NOVEL Darkness 1-1(First)

ソクトア黒の章1巻の1(前半)


・プロローグ
 かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大地。
 神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき
た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。
 しかし、このソクトアの歴史を語る上で、欠かせない出来事がある。それは『神
魔戦争』と呼ばれる、一年間であった。ある人間が、復讐のあまりに、上級魔族を
呼び出した事で、ソクトアに魔族が支配する地域が、出来てしまった出来事があっ
た。魔族は、次々に同志を召喚し、一大勢力を作るまでになる。
 しかし、神々とて、その異変に気が付かなかっ訳けでは無い。異変が起きた時か
ら、当時、実力派の若手の神として有名だった、竜神ジュダ=ロンド=ムクトーを
派遣した。そして、実態が明らかになった時に、当時の神のリーダーで、運命神の
ミシェーダ=タリムが事を収めようと、出向いたのである。しかし、これはソクト
アを支配する一環であった。ミシェーダは、この混乱に乗じて、神の支配を強めよ
うと考えたのである。それに、ジュダは反発し、妻である赤毘車=ロンドと共に、
人間の味方につく事にした。
 人間のリーダーは、『勇士』ジーク=ユード=ルクトリアであった。ジークは最
強と謳われている不動真剣術の継承者で、父親は、当時の東の大国、ルクトリアの
第2王子で、魔族の企みを潰した『英雄』ライル=ユード=ルクトリアであった。
 そんな中、父を失い、自分の命も落としかけながらも、ジークの直向きな強さへ
の欲求に、時代は答えたのであろうか?神と、同等の力を持つとも言われる魔族、
神魔をも、倒す程の腕になっていた。
 そして、4つの勢力が台頭を表すようになった。神のリーダーの、ミシェーダを
中心に、神の信仰を盲目的に信じる人々で、構成された『法道』。救世主を据えて、
神の言う事が、隅々まで行き渡るシステムを、作ろうとした勢力であった。
 そして、魔族を中心とした、力が全ての支配権を握ると言う考え方の、『覇道』。
最も分かりやすく、最も自然な流れに任せた勢力であった。ここには、力の支配を
望む魔族と、人間達が集まって、構成されていた。
 そして戦いの最中、偶然と欲求によって生まれた力、全ての存在を無に返す『無』
の力。それを極めた魔族が、全てを消し去る事で、新しくソクトアを作り変えよう
と言う考え方を持った『無道』と言う危険な勢力。ここには、『無』を極めた魔族
クラーデスを中心に、世に飽き飽きしてる人々が、集まって出てきた勢力である。
 最後に、全ての者が共存を常とし、支えあう事で、ソクトアを守り抜いていくと
言う理想論を唱えた『人道』と言う勢力があった。ここは人間達が、中心であった
が、共存の考え方に賛同した魔族や神、他種族なども、加わった勢力に膨れ上がっ
ていった。人が取るべき道、共存。それを略して『人道』と呼んでいたので、決し
て人が世を支配するための道では無いと言う事を、強調していたのであった。この
勢力こそ、『勇士』ジークを中心に、かつてない歴史の大人物が寄り集まる、凄ま
じい勢力であった。
 やがて魔族の最高人物である、神魔王グロバスが姿を消し、神のリーダーである
ミシェーダが倒された。
 そして、ジークとクラーデスの一騎打ちに、ジークは勝利し、『人道』と言う理
想の道が勝利したと言う、素晴らしき伝記である。『神魔戦争』の1年間は、ソク
トアの歴史の重要な部分が詰まっていると言っても、良いくらいの1年間であった。
 その頃は、戦士達が己を奮い立たせる事で、闘う意欲を湧かせる『闘気』、己の
中に眠る原理的な力を開放する事で、大自然現象を起こす魔法を操るための『魔力』、
自分の中に眠る、妬みや憎しみなどを力に変えて、相手の息の根を止める邪悪な力
である『瘴気』。そして『闘気』と『魔力』を掛け合わせる事で、自然現象に幅を
持たせつつも、一瞬で攻撃に移れる事を目的とした忍術を操るための力『源』、皆
を救い、皆に開放を与える慈悲の心と、悪を許さぬ心を軸とした、神々が得意とす
る『神気』、そして全ての原理を超え、全ての物を『無』に返そうとする、恐ろし
い力『無』。この6つの凄まじい程の力を、操る者がたくさん居た。
 特に魔力は便利な物で、戦いだけで無く、色んな事に応用出来る力なので、普及
していた。明かりを照らすだけのために使う事も出来たり、傷を癒す事にも使えた
り、時には、投票の時の自動計算に、魔力が使われる事も当然のようにあった。
 しかし、魔力を使うには素質が重要であった。素質が無い者は、一生掛かっても、
大した魔力を扱えずに終わる事も少なく無い。そう言う点に於いて、かなり不便な
力であった。魔力は、授業で出てくる程の普及率であった。
 これが『神魔戦争』時の、世の時勢だった。ソクトア史で言う所の1042年の出来
事であった。
 それから年月は経ち、『人道』の教えは、守られていくかのように見えた。だが、
『人道』の体現者とも言えるジークが危惧していた通りであった。人々は、そんな
に簡単には、理想だけで生きては行かない。『神魔戦争』から500年ほど経った頃は、
既に共存していた魔族、妖精族などは、迫害とまでは行かないまでも、人類にその
場所を奪われ、奥地の自然へと、追いやられたのであった。そして、人間達の迷惑
にならないように、ヒッソリとした毎日を送る事になる。神達は、ソクトアだけを
見ている訳にも行かない事情があって、あちこちの星に派遣されていたので、次第
にソクトアは、任せっ切りになっている部分が、多くなっていた。
 そんな暮らしが続けば、人は、この星は自分達の物だと、勘違いをしてしまった
のだろう。次第に魔族や妖精族の事を、忘れるようになっていった。勿論、神が降
臨したなどと言うのは、夢物語だと言うような風潮が、流行ってしまい、すっかり
人類は、増長していくのであった。
 やがて、魔力の存在も疎まれるようになった。魔力は、自然現象を操る力である。
自然と接していない人間達には、中々使いこなせないのだ。しかも人類は、恐ろし
い力を発見してしまったのである。それは、魔力を使いこなせない人々が、集まっ
て見付ける事が出来てしまった力。万物の形の成りを見つけ、全ての物の原理を、
追求して行く事で、自然の力を利用しながら、自らの目的を達成する力・・・その
力を応用すれば、全ての原理を破壊する事も可能であると言う、恐ろしい力、『化
学』であった。
 化学の力は凄まじい物があった。魔法で言う所の『雷』を、自然の中の現象から
応用する事で、作り上げる研究から始まったのだ。これを使えば、魔法など使わな
くても、極簡単な知識で、『雷』の力を使いこなせるようになる。そこらの子供で
も、可能だと言う。その使い勝手の良さが、この化学の魅了される部分であった。
やがて人類は、『電力』を使いこなすようになる。『雷』は一瞬でしかない。しか
し、それを化学の応用で、貯蓄する事が可能となったのだ。
 こうなれば、魔力は、もう既に古い時代の物でしか無くなる。人々は、簡単で応
用が利く化学の力を、利用し始める事になる。ソクトアは、そんな事は無いと竜神
のジュダは、信じていた。自然を慈しみ、美しい大地を保つ事で、神と交信する人
々であると信じていた。しかし化学は、ついに発見され、自然の力を利用し、消耗
する事で、ソクトアの自然は、段々と危機に及ぶ事になる。神のリーダーとして着
任していた竜神ジュダは、忙し過ぎて、その現実を知らないで居た。また、報せが
入っても、本当にそんな事が起きているのか、信じがたい部分もあった。しかし、
ジュダが、その現実を見た時は、人々は神の存在を信じなくなってしまっていた。
 ジュダが見た現実は、変わり果てたソクトアだった。同じ星だったのか疑わしい
程、ソクトアは姿を変えてしまった。それが、ソクトア史1900年頃の事である。
 しかし、人々の生活は豊かになっていく一方だった。『電力』を使いこなす事で、
家庭に電気が通り、いつまでも明るいネオンが灯っている。兵器なども全て一新さ
れ、今では鉛の玉を凄まじい力で打ち出す事が出来る、いわゆる銃などが開発され
たりしていた。
 しかし、生活の安全のために、職業で国を守る者以外の、人間の武器の所有を一
切禁止とした。決まりを守らない者は、牢獄の島と言われる『絶望の島』へと送ら
れたりしていた。
 ちなみに、ソクトアには9つの国がある。かつての東の大国ルクトリア。ここは、
ジーク生誕の地であり、『人道』発祥の地でもある。かつては、軍事大国として、
名を馳せていた時期もあったが、現在は、何と属国に成り下がってしまった。いや、
ルクトリアだけではない。ソクトアが『電力』で結ばれた時から、恐ろしい図式が
出来ていたのだ。それは、誰にも止める事の出来なかった時代の流れだった。
 かつての西の大国プサグル。ルクトリアに順じて、『人道』を取り入れた国の一
つである。ルクトリアと雌雄を争っていたのは、既に昔の話。この国も、属国の一
つである。いや、ソクトア大陸の大半は、この図式が成り立っているのだ。
 かつての女帝国家サマハドール。ルクトリアの隣国で、代々女性が代表として選
ばれている国である。この国も属国ではあるが、比較的被害が少ない方だと言える。
 かつての西の法治国家ストリウス。遺跡などが残っているため、観光地として利
用される事が多い。この国も、大半の『電力』を搾り取られている。人々は、働く
に働けど、ストリウスに影響する事は少ないのだ。
 東の法治国家パーズ。ここは、多くの教会などが残っているので、ソクトア大陸
の中で、唯一法治国家として存在する事を許された国である。そう。唯一である。
 かつて『堅牢』と呼ばれた城壁が存在していた、共和国デルルツィア。『神魔戦
争』時は、王と皇帝が治めている稀有な国であったが、現在は、何て事は無い。ル
クトリアなどと同じ運命を辿っている。『人道』を支持した国の一つでもあった。
 ソクトアの外れにあるため、ほぼスラムと化している国、それが自由国家クワド
ゥラートである。この国は、犯罪都市が数多くあり、その歴史に、魔族などが関わ
っている事が、ありありと出ている国でもある。何でも、滅ぼされた国の上に立っ
ていると言う噂だ。クワドゥラートは、四角錐のような形をした、でかい建築物が
ある。これは、頂点に行くほど地位が高い者が居ると言う意味で、かつてこの国を
拓いた者が、考え出したシステムであるらしい。
 そして独立国家ガリウロル。独自の進化を遂げながら『人道』を受け入れて、化
学なども取り入れて、現在なお、進化している国であり、珍しい国でもある。この
国は、ソクトア大陸では無いため、支配から逃れている。ガリウロル島と言う、ソ
クトア大陸の約6分の1程度の島が、国家として形成されている珍しい国である。
 そして全ての国の頂点に立ち、『化学』発祥の地でもある国。セントメトロポリ
ス。ここは、かつて呪われた土地、中央大陸と言う所に、めげずに国を作ったと言
う歴史がある。全ての国の中心であるため、産業なども栄えやすい国の一つであっ
た。だが、化学が生み出された瞬間に、この国は変わった。各国に『電力』の便利
さを説いた上で、普及させ、全ての国の自然を利用しながら、人力なども利用して、
セントメトロポリス(通称セント)に『電力』を移送するシステムを、着々と構築
していた。かつて、セントキャピタルと呼ばれていたが、次々と進化していき、兵
器を作り出す事で、かつてない軍隊を編成して、全ての国を黙らせた。その時に、
セントメトロポリスと改名したのだった。それからセントは、このソクトア大陸の
頂点になったのだ。
 他の国は、働けど、このセントのような輝きは、決して持てない。セントからし
て見れば、電力を与えられてる分だけ、ありがたいと思えとも言わんばかりなので
ある。
 そしてこのセントは、ソクトアで唯一、ドームに囲われた国であった。そこには、
いつでも新鮮な空気が流れ込み、豊かな植物がありのままに作れると言う、夢のよ
うな国であった。しかし、それは他の国の犠牲から成り立っていると言う事を、セ
ントの人間達は理解していない。最初の頃は、理解している人物も居たが、年月が
経つにつれ、忘れ去られてしまったのだ。この国も、クワドゥラートと似て、円錐
のような形をしている。その凄まじく大きいドームは、太陽の光は遮らない。しか
し、有害物質は全て取り除かれると言う。このシステムをソーラードームと言い、
これを利用する事で、電力も蓄えられると言う一石二鳥なシステムであった。しか
も、このソーラードームは、透けているので誰でも簡単に壊せそうに見えて、そう
は行かない。一説によると、ダイアモンドよりも硬質であるらしく、外からこの国
に侵入するのは、ほぼ不可能と言う事らしい。
 すっかり変わってしまった。もちろん進化の証でもあるのだろう。しかし肝心の
自然を愛する心が、退化したとしか思えない。
 これでは駄目だと感じたのか、ソクトア史2026年の話である。彼の英雄の直系の
子孫である、リーク=ユード=ルクトリアが、ついに民衆のために立ち上がった。
ルクトリアを出発して、サマハドール、パーズを経て、ストリウスの人々を解放し、
セントに不満を持っていた民衆、約100万人を引き連れて、自身は伝説の時に使用さ
れたと言う、ゼロ・ブレイドを片手に持ち、民衆は、監視員から奪い取った兵器を
手にして、セントに向かって攻め入った。ゼロ・ブレイドは、『無』の力を最大限
に発揮出来る剣で、リークは、それを揮ってソーラードームを破壊しようとした。
しかし、驚くべき事に、ソーラードームに触れる前に『無』の力が消えてしまうの
であった。これには、さすがにリークと言えど驚いていた。ソーラードームの堅牢
さを物語る結果となった。これに怯んだ隙に、セントの反撃が始まる。そして、つ
いには、民衆の死者が大量に出始めた。リークは、とうとう降参して、民衆を助け
る代わりに、囚われる事になってしまった。
 それから裁判が始まった。いかに英雄と呼ばれた子孫であれ、セントに逆らった
罪は償えないとして、死刑が決まった。更に、リークの25歳の息子にも、『絶望の
島』への流刑が決まった。今のソクトアに、英雄は要らないと言わんばかりの処遇
であった。しかし、その息子は、リークが捕まる時に姿を眩ませたと言う話である。
なので、その息子には、耐え難いだけの刑を与えたと言われている。
 この事態になって、ようやく他の仕事を終えた、神のリーダーが調査する事にな
った。ソクトアには、何か大変な自体が迫っているのを感じたからだ。
 調査を開始したのは、それから15年後、『神魔戦争』が起きた1000年後の事であ
った。ソクトア史2041年。何かが、起ころうとしていた。




 1、獄島
 ソクトアの凶悪犯罪者が集うと言われている『絶望の島』。ここは近年、非常に
使われる度合いが増えたと言う話である。それは、セントに逆らう者達が、ぶち込
まれる事が多いためであった。失礼な話ではあるが、今や、セントに逆らう事は重
罪である。そのせいで、土地が足りないので、人工的に増やして対処している。別
に逆らう者だけでは無い。本当に犯罪を犯した者も、ここに入れられている。そう
言う背景から、トラブルは日常茶飯事で、監視員の数も増えたと言う話だ。
 ここの秩序は、監視員や島主が決めていると言っても、過言ではない。近頃は、
情報を伝達するための手段が増えてきて、『電力』で作り出した、電磁波を飛ばす
事で映像や音をソクトア中に流す事が出来る、テレビが普及してきた。この『絶望
の島』でも、昔は音声だけのラジオしかなかったが、食堂に、テレビが出来た事で、
情勢が逸早く分かるようになってきた。しか、し監視員や島主の所には、当たり前
のようにテレビがある。しかも、空調を清浄するための空気清浄機や、気温を調節
するクーラーなどが完備されていた。囚人達には無い特権である。囚人達は、食堂
以外にテレビを見る事すら許されない。その辺は、罪を犯したので当たり前ではあ
るが、秩序と言う点で、最も恐ろしいのが、男女共用で牢に入れると言う事だろう。
近頃、段々酷くなってきて、島主の勝手な判断により、男女問わず共用で牢に入れ
る事になったのだ。単純に、場所が無い事もそうだが、割り振るのが、面倒臭いの
もある。当然、凶悪犯罪者達が多い所である。女性は、不幸な目にあっている。そ
れを、監視員達は、全く助けようとしない。ここで殺人が起きたとしても、監視員
達は、情報を決して外には漏らさなかった。女性は、当然助けを請う。すると、島
主の個室に入れられて、監視員と島主以外に入れない部屋で、贅沢な暮らしが出来
る様になると言う。しかし、島主の言う事は、絶対聞くと言う条件でである。要す
るに、腐っているのだ。この制度を考え出したのが、今の島主である。この頃は、
個室がどんどん増えていると言う話だから、手に負えない。それで居て、セントへ
の報告は、口裏合わせて、こなしているようだ。女性も酷い目にあうが、男性も、
酷い扱いである。昼は、肉体労働に従事させられ、夜は監視員の機嫌を損ねた者が、
拷問を受けると言う毎日であった。女性には、その拷問の時間は無いと言う話だ。
 こうして、妙な平等感を持たせる事で、この島は成り立っている。いや、強引に
成り立たせているのだ。女性の囚人が来る日は、毎月20日と決まっていて、男性
の囚人は、心待ちにしていると言う話だから、腐った話である。
 今月も20日になって、それぞれの女性が、行かされる部屋が決まった。この日
は、叫び声が凄いらしいので、監視員達は、女性達を入れた後、防音扉を閉めると
言う話である。何が行われてるか、分かっているからこそだろう。
 女性達は、ある者は覚悟を決めたのか、不遜に男性囚人を見つつ、ある者は、ビ
クビクしながら、周りを見ていた。
 女性囚人の一人に、ファリアと言う女性が居た。この女性の罪は、正にセントに
対する罪であった。恋人が告発する事で、セントへの不満がバレたと言う話である。
しかし、これは罠だった。恋人は、ファリアの事を一度も愛してくれなかった。そ
れが不満で、文句を言ったら、恋人は、ファリアを金ヅルだと言った。それに腹を
立てたファリアが、今までの金を返すように要求したら、翌日に、囚われたと言う
訳である。ファリアは、身に覚えが無かったが、明らかに恋人のせいだと分かった。
 それからファリアは、男性の事を蔑視し始めていた。男なんか信用出来ない。し
かし、この状況を初めて知って、ファリアは恐怖を覚えた。こんな制度だった何て、
まるで聞かされた事が無かった。島主は、外に情報を漏らしていないので、当たり
前の事である。しかし、男に屈したりはしない。そう思っていたので、ギラつかせ
ている男達を睨み付けたりしていた。
 そんな中、自分が入れられる牢が決まった。そこは男性が4人居る牢だった。
(変な真似したら・・・殺してやる。)
 ファリアは、そう思いながら唇を噛んでいた。
「さぁ、囚人ファリア。入れ。」
 監視員は口元を歪ませると、ファリアの背中を押すようにして、その牢に入れる。
「・・・下衆ね。」
 ファリアは、監視員に聞こえないように舌打ちをする。この監視員達が、分かっ
ていながら、女性達を男性達が多い牢に入れるように、仕組んでいるのだろう。女
性の囚人が少ないので、不幸な事になる事が多いのは必然である。
「・・・貴女が、新人さんですね?」
 牢の人間が、話し掛けて来たが、ファリアは無視する。どうせ襲い掛かってくる
に決まってる。出来るだけ、抵抗してやるとファリアは思っていた。
「おいおい。返事くらい、しても良いだろう?」
 別の人間が話し掛けて来た。しかしファリアは、睨み付けるだけだった。
「全く、いきなり、そう言う態度は良くないんじゃねぇですかい?」
 軽そうな男が、話し掛けて来たが、口を尖らせたままだった。
「・・・止めておけ。話したくない事も、あるんだろうさ。」
 奥に居る男が、冷静な態度で言った。すると他の3人は、それに従うのであった。
どうやら、この男が、この牢のリーダーらしい。しかし随分若い男だ。せいぜい、
18歳くらいだろう。何故、リーダーなのか不思議なくらいだ。
「兄貴は、真面目過ぎるぜ。まぁ、そこが良い所だけどな。」
 軽い男が、人懐っこく笑う。どうにも牢屋の雰囲気には、合わない気がした。
「おい。そろそろ時間だ。・・・付けておけ。」
 リーダーの男が合図すると、3人共、何かを耳に付けていた。どうやら、耳栓ら
しい。すると、リーダーの男が、ファリアに近寄ってきて、耳栓を渡す。
「何のつもり?」
 ファリアは、睨みつけながら言った。
「これを付けてなきゃ、嫌な声を聞く事になる。付けておけ。」
 リーダーの男は、そう言うと、また奥へと行った。ファリアは、すぐに理解した。
女性の叫び声が聞こえると言う事だろう。
「アンタの分は?」
 ファリアは、耳栓が4つしか無い事に気が付いた。
「今までの人数分しか無い。・・・気にするな。俺は良い。」
 リーダーは、そう言うと、溜め息を吐く。
「そう言う趣味なわけ?」
 ファリアは、リーダーが、そう言う声を聞くのが、好きなのかと思った。
「馬鹿言うんじゃねぇ!!兄貴は、そんな人間じゃねぇ!」
 軽い男が、珍しく怒りを顕にする。こちらの会話を聞くために、耳栓を完全にし
て無かったせいだろう。
「本当に、そうなのかしら?」
 ファリアは、そう言いつつも耳栓をする。
「兄貴に謝れ!じゃないと・・・。」
 軽かった男が、握り拳を固める。
「グリード!!・・・止めろ。」
 リーダーが叱責すると、グリードと呼ばれた男が拳を下ろす。
「す、済みません・・・。」
 グリードは、少しファリアを睨み付けたが、すぐに大人しくなった。
(あのリーダーは、何者なのかしら?)
 ファリアは、不思議に思った。若いのに、凄い貫禄だ。しかもグリードの方が、
明らかに年上なのに、兄貴と呼ばれている。グリードは、髪の色は栗色で、背も余
り高くないが、がっしりとした体付きで、所々に傷があった。
「そろそろ、耳栓を詰めとけ。」
 リーダーが言うと、言われるまでも無く、耳栓を奥に詰めた。すると、その瞬間
に、耳栓をしても、なお聞こえてくる女性達の叫びが聞こえてきた。
(・・・なんて事!!酷い!)
 ファリアは叫び声の具合で、どんな酷い事をされているのか想像出来た。
 その横でリーダーを見ると、少し顰めっ面をしているが、耳栓はしないでいた。
(やっぱり・・・あのリーダーは、そういう趣味・・・。!?)
 ファリアは、すぐに気が付いた。リーダーの唇から、血が垂れているのをだ。リ
ーダーは耐えているのだった。唇を噛み締めながら、その声に耐えているのだ。
 すると最初に話し掛けて来た男が、耳栓の片方を、リーダーに渡そうとするが、
リーダーは拒む。それでも耐えていた。
(何で・・・耐えられるの?しかも・・・なんで私は、やられない訳?)
 ファリアは、疑問が耐えなかった。そして一番の疑問は・・・。
(何で、こんな人が、この牢獄に入れられてるわけ?)
 だった。このリーダーは、今までの事を見る限り、まともな神経をしているし、
思慮深い。しかも、仲間想いでもある。こんな人間が、この牢獄に居る事が信じら
れなかった。
 しばらくすると、リーダーは肩の力を抜いて、耳栓を外す仕草をした。すると、
皆、耳栓を外し始めた。ファリアも、外そうとすると、リーダーがストップさせた。
ファリアは、それに従わずに外してしまった。
 うう・・・すっ・・・。
 ファリアは、外して後悔した。女性が、啜り泣く声が、まだ聞こえたのだ。
(これで外すな・・・って事だったのね。)
 ファリアは、目を細める。もう外してしまったから、仕方の無い事だ。
「・・・兄貴。大丈夫ですかい?」
 グリードが、心配そうにしていた。リーダーは顔色が悪かった。
「・・・気にするな。俺は、ここでの出来事を忘れん。それが、お前達を束ねる長
としての役目だ。」
 リーダーは、少し落ち着くと、皆を落ち着かせた。
「無理し過ぎですよ。班長。」
 仲間から、注意されていた。
「・・・ところでファリアさん。だっけ。一応アンタも、ここで世話になる訳だし、
こっちに来てくれないか?」
 リーダーが言うと、ファリアは、警戒しながらだったが、牢の真ん中に来る。
(だ、大丈夫なのかしら?)
 周りで起こっている事が、あるだけに警戒する。
「とりあえず、自己紹介をしておこう。俺は、この牢の班長のレイクだ。」
 リーダーは、自己紹介する。レイクと言う名前らしい。銀髪で、髪は長髪と言う
程でも無い。背は、180センチ程だろうか?体付きは、結構筋肉質であった。
「俺は、エイディ。もっと早く、自己紹介したかったけどな。」
 エイディは少し皮肉を言う。エイディは金髪だった。ソクトアでは、良くある髪
の色で、大陸人なのだろう。背は結構高く、190はあるだろう。体付きは、細身
であったが、無駄の無い筋肉を持っていた。
「私はジェイル。この班では、最年長です。」
 最初に話し掛けて来た男だ。ジェイルは、大柄な体で、2メートルを明らかに超
えていた。体付きも、筋肉でがっしり覆われていて、静かな雰囲気なのが、嘘のよ
うだ。髪の色は、少し茶色掛かっていた。
「俺はグリードだ。兄貴に謝っとけよな。」
 グリードは、まださっきの事を、気にしているみたいだった。
「・・・ファリアよ。・・・悪かったわ。」
 ファリアは、とりあえず謝っておいた。思ったより、紳士的だったからだ。
「気にする事は無い。まだ初日だ。警戒して当たり前だ。」
 レイクは、理解を示していた。
「でも・・・何で、貴方達は・・・?」
 ファリアは、周りで起こっている事を言う。
「ケッ。まぁ俺達だって、興味無い訳じゃねぇが・・・。」
 グリードが言おうとすると、レイクが遮る。
「アイツらの思う通りになるのが、癪なだけだ。気にするな。」
 レイクは、監視員達の事を指差す。
「ファリアさん・・・だったか。アンタ、何でここに?」
 エイディは控えめながら、聞いてみる。
「大した話じゃないわ。セントに逆らったって、通報されたのよ。・・・恋人だと
思ってた奴にね。」
 ファリアは、吐き捨てるように言う。しかし何で教えてしまったのか、分からな
かった。初対面の相手に教えてしまうなんて、警戒心が無さ過ぎたかと思った。
 しかし何故か、あのレイクの瞳を見ると、話してしまいたくなる。
(何て深い瞳。それに、こんな所に居るのに・・・澄んでる・・・。)
 ファリアは、レイクの目の強さに驚いていた。他の者も、ここの人間にしては、
非常に良い目をしているが、レイクは、そんな物じゃ無かった。吸い込まれそうに
なる程の瞳だった。
「セント・・・か。本当に、良く耳にする名前だな。」
 レイクは、セントの名前を聞く度に、うんざりと言った様子だった。
「私は言ったわ。アンタ達は、どうなの?」
 ファリアは聞き返してみる。
「俺は、つまらねぇ窃盗さ。俺は孤児だったんだが・・・育ての親が、糞みてぇな
奴でな。それでも俺は、奴らのために『闇の輝き』と言う宝石を盗んだのさ。その
翌日に、俺はここに送還された。親の通報によってって事は、後で聞かされた。」
 エイディは、過去を語る。ファリアが正直に言ったので、それに応じたのだろう。
しかしエイディは、育てとは言え、両親から裏切られた過去を持つ男だった。
「『闇の輝き』・・・。当時、最高級の宝石の一つで大騒ぎになった、あの事件ね。」
 ファリアも、その事件の事は覚えていた。あの時、逮捕されたのは、少年Eと言
う事しか知らない。大騒ぎしたのに、捕まったのが未成年だと言う事で、話題性を
呼んだ事件だ。しかし、あれはもう7年も前の事だ。その頃から、ここに入れられ
てるのだろうか。当時17歳の少年だったので、エイディは24歳と言う事になる。
「俺はよ。ルクトリア出身だったんだ・・・。でも、生まれた頃から、セントの言
いなりになる祖国が大嫌いだった。俺は、ついに反セント運動って奴に参加したの
さ。そしたらよ。俺は、首謀者だって事になっちまったんだ。何でか知らねぇ。知
りたくもねぇ。まぁ、そのおかげで俺は、ここに5年居るって訳だ。」
 グリードが話し出した。グリードは、大規模な反セントデモに参加したのだ。そ
の運動の事は、覚えている。何でも首謀者は、若いまだ21歳の男だったと言う事
で、世間を騒がせた事件だ。この首謀者として囚われたのが、グリードだった。
「何だか、騙されてばかりね。私達。」
 ファリアは、溜め息を吐く。世の中、こう言う事が多いのは、分かってるが、や
り切れない。特に信じていた人が裏切ると言うのは、心に傷が付く物だ。
「私は、皆さんのような、全うな理由じゃありません。こう見えても、ガイア組の
組長やってた物でしてね。セントでジェイル=ガイアと言えば、少しは名が通って
居たかも知れません。ですが、やっぱいけませんね。隣のシマの組との抗争に負け
た時に、捕まっちまいましてね。部下達を死なせてしまった罪を償うために、ここ
に居るんですよ。それにレイクに会って、私は変わりました。感謝してますよ。」
 ジェイルは、話し終えると、腕と肩にある斬り傷を見せてくれた。ジェイルは、
腕っ節が強い、暴力団の組長だったらしい。
「煽てても、何も出ないぞ。」
 レイクは、口元で笑う。照れ隠しをしているのだろう。しかし、セントの大規模
な抗争で、一つの組が潰れたと言うのは、新聞でやっていた。あれは8年前の事だ。
ジェイルは、恐らく40歳を超えているのだろう。
「・・・何だかスッキリした。感謝するわ。」
 ファリアは、皆が明かしてくれる事で、自分だけが不幸じゃないと思えるだけ、
心が軽くなった。
「で、班長はどうなの?」
 ファリアはレイクに問うてみた。思えば、今までの3人は、意外かも知れないが、
歳と新聞を重ねれば納得出来た。しかしレイクは、この若さで何をやったのだろう。
「さぁ・・・な。別に話したく無い訳じゃ無いんだが・・・。」
 レイクは隠している様子は無い。しかし何故か、そう言う話が出てこない。
(ここまで来て、言わないなんて・・・見込み違いかしら?)
 ファリアは、少し剥れた。
「まぁ皆も言ったし・・・俺も言おう。だが、ファリアさん。アンタ信じるか?」
 レイクは意味深な事を言う。信じるとは、どう言う事だろう。
「何だか分からないけど、ここで嘘を吐くようにも、見えないわ。」
 ファリアは、訳分からずも、信じる事にした。
「俺は、何で、ここに居るか知らねぇんだよ。」
 レイクは変な事を言う。知らないとは、どう言う事なのだろうか?
「分からないよな。でも本当なんだ。俺は赤子の頃から、ここに居る。外に出た事
はねぇ。毎日、目が腐るような事を見てきた。・・・時には死人も・・・な。俺は、
ここに居るのが普通だと思ってた。だがジェイルに会って、それが間違いだと知っ
た。俺は、その時から、自分は腐りたくねぇと思いつつも、ここに居る。こんな所
で、一生終えて堪るか!」
 レイクは、とてつもない事を言う。レイクは、この絶望の島を出た事が、無いの
だと言う。知識は、テレビや毎日の労働、そしてジェイルから教わった。しかし、
肝心の外の世界は、全く知らないのであった。
「何でかは知らねぇ。俺は、生まれた時から犯罪者だと監視者共は言っていた。冗
談じゃねぇ。そんな事、認めて堪るかってんだ。」
 レイクは、凄まじい出来事を毎日のように見てきた。それでも、純粋に生きよう
とする意志が、深くて澄んだ目に表れているのだろう。
(そんな事って・・・。)
「でも・・・班長が、レイクさんだってのは何で?」
 ファリアは、疑問に思った。確かに牢獄歴が、一番長いのはレイクだ。だが、そ
れだけの理由じゃないだろう。
「それは、この中で、一番強いからです。私はね。まだ入りたての頃、レイクさん
が、10歳の頃ですね。レイクさんを、ガキだと思って、軽くあしらってやろうと
したんですよ。でも、レイクさんには敵わなかった。10歳でですよ?私は34だ
ったってのにですよ。」
 ジェイルは、頭を掻きながら言う。どうやら、嘘では無いらしい。
「ジェイルが、本気を出したら、分からなかったさ。」
 レイクは、関係の無い事のように言う。
「謙遜するのは、レイクさんの悪い癖です。貴方は班長。しかも、この中の誰が闘
っても、勝てないくらいの実力を備えている。それは事実ですよ。」
 ジェイルは、叱責するように言う。
「まぁ、どっちでも良いさ。腕っ節が強いだけじゃ、ここじゃ何にもならねぇしな。」
 レイクは、それが分かっていた。腕が良いのは、反対に監視員の注意を引く事に
なる。それは、余り良い事では無かった。
「まぁ後は、俺達4人共、腐れ縁って訳だ。」
 レイクは笑った。その顔にファリアは、少しドキッと来た。
(こ、こんな顔で笑えるのね。)
 ファリアは、意外に思った。レイクは、ぶっきらぼうにしてたので、たまに笑う
と、良い顔をしていた。
「まぁ良いわ。貴方達の事。少し分かってきた。私も、ここから出るためにも真面
目に働くわ。分担は、そちらで決めて頂戴。」
 ファリアは、意外に早く心を許した。どうやら、周りに居るような獣のような奴
らでは無い。勿論、警戒は崩さないが、余り警戒するのも失礼だった。
「そうしてくれると助かる。何せ、男4人だからな。洗濯も掃除も、月一回に当番
でしか、やってねーくらいだ。どうにも苦手でな。」
 レイクは、奥を指差す。この牢獄は一間10畳くらいあるが、布団と敷居がある
トイレと、洗濯が出来る洗濯機以外は、何も無い。なのにも関わらず、服とか、ち
ょっとした遊び道具なんかを、ふん投げているため、散らかりまくっている。如何
にも、男4人でガサツに暮らしていたのが分かる。ファリアは、ちょっとした綺麗
好きなので、ちょっと引いてしまった。
「だらしない事ね・・・。まぁ良いわ。言われたからには、やるわよ。でも、その
代わり、各自の場所とか、キッチリ決めるから、従いなさいよ。」
 ファリアは、溜め息を吐きながら言った。
「俺、自信ないな。」
 エイディは、結構好き勝手に、着替えとかしてたので、考え込む。
「ま、ここは従おうぜ。」
 レイクが言うと、皆は納得せざるを得ない様子だった。
「決まりね。せっかくお世話になるんだし、綺麗にするわよ。」
 ファリアは、何と言われた側から、整理し始めた。汚いのは、我慢ならないのだ
ろう。皆は、溜め息を吐きながらも、ファリアの入獄を認めたのだった。



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