NOVEL Darkness 1-1(Second)

ソクトア黒の章1巻の1(後半)


 『絶望の島』の朝は早い。朝は6時頃から、目を覚まさせて、7時までに食堂で
朝食を摂る。そして、急いで整列して、番号を言って出席を取ると、7時半から労
働に出掛ける。男性は、力仕事、女性は内職のような事をする。日毎に、やる事は
決まっていて、ローテーションで入れ替わるので、きつい時もあれば、きつくない
時もあった。ファリアは、初日なので、レイク達に混じって、仕事を覚えていった。
その中でも、一番負担の軽そうな仕事から、取り掛かる。新人には、負担の少ない
物からやらせて、仕事を覚えさせると言うのが、常識で、女性だから、負担が軽い
と言う訳では無かった。
 しかし、この日は女性が、かなり少なかった。昨日入獄した女性の8割が、何ら
かの吐き気などを訴えて、病室へと向かってしまったのだ。何でかは、想像がつく。
病室行きの女性の班の男性陣は、昨日の事を、さも誇らしげに話していた。
(下品極まりない連中ね。下衆だわ。)
 ファリアは、睨み付けようとしていたが、レイクが、見ては駄目だと言う風に、
合図する。飽くまで、自然に振舞えと言う事だろう。確かに、ここで敵を作っても
損だ。でも、頭に来る事は、確かだった。
 しかし、ここで妙な事が起きた。他の班に居る女性達は、どこかしら男性にちょ
っかいを出されたり、口説かれたりしていたのに、何故か、ここには来ない。
(何でかしら?)
 ファリアは、この中では若い方だし、昨日入ったばかりと言う事で、ちょっかい
出されても不思議では無かった。しかし、皆避けるように、こちらには来なかった。
「・・・あんな良い女がいるのに・・・何で、アイツの所なんだ・・・。」
 その内、陰口が聞こえるようになった。
「・・・アイツの所じゃなけりゃ・・・。」
 何やら、レイクは無視していたが、ここの囚人達の間でも、レイク達の班は、特
に強い方なのだろう。そのせいで、誰も近寄って来なかった。手を出したら、大変
な事になるのが分かっているからだ。
「・・・でも・・・アイツの所は・・・絶対に手を出さない・・・。」
 その内、妙な陰口が聞こえるようになった。ファリアは、仕事に集中しようとし
たが、こんな状況では、中々集中出来なかった。
(フン。下半身でしか、考えられないのかしら?)
 ファリアは、口をへの字に曲げる。前の恋人みたいに、愛してくれないのも嫌だ
が、そればっかりしか考えられないと言うのも、失礼な話だ。
「場長殿!レイク班。終了しました。」
 レイクは、とてつもない速さで仕事を終わらせていた。今日の仕事は、結構きつ
い方だったのに、凄まじい事である。他の班は、まだ全然終わっていない。昼まで
掛かる仕事を、2時間程で、やってのけたのだ。
「フム。ご苦労。出来ているようだな。休んで宜しい。」
 監視員の、この仕事場の場長は、粗方チェックすると、完璧に出来上がっている
仕事振りを見て、休みを与えた。
「さっすが兄貴。早いね!」
 グリードも、勿論集中してやっていたのだが、レイクとジェイルが、テキパキと
こなしていったいた。ファリアに対する嫌がらせが激しくなる前に終わらせたのだ。
「・・・助かったわ。」
 ファリアは礼を言う。あの視線の中に居たら、おかしくなりそうだった。ちょっ
かい出されないだけ、ジロジロ見られてた気がする。
「気にするな。俺達も、休みたかった所だ。」
 レイクは、木陰で休む。こう言う仕草が、何よりも似合う男だった。
「なぁ・・・。ファリアさん。」
 レイクは遠くを見つめる。何とも、悲しく深い目であった。
「・・・ファリアでいいわよ。班長さん。」
 ファリアは、レイクには、対等で居ようと思った。
「なら俺も、レイクで良い。」
 レイクは、余り「さん」付けに、慣れていないようだ。
「レイクさんは、私達の班長なんですよ?もう少し威厳を持たねば・・・。」
 ジェイルが、説教をしようとしていた。
「威厳なんて、要らねぇよ。んなもん、役にたちゃしねぇさ。」
 レイクは、威厳を知らしめて、相手を縮ませるのは、好きでは無かった。
「それよりさ。教えてくれよ。アンタ、セント出身なんだろ?今、セントは、どん
な様子なんだ?テレビを見てるだけじゃ、分からねぇからな。」
 レイクは、セントが、どう言う所なのか、必ず新しい人に聞いている。いつか、
セントに行って、自分の出生を調べたいと思っていたのだ。
「そうねぇ・・・。国事代表の更に上の役職が出来たってのが、一番大きいかしら。」
 ファリアは、セントに居た頃の事を、思い出す。国事代表とは国家の法律を作り、
施行する役職で、総投票によって、国民から選出される役職である。そして、国事
代表を裁く権利がある裁断場。一般の罪人も、ここで裁かれる。ファリアなどは、
セントの裁断場で、たった30分で裁断されたのだ。セントに対する国家反逆罪は、
それだけ重いと言う事だ。それと癒着や賄賂などが無いかどうか、監視する不正監
視委員会。この3つが互いに見張って、国を動かして行くのが、ここ1000年く
らいの基本理念だった。この制度は『人道』とも呼ばれている。
「国事代表の上の役職?俺も聞いた事ねーぞ。」
 グリードは身を乗り出す。自分が捕まったのが、5年前だが知らない。と言う事
は、つい最近、出来た機関なのだろう。
「1ヶ月くらい前に制定されたのよ。不正監視委員会が、国事と裁断場の監視を解
いていると言う噂が流れたわ。それぞれから、賄賂を受け取ったと言う話よ。そこ
で、このままでは、国の根底が崩れると言う事で、セントは、逸早く、上の役職を
置く事で、3つの職の引き締めを図ったの。」
 ファリアは説明する。しかし、その上の役職が出来たと言うのが、恐ろしい事だ
と気が付かなかったのだろうか?
「国民の95%が反対したのよ。なのに、国事代表の過半数を超えて、裁断場も見
過ごしたわ。不正監視委員会まで、沈黙を貫いて、強引に制定されて出来た役職よ。」
 ファリアは、テレビを見て愕然としたと言う。これは、その役職が本格的にセン
トを支配しようとしている、始まりなのだと感じた。
「しかも、反対してデモを起こそうとした国事代表が、次々と暗殺されたわ。何で
も、凄腕の『人斬り』を雇ったって、話も出たわ。」
 ファリアは、溜め息を吐く。そこまでして、国家の権力を握ろうとする浅ましさ
が、何ともお粗末だと思ったためだろう。ちなみに『人斬り』とは、暗殺を専門と
した武装集団で、闇夜で刀で音も無く殺す事を得意としている。『人斬り』は、高
額な報酬を貰う代わりに、暗殺を請け負うのだった。
「それで出来た役職が、『元老院』よ。国事代表、最高裁断長、不正監視委員長の
どれかを10年以上勤めた者だけが、推薦で入れると言う役職らしいわ。」
 ファリアは馬鹿げていると思ったが、事実なってしまったのだから仕方が無い。
「セントも、とうとう欲の皮が見えてきたって所でしょうね。」
 ジェイルは、呆れて物が言えない。ようするに、今まで権力を握っていた連中が、
更に長く、権力の座に座って居たいがために、作ったような役職である。
「しかし、その『人斬り』ってのは、情も何もあったものじゃないな。」
 エイディは『人斬り』の事で、不満を漏らす。金のためなら、国家も覆す連中な
のだから、情があった物では無い。
「『人斬り』には、組織がありますからね。主に組織の命令で行ったのでしょう。」
 ジェイルは、元組長なので、こう言う話は強い。
「奴らに感情は無いですからね。報酬に見合った仕事をする。それが奴らのやり方
ですよ。自分達のした事で、どんな変化が起こるのかなんて興味は無いのです。」
 ジェイルは、バツが悪そうに話す。
「でも、伝説の人斬りなら、話は別だぜ。」
 グリードは、急に伝説などと言う。
「伝説の人斬りって、何の事だ?」
 レイクは、問い返してみる。
「俺も、噂でしか聞いた事が無いんですけどね。裏の稼業の人斬り界の中でも、腕
はピカイチで、成功率が99%を超える、とんでもない奴が居るみたいなんですよ。」
 グリードは、友人から、その噂を聞いた事があったのだ。
「・・・良く知ってますね。それは真実ですよ。」
 ジェイルは、意外な事を言う。伝説の人斬りを、知っているらしい。
「伝説の人斬り・・・コードネームは『司馬(しば)』。仕事の成功率は99.5%。
私も一回、復讐のために雇いました・・・。」
 ジェイルは組の者が、全てやられた、あの事件の後、すぐに『司馬』を呼んだ。
そして、嵌められた事実と、自分の財産の全てを投げ売って、『司馬』に依頼した。
相手の組長の殺害だ。おかげで、一文無しになったが、どうせ、すぐに捕まる身だ
ったので、構わなかった。しかも相手に、その事実がバレていない所を見ると『司
馬』は、見事な腕で殺してくれたのだろう。相手の組長は、事故死と言う事になっ
ていた。だが、ジェイルには分かっていた。組長は『司馬』が殺してくれたのだと。
「伝説の人斬りは、まず依頼内容を聞く。そして、気に入った時しか仕事に入らな
いらしいぜ。どんな権力をもってしても、彼の依頼に対する、こだわりには勝てな
いって話よ。今時、中々出来る事じゃねぇよなぁ。」
 グリードは、どうやら伝説の人斬りに、少し憧れているようだった。
「あの男は・・・確かに、そうでしょうね。」
 ジェイルは、あんなに人を見通すような目をした男には、初めて会った。隠し事
は、出来ないと悟って、全てを話して依頼したのだった。
「セントでは、『人斬り』の評判は悪いけどね。」
 ファリアは、『人斬り』と言うと、恐ろしいイメージしか沸かない。
「『人斬り』にもシマがありますからね。『人斬り』の組織には手を出さないのが
裏稼業では常識でしたね。下手に手を出すと、家族まで、やられ兼ねませんからね。」
 ジェイルは脅かすが、別に嘘では無かった。裏の世界では『人斬り』組織のシマ
には、近づかないのが原則だ。『人斬り』は『人斬り』同士で、シマ争いをしてい
る。そこに割り込むなど、ただの自殺行為でしか無かった。
「『司馬』か・・・。会ってみてぇな。」
 レイクは、純粋にそう思った。今時、伝説などと評される程の男は、どんな男な
のか、もしかすると、とんでもない男なのかも知れない。
「あ、兄貴!そうだ!今日は、全ソクトア空手大会だぜ。」
 この頃ソクトアでは、スポーツが盛んなのであった。武装してはいけないのなら、
己の拳を鍛える他無い。裏稼業に入れば、この島に連れて来られる可能性も高い。
となれば、強さを発揮するには、スポーツが打って付けだった。
 空手は、最も基本的な立ち技での組み手で、狙った所に、如何に素早く正確に突
き入れるかが、競われる。他にも、色々な競技が、競われる事が多くなった。
「そうだったな。丁度、俺達が一番なんだ。見ていこう。」
 レイクは、食堂へと向かう。
「男って、闘いを見るのが好きなのかしら?」
 ファリアは、呆れながらも、レイク達と、行動を共にした。
 食堂へ入ると、誰も居なかったが、テレビがついていた。すると、食堂係の人が
既に空手大会のチャンネルに、合わせていた。
「やってますね。」
 ジェイルは、食堂係に会釈すると、特等席の辺りで、テレビを見る事にした。
「やっぱ、榊流護身術(さかきりゅうごしんじゅつ)の連中は、多いなぁ。」
 グリードが、参加者の欄を見ていた。榊流は、元々名門の忍術一家であったが、
『神魔戦争』を境に筆頭豪族の名を世に知らしめて、ずっと名誉ある地位に座って
いた。最もここ100年くらいの間に、ガリウロルでも『人道』が広まっていき、今で
は、セントと同じようなシステムを採用している。これから伸び盛りの国とも言え
た。セントの支配がない分、楽しみな国であった。その名門榊家が、時代と共に忍
術では無く、拳で戦う護身術に名を変えて、空手界をリードしているのであった。
その頭領も、この大会に参加しているらしい。
「榊家は、絶えず努力していたからな。発展は、その賜物だろう。」
 エイディは、懐かしい物を見る目をしていた。
「元々、忍術自体が、素手で戦う事が基本の闘技だからな。」
 エイディは解説する。どうやら、かなり詳しそうだ。
「他には・・・お。羅刹拳の連中が、かなり居るぜ。こりゃ楽しみだぜ。」
 グリードは羅刹拳の選手達を見つける。羅刹拳は、元は魔族が生み出したと噂さ
れる拳だが、隙が無く、特に指を極限まで鍛える事で、有名だ。達人になると、指
で岩に穴をあけるとも、言われている。
「皆、詳しいのねぇ・・・。私は、さっぱりだわ。」
 ファリアは説明されて、何となくは理解出来たが、良く知っている物だと思う。
「・・・おい。アイツ・・・。15歳だとよ。」
 レイクが指を差す。すると、確かに15歳の参加者が居た。
「天神(あまがみ)流空手?・・・聞いた事ねぇなぁ。」
 グリードは、首を捻る。
「私は、聞いた事あります・・・。もう少しで、思い出せそうなんですがね。」
 ジェイルは、どこかで聞き覚えのある名前だと思った。
「似たような奴が居るぜ。神城(かみしろ)流空手だってよ。」
 エイディが、見付ける。
「!!思い出しましたよ!」
 ジェイルは、手を叩く。
「間違いない・・・。奴らが、参加するなんて・・・。」
 ジェイルは寒気を覚えた。
「どんな奴らだ?」
 レイクが、尋ねてみた。どうやら、只の空手では無さそうだ。
「どちらも源流は同じです。しかも一子相伝の空手ですよ。大会では無く、純粋に
拳で武器を持った相手にも勝る程の、腕前を持つとも言われる恐ろしい奴等ですよ。」
 ジェイルは身震いする。天神流は、とにかく一撃の拳を鍛える。型もしっかりし
ているが、それ以上に、一撃の破壊力を重視している空手である。一撃必殺を体現
するべく、鍛えていると言われている。その拳は鋼鉄をも砕くと言われている。
 そして神城流は、羅刹拳と同じく指先を極限まで鍛える空手である。天神流と、
型は似ているが、その全てが、指先に神経を集中している。しかし、羅刹拳と違う
のは、羅刹拳が突きなら、神城流は斬りを重視している。何と、指先で刀よりも鋭
い斬りが放てると言う噂だ。どちらも、化け物である。
「へぇ・・・。そりゃ面白そうだな。」
 レイクは、口元に笑みを浮かべる。
「何よりも彼らの空手は、どちらも1000年前から存在していて、敗北した事は、ほ
とんど無いと言う話です。その2つが激突する・・・でしょうね。」
 ジェイルは、この2人が、間違いなく勝ち上がると確信していた。
「お。始まるぜ。」
 エイディが指差す。すると、歓声と共に、次々と試合が始まった。
 試合は、長引く物もあれば、短い物もあったが、やはり榊流や羅刹拳などは、順
当に勝ち上がっていた。そして、とうとう神城流が出てきた。
『24番 神城 扇(おうぎ)選手!』
 審判が、名指すと礼をした。この辺は普通だ。だが、口元に笑みを浮かべていた。
黒髪は、ガリウロル出身の証だろう。あそこは、黒髪の人間が多い。体付きも、普
通の空手家よりも、二回り程、大きく見えた。
「・・・こりゃ役者が違うな。アイツ強ぇわ。」
 レイクは、見なくても扇の実力を見抜いていた。目の奥に宿る、不気味な光は、
既に天神流を見つめているのだろう。
『始め!』
 審判の合図と共に、扇に相手が、鋭い突きを入れようとする。入ると思われたが、
扇は、予め体を引いて、突きの伸びまで、寸での所で見切っていた。
 ショリ・・・
 その瞬間、妙な音が鳴った。すると相手選手が、ビックリしたように身を引く。
「な、何があったんだ!?」
 グリードは、何が起きたか分からなかった。いや、テレビを見ている者の全員が、
そう思っただろう。
「蹴り・・・と言えば良いのか。足で、胴を引き裂きやがった・・・。」
 レイクは、見えていたが、寒気が起こった。さっき説明があったとは言え、本当
に鋼鉄製の胴が、真っ二つに割れていた。審判団は、スロービデオを再生させて、
更に扇の身体検査を行ったが、全く問題無かったので、扇の勝ちとなった。しかし、
場内からは、恐怖の声と、感嘆の声の両方が流れていた。
「あれが神城流です。あの人達には、武器を持ってたって勝てる気がしません。」
 ジェイルは、冷や汗を流す。恐ろしい強さである。
「恐ろしいのは、蹴りだけじゃねぇな。相手の突き・・・伸びまで、完璧に見切っ
て、アイツは、事前に後ろに下がったってのが、一番恐ろしいぜ。」
 レイクは、扇が最初から、突きを見切っていた洞察力に、驚嘆していた。
「こりゃ・・・レベルが違うな。」
 エイディも、認めていた。常識の範囲を、遥かに超えている。どう鍛えれば、あ
んなになるのか、聞いてみたい程だ。
『次! 59番 天神 瞬(しゅん)選手!』
 とうとう天神流の出番となった。どんな闘いをするのだろうか?瞬も黒髪である。
ガリウロル出身の者は、漢字で呼ばれるので間違いないだろう。体付きは、まだ若
いからか、少し小柄だが、それでも、筋肉に無駄があるようには見えなかった。
「・・・コイツも、すげぇ眼してやがる・・・。」
 レイクは、瞬時に悟った。瞬と扇は、ズバ抜けていると・・・。
『始め!』
 審判の合図で、瞬の相手は、回し蹴りを放つが、事前に察知したかのように、避
けていた。しかも、そのまま相手に向かって、歩いていった。相手は焦りながら、
技を放つが、まるで踊るかの如く、当たらなかった。そして近くまで来たと思った
ら、相手は、腹を押さえて、蹲った。
「右の裏拳で叩きやがった・・・。しかも、あの威力・・・。」
 レイクは見えていた。瞬が近づいた瞬間、右の裏拳で、相手の胴を殴ったのだ。
しかも、その瞬間に、瞬の筋肉が弾けた様に大きくなるのが見えた。
「うお!何だぁ!ありゃあ!?」
 グリードは、またしても驚く。相手の胴が、拉げていたのだ。拳大に陥没してい
た。胴をしてなかったら・・・とんでもない事になっていただろう。
「マジで、アイツ15歳かよ・・・。」
 エイディは、驚かずには居られなかった。15歳にしては、動きも堂々としてる
し、何よりも信じられない強さだ。15歳当時で、こんなに強い奴を、エイディは
過去に一人しか知らない。
「兄貴と、どっちが強ぇんだ。コイツら・・・。」
 グリードが、代弁したかの如く、呟く。
「さぁな。・・・まぁ俺も、負けるのは好きじゃねぇけどな。」
 レイクは、久しぶりに燃えるような眼をしていた。テレビで強い奴を、初めて見
た。コイツらとは、どこかで闘ってみたいと、レイクは思った。
「レイクさんなら、棒切れ一本あれば勝てますよ。」
 ジェイルは、分析する。
「おいおい。持ち上げるなって。」
 レイクは、頭を掻く。
「本気ですよ。木刀でもあれば、レイクさんは誰にも負けませんよ。」
 ジェイルは、本気で言っているらしい。
「参ったな。まぁ勝手に予想してくれ。」
 レイクは、本気に受け取らなかったが、ジェイルは知っていた。レイクは、素手
でも、ある程度強いが、棒の様な長い物を持たせると、天下一と思わせるような強
さを発揮する事をだ。前に他の牢獄の者が、纏めて掛かって来た時に、落ちていた
棒一本で、囚人達を全て片付けていたのを、ジェイルは見ていた。その事があって
以来、レイクの班が襲われる事は無かった。
 それ以来、グリードは、レイクの事を『兄貴』と呼んで、慕っているのだ。グリ
ードが入って間も無くの時に起きた、イザコザだから、尚更だろう。
(レイクさんは、剣道でもやれば、光る物がある。)
 ジェイルは、レイクに是非、剣道大会に出場して欲しかった。もしくは、異種格
闘大会が、4年に1回開かれる。それに出場すれば、レイクは絶対に、良い所まで
行く筈だ。そんな願いも、この『絶望の島』に居る限り、叶えられない。
(いつか・・・出なければね・・・。)
 ジェイルは、いつかの時は、覚悟していた。レイク達と共に、この島を出てみせ
ると決めていた。
「お。今日は、ここで終わりらしいな。」
 全ソクトア空手大会は、2日間の日程で競われる。1日目は、出場者を篩いに掛
けて、強い者だけを残すようにする。そこから32名の出場者を決定して、トーナ
メント方式で、本戦と言う訳である。ちなみにルールも、本戦では少し違う。今日
は、胴や小手や面を付けて、有効打を競う物だが、明日からは全て無しで、相手に
如何にダメージを与えたかで、競う本格的な方式で行う。明日からが、本番と言っ
ても、過言では無いのである。明日は、負傷者も出る事だろう。それでも、ソクト
ア1の称号を賭けて闘う。そうでなければ、視聴者も満足しない。
「中々見応えが、ありましたね。」
 ジェイルは、今日のメンバーを見て、満足していた。それなりに強さは測れたし、
何よりも、恐ろしい化け物も、出場していると分かった。
「誰が優勝すると思う?俺は、あの神城 扇って奴だと思うぜ。」
 グリードは、予想をし始めた。
「まぁ、妥当な線だろうな。奴の戦慄の眼差しは、群を抜いていたしな。だが、俺
は、敢えて榊 総一郎(そういちろう)と読もう。榊を代表するだけあって、死に
物狂いで来ると思うぜ。」
 エイディは、榊流護身術の頭領である榊 総一郎と読んだ。榊流を束ねるだけあ
って、隙の無い強さで、勝ち上がっていた。オールラウンダータイプと言っても過
言では無い。何をするにも、一流と言う中々の強さの持ち主だ。
「私も神城 扇に一票ですね。悪いですが、あの指の凶器が、早々負けるとは思え
ません。しかも1000年の歴史がある。これは大きい。」
 ジェイルは、神城 扇の、あの眼が気になった。誰よりも、強くなろうとする狂
気の眼。それは天神 瞬をも、上回っていると感じたのだ。
「俺は天神 瞬にしようか。アイツの眼が、どことなく気になるんだ。」
 レイクは天神 瞬と読んだ。どこか遠くを見ているようで、確固たる自信を持っ
ているような、達観した眼を、あの15歳の少年は持っている。過去に何があった
のか知らないが、負けるなんて微塵も思っていない眼が、レイクは気になったのだ。
「私は興味無いけど・・・あの15歳の男の子が勝ったら、凄いよね。」
 ファリアには、天神 瞬の、まだ少年びいた風貌が、気になったくらいだ。
「おっし。そろそろ落ち着いてきたし、飯でも食おうぜ!」
 グリードは、お腹が空いていたらしく、さっそく食堂で注文をしていた。
「その意見に賛成だ。さすがに、お腹が減ってきた所だ。」
 エイディも、それに続く。良い頃合だろう。そろそろ他の班の連中も、食堂に雪
崩れ込んでくる時間帯だ。レイクは、ファリアに簡単な注文方法を教えながら、適
当に定食を頼む。ファリアは、それに倣うように同じ物を選んだ。
「・・・全く。仲の良い事ですね。」
 ジェイルは、レイクとファリアに聞こえないように呟いた。本人達は、全く気が
付いていないだろうが、間違いなく、ファリアはレイクに気があるし、レイクは、
ファリアの事を、庇うようにしている。この事に気が付いていないのは、本人達と
グリードくらいの物である。エイディは、それと無く気が付いているのか、レイク
とファリアが、隣になるように自然に組ませるようにしている。
「兄貴!兄貴の唐揚げ、美味そうだな!」
 グリードは、気さくに話しかけてくる。しかし、無神経も良い所である。
「物欲しそうにするな。ほれ。」
 レイクは、グリードに唐揚げを分けてやる。
「お!兄貴、太っ腹!!俺、感動するぜぇ。」
 グリードは、拳を震わせながら喜んでいる。
「安っぽい感動ねぇ。」
 ファリアは、意地悪く笑いながら、呆れていた。
「にゃにおう!兄貴のご厚意に、感動しちゃいけねぇってのかよ!」
「そんなんじゃないけど?食事中は、静かになさいな。」
 ファリアは、平然とグリードの文句を受け止めていた。これでは、どっちが年上
なのか、分かりゃしない。
「おい。グリード。落ち着いて食べてから、話そうぜ。」
 レイクも呆れながら、食事を摘んでいた。
「あ、兄貴まで・・・いや、まぁ、兄貴の言う通りでした。」
 グリードは、さっきまでの意気込みが、嘘のように静かになる。
「レイクには、素直なのねぇ。」
 ファリアは、コロコロと喉を鳴らすように笑う。
「当たりめぇだ!兄貴は、俺の窮地を救ってくれた恩人だからな!」
 グリードは、入獄当初に、いざこざを起こして、50人近くに囲まれた時は、さ
すがに死んだと思った。そこを班長だったレイクが、棒切れ一本で蹴散らしたので
ある。あの時のレイクには、心を奪われかけた。
「早くしねぇと、合わせたくない顔まで来るぞ。さっさとメシ食って休憩しようぜ。」
 レイクは呆れながら、時計を指差す。確かに、もう少しで嫌がらせした班などが、
ここに来る頃だろう。余計ないざこざは、起こしたく無かった。
 結局、二人とも、レイクには弱いのであった。


 閑散とした午後、仕事は気だるく続いていく。当てもなく続く作業に、うんざり
する日は、いくつを数えただろうか?しかし絶望の島に居る限り、作業は果てしな
く続いていく。全てを投げ出してしまえば、楽になれる。しかし、仕事せざる者は
食にあり付けない。投げ出すと言う事は、即ち死に繋がる。しかし、投げ出す者も
少なくない。この島に送られたからには、この島の土になるのが、定めとさえ言わ
れている。刑期が、自分の寿命よりも多いであろう囚人は腐る程、居るのである。
 この島で真面目に働けば、刑が執行されるか、刑期が終わるまでは、生き延びる
事が出来る。しかし、絶望的なまでに出られないと知った時、人は全てを投げ出し
て、死んでいく者も居るのである。悲しいが、これも人ならではの死であろう。
 絶望の島の午後は、そんな投げ出した人間の、成れの果てを始末する作業まであ
る。その作業をした者は、間違いなく次の食事を取る事など出来はしない。餓死し
た死体を片付けると言うのが、どんなに精神的に来る物があるか、想像に難くない。
今日の当番は、運悪くもレイク達であった。いや、これは、ファリアを丁重に扱っ
てると言う他の班からのタレコミだろう。監視者達は、そんな形を望んでいない。
特にファリアは、送られてきた女囚人の中でも美人の部類に入る。監視者達が、介
抱する事で、手懐けようと思っていたのに、それも台無しである。その恨みもあっ
てか、レイク達に、一番きつい仕事を監視者達は、回したのだろう。グリードなど
が、文句を言っていたが、絶望の島では、従う他無い。
 今日の死者は、5人であった。何れも、眼を見開いていたし、眼には、涙すらな
い程、干からびた死体である。生々しい事、この上ない。更に、口は開いたままで、
蠅が集っている死体もあった。この作業だけは、避けたいと思っていたが、監視者
の言う事は、絶対である。やらねばならない。ジェイルは、黙って作業服に着替え
ると、死者を詰めるタルの作成から、手を付けた。
 ファリアは、死者を見ただけで嘔吐しそうになった。初めての経験な上に、只の
死体では無い。腐り切った人間の成れの果てである。こんな物を、どう処理するか
など、考えにある筈も無く、パニックを起こしかけていた。グリードやエイディで
すら、この作業は、目を背けたくなるくらいだ。
「全く・・・俺達も、とんだマークをされたもんだ。」
 エイディは、ぶつくさ文句を言う。当番でも無いのに、任命されたのだ。嫌がら
せ以外の、何物でも無い事は分かっていた。
 この死体の始末は、タルを作成する事から始める。そして、人間一人が入りそう
なタルを作成し終えると本番で、死体を、そのタルの中に詰める。そして海道と呼
ばれる海と繋がっている出口に、タルを流し込んで作業は終了する。だが、その作
業をするには、相当な精神力が必要である。人間の死体など、誰も触りたくないの
である。だからこその当番なのである。午後一から、この仕事をやらされる羽目に
なるのは、御免こうむりたい物である。ファリアなどは、さっきから洗面所に何度
か行っている。口に出してないが、嘔吐しているのだろう。
「無理するな。ファリアは最初だから、見ているだけで良い。」
 レイクは、ファリアが顔面蒼白にしてまで、息も荒げながら、作業を手伝おうと
していたので、無理だと判断する。しかし、ファリアは作業を止めようとしない。
「おい。兄貴の言う通りだ。・・・この作業は、俺達だって避けたいくらいの作業
なんだ。無理すんじゃねぇよ。」
 グリードまで心配する。それくらいファリアは、息が乱れていたのだろう。しか
し、ファリアは魅入られたように、作業をする。
「・・・そうか。仕方ない。」
 レイクは、目を瞑るとファリアの前に立つ。そして、軽く平手打ちをする。
「・・・あ・・・。」
 ファリアは、目の焦点が合い始める。そして、叩かれた頬を擦る。
「・・・荒っぽくて済まん。だが、死に、引き摺りこまれそうになっていたからな。」
 レイクは謝ったが、正しい処置であった。ファリアは、死体を見ている内に、感
覚が麻痺し始めていたのである。死体を片付けると言う禁忌を、何故、自分がして
いるのかなどを考えてる内に、思考が止まってしまったのだろう。
 レイクも最初の内は、妙な興奮をした物である。しかし、それが続くと、連鎖的
に、死体に魅入られる場合がある。それが、最も危険な兆候なのだ。
 人間は血を見ると、必然的に興奮する生き物である。餓死と言うリアルな死体を
見させられては、ある種違う興奮を、覚え兼ねない。
「休んでろ。慣れない内は、死体を凝視するな。」
 レイクは、厳しい口調で命令する。ファリアの目付きは、尋常では無かった。
「私・・・わたし・・・。」
 ファリアは、まだ呆然としている。叩かれたショックよりも、自分が死体を見て、
死を連想する事への、嫌悪感が勝っていた。
「しょうがない・・・。しばらく、これを吸っていろ。」
 レイクは、匂い袋をファリアに手渡す。すると袋からは、ラベンダーの匂いが程
良く流れてきた。すると、さっきまで火照っていた体が、冷えていくのが分かった。
「私も最初は、その匂い袋で、救われましたね。」
 ジェイルは思い出す。レイクは、正気を保ってられる方法を、いくつか知ってい
る。それは、見て覚えたのでは無い。子供の頃から、死体を見ると言う恐怖から、
逃れるための防衛手段に過ぎなかった。まともに見入っていたならば、今頃、精神
が崩壊しても、おかしくないくらいである。
「監視員達も、余計な仕事を与えてくれる。参るな・・・。」
 エイディは、舌打ちする。ファリアのような、入ってから二日目の新人に、この
仕事を任すと言う事は、何か狙いがあるに違いない。
「大方、この仕事に耐え切れなくさせて、縋り付いて来るのを、期待したんじゃね
ぇか?全く・・・意地が悪い話だ。」
 グリードは、監視員達の意地の悪さには、舌を巻いてしまう。しかし、参ってや
る訳には行かない。レイクが、文句一つ無くこなしているのだ。自分も、こなせる
ように、ならなければならない。
「・・・この仕事だけは、慣れねぇな。」
 グリードは溜め息を吐く。いつも、この鼻に衝く臭いと、無念そうな死体の顔に
は、慣れられない。
「・・・それで良いんだ。慣れて堪るか。こんな仕事。」
 レイクは息を大きく吐く。溜め息にも似た仕草だが、怒っているのだろう。この
仕事に慣れると言う事は、死体に慣れるという事だ。それは、人として間違ってい
ると、レイクは思う。
「レイクの言う通りです。この死体達は、私達の教訓です。こうなってはいけない。
と言う啓示でもあります。」
 ジェイルは、真面目に答える。しかし的を得ていた。この死体のように、なって
はいけない。この絶望の島から、いつか出るためには、本当に絶望しては、意味が
無いのだと、ジェイルの背中は語っていた。
(・・・私、この班で、本当に良かったわ・・・。)
 ファリアは改めて、この班になった幸運を、確かめていた。まだ2日目だが、こ
の班は、かなり親切で、仲間意識も強い。油断をする気は無いが、自分が入った事
で、何か生活を変えてるような様子も見当たらない。自然体で、接していける班な
ど、この絶望の島では、奇跡に近い確立だろう。それも、レイクを中心とする仲間
意識のおかげだ。ジェイルも、最初は柄が悪かったという。レイクと接する内に、
段々今のように落ち着きが出て来たと言うのだから、レイクの影響は大きい。
(・・・でも、レイクは、誰に頼るのかしら?心休まる時が・・・あるのかな?)
 ファリアは、レイクを見る。確かに逞しい。それにリーダーシップにも優れてい
る。だが、やり過ぎな感もある。自分を攻め立てているようにも見える。誰よりも、
働き屋で、人の事を思いやっている。だが、自分を大事にしているのだろうか?
 しかもレイクは、人生をこの絶望の島だけで過ごしている。なのに、こう育った
のは、何か切っ掛けがあるのでは無いか?で無ければ、こうは、ならない。
(いつか・・・聞きたい物ね。)
 ファリアは、レイクに惹かれていた。異性としてと言うのもあるが、何よりも内
面の強さに驚かされているからであろう。それは、ファリアだけでは無い。誰もが
レイクに対して、興味を持っている事だろう。それを口に出してしまうと、何かが
壊れるのでは無いか?と言う不安から、中々聞けないのである。
 そうしてる内に、タルが完成した。5体分のタルが並べられた。すると今度は、
死体搬入の作業であった。これが、気が滅入る作業で、多少は慣れているジェイル
ですら、目を背けながら入れている。もしかしたら、死体が動くのでは無いか?な
どと、想像してしまう。つい駄目な方に、想像してしまうのは、普段目にしない物
への畏怖と言う物が、付いて回るせいだ。
「・・・私も手伝う。」
 ファリアは、死体搬入のために、近寄ろうとする。
「大丈夫なのかよ?」
 グリードは、少し不審に思った。さっきのようになられては困る。
「・・・今度は、大丈夫なようだな。どう言う心境の変化だ?」
 レイクは、瞬時に悟った。ファリアの眼が、さっきのように魅入られるような眼
では無く、純粋に仕事をする目付きに変わっていたのをだ。
「監視員達に、この仕事でビクビクさせられるのが嫌なのよ。それに・・・この島
の現実って奴を、体で覚えたいの。」
 ファリアは、気丈な眼で答えた。勿論、搬入するのなんて嫌に決まっている。し
かし、嫌がらせに屈したくないのだ。そして、この島で起こっている残念な事実を、
頭だけでは無く、体に覚えさせる事で、自分は、こういう末路は辿らないと言う決
意をしたかったのだ。
(思ったより・・・精神力があるのですね。)
 ジェイルは、ファリアのその姿を見て、少し感心した。女性なのに、この仕事に
二日目で付いて来るには、並の精神力では無理だろう。
「良いだろう。じゃぁ手伝え。ただ、死体の眼を見るな。それと、臭いも嗅ごうと
するな。それが、手伝うための最低条件だ。」
 レイクは注意しておいた。この2つを守らないと、またさっきのように、取り込
まれてしまう可能性が高い。頭で分かっているだけでは、駄目なのだ。
「・・・分かった。注意する。」
 ファリアは、口を結んで、マスクを被る。そして手袋を、きつく締める。
「じゃぁ、一人目だ。」
 レイクは、全員に手足を持たせて、自分は、頭を持つようにして、タルの中に誘
導する。頭さえ入ってしまえば、体は自然と収まる。ここで下手に入れると、死体
が崩れる場合がある。そうなると、最悪な図が完成する事になる。なので、ここは
慎重に入れなければならない。
 レイクは、頭をタルの真ん中に丁寧に搬入する。皆は、その動きに合わせて、手
足をコントロールするだけだ。しかも、皆は、目を逸らしている。まともに向き合
っているのは、レイクだけだろう。
(レイクは、大丈夫なのかしら?)
 ファリアは不思議に思った。レイクは、真近くで死体を見る羽目になるだろうし、
当然、臭いもするだろう。だが、文句一つ無く、こなしていた。
 ファリアは、死体の手を持っているだけでも、気持ち悪くて離してしまいたいく
らいの気持ちなのに、レイクは淡々と、こなしていた。
「よし。入った。この調子で、少しずつ入れるぞ。」
 レイクは、タルの中に少しずつ死体を収めていく。その動きに、皆は付いて行く
だけだ。すると、やっとの事で、一人がタルの中に収められた。そして、レイクは
手早くタルに蓋をする。その際に、何か入れていた。
「レイク。今のは?」
 ファリアは、気になった。何を入れたのだろうか?レイクに限って、変な物を投
入するとは思えない。
「・・・花さ。」
 レイクは、この島で一番植えられている、タンポポを投げ入れていたのだ。
「川を渡る駄賃くらいに、なればと思っただけだ。・・・チッ。俺らしくねぇだろ?」
 レイクは舌打ちをする。恥ずかしそうにしていた。だが、ファリアは、その時に
レイクが、何故、目を背けないのかが分かった。死体に興奮しているのでは無い。
死体を、ただ憐れんでいる。レイクは、この死体を物では無く、人として扱ってい
る。成り果てた死体でありながらも、レイクは人として憐れんでいたのであった。
(・・・なのに、私ときたら・・・。)
 ファリアは、まだ気持ち悪さの方が優先されるくらいだ。
「お、おい。ファリア?」
 レイクは、ファリアが涙を流している事に気が付いた。
「あ・・・。ご、御免なさい。レイクがさ・・・。この死体を、人として扱ってる
って感じたら、つい・・・。何でだろう?」
 ファリアは涙を拭う。それは、自分の情けなさの裏返しでもあるし、レイクへの
尊敬の気持ちも、あったのかも知れない。
「ファリアの気持ち、分からんでも無いぜ。俺だって、まだ兄貴のように割り切れ
やしない。心底、情けないと思うぜ。」
 グリードは唇を噛む。レイクが素晴らし過ぎて、自分が情けなく思う事は、何度
となくある。だが、レイクを尊敬する事で自分を和らげさせていた。
「・・・まぁ、ちょっと気障過ぎたな。次だ次。参らねぇ内にやるぞ。」
 レイクは、バツが悪そうにすると、次の死体を入れる準備をした。褒められたり、
尊敬されたりと言うのには、免疫が無いらしく、恥ずかしそうにしていた。
 そして黙々と時間が過ぎていき、5人分の死体の搬入を終えた。ファリアなどは
気丈に振舞っていたが、汗びっしょりだった。
「さて、最後の仕事ですよ。」
 ジェイルが、励ますために声を掛ける。この仕事の最後は、海道にタルを持って
いって、流してやる事だ。死んだ者は、哀れだとは思うが、最後に、この島から出
られるのなら、少しは救われるとファリアは思った。
(全く・・・やりきれないわね。)
 ファリアは、この島に来るまで、こんな恐ろしい島だと思っていなかった。せい
ぜい牢屋の延長線なのだろうとしか思えなかった。だが、考えれば、この島から誰
かが出たと言うニュースは聞かない。そう考えれば、この結末も予想出来た事だ。
「そういえば・・・この島って、脱獄者は居るの?」
 ファリアは、疑問に思った事を口にした。その瞬間、レイクは、ちょっと苦い顔
をして、ジェイルとエイディは周りを見渡す。グリードは呆れ顔でファリアを見た。
「ど、どうしたの?突然。」
「・・・どうしたの?じゃない。その事は口にするな。監視者達に聞かれたら、只
じゃ済まないぞ。」
 レイクは、ファリアに説明してやる。監視者達にとって、脱獄と言うのは許され
ない事だ。ピリピリしているので、口に出しただけでも、島主に報告して酷い目に
遭わせようとするだろう。それだけ、脱獄と言うのは、この島でのタブーだった。
「・・・ただ、教えておいてやろう。この島では脱獄した者は、居ない事になって
いる。・・・だが、それは表向きだけだ。本当は、ここ15年間で、20人程度だ
が、脱獄に成功している。だが、この島でのメンツの事もあって、公表はしていな
い。だから、この島を出た奴は、追いかけられもしない。・・・だからこそ、脱獄
には、厳重な注意を払っているんだ。ニュースでも流れないのは、そのせいだ。」
 レイクは、この島でのタブーについて、説明してやった。つまり脱獄すれば、特
に追いかけられる事は無い。しかし、過去に脱獄に成功している例は、ほとんど無
い。その都度、この島での警戒が強まるからだ。
「例えば・・・この海道を使って、昔脱獄しようとした奴が居る。」
 レイクは、その事件を覚えていた。幼い頃だったが、その瞬間を、この目で見た
からだ。確かに死体をタルで流すという事は、生きてる人間も、と言う事は有り得
る。しかし、その計画は無為に終わった。
「この島が出来た当時に、その脱獄をした奴が居たせいで、見ろ。あれを。」
 レイクは、海道のすぐ側を指差す。すると、そこには恐ろしい仕掛けがしてあっ
た。何と、タルに刃が刺さる仕組みが施されていた。あれなら、中に入っていた人
間は、一溜りも無いだろう。
「・・・勿論、ソイツは死んだ。図らずも、いつものタルと同じ結果になったのさ。」
 レイクは、目を閉じる。その光景を見て、レイクは恐ろしく感じた物だが、それ
も昔の話だ。その代わり、死体を見る度に、この島での出来事を悲しむようになっ
た。恐ろしさよりも、悲しみを知る事で、島で正気を保ったのだろう。これは、言
わば防衛本能である。恐怖に捉われたら、精神崩壊を起こしていたかも知れない。
「なるほど・・・ね。私も、軽率な事は、言わないようにする。」
 ファリアにも、深刻さが伝わったのだろう。それに、口に出した所で、今の立場
を危うくするだけなのだ。それは、得策では無い。
「そうしてくれると助かるぜ。何せ、ここじゃ連帯責任が常だからな。」
 グリードは、溜め息を吐きながら、愚痴を零す。
「グリード。お前さんも人の事、言えんだろうが。」
 エイディは、グリードの頭をグリグリ撫で回しながら言う。
「んだよ!俺は、気を付けてるぜぇ!」
「ほぉー?ここに来た当初、いざこざ作ったのは、どこのどいつだ?」
 エイディは、グリードをからかいながら、口元に笑みを浮かべる。この二人は、
喧嘩する事も多いが、結構、仲は悪くないのだろう。
「・・・ったく。その事、いつまでも言うんじゃねぇよ。」
 グリードには、耳の痛い話だった。そのせいで、レイクに救われたのだが、原因
は自分にあったのだ。確かに来た当初は、ムシャクシャしてて、当たり構わず喧嘩
を吹っかけていた。それのお返しに、50人程、仲間を集められて襲われたのだ。
それを撃退したのがレイクである。棒切れ一本で、流れるような動きで、50人を
倒してしまったのだから、驚きである。
「エイディ。それくらいに、しときなさい。」
 ジェイルは、呆れながら注意する。
「ヘイヘイ。まぁ嫌味は、これくらいにしておくか。」
 エイディは、カラカラと笑うと、タルを海道に流していく。それに倣って、全員
が一つずつタルを流した。エイディが、からかったのも、この瞬間が嫌だったから
なのかも知れない。死体とは言え、人をタルに入れて流すなど、嫌な作業である。
しかも、ご丁寧に一つずつ、刃が刺さりながら海へと流されていった。
(これは、慣れたくはないわね・・・。)
 ファリアは肩を落とす。これに慣れたら、人では無くなるような気がした。
 その夜は、レイク以外の4人は、食事も取らずに寝る事にした。ファリアなどは、
何度も、夜中に台所で吐いていたのを、レイクは見逃さなかった。
 監獄の『絶望の島』で生きていく厳しさを知った日、ファリアは、涙を流すのだ
った。その光景を見て、レイクは、これからの事を考えつつも月を眺める。
 月は、怪しくも妖艶に光るだけであった。



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