NOVEL 3-4(First)

ソクトア第2章3巻の4(前半)


 4、才能
 デルルツィアでは、悲しみの時を迎えていた。長く続いた王家の分家、ツィーア
の家が、突如として、魔族に滅ぼされたとの事だった。その主であるイルルは、勇
敢に戦って死んだと言う事になっている。しかも、ケイトとは、既に離婚しており、
離婚した理由は、ケイトは、皇帝の妃として相応しいと、認めたからだと言う事に
した。ミクガードが、手を回したのである。
 この案に、ゼイラーもケイトも反対だった。嘘をつくのは、好きでは無いからだ。
フラルも反対していたが、ミクガードは、やらなければならないと、押し通したの
だ。反対していた3人も、何故ミクガードが、こうしなければならなかったのか、
理由は分かっているので、攻めはしなかった。事実のまま話したのでは、信用を取
り戻しつつある国民の信頼が、薄れる恐れがあったからだ。そして、こう言う形に
しなければ、公にゼイラーとケイトが、結ばれる事が無いからだ。ミクガードだっ
て、国民に話したい。しかし、そう言う訳にも行かず、苦渋の決断だったのだ。
 もちろん、事実を知っている関係者も居る。アレだけ騒ぎが起きたのだ。当たり
前の事である。なので、知っている者には、全員国家命令で、口止めしてある。全
てを伝えての口止めである。それでも、互いに監視するようにしてある。離婚届も
ちゃんと作成してある。悪いとは思ったが、イルルの拇印を借りて、正式な物とし
て、離婚届受理も済ませてある。
 だが、ミクガードの心は、晴れなかった。国民に対して、自分が、初めて嘘をつ
かなければ、ならないからだ。誰よりも、ミクガードが、その事実を恨んだ。だが、
妹のため、弟のために、耐えるしか無かった。
「浮かない顔ね。」
 フラルが、ミクガードの近くに寄る。
「フラル。」
 ミクガードは、明らかに疲れが出始めていた。心労で、疲れが表面に出ているの
だ。相当、悩んでいるらしい。
「国民に、嘘を説明するってのが、こんなにきついとは、思わなかったよ。」
 ミクガードは、自虐的に笑う。
「そんな事で、どうするのよ。」
 フラルが、ミクガードの肩を叩く。
「もう覚悟を決めなさい。今は、これが真実なのよ。貴方が信じなくてどうするの?」
 フラルは、覚悟を決めていた。ミクガードが、2人のために嘘をつくのなら、自
分も、その罪を背負おうとしていた。
「フラル・・・。お前は強い。俺も負けてられぬな。」
 ミクガードは、笑って見せた。フラルが居なければ、やはり自分は、潰れていた
だろうと思う。この愛する伴侶がくれる力は、とても大きい。
「何より、あの2人に、疲労を見せる訳には、行かないしな。」
 ミクガードは、元気を見せる。ゼイラーとケイトも、ミクガードが、どれだけ悩
んでるか知っている。しかし、2人に幸せになって欲しいと願うミクガードは、元
気なように振舞っているのだ。
「王・・・。」
 突如として、背後に気配が現れた。
「・・・影か。どうした?」
 ミクガードが、調査のために行かせた密偵であった。ワイス遺跡を、調べ回って
いたのだ。
「イルル殿を惑わせたのは、やはり、あのルドラーに御座います。」
 影は答える。ルドラー・・・。その名を、ミクガードは忘れる事が出来ない。父
と義弟の父を殺し、この国を、一旦、絶望まで追い込んだ男。そして、今回の魔族
復活に際し、最も重要な役割を果たした、許されざる男であった。
「またしても、あの男か・・・。ご苦労だった。」
 ミクガードが答えると、影はすぐに、この場を離れる。
「何かあったの?」
 フラルは、影の存在を知っていたが、実際に聞くのは、初めてだった。
「イルルが飲んだと言う薬をくれたルドラーは、この国を滅ぼしかけた、あのルド
ラーと同一人物だと言う事だ・・・。」
 ミクガードは、憎々しげに答える。この国を、直接滅ぼしかけていると言うのに、
また苦しみを背負わせようと、言うのだろうか?憎むべき男である。
「最低な男ね。・・・でも・・・。どこかで聞いた事、あるのよね。」
 フラルは、思い出そうとしていた。ルドラーと言う名前を、聞いた時から、引っ
掛かっていた。余り良い意味では無い事は、確かだ。
「・・・思い出した!父さんが言っていたわ!戦乱時代の、カールスに付いていた
奴よ。間違いないわ。」
 フラルは、ヒルトが言っていた事を思い出す。
「カールス!そうか。黒竜王の時の戦乱を、引き起こした男か!」
 ミクガードも聞いた事があった。ルクトリアとプサグルを、手玉にとって戦乱を
引き起こした、カールス=ファーン。彼は、プライドの塊だった。ルクトリアで、
騎士団長を勤めていたのだが、一介の騎士団長では、満足出来なかったのだ。プサ
グルに、武器の使用を促して、模擬合戦を本当の殺し合いにしたのである。ルクト
リアとプサグルは、武器の使用を厳禁にしていたと言うのにだ。協定で、決めてい
たのに、一方的に破棄したプサグルの責任は重い。その案を勧めたのが、カールス
だった。そのカールスのお付きだったのが、ルドラーである。
 ルドラーは、プサグル側の騎士隊長だった。カールスと同じく、不満を持ってい
た。この男は、自らの野心のために黒竜王側についたのだ。その時に、黒竜王から
渡された薬が、魔族に変身出来る薬である。しかし、これは失敗作だった。黒竜王
であるリチャード=サンは、力を溜めるために散々、利用してきたカールスとルド
ラーを、切り捨てるために、この薬を渡したのだった。
 カールスの、その様子を見て、ルドラーは飲むのを止めたのである。そして、保
身を図るために、誰にも見つからずに逃げ出したのだ。そのルドラーが、また表舞
台に出てきたのだ。
「父さんは言ってたわ。残忍さでは、カールスよりもルドラーの方が上だと・・・。」
 ヒルトは、ルドラーの残忍さを知っている。部下を平気で犠牲にしたり、自らが
助かるためなら、何でもする男。常に何かを利用して、力を付けて来た男だと。
「そんな奴が、この国を襲ったってのか・・・。くそ!!」
 ミクガードは、悔しがる。
「みてろよ・・・。俺は、必ず親父の仇を、取ってみせる!」
 ミクガードは、父親のルウの死体を見た時から決めていた。惨い仕打ちをした、
ルドラーは、必ず自分の手で討ち取って見せると言う事をだ。王としての激務をこ
なしながら、毎日の訓練を欠かさないのも、そのせいだ。
 すると、扉をノックする音が聞こえた。
「ミクガード。入りますよ。」
 ゼイラーの声だった。
「おう。開いてるぜ。」
 ミクガードは、ゼイラーを通す。
「ケイトは、どうだ?」
 ミクガードは、ケイトの事が心配だった。あんな事があった後である。妹の心配
をしたくもなる。
「今は、眠ってます。心の傷が癒えるまでは、まだ掛かりそうですね。」
 ゼイラーは、目を瞑りながら答える。
「そうか。頼むぜ。」
 ミクガードは、ゼイラーの肩を叩く。ケイトの心の傷を癒せるのは、ゼイラーだ
けである。恐らく自分は、そこまでは出来ない。
「分かっています。それに、ケイトを幸せにしなきゃ、私は、イルルから呪われて
しまいますよ。」
 ゼイラーは苦笑する。心に、余裕が出来て来ているのだろう。
「フッ。その余裕があれば、大丈夫そうだな。」
 ミクガードは、安心した。
「それよりも、ミクガード。貴方こそ、私のために国民への説明・・・。辛いでし
ょう。済まない・・・。」
 ゼイラーは、ミクガードの苦悩を見抜いていた。
「野暮な事を言うな。国民には、悪いとは思う。だが、いつか・・・分かってくれ
るさ。正直なだけで、この仕事は出来んさ。」
 ミクガードは笑ってみせる。ゼイラーは、その笑顔が嬉しかった。
「ゼイラー。この国は、絶対に守り抜こう・・・。」
 ミクガードは、外を見つめながら言う。
「ええ。そのために、私達は生き残らなくては、なりません。只では死ねませんよ?」
 ゼイラーは、生き延びる事が最重要だと思っている。
「そーよ?死んだら私が、只じゃおかないわよ?」
 フラルも悪戯っぽく合わせる。
「分かってる。・・・魔族になんか、負けてたまるかよ!」
 ミクガードは叫ぶ。心無しか、少しスッキリした。
 その瞬間、上空で気配がした。
「聞き捨てなりませんな。」
 上空から声がする。この感じは、魔族だ。ミクガードは剣に手が掛かる。
「・・・魔族か!!」
 ミクガードが警戒する。
「いかにも。私の名はアルスォーン。魔王クラーデスの実子です。お見知り置きを。」
 魔族は、名前を名乗る。
「この国を潰そうと言う気か?」
 ミクガードは、アルスォーンを睨み付ける。
「本来ならば、それが魔族の務めなのですがね。私は急ぎの用があるのですよ。」
 アルスォーンは、軽く受け流す。
「ただ、人間の鳴き声がしたので、つい口を出したくなったまでです。」
 アルスォーンは、そう言うと高らかに笑い出す。
「ふざけないでよ!何が鳴き声よ!」
 フラルが反論する。
「フッ。気の強いお嬢さんだ。まぁ、心配せずとも、私の用事が終わり次第、ここ
に、また来よう。その時まで楽しみに待っていると良い。」
 アルスォーンは、余裕の笑みを浮かべると、飛び去ろうとしていた。
「ふざけるな!!」
 ミクガードが上空に向かって剣を振る。その時の鋭い刃が、アルスォーンを襲う。
それを、アルスォーンは、手で受け止めると握り潰した。
「中々の力をお持ちのようだ。楽しめそうで何よりですよ。それでは・・・。」
 アルスォーンは、残酷な笑みを浮かべると、そのまま上空の彼方に消えていった。
「・・・あれが魔族・・・。」
 ゼイラーも、緊張の色を隠せない。
「このままじゃ済まさない・・・。絶対、強くなってやる!!」
 ミクガードは、この国を守りきる事を、固く心に誓った。


 ストリウスの街は、かつてギルドが牛耳っていた事がある。3つのギルドが覇権
を懸けて、争い互いに牽制し合っていた。しかし、それも今は昔の話。今はギルド
同士が助け合い、自警団のように働いている。それが自分達の役目であり、街の人
のためになるのだ。その使命感に目覚めたのだろう。それも、魔族が台頭を表して
きた事にある。人間同士で争っていたら、それこそ魔族に対抗出来ないのだ。
 とは言え、襲撃を受けたと言うのは、主な国であるルクトリア、プサグル、デル
ルツィアの3国で、他の国はバルゼが少々と、パーズに動きがあるくらいで、スト
リウスには、中々魔族は来なかった。魔族の方でも、ストリウスは何気に実力者揃
いなので、避けている節がある。
 ストリウスの人々は、ギルドの自警団に感謝し、無事を祈るようになってきた。
かつての権力争いの象徴だったギルドは、もう無い。これこそ、ギルドの創始者の
望みだったであろう。そして、その背景には、ギルド『望』の活躍が見え隠れする。
何せ、英雄の息子が居るのだ。人々は安心して、見ていられた。
 しかし、当の本人は悩んでいた。2人の人から慕われていて、どちらかを選ぶか
迷っていたのだ。英雄の息子と言えど、人間だと言う事だ。
 そんな中でも、厳しい特訓は欠かさない。それこそが、『望』が、頭角を現して
きた理由であり、英雄の息子たる所以なのだろう。
 今日も、厳しい特訓を続けていた。ジーク一人と、ミリィ、ルイ、ゲラムの合同
班で、良く手合わせしている。この頃は、相手をしている3人も、メキメキと実力
を付けて来て、ジークは、本気になっても、五分五分くらいになってきた。
「くっ!!」
 ジークは、苦戦している。ミリィの攻撃は、正確さを増し、鋭くなってきている。
ルイの攻撃は、踊りを意識したかのように、躱しながら、攻撃するタイミングが、
段々様になってきている。そして、ゲラムは弓の攻撃が、百発百中になってき来て
いる上に、近くに入った時の、攻撃スピードは、目を見張る物がある。
(強くなった物だ・・・。油断出来ねぇな。)
 ジークは、それでも木刀一本で相手している。やはり、群を抜いて強いのは、間
違いないようである。
「そこよ!」
 ルイが、攻撃を受け流すと同時に、ジークの背中を狙う。
「ちぃ!!」
 ジークは、このままでは避けられないと知るや、そのまま前転して躱す。
「ハイィ!」
 ミリィが、間髪居れずに棍を振り下ろしてくる。ジークは、木刀で弾き返す。
「どりゃぁ!!」
 ゲラムが、気合一閃でジークの胴を薙ぐ。ジークに綺麗に入った。ジークは、胴
を押さえると、手の平を見せる。
「降参だ!」
 ジークは、さすがに木刀を手放されたので、降参する。
「よぉし!今日も、ジーク兄ちゃんから一本取ったぞ!」
 ゲラムは喜ぶ。この頃、一日に一回は、取られている。
「油断大敵ネ。ジーク。」
 ミリィも、ニッコリ笑う。3人の連係も、かなり取れるようになってきた。
「ほっほっほ!私の力を持ってすれば、当然よね。」
 ルイも高らかに笑っている。確かにルイも、この頃、目覚しい成長をしている。
「くっそぉ。やるなぁ。」
 ジークは、笑ってみせる。3人の成長が、正直に嬉しかったのだ。
「うむ。しかしジークも、3人を相手しながら良くやってる。」
 サルトラリアが、ウンウン頷きながら満足そうに見ていた。
「サルトラリアさんも、門下生とやってるじゃないですか。」
 ジークは、サルトラリアを見る。
「ふっ。そこの3人とは、訳が違うさ。俺には相手出来んな。」
 サルトラリアは、素直にジークの力を認める。そして、3人の力もだ。下手する
と、サルトラリアよりも、この3人は強いかも知れないくらいだ。
「後は、魔族が来た時に、どう対処出来るかだな。」
 サルトラリアは、油断していない。目立った活動こそしてないが、魔族が居る事
には変わりないのだ。油断は、出来ない。
「・・・?外が騒がしくないですか?」
 ジークが気付く。外から、悲鳴が聞こえる。
「行こう!」
 ジークは、皆に合図をすると外に出る。今の悲鳴は、只事ではない。
 外に出た瞬間だった。今まで感じた事の無い、瘴気を感じた。
(な、何だ!?このとてつもない瘴気は!!)
 ジークは、唖然とした。この世の物とは思えない程の瘴気だった。彼の不完全で
はあったが、魔神レイモスの時と比べても、遥かに強力だった。間違いなく、上級
魔族だろう。
「な、何これ!?」
 ルイは、さすがに、うろたえ始めた。ルイは、上級魔族とは会った事が無いのだ。
無理も無い話だ。
「何か・・・来るネ!」
 ミリィは、棍を構える。さすがに経験者は、違うようだ。
「あそこだ!!」
 ゲラムが、指を差す。すると、旋風を巻き起こしながら、何者かが、姿を現す。
「・・・これ程とは・・・。」
 サルトラリアは、ショックを受けていた。それほど圧倒的な瘴気だった。何せ、
瘴気が強すぎるので、暗黒色となって目に見えるくらいの濃い瘴気だ。並の上級魔
族では無い。しかし、ジークは、どこかで感じた事があった瘴気だった。
「・・・フフフ。元気にしているようだな。」
 魔族が口を開く。この声は、聞いた事があった。間違いなかった。
「クラーデス・・・だな?」
 ジークは、気が付いた。昔にミカルドと一緒に、目にした事がある。容貌や雰囲
気は、ミカルドに似ているが、威圧感は比べ物にならなかった。
「覚えていたか。思い出すぞ。初めて会った時の事をな。」
 クラーデスは、楽しんでいた。あの笑みは、心から殺戮を楽しむ目だ。
「後で聞いたのだが、貴様は、レイモスを倒したらしいな。不完全だったとは言え、
そんな真似が出来るとは、大した物だ。」
 クラーデスは、レイモスの事を、グロバスから聞いていた時から、ジークに益々
興味を持ち始めたのだった。
「その力を、この俺にも見せてもらおうか?」
 クラーデスは、更に強力な瘴気を出して挑発する。
「場所を変えさせてもらえば、見せよう・・・。」
 ジークは、クラーデスの力が分かっている。このまま、ここで闘えば、間違いな
く、ストリウスに甚大な被害が出るに違いない。
「殊勝な事だな。良かろう。俺が興味あるのは、貴様の力だけだ。」
 クラーデスは、地上に降り立つ。
「おのれ魔族め!今度は、ストリウスに来るとは、良い度胸だ!」
 ギルドメンバーが、剣を抜く。
「や、止めろ!!」
 ジークは、制止しようとするが遅かった。クラーデスに対して剣を振り翳した。
 ジュッ!!
 何かが焼ける音がした。一瞬、何が起きたか、分からなかった。しかし、既に襲
い掛かったギルドメンバーは、跡形も無く消えていた。
「・・・くっ・・・。」
 ジークは拳を握る。ギルドメンバーは、一瞬にして焦げて無くなってしまった。
「う、嘘・・・。」
 ルイは、初めて恐怖と言う物を知った。目の前の惨劇が、恐怖その物だった。さ
っきまで居たのに、無くなるなんて、信じられる出来事では無い。
「死にたければ、いつでも掛かって来るんだな。その方が、俺も燃える。」
 クラーデスは、満足そうに笑う。残忍な魔族である。さすがに、もう誰も襲い掛
かったりしなかった。ここに居るのは、恐怖の体現者だ。触れれば全てが終わる。
「俺が、震えているなんて・・・信じられん・・・。」
 サルトラリアも、仇を討ちたいと思ったが、体が自由に効かなかった。
「早く案内しろ。俺は、ここでも構わんが?」
 クラーデスは、わざと急かす。
「・・・こっちだ。」
 ジークは、ストリウスの街の外の方に向かう。ストリウスの街の門から、森の道
に出るまでに、かなりのスペースがある。そこに連れて行くつもりなのだろう。そ
こなら、心置きなく闘える。
(闘いになれば、良いがな・・・。)
 ジークは、唯一震えていなかった。自分でも、驚くくらい冷静だった。冷汗は、
出ていたが、覚悟は出来ていた。背中にある怒りの剣も、自然と、強敵の到来を感
じたのか、闘気を放ち始めた。
「ジーク・・・。勝てるのカ?」
 ミリィは、耳打ちするように尋ねる。
「正直きついだろう。だが・・・負けられないさ。アイツは、俺を倒したら、間違
いなく、この街を滅ぼす。アイツにとって、この街は、何の価値も無いんだからな。」
 ジークは、冷静に話す。しかし、全くもって、その通りだった。クラーデスに掛
かれば、半日掛からず、ストリウスは滅びるだろう。
「死んだら恨むヨ。」
 ミリィは、ギュっと手を握ってくる。
「分かってる。」
 ジークは、真面目な顔になる。段々、対決の時が近づいているのが分かる。
「私達も・・・たたか・・・。」
 ルイは、言いかけて、黙ってしまった。ジークが、眼で訴えたからだ。
「分かっているだろう?アイツの強さが・・・。だから手を出さないでくれ。頼む。」
 ジークは、ルイの言葉に感謝しながらも、制止した。
「ジーク兄ちゃん。これを使って。」
 ゲラムは、何かを渡してきた。どうやら小瓶のようだ。
「これは?」
「フジーヤおじさんからもらった、回復薬だよ。傷までは治せないけど、体力は、
かなり回復するって言ってた。」
 ゲラムは、フジーヤから渡されていたのを思い出す。フジーヤは、器用なゲラム
に贈り物をしたのだ。ゲラムは、ここぞと言う時に使おうと思っていたが、ジーク
に、あげたのだった。
「良いのか?」
 ジークはゲラムを見る。ゲラムだって、大切にしてただろう。
「フジーヤおじさんだって、こうしたと思う。だから、勝たなきゃ怒るよ。」
 ゲラムは、少し震えながら言う。やはり怖いのだろう。
「全く、皆して、きつい事言うなぁ・・・。負けられないじゃないか。」
 ジークは、そう言うと、皆に笑顔を返す。こういう時に笑えるのだから、やはり
英雄の息子なのだろう。皆が安心する事が出来る。
 そして街の外に着いた。
「・・・ほぉ。中々良い所が、あるじゃないか。」
 クラーデスは、ここなら邪魔が来ても、すぐ分かると思っていた。
「気に入ったのなら、ここでやろう。」
 ジークは、覚悟を決めていた。
「自信ありか?楽しませてくれるな。」
 クラーデスは、強気な奴は嫌いじゃなかった。
「一つ約束しろ。俺を倒したら、このまま去れ。目的は、この俺だけだろう?」
 ジークは、もし倒れた時の事を考えていた。
「残念だな。俺は、命令されるのは嫌いでな。お前の危機感を強めるためにも、そ
の約束は、出来んな。」
 クラーデスは、ニヤリと笑う。
「そうか・・・。なら、余計負ける訳には、行かないな・・・。」
 ジークは、闘気を高めていく。
「フッフッフ。粋がるね。人間も、良い感じになって来たじゃないか!!」
 クラーデスも、瘴気を高める。いよいよ対決なのだろう。
「さすがは、英雄の息子と呼ぶべきか?」
 クラーデスは、ライルの事を引き合いに出した。
「俺は、別に使命感が、ある訳じゃない。・・・だがな。この街は、気に入ってる
んだ。勝手に荒らしていく奴は、絶対に許さない!!」
 ジークは、意を決すると、怒りの剣を引き抜く。すると、怒りの剣は、刀身が闘
気で輝いていた。ジークの闘気に、呼応しているのである。もちろん、ジークの闘
気だけではない。怒りにも、同調して力と化しているのだ。
「ほぉ・・・。気を引き締めて、掛からなきゃならんな。」
 クラーデスの表情が、変わった。余裕タップリだったが、本気になったようだ。
「はぁぁぁ!!」
 ジークは、怒りの剣を攻めの型で構える。凄まじい程の闘気だ。ジークが、最初
から、怒りの剣を使うなんて、初めての事だ。
「おもしれぇよ。お前・・・。殺し甲斐があるぜぇ!!」
 クラーデスは、そう言うと拳に瘴気を溜めて、それを撃ち出す。
「どぉりゃあ!!」
 ジークは、それを怒りの剣で横斬りしながら、弾き返す。
「ぬっ・・・。」
 クラーデスは、自分の瘴気を受け止める。そして握りつぶす。
「オォォォォ!!」
 ジークが、咆哮を上げながら、怒りの剣と共に突っ込んでいく。
「むっ!!」
 クラーデスは、怒りの剣を瘴気で受け止める。しかし、ジークは休まずに怒りの
剣を振り続ける。クラーデスは、その余りの勢いに、防戦一方になる。
「舐めるなぁ!!」
 クラーデスは、怒りの剣を掴むと放り投げる。ジークも一緒に吹き飛ばされるが、
ジークは、ちゃんと着地する。そこにクラーデスは、間髪居れずに瘴気の塊を無数
に飛ばす。仕返しと言った所だろう。
「くぅぅぅぅ!」
 ジークは、瘴気を怒りの剣で、ある程度受け止める。そして残りは、天性の勘で
避けていた。これも、特訓のおかげだろう。3人の凄まじい特訓のおかげで、多方
向の攻撃にも、対応出来ていた。
「・・・凄い・・・。」
 ルイは、呆然としていた。恐怖の対象のクラーデスに、ジークは、ここまで互角
に渡り合っている。こんな凄い奴と、いつも特訓してたとは思わなかった。
「ジーク!頑張っテ!!」
 ミリィは、あらん限りの声を出す。声援で、勝敗が決まるなら、いくらでも送り
たい気分だ。互角に闘ってるとは言え、安心出来ない。
「ハァァァ!!」
 ジークは、汗ビッショリになりながら、クラーデスの攻撃を全て凌いで見せた。
「・・・やるじゃねぇかよ。」
 クラーデスも、ここまで強いとは思っていなかったのだろう。驚きの声を上げる。
「だが、コイツで、終わりにしてやるよ・・・。」
 クラーデスは、両手に瘴気を集め始める。どうやら、細かくでは無く、一気に行
くつもりだ。ジークは、剣で五芒星を描き始める。
「ふはははは!死ねぇ!!」
 クラーデスは、両手を突き出すようにして、ジークに向かって巨大な瘴気の球を
投げる。それに対して、ジークは、五芒星を完成させると気合を注入する。
「不動真剣術!!奥義!「光砕陣」!!」
 ジークは、五芒星で力を高めた闘気を、一気に噴出する。不動真剣術の奥義の一
つであった。威力も、かなり期待出来る。
「俺の瘴弾(しょうだん)に、対抗するつもりか?馬鹿め!」
 クラーデスは、高らかに笑う。余程、自信があるのだろう。
「ぬぬぬぬぬぬ!!!」
 ジークは、押され気味の光砕陣を押し返そうとする。怒りの剣も、それに呼応す
るように光り始める。
「馬鹿な・・・押され始めているだと!?」
 クラーデスは、驚いた。自分の瘴弾が、押され始めているのだ。
「人間を舐めるな!!!」
 ジークは、そう言うと光砕陣と共にクラーデスに弾き返した。
「ちぃぃぃ!」
 クラーデスは、両手を重ねると、その塊を押さえる。初めて完全な防御に回った。
 その瞬間、塊は爆発を起こした。
「・・・ふぅぅ・・・。」
 ジークは、既に膝を落としていた。今ので、かなりの力を使っていた。
「すげぇ!勝った!?」
 ギルドメンバーが叫ぶ。かなりの爆発だったので、無事では無いだろう。
 だが、その瞬間、戦慄する事になる。砂塵の中からクラーデスが姿を現したのだ。
「・・・おのれ。人間め!!この俺を、本気で怒らせたな!!」
 クラーデスは、怒りで我を忘れていた。人間に傷を付けられたのだ。魔族として
最大級の屈辱である。
「化け物が!!」
 ジークは、さすがに参った。今ので、かなりの体力を使ってしまったからだ。
 しかし、その時に思い出した。ゲラムから貰った薬だ。今こそ使う時だ。ジーク
は、小瓶を取り出すとそれを口に含む。すると、驚いた事に、今までの疲れが嘘の
ように吹っ飛んでいく。
「フン。小賢しい物を用意していたようだな。」
 クラーデスは、ジークの体力回復を知る。
「だが・・・貴様に、引導を渡す時が来たようだ。」
 クラーデスは、腕輪を取り出す。そして、自分の腕に填めた。
「・・・何だ!?」
 ジークが、驚く。クラーデスが、指輪をした瞬間、クラーデスの瘴気が、膨れ上
がったからだ。
(こんな奥の手を、隠していやがったのか・・・。)
 さすがのジークも、頭を抱える。
「容赦はせん。苦しませられ無いのは、残念だがな。」
 クラーデスは、その膨れ上がった瘴気を指に収束して放つ。すると、細い線とな
って、打ち出される。ジークは、それを勘で避けた。しかし、地面に穴が開いた。
凄い威力である。これが当たったら、一溜まりも無いだろう。
「いつまで避けられるかな?」
 クラーデスは、何本も連続して放つ。
「くっ!!」
 ジークは、一本に足を取られる。その隙を逃さず、クラーデスは線を放った。
 ドンッ!ザンッ!!
 その瞬間ジークは、死を覚悟したが、何故か痛みは無かった。無いはずである。
目の前の現実が、それを物語っていた。
「ほぉ・・・。殊勝な奴も、居た物だな。」
 クラーデスは、感心する。
「あ・・・あ・・・ミリィ!!ミリィィィィィ!!!」
 ジークは叫ぶ。何と、ミリィがジークを押しのけて、自分が線に貫かれたのだ。
幸い肩だったが、貫かれた後遺症か、全く動かなかった。しかも、血が止まらない
みたいである。
「勇気と無謀と言う言葉は、違うんだがな。クックック。」
 クラーデスは、低く笑う。
 プチッ。
 その瞬間、ジークは目が充血する。血管が切れたようだ。
「クラーーーーーデスゥゥゥゥゥ!!!!貴様ぁ!!!」
 ジークの髪の毛が、怒りで逆立ってきた。闘気が蘇ったようだ。しかも、さっき
までより、圧倒的な闘気だった。
「フッ。怒るか?安心しろ。すぐに皆、幽体となる。」
 クラーデスは、線を出す。
 バシィッ!!
「な、何だと!?」
 クラーデスは、ビックリする。ジークは、クラーデスの塊の線を、怒りの剣で消
してしまう。凄まじい速さなのだが、ジークは見切っていた。
「ぬぅぅぅ!!どこまでも生意気な人間め!!」
 クラーデスは、自分の瘴気を最大まで高める。
「クラーデス・・・。消えろぉ!!!!」
 ジークは、怒りの剣に自分の闘気の全てを乗せると、瞬間的に消えた。
 ザシュゥゥ・・・。
「グァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 クラーデスが、凄まじい吼え声を出す。ジークは、いつの間にか、後ろに居た。
そして、クラーデスにすら見切れないスピードで、胸元を斬ったのだった。
「ウゥルゥゥゥォオオオオオ!!!」
 クラーデスは、狂ったように吼えると、手の瘴気をジークに投げつける。最後の
力だった。しかし、ジークも、さっきので力を使い果たしたのか、動かなかった。
「ヒィィィィヒッヒッヒ!!!」
 クラーデスは笑い出した。思わぬ傷を負ったが、これで殺せる。
 ジュゥゥ・・・。
「ぬぅああぁ!?」
 クラーデスは驚く。突然、瘴気が消えたのだ。
「間に合ったみたいだな。」
 聞き慣れた声が、聞こえた。ジークは安心する。
「まったく・・・派手に、やった物だな。」
 聞き慣れた2人の声。それは、ジュダと赤毘車だった。
「ぬぅぅぅぅ!!神かぁぁ!!邪魔するなぁ!!」
 クラーデスは、眼をギラギラさせる。
「フン。狂犬が!!ジークに手を出した事を、後悔させてやる。」
 ジュダは、神気を高め始める。凄まじい程の神気だった。絶好調時のクラーデス
すら及ばない程だった。ジュダの、怒りが伝わってくるようだった。
「ウァァァァ!」
 クラーデスは、恐怖に怯えた。死を覚悟する瞬間だった。その瞬間、クラーデス
は、消えた。どこからか、瘴気がクラーデスを包み込んで、ワープさせたらしい。
「・・・ちっ。グロバスだな・・・。」
 ジュダは、舌打ちする。こんな真似が出来るのは、グロバスしか居ない。
「ジーク。大丈夫か?遅れて済まん。」
 ジュダは、ジークの方に駆け寄る。
「俺は、大丈夫です・・・。それよりミリィを!」
 ジークは、ミリィを指差す。ミリィは、まだ動かなかった。
「・・・む・・・。瘴気で貫かれたか・・・。厄介だな。」
 赤毘車が、顔を顰める。ミリィの傷自体は、治せるが、中に入った瘴気を抜くの
は、骨が要る作業だ。
「ジュダさん!僕が、ジーク兄ちゃんを連れてく!ミリィさんを治して!!」
 ゲラムは、居ても立っても、居られなくなり、ジークを休ませるために動く。さ
すが魔族との対決経験者だけあって、行動が早い。
「・・・敵わないわ・・・。」
 ルイは、自分の不甲斐無さを恨んだ。
 クラーデスの猛攻を凌ぐ人間が、存在した!その報せは、魔族を驚嘆させる物で
あり、魔族の中に、ライルより脅威と位置付ける、ジークの存在が認められる事に
なる。最も脅威たる人間。ジークの名は、一気に知れ渡るのである。



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