NOVEL 4-1(First)

ソクトア第2章4巻の1(前半)


・プロローグ
 神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。
 その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、
プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ
リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)
 ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ
るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。
 ジークは継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジーク
には、旅に付いて行く仲間が居た。
 ジークの実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その癒
しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン=ル
ーン。魔法使いの駆け出しだが、潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行
を受けている、プサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地
図を作成するのが得意とする、棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔
力を秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人が、ジークの助けになって
いた。
 更に旅先で会ったソクトア一のトレジャーハンターを目指すルイ=コラットが加
わって、賑やかなパーティーになっていた。
 しかし、時代は混沌としていく。魔族が台頭を現すと、今度は、神々までソクト
アの大地に乗り込んできた。おかげで、人間達は選択を迫られる羽目になった。
 その一つが『法道』。ソクトアは、神の祝福を受けた土地であるならば、神に導
かれて、その責務を果たすと言う考え方の事である。そして『覇道』。これは、魔
族の考え方の基本である。強者こそが絶対であり、強者であるならば、どんな者で
も、それに従うと言う考え方だ。そのどちらにも当てはまらないのが『人道』であ
る。ジークが、中心となって基本を示した考え方で、ソクトアは、人間達が築き上
げてきた世界であるので、人間を縛る考え方は許さないと言う考え方だ。人間のた
めの、人間である故の正義と言う考え方である。しかし、そこにまた新たな考え方
が出てきた。3つの『道』には、それぞれ滅びや支配の危険性がある。それならば、
一度全てを壊して理想の世界を築き上げると言う『無道』と言う考え方である。
 どの道にしても、困難な事は間違いない。しかも、どの道にも信念がそれぞれあ
って、退く事を知らない。ここにソクトアは、再び戦乱の大地となるのであった。
 そんな中、『人道』の中心であるジークと、元英雄で父親であるライルが道半ば
にして死んでしまった・・・。果たして『人道』に未来はあるのだろうか?


 1、葬送
 ルクトリアでは、神魔ワイスを倒した喜びも束の間、絶望に打ちひしがれる結果
となった。『人道』の中心であり、何よりも人々の希望でもあった、ジーク=ユー
ド=ルクトリアが死んでしまったからだ。更に追い討ちを掛けるように、その父親
であり、ルクトリアの英傑王ライル=ユード=ルクトリアも、同時に死んでしまっ
たのだから、無理も無い。遺体は棺の中に収められている。
 死んでから半日経った今、夜になって、既に虚ろなまま、皆は寝静まっていた。
いや、寝られるかどうかすら分からない。ルクトリア城の生気は失われつつあった。
 神々の一人である、ジュダ=ロンド=ムクトーや赤毘車=ロンドが居るにも関わ
らず、見す見す死なせてしまったと言うショックがでかい。2神は、どんな非難も
受けるつもりだった。しかし、非難所か、ジュダ達は頼られる羽目になってしまっ
た。ジュダも赤毘車も、良くやってくれていたし、何よりも、ジークが居ない今、
ジュダ達こそが、最後の希望なのである。
 実際には、それ所では無いと言う所であろう。まだ、悲しみのショックが癒えて
いないので、休むだけで精一杯であった。
 そんな中、一人の男が、棺の部屋へと入っていった。そして、それに続くように
女性が入っていった。それをトーリスは見逃さなかった。こんな時こそ、しっかり
しなければ行けない。トーリスは、そう思って見張りをしていたのだ。
 その男は、ライルの棺をじっと見て手を合わせると、ジークの棺を見る。そして、
棺開ける。
「何をやっているのです?」
 トーリスは魔力を両手に溜め始める。しかし、その人物が見えた事で止める。
「・・・父さん?それに母さんまで。」
 フジーヤと、ルイシーだった。こんな夜中に、何の用事なのだろう?と思う。
「トーリスか。・・・丁度良い。手伝え。」
 フジーヤは、真剣な目付きだった。その顔は、決意に満ち満ちていた。
「何をする気です?・・・埋葬は、明日にしましょう。」
 トーリスは、目を伏せる。ジークの死体など見たくなかった。
「寝惚けるんじゃねぇ!そんな事じゃない。」
 フジーヤは一喝する。力は、既にトーリスが上だとしても、親としての威厳は、
失ってないようだ。トーリスはビックリする。
「一体、何をするつもりです?」
「・・・ライルの最期の言葉・・・覚えているな?」
 フジーヤは、トーリスに問いかける。
「ええ。父さんにジークを頼むと・・・。今考えると不思議・・・ま、まさか!」
 トーリスは、思い出す。父親が前にやっていた事をだ。
「ようやく気がついたか。そうだ。始めるぞ。」
 フジーヤはニヤリと笑う。
「父さんは・・・『魂流操心術』を使うつもりなのですか?」
 トーリスは口にする。『魂流操心術』とは、魂の流れを見切り、心を意のままに
操る生物学の驚異的な技であった。これは、フジーヤにしか出来ない。トーリスも、
その血を受け継いでいるが、フジーヤが意図的に教えないようにしているのだ。こ
れは、フジーヤの一族しか知らない技なのである。この技でフジーヤは、スーパー
モンキーのスラートやペガサス。グリフォンなどを生み出してきた。スラートは、
今は、居ないが、ずっとフジーヤの帰りを家で待っている。言葉をしゃべれる猿で、
家の世話を一手に引き受けているのだ。
 この技の応用で、死んだ者の魂を呼び寄せようと言うのだ。しかしこれは、かな
り危険な技である。それに条件も必要である。まず死体の健康管理である。こう言
うと、非常に語弊があるが、死んだままの状態で魂を注入した所で、また死ぬだけ
である。これでは何の意味も無い。死体とは言え、傷口を治す事は出来る。最も、
ジークの場合、それが効かないので、肉を移植すると言う事になる。それに血液も
足りない。大幅に流れ出ている。これは、ライルの血を使うつもりだった。本当は、
やりたく無いが、方法が無いのである。肉もライルの肉を移植するつもりだ。
 そして、次に魂の力である。いくら生き返らせたくても、魂が生きる力を無くし
てしまっていては、話にならない。魂が、まだ生きたいと思わなければならない。
 そして今度は、魂を呼ぶための鍵である。その鍵とは、天使の事だった。その条
件は、ルイシーがクリアしていた。ルイシーは元天使である。今は、人間の体であ
るが、いつでも戻れるように、天使の翼を常に持ち歩いていたのである。しかし、
何度も転生出来る程、甘くは無い。一度天使の姿を捨てたルイシーが、戻るために
は、相当な覚悟をしなければならない。もう人間に戻る事は、出来ないだろう。
 そして、次に必要な物は、呼びかける人物である。ジークは今、生きたいと思っ
ても、魂だけの状態なので、死んでも致し方ないと思っている状態なのである。幸
い、半日しか経っていないので、魂は、まだ繋がっている。それを説得して、こち
ら側に連れて来なければならない。そのための人物が、要るのだ。
 そして一番必要な物は、魂の力である。別の生物に魂を入れるのでさえ、別の者
の魂が必要なくらい危険な技だ。増して、元の所に戻すのは、本来タブーなので、
その5倍は必要だろう。元々『魂流操心術』は、別の生き物が前提で作られた技だ。
元に戻すと言う発想自体が、無いに等しい。つまり魂の力が要るのだ。これは、ラ
イルの魂を抜き取る事で、解決しようと思っていた。ライルならば、それなりの魂
を持っている事だろう。
 つまり、ジークを助けるために、ライルは犠牲にしようと言う事である。
「・・・それが・・・ライルさんの意志だったのですね。」
 トーリスは、初めて気がつく。ライルは、ルースを復活させた事のあるフジーヤ
を知っている。その時の様子も、知っているのだろう。自分を犠牲にする事で、ジ
ークが助かるのなら、それでも良いと思ったのだろう。このままでは、二人共死ん
でしまうからだ。いや、既に死んでしまっているのだから・・・。
「ルイシーは、既に用意している・・・。」
 フジーヤが言う。ルイシーは今、創造神ソクトアに、祈りを捧げている所だ。元
の体に戻してくれるように、頼んでいるのだろう。
「ルイシーが、やると言ったんだ・・・。『人道』の希望を捨てちゃ駄目だってな。」
 フジーヤは、ライルとルイシーの了解を経て、実行に移す決心をしたのだろう。
「母さん・・・。分かりました。私も手伝います。」
 トーリスも決意した。例え何が起ころうとも、ジークを蘇生しなければならない。
「よし。じゃあ早速だが、レルファを呼んで来てくれ。」
 フジーヤは意外な事を言う。
「レルファ?ミリィでは、無いのですか?」
 トーリスは、てっきりミリィを連れてくる物だと思っていた。
「これは、ライルにも関係のある事だ。そして長年、一緒に居たとなると、マレル
とレルファしか居ない。・・・マレルに、ライルの移植の光景を見せるのは酷だ。」
 フジーヤは、マレルを思いやっていた。マレルは、こんな光景を見たら、発狂す
るかも知れない。ただでさえ、夫と息子を亡くして絶望している事だ。
「レルファには・・・サイジンが居る。それに、あの子なら負けない。」
 フジーヤは、レルファの精神力に注目していた。レルファは、強い意志を持って
いる。それは、ジークと同じくライルから受け継いだ遺産とも言えた。
 幸いな事にレルファは、あれからすぐに、意識を取り戻した。最悪な事態は、防
げていた。これでレルファまで死んでいたら、マレルは疲労で死んでいたかもしれ
ない。しかしレルファは、父と兄の死を知ると、泣き叫んでいた。トーリスは、そ
れを思い出すと、気が引けた。
「サイジンも連れてくるんだ。レルファを支えてやれるのは、彼しか居ない。」
 フジーヤは指示を出す。サイジンも、部屋で倒れたが、意識を取り戻した。今は
サイジンの部屋に、レルファも居るはずだ。
「・・・分かりました。もう方法は、それしか無いのですね。」
 トーリスは、夜分遅くに尋ねるのは気が引けたが、それ所では無い。
「そうだ。ミリィは恐らく、ジークの移植の光景に耐えられない。だから、レルフ
ァとサイジンだ。」
 フジーヤは言い放った。ミリィは、心が優しすぎる。ジークへのライルの肉と血
の移植は、生々しい物になる。その時、邪魔されては困るのだ。
「行ってきます。」
 トーリスは、すぐに部屋を出た。そしてサイジンの部屋へと向かう。
「・・・フジーヤ・・・。届いたわ・・・。」
 横でルイシーがニッコリ笑う。
「・・・そうか。」
 フジーヤは、少し悲しい顔をした。もう夫婦では、居られないからだ。ルイシー
は、二度と人間には戻れないだろう。そうなっては、ソクトアにずっと留まるのは、
難しい事である。フジーヤは分かっていた。しかし、やらない訳には行かなかった。
 そしてフジーヤは、ライルの肉を自らの手で剥ぎ取る。刀などを使っては、駄目
なのだ。自ら『魂流操心術』を帯びた手で、移植しなければ成功しない。これほど
生々しい光景は無い。
「・・・ライル・・・。未来のためだ・・・許せ。」
 フジーヤは、深く祈ると同じ事を繰り返す。そして、出てくる血を、ジークに移
植していった。この作業は、半端じゃなく精神力が疲労する。何より生理的に気持
ち悪いと、言うのもあるが、罪悪感に苛まれてしまう。フジーヤは、半ば泣きなが
ら、作業をしていた。
「・・・ライル・・・。ライルよ・・・。」
 フジーヤは、ライルと過ごした日々を思い出してしまう。それだけに、この作業
は、更に辛い物になる。しかし、鬼のような形相で、フジーヤは作業を続けた。ラ
イルの死体は変わり果てた物に、変化していく。それを、なるべく見ないようにし
て、ジークへと全てを移していく。そして、全てを移し終えた。
「・・・『精励』。」
 後ろから声が聞こえて、ギョっとする。と同時に『精励』で体が軽くなる。
「・・・レルファ・・・。それに、サイジンにトーリスか。」
 フジーヤは、肩の力が抜ける。それだけ、この作業に集中していたのだろう。
「フジーヤさん・・・。トーリスから聞いた。成功させてね・・・。」
 レルファは、目を真っ赤に腫らしながら言う。さすがは、ライルの娘である。普
通、こんな修羅のような光景を見せられたら、ショックで気絶してしまう所だろう。
特に肉の塊となっているのは、父親なのである。
「絶対・・・成功させるさ。コイツのためにもな。」
 フジーヤは、ライルを見る。変わり果てた姿である。しかし、その顔は穏やかに
笑っていた。死んだ時のままである。そして、ライルの棺を閉めて黙祷する。
「レルファ・・・。」
 サイジンですら、見ているのが辛いのに、レルファは耐えていた。
「私は辛い・・・。レルファに、こんな酷な事をさせるのはね・・・。でも私は、
何も出来ない。だから・・・レルファ。絶対に負けないで。」
 サイジンは、レルファの手を握ってやる。レルファは、それを気丈な顔で、握り
返してきた。サイジンは、しっかりと支えてやる。
「トーリス。ジークの体は、ほぼ斬られる前と同じ体になった・・・。今なら、回
復魔法が効く筈だ。掛けてやれ。思いっ切りな。」
 フジーヤは、説明する。トーリスは、ありったけの魔力で『癒し』、『逃痛』を
掛ける。さっきまで、効かなかったジークの体が、見る見る治っていく。これも、
ひとえに『魂流操心術』で、魂の力までもジークに注入されてる証拠だろう。
「本当はな・・・。レイアが死んだ時に、やろうと思っていた・・・。」
 フジーヤは心境を明かす。何よりトーリスが、冷凍保存している時に使おうかと
迷った。しかしレイアは、この体験に耐えられるかどうか、怪しかったのだ。
「私も、そのつもりで冷凍保存したのです。でもレイアは、そんな事望んでいなか
った。レイアは生きたがっていましたが、ジーク程、精神力は強くありません。」
 トーリスは、レイアの事を思い出す。彼女は愛しかった。
「レイアに問うた時、レイアは言ってくれました。ツィリルのために生きてくれと。
レイアは、自分が無理に生き返る事を望んでは、いなかったのですよ。」
 トーリスは、レイアの代わりに、ツィリルを愛すると心に決めたのだ。ツィリル
は、今でさえ、レイアに祈りを捧げてくれている。そんなツィリル無しでは、今で
は考えられない程だ。
 フジーヤは、納得すると、ルイシーの方を向く。
「・・・よし・・・ルイシー。行くぞ。」
 フジーヤは、ルイシーに合図をする。
「ええ。フジーヤ・・・貴方と過ごした時間は、忘れない・・・。」
 ルイシーは、そう言うと背中から2枚の翼が生える。
「トーリス。ツィリルちゃんと仲良くね。」
 ルイシーは涙を流していた。
「母さん。私は貴方と父さんの間に生まれて、幸せでした。何も返せずに見送る事
をお許しください。」
 トーリスは下唇を噛んでいた。天使となったら、もう母親と簡単に会う事も難し
くなる。
「良いのよ。・・・そしてジーク。貴方は希望なのよ。戻ってこなきゃね。」
 ルイシーは、聖母のような顔でジークを見る。ジークは、回復魔法が効いてきた
のか、綺麗な顔をしていた。しかし、未だに目が覚める事は無かった。
「じゃぁ・・・ジークの意識を繋げるわ。・・・後は、レルファちゃんの仕事よ。」
 ルイシーは、レルファの頭を撫でる。レルファも涙が溢れてきた。
「絶対成功させます!」
 レルファは、ルイシーに誓った。それが、自分に言える最高の言葉だと、知って
いたからだ。サイジンも、感涙していた。
「私は忘れない・・・。この光景を。」
 サイジンは、レルファの手をしっかり握ってやる。
「では・・・行くぞ。」
 フジーヤは、両手に意識を集中させる。そしてルイシーが、ジークの中へと入っ
ていった。これが、天使としての能力なのだろうか?
「レルファ。手を差し出せ。」
 フジーヤが指図する。レルファは黙って差し出した。フジーヤは、もう一方の手
で、ジークの頭を抑えている。
「では行くぞ・・・『魂流操心術』!!」
 フジーヤは、目を見開く。そして、レルファは、その瞬間痺れたと思ったら、気
絶してしまった。どうやら、ジークの意識の中に入ったらしい。
 『魂流操心術』の始まりの合図でもあった。


 ジークは、混濁の意識の中に居た。ここは、どこなのか見当もつかない。自分は、
どうやって、こんな所に飛ばされたのか?どうにも、分からないで居た。
 しかし確かな事を思い出した。自分は死んでしまったと言う事だ。これから、天
の楽園に行くのだろうと確信していた。ソクトアでは、死んだ者の魂は、魔の楽園
か天の楽園に行く事になっている。自分の属性によって、それは決定する。魔界や
天界は、それに準えて作られた異次元空間なのだ。魔の楽園や天の楽園をイメージ
して、作り上げた異次元空間こそが、魔界や天界なのだ。魔界には魔族が好むよう
に作ってあるし、天界は全てが見下ろせるように作ってある。それは魔の楽園や天
の楽園も同じ事なのだが、決定的に違うのは、死んだ者の魂でしか入れないという
点である。つまり死が決定していないと、天の楽園に入る事は出来ないのだ。ジー
クは幸い、天の楽園の方に向かっている。しかし、何故か、これ以上進めない。
(どういう事なのだろう?俺は、魔の楽園に行かなくては、ならないのか?)
 段々、ジークも意識がハッキリしてきた。混乱してはいるが、何かが、おかしい
と言う事には気が付いたようだ。
 どこからか呼ぶ声がする。
『兄さーん。どこに居るのよ!全く。』
 この声は酷く懐かしい声だ。聞き覚えもある。
(レルファ?まさか。アイツも死んでしまったのか?)
 ジークは嫌な予感がした。確かにレルファも重症だったはずだが、サイジンの部
屋で休んだのを見た時は、命に別状は無さそうだった。
『これじゃ、キリがないわ。』
 レルファは、怒っているように見えた。
(アイツを怒らせると怖いからな。)
 ジークは微笑むと、レルファの所へと走った。
『あれ?ジーク君だ!レルファちゃん!居たわよ!』
 よく見ると、ルイシーも居る。
(ルイシーさんが何で?)
 ジークは不思議に思った。それにルイシーの背中には、翼が生えていた。
『兄さん!そこに居たの?』
 レルファが近寄ってきた。
『ああ。これから、あの天の楽園に行こうと思ったんだが、進めなくてな。』
 ジークは説明してやる。そして見える先には、天の楽園が待っていた。
『さっき父さんが行くのが見えた。俺も、行かなきゃならないと思ったんだがな。』
 ジークは、ライルが悲しそうな目をしながら、天の楽園に入って行くのを見たの
である。しかしジークは、それも仕方の無い事だと思っていた。
『ジーク君。駄目よ。貴方は死んでいないわ。』
 ルイシーが真剣な目で見つめる。
『ルイシーさん。俺は胸を斬られて、死亡したはずでしょう?』
 ジークは自分の死を疑っていない。危険な兆候である。確かに死んではいるのだ
が、こうなると固定観念が先に来て、蘇生するという概念が、段々に失われていっ
てるのだ。
『それにレルファ。お前も死んだから、ここに来たんじゃないのか?』
 ジークは、レルファまで死んだ物だと思っている。
『兄さん。私は死んでないわ。サイジンが居るのに、死んでなんかいられないわ。』
 レルファは、ジークの手を握る。ジークの手は、冷たかった。自分という存在が
希薄になって来ているのかも知れない。
『お前の手は暖かいな・・・。そうか。俺と父さんだけ死んだのか。』
 ジークは溜め息をつく。
『父さんは・・・兄さんに後を託したのよ。今フジーヤさんが、兄さんに魂を戻そ
うと必死なのよ?』
 レルファは、フジーヤの事を説明する。ジークは、そこで初めて『魂流操心術』
の事を思い出した。
『そうか・・・。でも俺は、これ以上生きても、しょうがないと思っている。』
 ジークは、弱気な事を言った。
『何言ってるのよ!ミリィさんは、どうするの!?』
 レルファは、ジークに向かって怒鳴る。
『俺は・・・生き返っても英雄として、生きなければならないんだろ?』
 ジークは諦めきった表情をしていた。
『・・・兄さんが、望んだ事でしょ?』
 レルファは、兄がこんな事を言い出すとは思わなかったので、ビックリする。
『果たしてそうかな?と思っているんだ。父さんが英雄だったのは、間違いない事
だ。でも俺なんかが、務まる訳無い・・・。俺は、不動真剣術を継いだだけの人間
だよ。・・・ここまで闘って来たけど、疲れてるんだ。』
 ジークは、穏やかな表情だった。ライルが英雄と呼ばれて、自分もそうなろうと
思ったのは、小さな頃だった。その時は、父親に憧れて、自分もそれに応えようと
必死だった。しかし、それは自分が望んだ事なのだろうか?実際に英雄の再来とま
で言われた時に、疑問を感じたのだ。人々が求めているのは、ライルの幻影であっ
て、自分では無いのかも知れない。・・・と。
『俺は皆のために闘ってきた。それが正しいのかさえも、分からないんだ。』
 ジークは、心の内を明かす。特に魔族との戦いに連勝していく内に、思った疑問
だった。
『ジーク君・・・。でも、それは・・・。』
 ルイシーは、言葉に詰まる。ジークの言いたい事も分からなくも無い。訳も分か
らず、振り回されたと思い出したら、キリが無いのだろう。それだけの重圧に、い
つも耐えてきたジークである。それが一度死んだ事で、開放された時、その疑問は、
頭から離れなくなったのだろう。
『兄さんの馬鹿!!・・・何なのよ!それ!!』
 レルファは、涙を溢れさせた。
『兄さんは、今までの闘いは他人のためだったとでも言うの?それだけのためだっ
たと言うの!?そりゃあ私だって、皆の期待に応えたいと思って闘った時もあるわ!
でも、それは、自分が選んだ道だったはずよ!?』
 レルファは涙が止まらなかった。ジークの口から情けない事を聞きたくないのだ。
『確かに・・・父さんは偉大だった。私もそれは分かる。でも皆が付いていったの
は、兄さんだったからよ!!父さんじゃ駄目だったのよ?』
 レルファは思いの丈を語る。ライルはライル。ジークはジークだと言う事を言い
たいのだろう。
『それを何なのよ!兄さんは、皆が望まなきゃ今のままのソクトアで良いと思って
るの!?『人道』と言う方向性を示したのは、他ならぬ兄さんだったんじゃないの?』
 レルファは痛い所をついてくる。
(レルファちゃん・・・。よっぽど、憧れてたのね・・・。)
 ルイシーは、レルファの想いが伝わってくる。レルファは、ライルの娘として生
きてきた。しかし自分は、ライルのようにはなれないと気が付いたが、自分には、
ジークと言う兄が居る。兄が自分の代わりに、ライルのようになってくれると望ん
でいた。近いからこそ憧れる。憧れは、実の兄であるジークに対してだったのだ。
『はぁ・・・。俺も貧乏籤を引いたものだ。』
 ジークは、優しげな眼差しをレルファに向ける。
『お前さんは、すぐには楽には、させてくれないんだな。』
 ジークは、レルファの頭を撫でてやる。その撫でる手は、凄く暖かかった。ジー
クに生きる気力が、戻ってきた証拠だ。
『レルファ。お前が俺の妹で良かった。本当に、そう思うよ。』
 ジークは、そう言うと、これまでの死人のような目をしていなかった。非常に力
強い光が、ジークの目の中に宿る。
『チャンスがあるなら、俺は生きる。・・・そして、これからは自分のためにも、
生きて生きて、しぶとく生き抜いて見せる!』
 ジークは拳を握る。今までは、皆の期待に応えるために、自分を犠牲にした闘い
が多かった。だが、それでは、いつか身を滅ぼす。それでは駄目なのだ。自分を大
事にしてこそ、皆を助ける資格があると、ジークは気が付いたのだった。
『決まりね。それで良いのよ。ジーク君。』
 ルイシーは微笑んだ。
『ありがとう御座います。ルイシーさんは・・・戻れないんですね。』
 ジークは、悲しい目をする。さっき『魂流操心術』の説明を受けた時に、ルイシ
ーが、天使に戻ったのも、知らされていたのだ。
『これから見えなくなったとしても、貴方達の事は、ずっと見てる。安心しなさい。
でも、これは私だけじゃないわ。ライルも・・・きっと天の楽園から見てるわよ。』
 ルイシーは、ニッコリ微笑む。
『期待に応えるって言い方は止めます。これからは、俺の生き様を見てて下さい。』
 ジークの魂は、更に輝きを増す。
(レルファちゃんで、正解だったみたいね。)
 ルイシーは、フジーヤの人選の選択を見事だと思った。
『ルイシーさん。案内頼みます。』
 ジークは、目を輝かせると、ルイシーの指示を待つ事にした。
 ルイシーは、ジークとレルファを見ると、合図を出して前に進むのだった。
 レルファは、この兄の姿こそ、真の兄の姿だと思って安心するのだった。


 その頃、ルクトリア城では、サイジンがレルファを支えて、トーリスが、ジーク
の変化を見逃さないように注意していた。フジーヤは、汗だくになって休んでいた。
 フジーヤは、最後にジークの体に、蘇生を可能にするだけの魂を、注入しなけれ
ばならない。ライルの魂の力は、既に取得済みで、ジークに入れる用意がある。
 その時だった。ジークの体が、今までの生気の無い色から、ほんのりだが、血の
気が出てきた。トーリスは目を見張る。これは、正しく奇跡の光景だった。
「父さん・・・。これは・・・成功なのですか?」
 トーリスは、フジーヤに尋ねる。
「そうだと信じたいな。後は、レルファが帰ってくれば、確実に分かるのだがな。」
 フジーヤは、レルファが戻ってくるのを待つ事にした。その時、レルファの中に、
何かが入って行くのが見えた。
「・・・レルファが、動きました。」
 サイジンは、レルファが指先を動かしたのを見逃さなかった。
「・・・に・・・いさん。」
 レルファは、ボーっとしていながらも、目を覚まし始める。
「『精励』!しっかり。レルファ。」
 トーリスは、レルファに『精励』の魔法を掛けてやる。すると、レルファは意識
を取り戻して行った。
「・・・戻ったのね?」
 レルファは、自分の体が、自分の体じゃないんじゃないかと思うくらい、浮遊感
に包まれていた。
「お帰り。レルファ。」
 サイジンが、しっかりと手を握ってやる。レルファは、嬉しそうに握り返す。
「フジーヤさん。兄さんは・・・絶対に戻って来ます。」
 レルファは、確信を持って言った。どうやら相当な手応えを、掴んだようだ。
「・・・良くやった。・・・ルイシーもな。」
 フジーヤは、近くで居るであろうルイシーにも、声を掛ける。しかし、もう肉眼
では見る事が出来ない。それは、分かっている事だった。
「ジーク・・・。ライルの想いを無駄にする事だけは、するなよ。」
 フジーヤは、ジークの魂にも語りかける。今、正に戻ろうとしているのを、感じ
たからである。
「『魂流操心術』。これが、仕上げだ!!!」
 フジーヤは、目を見開くと、ジークの体の中に、ライルから受け継いだ魂を注入
していく。トーリスやサイジンでも、良く分かった。ジークの中に、ライルの大い
なる魂が吸い込まれて行くのがだ。肉眼で見える程、凄まじい魂の移動だった。
「・・・これが・・・『魂流操心術』・・・。」
 トーリスは、他の生物に入れ替える瞬間は、見た事があるが、蘇生の瞬間は無か
った。他の生物に魂を入れ替える作業は、本来の『魂流操心術』の使い方なので、
すんなり行くのを見たが、今回は、どうやら違うようだ。相当な疲労だろう。フジ
ーヤは、蘇生させるのに、全精力を使っているようだ。
「・・・トーリス。」
 フジーヤは、そんな中、トーリスに声を掛ける。
「後でで良いから、ルクトリア城の、俺の部屋の引き出しの3番目を開けろ。」
 フジーヤは、奇妙な事を言う。
「そんな事で良いなら、引き受けますよ。」
 トーリスは、キョトンとする。いきなり、妙に現実的な事を言い出すから、ビッ
クリしたのだろう。
「ちょっと俺は、疲れて動けないだろうからな。悪いな。」
 フジーヤは、ニヤリと笑う。なる程、確かにフジーヤは、この作業に全力を傾け
る覚悟なのだろう。トーリスにも、それは伝わってきた。
「・・・ふぅ。もう少しだ。」
 フジーヤは、魂の移動に満足していた。
「・・・ルイシー。後で・・・案内を・・・頼む。」
 フジーヤは、段々意識が無くなってくる。疲労が、頂点に達して来たのだろう。
「・・・ハァァァァアァアアア!!!!」
 フジーヤの気合と共に、ジークの体が、凄まじい勢いで光る。
 そして、ジークの体の中に、何かが入って行くのが分かった。それを確認すると、
フジーヤは、満足そうな笑みを浮かべる。
「ふう・・・。少し・・・疲・・・れた・・・ぜ。」
 フジーヤは、そう言うと、柱に体を横たえる。相当な疲労だったのだろう。
 そして、ジークの心音が、段々聞こえてきた。そして、ジークの体が、ピクッと
動く。そしてジークが、目を覚ました。
「ジーク!!」
 トーリスが、喜びの声を上げる。そして、レルファやサイジンも、嬉し涙でいっ
ぱいになった。しかしジークは、どこか虚ろだった。
「どうしたのです?疲れているのですか?『精励』!!」
 トーリスが『精励』で疲れを取る。しかしジークは、手を閉じたり開けたりして
いた。そして、その瞬間に涙が出てきた。
「何で泣くのです?」
 サイジンは、意味分からなかった。喜びで、感涙しているのであろうか?
「・・・俺は帰ってきたのか・・・。」
 ジークは、生きる喜びを噛み締めたが、その横で、ライルの棺を見る。
「父さんは・・・兄さんに、全てを託したのよ。」
 レルファが、悲しそうな目をする。しかし、しょうがない事だと理解している。
「ジーク。これからは、無理させませんよ。」
 トーリスは、我が事の様に喜んでいた。ジークは、申し訳無さそうな顔をする。
「トーリス・・・。済まん・・・。」
 ジークは、トーリスに向かって、涙を流しながら頭を下げる。
「ど、どうしたのです?」
 トーリスは、そこまで手伝っては居ない。全ては、フジーヤとルイシーと、レル
ファのおかげだった。
「礼なら、父さんに言ってください。」
 トーリスは、ニッコリ笑う。
「もう・・・それは、叶わないんだ・・・。」
 ジークは、涙で溢れる。
「俺は・・・最後に、フジーヤさんの魂を感じた・・・。」
 ジークは、涙の訳を言う。
「・・・まさか・・・?」
 トーリスは、フジーヤに駆け寄る。そして脈を取る。しかし、フジーヤに脈は感
じられなかった。そう。フジーヤは魂の移動の際、ライルの魂だけでは足りなかっ
たのを、感じたのだ。そこで、自分の魂でそれを補ったのだ。そして、最後の一瞬
まで、魂を出し続けて、フジーヤの魂は尽きるまでジークに注入されたのだった。
「父さん?・・・そういう・・・事だったの・・・ですね。」
 トーリスは、フジーヤの最期の言葉を思い出す。ルイシーに、案内を頼むと言う
のは、自分が死ぬであろう事を、予感していたに違いない。
「そんな・・・フジーヤさん!!!」
 レルファが、違う意味で涙を溢れさせる。
「・・・父さん・・・。」
 トーリスは涙を堪える。そして、拳を堅く握ると、その拳からは血が滲み出た。
「俺は・・・父さんだけでなく・・・フジーヤさんまで・・・。」
 ジークは悔やむ。どれだけ犠牲にすれば、良いのか?とさえ思った。
「ジーク。・・・父さんは、最期に満足する仕事をしたのです。そんな顔は、しな
いで下さい。私は、寧ろ、誇らしく思います。」
 トーリスは、拳から血を滴らせながらしゃべる。
「父さんの想いを・・・受け継いで下さい・・・。」
 トーリスは、そう言うのが精一杯だった。
「ああ。約束する。俺は、父さんやフジーヤさんに、生き様を見せてやる!」
 ジークは天に向かって、そう誓った。おそらくフジーヤは、満足そうな笑みを浮
かべているに違いなかった。柱にもたれ掛かる瞬間も、笑顔で満ち溢れていたのだ
から・・・。フジーヤは、ジークを生き返らせるのに、全てを費やしたのだった。
 こうしてジークは死の淵から蘇った。この蘇生が、ジークにとって、決して忘れ
る事の出来ない、最高の力の糧になる事は、疑いようが無かった。



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