NOVEL 3-5(Second)

ソクトア第2章3巻の5(後半)


 ストリウスでは、厳しい特訓が、再開されていた。ジークも完治し、ミリィも動
いても大丈夫な程、回復した。皆も落ち込んでばかりいられない。少しでも、ジー
クに追いつこうと必死だった。ただ、魔族にやられるなど真っ平なのである。
 それに、何よりも神であるジュダと赤毘車が居る。十分過ぎる程の、修行が出来
る。こんな環境の中で修行をしないのは、寧ろ勿体無いと言える。
 ジークは、日に日に強くなって行くのが、自分でも分かった。何よりも、魔王ク
ラーデスを退かせる事が出来たと言うのは大きい。しかし、ジークは、それで満足
していなかった。結局、あの勝負はクラーデスの勝ちだっただろう。ジュダが来な
ければ、今頃、死んでいたに違いない。
(次は、文句の出ない勝ち方をするんだ!)
 ジークは、その想いでいっぱいだった。それにクラーデスは、あの時油断してい
た。そんなクラーデスに、事実上負けたのだ。まだまだ強くならねばならない。
 赤毘車は、相変わらず凄まじい強さであった。まだジークは、3回に1回しか勝
ちが取れない。しかも、赤毘車は、こちらに合わせながらやってくれているのにだ。
 そして、ジュダからは魔法の基礎も教わっていた。やはり魔法は、少しでも使え
た方が便利だと言う結論に達したのだ。『望』の者達も、揃って参加していた。
(良い感じだ。だが・・・アイツが居ないな。)
 ジュダは、気になっていた。まだ帰って来ない奴が居た。そろそろ、帰って来て
も良い頃だ。それは、鳳凰神ネイガだった。
(余程、気になったのか?それにしても遅いな。)
 ジュダは、あのネイガの戦力は貴重だと思っている。自分に迫る勢いの神である
事も承知していた。
 そんな折であった。突然、邪悪な波動を感じた。
「な!?」
 思わず、ジュダは空に浮かんで確かめる。すると、ワイス遺跡の、すぐ傍から、
凄まじく強大な瘴気を感じた。
「こ、これは・・・。」
 ジークも、冷汗をかく。ソクトア全土に響き渡りそうな程の、瘴気だった。
「間違いないな・・・。グロバスだ!」
 赤毘車は、吐き捨てる。これ程、強大な瘴気を隠さずに出ると言う事は、戦いの
準備が整ったと言う事なのだろうか?今まで隠していたはずである。それをしない
と言う事は、力が完全に戻ったのだろう。
「こんなに・・・凄いのか。」
 ゲラムも、感じ取っていた。いや、どんな者でも感じ取れる程、強い瘴気だった。
 しばらくすると、空にグロバスとワイスの姿が映し出される。
『お初にお目に掛かる。我は、神魔王グロバス!』
 グロバスが、演説を始める。ソクトア全土に響き渡る声だ。魔力を応用して、全
土に聞こえるようにしたのだろう。
『我は神魔ワイス。・・・これより、グロバス様より告知がある。』
 ワイスも挨拶をする。
『宣告しよう。私に屈せよ。』
 グロバスは、見下した目をする。
『より優良たる我らが、ソクトアを握る。屈服する者には、生き残る権利を与える。』
 グロバスは、一方的だった。しかし、逆らわない者は殺さないつもりだ。
『グロバス様に従う事だ。我とグロバス様が創った、この次元城がある限り、貴様
ら人間には、勝ち目は無い。攻め込むと言う選択肢は、存在しないだろう。』
 ワイスも口添えする。次元城を見せる。その姿は、美しくも雄大であった。
『更に、力ある者は歓迎する。その証拠を見せよう。』
 グロバスが言うと、ルドラーが出てくる。
『俺の名はルドラー。今では魔族だ。元は、貴様らと同じ人間だった者だ。』
 ルドラーは、説明してやる。プサグルやルクトリアの人々は、覚えてる人も居る
だろう。それだけに効果絶大だった。
『グロバス様の目指す理想は、力こそ正義。力こそ理の未来。目を覚ますのだ!力
ある者が、何故我慢する!俺は、力を得て、高い地位に居る。力ある者には、全て
平等に律する。この仕組みが、間違っているのか?』
 ルドラーは力説する。どうやら、魔族は、人間達を引き入れるつもりらしい。
『我は、このソクトアを本来あるべき姿に戻そうと言うだけだ。考えてみるが良い。』
 グロバスは、巧みに誘ってきた。
『神の名に踊らされた時代は、終わりを告げる。我らこそが正義となる番だ!!』
 ワイスも同調する。如何にも、魔族らしい考えである。
『我らに逆らう者には、死を与える。・・・以上だ。』
 グロバスは、そう言うと姿が薄れてくる。どうやら、演説を終わりにしたらしい。
 すると、周りが騒ぎ出した。どうやら、グロバスの考えも、あながち間違ってい
ないとの、意見が出始めている。
「皆!何言ってるんだ!魔族に支配されて、生き残って何が良いんだ!?」
 ジークは、大声で叫ぶ。
「しかし、グロバスは、平等な未来を作ると言ってるじゃないか。」
 誰かが叫ぶ。どうやら、波紋が出来始めたようである。
「今は、団結しなきゃ勝てないってのに・・・。」
 サルトラリアが頭を抱える。人間同士の力を削ごうとする魔族達の作戦だろう。
 次元城が完成したので、あからさまになって来たのだ。
「なら、魔族と組むのカ?人間としての、誇りが無いのカ!?」
 ミリィも怒って叫ぶ。これから魔族と立ち向かって行くと言う時に、これでは、
話にならない。
「全く・・・調子に乗りやがって。俺達が間誤付いてるばかりに。」
 ジュダは、溜め息をつく。思わぬ方向から攻めてきた。説得しに掛かるとは、思
わなかったのだ。しかし、陽動と言う意味では、かなり効いているだろう。実際に
魔族の力を目にした人は、余計に組みたがるはずだ。
(さて、どうした物か。)
 ジュダは、考え始める。
 その時だった。今度は、上空から神気を感じた。
(これは・・・ミシェーダ?)
 ジュダは、ミシェーダが直々に降りてきたのを感じ取っていた。そして、上空は
突然ミシェーダの姿で、埋まった。
『人間達よ。見るのだ。私は、運命を司る神。ミシェーダである。』
 ミシェーダは、魔族に負けじと演説をするつもりだ。
『先ほどの演説。虚偽に塗れていたとは言え、見事であった。』
 ミシェーダは、まずグロバス達の事を貶す。
『私は、この程度の事で人間が屈するとは思いはせぬ。しかし、実際に屈したのな
ら別である。神の鉄槌を受ける事になる。』
 ミシェーダは、念を押しておいた。
『天界の決定を伝えよう。魔族は滅する。そして、それに従属していた者も、同罪
である。一緒に魔界へ落ちるのが筋であろう。』
 ミシェーダは、逆らう者には、情を掛けるつもりは無かった。
『我と共に希望を持ちたい者は、私の代理を遣わす。その者に従事せよ。』
 ミシェーダが言うと、何とネイガが出てくる。
『紹介しよう。我が代理、鳳凰神ネイガである。』
 ミシェーダが、紹介する。
「・・・アイツ・・・天界に戻ってやがったのか。」
 ジュダは、首を横に振りながら呆れる。
『天界は、まだ貴方達の事を見捨てはしません。必ずや、邪悪な魔族を討ち取る事
でしょう。まだ遅くはありません。我らと共に、歩みましょう。』
 ネイガは、力強く答える。どうやら、天界も同じ作戦に出たようである。
『見事である。人間達よ。迷う事は無い。今こそ、聖戦を勝ち取るのだ!ネイガと
共に!さすれば魂までも、天界へと導かれる事になろう!』
 ミシェーダは、満足そうに答える。
『我らは、いつでもお前達を見ている。では、さらばだ。行け!ネイガよ。』
 ミシェーダがそう言うと、ミシェーダの映像が途切れる。
「・・・それが・・・天界の答えだと言うのか?」
 ジークは拳を握る。その目は、ジュダを捉えていた。
「言うな。ジーク。・・・ふざけやがって。あの野郎・・・。」
 ジュダは、怒りに満ちた目をしていた。天界の決定が、何よりも許せなかった。
今のメッセージは、ネイガを遣わせて人間達を犠牲にしようとしているのだ。そし
て、逆らう者には容赦しないと言うメッセージだ。
「私も頭にきた。・・・もう付いていけん。」
 赤毘車も、怒りに震えていた。人間達のために尽くしてきた、自分達のした事を、
全て無に帰すメッセージであったから、尚更だ。
「神が、あんなこと言うなんて・・・どうなっちゃうの?」
 ルイは、真っ青になっていた。信じていた物が、全て瓦解していく気分だった。
 既に、周りでも議論が起きていた。グロバスが正しいと言う者。ミシェーダに付
いて行こうと言う者。そして、どちらにも付かない者だった。
「・・・ジークは、どうなんだ?」
 サルトラリアはジークに意見を求める。
「俺の答えは決まっている・・・。人間として生を受けたからには、人間として生
きる。誰かの指図で生きるなんて、人間じゃない!!」
 ジークは言い放った。すると、ジュダは首を縦に振りながら、肩に手を置く。
「よく言った。ジーク。ならば、俺も声明を出す。」
 ジュダは、決意した。少し迷っていたが、もう迷いは無かった。
「ハァァァ・・・。」
 ジュダは、魔力を増幅させる。そして、手に魔力を集中させると、指を鳴らした
瞬間、ストリウスが上空に写る。これが、さっきの声明のやり方なのだろう。
『俺は竜神。竜神ジュダと言う者だ。ついでに言わせてくれ。』
 ジュダは、演説をする事にした。
『今、2回演説があった。迷っている奴も多いと思う。』
 ジュダは、周りを見渡す仕草をする。
『俺は、各地で、人間達の良かれと思う事をしてきた。そう天界からも命じられて
きた。・・・だが、さっきの演説は何だ!』
 ジュダは、拳を握る。
『自分達の力で生き抜く事こそ、大事な事だろう?神の保護に縋りたいか?魔族の
下で生き長らえたいか?それで良いのか!?』
 ジュダは、怒りを露にしていた。本音なのだろう。
『俺は、元人間の神だ。俺は、そんな人間の姿など見たくは無い。それは、コイツ
も、そう思っているはずだ。』
 ジュダは、赤毘車を紹介する。
『私は剣神、赤毘車だ。天界の決定には失望した。我らは、独自に人間達に手を貸
す事にする。我らは、駒では無いぞ!ミシェーダ!!』
 赤毘車は、珍しく感情的になっていた。
『そして、コイツの意見も聞いてくれ。』
 ジュダは、ジークを写す。
『俺は、英雄なんて呼ばれているライルの息子、ジークです。』
 ジークは、少し緊張気味だった。
『・・・ここストリウスでも、意見が分かれている。だけど、皆それで良いのか?
俺は嫌だ!魔族の下で働くのも真っ平だし、天界の手先になるために、生まれてき
たんじゃない!』
 ジークは、本音を語る。
『俺は父さんじゃない。英雄に何かなれない。でも、人間としての意地は捨てない!
どこまでも足掻いて、人間として生きる!』
 ジークは力強く答える。皆、聞き入っていた。これは、ライルにも届いている事
だろう。ライルは、きっと満足しているに違いない。
『俺は、皆に闘えなんて言わない。だが、人間としての意地は、捨てないでくれ。
これは、お願いだ!じゃなきゃ・・・悲しいだろ!?』
 ジークは、そう言うと、画面外に消えた。
『俺は、このジークの言葉を信じる。・・・以上だ。』
 ジュダは、そう言うと、魔力を消す。それと同時に上空の映像も消え去った。
「・・・こんなんで、良いのかな?」
 ジークは、かなり照れ臭そうだった。既に、この周りでは誰も魔族に付いていく
とか天界の意向に従うと言う奴は、居なかった。
「ジークさん!俺、絶対に今日の言葉、忘れないよ!」
 ギルドメンバーが、口々に言い出す。余程、感激したのだろう。
「惚れ直したヨ。」
 ミリィが、小さくジークに言う。ジークは、少し顔を赤くする。
「付き合ってあげるわ。どうせ他の2つは、碌でも無いしね。」
 ルイは、ニッコリ笑う。もうさっきまでの、怯えたルイは、居なかった。
「僕は、言うまでも無い。ジーク兄ちゃんを信じるよ!」
 ゲラムも同調する。
「みんな・・・。よぉし!頑張ろう!」
 ジークは、腕を上げる。すると皆も、それに合わせて腕を上げる。
(何とか、一つに纏まったか。)
 ジュダは安心する。しかし、それと同時に、ネイガの動向も気になっていた。
(お前に何があったのか知らんが・・・今度会ったら、聞かせてもらうぜ。)
 ジュダは、ネイガから、ミシェーダに従った理由を聞き出す事にした。
 こうして、この日を境に、人間は3派に分かれていく。魔族に同調する人間。天
界に従う人間。そして、意志を持った人間の3派だ。ジーク達は、意志を持ち続け
る事に決めたのであった。


 演説があってから、各地で色々な事が、起きるようになった。デルルツィアでは、
運命神共同団体と言うのが出来始めて、会員を、どんどん増やしている。また、そ
れに反発する勢力である破壊神教会と言うのが出来た。どうやら、運命神共同体は、
ミシェーダ。破壊神教会は、グロバスを支持しているらしい。そして、残った勢力
は、ジーク達と共に力を合わせると言う方針を決めた、ミクガードの元に集まって
いるらしい。
 バルゼでは、確実にグロバスの勢力が伸ばしていっていた。商人達は、グロバス
の下で、商売を営む方が得策と踏んだのだ。グロバスの方針は、逆らわない者には、
自由にさせるという点で、共感できる物があったのだろう。神などより、金を信じ
るバルゼらしい答えだった。ジーク達には勝ち目が無いと踏んだのだろう。
 サマハドールは、敬虔な神の信者が多く、運命神側に付く人々が、殆どだった。
女王マリー7世も、運命神を支持すると発表したのだった。
 パーズも、神の信者が多い。しかし、パーズ王ショウは、プサグルのヒルトと旧
知の仲なので、ジークを支持する方針を打ち出した。だが、配下の大臣達は、神に
逆らうのは法治国家では無いと言う事で、人々を集めて団結を促していた。よって、
国は、真っ二つに割れてしまったのであった。
 プサグルの答えは、決まっていた。甥であり誇りでもある、ジークの支持を促し
た。大多数は、それに従い、人として戦う事を誓った。プサグルは、昔のような間
違いを犯さない。それを率先してる国だと、ヒルトは信じていた。国が一体となっ
て、ジーク達を支持している数少ない国だった。最も、全ての人々が従った訳では
無いので、サマハドールやデルルツィア、ストリウスに流れて行った者達も多い。
 ガリウロルでは、変わった支持の仕方をしていた。それは、どこも支持しないと
言う物だ。要請があれば、赴くが、一人一人独自の判断で行うという物で、特に国
として、強要はしなかった。この国は、元々ある程度強い豪族が、支配している国
なので、国全体が纏まると言う事は、少ない国でもあった。
 ストリウスは、法治国家である。当然、法皇は神々を支持する方針を打ち出した。
だが、大多数はジークに付いて行く方針だ。何せ、ジークが演説したのは、この国
である。また、ギルドが、ジークの言う事に賛同したのも大きい。だが、一方で、
『闇』の生き残りが居たらしく、魔族の支持を訴える、神魔教と言うのを、流布し
ている連中も居るらしい。しかし殆どの人は、ジークに付いて行く事にしている。
 そしてルクトリアだ。父であるライルの方針は、無論息子の方針に、従うつもり
だった。参謀のフジーヤや、大臣であるルースも、納得済みの答えだ。だが、ルク
トリア国内で、神魔教が広まっているのも、事実である。誰かは分からないが、強
力な指導者が付いたと言うのは、間違いない。ルクトリアで流行るという事は、そ
れだけ難しい事でもあるのだ。
 それぞれの国が、慌しく動き始めていた。そんな中、グロバスは、満足そうに報
告を聞いていた。思ったより自分達を支持する人間が、多い事も、満足する内容で
あった。何より、神々が分裂したのが大きい。これで一層、闘い易くなった事は、
間違いない。牽制して、人間達に混乱させれば収穫としか、思っていなかった。し
かし、意外や意外。自分達の勢力が、大きくなって行くと言う結果に、グロバスは、
思わず、笑わずには居られなかった。人間達が、自分達を支持するのであれば、文
句は無い。その人間達は生かしておいて、逆らう者を排除するだけだ。
(ルドラーの提案が、ここまで当たるとはな。)
 そう。これは、ルドラーが言い出した事なのだ。魔力で映像を流せる事を、グロ
バスが確かめていたのを見て、これで宣伝しようと言い出したのだ。丁度、次元城
も出来たので、脅しと試しのつもりでやってみたのが、大当たりしているのだ。
(人間達も、神々の支配の現実に、気が付いたようだな。)
 グロバスは、人間達も馬鹿では無いのだなと思った。神々の保護に縋る事しか出
来ない存在だと思っていた。人間達が自分達を崇めるとは、満足である。しかし、
これに反発する者も居た。それは、健蔵である。その理由は分かっている。健蔵は、
人間と魔族のハーフで、人間からは強烈な迫害を受けていたからだ。それに伴って、
ワイスも反対だと言い出した。人間達は飽くまで道具であって、仲間にする必要は
無いと言うのだ。そこで、グロバスは、ワイスを呼びつけた。
「グロバス様。お呼びですかな?」
 ワイスは、次元城の神魔王の間に入る。グロバスは、目配せで配下の魔族を、全
て追い出す。そして、誰も入れないように指示する。
「お前と、腹を割って話がしたくてな。」
 グロバスは、ワイスの様子を伺う。不審がって居るようだった。
「人間の話なら、我が答えは決まっております。人間は、信用するに値しない。」
 ワイスは、キッパリと言い切る。
「ふっ。あまり邪険にする物で無いぞ。現にルドラーも、役立っているではないか。」
 グロバスは、ルドラーの活躍を言う。確かに目覚しい物があった。
「あの者とて、信用出来兼ねますな。」
 ワイスは、人間の事を、どうしても信用出来ないのだ。
「フッ。理由は、それだけではあるまい。」
 グロバスは、目を細くする。
「・・・どう言う事ですかな?」
 ワイスは、顰めっ面になる。
「健蔵の事だ。奴の事を考えての、発言だろう?」
 グロバスは、言い放つ。
「健蔵は、大事な部下です。意見も尊重したいと思っております。」
 ワイスは、健蔵の事になると甘い。これで、グロバスは確信した。
「本当の事を言え。健蔵は、貴様の息子であろう?」
 グロバスは、ズバリ言い放った。ワイスの動きが止まる。
「・・・どこで知ったのですかな?」
 ワイスは、否定しなかった。そう。健蔵は、ワイスの息子だったのだ。ワイスが
目を掛けてやった本当の理由は、息子だったからである。しかし健蔵は、人間であ
る母を憎み、責任を放棄したと思っている父も恨んでいる。とても、言い出せる物
では無かった。
「お主達の様子は、只の上下関係に見えなかったので、調べさせてもらった。」
 グロバスは、正直に言う。
「・・・健蔵には、話しましたか?」
「安心しろ。そこまで野暮では無い。」
 グロバスとて、ワイスの気持ちが分からなくも無い。言わないで置いた。
「黙って戴けますな?」
 ワイスは、念を押す。
「安心すると良い。そこまで暇では無い。」
 グロバスは苦笑する。これから神と人間との戦いがあるのだ。こんな事で、揉め
たくは無い。
「375年前・・・。我は人間に助けられた・・・。我が姿を見ても驚かぬ驚嘆な
心臓を持つ娘だった・・・。健蔵を身籠った事を知ると、同時に我は、あの戦いに
赴かなくてはならなかった。それから苦労した事も知った・・・。我が、再び会う
まで、健蔵を守り通してくれた娘・・・。恋をしたのは、あれが初めてだった。」
 ワイスは、昨日の事のように思い出す。
「我が声を掛ける前に、娘は死にました。我は、健蔵が人間共に迫害されているの
を知った・・・。そこで、我が育てる事にしたのです。」
 ワイスは、初めて健蔵を見た時の事を忘れない。燃えるような目。人間を忌み嫌
う目。そして、自分に対する眼差し。初めて自分を受け入れてくれた存在に対して、
絶対の忠誠を誓う目を健蔵はしていた。ワイスは、それだけで、どんな人生を歩ん
で来たのか悟った。そして、妻には人知れず、祈ったのも忘れなかった。健蔵が、
生き長らえたのは間違いなく、妻のおかげだった。
「我が出来る事は、健蔵のために全てをしてやる事と、健蔵を育て上げる事です。」
 ワイスは心の内を語った。
「そうするが良い。止めはせぬ。」
 グロバスは、それが魔族のためになるなら、反対はしなかった。
「その健蔵なんだが・・・。『魔王剣士』の地位に上げようと思っている。」
 グロバスは、話す。ワイスは顔を上げる。
「おお!『魔王剣士』!勿体無き言葉です。」
 ワイスは跪く。ワイスは『魔王剣士』を言う地位が、どれだけ重要か知っている。
『魔界剣士』の中から、最も強い者を『魔王』に上げる。しかし、中には剣士のま
まの状態を望む者が居る。その者に与えられる『魔王』と同列の剣士の事を、『魔
王剣士』と言うのだ。つまり健蔵は、『魔王』として認められた事になる。
 しかも、この地位は、今まで幻とさえ言われていた。『魔王剣士』は、現実に認
められたのは過去で1回しかない。何せ『魔王剣士』の条件は『魔王』の中でも、
特に剣技に優れた者だからだ。というのも、『魔界剣士』と言うのは、所謂地位で、
実際に剣技が優れている者は、少ないのだ。その中でも、剣の才能があると認めら
れて、初めて『魔王剣士』になれるのだ。
「ワイス。貴様の息子は、恐ろしい才能がある。大事に育てる事だ。」
 グロバスは、ワイスを労う。
「有難き言葉。我も、自分を超える逸材と信じております。」
 ワイスは、自分の気持ちを答える。実際ワイスは、そうだと思っている。若干3
75歳で『魔王』に就いた者は居ない。それだけ、力があると言う事だ。
「よし。門番よ!健蔵を呼べ!」
 グロバスは、門番に命じる。ちなみに神魔王の間は、防音になっているので、大
声で呼ばないと、まず聞こえない。しかし、向こうからこっちには、聞こえる仕組
みになっている。次元城は、かなり作りこまれているのだ。
「グロバス様。健蔵。ここに参りました。」
 健蔵のクソ真面目な声が、聞こえる。ワイスは思わず苦笑する。
「うむ。入るが良い。」
 グロバスが言うと、健蔵は入ってくる。そして、恭しく礼をする。
「これは、ワイス様まで!何かあったので御座いますか?」
 健蔵は緊張する。二人揃って呼びつけられると言うのは、中々無い事だからだ。
修行をするのなら、前もって知らされるが、そんな様子も無い。
「健蔵。喜べ。昇進だ。」
 ワイスは、我が事のように喜ぶ。健蔵は一瞬、何の事か分からなかった。
「昇・・・進。で御座いますか?」
 健蔵は『魔界剣士』より上の位は『魔王』しか知らない。自分が『魔王』になる
とは、夢にも思ってないらしい。
「ワイスの言う通りだ。貴様を、今日から『魔王剣士』とする。」
 グロバスは命じた。健蔵は、更に不可思議な顔をする。健蔵は若いので、余り聞
いた事が無いのだ。『魔王剣士』と言うのが、存在した事すら知らない。
「『魔王剣士』とは一体?」
 健蔵は、そのまま聞いてみた。
「『魔王』の中でも剣に優れた者に与えられる称号だ。栄誉と思って受け取るが良
い。ここ2000年は、出てない称号だ。」
 ワイスが説明してやる。
「そんな栄誉を私に!?勿体無きお言葉!」
 健蔵は、やっと、その意味の重さに気が付いたらしい。『魔王』の中でも、優れ
ていると言われている称号だ。凄くないはずが無い。
「お前の力は皆が認める所だ。ただし、この言葉に踊らされぬよう注意する事だ。」
 グロバスは、忠告しておく。地位と自分の強さを、勘違いしている輩も少なくな
い。健蔵には、無論そうなって欲しくない。この頃、力をメキメキと上げてきただ
けに、この名に相応しい活躍を期待したい所だ。
「有難き幸せ!必ずや期待に応えて見せまする!」
 健蔵は、深々と礼をする。健蔵は自分を認めてくれるグロバスやワイスに、十分
な忠誠を誓うのだった。
 こうして、魔族の間から、『魔王剣士』の名が広まる事になる。
 そして人間達の間からも、浸透するようになって行くのであった。


 ルクトリアでは、混乱が起きていた。大半は、ジークの父であり、かつての英雄
と言う事もあり、ライルに付き従ったのだが、何故か、この頃神魔教が、広がりつ
つある。ルクトリアこそ、ジークを支持する筆頭になるべきはずの国なのに、どう
言う訳か、神魔教が広がりつつあるのは、真実だった。
 それに、つい最近では、神であるミシェーダを応援する人々まで、出始めている。
最近ライルは、自分の王としての資質を疑いかけている有様だ。どうやら、運命宗
なる一派が、ミシェーダを崇拝しているらしい。その中には、鳳凰神を支持するル
クトリア鳳凰教なる新派まで出始めてる。しかし、この運命宗は、隣国サマハドー
ルからの一帯にかけて、多く普及しているので、仕方が無い事でもあった。それで
も、人として生きる事を、拒否していると思われる者が、増えていると言う現状が、
ライルには、堪らなく辛かった。
 一生懸命ルースやフジーヤが、運動が起きている各地に行って、説得しているが、
聞こうともしない連中ばかりである。アインやレイリーも、説得に行っているらし
いが、手間取っているせいか、連絡が来ない。責任感が強いので、中々失敗の報告
が出来ないのだろう。
(一昔前の英雄の扱いは、こんな物なのだろうな。)
 ライルは、自嘲する。余り英雄扱いされたくは無いが、混乱が始まると同時に、
この有様では、呆れたくもなるのだろう。胃が痛い思いをしながらも、フジーヤが
作ってくれる、特性の薬を飲みながら、過ごしている。
「ライル。済まん。説得は出来なかった・・・。」
 ルースが、暗い顔で報告に来る。ライルは、仕方が無い事だと思った。
「お前のせいじゃない。宗教だけは、俺だって何ともし難いさ。」
 ライルは、宗教という物が、どう言う物か、恐ろしく感じてしまう。
「ライル!・・・済まん。俺も駄目だった。」
 フジーヤも、連絡に来る。フジーヤも頑張っているが、中々押さえられそうに無
いらしい。しかし、このルクトリアで混乱が起きるとは思いも寄らなかった。
「まだ俺が、王になってから1年経ってない。仕方が無い事だ。じっくり行こう。」
 ライルは、自分への言葉も兼ねて吐き出す。二人は強く頷く。
「情報は・・・何かあったか?」
 ライルは、それも重要だと考えている。これだけ流布したからには、何か訳があ
るはずだ。それを知らなければ、手の打ち様もないだろう。
「一つ気になる情報があった。何でも『救世主』が現れたとの話だ。」
 ルースは、説明する。
「『救世主』?またそりゃ、不可思議な情報だな。」
 ライルは、首を傾げる。
「詳しくは知らないが、鳳凰神から、直々に指名された人間だと言う話だ。」
 ルースは、ルクトリア鳳凰教の人々から、聞き出した情報を言う。
「祭り上げられている人間が、居るという事だな・・・。厄介な話だな。」
 ライルは、神々だけならば、人間に、そこまで影響があるとは思えなかった。人
間の中から、英雄のような存在が出ると、人々の力になる。こうなると、泥沼化す
る可能性が増えるのだ。自分が、そうだったので、良く分かるのだ。
「俺は、神魔教の方を調べてみた。力こそ正義と言う、魔族の考え方に同調する過
激派が、殆どだったな。何でも、その中でも力のある人間が『魔性液』と言う液体
を飲んで、魔族になった奴が居るらしい。ソイツのせいで、この頃動きが活発化し
たらしいぜ。」
 フジーヤは、神魔教の動きを説明する。
「こっちも、誰かが煽動したと言う訳か。参ったな。」
 ライルは、頭を抱える。人間達の間から、そう言う動きが出ると大変である。
 すると、誰かが、走ってくる音が聞こえる。
「王!大変です!王!」
 どうやら、見張りの兵士らしい。
「どうした?」
「神魔教の演説が、始まりました!場所は、ルクトリアの街の南の郊外です!」
 見張りの兵士は叫ぶ。
「噂をすれば、何とやらだな。行ってみよう!」
 ライルが、叫ぶとフジーヤとルースが、それに従う。
 城の外へ出ると、大変な騒ぎになっていた。喧騒が、ごった返している。
「あの辺が、特に凄いな。」
 フジーヤが指摘する。確かに、一番人が集まっている所だった。
 すると、魔族となった人間なのだろうか?魔族の姿をしているが、演説の中心に
居る人物が居た。
「皆、良く聞け!」
 魔族が、口を開く。その声を聞いて驚いた。ライルは耳を疑う。
(そ、そんなはずは・・・無い!!)
 ライルには、信じられなかった。
「俺は、力を得た!!皆も知っての通り、俺は人間だった!」
 ソイツは、演説を始める。
「しかし、グロバス様は、事もあろうに、俺が逆らったのにも関わらず、力を得る
チャンスを与えて下さった!そして、魔族になって、飛躍的な力を得た!!」
 ソイツの演説は終わらない。フジーヤとルースも、ビックリしていた。この声は、
間違いなく、聞き覚えのある声だったからだ。
「力ある者に平等・・・それは、間違っている事か!?それが当然だろう?」
 ソイツは続ける。そして、自分の名を語る。
「皆も知っての通り、俺はレイリー。レイリー=ローンだ!」
 ライルは、改めて聞いて、目の前が真っ暗になる思いがした。
(レイリー?そ、そんなはずが無い!!)
 レイリーは確かに力を求める傾向があった。だが、人一倍、正義漢だったはずだ。
「それは、間違っているな。神々の声が聞こえない者に、未来は無い!」
 反対側から、声が聞こえてきた。
「おお!あれは『救世主』!」
 誰かが、声を上げる。すでに、ネイガから力をもらったのか、神気を放つ人間が
居た。どうやら、『救世主』らしい。この演説を利用して、神々の方へ引き寄せよ
うと言う作戦だろう。
「お前も耄碌した物だな。正しい事が、何かすら、分からんとはな。」
 『救世主』は、レイリーを貶す。
「お前こそ、何が『救世主』か。笑わせるなよ。アイン!」
 レイリーが、驚きの名前を口にする。すると、ルースが、我が目を疑う。確かに
『救世主』を名乗ってる男は、アインだった。我が子が、こんな事をしているとは、
信じたくなかった。
「ア、アイン・・・。なのか?」
 ルースは、頭を抱える。アインは、既に面影は無かった。ここから見ていると、
神の使徒としか思えない格好をしている。力も、知っている時の何倍も感じた。
「ネイガ様は、私に地上の光となれと言った。この命、そのために捧げるのは、惜
しくは無い!邪悪な心に惑わされたレイリーよ。貴様こそ、去るべきだ!」
 アインは高らかに演説する。人々は、既に、アインとレイリーの動きに注目して
いた。二人とも、豪い変わりようである。
「ふざけるな!!お前達が、あの2人のはずが無い!!」
 ライルは叫ぶ。すると、人々の間から驚嘆の声が上がる。ライルが居るとは思わ
なかったのだ。
「・・・ライルさん。」
「・・・父さんも、来ていたのですか。」
 二人共、気まずそうにしていた。しかし、止める気は無さそうだ。
「・・・本当に、お前なのか?」
 ルースは、我が目を信じたくないようであった。
「父さん。俺は、真実に目覚めたんです。」
 アインは、力強く答える。
「お前が、レイリーなんて嘘だろ?」
 フジーヤも、疑ってしまう。魔族になったレイリーを、信じたくないのだ。
「俺は、この道が間違っているとは思えない。例え、アンタ達でも、邪魔するよう
なら、容赦はしねぇ。」
 レイリーは、悲しそうな目で答える。
「本物・・・なのか・・・。何故・・・何故なんだあああ!!」
 ライルは、拳を握る。そこからは、血が流れ落ちる。
「ライルさん。今までの人間の世は、間違っていたと思いません?力ある者が、そ
の芽を吹き出ずに終わる。そんなの、間違ってるじゃねぇか!」
 レイリーは、真摯な目をしていた。純粋に、そう信じているらしい。
「アイン・・・。お前が何故・・・。」
 ルースは、自分を責めているようだった。
「父さん。これは、俺が選んだ道です。神々を蔑ろにするなんて、今までの助力を
忘れるなんて、それこそ人の道から外れる行為なのでは、無いでしょうか?」
 アインも、自分を信じているようだった。どっちも言っている事は分かる。しか
し、どうしても魔族や神々に、利用されているような気がするのだ。
「・・・お前達の考えは分かった。俺と闘う事も、辞さないと言うのだな?」
 ライルは、怒っていた。その道を選んでしまった二人を。そして、止められなか
った自分をである。争いの無い国を、作りたかった。しかし、それが出来そうにも
無い現実が、圧し掛かる。
「神に逆らうおつもりならば、仕方が無い事です。」
 アインは、強気だった。信じて疑わない眼だった。
「グロバス様は、俺にチャンスをくれた。その恩返しをするまで、立ち止まれねぇ。」
 レイリーも、退く気は無かった。
「・・・馬鹿者・・・。この馬鹿者!!!」
 ルースは、剣を抜く。そしてアインに襲い掛かろうとする。
「待て!!」
 ライルが、止める。ルースは涙を浮かべていた。
「ライル。止めるな!!・・・アイン。お前にはジークの言葉が届かなかったのか!」
 ルースは暴れるが、ライルとフジーヤが押さえていた。
「ジークは、信念を捨てない強い人だ。だが、それに付いて行けない弱い人々が、
居ると言う事も、忘れてはなりません。」
 アインは、ジークの論理は、強い者しか付いて行けない論理だと言う。
「俺の考え方は違う。確かに、ジークさんの言う事も分からなくはねぇ。だが、所
詮、人間だけじゃ、強い奴の芽が生きる世の中にはなれねぇ。甘過ぎるんだよ。」
 レイリーは、反論する。レイリーの論理では、ジークは理想でしか、物を言って
ないと言う。現実に、魔族の台頭を認めた上での共存こそ、正しいのだと言う。
「人間だけの世界。狭っ苦しい考えだぜ。共存を考えない愚者の理想だ。」
 レイリーは、ハッキリと言った。
「強い物だけが支配して、弱い者を、置いてけぼりにすると言うのか?そんな考え
は、俺が許さない!」
 アインは『救世主』としての言葉に、満ち溢れていた。
「ふん。堂々巡りの問答は止めだ。俺は帰る。魔族との共存を目指す者は、来な!」
 レイリーは、そう言うと、背を見せて本拠地へと帰っていった。
「皆さん。神への感謝を忘れぬのであれば、俺に付いて来て下さい。」
 アインは、そう言うと、ルクトリア鳳凰教へと帰っていった。ついに、そこには、
ライルと、ライルを信じる者達だけになった。
「・・・何故なんだ・・・。アイン・・・。」
 ルースは、悔しかった。何度も地面を叩く。
「エルディスに、何て言えば良いんだ・・・。」
 フジーヤは、頭を抱える。レイリーが魔族になったと言う事実は、覆せない。
「・・・人間が、人間らしく生きる。それが悪い事だとでも言うのか!?冗談では
ない!・・・俺は、ジークを信じる・・・。アイツ達の目を覚ましてくれ・・・。」
 ライルは、自分では、もうあの2人を、止められない事を知った。
 こうして、とてつもない人間が、魔族と神々に付く様になった。これで、勢力の
バランスが崩れる事は、間違いなかった。
 ソクトアは、ついに三分したと言える。神が勝つのか、魔族が勝つのか、人間が
勝つのか・・・その答えを、まだ誰も出す事が出来ないで居た。



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