を縦断しなければ、ならないだろう。
「ストリウスからだと、馬車で約1週間掛かるな。中々な距離だな。」
 サルトラリアは、計算して出してくれる。最も、ストリウスの商品をバルゼに届
ける依頼なので、すぐ帰って来れるのかもしれない。
「こんな時に、ペガサスでもあれば、便利だったんだがなぁ・・・。」
 ジークは、贅沢な事を言う。
「ペガサス?何ヨそれ?」
 ミリィは、キョトンとしていた。サルトラリアもである。
「あれ?知らない?ああ。そうか。一般的には、知られてないんだっけ。」
 ジークは、しょうがないので、手短にペガサスの説明をする。ついでに、フジー
ヤの事も話しておいた。
「すごーいネ!私見たいヨ!」
 ミリィは、興味津々だった。それはそうだ。ペガサスは、王家やジーク達にしか
出回っていない。馬が空を飛ぶなど、一般には考えられない事だ。
「そうか。トーリス君の父が、そんな凄い人だったとはな。」
 サルトラリアも、感心していた。ペガサスの存在は信じがたいが、ジーク達全員
が、知ってるとなると、信じない訳にも行かなかった。
「途中、俺の家に寄って、ペガサスを借りるか。」
 ジークは、久しぶりに我が家に顔を出して置きたかった。
「その方が早く着くし、良いと思うよー。」
 ツィリルも反対しなかった。それほど、空の旅は楽な物だった。中央大陸を馬車
で縦断するなどしてたら、トーリスも、どこかへ行ってしまい兼ねない。それに、
ジークの家なら、ストリウスから馬車で1日で着く。効率は良かった。
「トーリスに会う為には、「商隊剣士」としても、少し居なきゃいけないだろうし
な。効率良く行かなきゃな。」
「ありがとうネ!ジーク!」
 ジークは、ミリィの喜ぶ顔が見れたので少し満足だった。この頃、何故か、そう
言う考え方をする日が多い。ジークにも、少し変化が表れた証拠だろう。
「うーん。久しぶりねぇ。家に帰るのも。」
 レルファも、感慨深い思いにさせられる。
「そう言えば、あの家から始まったのですなぁ。」
 サイジンは思い出す。レルファが出ていったのを見て、慌てて自分も旅支度した
のを覚えている。あの時を見逃していたら、一生後悔していただろう。
「そう言えば、お兄ちゃんとか、元気かなぁ・・・。」
 ツィリルは、兄のアインの事などを思い出す。ここまでは、トーリスの事で寂し
さを紛らわす事が出来たが、やっぱり、寂しいのだろう。
「ライルさんに、久しぶりに会いたいけど、居ないんだろうなぁ。」
 ゲラムは、ライルがルクトリアに向かった事は手紙で知った。あの時の特訓は忘
れないだろう。英雄と、その息子ジークとの特訓は苛烈を極めたが、楽しかった。
「皆は良いネ。私は初めてだヨ。」
 ミリィが、少し寂しそうだった。
「何言ってるのさ。ミリィ。これからミリィも加わって思い出を作れば良いんだよ。」
 ジークは、ミリィの肩を叩いてやる。
(へぇ。あの兄さんが、こんな事言うなんて、珍しいわね。)
 レルファが、ジークの反応の違いに少し驚く。
「そうだよ。ミリィさん!わたし、ミリィさんに会って、本当に良かったと思って
るんだよ?きっとセンセーだって、同じだよ♪」
 ツィリルは、ニパァッと笑う。ミリィは、嬉しそうにツィリルに微笑み返す。
「よし!決まりだな。じゃぁ、この依頼は、君達で、こなしてくれ。」
 サルトラリアは、依頼に決定マークを押す。
「分かりました。今回は、ちょっと個人的だけど、がんばろうぜ!」
 ジークは、皆に気合を入れる。
『オウ!』
 皆は、それに答えた。
 トーリスは、抜けたが団結力は更に強くなっていたのであった。


 ソクトア大陸の中央に位置する中央大陸。その中心より、多少、南に行った所に、
一軒の家がある。その家こそ、冒険の始まりであるユード家だった。ここでのジー
クの20歳の誕生日が、事の始まりだったとも言える。今となっては、結構懐かし
い出来事だ。
 今、ユード家は、プサグルの執事が全力を持って掃除してるので、出て行った時
より、ピカピカのままで維持されている。大した物である。信用している執事を寄
越したと言うだけある。
 その家にライルは寄ってみた。まだ、マレルなどがルクトリアに居るので、帰ら
ねばならない身だが、空が暗くなったので、久しぶりに泊まってみる事にしたのだ。
(しかし、凄いな。)
 ライルは家の中に入って改めて思った。全部完璧に仕立ててあった。無いとすれ
ば、その日の材料くらいだ。ペガサスの世話まで、全て完璧にやってあった。執事
は今、ペガサスに餌をやっている所だった。
 噂に寄れば隣の修道院の誰かも来て、手伝ってるとの事で、ありがたい話だった。
(さて、材料は取ってきたし、調理するとするかな。)
 ライルは、帰り際に久しぶりに野生の猪を取ってきたので、食べる事にした。
 すると、修道院の馬車の停車場から、久しぶりに誰かが降りる音がする。
(珍しいな。)
 ライルは、この修道院に、この時間に馬車が止まると言うのは、あまり聞いた事
が無かった。すると、結構な人数で、降りてくる音が聞こえた。
 どうやら、ここに向かって来るらしい。
「はぁ。久しぶりのうちかぁ。と言っても、誰も居ないんだよなぁ。」
 暢気な声が聞こえてくる。無論聞き覚えのある声だった。
「誰も居ない事は、無いぞぉ!」
 ライルは大声で、それに答える。どうやらドアの外まで聞こえたようで、ビック
リしたのか、すぐにドアが開けられる。
「と、父さん!」
 ジークは、ドアを開けてビックリする。まさか、父が帰って来てるとは、思わな
かったのだ。執事の人とは、さっきペガサスの厩舎で挨拶したので、誰も居ないか
と思っていたのだ。
「おぉ!ライルさんだ!ひっさしぶりです!」
 ゲラムも、元気に挨拶する。
「なぁんだ。父さんが居るとは、思わなかったわ。」
 レルファは、相変わらず軽い口を叩く。
「これはお義父上。帰っていらしたとは・・・。」
 サイジンは相変わらずだったが、ひょんな事に、レルファが抵抗しなくなってい
た。ライルは、それを見て感づいたが、レルファが幸せそうな顔をしていたので、
特には言わなかった。しかし、後で聞いてみるつもりだった。
「ライル叔父さんだぁ。久しぶりでーす!」
 ツィリルは、少し寂しげだった。見渡したらトーリスが居ないので、そのせいだ
と悟った。フジーヤの手紙に書いてあったのは、本当だったらしい。
「私、ファン=ミリィでス。お願いしますネ!」
 ミリィが、丁寧に挨拶する。かなり緊張してるようだった。ソクトアの英雄の前
だと言う事もあるが、それ以上に、ジークの父親だと言う事が大きい。
「みんな、いっぺんに挨拶されても困るな。まぁ座りなさい。」
 ライルは、優しく人数分の椅子を用意した。こういう所は、ジークそっくりだと
ミリィは思った。やはり親子なので、似てるのだろう。
 しばらく話し込んで、執事を紹介していた。執事の名前はサムソンと言う名前で、
凄腕の執事らしく、プサグルの執事功労賞を何度か取ったらしい。
 サムソンの話が終わると、今度はジークが、これまで起こった事を話し始める。
大体の事は、フジーヤの手紙で知っていたが、ミリィの事や、龍の巣の詳しい出来
事などを聞く事が出来て、満足だった。
 ライルの方は、これまでの皆の動きと、フラルの結婚話に付いて話した。その話
は、ジーク達は全く聞いた事が無かったので、ビックリしていた。特にゲラムは、
信じられない顔をしていた。
「へぇ、フラルさん、結婚するんだ。」
 ジークは、ビックリしながら頷いた。
「あの姉さんがねぇ・・・。相手の人は、どんな感じなのかなぁ?」
 マイペースのゲラムと言えど、さすがに自分の義理の兄になる人は、気になるの
だろう。何より、あの姉が嫁いで行く所など、想像も出来なかった。
「ヒルト兄さんの話では、デルルツィアの王子で、フラルの一目惚れらしいぞ。」
 ライルは、ヒルトがそれ以上あまり語りたがらなかったので、聞いていなかった。
「この際だし、言っちゃったら?」
 レルファは、サイジンに肘で合図する。
「・・・わ、分かりました。」
 サイジンは、緊張した面持ちで答えた。
「ライルさん。じ、実は、ですね。」
 サイジンも、緊張する事があるのだろう。レルファは初めて見た。
「何だ?改まって。」
 ライルは、怪訝そうな顔をしていたが、実は予想はついていた。
「真剣にレルファと、お付き合いするので、許して戴きたい!」
 サイジンは、真面目な声で、皆の前で言った。レルファは、恥ずかしそうにして
いたが、嬉しそうだった。
「サ、サイジン、本当なのか!?」
 ジークだけ、一人抜けてる事を言っていた。
「・・・サイジン君。君に一つだけ、質問しよう。」
 ライルは、真剣な顔でサイジンを見る。
「何でしょう?」
「君は、レルファの事を幸せにする自信は、あるかね?」
 ライルは、サイジンの眼を見据えて言った。すると、サイジンは、少し伏せ目が
ちだったが、真面目な顔で返す。
「今は、ありません。しかし、そうなるよう努力します。」
 サイジンは、ちゃんと答えた。
「・・・フッ。レルファ。サイジンに付いて行けるか?」
 ライルは今度はレルファに尋ねる。すると、恥ずかしそうに首を縦に振っていた。
「そうか。なら反対するべくも無い。頼むぞ。サイジン君。」
 ライルは、サバサバしていた。サイジンは、見た目よりしっかりしてそうだし、
娘も幸せそうにしている。寂しさは残るが、娘も16だ。そろそろ、自分で自分の
事を決め始める年頃なのだろうと理解していた。
 自然と拍手が起こる。ジークも、それに入って手を叩いていた。
(レルファは、自分の幸せを掴んだのか・・・。)
 ジークは、それならば何も言うまいと思った。
「約束しましょう。私はレルファ、貴女と共にある事を!」
 サイジンは、レルファに微笑みかける。
「ありがとう!父さん、兄さん、そしてサイジン!」
 レルファは、感極まって涙が溢れてきた。
「良かったヨ!ほんとに良かったヨ!」
 ミリィは、自分の事のように喜ぶ。ツィリルも嬉しそうだった。
「これで、マレルへの土産話も増えたな。」
 ライルは、嬉しそうに言った。
「それにしても、バルゼか。トーリス君が居れば、良いがな。」
 ライルは、トーリスの事は報告を受けて知っている。
「センセーは、迷ってるんだよ。だから迷いを吹っ切らなきゃ・・・。」
 ツィリルは、希望に満ち溢れた目をしていた。トーリスに会うと言う目的のため
に、邁進している感じだ。
「ツィリルは、強くなったね。でも、無理は・・・するなよ。」
 ライルは、優しい目で微笑みかける。つい、この姪っ子には優しくなってしまう。
「うん。でもね。わたしセンセーに会って、話さなきゃならないの。」
 ツィリルの決意は、固かった。
「そうか。なら止めない。だが後悔だけは、するなよ?」
 ライルは、ツィリルの頭を撫でてやった。
「うん!」
 ツィリルは、ニパァッと笑う。相変わらずの笑顔だ。この状態で、この笑顔を作
れるとは、見た目より精神の強い子なのだろう。
「そして、君がミリィさんか。よろしく。」
 ライルは、ミリィに視線を移す。ミリィは、結構緊張した面持ちだった。
「よろしくでス。」
 ミリィは、ライルを見て本当にジークに似ていると思った。いや、ジークがライ
ルに似ているのだ。英雄が持つ独特の雰囲気をジークも、持っているのだろう。
「ミリィさん。君は少し、気後れしてないかい?」
 ライルは指摘する。確かに、その通りだった。ミリィは、皆が思い出深いこの場
所に、初めて入る客人なのだ。
「確かに皆にとっては、思い出の場所だと言う事には代わりは無い。ただね。この
場所を、ミリィさんにも、思い出の場所にして欲しいな。」
 ライルは、説き伏せる。ミリィは、それを聞いて嬉しく思う。
「ありがとうございますネ。・・・何だか軽い気持ちに、なりましたヨ!」
 ミリィは嬉しそうに、ライルの方を見る。どうやら肩の力は抜けたようだ。
「よし。・・・サムソンさん。悪いが、猪の調理のほう頼んで良いかな?」
 ライルは、取ってきた猪をサムソンの方に渡す。
「どうぞ。私の役目は、この家の管理ですから。ごゆるりと。」
 サムソンは、丁寧に返事を返す。しかし、嫌な感じはしなかった。かなり優秀な
執事のようだ。ライルは、感謝の礼をすると、木刀を持つ。
「ジーク。表に出ろ。俺が、久しぶりに稽古してやろう。鈍ってないよな?」
 ライルは、そう言うとジークに木刀を持たす。
「大丈夫だよ。父さんの方こそ、大丈夫だよね?」
 ジークは、やる気満々になっていた。さすが親子である。
「ほう。ジーク義兄さんとライルさんの稽古か。見たいですな。」
 サイジンは、興味津々だった。サイジンは、まだ、この2人の手合わせを見た事
が無いのだ。皆は、ライルに付いていく。外は暗いが、家の前は、ランプを付けれ
ば、まだ明るく見える程だった。
「よぉし。構えろ。ジーク。」
 ライルは、不動真剣術「攻め」の型を見せる。
「俺だって、この3ヶ月間、伊達に冒険した訳じゃないよ?」
 ジークも、不動真剣術「攻め」の型を見せた。2人共、攻め中心に考える事が好
きなのだろう。2人共、隙が無かった。
「はぁぁぁ!」
 ジークは、切っ先をユラユラ揺らしたまま、攻め込む。
「幻惑のつもりか?甘いぞ!」
 ライルは、切っ先を木刀で跳ね除けると、一気に間合いを詰めた。
「不動真剣術、突き「雷光」!・・・っと、避けられたか。」
 ライルの突きを、ジークはジャンプして躱す。さすが、継承者同士の闘いだけあ
って、読まれる事は多いようだ。ジークは、ジャンプから木刀をひっくり返して、
ライルに斬りを繰り出す。
「その態勢で、良い斬りなど出せん!」
 ライルは、ジークの斬りを軽く受け流す。そして足を払う。つもりだった。
「なに!?」
 ジークは、それを見越したのか、足に木刀を持ってきて、受け止めて着地した瞬
間、突っ込んできた。
「はぁぁぁ!!不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!・・・さすが父さん。」
 ジークは、手応えは、あったが木刀なのを知った。ジークの「閃光」は、木刀を
縦にして、受け止められていたのだ。
「・・・早い。さすがですな。」
 サイジンは、2人の尋常ならざる動きに感心していた。
「凄いネ。さすがジーク。それにライルさんも、凄いヨ。」
 ミリィも、その凄さを肌で感じ取っていた。まるで動きが見えない。これが不動
真剣術の継承者同士の闘いなのだろう。レルファは、見慣れていたし、ゲラムもあ
る程度見ていたので、そんなに驚きはしなかったが、いつに無く、力が入ってたの
は、見て分かった。また、ツィリルは、見てたが内容がイマイチ掴めて無かった。
「腕を上げたな。ジーク。だが、これでどうだ?」
 ライルは、不動真剣術「無」の型を見せる。
「俺の攻撃を「無」で返せる自信があるのか。さすが父さん。」
 ジークは、冷や汗を流す。「無」の構えは、己を無にして、敵の攻撃を間一髪で
避けて、カウンターの一撃を食らわす構えだった。
「だが、そうは行かない!不動真剣術、旋風剣「爆牙」!!」
 ジークは、「爆牙」で風の小竜巻を起こす。ライルは、それを突っ込みながら躱
す。恐ろしい反応である。一気に間合いを詰められたジークは、堪らず裏に回りこ
むように、大きくジャンプする。
「こういう時に、使うんだ!ジーク!不動真剣術、旋風剣「爆牙」!」
 ライルは、お返しに「爆牙」をジークの方に向ける。迫ってくる竜巻に対して、
ジークは、無防備だった。
「はぁぁぁ!」
 ジークは避けられないと知ると、その竜巻を素早く4回斬りつける事で、竜巻を
消してしまう。
「不動真剣術、連続斬「短冊(たんざく)」!」
 ジークは、横に一回、縦に素早く3回斬るこの技で、竜巻の威力を消してしまっ
た。しかし、消し切れなかったのか、少し腕に掠り傷を負っていた。
「まさか、「短冊」を持ってくるとはな。」
 さすがのライルも、予想が付いて無かった。
「良い修行を、したようだな。」
 ライルは、ニヤリと笑う。息子の成長が見て取れて嬉しかった。
「父さんだって、衰える所か、前より冴えているってのは、どう言う事さ。」
 ジークも、久しぶりに父の木刀を受けて、嬉しく思っていた。
「毎日、アインやレイリーの相手をさせられてるからな。衰えはしないさ。」
 ライルは、そう言うと木刀で妙な構えに変える。
「さぁて、行くぞ!ジーク!不動真剣術、剣圧「烈光(れっこう)」!」
 ライルは、木刀で一条の光を作り出す。それを気合で飛ばした。その剣圧を、ジ
ークは、読んでいたのか、ジャンプ一番で躱す。
 その態勢のまま、ジークは、何と五芒星を木刀で描く。
「まさか!」
 ライルは、ビックリした。
「行くぞ!父さん!不動真剣術、奥義!「光砕陣(こうさいじん)」!!」
 ジークは、五芒星に自分の闘気を乗せて、ライルに放つ。地面に向かうまでに、
大きくなっていき、ライルは、その五芒星を木刀で受け止めようとしたが、受け切
れず、木刀と一緒に吹き飛ばされた。
「くっ。ぬぅぅぅ!」
 ライルは、起き上がろうとした矢先、ジークの木刀の切っ先が眼前に向けられた。
「ふぅ。参った。俺の負けだ。」
 ライルは、お手上げのポーズをした。
「ふぅ!しんどかった・・・。」
 ジークは、肩の力を抜く。
「凄いヨ!ジーク!見直したネ!」
 ミリィは、駆け寄ってきた。そして嬉しそうに手を握る。
「ハハッ!ありがとう!」
 ジークは、照れながらも握り返した。ミリィは嬉しそうな顔をすると手を離す。
「全く・・・俺の予想を、遥かに越えて強くなりやがって・・・。」
 ライルは、文句を言ってたが、息子の成長振りが見られて嬉しそうだった。
 それにライルは、継承の時ですら、出さなかった不動真剣術の技の数々を、繰り
出してまで負けた。本気を出して負けたのだ。
(ジークは、この俺よりも才能があるようだな。)
 ライルは、間違いなく自分より強いと思った。ライルの全盛期も凄まじい実力で
は、あったが、ジークは見た所、まだ成長段階である。それを考えると、ジークの
力は、ライルの力を凌駕していた。
 ライルが、そんな事を思っていると、突然後方から気配がした。
「誰だ!」
 ライルは、警戒しだす。あまり良い気配とは言えなかった。
 気配は、光の下に出ると、その姿を現す。切れ長の目に真っ黒い髪をしていた。
暗黒色の服を着ていて、姿は、人間だが何か違う感じがした。
「ライル=ユード=ルクトリアとは、アンタの事か?」
 その男は、突然尋ねる。
「そうだ。そういう君は、何者だ?」
 ライルは、まだ警戒していたが、敵意は少ないと見て、肩の力を抜いた。
「俺の名はミカルド。覚えておくと良い。」
 その男は、人間の姿を模したミカルドだった。
「なるほど。それで、アンタを倒した、お前は何者だ?」
 ミカルドは、ジークの方に視線を向ける。
「俺は、ジーク=ユード=ルクトリアだ!アンタこそ、何者なんだ?」
 ジークは、ミカルドを睨み付ける。
「ほう。なるほど。息子と言う訳か。面白い。」
 ミカルドは、低く笑う。皆、ミカルドが、何者かは分からなかったが、只者では
無い事は、その佇まいで分かる。
「そこに居る5人も、かなりの力を持っているようだし・・・。楽しめそうだな。」
 ミカルドは、5人に視線を移す。
「何が目的だ?」
 ライルは、この不気味な青年を、快く思っていなかった。
「今日は、物見に来ただけさ。驚かせてしまったかな?」
 ミカルドは、嬉しそうに笑う。この7人に対して、ここまで余裕で居られる者な
ど、普通では無い。実力が分かっていて、この余裕である。
「もしや、魔族か?」
 ライルは、この青年を見てると、リチャード=サンを思い出してしまう。黒竜王
の化身であったリチャードも、こんな雰囲気であった。
「ビンゴとだけ、言っておこう。」
 ミカルドは、あくまで余裕の構えを解かない。
「魔族・・・か。私達を物見して、何を企んでいるのですかな?」
 サイジンは、聞いてみる。
「人間の最強は、どんな物か確かめてみたかったのさ。だが、この程度では、いず
れ滅ぼされるぞ?」
 ミカルドは、指摘する。言うほど弱くは無いが、ミカルドを相手にするには、ま
だ不十分な実力だった。
「やってみなくちゃ、分からないでしょ!」
 レルファは、つい我慢出来ずに、叫んでしまう。
「気の強い事だな。だが俺には分かるんだよ。」
 ミカルドは、楽しそうに笑う。
「だが、俺の望んでいる闘いは、もっと緊張感のある闘いだ。魔族と神々だけの闘
いなど、俺は望んでいない。」
 ミカルドは、腕を組む。
「魔族と神々の闘いって、何の事ヨ。」
 ミリィは、不思議そうな顔をする。
「お前ら人間は、知らぬだろうな。古来より魔族が、力をつけた時に、必ず神々が
邪魔をすると言う事を。お前らは、それだけ恵まれているのだぞ?」
「・・・その話なら、聞いた事がある。」
 ライルは、しかめっ面をする。ライルは、聞き覚えがあった。魔族現れる時に、
乱起こり、神々が、その乱鎮めたもう、という話は、良く口伝で伝えられている。
「今とて、神がどこかで調査し、どこかで監視しているに違いない。」
 ミカルドは、忌々しく言った。それほど神の力は絶大なのである。どんな弱い神
と言われていても、魔王クラスの魔族を蹴散らせる実力があると言う。
「人間達よ。貴様らは、守られるだけで良いのか?」
 ミカルドは、ジークを睨む。
「元よりそんなつもりは無い。例え、今は力が無くても、俺達は、自分の力で乗り
越えてみせる!」
 ジークは言い切った。そして、正確な想いだった。
「良くぞ言った。その通りだ。」
 ライルも、同調していた。
「良かろう。ならば、乗り切って見せるが良い。この力をな!」
 ミカルドは、そう言うと瘴気を出し始めた。物見だけのつもりだったが、つい我
慢が出来なかったのだろう。
「くっ!この波動!黒竜王以上だ!」
 ライルは、驚くと共に、これからの闘いの厳しさを悟るのだった。
「乗り越えられるか?ジークとやら。」
 ミカルドは、ニヤリと笑う。その瞬間だった。空間に扉が開いた。
「あ、あれは・・・。」
 ジークは、その先に出てきた人物に見覚えがあった。
「ジュダさんだぁ。それに赤毘車さんもだ。」
 ツィリルは、懐かしげに見る。ジークの誕生日以来だった。
「久しぶりだな。そして、そこに居る魔族。何者だ?」
 ジュダは、『転移』で、ここに来たのだろう。
「ジュダ・・・。ほう・・・。貴様が、このソクトアを監視していた奴か。」
 ミカルドは、冷や汗を流す。ミカルドが冷や汗を流すなど、尋常な事では無い。
「どう言う事だ?」
 ライルは、ジュダと赤毘車を見る。
「フッ。これ以上、隠しても無駄なようだな。」
 ジュダは観念する。と同時に、物凄い魔力と闘気を放ち始める。赤毘車もだ。
「俺の名前は、竜神ジュダ!」
「そして、私の名は、剣神、赤毘車!」
 ジュダと赤毘車は、正体を明かす。ライルはビックリしたが、黒竜王の時の事を
考えても、今までの事を計算しても、この人達が、神だったと考えれば、合点が行
く事が多かった。
「ならば、俺も答えよう。俺は、魔王クラーデスが末弟ミカルド!」
 ミカルドは、自己紹介をする。そして、それと同時にジュダは眉を動かす。
「ほう。あのクラーデスの息子か。」
 ジュダは、聞き覚えがあった。魔王クラーデスと言えば、「魔王の中の魔王」と
言う事で有名である。
「ふっ。手応えありそうな人間達よ。そして竜神に剣神。また会おう。今日は物見
だけなんでな。これ以上やったら、お咎めを受けてしまうからな。」
 ミカルドは、そう言うと『転移』の応用か、すぐに消えた。
「あれが・・・魔族・・・か。」
 ジークは、これからの闘いの厳しさを予感するのだった。
 間違いなく、とてつもない闘いになる。ライルでさえも、そんな予感がした。



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