NOVEL 2-4(Second)

ソクトア第2章2巻の4(後半)


 ライルの家では朝は早い。あんな出来事があった後だが、関係なく起きて、朝の
稽古をする。いや、あんな出来事があったからこそ、時間を無駄に出来ないと思っ
たのだろう。
 相変わらず、ジークは起きるのが少し遅かったが、朝飯を食べ終わったら、すぐ
に稽古を始めた。昼前までにペガサスで飛び立つつもりなので、急がなければなら
ない。確かに、魔族との闘いも重要なのだが、あの様子では、まだ始動するのは遅
そうだ。それより居なくなったトーリスを追う事の方が重要なのである。
 あの後、ジュダと赤毘車から話は聞いた。ジュダと赤毘車は、神のリーダーから
の命令で、このソクトアの調査と魔族の殲滅が任務だという。この頃、ソクトアに
猛烈な波動が出始めたのは、黒竜王のせいだけでは無く、間違いなく魔王クラスの
魔族が出始めた証拠なのだと言う。そして、その場所は、今探っている最中で、中
々突き止められないで居た。しかし、昨日のミカルドの一件から、クラーデスは、
間違いなく降臨しているのだろう。
 そして、魔族の位についても話をしてもらった。その話を聞いて、ライルは、ビ
ックリしていた。ライルの倒した黒竜王が「魔貴族」だと言う事。そして、その上
にある「魔界剣士」「魔王」そして「神魔」という位があるという事だ。
 ライルは、あの黒竜王ですら苦戦したと言うのに、それ以上の魔族が降臨してい
るとなれば、これまでに無い闘いが、起こると言う事は、予想出来た。そして、ジ
ュダは、神とて協力するには、限りがあると言う事で、昨日は、任務もあるので、
帰ってしまったのだ。
 それと、戦乱時代のライルに手を貸したのは、やはり魔族である黒竜王の出現に
よりなのだと言う。しかし、ライルが倒してしまったので、これ以上追求する事は
無かったのだが、この頃の波動のせいで、また出番が回って来たのだと言う。
 そんな事もあって、ジーク達は、挫ける訳には行かなかった。昨日の一件で、魔
族に一番マークされるのは、ライルとジークだと言う事は、予想出来た。ならば、
それを乗り越えるしかない。特にジークには、厳しいマークが付けられるだろう。
 ジークは、昨日は、さすがに恐怖した。魔族の力を見せ付けられた後だし、「神
魔」というのは、神でさえも、梃子摺るくらいの実力の持ち主だと言う事も聞いた。
そんな相手にマークされるのだ。恐怖が無いといえば嘘になる。しかし、一方で開
き直っていた。魔族が進出すれば、恐らく逃げ場は無いのだろう。ならば闘うしか
ない。闘って勝ち取らない限り、未来が無いのなら、やってみせようと思ったのだ。
「せい!」
 ジークは、朝の稽古にも力が入る。サイジンの木刀を受けながら、自分の力の調
子を確かめる。
「兄さんったら、調子上げてきたわねぇ。」
 レルファは、横目で見ながら魔法の習得に力を入れていた。兄に負けていられな
い。兄が襲われるのならば、それをサポートするのが、自分の役目だと思っていた。
それはツィリルとミリィも、そう思ったのか、いつもより魔法の習得に力を入れる。
「ミリィさん、様になってきたわねぇ。」
 レルファは、ミリィの魔法の覚え具合には、結構驚いていた。もう初歩的な物は、
全てマスターしてしまったらしい。才能が、あるのかも知れない。
「ジークを助けるためネ。絶対、殺させやしないヨ!」
 ミリィは、その想いがあるためなのか、一生懸命であった。
「そうね。兄さんは、殺させはしない。」
 レルファにとっても、たった一人の兄である。
 ゲラムはゲラムで、弓の修練をしていた。より早く正確に打ち抜く訓練だ。
「後方から支援するのは、僕しか居ないんだ!」
 ゲラムは、ジークの強さに憧れていた。しかし、今は大切な仲間である。仲間で
ある以上、狙われているのなら、守るのが自分の努めである。
 皆が皆、昨日の事でやる気が増してきた。これこそが、ミカルドが望んだ結果な
のかもしれない。彼は神より、人間の方に注目していた。特に、昨日のジークの剣
の冴えを見て、見込みがあると思ったのだろう。魔族として強い奴と闘いたいと言
う血が、ウズウズしてしまったのだろう。
 結果、ジュダ達と遭遇してしまった訳だが、ジュダ達も、手を出してない以上、
追い詰めない事にしたのだ。他の魔族なら、いざ知らず、ミカルドは、さほど邪悪
には見えなかったからである。どこか他の魔族と、雰囲気が違っていた。
 その内に、時間が来てしまう。
「ペガサスのご用意が、出来ました。」
 執事のサムソンが、ちゃんとペガサスの用意をしてくれた。
「ありがとう。サムソンさん。」
 ジークが、礼を言うと恭しく一礼をする。
「これが、ペガサスなのネ。可愛いネ♪」
 ミリィは、ペガサスが人懐こく首を傾げたりしたので、首を撫でてやった。
「それじゃぁ、俺のペガサスにはミリィ。レルファのにはサイジン。それと、ゲラ
ムが操るペガサスには、ツィリルで良いな?」
 ジークは、確認する。確かに、ペガサスに乗り慣れてるのは、レルファとゲラム
とジークしか居ない。それに、ペガサスに2人以上乗せるのは酷だった。
「了解ネ。」
 ミリィは、ジークの後ろに乗れるのが嬉しかった。
「サイジン。しっかり捕まってね。」
 レルファは、サイジンに、あれこれ指示していた。
「レルファの後ろに乗れるなど・・・。私は幸せ者ですなぁ。」
 サイジンは、相変わらずだった。まぁ決めた所で、そう簡単に性格が変わる訳で
はなかった。
「久しぶりだけど・・・。まぁ、大丈夫かな。」
 ゲラムは、ペガサスの手綱の具合を調べていた。
「ツィリルさん。結構、ペガサスの上は揺れるから、この手綱を掴んでね。」
 ゲラムは、手綱を長くして説明する。
「結構、緊張するなぁ・・・。まぁ良いか。エヘヘ♪」
 ツィリルも、ペガサスに乗るのは初めてだったので、嬉しそうだった。本当なら
トーリスの後ろだったら幸せだったのだが、このゲラムも、優しくしてくれるので、
別に悪い気はしなかった。
「フム。そろそろ行くのか?ジーク。」
 ライルは、迎えに来てくれた。
「うん。母さんによろしく言っといてよ。父さん。」
 ジークは、ニッコリ笑う。ライルは、それに笑顔で返す。
「ああ。言っておこう。」
「じゃぁ、そろそろ行くか。」
 ジークは、軽い動きでペガサスに乗る。皆も、それに倣って乗ってみる。ツィリ
ルは、少し苦戦していたが、ちゃんと乗る事が出来た。
「行く前に一言。ジーク、レルファ、それに皆も、良く聞け。今からは、お前達の
時代だ。俺を超えて、そして俺の代わりに闘ってくれ。それが俺への励ましになる
と思ってくれ。頼むぞ。」
 ライルは、そう言うとクルリと背中を向けた。
「父さんが、そんな弱気な事、言ったって似合わないぜ!」
 ジークは、豪快に笑う。ライルは、そんな息子を見て、頭を掻きながら苦笑した。
と同時に、こんな事を言ってくれる息子を誇りに思う。
「んじゃぁ、行ってくるよ!」
 ジークは、ペガサスの手綱を強く握ると、ペガサスは合図とみて、空中に飛びた
つ。ミリィは、しっかりジークの腰にしがみ付いた。他の2人のペガサスも、同じ
ように飛び出した。
(生意気を言いやがって。それくらいの方が、張り合いが出て、良いかもな。)
 ライルは息子を見送ると、今度は、自分のルクトリアへの帰還の準備を進めるの
だった。
 一陣の風が、ジーク達を包み込んで行くのを、ライルは感じた。


 ソクトアの中でも、屈指の防衛力を誇る城壁に囲まれた、共和国デルルツィア。
その軍事力は、謎に包まれていたが、次第に明らかになっていった。と言うのも、
ソクトアの中でも、最高の軍事力を持つと言われるルクトリアとプサグルの両国と、
同盟を結ぶ事になったからである。
 これも全て、デルルツィアの王子ミクガード=フォン=ツィーアのおかげであろ
う。デルルツィアの人々が、鎖国状態のデルルツィアを解放した偉大な王として迎
えたいと言うくらい絶大な人気を誇っている。と言うのも、単身プサグルへ行き、
王女との交際の後、結婚という偉業を果たしたのは、このミクガードだからである。
 そして、王子ミクガードは、今日付けで正式に王となるのだった。今日は、ミク
ガードと、プサグル王女フラル=ユードの結婚式である。
 ミクガードは、控え室でソワソワしていた。今、王宮の中央広場では、先代王の
ルウが、集まった皆に、ミクガードへの戴冠を説明していた。そして、傍らには先
代皇帝の、シンの姿もあった。
 そして、今日のメインの来賓である、プサグル王ヒルト=ユード=プサグル。そ
して、王妃のディアンヌ=ユード。そして、王子であるゼルバ=ユード=プサグル
の姿もあった。3人は、堂々とデルルツィア国民の前に姿を現していた。
 ミクガードが、ソワソワしている訳は、フラルの結婚衣裳に着替えてる最中だと
言う事もあっての事だろう。どんな人でも緊張する物である。
「コラ。お前は今日の主役なんだから、もっとドッシリしろっての。」
 ミクガードの護衛を、自ら頼み出たドランドルが文句を言う。
「そ、そんな事言ったって、緊張するんですよ。ドランドルさん。」
 ミクガードは、この前、国民の前で決めたばかりなのに、弱気な事を言っている。
「俺には、分からんなぁ。俺は不器用で、結婚もしてねぇからな。」
 ドランドルは、戦乱時代は激動と共に生きて、それから、ヒルトに仕えて20年
経つ。その間、目もくれずに仕事をこなしたり、プサグル王宮のために尽くして来
たので、結婚相手を探す余裕も無かったのだ。
「ドランドルさん・・・。」
 ミクガードは、そんなドランドルの胸中を知らずに言ってしまった事を後悔する。
「しみったれた顔するんじゃねぇよ。お前は、俺が認めた男だ。フラルを幸せにし
てくれると俺は信じている。だから、そんな顔するんじゃねぇ。良いな?」
 ドランドルは、ニッコリと笑ってくれた。ドランドルからしてみれば、娘を嫁に
出す気分なのだろう。フラルは、この自由奔放なドランドルを気に入っていた。ド
ランドルも、生意気な小娘とは思いつつも、色々可愛がってあげていた。
(ヒルトも、こんな気分なのかな?)
 ドランドルは、外で演説しているヒルトの事を思う。ヒルトも、娘の晴れ姿を楽
しみにしているのだろう。それと同時に、この頃寂しい顔をしていたのを、ドラン
ドルは、見逃してはいなかった。
「花嫁の着替え、終了致しました。」
 部屋の中から、侍女達の声が聞こえる。ミクガードもドランドルも、緊張した面
持ちで、部屋を見つめる。
 そして、中からシルクのヴェールを被ったフラルが出てきた。
「・・・フラル。」
 ミクガードは、つい感動して、近寄ってしまう。フラルは、嬉しそうに微笑んで
いた。すると、外から拍手が聞こえた。どうやら、全てのスピーチが終わったよう
だ。司会進行役が、こちらに来て、ミクガードとフラルを見る。そして確認すると、
また、外に向かって走っていった。
「皆様!長らくお待たせ致しました!新郎と新婦の用意が終わりましたので、更な
る拍手で、お迎えください!」
 司会が、大きい声を出した。よく見ると、司会はフレノールだった。非常に嬉し
そうな顔をしている。ミクガードの結婚の司会が出来て嬉しいのだろう。そして、
宮殿内から凄まじい拍手が聞こえた。
「ミック、少し緊張しちゃうわね。」
 フラルは、少し震えていた。それをミクガードは、優しく手を取って微笑む。
「俺が付いてる。心配するな。」
 ミクガードは、そう言うと、フラルをエスコートする形で進んでいく。
「うん。行きましょう。」
 フラルは、嬉しそうに微笑むと、宮殿の中央広場に向かっていく。凄い拍手だっ
た。そして国民は、今度は、上辺では無く、心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「フラル様!お綺麗ですわ!」
「ミクガード様!万歳!」
 こんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
 そして、ルウ、シン、ゼイラー、ヒルト、ディアンヌ、ゼルバが待ち受けていた。
皆、微笑みを返してくれていた。フラルの目から、つい涙が零れる。
「フラル。涙顔なんて似合わないぜ?笑顔で、皆の所に行こう。」
 ミクガードは、そう言うと涙を拭ってやる。
「うん。ミック。」
 フラルは、皆に笑顔で返す。
「フラル。綺麗だぞ。」
 ゼルバは、妹を誇りに思う。自分勝手だった妹だが、自分で結婚相手を決めて、
ここに居る。これは、ゼルバも見習うべき所だった。
「フラル。幸せになるのよ。」
 ディアンヌは、フラルに微笑みかける。母として、娘の晴れ姿には、特別な想い
が、あるのだろう。それは、ヒルトも同じだった。
「ミクガード。我が娘を頼むぞ。そしてフラル。付いていくのだぞ。」
 ヒルトは、そう言うと笑顔でミクガードとフラルに握手をする。
「お父様、お母様、お兄様。私は幸せ者よ。今までありがとう!これからも、よろ
しくお願いね。」
 フラルは、少し涙声だったが、ちゃんと言い切った。
「ミクガード。頑張るのだ。応援してるぞ。」
 シン前皇帝は、ミクガードと握手をする。
「私と共に、この国を支えて行きましょう。」
 ゼイラーも握手をした。ゼイラーも、今日から皇帝である。
「ミクガードよ。この国を頼むぞ。そしてフラル。ミクガードを頼む。」
 ルウはミ、クガードとフラルに暖かい眼差しを送った。こんな父親を、ミクガー
ドは、初めて見た。しかし、いつになく父親が大きく見えた。
「シンさん。ゼイラー。そして親父。見ていてくれ。俺は必ず、この国を栄えさせ
て見せる。そしてフラル。頑張ろうな。」
 ミクガードは、嬉しそうにフラルを見て、国民に手を振る。
 よく見ると、プサグルの国民も来ていた。そして、デルルツィアの国民と手を取
り合って喜んでいた。この光景こそ、ミクガードもヒルトも望んでいた光景だった。
「では、ミクガード様。王の抱負を、お聞かせください!」
 フレノールは、ミクガードに話を振った。
「皆!俺は、今日付けで王になる。まだ若輩者で至らぬ所はある。だが、この国を
良くすると言う心だけは、誰にも負けないつもりだ!そして、プサグルと共に歩ん
で行ける、この国を誇りに思う!フラルと一緒に、その事を胸に抱きつつも、少し
ずつ変えていく事を宣言しよう。デルルツィアとプサグルの未来に栄光あれ!!」
 ミクガードは、国民の前で見事に宣言した。この輝きは、既にルウには出せない
物だった。この輝きこそ、真の王たる輝きだとルウは思っていた。
(良き王になるのだぞ。ミクガードよ。)
 ルウは、自分の役目は終わった事を確信した。
「ありがとうございました!続いて、ゼイラー新皇帝にもご、挨拶を伺いましょう。」
 フレノールは、ゼイラーの方を見る。
「私も、今日付けで皇帝になるゼイラーです。私も、まだ若輩者の身。だが、先代
の名を受け継ぎ、そして私にしか出来ない事を、やってみようと思います。ミクガ
ード王とフラル王妃に、大いなる祝福とさせていただきます。おめでとう!」
 ゼイラーは、最後にミクガードを立たせる形で終わらせた。シンは頷いていた。
納得しているのだろう。
「ありがとうございました!では、婚礼の儀を執り行います!」
 フレノールは、一際大きい声で宣言する。国民の間から拍手が巻き起こる。
「誓いの儀の宣言を、ヒルト王とディアンヌ王妃にお願い致します!」
 フレノールは、ビックリする事を言う。実は打ち合わせの時に、ヒルトとディア
ンヌが、それぞれ申し出ていたのだ。
 ヒルトは宮殿の祭壇の上に立つ。ディアンヌも、その傍らに立った。
「新郎、新婦、こちらへ。」
 ヒルトは、ミクガードとフラルに合図をした。最初は、戸惑っていたが、覚悟を
決めたのか、ヒルトの方へと向かう。
「新郎デルルツィア王、ミクガード=フォン=ツィーアよ。そなたは、苦しい時も
健やかなる時も、新婦とこれを共にし、生涯尽きるまで歩んでいく事を、創造神ソ
クトアの名に於いて誓うか?」
 ヒルトは、結婚の儀に、必ず言う言葉を代弁していった。
「はい。誓います!」
 ミクガードは、真っ直ぐヒルトの目を見て答えた。
「新婦デルルツィア王妃、フラル=ユード。そなたは、苦しい時も健やかなる時も、
新郎と共にし、生涯を新郎に仕える事を、創造神ソクトアの名に於いて誓いますか?」
 今度は、ディアンヌが言ってやった。
「はい。誓います。」
 フラルも、はっきりと答えた。ディアンヌが、その時に涙を一筋零したのを、フ
ラルは見ていた。
「よろしい。では、誓いの印として、互いの接吻をもって、ここに示しなさい。」
 ヒルトは、そこで微笑んだ。2人を見守っている証拠だろう。
「ミック。とうとうね。」
「ああ。フラル。もう迷いは無い。」
 フラルとミクガードは、互いに見詰め合うと唇と唇を合わせた。その瞬間、冷や
かしの声も、あがる。
「ここに、この2人の結婚を創造神の名に於いて、決議された事を宣言する!」
 ヒルトが、凛とした声で言うと、国民の間から割れるような拍手が巻き起こる。
「幸せになれよ!!!」
 奥の方で、ドランドルが叫んでいるのが、聞こえた。あのドランドルでさえ、も
う涙でクシャクシャだった。
『みんな、ありがとう!!』
 ミクガードとフラルは、声を揃えて国民と皆に、感謝の礼を述べる。
 ここにデルルツィアとプサグルの国交が成立した。この出来事は、後に、最も無
血なる同盟として、歴史に名を刻む事になる。ソクトアの歴史に新たなページが出
来るのだった。


 ストリウスのワイス遺跡の奥深くでは、既に、地下の工事も終わって、地下に城
として充分な程のスペースと、魔族ならではの、壮大な造りに、魔界を感じさせる
ような雰囲気が広まっていた。
 その度に、召還された魔族たちは歓喜の声をあげて、興奮は最高潮に達していた。
 神魔ワイスも、この前のクラーデスとの怪我も治ってきて、そろそろ頃合だと思
っていた。それは「神魔王」ことグロバスの召還であろう。クラーデスも、復調し
て来たようで、既に、ワイスに勝つためのトレーニングまでしていると言うのだか
ら、タフな物である。
 そんな中、クラーデスの息子の3人は、気まずい雰囲気の中に居た。健蔵にコテ
ンパンにやられた後では、口が出し辛いのであろう。現に口惜しい思いで、クラー
デスの言葉を待っていたが、クラーデスは無関心で、自分の力を上げる事にしか、
興味は無いようだ。
 また、ミカルドは、帰ってきて、そんな事があったと聞いて、3人の兄達を鼻で
笑っていた。情けない限りである。しかし、自分は自分だと思っていたので、特に
関心も持っていなかった。
「おい。ルドラーとやら。健蔵は、どこに居る?」
 ミカルドは、健蔵を探していた。ルドラーは、地下工事が終わったばかりで、疲
れていたので知らなかった。
「俺は、知らぬ。部屋にも居ないのか?」
 ルドラーは、健蔵の部屋を指差す。すると、素早くワイスの玉座から、こちらに
来る者が居た。
「俺に何の用か?」
 健蔵であった。ワイスの警護を主としていたので、ワイスの玉座に居たのだろう。
ミカルドは、探しもしないで尋ねたのだった。ルドラーは舌打ちする。
「いや、ライルとやらを見てきたので、お前も聞きたくは無いのか?と思ってな。」
 ミカルドは、健蔵に、わざとライルの部分を強調して言う。
「フン。聞かせてもらおうか。」
 健蔵は、ミカルドの態度が気に入らなかったが、聞く事にした。
「お前の言う通り、結構な実力の持ち主だった。だが・・・。」
 ミカルドは、口を濁す。
「だが・・・なんだ?」
 健蔵は、その言い方に引っ掛かった。
「ライルの息子のジーク。奴の方こそ、真の実力者だと俺は見ている。」
 ミカルドは、ニヤリと笑う。
「ほう。息子が居たのか・・・。ジークか。覚えておこう。」
 健蔵は、ミカルドの言う事なので、間違いは無いと思ったのだろう。この男は、
人を冷やかしたりはするが、嘘を突く男では無かった。
 その時、ワイスの声が遺跡内に響いた。
「皆の者!よく聞けい!」
 ワイスは、宣言を続ける。
「今より、「神魔王」グロバス様を復活させる儀を執り行う!」
 ワイスが、宣言すると遺跡内が盛り上がる。グロバスと言えば、魔界の神だ。そ
のグロバスが復活すると言う事は、魔族の天下も近くなると言う事だ。
「オォォォォォォォ!グゥロォバス!グゥロォバス!」
 魔族の間から、宗教じみた歓声が聞こえてくる。
「では、クラーデスよ。ここに。」
 ワイスは、立ち上がると、クラーデスを呼び寄せる。クラーデスは、ワープして
ワイスの前に出てきた。また、クラーデスの息子3人、いやミカルドも健蔵も、そ
の傍らにワープした。
「ウム。では、『闇の骨』を、この魔方陣の上に置こう。」
 ワイスは、魔方陣の上に物凄く大きい『闇の骨』を置く。グロバス用の『闇の骨』
なのだろう。これからも、実力は伺える。
「では、今より瘴気を送る。皆の者も、協力するのだ!」
 ワイスが、そう宣言すると、魔族は皆、瘴気を出し始める。皆のパワーを、ワイ
スの掌に集めているのだ。皆、恐ろしく協力的なので、すぐにパワーが集まってく
る。
「破壊神の名を持つ「神魔王」グロバス様!ここに現れ我々を導きたまえ!」
 ワイスが、そう言うと、全てのパワーを『闇の骨』に注ぐ。さすがに復活したワ
イスとクラーデス。そして、ここに居る大量の魔族の力のおかげか、あっという間
に『闇の骨』は姿を変えて扉になっていく。魔方陣が怪しい光を帯びて輝き始める。
「ゴォォォォォォォォォ!!!!」
 とてつもない唸りを感じた。この不気味な声が、グロバスだと言うのか。魔方陣
は、次第に大きくなって、『闇の骨』も完全に消えてしまう。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・。
 とてつもない地鳴りがした。そして、魔方陣から腕のような物が見え始める。
 そして、そこから一気に姿が現れた。その姿は、荘厳の一言だった。ワイスのよ
うに魔族らしい格好をしている訳では無い。だが、出している瘴気の量は、半端で
は無い。4本の腕に大きな翼と力強い四肢。そしてダークブルーの髪なのに、どこ
か輝いているその様は、破壊神であった頃と変わっていない。だが、瘴気を出して
いるその様は正に「神魔王」と呼ぶに相応しかった。
「ムゥゥゥゥゥ。ここは、どこであるか?」
 グロバスは、口を開く。
「ソクトアであります。グロバス様。」
 ワイスは、恭しく礼をする。さすがのワイスも、グロバスには敵わないのだろう。
「ソクトア・・・。そうか。やっと、再戦の時が来たのか。」
 グロバスは、そう言うと低く笑う。やはり、この様は「神魔王」である。
「このクラーデスに、全てを任せてくれないか?グロバスさんよ。」
 クラーデスは、しゃしゃり出て来た。
「む?貴公は、クラーデスか。ふむ・・・。面白い。やってみると良い。」
 グロバスは、何か考えがあるのだろうか?ただ、体の調子は、あまり良くないみ
たいなので、玉座に座った。
「なるほど。そこの扉で隠しながらも、着々と進めていたと言う訳か。」
 グロバスは、ワイス遺跡の封印の扉については知っていた。ここの扉は、瘴気や
闘気などを遮断する力がある。そのおかげで神にも気が付かれずに済んだのだろう。
「ソクトアには、竜神と剣神が来ているように、御座います。」
 ミカルドが、口を出してきた。
「そなたは、ミカルドであったな。ふむ。若輩者の神2人に任せるとは、神側も、
中々人材不足であるみたいだな。」
 グロバスは、ジュダと赤毘車の事は知っていたが、記憶には薄かった。グロバス
が、魔界に落ちてから「神化」によって、神になった2人である。グロバスが覚え
ているのは、魔界の落ちる前までの神だった。
「さて、クラーデスよ。貴公の腕前を、とくと見せてもらおう。」
 グロバスは、ニヤリと笑った。
「フム。確か人間共の間では、2大強国とか言われている国があったな。その国を
潰せば、勢いは衰えるだろう。」
 クラーデスは、ソクトアの地図を広げながら言った。丁度ルクトリアと、プサグ
ルの2国を指し示していた。
「まぁ、俺が行くまでも無いな。ルクトリアには、アルスォーン。プサグルには、
ガレスォード。貴様らが行って、暴れてくるが良い。」
 クラーデスは、息子達の汚名返上を、ここで使おうと思っていた。
「そして、ガグルド。お前は、人間達のリーダーとか言われているライル=ユード
=ルクトリアとか言う奴を、潰して来い。」
 クラーデスは、指示を与える。
『御意。』
 3人は、嬉しそうにしていた。
「クラーデスよ。しばし待て。悪いが、この健蔵にもチャンスをくれぬか?」
 ワイスは、健蔵がウズウズしてるのを見逃さなかった。
「ワ、ワイス様。」
 健蔵は、思わぬ助けを得て、喜びを顕わにしていた。
「坊やか。しょうがないな。ならば、変更するか。アルスォーン。お前は、プサグ
ルへ行け。ガレスォードの手伝いをしろ。」
 クラーデスは、アルスォーンに伝える。アルスォーンは、顔を顰めたが、この前
の闘いで敗れたので、何も言えなかった。それが魔界の厳しい掟のような物だった。
「そして、坊やは、ルクトリアだ。分かってるな?」
 クラーデスは、健蔵に合図を送る。健蔵は一礼をした。
「期待に応えよう。それが礼と言う物。」
 健蔵は、ワイスとクラーデスに、礼を述べる。
「ミカルド。お前の出番は無いが、良いか?」
 クラーデスは、ミカルドの方を見る。
「ああ。特には無い。だが、ちょいとライルを見てきた者にとっては、感慨深い物
が、あるんでな。見学しに行って良いか?」
 ミカルドは、ガグルドに付いて行くつもりなのだろう。
「ガグルド。どうだ?」
 クラーデスは、ガグルドの方を見る。
「依存は、ありませぬ。ミカルドよ。邪魔はせぬようにな。」
 ガグルドは、礼儀正しく答えた。
「へいへい。分かってるさ。」
 ミカルドは、軽く答えた。
「そなたらの働きに、期待している。」
 グロバスは、4人に対して激励の言葉を述べた。
『ハハッ!』
 4人は恭しく礼をすると、扉のほうへと向かった。
「さぁ、我の復活の狼煙の代わりだ!扉を開けよ!」
 グロバスが言うと、封印の扉が開けられる。すると、ここに溜まっていた瘴気も、
空気のように流れ出すのを感じた。
「では、ガレスォード、プサグルに参ります。」
 ガレスォードは、プサグルに向けて歩を進める。
「アルスォーン、続きます。」
 アルスォーンは、不満そうだったが、兄と一緒にプサグルへと向かった。
「ガグルド、ライルとやらを探しに行って参ります。」
 ガグルドは、ライルを追いに出かける。
「砕魔 健蔵、ルクトリアを滅ぼして見せましょう。」
 健蔵は、恭しく礼を言うと、さっさとルクトリアの方へと向かう。
「さて、我も力を取り戻すまで、休ませてもらうぞ。」
 ワイスは、誰も使ってない部屋を選んで入る。玉座はグロバスの物なので、ワイ
スは、部屋に移る事にしたのだ。
「俺も、吉報を待ちながら休むとしようか。」
 クラーデスは、自分の部屋に向かう。
「フフフ。神々の驚く顔が見たい物だな。ハーーハッハッハッハ!」
 グロバスは、邪悪な顔をすると、一際大きい笑い声を上げる。
(これで、ルクトリアは滅びる・・・。クククククク!)
 ルドラーは、一人ほくそ笑んでいた。ルドラーにとって、魔族が支配しようと、
ルクトリアさえ滅びれば文句は無いのだ。しかも、滅ぼしに行くのが、あの健蔵な
ら失敗の可能性は薄い。ルドラーの積年の思いが叶う瞬間は、近づいていった。
 とうとう復活したグロバス。そして、魔族達が、行動を開始する。
 これは、神にとっても、人間達にとっても長い長い戦いの始まりになるのだった。



ソクトア2巻の5前半へ

NOVEL Home Page TOPへ