NOVEL 4-3(Second)

ソクトア第2章4巻の3(後半)


 ルクトリアが、大いに忙しい時に、風雲急を告げる出来事が起こった。何やら人
では無い集団が、ルクトリアに大挙して、押し寄せているとの情報だった。
 ルースは頭を抱える。まだ就任したばかりだが、やる事は山ほどあった。外交も
しっかりしなければならないし、防衛の拠点なども、事細かに決めなければならな
い立場であった。そんな時に、この報せは、はっきり言って良く無かった。
 そこで様子見と言う事で、ジークは後に控えて、サイジンとゲラムと、レルファ
とルイを中心とした軍団で、警戒の意味も込めて、出発する事になった。
 それにしても妙である。それぞれの「道」が攻めてくるなら、こんな物では無い
だろうし、偵察にしては、数が多過ぎる。「無道」も数は少ないが、あそこは「絶
望の島」の人間達が、中心だったはずだ。
 道中、ルイにも、緊張が走る。ジークが居ないと言うのも、それに拍車を掛けた
かも知れない。でも、ゲラムやサイジンなども信頼しているし、レルファもサポー
トするのは、お手の物だ。後は、自分をしっかり保つしかない。
「ゲラム。何者だと思いますか?」
 サイジンが相談する。
「ただの偵察じゃ無いだろうね。でも行ってみれば分かるよ。」
 ゲラムも緊張しているようだ。
「人間じゃない臭いがするねー。」
 突然、ゲラムの荷馬車が微かだが、しゃべりだした。
「うわぁ!!」
 ゲラムは、びっくりして荷馬車の方を見る。
「・・・ドラムちゃんね?」
 レルファは、荷馬車を睨み付ける。すると荷馬車は、シマッタとばかりに、大人
しくなった。
「出て来ないと、お母さんに悪い子だって報告しちゃうぞー?」
 レルファが諭すように言うと、恐る恐るドラムが出てくる。
「ドラム君。付いて来てたとはね・・・。」
 サイジンも、笑うしか無かった。
「僕、悪い子じゃないもーん。」
 ドラムは胸を張る。
「全く・・・。遊びじゃないのよ?」
 レルファは、溜め息を吐く。
「僕だって、レルファ姉ちゃんの、役に立ちたいんだよ。」
 ドラムは、膨れっ面で抗議する。
「あらあら。頼もしいナイトさんじゃない。」
 ルイは、クスクス笑う。緊張が、大分解けたようだ。
「ルイさん。レルファのナイトは、この私と決まっているのですぞ。」
 サイジンは、自分の胸を叩く。
「勝手にしなさいな。それと、ドラムちゃん。付いて来たからには、戦いになった
ら、自分の身は自分で守るのよ?」
 レルファは、ドラムに厳しく言い付ける。
「うん。僕、頑張る!」
 ドラムは、嬉しそうにゲラムの馬の後ろに乗っかる。
「ドラムは、忍術上手いからね。頼りにしてるよ。」
 ゲラムは、ドラムの頭を撫でる。
「まっかせてよ!」
 ドラムは、得意満面だった。しかしドラムは、確かに並みの子供では無い。
「近づいて来たよ。」
 ドラムは、前を見つめる。確かに、何かが見えてきた。
「ん?待ちなさい。・・・あれは・・・。」
 サイジンが確認する。そして、先頭を見て手を打つ。
「あー!あれは、ミカルドさんじゃない?」
 レルファも確認する。間違いないようだ。
「皆!あの人達は、味方よー!」
 レルファは、軍団全部に伝える。軍団も、緊張が解けたようで、肩を落とす者が
多かった。さすがに緊張していたのだろう。
「何だぁ?物々しいな。」
 先頭のミカルドが、こっちに飛んできた。
「はっはっは!済みませぬな。突然来た物だから、警戒してしまいましたよ。」
 サイジンが、気さくに挨拶する。
「手紙送るの、面倒くせぇから、皆で纏めて来たって所だ。」
 ミカルドらしい。どうやら妖精の里の妖精が皆、集まって移動していたらしい。
「ミカルド。この者達は、何者だ?」
 偉そうなエルフが、ミカルドに近寄って来た。
「ジークの、お仲間さんさ。名前は・・・サイジンだったっけか?」
 ミカルドは、まだ全員覚えていない。
「貴方・・・ジークしか覚えてませんね・・・。まぁ、良いでしょう。私の名は、
サイジン=ルーン。以後、お見知り置きを。」
 サイジンが、挨拶する。
「私は、ジークの妹のレルファ=ユードよ。」
 レルファも、合わせて挨拶する。
「僕はゲラム=ユード=プサグル。宜しく!」
 ゲラムも、頭をぺこりと下げた。
「僕はドラム!お兄さん達、悪い人達じゃ無かったんだね。ゴメンね!」
 ドラムは、ニッコリ笑いながら話す。ついミカルドも、笑みが零れる。
「私は、ルイ=コラットよ。後で私の踊りを見せるわ。」
 ルイは、間髪入れずに、挨拶を交わす。
「ふむ。そちらが名乗ったのだ。名乗らねばなるまい。私は、妖精の長であるエル
ザード=ファリス。エルフをやっている者だ。この度は、厄介になる。」
 エルザードが挨拶する。妖精の長なら、偉そうなのも分かる気がする。
「ここがルクトリアか・・・。うむ。自然が豊富で、良い国だな。」
 エルザードは、ルクトリアの方を見る。
「わりぃが、後ろの連中はさ。普段、森の中で生活させてくれねぇか?」
 ミカルドは、サイジンに話す。
「何でまた?」
 サイジンは、不思議がる。別にルクトリア城が、混んでいる訳でも無い。
「我らは、自然に居た方が、より力を発揮出来るのだ。いざとなれば、私の心の波
動で、全員呼べるから、お願いしたい。」
 エルザードは説明する。今まで居た環境に似た場所に、したいのだろう。
「まぁ構わないと思いますよ。ルクトリアの自然にとっても、良い事だと思います
しね。後で、ルース総代表やジーク、トーリスにも話してみます。」
 サイジンは返事する。それと同時だった。今まで後ろで待機していた妖精達が、
一斉に森の方へと、向かって行った。中々壮大な図だった。
「済まぬな。大移動で、皆、我慢していたのだ。」
 エルザードは苦笑する。
「私は大丈夫よ。」
 後ろにリーアが居た。リーアは、体は人間なので、影響は少ないようだ。
「私も付いていこう。妖精族の長として、ジークと言う男を拝見したい。」
 エルザードは、ミカルドの話を聞く度に、ジークに会いたいと思った。
「それにエルフは、元々自然の影響は、多くないしな。」
 エルフは、比較的人間に構造が似ているので、影響が少ないのだ。
「しかし・・・これは報告に困りますねぇ・・・。」
 サイジンが頭を抱える。何せ、あれだけ居た大部隊が、一気に3人になったのだ。
「まぁ、兄さんなら、信じてくれるでしょ。」
 レルファは適当に言った。軍団からは、その様子を見て笑いが込み上げていた。
 そして、4人は、その後は無事に、ルクトリアの城に着いた。ルクトリアの城下
街では、ミカルドやエルザードの姿を見て、畏怖する者や好奇の目で見る人も、少
なく無かったが、この時代なら、珍奇な者でも無いらしく、ルクトリア城には、特
に混乱も無く着いた。城門では、トーリスが出迎えに来ていた。
「ご苦労様でした。・・・ただ、これは、どう言う事か、説明してもらえますか?」
 トーリスは、早速サイジンに説明を求める。サイジンは、ちょっとうんざりした
様子だったが、隠さずに全部話した。
「なる程。分かりました。後の説明は、私がしましょう。ミカルドさん。リーアさ
んに、エルザードさん。ルクトリア城は、貴方達を歓迎します。」
 トーリスは、笑顔で3人を迎える。
「うむ・・・。感謝する。・・・それにしても、大きい建造物だな。」
 エルザードは、どうやら城の大きさに驚いている様子だった。
「お?誰か来たみたいだな。」
 ジュダ達が、こちらに向かってきた。どうやら訓練の区切りが付いたらしい。
「おお!貴方達は!竜神様に剣神様!」
 エルザードは、つい畏まってしまう。
「おいおい。そんな畏まらんでも良いぜ?」
 ジュダは、背中がムズムズする。余り、こう言うのは、得意では無さそうだ。
「自然に接する方が、助かると言う物だ。」
 赤毘車も、同じ意見らしい。
「まぁ、お入りください。歓迎しますよ。」
 トーリスは、中へと通す。中庭では、まだ修練を欠かさない者が居る。熱心な事
である。エルザードは、その中心を見た。
「・・・もしや、あの者が?」
 エルザードは、目を細める。兵士達の中心に、物凄い闘気を放つ人間が居た。
「お気付きになりましたか。あれが「人道」の象徴の、ジークですよ。」
 トーリスが頷く。エルザードは、興味深々でジークを見る。
 すると、ジークが、こちらに気が付いた。
「お!?客人か?おお。ミカルドか!ついに来たな!」
 ジークは嬉しそうに近寄ってきた。何とも、気さくな表情である。
「俺が入るからには、常勝を目指す事だ。」
 ミカルドは、ジークと握手を交わす。
「言われなくても負ける気は無いさ。リーアさんも来たな。」
「久しぶりね。ミカルドを、宜しく頼むわ。」
 リーアは、ジークと握手を交わす。ジークは苦笑する。
「で?こちらは、どなたかな?」
 ジークは、エルザードの方を見る。
「私の名は、妖精族の族長でエルフのエルザード=ファリスだ。宜しく頼む。」
 エルザードは、頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼みます。俺はジーク=ユード=ルクトリア。このルクト
リアの、司令大元帥です。」
 ジークはエルザードを握手する。その時、エルザードはビックリした。ジークか
ら、とてつもない力を感じたのだ。実際に触れると、良く分かる。類稀な才能の持
ち主だと言う事が、体に伝わってくる。
「・・・ジーク殿。一つお伺いしたい。」
 エルザードは、ジークを見つめる。ジークの強さは分かった。しかし、どうして
も確認しなければ、ならない事があった。
「聞きましょう。何です?」
 ジークは、見つめ返す。
「ルクトリアの政治を拝見して、「人道」の目指すべき道は把握した。だが、他の
道を倒した後の、我らとの関係を問いたい。」
 エルザードは、聞いて置かなくてはならなかった。「人道」は、飽くまで人のた
めの道。その後、他の種族は、邪魔になるのでは無いか?との疑問だ。
「エルザードさん。俺は、ミカルドと同盟を結んだ時から、腹は据わってるよ。」
 ジークは、考えるまでも無かったようで、口元を緩める。
「自然豊かな場所を提供して、永続的な同盟を望みます。先人達が、過去に妖精を
追いやったと言う事実を、覆したいと思っています。同盟を結んだからには、仲間
です。お互い助け合う事を誓います。」
 ジークは、包み隠さず自分の気持ちを言った。もう妖精達は、守るべき仲間、共
に分かり合える仲間だと、思っているのだ。
「その言葉を聴いて、安心した。我ら妖精族も、永続的な同盟を望もう!」
 エルザードは、再びジークとガッチリ握手する。
 それは、互いの信頼を理解した証のように見えたのである。


 運命宗と鳳凰教が中心となっている「法道」。どちらも、神々こそが救いである
と信じているので、団結力は凄まじい物がある。特に「法道」が目指す物が、天界
と言う事なので、この頃は、信者の数も増えていると言う。
 理想郷は、天界をモデルにする事から「地天郷(ちてんきょう)」と呼ばれるよ
うになっていた。そして、天界は、宣戦布告した小癪な「覇道」に対し、鉄槌を食
らわせるべく、天使を大量動員する事にした。ルイシーのように、下級の天使は、
地上では姿を現す事すら出来ないが、神々のために闘うための「軍天使」や、それ
らを取り纏める「大天使」ともなると、地上に具現化する事も出来るようになる。
 そして、その「大天使」を束ねるのが「大天使長」である。大天使長は、現在イ
ジェルンが努めている。ラジェルドは、反旗を翻した事から、裏切りの汚名を着せ
られ、天使の間では許せぬ「堕天使」として、広まっていた。イジェルンは、突然
回ってきた大天使長の座だが、懸命に努める事で、力もメキメキと付けて来て、そ
の地位に相応しい程の、実力の持ち主になっていた。
 そして、人々を束ねるのは「救世主」である。アインは、ジークが死んだと思っ
た時、ルクトリアに残りたい気持ちもあったが、振り切って、この「法道」に戻っ
て来たのである。ジークが蘇った時は、少しホッとした。
(俺は、どこかで、まだジーク達の事を、割り切れて無いのかも知れぬな。)
 アインは、「救世主」としての自分と、以前の自分との葛藤が続いていた。
(しかし、「法道」は、このままで良いのだろうか?)
 アインは、それが見出せずに居た。神を蔑ろにする事は、この世の始まりを否定
する事だ。それは、許されないとアインは思う。だからこそ「法道」に喜んで入っ
て、そのために尽力してきた。
 だが、天界をソクトアに齎す事が、真に神の事業と言えるのだろうか?それでは、
第2の天界を作ってるだけで、人の意志は、そこにあるのだろうか?その答えを、
アインは、まだ見つける事が出来ない。
(しかし、私が抜けてしまったら、運命宗や鳳凰教を頼ってきた人を、見捨てる事
になってしまう。それだけは、出来ない!)
 アインは、自分を頼ってきた者を振り払う事は、出来ないのであった。
「救世主殿。苦しい顔をしてなさるな。」
 イジェルンが、声を掛けて来た。
「大天使長様。お言葉勿体のう御座います。」
 アインは、生真面目に返す。
「堅苦しい挨拶は不要。何か苦しみがあれば、私が聞こう。」
 イジェルンは、ラジェルドより評判が良い。と言うのも、天使としての、人に安
らぎを与えると言う行為を、最優先しているからだ。ラジェルドは、地位を翳して
管理する位しか、やらなかった。そう言う意味では、イジェルンは、正に天使の中
の天使と言えた。人々が望む「大天使」の姿であった。
「大天使長様は、この「地天郷」の計画を、どう思われます?」
 アインは、着々と用意している天界移送計画について、聞いてみた。
「天界は素晴らしい所。それを人間に与えるのは、少々度が過ぎると思う。」
 イジェルンは、自分の考えを隠さずに言う。
「それに、ソクトアはソクトアで良い所もあろう。それを無理に変えるのは、如何
な物か?と思う。だがミシェーダ様が決定された事。私は迷い無く、それに従う。」
 イジェルンは、さすが天使の中の天使であった。これ以上無い程の、完璧な天使
の答えが、そこにはあった。
「さすがは大天使長様。私の考えなど、及びも付かぬ答えで、御座います。」
 アインは敬服する。疑問を持つ持たないでは、無いのだ。持っていても、遂行す
る。神は絶対の考えが、そこにはあった。
「救世主殿は、疑問を持っておられるみたいだな。」
 イジェルンは、アインの考えを見透かす。
「愚かな事です。救世主の身でありながら、昔の仲間であった、ジーク達の事を思
い出すなど・・・。」
 アインは悔やむ。それが救世主としての務めから、外れている事は分かっている。
「救世主殿。無理に抑えるのは、良くない事だ。その想いは、忘れずとも結構。」
 イジェルンは、優しい目で見る。
「ただし、敵対した時に、その想いが邪魔にならぬようにするのが、大事な事です。」
 イジェルンは、打って変わって、厳しい表情になる。
「傷み入ります。大天使長様の言葉で、覚悟が出来ました。この思い出があるから
こそ、神に逆らったと言う罪を、償ってもらわねばならないのですね。」
 アインは、厳しい目付きになる。それが、アインの覚悟だった。救世主として、
ジーク達の行動を、容認する事は出来ない。神々のリーダーである運命神の意志に
逆らった者は、神罰が下らなければならない。それがアインの仕事なのだ。
「救世主殿の覚悟に、このイジェルン。敬意を表する。」
 イジェルンは、アインの覚悟の強さを改めて知る。
「悔い改めれば、赦されましょう。それに、私は賭けまする。ミシェーダ様の御慈
悲が、ある内に、改心させるように尽力しましょう。だが、それすらも、聞き入れ
なかった場合には、私の全精力を向けてでも、討伐致します。」
 アインは、救世主として、これ以上ない優等な言葉を述べた。
「そして「地天郷」の事は・・・ミシェーダ様の事。必ずや、素晴らしき形にして
下さると、私は信じる事にします。」
 アインは、ミシェーダとイジェルンに付いて行く事を、心に決めたのであった。
「救世主殿には辛い仕事が増えますな。私は、それをどれだけ軽減出来るか、尽力
致そう。それが、大天使長としての務め。」
 イジェルンは、慈悲の目を向けながらアインを助ける事を誓った。
 「法道」の支持者は増えている。こんな所で、立ち止まれる程、アインの意志は、
弱くなかったのである。


 ソクトア大陸の北に位置するバルゼと言う地名は、既に無い。そこには、荒野が
広がるのみであった。しかし、その荒野も、だんだんと形になっていった。「無道」
の者達の頑張りによって、再生されて行ったのである。とは言っても、商業国家と
してのバルゼではない。クラーデスを中心として、統制の取れた、建造物の建築が、
主になっていた。その建造物は、巨大な四角錐の形をしていた。その中心に、クラ
ーデスの玉座がある。そして、その下には人々が住むためのスペースが、何十階層
にも分かれている。それくらい巨大な四角錐が、作られていたのであった。それぞ
れ、どこに誰が住むかは、高い所程、位が高い者が住むようになっていて、一目で
位が分かるように設定されていたのである。
 そして「無道」では、下克上は当たり前で、より力が上の者が、上の階層を目指
す競争社会によって、治めようと考えていた。「覇道」とも似ているが、覇道は、
飽くまで力が強い者が治める。そこに、競争意識は無い。それは、蹴落とす精神が
根底にあるからだ。だが、クラーデスは力を強くする事は認めたが、相手を蹴落と
し、死に至らしめる事を、禁止した。それを破った者は、厳重な処罰をするように
定めた。そして、クラーデスの号令がある時は、普段競争して高めている力を、使
うと言う合理的な力の使い方を示した。欲を持つのは構わないが、欲に身を任せる
事を禁じたのだ。
 この考え方は、極めて分かりやすい上に、建造物の構造上からも分かりやすい。
それで居ながら、国として全ての力を、敵に注げると言う利点もあり、人々は、ク
ラーデスの創る、国造りの見事さに、感銘を受けていた。
 やがて、バルゼは地名を、クワドゥラートと変えて言った。これは、四角を表す
意味で、今の「無道」の街には、ピッタリの地名だった。
(我が権威の象徴が、出来て行くわ・・・。)
 クラーデスは、満足げだった。このクワドゥラートの前に、神が何が出来よう。
この権威の象徴こそ、この世の摂理なのだ。弱肉強食でありながら、集団を形成す
る。これ程、分かりやすい摂理は他にあるまい。
(だが、戦力的には、圧倒的不利は否めんな。)
 クラーデスは、誰にも負ける気は無いが、集団で来られた時に、対処出来るかど
うか、自信は無い。そんな事を思っている時だった。強い波動を感じた。
(誰か、攻めに来たか?)
 このクワドゥラートは、まだ出来かけである。今攻められては、困るという物だ。
「ここに居たか・・・。クラーデス。」
 奥底から、搾り出すような声が聞こえる。その声は、絶望から這い上がった者が
発する声だった。クラーデスは、その声の正体に気が付くと、同時に少し驚いた。
「場所を変えていたとはな。探すのに手間取ったぞ。」
 空間から、誰かが這い出てくる。声の持ち主だろう。
「打ち克っただけじゃ、無さそうだな。よもや、そこまで力を上げるとは、思わな
かったぞ。ラジェルドよ。」
 そう。それはラジェルドだった。絶望の淵に追い込まれながら、魔性液の試練を
突破したのだ。そして、それにより得た力は、膨大な物になっていた。
「気分は悪くない。余の力が、莫大になるのも感じる。」
 ラジェルドは、瘴気を放っていた。そして、闘気や神気までパワーアップしてい
るのが、実感できた。そして禁断の「無」の力の理も、手にしたようだ。
「余が、死の淵を覗いた瞬間、全ての知識が、余に舞い込んできた。その瞬間、あ
らゆる手段が、思い付いて、現在ここにある。で無ければ、消えていた所だ。」
 ラジェルドは、全ての知識が頭の中に入っていた。
「ならば、我が理想も、分かると言う物だろう?」
 クラーデスは問いかける。
「余は、勘違いをしていた。仕えるべきは、天を治める神々では無い。世の摂理を
理解し、神を超えた治世を知る、貴方と言う事だ。」
 ラジェルドは「無」を知り、全てを知り尽くした事で、逆にクラーデスの言う事
が、摂理に適っていると判断したのだ。
「余は、運命神の腐った政権劇を知った。彼の神は、他神すら冒涜している。奴だ
けは、八つ裂きにせねば、なるまい。」
 ラジェルドもクラーデスと同じ事を、知識として吸収したのだろう。その眼は、
運命神に対する怒りに、満ちていた。
「奴は余の事を「堕天使」と呼んでいるらしいな。小賢しい事だ。」
 ラジェルドは、今更「堕天使」と呼ばれた所で、痛くも痒くも無い。それは、覚
悟してクラーデスの下に来たのだ。
「だが、余は全てを知り尽くした天使として、別の名を名乗ろう。余は、「熾天使
(してんし)」!そして、運命神など、我が織り成す力で滅ぼしてくれよう!」
 ラジェルドは、思いの丈を語る。
「フッ。熾天使か。良い響きだ。貴様となら、「無道」を形に出来る。」
 クラーデスは、ラジェルドの力を認める。
「力に気付かせてくれた貴方に、大いなる忠誠を誓おう!」
 ラジェルドは、クラーデスに忠誠を誓う。
「大いに期待しているぞ。俺と、今の貴様の力が加わったのなら、他の道に、充分
対抗出来るからな。」
 クラーデスは、期待が持てると思った。実際、復活したラジェルドの力は、クラ
ーデス程では無いが、それに迫る勢いである。これは本物だ。
(小煩い神の手先も、一掃出来る日は、近そうだな。)
 クラーデスは「無道」の成功が、夢で無くなったと確信した。
 復活した天使、堕天使でありながら、熾天使ラジェルドは、大きな力を得て帰っ
て来たのである。


 ルクトリアの選政が始まって、10日程が過ぎた。既に、ルース政権は、波に乗
り始めており、色々な議題を決めて、討論が行われた。外交策の原案や国家予算の
草案の細部、それに、司令大元帥を中心とする軍事予算や、軍事の原則的な取り決
め、更には国民の権利と義務、それに戒律など、細かい所まで審議し、決まった事
は、魔力によって、掲示板に映し出され、国民の是非を問う仕組みになっていた。
 特に難航したのは、国民の権利と義務、そして、戒律の部分だった。国民の意見
が、特に左右される所とも言えるだろう。そして、否決した時は、ルース自らが壇
上に立ち、説得する。それで決まった事もあるが、決まらない事も、儘あった。決
まった事は、『原法(げんぽう)』と呼ばれ、ルクトリアの今後の決まり事に関わ
るだけに、国民も、必死になって投票する。国民の3分の2以上の賛成を得られな
ければ、決まらないだけに、決まった法案には、必ず従う事だろう。ルースも、決
して、国民に負担が掛かるだけの国家予算を提示している訳では無い。しかし、ギ
リギリの線で、揉める事があるのだ。
 トーリスからの説明で、『原法』を改正するには、国民の3分の2以上の賛成が
必要だと言う事で、これがルクトリアの決まり事の主案になる事は、間違いないだ
ろう。更には、改正するには、選民された国事代表の3分の2以上の賛成も、必要
なので、注意して決める必要がある。
 とは言う物の、現在は、ソクトアは大戦中の真っ只中なので、国民の関心は、政
治よりも、ジーク達の軍事能力の方に関心が集まっているようだ。
(無理も無い。この『道』を巡る戦いで、ソクトアの運命が決まるような物だ。生
き死にに関わる問題の方が、大事だろうな。)
 ルースは、議会を開きながら、そう思う日々が続いた。しかし、こう言う世の中
だからこそ、決まりを作り、規則正しい生活を保障する事も、重要なのだ。
 ルース以外の者達は、自己を高めるために、『人道』を絶えさせないために、決
死の覚悟で修行を続けている。トーリスなどは、ルースの相談役を務めながら、魔
力を高める修行をしているのだ。とても真似出来る物では無い。ルースは、剣士と
しての自分を捨てて、国事総代表の任務を遂行する事を決めていたのだ。
 激しい剣戟の音を聞く度に、体が疼くが、ルースは徹底して、国務を遂行してい
ったのである。外では、ゲラムやドラムまでも、思い切り修行をしている。
(あのような子供が、戦わずとも済む世の中を、作らねばな。)
 ルースは、つい感傷的になってしまう。
「ルース総代表。」
 外で、兵士の声がした。
「どうかしたか?」
 ルースは、議会の最中だったが、その声に応える。
「来客で御座います。デルルツィア皇帝が、訪問に来ています。」
 兵士が伝える。すると、議会がドヨめく。
「了解した。来賓室に、お招きしておけ。」
 ルースは、指示する。兵士は了解の合図をすると、すぐに行動に移る。
「ルース総代表。今の時期に、デルルツィア皇帝とは、如何な真意か?」
 国事代表の一人が、腕組みをして考える。
「恐らく、私が国事総代表に就任した事で、挨拶に訪れたのでしょう。デルルツィ
アは、昔こそ真意の読めぬ国だったが、今は違う。デルルツィア王は、私も面識が
あるので、わざわざ皇帝を送ってくれたのでしょう。感謝すべき事です。」
 ルースは、丁寧に説明する。国事代表は、その説明に納得する。デルルツィア王
ミクガードは、国事代表の中にも、面識のある者が居て、その手腕や聡明さは、皆
に伝わっている。それに王妃であるフラルは、ルースの妻の血縁にも当たる。
「今日の審議は、ここまでにしよう。原法も、9割方、固まってきた。皆の手腕に
感謝する。明日も、また出席してくれ。大変だが頼む。」
 ルースは、国事代表には、必ず敬意を表して帰している。国事代表も、このルー
スの姿を見て、付いて行こうと思うのだろう。国事代表は、久しぶりに早めに終わ
ったので、少し喜びながら、帰途に着いた。
(さて、デルルツィア皇帝か・・・。挨拶以外にも、意図がありそうだな。)
 ルースは、さっきこそヤンワリ説明したが、初めての外交者と言う事で、少し緊
張気味であった。とは言え、あまり警戒しても失礼に当たる。ルースは、来賓室の
扉を叩く。そして、ゆっくりと扉を開けた。
「おお!正しくルース殿。国事総代表になったと言うのは、本当だったんだな!」
 その声にルースは、聞き覚えがあった。そして、その姿を見てビックリする。
「ゼルバ様!お久しぶりで御座います!ご無事でしたか!」
 ルースは、嬉しそうだった。ヒルトが国を追われたと聞いて、心を痛めていたか
らである。ゼルバが居ると言う事は、一安心である。
「うむ。こちらに居る、デルルツィア皇帝ゼイラー殿と、デルルツィア王ミクガー
ドに、匿って貰ったのだ。感謝の言葉も無い。父上も、デルルツィアに居る。」
 ヒルト達の行方は、ルクトリアには情報が入ってなかったため、ルースは、衝撃
を受けた。それと同時に、デルルツィアの行動に感謝する。
「お初にお目に掛かります。デルルツィア皇帝のゼイラー=ヒート=ツィーアと申
します。ルース総代表と、親交を深めたく存じます。」
 ゼイラーは、ルースと握手する。
「私の方こそ、願っても無い事です。私の一存では決められませんが、必ずや国民
を説得して見せますよ。ヒルト様の事・・・感謝致します。」
 ルースは、大歓迎だった。特にルースにとって、ヒルト一家を匿って貰ったのは、
大きい。デルルツィアに居ると言うのは、安心出来る材料だ。
「有難いお言葉です。しかし、感謝の言葉は、私ではなく、ミクガードに伝えまし
ょう。彼が居なければ、ここまでスムーズには、いかなかった。」
 ゼイラーは、ミクガードを立てる。しかし、これは実際にそうだった事だ。
「ところで・・・トーリス殿は、何処かな?」
 ゼルバは、ルースに尋ねる。
「トーリスに、お会いになりたい?またどうして?」
 ルースは、不思議に思う。突然トーリスの名前が出たので、ビックリする。
「これを見てくれませんか?」
 ゼイラーは、ゼルバが書き上げた草案を、ルースに手渡す。ルースは受け取ると、
その中身を確認する。そして、頷きながらも手を叩く。
「トーリスの意見が聞きたいと言う事ですね。しかし、これも良く出来ている。さ
すがは、ゼルバ様だ・・・。」
 ルースは感心する。トーリス以外に、ここまで見事な草案が書けるとは、思わな
かったからである。二番煎じとは言え、トーリスの草案を基にして、デルルツィア
に合った形にするのは、至難の業だ。ゼルバの力量に感心していた。
「トーリス殿とフジーヤ殿が示してくれた、案があったからこそです。」
 ゼルバは謙遜する。しかし、フジーヤの思い付きと、トーリスの手直しで出来た
草案が無ければ、思いも付かなかった事だろう。
「分かりました。トーリスは、恐らく魔力訓練室で、講義を兼ねて、魔力を鍛えて
いる最中でしょう。今は、講義が終わる時間なので、行って見ましょう。」
 ルースは、案内する事にした。途中外から、凄まじい程の剣戟が聞こえる。そし
て、それに混じって、ゲラムの掛け声が聞こえた。ゼルバは、つい懐かしく思って
しまう。魔力訓練室の前に来た。ルースがノックをする。
「どなたですか?」
 トーリスの声がした。
「ルースだ。相談があって来た。」
 ルースは、自分の相談では無いが、説明する。
「分かりました。どうぞ入って下さい。」
 ルースは、その言葉を聞くと、扉を開ける。すると、そこでは、レルファやツィ
リル、それにリーアなどが居た。どうやら、集中的に高める特訓をしてたらしい。
それに、サイジンが混じっていた。ジュダも混じっていたが、こっちは一人、別の
修行をこなしていると言う感じだった。
「これはゼルバ王子。それにデルルツィア皇帝の、ゼイラー様ですね。ようこそ、
いらっしゃいました。」
 トーリスは、すぐに気が付いて挨拶する。ゼルバは、トーリスも知っているはず
だが、何故ゼイラーに、気が付いたのだろう?
「トーリス殿。お初に、お目に掛かります。私の事は、どこかで聞きましたか?」
 ゼイラーは、不思議に思って尋ねてみる。
「貴方の付けているサークレットは、デルルツィアの皇室の証。今の時期に外交で
訪れたとあれば、皇帝本人しか居ないはず。勝手ながら推測させて戴きました。」
 トーリスは、何気なく説明するが、それを一瞬で気が付くとは、さすがトーリス
である。どうやら尋ねる相手は、間違っていないようだ。
「ゼルバ様も、良くぞご無事で。」
 トーリスも、心配していたようだ。それは皆も一緒だ。
「君なら察しているだろうが、デルルツィアに保護してもらったのだ。」
 ゼルバは、説明する。
「いやぁ、それは、感謝すべき事ですなぁ。」
 サイジンが頷く。
「心配が一つ減ったわ。伯父様も元気なんでしょ?」
 レルファが、ゼルバに尋ねる。
「父上は、デルルツィアに居る。母上もだ。フラルとミクガードには、感謝の言葉
も無い。それと・・・これは、父上から預かった物だ。」
 ゼルバは、レルファにペンダントを見せる。そのペンダントの中身を見て、レル
ファは察する。ライルとアルドと、ヒルトの仲良さそうな絵があった。
「仲良かったんだねー・・・。」
 ツィリルも、感慨深げにペンダントを見る。つい自分の兄アインの事を思い出す。
「父上も私も、叔父の葬儀に出られなかったのは、後悔しているのだ。せめて、こ
れだけでも、入れてくれれば幸いと、父上からの言伝でな。」
 ゼルバは、説明する。ルースは、つい目尻が熱くなる。
「父さんも喜ぶと思う。兄さんや母さんもね。」
 レルファは、気丈に笑顔を見せた。
「うちのお母さんも、喜ぶと思うよ。ね?お父さん。」
 ツィリルも、ちょっと悲しそうだったが、笑顔を見せる。
「ああ。アルドも喜ぶだろうな。・・・私からも感謝します。」
 ルースは、ゼルバと握手する。ゼルバはペンダントを持って来て良かったと、心
底思った。血の繋がりは、思ったより濃いのだった。
「ところで、その書は何だい?」
 ジュダは、ルースが手にしている書物を、指差す。
「これは・・・トーリス殿に、見て貰おうかと思いましてね。」
 ルースは、ゼルバが書いたデルルツィアの草案を、トーリスに手渡した。
「ほう・・・。なる程・・・。」
 トーリスは、これが、ここに来た真の目的なんだと知る。
「どうでしょうか?」
 ゼルバが、トーリスに尋ねる。
「よくデルルツィアの体質に合わせてあると思います。しかし、貴族の大臣達の所
は、納得し兼ねますね。国民の代表と言うのであれば、平等に投票させるべきです。」
 トーリスは指摘する。貴族の大臣が現行のままで、10人大臣を追加すると言う
のが、気になったのだろう。
「我らの国は、貴族の力が強い故、こうなっています。何か回避策はありますかね?」
 ゼイラーが、トーリスに意見を求める。その答え次第でトーリスの力量が分かる。
「なる程。ならば、現行のままでは無く、貴族は貴族で、投票をさせて代表を決め
て執政官として採用させては、如何でしょう?その上で、大臣は、国民から全て選
出させる。そして、王と皇帝を補佐する立場と言う意味で、執政官と銘打てば、彼
らの名誉心も、納得出来る物になるでしょう。ただし、アドバイザー的な物にすれ
ば、実質、権力の肥大化は防げましょう。」
 トーリスは説明する。正に、求めるべき答えであった。貴族が、自らの名誉心を
満たしながらも、政治は国民の判断に、委ねると言うのは理想であった。
「さすがトーリス殿。その案、戴きましょう。」
 ゼイラーは、トーリスの力量を認める。恐ろしき回転の速さだった。その事が、
一瞬で打ち出せるとは、さすがである。
「俺は、執政官より大臣の取り纏め役が、良いと思うぜ。」
 ジュダは意見する。
「なる程。意見を提出する重要な役割を置く事で、政治にも参加していると言う認
識を持たせる訳ですね。」
 トーリスは説明する。ジュダは、その通りとばかりに頷く。
「大臣の纏め役か。良いかも知れませんね。『大臣代表』とでも、しておきますか。」
 ゼルバは、今聞いた案を、草案に付け加えていく。
「素晴らしいですな。私など、入る隙間も無い。御見それしました。」
 ゼイラーは、ただただ感服する。何とも、回転の速い者達である。
「このような回答で良いのなら、書簡を送って下されば、何時でもお答えしますよ。」
 トーリスは、協力を惜しまないつもりだ。
「私が、しばらくデルルツィアに居ます。困った時は、送りましょう。」
 ゼルバは、有難く好意を戴く事にする。
「ところで・・・ゲラムは居ますか?」
 ゼルバは、ゲラムの事が気になったので、尋ねる。
「ゲラム君なら、中庭で訓練中だよー。見てく?」
 ツィリルは、中庭を指差す。
「是非。我が弟ですしね。色々と、積もる話もあります。」
 ゼルバは軽く答えたが、そこには色々な意味を、込めていた。
 そして、外に出て中庭の方へと、足を運ぶ。すると、訓練中の者達が、そこに居
た。ジーク、赤毘車、ミリィ、ルイ、ミカルド、エルザード、ドラムにゲラムだ。
グラウドやエルディスなども加わっていたようだが、すっかりお疲れモードだ。ア
ルドやマレル、麗香、繊香などが、冷たい飲み物などを用意している。
「あら?貴方。今日はお終い?・・・ってゼルバ!?」
 アルドが、ビックリする。ヒルト一家の事は、気に掛けていたのだ。
「ビックリさせて、しまいましたか?」
 ゼルバは、頭を掻く。その騒ぎにジーク達も気が付いたみたいだ。
「ゼルバさん!!」
「兄上!」
 ジークもゲラムも、ビックリしたようだ。いやその二人だけではない。皆もビッ
クリする。プサグル陥落の報せ聞いた時は、ガックリした物だ。
「元気そうで何よりですね。・・・ゲラムも。」
 ゼルバは、ゲラムに近寄る。ゲラムは、どうリアクションして良いか分からない
様子だった。だが、すぐに笑みを浮かべると、ガッチリと握手を交わす。
「無事で良かった!心配したんだよ!」
「心配掛けましたね。大丈夫。父上も母上も、ここに居るデルルツィアの皇帝、ゼ
イラー殿のおかげで、助かりましたよ。」
 ゼルバは、さりげなくゼイラーを紹介する。
「ゼルバ殿。それは言い過ぎですよ。私などより、ミクガードを立てて下さいよ。」
 ゼイラーは、気恥ずかしそうにしている。
「姉様の嫁いだ国に居たんだ。なら安心だね!」
 ゲラムは、この報せが、一番嬉しかった。隣に居るルイも嬉しそうにしていた。
「実は・・・。」
 ゼルバは、それからデルルツィアの実情と『選政』を取り入れる姿勢がある事。
そして、ミクガードと交わした義兄弟の契りの事を話す。
「・・・へぇ。ミクガードさんの事は、義兄さんって呼ばなきゃなぁ。」
 ゲラムは、暢気な事を言っていた。
「まぁ、その事は良いんですよ。私が、好きでやった事です。それよりゲラム。今
日は、その事を言いに、ここに来たのではありません。」
 ゼルバは、厳しい目付きになる。
「貴方は、今『人道』の重要な戦力の内の一つ。そう聞いています。ですが、その
覚悟が、本物か確かめに来たのです。」
 ゼルバは、そう言うと、ゲラムに剣を向ける。ゲラムは少し呆気に取られる。
「覚悟が本物で無ければ、戦列から離れなさい。父上も、そう思っているはずです。」
 ゼルバは、厳しい言葉を続ける。自分の弟が、この危険な戦いに付いて行けるか、
不安なのだろう。だからこそ、敢えて厳しい事を言っているのだ。
「ゼ、ゼルバさん。お言葉ですが・・・。」
 ルイが、何か言いかけようとしたが、ゲラムがそれを制止する。
「ルイさん。兄上は、僕に覚悟があるのか聞いてるんだよ。僕が答えるよ。」
 ゲラムは、ゼルバを真っ直ぐ見つめる。
「確かに僕が、プサグルを離れた時は、只の子供だったかも知れない。でもね。僕
は、数々の戦いを見てきた。その上で、僕も戦力になれると思ってるからこそ、こ
こに居る。僕は、この戦いを見届けるまで、絶対に退かない!!」
 ゲラムは、凛とした眼でゼルバに答える。
「その答えは、確かに立派です。だが、それを証明しなければならない。」
 ゼルバは、剣を構える。
「それが兄上の望みなら・・・やるよ!!」
 ゲラムは、一番慣れている短剣を、手にする。
「フフフ。短剣ですか。私が見ない間に、そんな武器に変わっているとはね。」
 ゼルバは成長を嬉しく思う。しかし、油断はしていない。
「ゲラム。貴方の想いを、一撃で込めなさい。私は、それで判断する。」
 ゼルバは、剣を受けの体制にする。完全に受けの構えだ。
「よーーーーし・・・。」
 ゲラムは、いつに無く真剣に短剣を握る。その短剣に闘気や魔力を込める。
「でやあああああ!!」
 ゲラムは、気合を声にして、ゼルバに突っ込む。そして魂の一撃を、ゼルバの剣
に向けて、放った。
「!!!」
 ゼルバは、声にならない叫びを上げる。そして、剣を見てビックリする。ゲラム
は、何と、短剣で自分の剣を斬ってしまったのだ。凄まじい芸当だ。しかも、その
剣も、魔力のせいか、溶け始めている。
「ふう・・・ふう・・・。」
 ゲラムは、さすがに息絶え絶えになっている。そして、ゼルバの方を向き直す。
すると、ゼルバは何と泣いていた。
「兄上・・・?」
 ゲラムは、不思議がる。
「嬉しいんですよ。あのゲラムが、ここまで成長している。私の想像を絶する程に
ね。これで、私は父上に報告出来ます・・・。」
 ゼルバは、涙を拭くと、ゲラムの頭を撫でてやる。
「兄上・・・。兄上ーーー!!」
 ゲラムも、感極まったのか泣き出してしまった。
「ゲラム。死ぬ事は、許しませんからね。」
「うん!絶対に・・・生きて帰るよ!!」
 ゲラムは、涙を拭いて笑顔を見せる。ゼルバは、これで安心して、ゲラムを送り
出せると思った。あの子供だったゲラムの成長に、ゼルバは、ゲラムの努力を見た。
 「人道」を代表する戦士ゲラムの別の顔が、そこにはあったのである。



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