NOVEL 2-7(First)

ソクトア第2章2巻の7(前半)


 7、風雲
 魔族の巣窟であるワイス遺跡。今は地底に城が出来る程の大規模な物になってい
た。いつしか魔族達は、敬愛を込めて、魔城と呼ぶようになっていた。
 その魔城の主は、「神魔王」であるグロバスであった。完全復活を遂げつつある
グロバスは、同じく力を取り戻しつつあるワイスやクラーデスと言った、強力な配
下と日々、能力を高めていったのである。傷が癒えたアルスォーンやワイスの腹心
である健蔵もこれに加わり、神々への打倒に一歩一歩近づきつつあった。
 しかし、失った物もある。それは、クラーデスの息子である3人だ。ガレスォー
ドは戦死。そしてガグルドは何と同じ兄弟であるミカルドに討ち取られてしまった。
そして、おめおめと帰るわけにも行かないミカルドも音沙汰が無くなっていた。
 特にミカルドは、将来が期待される程の実力の持ち主だったので、正直痛い戦力
ダウンであった。そしてグロバスは、表にこそ出さなかったが、レイモスが復活し
てた事も感じていた。そして、やられたと言う事も同時に感じていたのである。
(次に赴く者を、決めねばならんな。)
 グロバスは肩を落とす。健蔵の所以外は、失敗して帰ってきたのだ。現在はルド
ラーとか言う人間に、魔族小隊を任せてデルルツィアを攻めさせているが、大した
結果は残すまいと思っていた。
 ルドラーを使ったのには訳があった。彼の野心は、魔族を凌ぐ程である。その野
心を、他の魔族達に蔓延させようと思っていたのだ。そして、その内、ルドラーに
は、魔族になるための試練を与えようと思っている。他の魔族が、どう思っていよ
うと、この城の建築に大きく関わってきたのは、ルドラーなのだ。グロバスは、そ
の点を評価していた。ルドラーは思ったより頭の切れる男だ。しかも、這い上がる
ためには、何でもすると言う姿勢も良い。魔族も見習って欲しい物である。
(奴に足りないのは実力だ。一番の問題でもあるがな。)
 グロバスは、その点も含めてルドラーに試練を受けさせようと思っていた。
「グロバス様。」
 健蔵が近寄ってきた。
「健蔵か。どうした?」
「ルドラーの事で、相談がございます。」
 健蔵は嘘がつけるタイプではない。不満を持っているのだろう。確かにルドラー
の待遇は、かなりの物だ。人間が、ここまで重用されるのは面白くないのだろう。
「不満か?健蔵。」
 グロバスは、それを瞬時に読み取る。健蔵は、自分が出世したい等とは、考えて
いない。だが、ワイス以上の厚遇を受けているルドラーに対して、疑問を持ってい
るのだろう。
「些か疑問がありまする。彼奴は、人間でありますぞ。」
 健蔵は、自分が人間とのハーフだと言うのを、憎らしく思っている。人間に対し
ては、人一倍きつく当たってしまうのだろう。
「そう卑下にする事もあるまい。ワイス復活にも、奴は関わっているのだろう?少
しは認めてやれ。」
 グロバスは、あくまで平等だった。魔族だから優遇する訳では無く、能力がある
者を優先するつもりだった。ただ、今回のデルルツィアの遠征に関しては、早急な
感じがしたので、恐らく失敗して帰ってくるだろう。
「グロバス様は何故、あ奴を、そこまで重用なさるのですか?」
 健蔵は素直に質問をぶつけてみた。
「ふっ。貴公は奴の目を見てないのか?あの野心にギラついた目は、そう出来る物
ではないぞ?あれは見習って欲しいくらいだな。」
 グロバスは、正直に答えた。
(奴の目・・・か。確かに奴の欲望は人間離れしている。だが!)
 健蔵は認めたくなかった。ルドラーは、あくまで門番でしかなかったのだ。だが、
奴に城の建造を任せた所、見事に造ってしまった。その点だけは、認めざるを得な
かった。何より魔族の操り方なども、上手いと感じていたのだ。
「グロバス様!ルドラーが帰ってきた模様です。」
 物見の使い魔が報告しに来る。
「噂をすれば・・・だな。」
 グロバスは、ルドラーを王座へと通した。
「ルドラー。只今戻りました。」
 ルドラーは、恭しく頭を下げる。しかし何処となく油断ならない目をしていた。
「ご苦労だったな。首尾は、どうであった?」
 グロバスは、ルドラーをギロリとにらむ。
「デルルツィア王と皇帝が不在でしたが、元国王と元皇帝が守備をしていたので、
討ち取って参りました。」
 ルドラーは事も無げに言う。そして、ルドラーが配下の魔族に指示すると魔族は
包みを2つ持ってきた。それを開けてみると、何と元国王であるルウと、元皇帝で
あるシンの首があった。何とルドラーは、打ち破ってしまったのである。
「・・・見事である。」
 グロバスの予想を越えていた。何とルドラーは、デルルツィアの街の、ほぼ全域
を滅ぼしたのである。それには理由があった。国王であるミクガードと皇帝である
ゼイラーは、平和会議のためにプサグルに出席していた。そして、守備を任されて
いたフレノールをルドラーは謀略を使って暗殺に成功し、城門を開けさせると、ゲ
リラ作戦を展開し、デルルツィアを混乱させた挙句に城へと一気に雪崩れ込んだの
だ。不意を付かれた元国王と元皇帝には、なす術が無く討ち取られてしまったのだ。
 その事もルドラーは報告した。
「貴様、誇り高き魔族に、ゲリラ作戦など・・・。」
 健蔵は吐き気がしていた。ゲリラ作戦も暗殺も小手先の奇襲技である。魔族は、
正々堂々闘うのを好む性質があるので、どうしても納得出来なかった。
「健蔵。辞めい!ルドラーよ。魔族の被害を最小限に抑えての勝利。見事である。」
 グロバスは率直に褒めた。まさか、ここまでやってくれるとは思って無かったか
らである。そして、ここまでの必死さが、魔族の中には足りないと感じていたのだ。
「お褒め戴き、光栄であります。」
 ルドラーは、何処吹く顔をしていた。健蔵は、そっぽを向いてしまった。
「ルドラーよ。貴公の望みどおり魔族としての試練を与える。」
 グロバスは言い放つ。実は魔族の試練を受けたいと言い出したのは、ルドラーだ
ったのだ。ルドラーは、このまま自分が人間のままで居たら、この魔族の城での事。
厄介者にされて追い出されるのは目に見えていた。ルドラーは、生き残るためにも、
魔族に、なりたかったのだ。
「有難き幸せ。」
 ルドラーは、ニヤリと笑う。
「これを持て。」
 グロバスは、妙な液体が入ったグラスを空中に浮遊させたまま、ルドラーの手に
持っていく。ルドラーは、恭しく受け取った。
「その液体は魔性液。その液体の効果は、聖なる者を弾き、瘴気を糧となるように
体を作り変えるのだ。飲むが良い。」
 グロバスは、説明してやる。
(このドス黒い液体が・・・この俺を魔族へと・・・。)
 ルドラーは、さすがに半信半疑だった。それほど毒々しい色をしていた。
「ルドラーよ。その液体は人間との決別を意味している。それで良いなら、飲むが
良い。それが出来ねば、貴公は人間のと共に滅びを意味する。分かるな?」
 グロバスは冷たい目をしていた。つまり、人間を捨てなければ、一緒に滅ぼすと
言っているのだ。
「グロバス様の意のままに・・・。はぁぁぁあああ!!」
 ルドラーは気合いを入れると、一気に飲み干した。
「ぐあああぁぁぁ!!」
 ルドラーは、目が血走ってくる。そして悶絶した。飲んだ瞬間、喉が焼けるよう
に痛くなり、そして頭が割れるように痛くなった。
(いてぇ!!何て痛さだぁあああ!!)
 ルドラーは、のたうち回る。
「グロバス様。奴は、何故これほどまで?」
 健蔵が尋ねる。
「飲むだけで、魔族になれるのなら苦労は無い。奴に素質が無ければ滅びるのみだ。」
 グロバスは冷たく笑う。魔性液は、言わば試練なのだ。この痛さに耐えられる素
質。そして魔に近い心、そして冷たい心を持てる者にしか魔族にはなれない。
(冗談じゃねぇ!俺は、こんな所で終われねぇ!あのライルを殺すまでな!!)
 ルドラーは、一瞬カッと目を見開くと白目を剥いた。その瞬間動かなくなった。
(ふっ。負けたか。他愛も無い。)
 健蔵は、踵を返して部屋に戻ろうとした刹那、ルドラーの中から、弾けるような
瘴気を感じた。
「・・・ウゥゥゥゥオォォォォォォォ!!!」
 ルドラーが咆哮する。それと同時に目に力が宿る。
(あの人間が!これほどの瘴気を!)
 健蔵は、素直に驚いていた。冷静に見積もっても、魔貴族並の瘴気を放っていた。
そして何よりも、ルドラーの背には翼が生えていた。そして頭には角が生えた。そ
の体の色は暗黒色になり、魔族として相応しいまでの姿になっていた。
「フフフフフ。生まれ変われたようだな。」
 グロバスは嬉しさで、つい含み笑いを漏らす。
 そして当のルドラーは立ち上がる。不思議な気分だった。さっきまでの痛みが、
嘘のように晴れていた。それ所か、心地良い雰囲気がする。昔この遺跡に居た時は、
無気味だと思った感覚が、何故か懐かしく感じる。これが魔族なのか?と思う。
「見事である。ルドラーよ。」
 グロバスは、ルドラーに声をかける。するとルドラーは跪く。
「魔族として、グロバス様に忠誠を誓いましょう。」
 ルドラーは、雰囲気も何処と無く自信に溢れる物になっていた。
「貴公、「魔軍師」ルドラーと名乗るが良い。」
 グロバスはルドラーに「魔軍師」の称号を授ける。「魔軍師」と言えば、魔族を
統括する職の一種だ。「魔貴族」並の力を放つルドラーにはピッタリかもしれない。
「有難き幸せ。必ずやご好意に応えましょう。」
 ルドラーは、そう言うと自分が率いた魔族たちの元へ向かっていった。
 健蔵は、それを悔しそうに見ていた。
「健蔵よ。貴公もウカウカしてられぬな。」
 グロバスが、そう言うと健蔵は舌打ちして、トレーニングするための部屋へと入
っていった。
(フフフ。ミカルドが抜けた穴を、何とか補充するためにも、奴らには頑張っても
らわねばな。)
 グロバスは、ニヤリと笑う。こうやって刺激しあう事で、強さを高めようと考え
たのであった。
 人間でありながら、魔族に魂を売った男ルドラーは、こうして魔族へと変化した
のである。


 デルルツィアは、王と皇帝が手を取り合う共和国。そして、その安定性と素晴ら
しいまでの城壁という象徴を盾に、絶大なる信頼感を寄せていた。他国から攻めら
れても安全と言う安心感が、そうさせていたのだろう。
 ミクガードも、その安心感はあった。しかし報せを聞いた瞬間、それは瓦解した。
デルルツィアが滅びたと言う報せである。最初は嘘だと思った。しかし、冷静に考
えれば、ありえない事では無い。寧ろ、自分達が居ない状態なのだ。もし何かのき
っかけで、中が混乱すれば魔族に付け入られても、おかしくない状態なのだ。
 ゼイラーも急いでいた。自分達の国の危機なのだ。急がなければならない。そし
てヒルトは、そんな2人にプサグル軍の1個小隊を貸してくれた。
(無事であってくれ!)
 ミクガードは、そう思わずには、いられなかった。
「見えました!デルルツィア城門です!」
 配下の兵が、伝えてくれる。
「城壁は健在のようね。」
 傍らに居たフラルが、胸を撫で下ろす。
「俺達のデルルツィアが、そうそうやられてたまるかよ。」
 ミクガードは、自分に言い聞かせるように呟く。
「急ぎましょう!」
 ゼイラーも、焦っているようだった。
 城門に着くと、妙な違和感を覚えた。出迎えの門番が出ないし、何よりも活気が
無い。静まり返っていて、人の気配すら無かった。
「どういうことだ?」
 ミクガードは、その答えを半ば分かっていたが、認めたくなかった。
「・・・ミクガ・・・ード・・・様!?」
 城門で誰かが倒れているのを見つけた。
「フレノール!フレノールか!」
 ミクガードは城門の守りをしているはずのフレノールが血だらけの姿になってる
のを確認する。
「申し訳・・・ございま・・・せぬ。」
 フレノールは息絶え絶えだった。背中に大きな傷が有る。ルドラーが放った刺客
によって、後ろから斬り付けられたのだろう。
「しゃべるな!・・・傷に障るぞ。」
 ミクガードは、フレノールの心配をしていた。
「私が居ながら・・・この体たらく・・・無念・・・で御座いまする。」
 フレノールは涙を流す。
「私に・・・化けた魔族が・・・この門を開け放って・・・奴らは、この・・・デ
ルルツィアに・・・。無念・・・で御座いまする・・・。」
 フレノールは、魔族が化けた部下に斬り付けられた後、その姿を奪われて、この
門を開け放させてしまったのだ。
「ミクガード様・・・魔族を率いてた・・・人間・・・。ルドラー・・・。彼奴だ
けは・・・許せませぬ・・・。」
 フレノールは魔族達が、ルドラーと呼ばれる人間の後に付いて行ったのが見えた。
人間でありながら、魔族に加担した者だと、気付くのに時間は掛からなかった。
「・・・安心しろ。俺が必ず、そいつの首を持っていこう。元気を出せ!」
 ミクガードは、フレノールに笑いかける。
「その言葉を・・・聞いて・・・安心致しました・・・。」
 フレノールは目を閉じる。
「デルルツィ・・・アに・・・栄光・・・あ・・・れ・・・。」
 フレノールは、そう言うと首の力がなくなる。そして急激に体重が軽くなってい
くのを感じた。
「フレノール!おい!フレノール!!!」
 ミクガードは、フレノールの肩を揺らす。しかし、もう反応は無かった。
「何で・・・何でなのよーーーーーー!!」
 フラルは涙を流す。この門番には、結婚式の司会をしてもらった。その時の顔を
思い出してしまう。
「う・・・あ・・・あああああああああ!!!!!」
 ゼイラーが、絶叫する。ゼイラーは、デルルツィアの街の方向を見ていた。
 ミクガードも、恐る恐るデルルツィアの街の方向を見る。
 そこは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。家は焼かれ、城は崩され、人々は絶
望の眼差しで見上げながら、多数の魔族に従事していた。しかも、その魔族たちは
人々に鎖を繋げて高笑いをあげている。
「・・・あ・・・う・・・うおおおおおおおおおおおお!!!!」
 ミクガードも絶叫する。血の流れが逆流するかの如く絶叫を上げた。魔族達が、
ミクガードの方に気付く。
「やられに戻ったのか?王さんよぉ?」
 魔族は、無気力な人々相手に散々な事をしていたので、調子に乗っていた。しか
も、こちらの軍より数が多い。なので有利だと思っているのだろう。
「お前達も、素直に従うなら命だけは助けてやるぞ?」
 魔族は、そう言いながら高笑いを上げる。
 プチッ。
 ミクガードの、コメカミが切れる音がした。その瞬間、魔族は真っ二つになった。
「え・・・?」
 魔族は、何か言う前にミクガードによって、バラバラにされていた。
「・・・貴様ら・・・皆殺しにしてやる!!」
 ミクガードは、憤怒の目をすると魔族の群れに突っ込んでいった。それに倣うよ
うに、付いて来た軍も突っ込む。
「数では、こっちの方が上だ!怯むな!!」
 魔族の頭が指揮しようとする。しかし、物凄い士気のミクガード軍に対し、魔族
軍は、浮き足立っていた。あっという間に押し込まれる。
「馬鹿な!!」
 魔族は、自分達より人間達の方が数段弱いと思っている。押し込まれるなど想像
してなかった。そして、とうとう魔族の頭の方にミクガード達が迫ってきた。
「退けい!!退け・・・うぎゃあああああああああああ!!」
 頭が退却の合図を出している間に、ミクガードによって斬られてしまった。
 そして、とうとう魔族達は全滅してしまった。
 ミクガードは、全て終わった後、群衆を解放すると、座り込んでしまった。
「ミック・・・。」
 フラルが、声を掛けられずに居た。何と声を掛けて良いのか、分からないのだ。
 しかし、人々は救世主となって現れたのが、自分達の王だったので歓喜の声を上
げていた。しかし、ミクガードは間に合わなかったと言う思いが交錯する。
「俺は・・・王失格だ・・・。」
 ミクガードは、うな垂れる。
「止めてくださいよ!ミクガード様!」
 いきなり群衆たちが、声を掛け始めた。
「確かに俺達は、デルルツィアが攻撃された時に王が居なくて恨んだ事もあった!」
 群衆は、次々立ち上がる。
「でも、王は、このデルルツィアの希望なんだよ!」
「そうだ!俺達が絶望しかけた時、ミクガード様を思って、我慢した事もあったん
だぜ!そんな顔しないでくれよ!」
 群衆達は、皆、ミクガードを励ましていた。
「・・・ありがとう・・・。」
 ミクガードは、涙を浮かべて頭を垂れた。
「デルルツィアの民は・・・強いですね・・・。」
 ゼイラーも、涙を流していた。
「俺が、しっかりしなくちゃな・・・。」
 ミクガードは、目に力が宿る。そして、心で覚悟を決めると城の方へ向かった。
「ミクガード様、ゼイラー様は城へは行かない方がいい!!」
 群衆の何人かが、城の凄惨さを知っているので、止めに入った。
「ありがとう。でも良いんだ。俺とゼイラーは、受け止めなきゃならない。」
 ミクガードは苦笑する。恐らく父達は、殺されたのだろう。しかしデルルツィア
王として、この事実を受け止めなければならない。
「ゼイラー。覚悟は・・・出来たか?」
 ミクガードは、心臓がバクバクいっていたが、ゼイラーに声を掛ける。
「はい。ミクガードこそ、しっかり頼みますよ。」
 ゼイラーも、強い目をしていた。
「フラル。お前は、ここで待ってて・・・。」
 ミクガードは、フラルに見せるのは、まずいと思ったのだろう。
「嫌よ。私は、貴方の妻よ?私も受け止める・・・。」
 フラルは、ミクガードの目を見続けながら言った。
「・・・分かった。じゃぁ俺から離れないで・・・。」
 ミクガードは、フラルの手をしっかり握る。
(何があっても・・・このフラルだけは・・・守る!)
 ミクガードは、その想いを強くすると、城の中へ入っていった。
 城の中は、激戦の跡だった。凄い数の切り傷と魔法の跡があった。しかし、死ん
でいるのはデルルツィア兵が多かった。魔族も、死人が居ない訳では無い。しかし、
その数は圧倒的に少なかった。ゲリラ作戦が功を奏したのだろう。
「酷い・・・。」
 フラルは、覚悟を決めていたが、それでも凄まじいまでの死体に、目を覆いたく
なるくらいだった。
 そしてついに王の間に来た。話によると、シンとルウは、ここで死んだという。
「・・・父上・・・。」
 ミクガードは、少し呟くと扉を開ける。
「・・・!・・・!!!!」
 ミクガードは、愕然とした。覚悟を決めていたが、声にならない声を発しそうに
なった。フラルも足をガクガクさせている。ゼイラーも信じられない物を見るよう
な目付きだった。
 シンとルウは、殺されていた。しかもその死体には首が無かったのである。
「・・・魔族め・・・!許さん・・・。許さん!!」
 ミクガードは、平静さを保ちたかったが無理であった。
「父上・・・。おのれぇえ!!」
 ゼイラーも、珍しく声を震わせて怒っていた。
「私達は・・・何をしたの・・・?」
 フラルは、信じられなかった。そして、ここまでされる罪が人間にあるのか、自
問自答してしまう。
「ゼイラー・・・。フラル。みんなの墓を・・・作ろう。」
 ミクガードは、悔しさを噛み締めながら言い放つ。
「ミクガード!何故、そんなに冷静なんで・・・冷静・・・な訳無いですね。」
 ゼイラーは、ミクガードの方を見て、言った事を取り消した。ミクガードは、血
の涙を流しながら言っていたのだ。しかし、自分の感情を押し殺して、自分がやる
べき事を示したのだ。
 魔族のデルルツィアの侵略は、人々を大きく傷つけた。その傷は、深い物となる
のだった。


 神々が住む天界では、会議が行われていた。ソクトアに神魔王グロバスが、降臨
しているとの情報を聞いたからである。俄かには信じられないが、ソクトアを包む
瘴気の強さから言って間違いは無いだろう。それ程、とてつもない瘴気がソクトア
を包んでいた。
 ジュダと赤毘車も下調べが大体終わったので、その会議に出席していた。久しぶ
りに、パムやポニなどの両親にも顔を合わせて、ちょっとした雑談も交わしていた。
 今回は、新しく神に就任した鳳凰神の紹介もあって、色々忙しい会議になると予
想される。鳳凰神はソクトアでは無い違う星の出身の神だが、一目で実力の程が分
かった。全身から発する神の気である神気が、並みの物ではない。この頃、頭角を
現してきたジュダ達とも良い勝負だ。
 それを知っての事だろう。神のリーダーであるミシェーダは、鳳凰神の紹介をま
ず第一とし、ソクトアの対応は、それからと言う事になった。
(この時期に新しく就任する程だ。かなりの使い手なのだろうな。)
 ジュダは朧気に鳳凰神の事を考えていた。確かに10年前程に、前鳳凰神である
神が寿命を迎えて、霊体となって旅立って行ったのは事実である。ジュダも、そう
言う経緯で、竜神が崩御した代わりに、神の力を受け継いで神となった。この鳳凰
神も、ほぼ同じ経緯で神になったに違いない。大抵の神は、自分が崩御すると共に
継承者を霊体になってまで探す。
(その器が居たと言う事か。)
 ジュダは納得する。ちなみに赤毘車の場合は違う。剣神は、今まで設定していた
のだが、該当する神が現れなかったのだ。そこに、赤毘車を据え置いたと言うのが、
真実である。
「待たせたな。皆の者。」
 ミシェーダが挨拶する。そして、その傍らに鳳凰神が佇んでいた。
「この者が、新しく鳳凰神となったネイガ=ゼムハードだ。」
 ミシェーダは、紹介する。ネイガと呼ばれた若者は、礼儀正しく頭を下げる。
「鳳凰神、ネイガ=ゼムハードと申します。この天界の為、忠義を尽くす所存に御
座います。今後とも、よろしくお願いします。」
 ネイガは、礼儀正しい挨拶をする。
(こりゃまた優等生だな。力もある。)
 ジュダは、苦手なタイプだと思ったが、将来有望だろうとも思った。
「うむ。ネイガは、そこに座るといい。」
 ミシェーダは満足そうな笑みを浮かべると、指示を与える。ネイガは、言われた
通りに椅子に座った。しかし、その時の動きが尋常では無かった。いつ座ったか全
員が気付かなかった程、早かった。
(なるほど。鳳凰神を継いだと言うだけはあるぜ。)
 ジュダは、ニヤリと笑う。他の神達は驚嘆しているようだった。鳳凰神は、素晴
らしい速さと類稀な特殊能力で知られた神だ。しかし就任して早々に、その実力の
程を示すとは中々の器である。
「さて、本題に入ろう。」
 ミシェーダは、机に肘を掛ける。
「ジュダ。説明してくれ。」
 ミシェーダは、ジュダに今のソクトアの様子を語らせる。
「うむ。俺が見てきた限りでは・・・。」
 ジュダは、ソクトアの様子を事細かに話す。復活した主な魔族と、生き残ってい
る魔族を知りうる限り話し、何よりも、人間達の中に素晴らしい力を秘めた者達も
居る事を話した。
「なる程な。」
 ミシェーダは、納得する。パムやポニなども聞き入っていた。もちろん他の神達
も深刻な顔をしながら、聞いている。
「ジュダ殿。質問よろしいでしょうか?」
 ネイガが挙手する。
「ああ。良いぜ。」
 ジュダは、ネイガの質問を許可する。
「神魔とは、そこまで強大な物なのですか?私には俄かに信じられませぬ。」
 ネイガは自分が神となった事で、魔族は叩き伏せれば良いと思っているのだろう。
「ネイガ殿!その質問は失礼ですぞ。我々も昔、戦って苦戦を強いられたのですぞ。」
 ジュダが言う間も無く、他の神達が反論する。グロバスやレイモスとは、別に神
魔と戦って命を落とした神も居る。いくらネイガが知らないとは言え、その質問は、
些か反感を買う物であった。
「だ・・・そうだ。」
 ジュダは、おどけたように他の神達に同調する。
「私は、ジュダ殿に聞いているのです。率直な意見を聞かせて戴きたい。」
 ネイガは諦めなかった。優等生に見えて、中々骨のあるタイプのようだ。
「ネイガ殿!控えよ!先達の神に何と心得・・・!!」
 神達が制止しようとすると、ネイガは恐ろしい目で、その者達を睨む。すると急
に黙ってしまった。
(この歳で、この格か。やるな。)
 ジュダは、普通に感心していた。他の神達とは、格が違う感じだ。
「ミシェーダさんよ。俺の意見は言って良いのか?」
 ジュダは、ミシェーダの方を見る。
「争いの元に、ならなければ言っても良い。」
 ミシェーダは、ネイガの強情さに半ば呆れていた。
「俺としては、歯応えのある奴らだと思うぜ?これじゃ不満か?」
 ジュダは、ニヤリと笑う。
「ジュダ殿!歯応えがあるとは不謹慎な!生死を分けた我等の戦いを、愚弄する気
か!?魔族は憎むべき敵であろう!」
 他の神達は、今度はジュダに噛み付いてきた。
「生憎、俺もその闘いは、この目で見ていないんでな。今度も闘ってみなければ、
分からないと言ってるんですよ。ご不満かい?」
 ジュダは軽く受け流す。他の神達の反論など、どうでも良さそうだった。
「おのれ!若輩ものが調子付きおって!」
 神の1人がジュダに神気をぶつけようとする。だが、そのジュダの姿は無かった。
「辞めときなよ。みっともないぜ?」
 ジュダは、その神の後ろに居た。いつの間に移動したのか、その神と言うより、
ほとんどの者は、気付きもしなかった。その神も冷や汗を流す。
「まぁ、やるってんなら、俺も容赦しないぜ?」
 ジュダは、全身から恐ろしいほど攻撃的な神気を発する。
「・・・あ、熱くなり過ぎたようだ。」
 その神は、スゴスゴと座ってしまう。
「分かれば良いさ。ま、俺も熱くなり過ぎたようだ。」
 ジュダは、鼻歌交じりに、あっという間に席に戻る。
「なる程。用心するべき相手だと言う事ですな。」
 ネイガは、真面目な顔で納得したような顔をする。
「ジュダ。大人気ないぞ?」
 赤毘車は、ジト目でジュダを睨む。
「わりぃわりぃ。この頃、力を解放してないから欲求不満なんだよ。」
 ジュダは事も無げに答える。
「ふん。欲求不満なら、俺が付き合ってやろうか?」
 パムは肩を鳴らす。
「貴方!私達も任務の最中でしょ!」
 ポニが、制止する。パムは照れ臭そうに頭を掻く。なる程。親子だけあって、ジ
ュダとパムは似ている。
「会議の最中だと言うのに、しょうがない奴らだ。良いか?魔族は、当面の対処す
べき敵だ。団結力も無いと勝てぬぞ?」
 ミシェーダは呆れる。会議で、こんな話が出るなど思ってなかったようだ。
「へぇへぇ。で?これから、どういう対処を考えてるんだ?」
 ジュダは、ミシェーダに今後の指示を仰ぐ。
「うむ。ジュダと赤毘車は、今後ともソクトアの動向をチェックしてくれ。それに、
このネイガを同行してもらいたい。」
 ミシェーダは、ネイガの方を向く。
「ミ、ミシェーダ殿!?」
 他の神達が、どよめく。最重要地区に若輩の神3人が着くなどと言うのは、異例
の事である。
「ほう。俺は別に構わないぜ。」
 ジュダは、寧ろ楽しそうだった。反りは合わないが、ネイガと居ると、退屈しな
さそうだったからだ。
「私も異論は無い。」
 赤毘車も反対しなかった。元々、口を挟むようなタイプではない。
「私も異論は御座いませぬ。必ずや、ご期待に添いましょう。」
 ネイガは、真面目腐った挨拶をする。
「ま、頑張れや。ジュダ。」
 パムも、ニヤリと笑って息子にエールを送った。
「体に気を付けてね。3人とも。」
 ポニは、優しく微笑みかける。
「うむ。後は、それぞれ今までの任を遂行せよ!何かあったら、また招集する!」
 ミシェーダは、それぞれに命じて退会させた。と言うより打ち切った。
「議会終了!」
 ミシェーダの声と共に、ソクトア行きの3人とパムとポニは、すぐさま出て行く。
しかし、他の神達は中々納得しなかった。
「リーダー殿!あの者達は、礼儀を知らな過ぎまするぞ!」
 次々に抗議の声があがる。
「あのような者達を、我が物顔にさせて良いのでありますか?」
 さっきの恥を晒してしまった神も、抗議する。
「黙れぇい!私とて納得している訳では無い。だが、あの力は本物だ。」
 ミシェーダは怒鳴ってみせる。他の神達は、その声でひれ伏した。ミシェーダも
不満が無い訳では無い。しかし、あの5人の神は、いずれも実力者揃いで役に立つ。
実際、一番厄介な事を頼んでいるのだ。
「魔族の事が成功すれば良し。失敗すれば、その事で処罰すれば良い。違うか?」
 ミシェーダは、他の神達を説き伏せる。
「そうでありますな。魔族の問題が、そう簡単に片付くはずが、ありませぬ物な。」
 他の神達は、納得し始めた。
(・・・無能な奴らよ。魔族の事を、出世の材料にでも、する気なのか?)
 ミシェーダは内心、舌打ちしていたが、顔には出さなかった。
 神のリーダーのミシェーダは、頭を抱える日々が多くなっているようだった。



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