NOVEL 3-3(Second)

ソクトア第2章3巻の3(後半)


 半端な答えでは許せない者が居た。自分の強さが、自分の主張だと信じて疑わな
い者であった。だからこそ、自分の故郷をも裏切った。故郷は平和だった。しかし、
それは、仮初めの平和だと、その者は思っていた。覇権を人間達に奪われながらも、
自分達の住処さえ、しっかりしていれば文句も言わない者達。そんな者達は、生け
る屍と同じだと思う。だからこそ、故郷に恐怖を与える事が出来た。
 その者の名は、ミライタル=ファリスと言った。妖精族の長である、エルザード
の弟である。やがて、エルザードと共に、エルフの長を補佐する立場に居るはずの
エルフだった。しかし、ミライタルは現在の髪と同じく、漆黒に心を染めた。故郷
を阿鼻叫喚の嵐に巻き込んだ。しかし、自分が間違っていたとは思わない。だから
こそ、グロバスの招集に応じて、ソクトアに再び立っている。最初に魔界に落とさ
れた時は、絶望した。如何にミライタルと言えど、慣れない世界に落ちては、戸惑
う物だ。しかも、封印を受けた時に、力を奪われた事も知ったからだ。魔に落ちた
時の力のほとんどを、失ってしまった。自分も終わりかと思った。だが、朽ち果て
るミライタルでは無かった。
 このまま朽ち果てたら、何のためにダークエルフになったのかも、分からない。
故郷を滅ぼすためだけでは無い。エルフの力の凄まじさを、世に知らしめたかった
のだ。その心故か、例え『妖魔』クラスの魔族と言えど、容赦なく闘った。そして、
本来ある能力故か、成長率は、エルフとは思えぬ速さで成長していった。やがて、
『魔貴族』と呼ばれる地位になった。力も、それなりに戻ってきた。その頃には、
魔界の掟も分かるようになってきた。それは、ミライタルが望む世界の掟だった。
その掟は『力』こそ全て、と言う唯一において、絶対の掟だった。ミライタルは、
自分の居場所を、魔界に見つけたのだ。
 そこでミライタルは、魔界の絶対の存在である、グロバスと出会った。そして、
魔界の奥深さと、素晴らしさを知った。そして即座に、忠誠を申し入れた。しかし、
その忠誠は、グロバスに対してではない。絶対の力に対してである。グロバスも、
その事は察していた。そして、ミライタルの目を見て、底知れない野望が気に入っ
たのか、このダークエルフに重要なポストを任せていた。ミライタルは、最初こそ
躓いたが、抜群の成長力で次々と、こなしていった。人選に間違いは無かった。
 そして、そのグロバスの信用を得て、今回のソクトアへの進軍にも、加える事に
したのだ。グロバスに掛かれば、ミライタルに掛かっている封印を解くのも、簡単
な事だった。ミライタルは、ソクトアへと降り立ったのだった。
(我が力も、もう戻ったな・・・。)
 グロバスは、地下の奥深くで、自分の力が完全に戻ったのを確認した。
 丁度ミライタルを召還し終えて、準備万端だと思った頃、自分の力も、このソク
トアで振るえる程にまで、戻っていた。
(しかし如何せん、時を使ってしまった物だな。)
 グロバスは、完全に戻るまでの時間が、ここまで掛かるとは、思っていなかった。
そのせいで、ソクトア各地で、人間や人間では無い者まで、力が成長しているのを
感じた。しかし、それは魔族も一緒である。魔族とて、ただ遊んでいた訳では無い。
皆、厳しい修練をこなしながらの毎日だったのだ。
(さて、そろそろ号令を出す時か・・・。)
 グロバスは、各地の報告に目を通した。人間達も、中々活発な動きをしている。
確かに、ここ最近は、人間の中にも『神化』に値しそうな人間が増えてきた。グズ
グズしてる暇は、無いのかもしれない。そんな中、残念な報せもあった。ミカルド
が、完全に魔族を裏切ったとの報告だ。
(奴には期待していたのだがな・・・。言っても始まらぬか。)
 グロバスは、そう思うと、横に居た配下に、クラーデスを呼ぶように言った。
 すると、少しした後、クラーデスとアルスォーンが、こちらにやってきた。
「俺に用があるってのは?」
 クラーデスは、不遜な態度をとっていた。グロバスは、咎めもしなかった。これ
が、クラーデスの良い所だと知っていたからだ。下手に封じてしまうと、クラーデ
スの力も、半減してしまうだろう。
「ミカルドの事は、知っているな?」
 グロバスは、単刀直入に聞いた。
「言われるまでも無いな。アンタの号令が出たら、すぐにでも探して、首を差し出
すつもりだ。」
 クラーデスは、冷酷に答える。もはや裏切り者には、情を与えない事にしている。
期待の息子だっただけに、その落胆振りも大きかったのだ。
「分かっているなら、それで良い。我が力が戻った暁に、精一杯暴れるが良い。」
 グロバスは、ニヤリと笑う。
「やはり戻ったみたいだな。ここからでも、中々の威圧感だぜ。」
 クラーデスは、少し冷や汗をかく。グロバスの力が、完全に戻ったと言う言葉に
偽りが無いからだ。離れていても、感じる威圧感。これが、グロバスの本来の力な
のか?と思ってしまう。
「父上。差し出がましい事を言うようで、申し訳ありませぬが、ミカルドめを、こ
のアルスォーンにお任せください!」
 アルスォーンは、クラーデスに申し入れる。
「ふむ・・・。まぁ悪くはないかも知れぬな。やってみよ。アルスォーン。」
 グロバスが、アルスォーンに口添えした。
「・・・久しぶりに暴れたかったがな。なら、ミカルドは、お前に任せよう。」
 クラーデスも、グロバスの口添えとあれば、従うしか無かった。
「有難き幸せ・・・。必ずや、ご期待に添いまする。」
 アルスォーンは嬉しそうに笑う。アルスォーンは、ミカルドが末弟の癖に、一番
目立っているのが、気に食わなかった。しかも、ガグルドを殺した張本人である。
アルスォーンは、ガグルドとは仲が良かっただけに、許せる物では無かった。
「クラーデス。がっかりする物では無い。お前にも、やってもらいたい事がある。」
 グロバスは、付け加える事にした。
「と言うと?」
 クラーデスは、横目でグロバスを見る。
「人間のジークと言ったか?ライルの息子とやらを、討伐して欲しい。」
 グロバスは、命令を下す。
「ミカルドが、やたらと気に入ってたアイツか・・・。悪くないな。」
 クラーデスも、ジークの事は、気になっていたのである。あの燃えるような目は、
人間にしておくには、もったいないくらいだと思っていた。
「心して行くと良い。その間、我とワイスとで、次元城を作成する。」
 グロバスは、不敵に笑う。グロバスは、いつまでも地下に潜る気は無かった。ソ
クトアの上空に聳える、次元城を作成するのが、最大の目的だった。魔界への門を
繋げるつもりだ。神の打倒に相応しい、美しい城を建てる予定だったのだ。
「グロバス様。私に手伝える事は、ありますか?」
 ミライタルが口を開いた。いつの間にか、側に居たらしい。
「ミライタルか。お前は健蔵、ルドラーと共に、いつでも攻め込めるよう、魔族達
を指揮しておくと、助かる。」
 グロバスは、抜かりが無かった。既に、健蔵やルドラーには、魔族の指揮を任せ
てあった。それに、ミライタルが加われば、統率力もアップする事だろう。
「分かりました。」
 ミライタルは、力に対しては忠実な部下である。頼もしい限りだった。
(見てろよ。神共よ。貴様らの安穏の時は、もう尽きたのだ!!)
 グロバスの野望に燃える瞳は、天まで届く勢いであった。


 ガリウロルでは、豊かな自然がある。しかし、それは決して人間達に甘くは無い。
豊かではあるが、厳しい自然が、そこにはあった。その中で神経を研ぎ澄ませば、
自然の摂理が見えてくる。普段感じない息吹、そして生命の営みが、ひしひしと伝
わるようだった。
 そんな中で、忍術の修行を行うのが、榊流であった。自然と一体となり、自然を
操り、自然に生命を預けるのが、榊流忍術の基本であった。トーリス達は、その自
然に慣れるのが、まず課題だった。龍の巣の中に居たドラムは、基本である自然と
一緒になるのは、容易い事だったが、他の4人は皆、都会っ子である。トーリスと
レルファは、自然の中でも生活してたので、まだ慣れが早かったが、ツィリルとサ
イジンは、国の首都育ちである。慣れるのが大変だった。
 ツィリルとサイジンは、自然に慣れるために座禅を組んで、雑念を捨てる修行か
ら入った。他の3人は、別メニューをこなしていた。トーリスは、より闘気を高め
るために、滝に打たれて修行をしているし、レルファは、闘気の基本すら出来てい
ないので、闘気とは、どう言う物かを教わっていた。ドラムは、基本的なポテルシ
ャンが高く、飲み込みも早かったので、早速忍術その物を教えてもらっていた。
 これでも、かなり急ぎ足で教えている。と言うのも、依頼の期限が、4ヶ月程度
だからだ。既に2週間ほど経過しているので、修行自体を、2ヶ月程度で全て終わ
らせなければ行けない。幸いにして若いので、一日経つ毎に、成長が見て取れたが、
それでも間に合うか、どうか微妙な所であった。
(忍術って、奥深いのねぇ。)
 レルファは、こんな修行をしているレイリーを、改めて凄いと思った。
「レルファ殿。理解したかな?」
 繊劉が、尋ねてくる。
「はい。闘気とは、自らを奮い立たせて立ち向かう心。その強さは、戦う意志で決
まる物ですね。」
 レルファは繰り返して見せた。
「宜しい。飲み込みが早くて、わしも助かる。」
 繊劉は、ニッコリ笑って見せた。厳しいが優しい人だ。レイリーも、尊敬してい
るに違いない。
「さ。ドラム殿!忍術の力である源(みなもと)を出してみるので御座る。」
 向こうでは、繊一郎がドラムに忍術の基本を教えていた。魔力と闘気を、ミック
スさせた源と言う力こそが、忍術に於いて最も大事な力であった。
「・・・難しいなぁ・・・。こうかな!」
 ドラムは訝しげな顔で、一生懸命になって、源を出そうとしていた。
「良い線まで行ってるで御座るよ。」
 繊一郎は、お世辞では無く言った。良いセンスをしている。
「よぉし!この調子で、頑張るよ!」
 ドラムの事を見ていると、負けられないと思った。
「その意気で御座る。」
 繊一郎は、満足げに頷く。すると、トーリスが戻ってきた。
「・・・ふう・・・。」
 トーリスは、ずぶ濡れであったが、スッキリした顔をしていた。滝に打たれて、
頭の中がスッキリしたのだろうか?
「余計な雑念が消えて、良い表情になったで御座るな。」
 繊一郎は、ニヤリと笑う。トーリスは、どうも闘気を出すことに、抵抗があるよ
うだった。その原因を探るのも良いが、雑念を捨てさせる事も、大事である。
「ある事が原因で得た力です。不本意で得た力ですが、使わないのは、もったいな
い事です。あえて禁を解く。その覚悟が、出来ました。」
 トーリスは口に出した。それを横で聞いていたツィリルは、すぐに気がついた。
(センセーは、あの時の事を・・・。)
 トーリスは、魔神レイモスと意識を融合させていた時の事を、言っていたのだ。
魔神の器として選ばれた、トーリスの隠された力、それは、他でも無い闘気の力だ
った。魔神は瘴気として利用していたが、その強さの元は闘気からだった。
「そこの二人、もっと集中するで御座る。」
 繊一郎は、ツィリルとサイジンが、座禅に集中してないのを悟った。トーリスの
事を、考えていたのだろう。二人は、すぐに集中しだした。
「なる程。何となく、おかしいと思っていたので御座る。トーリス殿ならば、間違
い無く、今以上の源を、出せると思っており申さん。」
 繊一郎は、トーリスの才能を見切っていた。この才能ならば、間違いなくレイリ
ーを、越える器であると思っていたからだ。レイリーも忍として、かなり完成され
た域に達していたが、それをも上回る才能を、感じていたのだ。
「どこかで、セーブが掛かっていたのでしょう。私は、人として、魔族に立ち向か
うため、敢えて禁を解きます。呪われた力でも、利用するつもりです。」
 トーリスのハッキリとした意志が、感じられた。この意志の力こそ、源を出す上
に於いて、最も重要な事でもあった。
「ならば、出してみるで御座る。」
 繊一郎は、黙って腕を組んでいた。詳しい事情を聞くつもりは無い。繊一郎が、
一番興味があるのは、トーリスが、どこまで強くなれるかの一点であった。
「・・・ふぉぉぉぉぉ・・・。」
 トーリスは、呼吸を整えると源を出し始めた。トーリスは、さすがと言うべきか、
源の概念を教わると、すぐに源を上手く放出する方法を見出していた。
「・・・む。」
 繊一郎の表情が、変わる。トーリスは、まだ源を出し続けている。
「・・・す、凄い・・・。」
 レルファも、知り始めたばかりだが、これほど間近に感じると、ビックリする物
がある。トーリスは、それでも、出し続けている。
「・・・私は罪背負う者だ。だが、逃げるつもりは無い!!」
 トーリスは、迷いを吹っ切るように叫ぶ。すると、爆発したかのように、源を出
す。そして、ようやく源の奔流が終わった。
「こりゃ・・・魂消たわい。」
 繊劉も、驚きを隠せなかった。トーリスの源は、想像を遥かに越えていた。
「・・・フフフ。思った通りで、安心したで御座る!!」
 繊一郎は、興奮していた。そして、繊一郎も負けじと、源を出し始める。
「ずっと迷っていたので御座る。これ以上強くなっても、相手が居ないのでは無い
かと・・・。しかし、お主が解消してくれ申した。感謝するで御座るよ!!」
 繊一郎は、トーリスと同じか、それを凌ぐ程の源を出す。
「貴方も、そこまでの力をお持ちでしたか・・・。」
 トーリスも嬉しそうだった。同じレベルの人間は、もうジーク位しか居ないと思
っていたのだ。
「お主になら、託せる。我が忍術を、受け継いで欲しいで御座る。」
 繊一郎は、決意の目をトーリスに向ける。
「・・・すぐに返事は、出来ません。レイリーが、居るはずです。」
 トーリスは、慎重な答えを出した。
「レイリーにも、託すつもりで御座る。しかし、才能ある者に、もう一人託したか
ったので御座る。完全に託すためには、同レベルの者で無いと、意味があり申さん。」
 繊一郎は、熱い目をしていた。トーリスに、それほど賭けているのだ。
「・・・出来る限りの事は、しましょう。」
 トーリスは、繊一郎の手を握る。熱い手だった。
「繊一郎が認めた者なら、仕方が無いのう。その代わり、半端な受け継ぎ方では、
許さぬぞ。覚悟する事じゃ。」
 繊劉は、付け加えた。繊劉とて、肉親であるレイリーに継いでもらいたいと思っ
ている。だが、この才能の前では、何とも言えないのであった。
「すごーい!センセー!!」
 ツィリルは叫ぶ。つい座禅を解いてしまう。
「トーリスが、羨ましいですよ。」
 サイジンも、つい祝福してしまう。トーリスの才能には、呆れるくらいだ。
「お主らは、まだ修行じゃ!サボるで無い!!」
 繊劉が一喝すると、二人は慌てて、座禅を組み直した。
「トーリスお兄ちゃん、すごぉい!僕も負けないよぉ!!」
 ドラムが、素直に感激を受けていた。
 トーリスは、どこと無く照れ臭そうにしていた。
 魔神の器に選ばれたトーリスは、やはり只者では無かったのである。


 ソクトア全体会議で、人間による協定が結ばれた後、デルルツィアの王として、
ミクガードは、大忙しの毎日だった。一度は、滅びかけただけあって、厳重な体制
の中だが、順調に復興作業は進んでいった。ルウとシンと言う、前王と前皇帝が、
一度に亡くなったのは痛い事だ。しかし自分達には、ミクガードとゼイラーと言う、
新たな王と皇帝が居る。それだけでも、人々の気持ちを癒すには十分だった。
 何せ、この王と皇帝は若い。しかも、閉鎖的だった昔を一蹴してくれるような勢
いがある。世代交代の際に、前王の閉鎖的な政治を批判してたのは、記憶に新しい
所だ。これで、魔族の襲来が無ければ、デルルツィアは、もっと栄えていたはずだ。
 しかも、王ミクガードには、美しき王妃フラルが居る。しかも、大国プサグルの
姫だったと言うのだから、驚きである。政略結婚では無く、本人達も認め合っての
結婚だと言うのも、周知の事実である。ミクガードの異母兄妹である、ケイト=ツ
ィーアは、政略結婚で貴族と結婚させられたので、尚更、幸せそうに見える。
 となると、次に話題になるのは、皇帝であるゼイラーの相手と言う事になるだろ
う。しかし、そう言う話は全く聞かない。いくら外交の仕事で大忙しとは言え、お
かしな話だ。浮いた話の一つや二つあっても、おかしくないはずである。
 ミクガードは、ゼイラーの心配が絶えなかった。激務を一人でこなすと言うのも、
体に堪える物だ。ミクガードだって、フラルが居なければ、へこたれていたかも知
れない。しかしゼイラーは、ミクガードが、それとなく結婚を勧めても、仕事が忙
しい事を理由に必ず断っていた。
(見かけによらず頑固なんだよな・・・。)
 ミクガードは、ゼイラーの頭の固さに呆れていた。しかし、次の仕事が終わった
ら、ゼイラーは、暫く休みのはずなので、その機会にも誘ってみるつもりだった。
「・・・ううーーーむ。」
 ミクガードは、王の間で唸っていた。
「気持ち悪い声を出さないでよね。」
 横でフラルが、文句を言う。
「そ、そんなに、気持ち悪かったか?」
 ミクガードは、少しショックを受けていたようだった。
「まぁた、本気にして。冗談よ。・・・それより、またゼイラーの事、考えてるの?」
 フラルは、ミクガードが、この頃、考え込むと言ったら、ゼイラーの事が多かっ
たので、悟っていた。
「アイツとは、兄弟だからな。心配なんだよ。」
 ミクガードは、腕組しながら頷く。ゼイラーとは、幼い頃からの付き合いだ。互
いに今の地位になる事を、決めていた程、固い仲だ。母親は、同じである。
「でも、ゼイラーは、まだ22歳でしょ?急がなくても、良いんじゃないの?」
 フラルは正、論を言う。確かにミクガードだって、今23歳である。急がなくて
も良い。だが、ミクガードは、どこかが気になるのだ。ゼイラーは、余り隠し事を
しないのだが、今回の件に関しては、頑なに受け流している。
「何か引っ掛かるんだよな・・・。」
 ミクガードは、考えてもしょうがないので、皇帝の間へと向かう。フラルも、付
いて行く事にした。
「おーい。ゼイラー。居るか?」
 ミクガードは、皇帝の間に着くと、ノックをした。
「開いてますよ。」
 ゼイラーの声が聞こえるのと同時に、入っていった。
「お。これはフラルさん。仲睦まじいようで幸い。」
 ゼイラーは、軽く礼をする。
「ははは。こんなんでも、頑張ってるから応援してるだけよ。」
 フラルは、ミクガードの背中をバンバン叩く。
「こんなんって・・・。」
 ミクガードは、首を下に向ける。
「何、落ち込んでるのよ。応援してるんだから、シャッキリしなさいな。」
 フラルは、格別な笑いを向ける。すると、ミクガードは親指を立てて返す。何と
も、単純な人である。
「ところで、何用です?また、相手の話ですか?」
 ゼイラーは、言わなくても分かっていた。兄弟であるこの男が、何が言いたいの
かくらい、顔を見れば検討がつく。
「正しく、その通りだ。お前さんも、真剣に考えた方が良いんじゃないの?」
 ミクガードは、真剣な顔で話す。
「そう言う話は、苦手なだけですよ。」
 ゼイラーは、クスリと笑うと窓の方を見る。
「なぁ。ゼイラー。お前、実は・・・心に決めた相手が、居るんじゃないのか?」
 ミクガードは、引っ掛かっていた。どうにも、頑な過ぎるのだ。
「・・・隠せませんね。」
 ゼイラーは、素直に答える事にした。兄弟に、いつまでも嘘をつくのも、嫌だっ
たのだろう。
「やはりな・・・。」
 ミクガードの思った通りだった。ゼイラーは、一見モテそうな外見で、軽そうに
見えるが、意外と身持ちが固いのだ。
「相手は誰か・・・言えないのか?無理に言わなくても、良いけどな。」
 ミクガードは納得していた。自分の勧め方が悪いのかと思って、心配していたか
らだ。ゼイラーが自分で決めると言うのなら、余計な世話は、しなくて良いだろう。
「・・・いずれ、分かる事です。」
 ゼイラーは、含みを持たせていた。しかし、どこか諦めの表情をしていた。
「王!皇帝!!大変です!!」
 突然、兵士が走り出して報告に来た。扉の外で大声で報告する。
「どうした!?」
 ミクガードが尋ねる。
「魔族が、攻めてまいりました!方角は南東です!!」
 兵士は、息絶え絶えになりながらも、報告をする。
「ご苦労!すぐ行く!」
 ミクガードは、自分の剣を携帯する。
「私も行くわ。」
 フラルは、毅然としていた。フラルも神聖魔法が、多少だが使える。少しでも、
夫の力になりたいと思っているのだろう。
「こんな時に・・・。ゼイラー!後をたの・・・あれ?」
 ミクガードは、辺りを見回す。既にゼイラーの姿が無かった。
「アイツ・・・。対応しに行ったのか!?無茶な!!」
 ミクガードは、ゼイラーの戦闘力は知っている。弱くは無い。しかし、魔族に立
ち向かう程、強い訳じゃない。少し名のある魔族が来たら、一溜まりも無いはずだ。
「ちぃ!!追い駆けるぞ!」
 ミクガードは、見回りの兵士に城の守りを任せると、急いで現場に向かった。
 すると、案の定ゼイラーが、遥か先を走っていた。
「ゼイラー!お前らしくも無い!冷静になれ!」
 ミクガードは叫ぶが、全く聞こえていないのか、ゼイラーは、とんでもないスピ
ードで走る。無我夢中らしい。
「・・・そう言えば、南東と言えば・・・まさかアイツ!!」
 ミクガードは、気がつく。ゼイラーが冷静じゃない理由にだ。
「誰か居るの!?」
 フラルが尋ねる。
「ああ。居る。」
 ミクガードは、気が付いてしまったのだ。ゼイラーが、必死になる相手を。そし
て、それは悲しい相手である事にだ。
 行き着く先は、デルルツィア南東の強大貴族である、イルル=ツィーアの家だっ
た。名前からも分かる通り、王家の分家でもある。そして、ミクガードの妹である
ケイトが嫁いだ先でもあった。そういえば、昔からゼイラーと仲が良かった。
「ケイト!!ケイトーーー!!」
 ゼイラーが叫ぶ。間違いなかった。ゼイラーの想い人は、他ならぬミクガードの
妹であるケイトだった。双方の血が繋がってるミクガードは、複雑な気分だった。
「嫌ぁ!来ないで!!」
 家から、誰かが飛び出してきた。ゼイラーが、忘れる事の出来ない人の姿だった。
「ケイト!!どうしました!」
 ゼイラーは、ケイトに近づく。
「ゼイラー!?来てくれたの!?・・・あの人を止めて!!」
 ケイトは、指差す方向に強烈な魔族が居た。そこは、瘴気が渦巻いていた。
「・・・何があったのです?」
 ゼイラーも、只事では無い事を悟った。
「・・・私が悪いの・・・。」
 ケイトは、目を瞑る。
「きゅおおおおおおお!!」
 家の中から、奇妙な叫び声が聞こえた。そして魔族らしき者が、出てくる。
「グッグッグ・・・。」
 魔族らしき者が、嫌らしい笑いを浮かべる。
「この家を襲ったのは、貴方ですか!!」
 ゼイラーは、剣を構える。ゼイラーとて、剣の心得はある。
「違うの・・・。あれが夫よ。」
 ケイトが呟く。ゼイラーは、夫と言う言葉に、軽いショックを受けたが、それ以
上に、目の前に居る化け物が、イルルだと思いたくなかった。イルルは、貴族のお
坊ちゃんと言う感じの、イケ好かない奴だったが、こんな化け物では無かった。
「ケェィィィィィイトォォォォォ!!!!」
 化け物が、ケイトを睨み付ける。その後、ゼイラーを睨む。
「イルル・・・なのですか?」
 ゼイラーは、化け物をイルルだと、認めたくなかった。
「ゼイラァァァァァァ!!ころぉすぅぅぅぅ!!」
 イルルは、血の涙を流しながら、ゼイラーに襲い掛かる。ゼイラーは、紙一重の
所で躱す。ケイトの前なので、動きが、いつもより鋭いのだろうか?
「ゼイラー!無理するな!!」
 後ろから、ミクガードが来ていた。
「えぇい!!」
 フラルが、邪悪を退ける神聖魔法『聖炎』を浴びせ掛ける。すると、イルルらし
き者は、目を覆って苦しむ。
「今だ!!デルルツィア剣術、『風の鎌』!!」
 ミクガードは、剣でカマイタチを作り出すと、それをイルルらしき者に、ぶつけ
る。すると、イルルの体が少し裂ける。それでも、まだゼイラーを睨み付けていた。
「ゼイラー!!何をしてる!!早く攻撃しろ!!」
 ミクガードは、動きが止まっているゼイラーに叫ぶ。
「・・・ケイト・・・。イルルに、止めを差して良いのですか?」
 ゼイラーは、ケイトに問い掛ける。
「・・・頼むわ・・・。」
 ケイトは、迷いながらも頷く。するとゼイラーは、イルルの心臓を目掛けて、剣
を突き刺す。迷いは無かった。
「ぐぁぁぁあああ!!ケイトォォォォ!!何故だ!なぁぜぇだぁぁああ!!」
 イルルは、物凄い悲鳴をあげる。魔族の体だったイルルが、恐ろしい勢いで、人
間へと戻って行く。
「・・・本当に・・・イルル・・・。」
 ゼイラーは、理解しがたかった。
「・・・ゼイラー・・・か。」
 イルルは、体がどんどん溶けていった。どうやら、体を無理し過ぎて、限界を、
とうに超えたらしい。
「ケイトは・・・俺と・・・結婚したのに・・・振り向かなかった・・・。俺が、
皇帝になれる・・・力があれば・・・。振り向くと・・・思った。」
 イルルは、苦しそうだが言わない訳には、行かなかった。
「貴様が・・・皇帝だから・・・ケイトは・・・未練があるのかと・・・思った。
俺にだって・・・なる権利は・・・あったはずだ・・・。」
 イルルは、分家である。とは言え、先代は皇帝だったのだ。その弟であるシンが、
継いで、イルルの所は、貴族になったのだ。その後イルルの家系は、成功を収め、
強大な貴族になったので、政略結婚の話が出たのだ。
「俺は・・・力をくれると言っていた・・・あのルドラーの・・・言葉を信じた。
・・・薬で・・・強くなれると・・・。」
 イルルは、その薬を飲んだ瞬間に、体が変貌して行くのを知ったのだ。その薬は、
戦乱時代にカールス=ファーンが飲んだ、人間を魔族に変える薬だった。しかし、
不完全版で、意識が保てなくなる欠点があったのだ。
「イルル・・・。私は貴方が、そのコンプレックスを捨てさえすれば・・・。」
 ケイトは、涙を流す。
「それは嘘だ!!お前は、いつもゼイラーを見ていた!ずっと持っている懐中時計
に刻まれた、ゼイラーの文字を見て、俺が、どれだけ嫉妬したと思っているんだ!」
 イルルは、怒りに任せて叫ぶ。
「・・・思い出に浸ってただけなのに・・・。」
 ケイトは、その事に心を痛めた。イルルの怒り様を、知っていたからだ。
「お前は、いつも笑いかけてくれた。でも・・・その奥に隠された、ゼイラーへの
想いが、いつも付き纏っていた!!お前が、俺に心を置かないのに、お前と一緒に
生きられると、思っているのか!?抱けるとでも、思ったのか!?」
 イルルは、そう言うと、足が、既に溶けて無くなっているのに、気が付いた。
「イルル・・・。ごめんなさい・・・。でも貴方の事、愛せなかった訳じゃない!」
 ケイトは叫ぶ。一時でも結婚したのだ。ケイトはイルルを愛そうと努力していた。
「お前は、何も分かっていない・・・。俺は、そんな偽りの愛が欲しい訳じゃない。
心からの笑顔が、欲しかったのだ・・・。」
 イルルは、もう苦しそうだった。
「ゼイラー・・・。俺が望む訳じゃない。だが・・・ケイトに、本当の笑顔を与え
てやれ・・・。俺では、無理だった・・・。」
 イルルは、ゼイラーを睨む。本当は認めたくない。だが、ケイトが、幸せになっ
て欲しいと思っているのだ。
「約束しましょう・・・。」
 ゼイラーは、目を瞑る。
「ケイト・・・。幸せにならなければ、俺が恨むと思え・・・。ああ・・・。貴様
が、羨ましい・・・。」
 イルルは、ゼイラーを睨んだが、その顔は笑っていた。もう最後の時だと、悟っ
ているのだった。
「俺は・・・ケイト・・・お前の・・・笑顔だ・・・け・・・が・・・。」
 イルルが、そこまで言うと、もう首が溶け始めていた。そして、少し疲れたよう
な表情で、イルルは溶けてなくなった。
 壮絶な最後だった。ケイトは、声を殺して泣いている。ゼイラーは、ずっと目を
瞑っていた。こんな形のまま、ケイトを幸せにするなんて、出来ないと思っている
のだろう。イルルの家の残骸を、集め始める。
「ゼイラー・・・。」
 ミクガードは、ゼイラーの胸中を察すると、それを手伝う。集めて、墓にするつ
もりだった。イルルの想いを忘れずに、ケイトが、心からの笑顔を出せるように、
しなければ、イルルは無駄死にに、なってしまう。
 この出来事は、デルルツィアの歴史に、残らなくなるだろうと思った。イルルが、
後世に語り継がれるのを、嫌がったと判断したためだ。しかし、ゼイラーとケイト
の中では、消す事の出来ない過去になる事は、間違いなかった。
 ミクガードの異母兄妹と異父兄弟は、互いに擦れ違いだったが、想いを新たにす
るのだった。



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