NOVEL 2-7(Second)

ソクトア第2章2巻の7(後半)


 プサグルの城で剣戟の音が聞こえていた。音の主はジーク達であった。いつ何時
魔族が攻めてくるか分からないのだ。実力をアップさせておく事は重要だろう。
 プサグルの兵士達は、英雄ライルの息子にして、彼の有名な不動真剣術の継承者
であるジークと、稽古が出来る何て、またと無い機会なので、打ち合い稽古のジー
クへの募集は、殺到していた。サイジンも、プサグルでは有名なグラウド=ルーン
の息子だと言う事で、かなりの数が集まっていた。なのでミリィは、ゲラムと稽古
する事が多かった。
 ジークは、一気に5,6人単位で相手していたが、全く引けを取っていなかった。
それ所か、あっという間に1本取って、それぞれの悪い癖を教えたりしていた。ラ
イルの息子と言う肩書きは、伊達ではない。
「しっかし、ジーク兄さんの所は、すげぇ居るなぁ。」
 ゲラムも驚く程の人気振りである。
「有名人の辛い所よねェ。」
 ミリィも呆れていた。それ程、凄まじい人気であった。
 一方、レルファも宮廷魔術師達と一緒に混ざって、魔法の鍛錬をしていた。
(ツィリルちゃんは、トーリス先生に付きっ切りなんだし、私だけでも、魔力を上
げなきゃ!)
 レルファは、ツィリルやトーリスの事を心配しながらも、魔力を上げる瞑想を中
心に、魔力をぶつけ合う鍛錬など、激しい特訓をしていた。
「僕達も、負けてられないね!」
 ゲラムは、そう言いながらミリィに打ち込む。剣の腕も、ゲラムは結構確かな物
があり、ミリィと良い勝負をしていた。これで、あの弓の腕なのだから、ゲラムも
相当な天才肌である。だが、ただの天才ではない。ゲラムの、その実力の影には、
凄まじい程の特訓を超えてきた跡があるのを知っている。ミリィも、足手纏いにな
らないように特訓するのだった。
 サイジンも、ジークと同じように特訓をしていたが、どうにも、レルファが忙し
いので乗り気がしないで居た。しかし、兵士達に負ける程、弱い訳では無い。蹴散
らしながらも、自らの実力アップも確実にこなしていた。
「うおおお!!」
 また1人兵士が、掛け声と共にサイジンに突っかかる。
「甘いですぞ!」
 サイジンは、その剣を受け止めると、ガラ空きになった胴を薙いでみせる。
「うあ!参りました!」
 兵士は頭を下げる。サイジンも、いつもは軽い調子だが、闘いになれば別人のよ
うに冴えている。養子とは言え、グラウドが手塩かけて育てただけはある。それに、
いつもジークの剣を受けているのは、主にサイジンなのだ。その剣に比べれば、大
した事は無かった。
 それぞれが、そうやって過ごしていると、上から何か気配がやってきた。
(魔族か?・・・いや、違うな。)
 ジークは一瞬、魔族の到来を危惧したが、上からやってくる気配に、瘴気を感じ
なかった。
「あれは・・・フジーヤさん!?」
 ジークは、ペガサスに乗ったフジーヤを発見した。
「お?ジークか?プサグルに来てたのか!」
 上からフジーヤの声がする。フジーヤは、周りを確認しながら降りてくる。
 よく見ると、ルイシーの姿もあった。トーリスの両親が、揃ってペガサスの上に
乗っていた。
「久しぶりです!フジーヤさん!それにルイシーさん!」
 ジークは、挨拶する。
「・・・トーリスの気配がするわね。ちょっと見に行ってくるわね。」
 ルイシーは、そう言うと、トーリスが居る寝室へと向かっていった。
「何か胸騒ぎがするってんで連れて来たけど、そう言う訳だったか。」
 フジーヤは納得する。ルイシーが突然、今回のプサグル訪問に付いてくると言い
出したので、不思議に思っていたのだ。母としての勘が働いたのだろう。
「トーリスは・・・まだ眠ってます。」
 ジークは、声のトーンを落とす。
「そう沈んだ声を出すな。お前達のせいじゃないさ。」
 フジーヤは、励ましてやる。ジーク達は最善の努力をしたと信じている。だから
こそ、こう言う事が言えるのだろう。
「フジーヤさん。お久しぶりですな。」
 サイジンも駆け寄ってくる。後ろには、ミリィもゲラムもレルファも居た。騒が
しくなったので、こっちに気が付いたのだろう。
「お?初めて見る顔だな。もしかして手紙にあったミリィさんか?」
 フジーヤはミリィを見て気軽に声を掛ける。
「トーリスの父親ネ。ファン=ミリィです。よろしくネ。」
 ミリィは、丁寧に挨拶する。
「ああ。こちらこそよろしく。」
 フジーヤは、ミリィと握手をする。
「トーリスの様子が気になるし、時間も、丁度休憩だ。行きましょう。」
 ジークは、皆にトーリスの部屋へと促す。
 トーリスの部屋では、既にルイシーが来ていた。トーリスの横で、手を離さない
でいたツィリルに、優しく上着を着せていた所だ。
「・・・ふぅん・・・。」
 フジーヤは、トーリスの顔を覗き込む。ルイシーも様子を見て安心したのだろう。
思ったより良い血色をしていた。静かに休んでいるし、状態も悪くない。ツィリル
とレイアが、魂を入れ替えながら交互に一所懸命に看病していた結果だろう。
「全く・・・。世話が焼ける。コイツは、真面目過ぎるんだよな。」
 フジーヤは、溜め息を漏らす。
「フジーヤ!トーリスだって、考えて行動した結果でしょ?」
 ルイシーが咎める。
「まぁ、そうなんだろうけどな。俺達にも、相談するとかして欲しかったぜ。」
 フジーヤは、口をへの字にする。
「トーリス。聞いてるかどうか、知らねぇけどな。レイアちゃんの、親御さんの言
葉を伝えるぞ。」
 フジーヤは、既にレイアの親には、伝えてあった。トーリスは、瞼が少し動く。
「結果は、どうあれ、レイアが幸せと感じていた事に間違いなかった。レイアの幸
せが見れなかったのは残念だけど、レイアの分まで長生きして欲しい。・・・とさ。
俺は、聞いてて辛かったぜ?」
 フジーヤは、またため息をつく。それと同時にツィリルの肩もピクッと動く。
「・・・ごめんなさい・・・。父さん。母さん。」
 ツィリルの口から、レイアの言葉が発せられる。そしてレイアは涙を流していた。
「・・・ツ、ツィリル?」
 フジーヤはビックリする。ツィリルの口からレイアの声が聞こえてきたのだ。
「説明してなかったですね。今、ツィリルの中に、レイアさんの魂が乗り移ってま
す。ツィリルとは波長が合うらしいんです。」
 レルファは、説明してやる。
「ほ、本当にレイアちゃん・・・なのか?」
 フジーヤは、信じられなかった。しかし、よく見ると、確かに今のツィリルは、
レイアに雰囲気がそっくりだ。
「ツィリルちゃんも、私もトーリスの事を想う気持ちは一緒なんです。私は、トー
リスの幸せな姿を見るまでは・・・逝けません。」
 レイアは、強い眼差しでトーリスを見ていた。
「レイアちゃん・・・なのね。」
 ルイシーは、元天使だけあって、魂の本当の姿を見る事が出来る。間違いなく、
レイアの魂だった。
「レイアちゃん。馬鹿息子を死んでまで面倒見てくれるなんて・・・済まねぇな。」
 フジーヤは、つい涙が流れ出る。ルイシーも同じであった。
「ううん。私は、こうやって話せるだけ幸せです。・・・ただもう一度、父さんや
母さんと話したい・・・。」
 レイアは、沈んだ顔をする。
「そんな事なら俺に任せてくれ。絶対説得して、ここに来てもらうさ!」
 フジーヤは、レイアを元気付ける。
「ありがとう!おじさん。」
 レイアは笑いを見せる。笑い方も、いつものツィリルとは違う。レイアの笑い方
であった。俄かには信じられないが、間違いないだろう。
「しかし、トーリスの奴、レイアちゃんやツィリルちゃんまで、こんなに介抱して
るのに、寝てるたぁ不謹慎な奴だ。」
 フジーヤは、やっと明るい雰囲気になる。冗談が叩けるようなら、いつもの調子
に戻ってきた証拠だ。
「あ・・・。ツィリルちゃんが、変わりたいって言うから、変わりますね。」
 レイアは、そう言うとツィリルの意識の奥深くに沈んでいった。
 すると顔付きも、ツィリルの顔付きに戻ってくる。
「・・・ツィリルちゃんか?」
 フジーヤは、恐る恐る聞いてみる。
「フジーヤさん?あ。ルイシーさんも来てたんだ!お久しぶりー。」
 ツィリルは、改めて気が付いたようで挨拶を交わす。この調子は、間違いなくツ
ィリルだ。フジーヤは驚いていた。
「ああ。ツィリルちゃん。すまねぇな。この馬鹿息子が迷惑掛けてなぁ。」
 フジーヤは、調子狂いそうだったが、何とか持ち直して軽口を叩く。
「センセーは、馬鹿じゃないですよぉ?それにセンセーには、いっぱいお世話にな
ったから、これくらいやらなくちゃ!」
 ツィリルはニコッと笑う。この笑いを見ると、どうしても顔が緩んでしまう。フ
ジーヤはトーリスの方を見る。
「この幸せ者め。お前、これで目覚めないってのは、どう言う了見だ?」
 フジーヤは、からかう様にトーリスに語りかける。しかし結構真剣だった。
「・・・父・・・さん・・・。母・・・さん?」
 トーリスから言葉が漏れる。皆、つい注目してしまう。
「意識は、あるみたいだな。なら良く聞け。お前が、今するべき事は何だ?罪の意
識に怯える事か?違うだろ?」
 フジーヤは、トーリスの頭に手を掛ける。
「お前さぁ。これだけ多くの人に愛されてるんだぜ?起き上がって返事をしろ!」
 フジーヤは、トーリスを叱る様な口調で言う。
「そうよ。トーリス。貴方は、そんな弱い子じゃないでしょ?男なら責任を取りに
戻って来なさい。」
 ルイシーも語りかける。そこには父と母の姿があった。
「みん・・・な・・・。あ・・・あああああああ!!」
 トーリスは、叫び声を上げる。すると、何かドス黒い部分がトーリスの中から出
て来た。寧ろ追い出されたような感じだ。行き場を失うと、次第に消えていった。
「・・・う・・・。」
 トーリスの目から、涙が流れると、トーリスは次第に目を開ける。
「センセー!!センセー!!」
 ツィリルは、より一層強くトーリスの手を握る。
「・・・あ・・・私は・・・。」
 トーリスは、ジーク達の方を見る。そして、手を握っているツィリルを見る。そ
して、心配そうにしている両親の姿を見た。
「センセー!気が付いたんだね!」
 ツィリルは、ニコッと笑う。その顔は涙顔であったが、嬉しそうだった。
「・・・ふう・・・。心配掛けてしまったようですね。」
 トーリスは、重そうに頭を上げて皆を見る。そして、全てを理解していた。これ
までの事は、忘れていない。自分のした事、そして自分が、どれだけ必要とされて
るか知った事。そして、このツィリルとレイアの事もだ。両親が来た事も、朧気な
がら覚えていた。
「・・・トーリス。よく戻ってきた。あんま心配掛けさせるなよ。」
 フジーヤは、照れくさそうにしていた。
「私の心の中に、あんな物が居たとはね・・・。」
 トーリスは、自分が血に染まった事を良く覚えていた。しかし、今のトーリスは、
その事実に負けるような目をしていなかった。
「それに・・・ツィリル。レイア。心配掛けてしまいましたね。」
 トーリスは、いつもの優しい微笑で返してやる。
「センセー!!いつものセンセーだ!」
 ツィリルは、嬉しさを隠したりしなかった。本当に嬉しいのだろう。
「レイアさんも、話したいって言うから・・・変わるね。」
 ツィリルは、目を閉じると、どんどん顔付きがレイアに変わってくる。
「・・・トーリス。やっと・・・話せた。」
 レイアは、涙顔になってしまう。拭いても涙が出てしまうのだ。
「レイア・・・。」
 トーリスは、言葉よりも先にレイアを抱きしめてやった。
「私を許せとは言わない・・・。心配掛けました。」
 トーリスは、正直な気持ちを述べる。
「良いの。貴方が幸せになってくれれば。ただ・・・結婚式挙げたかったね。」
 レイアは、それが心残りだった。
「・・・挙げましょう。」
 トーリスは、決意ある目をしていた。
「え?・・・どう言う事?」
 レイアは、訳分からずに居た。
「ツィリルが、許してくれればですが・・・式を挙げましょう。」
 トーリスは、レイアを真っ直ぐ見つめていた。要するに、ツィリルの体を借りて、
結婚式を挙げようと言うのだろう。
「・・・嬉しい・・・。でも、ツィリルちゃんとも相談しなくちゃね。変わるわ。」
 レイアが目を閉じる。すると今度は、またツィリルが出てきた。顔付きで分かる。
「ツィリル・・・ですか?」
 トーリスは、困った顔をしていた。頭で理解していても、やっぱり不安なのだ。
「センセー・・・。その式、わたしの式にもしてくれる?」
 ツィリルは、真剣だった。
「こう言うと我侭な事なので、自分で言うのも、おこがましいんですがね。私は、
貴女達2人と、式を挙げたいのです。」
 トーリスも真剣だった。トーリスの中でツィリルは、レイアと同じくらい存在が
大きくなっていた。自分が狂ってからも信じてくれたツィリル。そして、レイアと
同調しながら健気に自分を隠していたツィリル。それをどうして無視出来ようか。
「ツィリル。そしてレイア。・・・結婚しましょう。」
 トーリスは、いつになく優しい微笑でツィリルに語り掛ける。
「・・・信じて良いの?センセー。」
 ツィリルは、つい嬉し涙が出る。
「自分の事ながら図々しいと思いますが、もう気持ちに嘘は付きません。」
 トーリスは、強い口調だった。本気であった。
「・・・お前達なぁ・・・。親の俺達を無視して、勝手に話を進めやがって。」
 フジーヤは、呆れたが同時に嬉しかった。
「後悔しないんでしょ?なら好きになさい。」
 ルイシーも祝福してくれた。
「センセー・・・嬉しいよ!」
 ツィリルは、トーリスの胸に抱きつく。いつの間にか拍手が起こっていた。
「ツィリル!レイアさんも良かったね!」
 レルファは、我が事の様に喜ぶ。いつも励ましあってただけあって、嬉しさも倍
増だった。
「良い式になるヨ!いや、するヨ!」
 ミリィも、同じく相談しあったりしてたので、嬉しかった。
「おめでとう!!ツィリルさんにレイアさん!」
 ゲラムは素直に祝福していた。仲間が結婚するのが、こんなに嬉しい事だとは思
ってなかったのだろう。
「やりましたな!トーリス!私も嬉しいですぞ!」
 サイジンは、勝手に盛り上がってくれる。
「トーリス!いつもいつもビックリさせやがって!嬉しいじゃないか!」
 ジークも祝福していた。ビックリする事だらけである。
「・・・皆・・・。ありがとう!」
 トーリスは、いつになく正直に言葉を口にした。
 ツィリルとレイア。この2人とトーリスの結婚。そしてトーリスの復活。魔族達
が跋扈する、この世の中で、これ程嬉しい事は無かった。


 トーリスとツィリル、そしてレイアの結婚が決まった次の日、フジーヤは、ヒル
トに会う事にした。ヒルトも、最初はトーリスが目覚めた事に喜んで、そして、ツ
ィリルとの結婚、そしてレイアの存在を聞いて驚いていた。
 しかしフジーヤの丁寧で熱心な説明を聞いて、段々と理解してきた。フジーヤは、
トーリスの今回の事の説明に尽力していた。これからレイアの両親とルース達を呼
んで、理解してもらわなければならない。それを思うと頭が痛くなる。
 そして、その前に、やるべき事があったので、ヒルトと会う事にした。そして、
その席では、何故か、ジーク達7人も呼ばれていた。ゼルバも同席している。
 フジーヤは、円卓に皆を呼ぶと、改まって書簡を出す。
「俺たちも相席するってのは、どう言う事なんです?フジーヤさん。」
 ジークは、不思議でならなかった。
「まぁ聞けって。ルクトリアの事を教えておこうと思ってな。」
 フジーヤは、ニヤリと笑う。
「父さんが死んだあと、ルースが頑張っているとまでは聞いたがな。」
 ヒルトは苦々しい顔をする。自分の親が知らない所で殺されたのは、正直ショッ
クだった。しかし、一国の王として取り乱す訳には、いかないのだ。
「へぇ。お父さんが、頑張ってるんだぁ。」
 ツィリルは、何処と無く上の空だ。トーリスの事で頭がいっぱいなのだろう。
「ルースは頑張ってたよ。だが今日は、その事を伝えに来たんじゃない。」
 フジーヤは、書簡の中の手紙を取り出す。
「随分、勿体付ける言い方だな。どうしたんだ?」
 ヒルトは、不思議に思った。いつもここまで引っ張るような男ではない。
「では言うぞ。俺は、ここにルクトリアの正式な大使として来たんだ。新ルクトリ
ア王に頼まれてな。」
 フジーヤは、皆に言う。
「し、新ルクトリア王だと!?」
 さすがのヒルトもビックリした。そんな事は、寝耳に水である。
「そうだ。そして新ルクトリアの正式な同盟を、ここに結びに来た次第だ。この書
簡も、その調印所だ。」
 フジーヤは手紙を広げる。そして調印所を皆に見せる。すると、ジーク達は驚き
の声を上げた。
「な!何で!?」
 レルファが、我が目を疑う。ジークも同じような表情をしていた。
「見ての通り、新ルクトリア王はライル=ユード=ルクトリア。お前達の父親だ。」
 フジーヤは調印所に書いてあるサインを見せる。間違いなくライルの筆跡だった。
「・・・それは、冗談や酔狂では無いのだな?」
 ヒルトは鋭い目をする。これこそ、長年王をやってきた者の目である。
「そんなつもりは、毛頭ない。他に就くべき人物も居ないと俺は思っている。」
 フジーヤは、真面目な顔で返した。
「冷静に考えれば・・・有り得なくは無い話です。」
 トーリスが、久しぶりに冴える顔をしていた。
「ライルには、人の上に立つ人格がある。それに王族の血も引いている。俺として
は、兄弟だし異存は無い。」
 ヒルトは調印書を受け取る。ただ意外だとは思った。ライルは、人の上に立つ事
を極端に嫌っていた。故に継がないだろうと思っていたからだ。
「父さんが・・・王?信じられない・・・。」
 ジークは、かなり放心状態だった。
「ジーク。例えライルが王の座に座ったとしても、お前は別だ。お前は、お前の道
を選ぶべきだ。と、ライルは言っていたぞ。しっかりしろ。」
 フジーヤは、ジークにライルの言葉を伝える。
「父さんは、ルクトリアの再興の道を選んだ・・・か。なら俺は、どこまでも剣士
として貫いてやる!」
 ジークは顔を上げた。王の間にジークの声が響く。
「しかし、あの父さんが王かぁ。ちょっと信じられないわねぇ。」
 レルファは素っ頓狂としていたが、意外に冷静だった。
「私は、身分違いになったとしても、レルファへの愛は貫きますぞ!」
 サイジンは、相変わらずの調子である。
「そんな事、言わなくたって分かってるわよ。」
 レルファが、ジト目でサイジンを見る。サイジンも、こんな言葉を恥ずかしげも
無く言うとは、図太い物である。
(私が居ない間に、この2人も進展があったようですね。)
 トーリスは苦笑する。少しずつ仲間との溝を埋めていかなければならない。
「それにしても・・・次々と色んな事が起こって、整理しないとやってられんな。」
 ヒルトは溜め息をつく。トーリスの復活、そして結婚、ライルの王の就任、魔族
の来襲、父と母の死、この頃、起こった事例を挙げただけでも、これだけあるのだ。
ヒルトも、その一つ一つに対応していくのは大変である。
「父上が、そんな弱気でどうするんです?」
 ゼルバは元気付ける。このゼルバは、目立たないが、色々な所で、ヒルトの補佐
をしていた。その功績は、ヒルトも認める程である。
「そうだな。俺らしくないな。」
 ヒルトは、背筋をピンと伸ばす。
 その時であった。突然伝書鳩が舞い降りてきた。足には手紙がついていた。
「伝書鳩か。・・・これはフラルからだな。」
 ヒルトは伝書鳩から手紙を抜き取る。手紙にはフラルのサインが書かれていた。
「どれどれ・・・な!!?」
 ヒルトは、またしても衝撃が走った。
「どうした?ヒルト。」
 フジーヤも心配する。
「・・・デルルツィアの元王と元皇帝が・・・魔族に殺されたらしい・・・。」
 ヒルトは、手紙を落としてしまう。そして肩の力が抜ける。
「また魔族か!!」
 ジークは、怒りを露にする。魔族の、この頃の侵略は凄まじい物がある。
「魔族も、本気を出してきたと言う事ですね。」
 トーリスは、冷静に考え出す。
「俺達、人間が力を付けなきゃやられちまうって事だな・・・。参ったぜ。」
 フジーヤは頭を抱える。
「くっそぉ。魔族は、僕達に何の恨みがあるんだよぉ!」
 ゲラムも叫ぶ。ここ最近の魔族の横暴に、さすがのゲラムも頭に来ているのだ。
「穏やかじゃない声が聞こえるなぁ。」
 突然、窓の外から声がした。そして、この気配は間違いなく魔族の物だった。
「誰だ!」
 ジークが、窓の外を見る。
「おいおい。俺の声を忘れたのか?」
 魔族は、ニヤリと笑う。見覚えのある翼と角は、間違いなく知ってる奴だった。
「ミカルドか・・・。今度は、アンタがプサグルを襲いに来たのか?」
 ジークが、背中にある怒りの剣に手を掛ける。
「お前は、ここに来たのは2回目だったな。」
 ヒルトが口を出す。前にライルとガグルドの闘いを見学していたのを、見かけた
事がある。
「覚えてもらえて光栄だ。ただ、別に用があって来た訳じゃない。」
 ミカルドは、鼻先で笑う。
「強い力が集まってるのを感じたのでな。見に来て、お前達だったので納得しただ
けさ。実力を上げたな。」
 ミカルドは、空中に浮きながらケラケラ笑う。
「貴方がミカルド・・・。なるほど。ジークに聞いていた通り、強いですね。」
 トーリスは初めて見かけるが、これほどの威圧感を持つ相手は中々居ない。
「そういうお前も中々の魔力だ。だが、もっと磨く事だな。俺は強い相手じゃなき
ゃ燃えない性質でな。お前達と闘う日を楽しみにしているぞ。」
 ミカルドは、ニヤリと笑う。凄い余裕っぷりである。
「魔族め!ルクトリア、デルルツィアと攻めて次はジーク達か!」
 ヒルトは拳を震わせてミカルドに指を差す。
「おっさん。俺を、魔族って一括りにするんじゃねぇよ。」
 ミカルドは、ギロリとヒルトを睨む。
「ふん。これだけ攻められて、お前達魔族に責任は無いとでも言うのか?」
 ヒルトは負けていなかった。相当、腹に据え兼ねているのだろう。
「何か勘違いしてるようだがな。俺は、人間達を虐殺した覚えは無いぞ?」
 ミカルドは反論する。
「大体、ルクトリアは健蔵、デルルツィアは、ルドラーとか言う人間が攻め込んだ
んじゃないのか?」
 ミカルドは、詰まらなそうな顔をしていた。一緒にされるのが相当嫌なのだろう。
「ルドラー?・・・ルドラーだと!?」
 ヒルトは、思い出した。戦乱時代のプサグルの兵士の中に、裏切りを重ねてきた
男が居た事を・・・。そして、その男はカールスの下にくっついて、色々悪事を重
ねていた事を・・・。
「まぁ、そのルドラーのおかげで、今の魔族の復活のほとんどがあるから、何とも
言えないけどな。俺は、あの目付きは気にいらんな。」
 ミカルドは、ルドラーのギラギラした欲望に満ちた目が気に入らなかった。
「あの男が元凶だったとはな・・・。」
 フジーヤも舌打ちする。カールスが死んだ時に、何処に行ったか行方を眩まして
いたのだが、まさか、魔族の復活に絡んでいたとは思わなかった。
「何故、そこまで教えるんだ?」
 ジークは、不思議に思った。普通に考えたって、今のは人間に教えるべき内容じ
ゃない。特にルドラーの事は、誰も知らなかった事だ。
「俺は、自分に正直に生きたいだけの事だ。そのせいで兄貴も殺しちまったけどな。」
 ミカルドは、自嘲気味に笑う。
「兄を・・・殺した?」
 ジークはビックリする。
「ジークは知らんか。奴は、兄とライルが闘った時、ライルに対して不意打ちしよ
うとした兄を殺したんだ。」
 ヒルトが説明してやる。ガグルドの事だろう。
「俺は、魔族として誇りを持っている。お前達人間が、正々堂々正面から闘ってる
のに、魔族が汚い手を使うなど許せん。それだけの事だ。」
 ミカルドは、拳を握って力を込める。凄まじい力を感じた。
「兄を殺してまで、魔族の誇りを取るとは・・・。お前の目的は何なんだ?」
 ジークは不思議に思う。ミカルドは何のために、ここまで自分達の闘いに拘るの
かが、分からなかった。
「俺は魔族の台頭なんぞ、どうでも良い。お前達と神々と良い勝負が出来れば、そ
れで良い。お前達が修行しているように、俺も欠かさずしてる。覚悟するんだな。」
 ミカルドは、そう言うと背を向ける。
「特にジーク。お前とは、かつて無い闘いが出来ると信じている。」
 ミカルドは、恐ろしいまでの瘴気を放ちながら、ジークを見つめる。燃えている
のだろう。ジークは魔族に、こんな奴が居るとは思わなかった。
「あくまで俺との闘いに拘るか・・・。なら、俺もアンタを超えるまで、強くなっ
て見せる!楽しみにしてろよ!!」
 ジークは、瘴気に対して自らの闘気を燃やして返礼にする。ミカルドは、それを
見て、楽しそうに笑う。
「残念だが、そう上手くは行きませんよ。ミカルド!!」
 突然上空から声がする。すると、見事な翼が生えた魔族が舞い降りてくる。
「アル兄貴か。何の用だ?」
 ミカルドは、睨み付ける。どうやら、アルスォーンのようだ。傷は、すっかり癒
えたらしい。
「何の用じゃありませんよ。ミカルド。人間に味方でも、するつもりなのですか?」
 アルスォーンは攻めるような口調で言った。魔族からしてみれば、人間に強くな
るように仕向けるなどと言う事は、裏切りに近いのだろう。
「言っただろう?俺は自分の力を出し切れる相手と闘いたいだけだ。」
 ミカルドは鼻で笑う。
「ガグルドを殺した罪、今なら間に合います。この場で、この者達を殲滅しなさい。」
 アルスォーンは、有無言わせぬ口調で言った。
「容易くやられる俺達じゃないぜ?」
 ジークは、アルスォーンを睨み付ける。
「フン。人間風情が口を出す事では無い。ミカルド。早くやりなさい。」
 アルスォーンは、ミカルドを急かす。
「俺は命令されるのが嫌いなのは知っているだろう?」
 ミカルドは、瘴気を出し始める。
「魔族全てを敵に回す事になりますよ?」
 アルスォーンは脅しをかける。ミカルドは、さすがに少し面食らう。
「・・・だから何だ?俺は、俺のやりたい様にやる。命令するな!」
 ミカルドは、凄まじいまでの瘴気を出し始める。どうやら、魔族も敵に回してい
るようだ。
「良い度胸ですね。このアルスォーンを甘く見るとはね。」
 アルスォーンは、歯軋りする。
「貴方が間違っているという事を証明してやりましょう!!貴方を倒してね!」
 アルスォーンは、翼を広げる。そして瘴気を出し始めた。どうやらミカルドと闘
うつもりらしい。ミカルドは鼻先で笑う。
「兄貴。俺の力を舐めてるのか?俺を倒す?馬鹿も休み休み言うんだな!」
 ミカルドは、凄まじい力を解放する。
「復活した私を舐めない事です!!」
 アルスォーンは、ミカルドに襲い掛かる。ミカルドは、それを躱そうとするが、
間に合わなかった。繰り出された拳をミカルドは受け止める。
「ほう。強くなってるじゃねぇか。」
 ミカルドは、ニヤリと笑う。
「お前の力は知っています。・・・だが今の私の方が強い!」
 アルスォーンは、復活した後、凄まじい特訓を繰り返して強くなっていたのだ。
 アルスォーンの凄まじいまでの蹴りと拳の前に、ミカルドは防戦一方に、なって
しまう。まるで拳の弾幕である。
「魔族を裏切る愚かなる弟よ!死にさない!!」
 アルスォーンは、ミカルドを突き放すと拳に瘴気を溜めて、気合いと共に、衝撃
波を繰り出す。魔族特有の攻撃だ。
「カァァァァツ!!」
 ミカルドは、その瘴気を片手で受け止める。そして打ち砕いた。
「・・・む・・・。貴方も、ただ遊んでた訳では無さそうですね。」
 アルスォーンは、舌打ちする。止めを刺すつもりで打った瘴気弾を、ミカルドは
砕いてみせたからだ。
「俺を舐めるなと言ったはずだ!!」
 ミカルドは、口から蒸気のような物を出しながら更に瘴気を増していく。
「良いでしょう。我が全力をもって、貴方を倒して見せましょう!」
 アルスォーンも、意地に掛けて負けられないのだろう。
「ちっ!やるなら、このプサグルでやるなってんだ!」
 フジーヤは舌打ちする。このままでは、城にまで被害が及んでしまう。
「そこまでだ!!」
 上空から威圧するような声が響く。2人の動きが止まる。そして、何も無い空間
から、突然魔族が舞い降りてきた。その魔族は、2人とはレベルが違っていた。間
違いなくビッグな魔族だろう。ミカルドに雰囲気が似ていたが、もっと重厚で威厳
のある様は、見事としか言いようが無かった。
「親父・・・か。」
「父上・・・何故、止めるのです?」
 ミカルドもアルスォーンも素直に言う事を聞く。それだけでも恐ろしい実力の程
が分かる。実際、ジークが冷や汗を流していた。トーリスもサイジンもだ。この魔
族の凄まじいまでの実力の底を、肌で感じているのだろう。
「アルスォーン。お前は帰っていろ。」
 その魔族が命じると、アルスォーンは舌打ちしながら消えていった。
「ミカルド。お前は俺たちと反すると言うのか?」
 その魔族が問い掛ける。
「そんなつもりはねぇ。ただ正々堂々人間達と闘いてぇ。それに反した兄貴を殺し
たまでの事だ。」
 ミカルドは、バツが悪そうに答える。魔族は、それを聞くと安心した。
「良かろう。貴様も今は去るが良い。俺たちの所に帰れもしないだろうし、貴様は、
貴様を貫くのだな。止めはしないぜ。」
「・・・親父・・・。分かったよ。」
 ミカルドは、素直に従う。少しジークを見て、そして空の中に消えていった。
「ふむ。貴様が英雄ライルとやらの息子か?」
 その魔族は、ジークを見つめる。
「・・・そうだ。」
 ジークは搾り出すように、その魔族を見る。冷や汗は止まらなかった。
「俺は魔王クラーデス。奴らの親でもあり、魔族の権限の一角を担っている者だ。」
 クラーデスは名乗りを上げる。
「お前が、我が国を滅ぼすように仕向けたのか!」
 ヒルトは、足を震わせたが何とか叫ぶ。
「フッ。貴様らが、我等魔族に2000年前に行った事と同じではないか。」
 クラーデスは一笑に付す。
「な、何だと!?」
 ヒルトは、ビックリした。ソクトアの歴史は凡そ1000年だ。それから前は、歴史
にすら載っていない。初めて知った事実であった。
「俺達を憎むのは勝手だ。だが、自分達だけを正当化しようと思わない事だ。」
 クラーデスは、そう言うと豪快に笑う。
「貴様ら人間は、神の力を借りて、この地上を我が物とした。そのツケを払う時が
来ただけの事だ。違うか?」
 クラーデスは諭す。クラーデスの言う事は間違いでは無いだろう。
「そうかもしれない。・・・だが俺達も、ただでやられるつもりは無い!」
 ジークは吼えた。吼えなければ、自分達の存在価値が否定されるような気がした
からだ。ジーク達7人は皆、同じ目をしていた。皆、同じ想いなのだろう。
「良い度胸だな。貴様達の遠吠えが、どこまで続くか楽しみにしてるぞ。」
 クラーデスは、そう言うと笑いながら空の中に消えていった。
「・・・ふう・・・。」
 ジークは、まだ冷や汗が止まらなかった。言い返すのがやっとだった。それほど
凄まじい実力を感じた。
「あれが、敵の首領の1人・・・。締めて掛からないと、いけませんね・・・。」
 トーリスも冷や汗を掻いていた。この2人だけではない。クラーデスの重厚な雰
囲気は、皆に恐怖を与えていた。ツィリルも震え上がっていた。
「センセー・・・。わたしたち・・・勝てるよね?」
 ツィリルは、消え入るような声で言う。
「ツィリル。しっかり。勝てるのではない。勝つのです。そうでなくては、私達の
未来は無いのですからね。」
 トーリスは元気付けてやる。
「みてろ!魔族達め!俺は絶対強くなってみせる!!父さんを超えてな!」
 ジークは、怒りの剣に誓うように空に向かって叫んだ。
 魔王クラーデスとの対面は、緩みがちだったジーク達の性根を、叩き直すのに、
充分な程だった。
 ジーク達は更なる強さを目指す事を誓うのだった。



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