NOVEL 4-3(First)

ソクトア第2章4巻の3(前半)


 3、動向
 中央大陸の南端部であり、ストリウスとの国境付近に位置するワイス遺跡。その
すぐ傍に佇むのが、優雅なる次元城である。次元城は、特殊な加工が施されており、
外からの侵入は、不可能で、一つしか無い門には、十分な警備を備えている。
 只でさえ、強力な次元城だが、この頃、特に警戒が強い。それには訳があった。
魔族も、いよいよもって、危機感を募らせたのか、攻勢に出る事にしていた。思い
当たっては、近くに居る「無道」の連中。そして「法道」には、度々仕掛けている。
だが、もう一つの道である「人道」には、手を出さないで居た。
 それには理由があった。まず「人道」に手を出して、痛い目にあっていると言う
事実がある。そして、打ち破るだけの戦力が、まだ整ってないためだ。幸いな事に、
「人道」の者達も、「総投票」の準備で忙しいとの事で、戦力を整える時間はある。
何よりも、主力の者の回復を急がなければならない。魔人のレイリーと、魔界三将
軍だけでは、小競り合いは出来ても、本気での攻め込みにはパンチが足りない。
(やるからには、勝算が有って、初めて行かねばならない。)
 グロバスは、全く勝算が無いのに行く程、愚かでは無い。冷静に分析しても、戦
力が足りないのだ。無謀と勇気の違いを、グロバスは心得ている。いくら、部下が
せがんでようと、無理な物は、無理だと言う事も、大事なのだ。
 しかし、魔界三将軍は、鬱憤が溜まりつつあった。自分達が呼ばれたのは、何の
ためだったのか分からない。一気に決着を付けるために、呼ばれた物だとばっかり、
思っていたのだ。しかし実際は、小競り合いに行かされる事が多く、グロバスを崇
拝してるとは言え、疑問を持たざるを得ない状況になりつつあった。
「俺達は、何のために呼ばれたのか・・・。その答えを、グロバス様は、お示しに
なられない。俺達は、信用されてないと言うのか?」
 魔界三将軍の一人、『赤炎』のシュバルツは、顰めっ面をする。この頃の小競り
合いには、もうウンザリしているのだ。
「そう腐らない事だよ。愚痴を言っても、始まらないよ。」
 『黒炎』のジェシーが、冷たい目を向ける。ジェシーも、疑問を持っているが、
抑えているのだ。
「・・・待てない・・・。」
 『青炎』のミュラーまでもが、文句を言う。相当、気に食わないのだろう。
「確かに、アンタ達の鬱憤も分かる。俺だって、気にいらねぇさ。でも、グロバス
様は、まだ勝算が見えないのだろう。仕方ない事だと、諦めな。」
 レイリーは首を振る。自分だって、小競り合いに付き合わされるのは、冗談じゃ
ないが、「人道」の力を充分に理解しているだけ、三将軍よりは抑えられてる。
「もう、力は充分に取り戻した!後は、我らの力を見せ付けるだけだ!」
 シュバルツは、拳を握る。
「甘いぜ。その程度じゃ、復活したジークにやられるのがオチだ。」
 レイリーは、ジークの力を理解している。しかも、ライルの魂を受け継いで、ワ
イスを破り、健蔵と一進一退の攻防を続けられる程の、力の持ち主となると、いく
らレイリーと言えど、慎重論を唱えざるを得ない。
「我らを甘く見ると、後悔するぞ?」
 シュバルツは、鬱憤の矛先をレイリーに向ける。
「俺は事実を言っているまでだ。アンタらは、あのワイスの力を信用してないのか?」
 レイリーは痛い所をつく。三将軍だって、ワイスの力は知っている。あのワイス
を破る程の力の持ち主が、「人道」に居る。それが、信じられないのだ。
「ワイス様の調子が、悪かっただけじゃないの?」
 ジェシーは、軽口を叩く。
「それで済むなら、グロバス様だって、すぐに攻め込むだろうよ。」
 レイリーは、溜め息を吐く。
「・・・倒せば・・・良いだけ。」
 ミュラーは、冷たい目を宿していた。
「全く・・・要するに、暴れ足りないんだろ?分かったよ。付き合うから、訓練し
ようぜ。俺達の力がアップしなきゃ、前に進まないんだからよ。」
 レイリーは呆れていた。この三将軍が愚痴を言い出す時は、大体修練を望む時だ。
「さすがは魔人さんさね。」
 ジェシーは、嬉しそうに笑う。鬱憤をレイリーにぶつける瞬間は、楽しくて、し
ょうがないのだ。レイリーと三将軍は良い力のバランスだった。多少、レイリーが
上だが、ハッキリと上と言う訳でも無い。修練するには、丁度良い強さなのである。
「そこまでだ。」
 後ろから声がした。いや正確には、上から声がした。グロバスの声だった。
「そなた達の、強さへの欲求は見事である。だが、今日は参集せよ。」
 グロバスが、参集を掛けた。4人はキョトンとした。三将軍が来てから、皆を集
めると言う事は、中々しなかった。余程の事が、あるのだろう。小競り合いの際に
も、レイリーに言伝を伝えるだけだったので、何かが有るに違いない。
 4人は言われるまでも無く、すぐにグロバスの神魔王の間に集まる。
「魔界三将軍並びに、魔人レイリー、参上仕りました。」
 レイリーが挨拶をする。
「魔人よ、ご苦労。・・・今日は、そなた達に朗報がある。」
 グロバスは4人を見渡す。グロバスが合図をすると、奥の扉が開く。
「・・・おお!魔王剣士殿!」
 レイリーが、驚きの声を上げる。そこに居たのは、健蔵だった。
「レイリーか。俺は、生きていたのだな・・・。」
 健蔵は死の淵を彷徨っていた。しかしそれに打ち勝ったのだ。
「グロバス様。お久しゅう御座います。迷惑を、掛けてしまいました。」
 健蔵は、恭しく礼をする。
「畏まらんでも良い。お前が復活しただけでも、良しとしよう。」
 グロバスは、嬉しそうに笑みを漏らす。
「健蔵よ。ワイスに感謝すると良い。」
 グロバスは、そう言うと健蔵に何かを投げる。
「・・・これは・・・まさか・・・。」
 健蔵は、拾い上げると、何かを理解した。
「そうだ。ワイスの・・・角だ。」
 グロバスは、目を瞑る。その角は、ボロボロに朽ち果てていた。
「ワイスは、最後に託した角の中に、最大級の回復の力を込めたに違いない。」
 グロバスは、説明してやる。
「俺は・・・またしても、ワイス様に救われたと言うのか・・・。」
 健蔵は、今更ながらワイスに感謝する。
「健蔵よ。ジークが、復活した。」
 グロバスは、間髪入れずに健蔵に伝える。
「承知しておりまする。俺も死の淵で、ライルが死に、ジークが甦ったのを、感じ
ました。そして、俺と同じ、遺産と言う名の力をもらった、ジークを見ました。」
 健蔵は、死の淵で苦しみながらも、その事を感じ取っていたのだ。
「存じていたか。ならば、何も言うまい。」
 グロバスは、深く追求するような無粋な真似はしない。
「グロバス様。お言葉ながら、健蔵殿に、甘くありませぬか?」
 シュバルツは、面白く無さそうな顔をする。
「フッ。このグロバスは、力ある者を優遇する。その基本姿勢は、変わらぬぞ?」
 グロバスは、鼻で笑う。
「シュバルツ。納得出来ないのなら、力で示せ。それが「覇道」の掟だ。」
 健蔵は、シュバルツに向かって言い放つ。
「このシュバルツ、そう言われて、引っ込む程、甘くは無いぞ。」
 シュバルツは、恐ろしいまでの、瘴気を放つ。
「・・・シュバルツ。俺は死の淵から甦ったばかりだ。だが、その程度の力で、臆
する程、弱くは無い。」
 健蔵は悟りきった眼をしていた。そして、何と健蔵は神気を出し始めた。
「なっ!!!?」
 その場に居た者、全員が驚愕した。健蔵が出しているのは、紛れもなく神の力で
ある神気であった。
「俺は、力に目覚めたばかりだが、貴様を捻るくらい、造作もない。」
 健蔵は、今度は瘴気を出し始めた。すると、シュバルツなど及びもつかない程の、
瘴気を出し始める。この力は、ワイスを彷彿させるような力であった。
「・・・健蔵殿・・・いや健蔵様。私が、間違っておりました。」
 シュバルツは、素直に頭を下げる。魔族は、力が全てである。その力を健蔵が、
示したのなら、位は健蔵が上なのである。それが魔族の全てであった。
「俺も、大人気無かったな。ちょっと気が立ってた。許せよ。」
 健蔵は、力を抜く。
(健蔵め。化けおったな。)
 グロバスも、嬉しい誤算だった。健蔵が、死の淵を得た事により、ワイスの遺産
もあってか、大幅なパワーアップを遂げていたのだ。
「健蔵よ。お主の力は、ワイスの力に匹敵する。そして、神気を極めた事もある。
お主は、これから「神魔剣士」と名乗るが良い。」
 グロバスは、もう健蔵の力は、神魔に匹敵すると判断したのだ。
「有難きお言葉。その名誉に、応える働きをしたく存じます。」
 健蔵は一礼する。健蔵は、クラーデスとは違う。飽くまで「覇道」を貫くために、
尽力する。それがワイスの願いでもあり、捧げ物にもなると思っているのだ。
「そうか。他に望みはあるか?お主なら、我が片腕と呼んでも支障は無い。」
 グロバスは、最大級の賛辞を与える。健蔵は、既にグロバスの次に、力を付けて
いる。その事実が、この「覇道」では重要なのだ。
「ワイス様の願いである「覇道」を世に知らしめる。そして、神々や人間を打倒す
るのが、我が願い。変わりはしませぬ。」
 健蔵は、変わらぬ忠誠を誓う。
「ただ・・・ジークだけは、俺の手で討ちたい。それだけで御座います。」
「・・・やはり、ワイスは忘れられぬか。」
 グロバスは、健蔵とワイスの仲を知っているだけに、否定は出来なかった。
「グロバス様。違うのです。私は、ワイス様から頂いた力で、純粋にジークに勝ち
たい。それだけなのです。憎しみや悲しみ、そして、怒りや喜びまで力に変えるジ
ークを、俺は、今では尊敬してます。そのジークに、勝ちたいのです。」
 健蔵は、今の心境を語った。
「・・・死の淵で、何があった?」
 グロバスは、健蔵の悟りきった目に、一途の不安を覚える。
「ワイス様の仇が憎いと言うだけでは、ジークには勝てませぬ。勿論、今も憎い事
には変わりませぬ。だが、ジークとて俺と同じ。互いに仇です。それでも、ジーク
は、憎しみを純粋なパワーに変える事でしょう。それは、闘って分かった事です。」
 健蔵は、ジークの強さを探っていたのだ。死の淵で辿り着いた答えは、全ての感
情を力に変える事だった。それが、ジークにあって、健蔵に無い物だと思った。そ
れを理解した瞬間、健蔵は、ジークに勝つ事だけを思うようになったのだ。
「私をも越える感情だな。お前が、それに辿り着いたのなら良い。存分に暴れるが
良い。私とて、ワイスが倒された時に、ジークの強さを分析した。同じ答えであっ
た。それに、お前が辿り着いたのなら、文句は無い。」
 グロバスも、ジークの強さを理解し始めていたのだ。ワイスは最期、闘いを楽し
んでいた。それに呼応するかのように、ジークも尊敬の念を込めて闘っていた。
「いざという時は・・・死の淵で手に入れた力を、解放します。」
 健蔵は、決意の目をしていた。そしてグロバスは、健蔵が何を手にしたのかが、
分かった。類稀な究極の力であろう。それは皮肉にも、ジークが目覚めた力と、同
じであろう事は、想像出来た。
 健蔵が再び立ち上がる。その事実は、すぐに周知に知れ渡り、「覇道」に健蔵あ
り。と知らしめる結果となった。そして他の道にとって、それは脅威な事であった。


 次元城は活気付いてきた。健蔵が、より強くなって帰ってきた事は、「覇道」に
とって、朗報だった。何よりも、健蔵がワイスの息子だと言う事が、公表されたの
だから、尚更である。
 これで小競り合いをする必要は無い。モタモタしている「法道」や、この頃、動
きが無い「無道」。そして「総投票」で忙しい「人道」を出し抜くチャンスとも言
えた。しかしグロバスは、その勢いを諫めた。それを魔族達は不満に思ったが、グ
ロバスの演説によって更なる勢いを得る事になった。グロバスは、こう言い放った。
「皆の者!今は、そなたらが言うように好機であろう。だが健蔵が帰ってきた「覇
道」は、そのような卑屈な真似はしない!全ての道に対して、宣戦を布告して、堂
々と勝ち進む。それこそが真の勝利と言えまいか!?そして、それが可能なのは、
力を追い求める、我らだけであると言う事を、忘れてはならない!!」
 グロバスは、これを空のビジョンを通じて流したのだ。大胆な宣戦布告である。
「良く考えてみるが良い。力無き者が治める世の矛盾を、誰が解消すると言うのだ?
優れたる者が統治する事で、大いなる結束が生まれる。その考えこそが「覇道」の
基本なのだ。我らは、その考えを貫くため、他の道を打倒する事を宣言する!」
 グロバスは「覇道」の基本の考えを述べて、終わりにした。これで、今後のやり
方を公布した「人道」。そして最初に宣言をした「無道」、そして「覇道」と、考
え方を示した。しかし「法道」だけは、神の御心の事しか話していない。無論、こ
のままでは、他の道に、勢いも人の流れも、負けてしまうだろう。そこでミシェー
ダは、反論する事にした。
「神のリーダーである運命神ミシェーダ=タリムである。このソクトアの乱れを正
すため、敢えて宣言をする事にした。心して聞くが良い。」
 ミシェーダも、空のビジョンを使う。もうやり方を、選んでられないのだろう。
「皆は「法道」が、どのような考えか、イマイチ理解してないようだ。我が御心を
教えよう。「法道」は、このソクトアを、天界と等しく理想郷を目指すために、立
ち上げた道である。理想となる、我が天界と言う手本が、基盤となるのだ。」
 ミシェーダは、ソクトアを天界のような世界にするつもりだった。
「皆が理想郷に住まう未来図を、予想してみるが良い。それこそが、理想では無い
のか?その理想を否定する者共は、何を考えているのか?人間の、究極の理想を叶
えるべく、私は立ち上がったのだ。その理想を壊す者には、この運命神の鉄槌が下
される事だろう。理想のために立ち上がる人々が、真なる心をつ掴むと、私は信じ
ようと思う。以上だ。」
 ミシェーダは、理想郷と言う餌を、ぶら下げる事にしたのである。人間なら、誰
しもが、住みたいであろう天界。それが、どんな世界なのか思い描いた者は、たく
さん居るだろう。それを餌にミシェーダは「法道」を確立しようとしているのだ。
 それを聞いたレイリーは、不快感を露わにした。
「ふざけるんじゃねぇ!!魔族達を魔界に落として、自分達だけが天界と言う住み
易い世界を作って?その上ソクトアまで、天界に作り変えるだと?奴ら、何でも出
来ると思ってやがる。何様なんだよ!!」
 レイリーは、拳を上げて怒った。魔界三将軍も同じ思いだった。いや、魔界三将
軍だけではない。魔族なら、誰しも思うだろう。天界の傲慢さが伺える演説だった。
「偽善、甚だしいな。それに付いて行く人間もな。」
 シュバルツは、「法道」を改めて軽蔑する。
「・・・囀るな!!」
 ミュラーでさえ、怒りを露わにする。
「所詮、奴らは、アタシ達の事は、ゴミ以下としか思ってないのさ。」
 ジェシーも、溜め息を吐く。
「俺は元人間だ。だけど、天界の言う事が、こんなに理不尽だと思った事はねぇ!」
 レイリーは、怒りにギラついていた。
「熱い事を言うじゃないのさ。」
 ジェシーは、レイリーの事を見直していた。最初は、元人間と言う事で、優遇さ
れてる坊ちゃんだと思っていたが、修練を一緒にやる内に、本物の強さを目指して
いると言う事も分かっていた。
「その意気だ。頑張るんだよ。」
 ジェシーは、奥の部屋に引っ込んだ。どうやら、力を蓄える時間のようだ。まだ
完全には、戻っていないのだ。
「・・・休む。・・・また会おう。」
 ミュラーは、そう言うと違う部屋に引っ込む。
「シュバルツは、良いのか?」
 レイリーは、シュバルツが引っ込まないのを不思議に思っていた。
「俺は、もう休む必要は無い。全ての力を取り戻した。」
 シュバルツは、顎に手をやる。
「ミュラーは、もうちょっとだが、ジェシーは、まだまだ掛かりそうだな。」
 シュバルツは、同僚の力の具合を予測していた。
「しかし回復具合が違うってのも、ある物なんだな。」
 レイリーは、感心していた。
「そうじゃねぇんだよ。皆、回復具合は同じさ。」
 シュバルツは、自嘲気味に言う。
「俺が、一番弱いから回復が早い。それだけの事だ。」
 シュバルツは、両手を広げるジェスチャーをする。
「・・・本当かよ・・・。」
 レイリーは、俄かに信じられなかった。ミュラーはともかく、あのジェシーが、
一番強いとは、予想がつかなかった。
「ミュラーは、それでも俺と同じレベルさ。大して力の差は無い。だがジェシーは
別なんだよ。あの女は、俺達が2人で掛かっても勝てん。今の時点じゃ互角だがな。」
 シュバルツは、本音を明かす。
「そんな強いのか・・・。参ったな。」
 レイリーとて、女性に抜かされたのでは、格好がつかないと思っている。
「下手なプライドは捨てな。「覇道」は、力こそ全て。その証拠に、俺の名前をあ
の女は、力で奪ったんだぜ?」
 シュバルツは、悔しい出来事を思い出した。
「どう言う事だよ?」
 レイリーには、訳が分からない。
「魔界では、黒は強さの証なのさ。そして俺が「黒炎」のシュバルツだったのさ。」
 シュバルツは、レイリーに明かす。
「なんだって!?」
 レイリーは、ビックリした。
「俺の名前「シュバルツ」と言うのは、元々「漆黒」と言う意味があるそうだ。俺
は、それに負けぬように修練を積んだ。ガムシャラにな。」
 シュバルツは、名前の由来を話す。
「そして俺は「魔界剣士」の座を手に入れて、その中でもトップの力を持っていた。
健蔵が、まだ産まれる前の話だがな。ミュラーと、良い勝負を繰り返すエリートだ
ったのさ。そう。ジェシーが来るまではな。」
 シュバルツは、顔を顰める。
「その当時、とてつもない奴が、どんどん伸し上がっていると言う噂が流れた。そ
れが、ジェシーだった。俺も最初は、気にも留めなかったが、「魔界剣士」まで昇
格したと言う事で、顔を合わせたのさ。その時、俺は驚愕した。」
 シュバルツは、首を振る。
「信じられるか?ジェシーは、まだ14歳の少女だったんだぞ?俺は、呆気に取ら
れた。それと同時に、プライドに障ったさ。同格に、こんな小娘が居るってな。」
 シュバルツは、目を細める。
「勿論、ミュラーも同じだ。俺達は、ジェシーに「黒炎」のシュバルツと「青炎」
のミュラーとして、ジェシーの事を認めないと言い放ったんだ。そしたら、ジェシ
ーは、決闘を申し込んで来たのさ。俺達二人にな。無謀だと思った物だ。」
 シュバルツは、その当時を振り返る。あの時は、シュバルツも魔族では若かった。
「俺とミュラーは、少々懲らしめるつもりで、ジェシーに二人掛かりで闘ってやっ
たのさ。・・・だが・・・負けたのさ・・・。2人同時に相手してな。」
 シュバルツは、その時、自分の力の無さが情けなかった。修練した。そして強く
なったと思っていた。だが、それは少女の強さの、何分の1だったのだろう?
「ジェシーは、とにかく近寄らせない程の鞭捌きだった。俺達の攻撃は、掠りもし
なかった。ミュラーを縛り上げられたと思ったら、既に俺は、違う鞭で、縛り付け
られていた。鞭を解こうにも、凄まじい魔力で、切れなかったのさ。」
 シュバルツは、縛り上げられた時の屈辱を、忘れない。
「完敗さ。それからすぐだ。俺は「赤炎」のシュバルツと、改名されたのはな。」
 シュバルツは、言われた時に素直に従った。それが魔界の掟だったからだ。
「恐ろしい話だな・・・。」
 レイリーは、改めてジェシーの強さを思い知る。
「俺は「赤炎」と呼ばれているが、自分では「積怨」のシュバルツだと思っている。
俺は、あの時の自分に対して、許せないのさ。」
 シュバルツは、話し終える。
「だが、俺は、もう少しで限界さ。分かっているのさ。ミュラーと、同程度にしか
なれない。ミュラーも同じ想いだろう。」
 シュバルツは、盟友ミュラーの部屋を見る。
「アイツは、常に「青炎」として、俺のサポートに徹してきた。アイツの想いは、
言葉が少なくても、伝わるのさ。」
 シュバルツは、ミュラーとは長い付き合いだ。
「そんな事を、何で俺に明かすんだ?」
 レイリーは不思議に思っていた。恥ずべき事実を、何故話してくれるのだろうと。
「お前には、可能性がある。そして、ジェシーを超える程の才能があると、俺は見
た。それを信じたい。それだけの事だ。」
 シュバルツは、いつもは見せない程の信じ切った目をしていた。
「俺達は、ジェシーには付いていけん。だが、お前は違う。最初会った頃より、更
なる成長を続けている。」
 シュバルツは、レイリーの肩を叩く。
「グロバス様のような、特別な才能が無い俺達は、もうこれからは、衰えるだけだ。
もうジェシーに対する怨みも、薄れてきた。俺とミュラーは、ジェシーを支える強
さを持つ者を、探していた。」
 シュバルツは、優しげな目をする。
「俺が・・・そこまで?」
 レイリーは、さすがに戸惑っていた。自分に自信を持っている方だが、人から頼
られると、ちょっと弱気な面を見せてしまう。
「最初は、健蔵を、そうさせようと思っていたが、アイツは化け物だった。アッと
言う間に、ジェシーすら追い抜きやがった。今なら、それも納得出来る。ワイス様
の息子だと言うのだからな。俺が、この前怒ったのは、それを確認するためさ。死
の淵を彷徨って、なお、あれだけの力が出せるのは、血の為せる業かも知れんな。」
 シュバルツは、この前のいざこざは、わざと演出して見せたのだ。魔族のために
なるのなら、そして「覇道」のためになるのなら、いくらでも、やられ役を買って
みせる。そう心に決めていたのだ。
「アンタも、損な役回りだな・・・。」
 レイリーは、シュバルツの肩を叩き返す。
「ミュラーにも言ってくれ。俺より徹している、ミュラーにもな。」
 シュバルツはニヤリと笑う。それが、レイリーには心地良かった。
「約束は出来ないが、ジェシーと、対等になれるよう、努力するさ。」
 レイリーは、シュバルツの目を見て言った。
「それで良い。ジェシーは、まだ恋愛相手が居ないからな。」
 シュバルツは、からかうようにレイリーの肩に手を置く。
「そ、そんな不順な動機じゃねぇぞ!」
 レイリーは、顔が真っ赤になった。
「ハッハッハ。若いな。だが、向こうは、多少興味を持っているようだし、逃がす
なよ。お節介のようだがな。」
 シュバルツは、豪快に笑って、休み部屋に向かった。力を蓄えるのでは無く、普
通に休むために、行ったのだろう。
「・・・どう言う期待されてるのかなぁ・・・俺。」
 レイリーは、その場で唸りながら考え込んでいた。
 だが、シュバルツの言葉は、胸に染みる言葉だった。その期待を、裏切らないよ
うに、努力する事を誓うのだった。


 ルクトリアでは、大いに盛り上がっていた。それも、そのはずである。記念すべ
き民間からの、国事総代表が決まる日だからだ。その証拠に、貴族ですら数える程
しか居ない。勿論、王族は一人も居ない。総投票の重要性は、公布された掲示で分
かっている。そして、15歳を過ぎた男女全員に投票権があるのだ。その内、上位
20名が国事代表となり、最高数を取った者が、国事総代表になると言う仕組みだ。
 既に投票用の魔力の紙を、国民には配布してある。そして、誰が良いか3名まで
選ぶ事が出来る。その3名を、自動的に魔力で読み込んで、数を数えて行くと言う
方式を取った。最初は、全て手動でやろうと思っていたが、とても無理だと悟った
のだ。それに、この方式でやれば、不正や無効票なども、すぐに分かるようになっ
ている。だが、その基本システムの紙を作るのに、膨大な魔力を必要としたのは、
言うまでもない。だが、ルクトリア城内の魔術師や、トーリスなどの力によって、
完成したのであった。
 そして、やっと開票の時がやってきた。ルクトリア城の城門で、全てを発表する
つもりで居た。しかも結果は、トーリスですら知らない。だが、投票用紙を、魔力
の箱に入れていく事によって、誰が一番票を取ったか目で見えるようになっている。
(魔力を投票に活かすなんて、ソクトアらしいやり方だ。)
 ジュダは、他の星の投票を知っているだけに、画期的で効率的だが、独自の方法
だと思った。ここまでシステム化させるトーリスも、大した人物だと思った。
「では、これより開票を始める!」
 トーリスが宣言すると、ルクトリアの街全体が、歓声に包まれた。それ程、皆が
興味を持っていると言う事だろう。
 そしてトーリスを始め、スタッフが、どんどんと魔力の箱に投票用紙を入れてい
く。すると、用意されていた掲示板に、どんどん数字が刻まれる。数字は、アッと
言う間に処理されていく。
「・・・む。」
 トーリスも掲示板を見ていた。そして、観衆から大きな歓声が聞こえた。
 ある人物の票が、凄まじい勢いで、伸びていったのである。
「これは・・・決まりですな。」
 サイジンは、掲示板を見て、納得する。
「皆が選んだんなら、間違いないな。」
 ジークも納得する。その人物とは、言うまでも無くルースだった。下馬評でも、
圧倒的な支持率だったが、本番でも順調に伸びていった。
「俺が・・・こんなに・・・。」
 ルースも、半分呆気に取られていた。自分でも、信じられないくらいの支持率だ
った。人々とて、馬鹿ではない。ライルに政権が変わった時に、誰が一番手を尽く
していたかを、覚えていたのだ。ルースは、街の中心で復興を手伝っていた。それ
が今、効いているのだろう。
「こう数字で見えると、圧巻よね。」
 レルファも、驚きの目を向けていた。
「お父さん、すごーい。」
 ツィリルは、目を丸くしていた。父親が、ここまで人気があるとは、思って居な
かったのだ。だが、納得の出来る結果でもあった。
「皆で選んで、皆で決める。「人道」だけの特権ね。」
 ルイは、この観衆の熱気と、今日の図を忘れる事は、出来ないだろう。
「肩書きなんて関係ない・・・か。何だか、泣けて来ちゃうな。」
 ゲラムは、自分はプサグルの第2王子だが、これこそ、本当の代表の決め方だと、
強く思っていた。生まれる前から王子だった自分より、よっぽど理に適っている。
「ストリウスでも、実践して欲しいネ。」
 ミリィは、ストリウスのような自由な風潮のある国こそ、この制度を取り入れて
欲しいと思った。
「もう発表しましょう。見るまでもありません。初代国事総代表は、決まりです。」
 トーリスは決意する。観衆は、興味津々で掲示板を見ていた。
「皆さん。ご覧の通りです。初代国事総代表が、決定しました。」
 トーリスは、多少ビジョンを掛けて、宣言する。すると、観衆から惜しみない拍
手が生まれる。
「発表しましょう。初代国事総代表。ルースさんです!」
 トーリスが宣言して、台座を空けると、ルースを台座へと押し上げる。すると、
人々の間から、轟音のような歓声が聞こえた。
「あー・・・。こう言う場は、余り慣れてないので、緊張してます。」
 ルースは、照れながら答える。すると観衆から、笑いが起こった。
「でも皆が、俺を選んでくれた事に対する、感謝の気持ちは、隠さないつもりだ。」
 ルースは、皆に向けて手を振る。
「俺に出来る事を出来るだけ尽くす。そして、後悔の無いように、努めるつもりだ。
よろしく頼む。そして、ありがとう!」
 ルースが、そう言って手を上げると、観衆から豪雨のような拍手が巻き起こる。
「すごーいなぁ。」
 ドラムも、ビックリしているようだ。
「お。続々と、決まるみたいだぞ。」
 ジークは、数を見ていく。ルース程、圧倒的では無いが、確実に票を伸ばしてい
る人が、チラホラと見かけるようになった。しかし、その多くが、ルースと共に復
興に参加した人ばかりだった。やはり、そう言う所で、差が出るのだろう。
「これからは大役だな。頑張れよ。」
 エルディスが、ルースを励ましてやる。
「何かあったら言えよ。俺も手伝うぞ。」
 グラウドも、協力を惜しまないつもりだった。ライルを通じて、仲間になった絆
は、思ったより深いようだ。
「本当に慣れない仕事だがな。ライルだって頑張ったんだ。負けないようにするさ。」
 ルースは、誇りを持って、国事総代表を努めようと思っていた。
(ライル。見ていろ。ルクトリア、いや「人道」の第一歩を輝かしい物に、して見
せるからな。お前の所に行く時まで、俺は走り続けるぞ。)
 ルースは、天に向かって報告した。誰よりも親友だったライルのために、ルクト
リアを愛した亡きシーザーのためにも、ルースは誰よりも、ルクトリアを発展させ
ようと誓ったのである。


 「人道」の総投票の様子は、各国に伝わっていた。そして、初代国事総代表ルー
スの名前は、全ソクトアに知れ渡っていった。それは他の国にとっても、衝撃的な
事であった。民間人から、国の纏め役を決めるなど、どこから発想が出てくるのか?
ルクトリアのやり方は、正に人のための道であった。
 デルルツィアでも、その報せは知れ渡っていて、ヒルトやゼルバ、それにミクガ
ードなどの耳にも、入るようになった。
 ミクガードは、考え込んでいた。本当に人々の事を考えるのなら、ルクトリアが
取った総投票を、このデルルツィアでも、するべきでは無いか?と。だが、復興が
終わるまでは軽々しく、そんな事は出来ない。そこが、考え所でもあった。別に王
と言う肩書きに、ミクガードは未練は無い。出来れば、自由の身になりたいと思っ
た事さえある位だ。だが、デルルツィアの再建こそ、自分の仕事であり、亡き父親
の願いでもある。そう簡単に、投げ出しは出来なかった。
 一方、プサグルを追放されたヒルトだが、時の流れを考えれば、良い事だったの
かも知れないと、思い始めていた。今回は「法道」を中心に、取られてしまったが、
ルクトリアが、総投票を成功させた事によって、プサグルにも、総投票をと言う声
が、挙がって来るだろう。ここデルルツィアでも、挙がるくらいだ。
 考えてみれば、極自然な流れなのかも知れない。今まで、当たり前のように、王
が居て、その国を治めて、一族が継いでと、して来たが、どこかで、弊害が生ずる
に違いなかった。人々と王が、永遠に上手く行くなど、有り得る訳が無い。それを
考えれば、王政と言うのは、自然に淘汰される物だと、ヒルトは考えていた。
 今まで、当たり前のように人々の上に、立ってきた。しかし、今考えれば、おか
しな話だ。生まれが多少違うだけで、ここまで変わると言うのも、今までの歴史が、
そうさせるのか?と、そんな事まで考えてしまう。
 ミクガードは、まごまご考えていても仕方が無いので、デルルツィアの今後を決
めるためにも、会議を開く事にした。
 出席者はミクガード、ゼイラー、それとヒルトにゼルバも出席する事になった。
それとフラル、ケイト、そしてディアンヌだった。
「じゃ、これより、デルルツィアの今後についての議会を開こうと思う。」
 ミクガードが、全員集まったのを見て、口を開く。
「今更、改まる必要ないわよ。」
 フラルに突っ込まれて、ミクガードは軽く笑う。
「知っての通り、ルクトリアでは「総投票」が行われた。皆も詳細について知って
ると思う。「人道」という観点から見ても、筋の通った歴史的出来事だったと俺は
思う。これについて、デルルツィアでも何か出来ないか、意見は無いか?」
 ミクガードは「総投票」の事を話題に上げる。デルルツィアは「人道」を支持し
ている。その観点から見ても、この出来事を無視する事は出来ない。
「デルルツィアでも、間違いなく総投票をやろうと言う動きは、出るだろうな。」
 ヒルトは指摘する。人々が黙っていたって、ルクトリアの情報は伝わってくる。
それだけ、現在注目されている国だからだ。
「私達は、皆王家出身です。今更、総投票を唱えた所で、説得力が欠けるかも知れ
ませんね。私達がやるのでは、意味が無いのかも知れません。」
 ゼイラーは、冷静な意見を述べる。王家が始める総投票では、どうしても王家が
有利だと思われても、仕方が無いだろう。
「でも、間違いなく気運は高まるでしょう?何か手を打たなきゃ、駄目よね。」
 フラルは、考える。フラルで無くても、この流れからして、デルルツィアが動か
ない訳には、行かない事くらい分かる。
「特に、ウチの国は、貴族が多いからねぇ・・・。」
 ケイトは心配する。貴族が多い国なので、総投票などやっても、反対が多く、立
候補者が集まらないかも知れないのだ。貴族は、まず反対するだろう。
「民間から、良い人って居ない物かしらね。」
 ディアンヌが、意見を述べる。しかしデルルツィアでは、復興は主にミクガード
が担っている。民間人は手伝うが、カリスマが有る者は、見た事が無い。
「皆さん。総投票に捉われ過ぎてませんか?」
 ゼルバが、皆を見渡す。
「何か良い意見でも、あるのか?」
 ミクガードが、ゼルバの方を見る。
「総投票は、飽くまでルクトリアが取った手段。それを真似ると言うのは、宜しく
無いでしょう?でも、参考にするのは、良い事だと思います。」
 ゼルバは、考えがあるようだった。
「そこで、ここデルルツィアでは、人々の代表を決めると言うのだけ、真似れば良
いと思うのですが?どうでしょう?」
 ゼルバは、皆を改めて見渡す。どうやら分かっていないようだ。
「どう言う事だ?」
 ミクガードは、質問する。
「ここデルルツィアでは、幸いな事に、王と皇帝が、内政と外交を分けて行うと言
う確立した制度があります。だが、そこに、国民の総意が無い。貴族からの大臣が
10人も居るのに、勿体無い事だと思います。」
 ゼルバは続ける。今居る大臣達は、確かにお飾りでしか無い。
「新たに大臣を、10人追加して、投票を行うべきです。その10人を、国民の総
意で決めるのです。そして、大臣20人に、ミクガードとゼイラーの監視役になっ
てもらうよう、公布するべきです。政治のやり方が駄目な時は、大臣達の手によっ
て、政権を交代する。そのやり方を、取ってみては如何ですか?」
 ゼルバは、考えを述べた。ルクトリアのやり方を纏めて、考えた案だった。
「・・・面白い。さすが義兄弟。俺の弱い所を知ってるな。」
 ミクガードは、ニヤリと笑う。ミクガードは、自分の地位を確立するのでは無く、
常に見張る事で、地位の意味を高めて行く方が、性に合うのだった。
「兄さん、ナイスアイデアよ。」
 フラルも賛成だった。可も無く、不可も無く、自然に、このデルルツィアに「選
政」を取り入れるには、これ以上無い案だった。
「ルクトリアでは、トーリスが身を削って、今の制度を考えたのです。私達も、遅
れを取っていては、いけませんからね。」
 ルクトリアの「選政」の草案者フジーヤと、施行者トーリスの名前は、デルルツ
ィアにも届いている。
「ふむ。ところで、初代国事総代表のルースは、ご存知ですか?」
 ゼイラーが周りを見渡す。
「知っている所では無い。俺の義弟だ。」
 ヒルトは、そのニュースを喜んでいた。ライルも、フジーヤも居ない今、ルクト
リアを引っ張れるのは、ルースしか居ないと思っていたからだ。ジークは、まだ若
い。ジークは、闘いに専念しなければ、いけない身だ。ならば、政治の中心はトー
リスか、ルースしか居ない。トーリスとて施行で忙しい身だったので、ルースは正
に適任者と言えた。
「俺の妹の婿だ。でも良く知っている。アイツは、真面目で考えすぎる面、思いや
りなら、誰にも負けない。奴が総代表なら、俺も安心して話せる。」
 ヒルトは賛辞の言葉ばかり並べる。ルースなら、願ったり叶ったりと言った所だ。
「ルースさんは、本当に国想いの人よ。大丈夫よ。」
 フラルも賛同する。
「俺も何度か話した事がある。あの人なら、人望があっても、おかしくないだろう。」
 ミクガードまで、人格を褒める。余程の人物なのだろう。
「それならば、早速ケイトと共に、ルクトリアに行って、近況報告と挨拶も兼ねて、
ゼルバさんの案を、見せるとしましょう。私が出発するまでに、ゼルバさんは、案
を書類にしてもらいたい。ついでに、トーリス殿とも話してみたいですしね。」
 ゼイラーは、天才と呼ばれたフジーヤを、超えたと言われるトーリスに、どうし
ても面会したかった。どれほどの人物なのか見たいし、何よりも、外交の上での糧
になる事も、間違いないからだ。
「書類の件、承りました。ただし、条件があります。」
 ゼルバは、ミクガードの方を見る。
「私も、同行させてもらいたい。」
 ゼルバは、希望を言う。
「おいおい。ゼルバ義兄さん。そりゃズルいぜ。俺だって行きたいのに。」
 ミクガードは、残念がる。ゼルバは、その様子を楽しそうに見ていた。
「貴方は、ここに残って留守を守らなきゃ・・・ね。」
 フラルが釘を刺す。本当は、フラルだって行きたいくらいなのだ。
「しかし、何をしに行くのだ?」
 ヒルトが尋ねる。
「貴方。決まってるじゃないの。あの子を見に行くんでしょ?」
 ディアンヌが注意する。
「さすが母上。その通りですよ。アイツも、名が知れて来てますからね。どれだけ
成長したか、この目で拝見しなければね。」
 ゼルバは、ディアンヌの言う事に相槌を打つ。
「ああ。そういえば、あれから半年ほど見てないな・・・。」
 ヒルトが最後に見たのは、もう半年も前である。その「アイツ」とは、勿論ゲラ
ムの事だった。
「あの子が、魔族や神達に名前を覚えられる程にねぇ・・・。信じられないわ。」
 フラルは、もっと会っていない。デルルツィアの混乱で、それ所じゃ無かったの
だ。しかし、名声だけは聞こえてくる。ジーク達6人と、その仲間達は、「人道」
を代表する戦士なのだ。嫌でも、情報は入ってくる。
「ゼルバ。行くなら、これを頼む。」
 ヒルトは、ペンダントをゼルバに渡す。中には、若かりし頃のヒルト、アルド、
そしてライルの姿が、描かれていた。
「ソイツを、ライルの・・・墓に収めてやってくれ。」
 ヒルトは頼み込む。自分までも、デルルツィアを離れてしまったら、ミクガード
の内政の手伝いが出来なくなる。なので、せめて何かを収めてもらいたかったのだ。
「それと、アルドにも挨拶してやってくれ。」
 ヒルトは妹の事を思いやる。ルースが大変な時期だ。アルドも、さぞ忙しい事だ
ろう。ライルを失った悲しみは、アルドだって、深いはずだが、まともに見舞いす
ら出来ていないかも知れない。それを思いやっての事だ。
「それとな。「偶には顔を見せろ。」と、ゲラムに伝えろ。」
 ヒルトは、この時は親父の顔になる。いくつになっても、父は父なのだ。
「分かりました。お任せ下さい。」
 ゼルバは、使命の重さを胸に秘めて言い返す。それを聞いて、ヒルトは安心した。
 皮肉にも、これがゼルバの、初めての外交の場となるのであった。



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