NOVEL 2-5(First)

ソクトア第2章2巻の5(前半)


 5、狼煙
 商業を営む者にとって、ここは聖地であり、目標でもある。ご大層な物がある訳
では無いが、この国が、商業国家として成立している限り、その目標は、変わらな
いだろう。その国こそがバルゼであった。
 このソクトアでは、国の名前と首都の名前が一致しており、バルゼも、その例外
では無かった。バルゼの街では今、賑わってる話題があった。それは謎の魔法使い
の話であった。この頃、「商隊剣士」達は値を吹っ掛ける事が多い。そんな者達を
狙って、血塗られたマントと帽子を被った緑髪の男が悉く葬り去っていると言う話
である。なので、この頃は「商隊剣士」自身が、依頼を請け負わない事が多くなり、
中々配達が出来ないのだ。しかし、無理はない。誰だって自分の命が、一番惜しい
のだ。危険な仕事など、やる奴は少ないだろう。
 この話には、彼のトーリスと通ずる所が非常に多い。ジーク達は、十中八九トー
リスの仕業だと思っていた。しかし、何故襲うのかまでは、分からない。だが、ト
ーリスは、この世に絶望しかけている。何が起きても不思議では無い。
 ジーク達は、それを防ぐために、そして、真実を見るために、バルゼへと向かう
のであった。ペガサスに乗って、1日程でバルゼには着く。
「もうちょっとで、バルゼだな。」
 ジークは、ペガサスを操りながらミリィの様子を見る。ミリィは、必死にジーク
に捕まっている。ふと、そんなミリィを可愛く思ってしまう。
「上空から見ると、ソクトアって、こんな風景だったのネ。」
 ミリィは、捕まりながらも風景を楽しんでいた。確かに、上空から見た風景は絶
景である。雲を近くに感じると言うのは、心地良い快感でもあった。
「兄さん。そろそろ、下に降りた方が良いわ。」
 レルファが、同じく操りながら声を掛ける。ペガサスは目立つ。あまり目立った
行動するのは、好ましく無いのだろう。
「預ける心配ならしなくて良いよ。僕のペガサスのリュートは、プサグルに一匹で
帰れるからね。その時に、ジーク兄さん達のペガサスも預けるように書いておくよ。」
 ゲラムが、プサグルを指差しながら言った。ペガサスを預ける所があれば、安心
である。それに、ペガサスは頭の良い動物だ。ジーク達のペガサスも、リュートに
付いて行く事だろう。
「助かるよ。俺の家まで帰らせるのは、酷だと思っていた所だ。」
 ジークは感謝する。ジーク達のペガサスも、ジークの家までは帰れる。しかし、
それでは疲れてしまうだろう。少々、心が痛んでいた所だ。プサグルならば、バル
ゼから、かなり近い。さほど苦でも無いだろう。
「よし。リュカ。降りてくれ。」
 ジークのペガサスの、リュカが、ドンドン下に降りていく。もうバルゼの街まで、
すぐだった。それに倣って、レルファのペガサスもゲラムのペガサスも降りていく。
 そして、無事に着地する。ジークは、言う事を聞いてくれたリュカに、餌をやっ
て撫でてやる。すると嬉しそうに嘶いた。
 そして、ジーク達は一斉に地面に足を着かせる。皆、少し足が痛そうにしていた。
空の乗馬は脚力が居るのだ。ツィリルなんかは、慣れてない分、辛そうだった。
「よし。じゃぁ、リュート。他のペガサスを頼むよ!」
 ゲラムは、書置きを袋に入れると、リュートに合図をする。するとリュートは、
他の2匹を引き連れて、プサグルへ向かった。
「頭良いんだねぇ。」
 ツィリルは感心していた。足の痛みは今、ミリィとレルファが癒してくれている。
「おかげ様で、ここまで来れたと言う物ですな。」
 サイジンも、感心していた。初めての空の旅は、レルファと一緒と言う願っても
ない物になった。サイジンは、むしろそっちの方が嬉しかったのだろう。
「さぁて、早速、商品を届けるとしようか。」
 ジークは、まず商品を届けるのを第一にしようと思った。トーリスを探すのも大
事な事だが、依頼を疎かにする訳にはいかない。
 バルゼの街へは、降りた所から一本道で、さほど苦労はなかった。また、バルゼ
の街の関所があったが、バルゼという街が、貿易色の強い街と言う事もあって、商
品を見せると、すんなり通してくれた。
 それ所か、今の「紅の魔法使い」の話を聞いて、ここに来るとは大した物だと褒
められてしまった。それだけ、今のバルゼは恐怖に打ちひしがれているのだろう。
 バルゼの街は南北に分かれていて、北は主に、商人達の寄り合いとなっていて、
南は居住区になっていた。居住区には、貧富の階層の差が激しく、中には商人達の
手伝いをして、生計を立ててる者も居た。
 ジーク達が向かったのは、北の商店地区の東にある武器屋だった。20本ほどス
トリウス製の武器を届けると言うのが依頼だった。
 ジーク達が武器を渡すと、商人は喜んで依頼契約書にOKのサインを押した。こ
の時期に、商品が届くのは稀だという。皆、恐怖して商品を届ける人は少ないのだ
と言う。無理もない。そこまで使命感のある人は少ないのだろう。
 この頃のバルゼでは、自分達が用意した製品を売りに出すくらいしか出来なかっ
た。一つでも、ストリウス製の物があれば、良い値段で取引が出来るのだろう。
「いやぁ、アンタら凄いねぇ。助かりましたよ。」
 武器屋の親父は、まだ頭をペコペコ下げていた。
「ハハッ。依頼をこなしたまでですよ。」
 ジークは謙遜していた。
「いやいや、アンタらみたいな人、少ないよ?今は「紅の魔法使い」の話でびびっ
ちまってさぁ。いやぁ、こっちも商売上がったりだよ。」
 武器屋の親父は、バツの悪そうな顔をする。
「その「紅の魔法使い」って、どういう行動を取っているのでしょう?」
 サイジンが、それとなく聞いてみる。
「俺も話に聞いただけなんだけどね。何でも、商品には手を付けないらしい。だが、
商品を警護する奴を片っ端から殺してしまうってんだから、おっかない話だよなぁ。」
 武器屋の親父は、身震いしながら話す。
「ああ。それとな。そいつは、いつも「足りない」って言ってるらしいぜ?」
 武器屋の親父は、奇跡的に助かった何人かから、その話を聞いていた。
(やっぱりセンセーだ・・・。)
 ツィリルは、確信していた。トーリスは、あの時「断罪する人間が足りない」と
言っていた。恐らく、商品を警護する「商隊剣士」が、この頃、金に汚いと言うの
を聞きつけて殺しているのだろう。
(でも、それは間違ってるよ。センセー・・・。)
 ツィリルは、目を伏せる。確かに「商隊剣士」は、あまり良い人達では無いのか
も知れない。だが、罪を犯している訳ではない。増して生活のために引き上げして
るのもあるだろう。これでは、まるでトーリスは人類全体を恨んでいるかのようだ。
(・・・まさか、センセーは・・・。)
 ツィリルは、恐ろしい考えに辿り着く。トーリスが、人類全体を恨んでいるので
は無いか?という事だ。レイアを苦しめたのは人間の欲だ。それを全て清算するつ
もりなのかも知れない。
 だが、ツィリルは、頭を振った。あの優しいトーリスに限って、そんな恐ろしい
事を考えるはずが無いと思ったのである。
「おい。ツィリル。大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
 ジークが、心配そうに見ていた。
「だ、大丈夫!ちょっと考え事してただけだよ!」
 ツィリルは、ニコッと笑う。その時だった。
(トーリス・・・を助けて・・・。)
 突然、ツィリルの脳に聞き覚えのある声が届いた。
「え?ど、どこ!?」
 ツィリルは、ビックリして外に出る。
「ツィリル?どうしたの?」
 レルファが、慌てて駆け寄る。ツィリルはキョロキョロしながら、また違う方向
へ行ってしまう。
「追いかけるネ!」
 ミリィは、皆を促して、ツィリルを追いかけた。ツィリルの様子がおかしかった
ので、心配してるのだろう。
 ツィリルは、どんどん人気の無い所に行ってしまう。ついには、バルゼの中央に
ある公園まで来てしまった。
「どこなの!?生きているの!?」
 ツィリルは、まだキョロキョロしてしまう。ツィリルの聞いた声は、間違いなく
レイアの声だった。生きているなら、トーリスを救って欲しいと思ったのだ。
「どうしたの?」
 12歳くらいの少女が、心配そうに、こちらを見ている。
「あ・・・。いや、ちょっと人探しをしてたの。」
 ツィリルは、優しく声を掛ける。
「ふーん。でも、それにしては、変な事言ってなかった?」
 少女は、妙な目つきで、こちらを見る。確かに傍から見れば危ない人にしか見え
ないだろう。ツィリルは、冷や汗をかいた。
「・・・死んじゃった人に、似てたの。」
 ツィリルは、正直に言う。あまり隠すのは得意ではないのだ。
「あ。そう。私のおじいちゃんも、今朝、死んじゃったから同じだね・・・。」
 少女は少し悲しい目つきをする。ツィリルは、ふと少女を見る。泣かないでいる。
(強い子なんだ・・・。)
 ツィリルは、つい少女の頭を撫でようとする。
「一人で生きてくには、ちょっとお金が足りないから、もらってくよ!」
 少女は、そう言うと素早くツィリルの財布を盗む。ツィリルは、呆然として少女
の去る方向を見ていた。
「あーーー!ずるぅい!」
 ツィリルは、気が付いたのか、頬を膨らます。
「人を騙すなんて、駄目なんだよ!」
 ツィリルは、少女を追いかける。しかし、少女は思いの他、足が速く、これでは
追いつけそうにない。
 もう追いつけないかと思った時、少女の体は壁に向かって引っ張られていく。
「え!?何々?」
 少女は、ビックリしていたが壁に叩きつけられた。どうやら、矢が服に引っ掛け
られて、そのまま引っ張られたらしい。
 矢が放たれた方向を見ると、ゲラムがニッコリ笑っていた。どうやら今、追いつ
いたらしい。
「げ!仲間?まずぅ・・・。」
 少女は、慌てて、矢を引き抜こうとする。すると、上手い具合に指と指の間に矢
を放つ。とてつもない正確性である。少女は顔を引きつらせていた。
「ツィリル!ビックリしたわよ?」
 レルファが、声を掛ける。どうやら、皆、来てくれたらしい。
「ごめーん。まさか、盗難に遭うとは思ってなかったから・・・。」
 ツィリルは、舌を出す。そして少女の方を見る。
「しかし、我々を狙うとは、運の無い少女ですな。」
 サイジンは、顎を擦りながら近寄る。
「フン!この街で貧しい方に生まれた奴は、こうやって生きてくしか無いんだよ!」
 少女は、吐き捨てる。この歳で、既に修羅のような目をしていた。
「この子、盗賊のスキル持ってるね。」
 ゲラムは、分析した。かつて習った事があるので、知っていた。少女の体の運び
方などは、盗賊のそれと、一緒だった。
「とりあえず、これは、返してもらうヨ。」
 ミリィは、少女からツィリルの財布を取ってツィリルに返す。
「まったく、何だって、こんな事したんだ?」
 ジークは、少女に問い詰める。
「爺ちゃんが死んじゃったから・・・お墓を建てるためだよ。」
 少女は、目を逸らす。
「お爺ちゃんが死んじゃったのは、本当なんだ・・・。」
 ツィリルは、目を伏せる。
「しょうがないよ。でも、あのまま、冷たくさせるのは真っ平だったんだよ!」
 少女はジーク達を、睨み付ける。
「・・・あんたら、泣いてるの?」
 少女は、ジーク達を見てビックリする。皆、涙を流しているからだ。
「・・・あんた達みたいな、お人好し、この街じゃ見た事が無いよ。」
 少女は目を伏せる。どうやら、悪い事をしたと言う気持ちになったのだろう。
「君の家に案内して。俺たちが、墓を作るの手伝うよ。」
 ジークは、涙を拭うと、少女の矢を抜いた。
「・・・ごめんなさい。それとありがとう!」
 少女は、ニッコリ笑う。本来はこちらが、この少女の本当の顔なのだろう。だが、
お爺さんが死んで、つい心が、拒否してしまったのだろう。
「私はリーア!私の家は、こっちだよ!」
 少女は、あのリーアだった。
「元気だなぁ。」
 ゲラムは、ボーっとしていた。あの弓を放った時の表情とは、大違いだ。
(あの声は、何だったんだろう?レイアさん・・・なのかな?)
 ツィリルは、改めて、さっきの声の事を考えた。しかし、答えは返ってこなかっ
た。これが妖精リーアとジーク達の出会いとなった。


 プサグル王宮では、賑やかに盛り上がっていた。こっちでも、フラルの結婚のパ
ーティーを開こうと言う事で、デルルツィアの来賓を迎えて、盛大に祝おうと言う
事になったのである。
 ミクガードは、懐かしい感じがしたが、シンは、外交のため何回か行った事があ
るが、ルウやゼイラーは初めてだった。プサグルの街を見て、その雰囲気を見て、
ミクガードが、心惹かれたのが分かった気がした。
 そんな中、一人城の警護をしてる者が居た。ドランドルである。どうにも、2回
目のパーティーには、出席する気になれないのだろう。もうドランドルは、ミクガ
ードに全てを託したつもりだった。あとは静かに、このプサグルを警備するのが、
自分の仕事だと思っていたのである。
「警備も楽じゃねーな。」
 ドランドルは、舌打ちしながら警備を続けていた。これが、今の自分に出来る精
一杯なのである。パーティーに混じる気には、なれないのだろう。フラルの晴れ姿
は、デルルツィアで見たので充分だった。
「・・・ん?」
 ドランドルは、変な感じがした。妙な胸騒ぎを感じる。
(何だ?この感じは・・・。)
 ドランドルが、この感じを受けたのは、あの戦乱以来である。
「・・・そこに誰か居るな?」
 ドランドルは、壁に向かって剣を振る。
「・・・さすがは「荒龍」のドランドル殿と言った所で御座るな。」
 そこから声がした。そいつは、忍者のような格好をしている。
「お前は、誰だ?」
 ドランドルは緊張する。楽しんでいるミクガード達に気が付かれては、いけない。
慎重に周りを見渡した。
「拙者の名は、榊 繊一郎。エルディスの縁の者と言えば、話は早かろうか?」
 繊一郎は自己紹介をする。ドランドルは、エルディスとは戦乱時代の戦友だった。
「ほう。あのエルディスのか。確かに聞いた事がある。その繊一郎さんが、このプ
サグルに何の用だ?」
 ドランドルは、警戒を崩さない。と言うのも、嫌な予感が、徐々に膨らみつつあ
るからだ。それは、この男のせいかは、分からないが膨らんでいるのは確かだった。
「時間がない。急な事で御座る。このプサグルに、災厄が近づいているので御座る。」
 繊一郎は、手早く説明した。ドランドルは、それを聞いて合点が行った。どうや
ら、この男も何かを感じ取っているらしい。
「アンタも、感じ取ったか。」
 ドランドルは、嫌な予感が近づいているのを、まだ感じていた。どうやら、間違
い無さそうだ。
「ヒルト殿に、急ぎ、この事を連絡を!」
 繊一郎は、行こうとしたが、ドランドルに止められる。
「何故、止めるので御座るか!?」
 繊一郎はドランドルの、この行動を理解出来ずに居た。
「今は駄目なんだ・・・今はな!」
 ドランドルが、真剣な顔をしていたので、繊一郎は、それ以上問うのは止めた。
「今は、俺の娘と同様の奴の、幸せの瞬間なんだ。頼む。」
 ドランドルは、頭を下げる。それで繊一郎も納得行った。
「致し方無いで御座る。ならば、拙者一人でも、食い止めて・・・。」
 繊一郎は、行こうとしたが、それも止められる。
「・・・アンタ一人じゃ死ぬぞ。」
 ドランドルは、繊一郎に問う。嫌な予感は、一人の手に負える物では無いはずだ。
「構わぬ!拙者は、こう言う時のために、修行をしたのでござる!」
 繊一郎は、熱い目をしていた。ドランドルは、それを見て笑う。
「何だ。俺と、同じじゃねぇか。」
 ドランドルは、繊一郎を見る。繊一郎は、それを見て悟った。このドランドルは、
死を覚悟していると言う事をだ。
「よし。皆に気が付かれない内に、行くぞ!」
 ドランドルは、そう言うと繊一郎に合図する。繊一郎は、まるで申し合わせたか
のように、ドランドルの後に付いていった。
「ドランドル様!どこに行かれるのです!?」
 城の衛兵が、ビックリする。このパーティーの警護を申し出たドランドルが、そ
う簡単に、職場放棄するとは思えなかったからだ。
「フッ。このプサグルを守りに行くのさ。」
 ドランドルは、微笑み掛けると、衛兵はハッとした。ドランドルが、死を覚悟し
ている目をしてた事をだ。
「で、では、ヒルト様に・・・。」
「駄目だ!絶対、知らせるんじゃねぇ!良いな?」
 衛兵が、ヒルトに知らせようとする所を、ドランドルに止められる。間違いない。
ドランドルは、このパーティーを無事に終わらせるために行くのだろう。
「・・・分かりました。絶対帰って来て下さい!」
 衛兵は、涙すると、ドランドルは、それに笑顔で答えた。そして、また城の外へ
と向かう。嫌な予感は、間違いなく近づいている。
 ドランドルは、城の外で城門を静かに閉めさせると、見て愕然とする。
「こいつは・・・ハードな事だ。」
 ドランドルは、冷や汗を流す。近づいてきたのは、何と魔族だった。しかも、並
の数では無い。どう見積もっても100、いや200は居る。そして、それを指揮
している2体の魔族が居た。
「何だ?あれは?」
 魔族は、城門から、とてつもない勢いで突っ込んでくる人間を見た。
「我々に感づいた人間か?ご苦労な事ですな。」
 魔族は、鼻で笑う。
「てめぇらの行進も、ここまでだ!」
 ドランドルは、魔族の前に立ちはだかると、叫ぶ。
「ハッハッハ!笑わせんな。この魔族の数が、貴様には見えねぇのか?」
 魔族は、大笑いする。200は居る魔族たちも笑い転げていた。
「俺は、プサグルの近衛兵長「荒龍」のドランドル=サミル!舐めてると死ぬぜ?」
 ドランドルは、剣に闘気を込める。すると、魔族達の顔色が変わった。
「人間で、ここまで闘気を発するとは・・・。」
「拙者は、榊 繊一郎!お主達に、榊流忍術の極意を、ご覧に入れよう!」
 繊一郎も、同じく闘気を放つ。並の闘気では無かった。
「なるほどな。俺達を邪魔する資格は、ありそうだな。俺の名は、魔王クラーデス
が長兄ガレスォード。お前を、冥土に送る名だ。」
 ガレスォードは、ニヤリと笑う。
「私は同じく、次兄のアルスォーン。無駄な抵抗を、見させてもらいましょう。」
 アルスォーンは冷たく笑う。この2体だけは、ズバ抜けていた。
「とりあえず小手調べと、行きましょうか。」
 アルスォーンは、配下の魔族に合図する。すると、10体程が、ドランドルを取
り囲む。そして、もう10体ほどが繊一郎を取り囲んだ。
「いけぇ!」
 ガレスォードの号令と共に、襲い掛かる。
「舐めるなぁぁぁ!!」
 ドランドルは、気合と共に1匹の魔族を葬り去る。すると、もう9匹がコンビネ
ーションを組んで襲い掛かってくる。それを、ドランドルは避けながらも攻撃する。
しかし、幾らかは、傷を負っていた。
「俺は、荒龍!てめぇらに負けるかぁ!!」
 ドランドルは、目を光らすと、正に暴れる龍が如き剣の冴えで、敵を皆殺しにし
ていく。また、繊一郎の方は、手裏剣で悉く、魔族の急所を貫いて、足りない分は、
忍者刀で切り捨てていった。
「ほう。やるな。」
 ガレスォードは、思ったより歯応えのある人間だったので、感心する。
「高見の見物とは、舐められた物だなぁ?おい。」
 ドランドルは、ガレスォードを挑発する。
「フッ。舐めやがって。このガレスォード自らが、相手をしてやるぜ。」
 ガレスォードは、挑発に乗ってドランドルの前に立つ。
「ドランドル殿!」
 繊一郎が、助太刀しようとする。
「そうは、行きませんよ。」
 アルスォーンは、残りの魔族を指示して繊一郎の前に立つ。
「これで邪魔は、入らねぇぜ?このガレスォードと1対1なんて感謝するんだな。」
 ガレスォードは、そう言うと、とてつもない瘴気を発した。ドランドルは、負け
じと闘気を発する。
(ライルの時の、黒竜王以上だぜ・・・。)
 ドランドルは、ガレスォードの、とてつもない瘴気は、黒竜王以上だと悟る。
(・・・フラル。ミクガード。俺は、ここまでのようだ。)
 ドランドルは、プサグル王宮をチラッと見ると、剣を構えなおす。死を覚悟した
のであった。ライルの時は、自分は、見ている事しか出来なかったが、こうやって
対峙すると、如何に魔族が恐ろしかったか分かる。
(ライル。あの時のお前の力を、俺にも分けてくれ!)
 ドランドルは、そう思うと同時にガレスォードに襲い掛かる。
「フッ。来たか。」
 ガレスォードは、その剣を余裕で躱す。恐ろしい体捌きだ。健蔵との闘いの時は、
相手が凄すぎたので、目立たなかったが、このガレスォードも恐ろしい実力なのだ。
伊達に「魔界剣士」の位には就いていない。
「ハハハハハ!無駄だ無駄だ!無理無理無理無理!!」
 ガレスォードは、笑いながら全て避けている。ドランドルは唇を噛む。
「うぉぉぉぉ!!!」
 ドランドルは、渾身の力を込めて剣を振る。すると、剣の衝撃波が出来て、ガレ
スォードの頬に、傷が出来る。
「な、何ぃ!?」
 ガレスォードは、ビックリする。自分の頬から血が流れ出た。
「へっ。舐めるからだぜ!」
 ドランドルは、ニヤリと笑った。
「こ、こんな・・・。」
 ガレスォードは、頬を手で拭う。そして、自分の血を見て、目を血走らせる。
「てめぇ!!この俺に、傷を付けたな!よくも!」
 ガレスォードは、半狂乱状態でドランドルを蹴りつける。ドランドルは、あっと
言う間に、血を吐いてしまう。恐ろしく強大な攻撃だ。いくらドランドルが鍛えて
いると言っても、もちそうに無い。ドランドルは、ボロクズのようになってしまう。
 ガレスォードは、この前、健蔵に負けてプライドを傷付けられている。その記憶
もあって、今度は、人間に傷付けられて、癇に障ってしまったのだろう。
「人間ごときが!調子に乗り追って!オラ!何か言え!」
 ガレスォードは、ひたすら蹴り上げる。まるで、汚物を見るような目で、ドラン
ドルを見つつも、ドランドルを血だらけにしていく。
(何て強さだ・・・。)
 ドランドルは、薄れ行く意識の中で、ガレスォードの強さを改めて思い知る。既
に、肋骨は折れているし、肺にも何本か骨が刺さっている。
「フン。動かなくなったか。安心しろ。この国は無くなる。寂しくないだろう?」
 ガレスォードは、ドランドルを踏み潰しながら大笑いする。
(国・・・。プサグル!俺が守るべき国!)
 ドランドルは血を吐きながら、ガレスォードの足を跳ね除ける。
「くっ!ドランドル殿!」
 向こうでは、繊一郎が魔族を蹴散らしながら、こっちに向かおうとしていたが、
中々進まない。
「てめぇ。まだ、生きてやがるのか?」
 ガレスォードは、血管を浮き上がらせる。
「ただでは・・・やられねぇぞ!」
 ドランドルは、剣を持つ。そして自分の気合を剣に込める。
「しつけぇ!このガレスォード様を、怒らせるんじゃねぇ!」
 ガレスォードは、瘴気を手に溜めてドランドルにぶつける。いわゆる魔闘気と呼
ばれる物だった。
「ぐくっ!」
 ドランドルは、振り払えずに吹き飛ばされる。
(ライル・・・。お前は、こんなのと闘ってたのか・・・。)
 ドランドルは、食らって初めて分かった。
(俺では、とても敵う相手じゃねぇ・・・。)
 ドランドルは、悟ったが、それでも剣に気合を込めていた。
(だが!このプサグルを守るため!一瞬で良い!力を!)
 ドランドルは、目に力が宿る。そして、剣に生命を込める。剣は、明らかに変な
輝きをしていた。生命が宿っているのだろう。
「人間ごときが、粘るんじゃねぇよ。止めだ!」
 ガレスォードは、爪を伸ばすと、ドランドルの胸に向かって突き刺そうとする。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 ドランドルは、その瞬間髪が逆立っていた。生命が躍動するかの如くだった。
 ザクッ・・・。
 ガレスォードの爪は、間違いなくドランドルを貫いていた。
「・・・ギャアアアアアアア!」
 ガレスォードは、絶叫を上げる。何とドランドルの剣も、ガレスォードの心臓を
貫いていたのだ。ドランドルの最後の気合は、ガレスォードの皮膚を突き破るに値
する物だった。
「あ、兄上!?」
 アルスォーンは、ビックリして駆け寄る。しかし、ガレスォードは、信じられな
い目付きをしたまま、目の光を失った。
「ドランドル殿!」
 繊一郎は、ドランドルに駆け寄る。魔族は、なんと残り30体程になっていた。
とてつもない強さである。
「はぁ・・・。やった・・・ぜ。」
 ドランドルは、ニッコリ笑う。
「貴様ぁ!!!」
 アルスォーンは、ドランドルに向かって魔闘気を繰り出そうとする。だが、それ
は繊一郎によって、弾き飛ばされていた。
「な、何だと!?」
 アルスォーンは、目を疑った。人間が「魔界剣士」である自分の闘気を弾き飛ば
すなど、信じられない事だった。
「榊流の奥義、目に焼きつけよ!!!!」
 繊一郎は、怒りに燃えていた。そして、繊一郎は両手を合わせると、気合を手の
中に集めていく。
「榊流忍術の奥義!「龍衝遁(りゅうしょうとん)」!!」
 繊一郎が叫ぶと、何と繊一郎の手の中から、龍が飛び出す。それがアルスォーン
や魔族達に向かって暴れ出す。魔族達は、叫び声を上げながら息絶えていく。
「グアアアァァァ!くっ!何故、私達は勝てぬのだぁ!!!」
 アルスォーンが叫ぶと、アルスォーンの体はフッと消えた。恐らく逃げたのだろ
う。しかし重傷を負っていた。そう簡単に、また襲ってくる事は無いだろう。
 この「龍衝遁」は、異界に住む守り神たる龍を呼び出す秘術で、ガリウロルの忍
術の中でも、最高位の難易度を誇っていた。竜神であるジュダは呼び出せないが、
他の世界に住む龍を呼び出す事が、この忍術の極意だった。
「・・・なんでぇ。あんた、強えぇじゃ・・・ねぇか。」
 ドランドルは、息絶え絶えになりながら繊一郎を見る。
「拙者だけの力では御座らぬ。お主の魂が、あればこそで御座る。」
 繊一郎は、ドランドルを支えてやった。
「開けろ!開門しろ!」
 外から、ミクガードの声がした。
(まさか!)
 ドランドルは、城門の方を見る。すると、ミクガードが、急いでこちらに来るの
が見えた。どうやらバレてしまったらしい。フラルやヒルト、ゼルバも一緒だった。
「あそこだ!ドランドルさん!!・・・こ、これは!!!」
 ミクガードは、夥しい数の魔族の死体を見て驚く。
「ド、ドランドル!お前!」
 ヒルトが駆け寄る。ドランドルは、ニッコリと笑う。
「ここに・・・居る・・・繊一郎の・・・おかげだ。」
 ドランドルは、もうしゃべるのも辛そうだった。
「拙者は、手伝いをしただけに御座る。」
 繊一郎は、もう見ていられなかったのか背中を向ける。
「ドランドル!死んじゃ嫌だ!」
 フラルは、ドランドルの隣で叫ぶ。
「そうです!私達を置いて逝く気ですか!ドランドル!」
 ゼルバも、珍しく涙を流していた。
「ドランドルさん!今からって時に何で!!」
 ミクガードは、ドランドルの手を握る。
「情けねぇ顔するな!!・・・お前達は・・・これからだろうが!」
 ドランドルは、大声を出すが、血を吐いてしまう。
「この・・・魔族を見ろ・・・。これから身を・・・守るのは・・・お前達の仕事
だぞ!・・・負けるんじゃ・・・ねぇ!」
 ドランドルは、手を握り返す。
「ヒルト・・・俺はな。・・・四天王として・・・死に場所を探していたんだ。」
 ドランドルは、ニヤリと笑う。戦乱時代の四天王の話をしているのだろう。もう
生きているのは、ルースとドランドルだけだった。
「馬鹿言うな!お前の暴れる姿は、これからまた見せてくれ!」
 ヒルトは、ドランドルを叱りつける。だが、ドランドルは笑っているだけだった。
「俺は・・・幸せだな・・・。」
 ドランドルは目を閉じる。そして、一粒の涙を流した。
「バル・・・。ジル・・・。そっちに逝く・・・。待たせたなぁ・・・。」
 ドランドルは、同じプサグル四天王であったバグゼルとジルドランの愛称を叫ぶ。
バグゼルはバル。ジルドランはジルと呼ばれていたのだ。
「し・・・あわ・・・せ・・・に・・・な・・・。」
 ドランドルは、そう言うと、フラルの手を握りつつ、首の力が無くなる。そして、
二度と目を開ける事は無かった。
「ちょっと・・・ドランドル!嘘よ!嘘よーーーーーーーーー!!」
 フラルは、泣き叫ぶ。しかしドランドルは、もう目を開けなかった。
「ドランドル!くそぉぉぉぉ!!!」
 ヒルトは、叫んだ。部下としてでは無い。一人の友人の死が、これだけ叫ばせた
のだろう。ドランドルは、それだけ大事な友人だったのだ。
「ドランドルさん。何で!何で!!」
 ミクガードは、大事な父を失った気分だった。ドランドルは、暖かい笑顔のまま
逝ってしまった。
 「荒龍」のドランドル。享年49歳。悔いは無かった。



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