NOVEL Darkness 1-4(First)

ソクトア黒の章1巻の4(前半)


 4、魔島
 幻の島、地図に載ってない島。その名も硫黄島。火山に囲まれた灼熱の大地。こ
の島の周りは、活火山が噴き上げていて、緯度75度の位置ですら、亜熱帯の気候
を保つ、イレギュラーとも言うべき島である。実在するか怪しい物であったが、実
際に辿り着いたのだから、認めない訳にも行かない。しかも、この島は、戦乱時代
を生き抜いた、魔族まで住んでいると言うのだから、驚きだ。
 魔族の存在など、只の作り話だとばかり思っていた。確かに、ソクトアにも動物
は数多くの種類が居る。だが、知能が優れ、人間よりも、遥かに優れた存在である
魔族は、只の物語でしかないと思っていた。だが、ソクトアには、魔族は存在して
いたのだ。しかも、こんな辺境の島でである。
 レイク達は、この島まで辿り着くのも奇跡だと思ったが、この島で、行われてい
る事も、奇跡だと思った。この島は、周りに囲まれた火山帯のせいで、上空には嵐
が発生し、海底はマグマが走っている。だが、全て、火山が外に向いているため、
この島への影響は、ほとんど無い。入り口と呼ばれる、岬以外で、まともに、この
島に近づく方法は無い。そのため嵐が発生する火山帯の集まりだと、学者からは思
われてきた。実際に、この島を示す地図は無い。だが、ガリウロルの筆頭豪族や、
闇商人等は、この島の存在に気が付いていた。この島は、200年の一度、霧が晴
れる時がある。その時に、ガリウロルの先端部分から、この島が薄っすらだが、見
る事が出来るのだ。この島の存在を知ったガリウロル人は、すぐ様この島へ行った
が、魔族は、人間への不信感が強い。そのため、取引目的で無ければ、許可しない
と言う条件付で、闇取引を行うだけの仲だった。所詮、人間と魔族は違う種族だし、
闇商人は、取引さえ出来れば満足だったので、その状態は続いていた。この島で、
出来る植物は、緯度の寒さと、活火山の暑さのせいで、非常に珍しい植物が生える。
その植物が、高額で取引出来るのだ。その代わり、商人達も、金では無く、食料や
珍しい武器などで、物々交換による取引しか、認められていない。人間が作った金
など、要らないのだ。この時代の貨幣は、ソクトア全土でゴードと呼ばれる通貨で、
取引されていた。1ゴードで、ジュースが買えると言う程度のお金で、20万ゴー
ドで、家を購入するくらいのお金だと言う話だ。それが、セントなどでは何百兆ゴ
ードの予算が、組まれていると言うのだから、貨幣も普及した物である。
 レイクは、この島の岬で会った、魔族であるシャドゥの家に招待された。シャド
ゥは、粗末な家で申し訳無いなどと話していたが、セントで中流階級だったファリ
アの家よりも、大きいくらいなのだから、それなりの生活をしているのだろう。
 この島に辿り着く為に、尽力したエイディは、現在、絶対安静で、居間で眠らせ
てある。シャドゥは、この島に辿り着いた経緯を、レイク達から聞き出していた。
レイクも、ここは、お世話になってる身なので、包み隠さず話す事にした。
「なる程。貴方達は、罪人として処分されそうだった訳ですな。」
 シャドゥは、顎に指を当てると、少し考える。
「罪状が、セント反逆罪なんだから、やってられないわ。」
 ファリアは不平を言う。この罪状を、一番嫌っているのは、他でも無いセントに
住んでたファリアだった。今まで、この名で、何人も闇で葬られたかと思うと、お
ぞましい思いで、いっぱいになる。
「卑しい人間の、考えそうな事です。現実に、貴方達のような、澄んだ魂をお持ち
の方は、現在、相当少ないと思われる。」
 シャドゥは、容赦無かった。レイク達は信じるが、人間全体を信じる気には、な
らないのだろう。それだけ、人間への不信感は強い。
「卑しい人間・・・か。俺達も油断してると、危ねぇな。気を付けないとな。」
 グリードは、顔の後ろに手を持ってって、溜め息を吐きながら、呟いた。
「しかし・・・貴方達が、そこまで人間を敵視するのは、理由があっての事だろう?
良ければ、教えて欲しいんだが?」
 レイクは、理由が分からなければ、対処の仕様が無いと思ってか、ズバリ聞いて
みる。
「今の人間達には、伝わってない事項・・・と言う事ですな。ならば、教えましょ
う。我らは、好き好んで、この島に来ている訳では無いのです。」
 シャドゥは窓を見る。この島は亜熱帯で、住むのに良い条件とは言えない。外は、
嵐のせいで、天候が良い日など、ほとんど無い。家の中は、通気性が良くしてある
し、部屋を涼しくする、魔法の鈴も欠かせない。
「我らは、元はソクトア大陸に住んでいました。主にプサグルから、ストリウス周
辺のワイス遺跡の辺りに居ました。だが、500年も経った頃、人類は、私達の寿
命の長さに危惧を抱いたのでしょう。私達を、迫害して追い出したのです。」
 シャドゥは、信じていた人間まで、迫害するようになった事を、忘れない。その
人間も、既に、この世には居ない。だが、人間など信じるに値しないと言う、認識
だけは、残ったのである。あの時は、信じられない思いで、いっぱいだった。人間
達は、共存と言う素晴らしい考えを普及し、ソクトアの自然とも、共存しつつ生き
ていた。決して驕らず、短いながらも寿命を全うし、最後まで、誇りを持って死ん
だ人間を、シャドゥは何人も知っている。だが、あの時の人間達は、違った。自分
達以外の種族は、隷属と見なし、それに従わない者は、脅威とされ奥地奥地へと、
狭められて、ついには、ソクトア大陸から、この島まで行かなければならなかった。
「魔族の、ほとんどは、魔界と呼ばれる魔族の故郷へ戻りました。人間達に愛想を
尽かしてね。しかしジェシー様は、人間達の良心を、まだ信じたいとおっしゃられ
て、死ぬ思いで、この島を見つけて、居を構える事になったのです。」
 シャドゥは、溜め息を吐く。あの時点で、魔界へと帰った方が幸せかも知れない
と思った。だが、ジェシーに付いていくと決めた以上、シャドゥは、他に選択肢な
ど無かったのである。その選択に迷いは無い。迷いは後悔の元になる。しかし、シ
ャドゥに後悔は無い。ジェシーに付いて行く事こそ、レイリーに報いる方法だと、
思っていたからだ。ジェシーは、忍術を学んでいたので、空歩を使って、噴煙を耐
えながら、この島の存在と、この島への入り方を見つけたのだ。
「分かりますか?500年前までは、妖精なども居ました。魔族も、妖精も、貴方
達が存在を、危ぶんでいる龍族なども、存在していたのです。ですが、あの年を境
に、全く姿を見せなくなったのです。人間達の反撃を、恐れての事です。」
 シャドゥは、討って出る道も考えた。しかし、ジェシーに止められてしまった。
人間達は、集団で、しかも能力に目覚めると、最強の存在だと言われた。それは、
レイリーや伝記の勇士ジークを見れば、分かる事だと諭されたのだ。今の人間達や、
当時の人間達に、その力があるとは思えないが、それは、深く人間を知らない証拠
だと諭されたのだ。レイリーとて元人間。人間達は、才能の宝庫だとジェシーは言
っていた。短い分、極める時間も短い。その濃い生き方こそが、人間にとっての、
最大の武器だとジェシーは見ていたのだ。だが、その人間達が取った行動は、裏切
りだった・・・。
「人間って・・・そこまで、横柄で残酷になれるのね・・・。」
 ファリアは、嘆き悲しむ。信じていた人間達に、裏切られた時の魔族達のショッ
クは、計り知れないだろう。ついゼリンの事を、思い出してしまう。信じていた者
に裏切られるのは、非常にショックな事だ。人生を変える切っ掛けになる。ファリ
アの生き方は、あそこから変わってしまったのかも知れない。
「共存を唱えたのも人間なら、それを反故したのも、人間です。我ら魔族からして
見れば、何を信じて良いか、分かりません。だから、人間を敢えて攻撃はしない。
だが、信用には値しないと言う事です。」
 シャドゥの言う事は、筋が通っていた。そこまで迫害されて、信用する訳にも行
かないだろう。攻撃しないだけ、立派な物である。
「しかし、レイリー様の、縁の子孫とあれば、話は別です。あの方は、我らに希望
を下さった。ジェシー様も、レイリー様無くして、あそこまで人間を、信じはしな
かったでしょう。あの方は、ソクトアに残っている魔族の中では、尊敬の対象です。」
 シャドゥは、レイリーには思い入れがあるらしく、エイディも、同列に扱うと約
束する程である。レイリーは、魔族の希望の一つだった。『魔人』レイリーと言え
ば、魔族と人間を繋ぐ、シンボルであった。人間でありながら『神魔』と呼ばれる
神に近い魔族と同列の席に座り、戦いの指揮も執る。魔族の英雄と言えば、レイリ
ーに他ならなかった。
「でも、エイディって、レイリーの直接の子孫じゃ無いんだろ?」
 グリードは、言い難い事を言う。確かにそうだ。エルディスの子孫と言うだけで、
レイリーとは、違う分派である事は間違いない。
「・・・しょうがない。正直にお話しましょう。我ら魔族は、エルディス様にも、
お世話になっているのです。」
 シャドゥは、レイク達なら、話しても支障は無いと判断したのだろう。伝記に書
かれていない真実を話す。信用に足る人物かは、まだ分からない。だが迷ってばか
りは、いられない。話すと決めた以上は、話す事にしたのだ。
「どう言う事?」
 ファリアは尋ねてみる。伝記では、魔族のその後の行方は、ガリウロルに行って、
榊家の手伝いをしたと言う風にある。
「ジェシー様に従った一行は、エルディス様の下へと集いました。レイリー様の、
崩御をお知らせするためです。エルディス様は、お怒りになるかと思いきや、我ら
を責めず、自分をお責めになりました。そして、ジェシー様の妊娠を見抜くと、ガ
リウロルへ、養生に来るよう仰せつかったのです。」
 シャドゥは、驚きの事実を話す。ジェシーには、子供が居たという事実だ。その
養生を摂った地こそ、ガリウロルだと言うのだ。
 エルディスは死ぬ間際まで、自分の事を責めていた。レイリーが死んだのは、自
分が、不甲斐無いせいだと・・・。そしてレイリーこそは、ジェシーと共に、幸せ
に暮らすべき奴だったと悔いていた。その苦しむ抜いた姿を、シャドゥは忘れない。
魔族を平等に見なし、尚且つ、幸せになって欲しかったと言い切ったのだ。エルデ
ィスは、間違い無く、レイリーの親であった。ジェシーやシャドゥは、その時に受
けた恩を、生涯忘れる事は、無いだろう。
「すげぇな・・・。俺は、今まで伝記なんて想像上の事だけかと思ってたぜ・・・。」
 グリードも、この目でシャドゥを見て、この島に上陸している。ならば、信じざ
るを得ない。この男が嘘を吐いているかも知れない。だが、嘘を吐いているにして
は、知り過ぎている。想像だけで、ここまで話せる程、この男が器用にも見えない。
「伝記の中では魔界三将軍の一人『黒炎』のジェシーに息子が居たなんて・・・。
しかも、レイリーとの子供が居たなんて、想像も付かなかったわ。」
 ファリアは、伝記の内容を、良く覚えている。セントの必修科目にも入る程、こ
の伝記は、広く伝わっている。ジェシーの事も書かれていた。戦乱の終盤に『覇道』
が、満を持して、送り込んできた魔界の将軍である。階級で言うと『魔王』の次に
位の高い『魔剣士』と呼ばれる地位で、その中でも、精鋭を選りすぐったエリート
の3人である。ジェシーは、黒のマントを羽織る『黒炎』の二つ名を持つ、魔族の
エリートである。その魔界三将軍の内2人は、ジェシーを庇って死んでいった。そ
して恋仲だったレイリーは、魔族全体を庇うように、人間に頼みつつも、運命神と
の戦いで、命を落としたのである。だが、ジェシーとレイリーは、何度か愛し合っ
た仲であった。しかし、その中で懐妊していたとは、驚きである。そのジェシーは、
まだ存命中で、この島に居ると言うのだから、真実なのだろう。
 その生き様を見てきた、シャドゥにとって、生涯守るべきは、ジェシーだと、心
に決めていた。ジェシーは、そんなシャドゥの生き方を、何度も否定した。自由に
生きろと、何度も言われた。だがシャドゥにとって、レイリーこそ全てであり、貫
くべき指標だった。それが間違いだと言われようとも、もう生き方を変えるつもり
は無かった。
「俺は伝記を読んだ事がない・・・。そんな、すげぇ奴等が居た時代を、一度読ん
でみたい物だな。」
 レイクは首を傾げながら呟く。レイクは、獄島暮らしなので、そんな伝記など、
読んだ事が無かった。ソクトアの歴史の、濃い部分が詰まった1年間を読めないの
は、不幸と言える。それだけ愛された伝記なのだ。それは、セントの支配が続く今
でも、この伝記を無い物と出来ない程の愛され方だ。セントの方針から言って、こ
の本は、余り好ましい本では無い。だが、これが廃刊とならないのは、既に、この
伝記が、生活の一部分と化しているからに、他ならない。
「ソクトア記、第2章と呼ばれる、サルトラリア=アムルが書いた伝記が、一番読
み易い。彼は、当事者なのにも関わらず、戦乱の全ての資料を、一から集めて、手
直しした偉大な人物です。未だに、彼を越える伝記の作者は、見ませぬ。」
 シャドゥが教えてくれた。サルトラリアと言うのは、伝記の中に出てくる人物で、
ジークが在籍していた、ギルド『希望郷』のギルドマスターである。初代ギルドマ
スターは、ギルドの抗争に巻き込まれて死亡したとある。なので、実質ギルドマス
ターを長く務めたのは、この人物である。密かに、ジークの使っていた不動真剣術
と言う剣術の対とも言われる、天武砕剣術の継承者でもあった。共に、継承者は一
人と言う、とてつもなく限られた門を持つ剣術で、現在では、ほぼ一子相伝となっ
ているらしい。だが、不動真剣術は、15年前にセントと闘って破れた男が、継承
者であったので、滅びている可能性が高いし、天武砕剣術に至っては、100年程
前から、消息不明になっている。現在では継いでいる者が居るのかも、怪しい。
「その内、ガリウロルに行って、本屋に寄れば売ってますって。」
 グリードは、レイクの肩を叩いてやる。こういう時の、グリードの気遣いは嬉し
かった。しかし色々しゃべって、お腹が空いてきたらしく、お腹の音が鳴ってきた。
「おお。これは失念していました。そろそろ、食事のお時間ですね。」
 シャドゥは、済まなそうに謝ると、手を2回叩く。すると、この家の給仕らしき
魔族が顔を出す。どうやら、この家に仕えているらしい。
「お呼びでしょうか?シャドゥ様。」
 どうやら、女性の魔族らしい。魔族特有の黒い翼が、控えめだが生えている。こ
う見ると、魔族も肌が暗黒色で、黒い翼を持つ以外、人間と大差はない。寧ろ、ト
ゲトゲしていないので、親しみやすくも思える。しかも、この女性は、肌も暗黒よ
りも、少し黄色掛かっている。どうやら、魔族の中では薄い色の肌のようだ。
「客人に、食事を出したい。何分で出来るか?」
「既に用意は、整っておりますので、並べるのに5分程、お時間を頂きたいです。」
 給仕は、シャドゥの質問に、素晴らしく完璧な答えを導き出す。実に心地良い。
「彼女は、何者?」
 ファリアが興味を持った。ファリアから見ても、中々の美人である。
「身の回りの世話をしている、ナイアと申します。何なりと、お申し付け下さい。」
 ナイアは、丁寧に答えた。シャドゥが答えるまでも無い。何ともソツが無い。何
をやらせても、凄いんじゃないだろうか?ナイアは、髪を後ろで三つ編みにして、
束ねていた。その束ね方も、完璧で隙が無かった。良く見ると、この家の、どこを
見ても、塵一つ落ちていない。ナイアが、完璧に処理をしているおかげだろう。エ
イディの部屋の衛生管理なども、全て完璧に、こなしている。
「どんな料理を、作ったのかしら?」
 ファリアは興味があった。自分も料理なら、多少の自信はある。家庭科の授業は、
いつも上位の成績だったし、ちょっとしたパーティー料理なども、作った事がある。
「大した物では御座いません。貴方達には、鶏の香草焼き、小松菜のお浸し、鴨の
皮開き、海の幸のコンソメスープ、子牛の腎臓のバター焼き、ウニと海老の海鮮ピ
ザに飲み物はウーロン茶とジャスミン茶、白ブドウのワインか桃の紅茶のどれかを
お選びください。皆様の好みが分からなかったので、適当では御座いますが・・・。」
 ナイアは、恐ろしい事を言う。一体いつの間に、そこまで料理を作ったのであろ
うか?この島では、どうしても海鮮系の料理が中心になる。とは言え、ここまで、
完璧に作られると、ファリアも立場が無い。と言うより、このナイアが、凄すぎる
のかも知れない。この島は、亜熱帯とは言え、魔法を駆使して、牧畜も行っている
との話で、今回の料理から見ても、その話は嘘では無いのだろう。
(それで大した事無いって・・・。こりゃ勝てんわ・・・。)
 ファリアは呆れてしまう。対抗意識よりも、戦意を失ってしまう程の実力差だ。
「シャドゥ様には、いつも通りのメニューで御座います。」
 ナイアは、それ以上言わなかった。シャドゥは、ウンウンと頷いている。どうや
ら、言わなくても何が出るか、分かっているらしい。
「シャドゥは、何を食べるんだ?」
 レイクは、素朴に疑問に思ったので、尋ねてみる。
「私は、いつもタンタンメンとキムチの付け合わせ、麻婆ナスに焼酎を飲むのが、
いつもでしてね。たまに気分で、冷麺やザーサイの盛り合わせなどに、変えますね。」
 シャドゥは、ヘラッと凄いメニューを言う。
「・・・シャドゥって、辛党なのか?」
 グリードは、うんざりした顔で言う。聞いてるだけでも、火が出そうな程、辛そ
うな料理ばかりだ。
「皆に、そう言われますが・・・。私としては、至って普通なのですよ?」
 シャドゥは、考え込んでいた。どうやら自分が、凄まじく辛党なのを理解してい
ないようだ。毎日これを食べて大丈夫なのだから、凄い胃と舌の持ち主なのだろう。
「ナイアさんは、何を食べるんですか?」
 レイクは聞いてみた。するとナイアはキョトンとする。
「私・・・ですか?私は、後で残り物を炒めて、戴きます。」
 ナイアは、極当然かのように言う。寧ろ、何故尋ねられたのか、不思議がってい
るみたいだ。
「そんなの詰まらなくない?一緒に食べましょうよ。」
 レイクは、ナイアに声を掛ける。一緒に食べた方が、美味しいと思ったのだろう。
「そ、そんな。お客様とご同席なんて、恐れ多い事で御座います。」
 ナイアは困った顔をした。こんな顔を見られるとは思わなかったので、皆、珍し
がって見ていた。
(レイクの素朴さには、ナイアさんも、お手上げかしら?)
「いや、だったら俺は、食べない。だって食事ってのは、皆と食べながら、話すの
が、俺の中での、基本ルールだからな。」
 レイクは腕を組んで、踏ん反り返る。しかし、お腹の虫は鳴いている。痩せ我慢
も良い所だ。だがレイクは、そのルールを変えようとは思わなかった。思えば『絶
望の島』でも、必ず皆一緒に、ご飯を食べていた気がする。
「こ、困りました・・・。シャドゥ様。如何致せば・・・?」
 ナイアは、本気で困っているらしい。お客様を喜ばせるのが、自分の立場だと思
っているので、お客様さえ満足なら、幸せだと思っていた。こんな提案を、された
のは、初めてである。当惑してしまった。
「客人を飢えさせる訳にも、行くまい。いつもと違うが、御同列しなさい。」
 シャドゥは、ナイアの同列を認める。すると、まだ当惑気味だったが、ナイアは、
ちょっと嬉しそうに、首を縦に振った。
「いつも別々なの?シャドゥは?」
「はい。特に同列を意識してませんでしたので・・・。ですが、貴方のような考え
方を、する人が居るとは、私も驚きです。貴方を見てると、不思議と人間に対する
価値観も変わってくるから、不思議だ・・・。」
 シャドゥは、顎に手を持っていって考える。どうにも、このレイクと言う人物は、
掴み所が無い。仲間のために怒ったり、尽力したりすれば、素朴な少年のような疑
問を、ぶつけてくる。なのにも関わらず、達観した事を、いきなりズバッと答えて
くる。こんな人間は初めてだ。いや、かつて一人そんな人間が、居た気がする。し
かし、その人間は、今は生きていない。
(もしや・・・?)
 シャドゥは、レイクの生い立ちを、さっき聞いた。生い立ちって程の物では無い。
監獄島に、ずっと居た青年。しかし、それは物心がついた時には、と言う話だ。出
生が、どういう状況なのか、分かっていない。シャドゥは、もしかしたら、レイク
の出生は、隠されているが、あの一族なのでは無いか?と睨む。しかし、それは、
まだ直感でしか無い。確定するまでは、言わない方が良いだろう。
「じゃ、戴こうか。」
 シャドゥが、挨拶すると、皆も頭を下げて、食事を取る。
「・・・う、うめぇ!!」
 グリードは思わず声が出た。好みが分からないからと、謙遜していたが、これな
ら、皆も舌鼓を打つ程の味だ。レイクも、こんな味は、初めてだと呟きながら、食
べている。
「うー・・・。料理には、自信あったんだけどなぁ・・・。こりゃ完敗だわ。」
 ファリアは、思わず敗北宣言をする。
「お褒め預かり光栄です。皆様の、そのお顔を拝見するのが、私の楽しみなのです。」
 ナイアは、嬉しい事を言ってくる。料理をして、一番嬉しいのは、皆が美味しい
と言って、残さず食べてくれる事だ。シャドゥも、感謝の弁を述べたりはしないが、
いつも残さず、食べてくれる。
「しかし、ナイアさん。料理上手だなぁ。魔族と人間の味の違いとか、無いの?」
 グリードは、何気無く聞いてみる。するとナイアは、困ったような顔をした。
「グリード殿。その質問は、お控え願いたい。」
 シャドゥは、ちょっと伏せ目がちに、抗議する。
「あ、何か悪い事言っちまった?・・・済まんねぇ。」
 グリードは、ちょっと気まずい雰囲気を察して、謝る。
「謝る必要は御座いません。私は、どちらの味も判別出来ます。私は、魔族と人間
の相の子ですから。どちらの味も、判別出来るのです。」
 ナイアは、隠す必要は無いと判断したのか、堂々と事実を話す。
「この事で、昔、苦労したのも事実ですが、今は、シャドゥ様のような主人を得て、
幸せなのですよ?」
 ナイアは、本当に幸せそうに笑う。無理をしているようでも無い。心から、今の
境遇を喜んでいるようだ。
「私は、もっと贅沢を言えと言ってるんですがね。ナイアは、聞いてくれぬのです。」
 シャドゥは、いつも口癖のように、何か欲しい物があったら言えとか、休みが欲
しければ、いつでも言いなさいと、口煩く言っているが、ナイアは決して、それに
甘える事は無かった。黙って、シャドゥの身の回りの全てを、こなしていた。
「ナイアさんが幸せなら、良いんじゃないかな?それに、この味は、幸せじゃなき
ゃ、出せない味だと、俺は思うんだよね。」
 レイクは、本当に美味しそうに、ピザを運ぶ。何をとっても美味しい。こんな美
味しい物を、心が乱れた者が、作れる筈が無い。シャドゥにも、満足してもらう程
の食事を、不満な心で、出せる筈が無いのだ。
「レイク様の言う通りで御座います。私は、この平穏が、怖いくらい幸せなんです。」
 ナイアは、ニコリと笑う。しかし、どこか陰がある笑みに見えた。
「ナイアさん。俺は、昔にどんな事があったかなんて、野暮な事は聞かない。今、
幸せなら、それを逃さないようにしなきゃ、駄目だよ?」
 レイクは、諭すようにナイアに語る。
「レイク様・・・。レイク様と話してると、私が給仕である事実を、忘れてしまい
そうで怖いです。ただ・・・レイク様は、ご自身の幸せを掴めました?」
 ナイアは、鋭い質問をしてくる。レイクは、皆を幸せにする態度を取る。だが、
自分が幸せになる態度を、取れるのだろうか?と疑問が残るのだ。
「参ったなぁ。誰かさんと、同じ質問されちまったぜ。」
 レイクは、頭を掻く。ファリアはクスッと笑う。
「見つけてないなら、早く見つけなきゃ、駄目って事よ。」
 ファリアは、レイクを横目で見ながら、からかう様な視線を送る。
「ふむ。レイク殿は、些か課題が、多そうですな。」
 シャドゥは、話を合わせてくる。
「あーあ。分かってるよ。でも、俺は、俺のままで、いつか幸せってのを、見付け
てやるさ。せっかく窮屈な所から、出たんだしな。」
 レイクは、タルの筏の方を見る。良く見ると、あんな物で、よく大波を越えて来
た物だと思う。執念と人知を超えた力が無ければ、呑まれて死んでいただろう。
「兄貴なら、見つかりますよ。」
 グリードは、励ましながら、子牛の腎臓のバター焼きを食する。
「おい。グリード。そのバター焼きは、お前3個目だぞ。少しは遠慮しろ。」
 レイクは、グリードが密かに、バグバグ食べているのに、気が付く。
「兄貴。そいつは、譲れませんぜ?早い者勝ちって奴ですよ。」
 グリードは、したたかに、ピザを取ると口の中に放り込む。
「お、お前!クソゥ!負けて・・・」
「ちょーーっと!アンタ達。みっともない食べ方は、止めなさいよ?」
 醜くなりそうな予感がしたので、ファリアが釘を刺す。すると二人とも、食事バ
トルを始めそうな雰囲気だったのが、静まり返る。
「お皿なら、いくらでもありますから、ご遠慮なさらなくても、結構です。」
 ナイアは、予備の食事まで作ってあった。さすがである。
(か、完璧魔族ね・・・。)
 ファリアは思わず、そう思ってしまう。ナイアは、謙虚過ぎる所があるが、やる
事は、完璧である。
 それにしても、シャドゥは、あんな辛そうな食事を顔色一つ変えずに食べている。
「シャドゥさん。よっぽど、辛いの大丈夫なんだねぇ。」
 レイクも、うんざりする程、辛そうな料理だ。
「私にとっては、丁度良い辛さ何ですがね?ふむ・・・。」
 シャドゥは、顔色一つ変えずに、麻婆ナスを放り込む。
「魔族は全体的に辛い物が、好きな方が多いんです。人間は、脂肪分が多い物を好
みますね。特に動物性の物を摂る傾向が、あります。」
 ナイアが説明する。この人は何でも頭に入っているのであろうか?知識も豊富だ。
(今度、習おうかしら・・・。)
 ファリアは、ナイアの料理の知識は、正直羨ましいと思った。どこまで極めれば、
ここまでに、なれるのだろうか?それは、やってみなければ分からなかった。
「・・・!エイディ様が、起床なされたみたいですね。」
 ナイアは、居間の空気が変わったのを感じ取る。この気配りもナイアならではだ。
「ふむ。現状を、説明さしあげなければな。」
 シャドゥは、極当然のように振舞う。ナイアの能力を知っての事だろう。
「よ、良く分かるなぁ・・・。」
 グリードなどは、驚きっぱなしである。どこの雰囲気が、変わったのか、見当も
付かない。その僅かな事を見逃さないのが、このナイアの気配りなのだろう。
「魔族って、皆、凄いのね・・・。」
 ファリアも、驚かされてばかりである。人間よりも明らかに優れている。闘いの
事だけでは無い。考え方も、しっかりしてるし、今のセントの人間より心も綺麗だ。
「私が、ご説明に行きます。」
 ナイアが、一礼すると、自分の皿を片付けながら、居間の方へと出向く。
「あの人は、何をやらせても、凄いな・・・。」
 レイクも、つい驚いてしまう。謙遜しているが、能力は凄いと思った。
 ナイアは、どうやら寝ぼけ眼のエイディに、事情を説明しているようだ。すると、
エイディは、合点が行かない所もあったようだが、納得せざるを得なかったので、
頷きながら、こちらへと来た。エイディは、やつれた顔をしていたが、血色は、悪
く無かった。かなり回復したようである。
「おはようさん。エイディ。」
 レイクは、言いたい事もあったが、まず挨拶をした。
「おう・・・。何だか、面白い事に、なってるみたいだな。」
 エイディは、ニンマリと笑う。今の事態を、面白い事の一言で済ます辺り、エイ
ディらしい。どうやら、意識は、ハッキリしているようだ。
「エルディス様の御子孫、エイディ=ローン様ですね。お初にお目に掛かります。
我が名は、シャドゥと言います。お見知り置き下さい。」
 シャドゥは、臣下の礼をする。皆は、ポカーンとする。この時代に、臣下の礼と
来た物だ。しかも相手は、エイディだ。
「私はナイアと申します。エイディ様。何か御用があれば、何なりとお申し付け下
さい。微力ながら、力になります。」
 ナイアまで続く。すると、エイディは、困ったように頭を掻く。
「止してくれよ。俺、こういうの苦手なんだよな。」
 エイディは、鼻がムズ痒くなってしまう。卑下された事はあっても、尊敬された
事なんて無い。それが、いきなりこれでは、戸惑うのも無理は無いだろう。
「ああ・・・。そうか。レイリー=ローンは、アンタ等の恩人だもんな・・・。で
も、俺とは、関係無い事だぜ?」
 エイディは、二人が魔族だと言う事に、薄々気が付いていた。ただ、どうしても
この雰囲気に馴染めない。
「我らでは信用するに値しないと?・・・無理も、ありますまい。」
「だぁぁぁぁ!そう言うのじゃねぇよ!何ていうか、他人行儀なの嫌いなんだよ。
俺も、そこのレイクもね。だから、俺に様なんて、付けてくれなくて良い。俺を回
復させて、レイク達を持て成してるアンタ等を、信用出来ない筈が無いだろ?」
 エイディは、捲くし立てる。要するに、もっと仲良く出来ないのか?と言いたい
のだろう。この男らしい言い分だった。
「我らが同列などとは、恐れ多い・・・ですが貴方が、そう望むのでしたら、従い
ましょう。ナイアも、それで良いな?」
 シャドゥは、ナイアに念を押す。
「私は・・・恐れ多すぎて・・・。でも努力します・・・。」
 ナイアは、ペコッとお辞儀をする。
「おい。エイディ。困らせるなよ。」
「うるせぇや。まぁ、アンタ等の好きなように呼んで良いよ。でも、頼むから、従
う従わないなんて、言わないでくれ。俺は、そう言うの嫌いだからさ。」
 エイディは、呆れたように言う。起きて、いきなりこれでは、目覚めも悪い。だ
が、良い匂いがする。食事を見ると、お腹も空いてきた。
「エイディ様の分もあります。すぐに、お持ちしますね。」
 ナイアは、嬉しそうに食事を運んでくる。
「ああ。助かる。丁度、腹も減ってた所だ。ところでレイク。さっきナイアさんか
ら聞いたが、ここは、硫黄島なんだな?」
 エイディは、外の景色を見る。外は嵐の風景だが、こちらに影響は無いと言う不
思議な感じだった。
「ああ。それと、シャドゥさんとナイアさんは、魔族だ。」
 レイクは説明する。二人とも翼が生えてるので、一目瞭然ではあったが、エイデ
ィからしてみれば、思ったより人間に近いと思った。
「・・・。よし!グリード。賭けは、俺の勝ちだな?」
 エイディは、何となく分かっていたが、わざとらしくグリードの方を向くと、ニ
ヤリと笑う。何とも、皮肉な奴である。
「カーーーッ!お前は、まだ覚えてたのか!呆れるな・・・。」
 グリードは、エイディのしつこさに呆れる。
「賭けとは?」
「ハハッ。この島には、魔族が住んでいるって俺が言ったんだが、信じなくてよぉ。
俺は、絶対居るって信じてたからな!それで、賭けをしたんだよ。」
 エイディは、グリードの頭を押さえながら、説明する。
「我らを賭けの対象にしないで戴きたい・・・が、信じてもらえたなら光栄です。」
 シャドゥは、少し呆れてしまったが、エイディが自分達の存在を、この時代に信
じてくれた事は、嬉しかった。
「ハハッ。わりぃな。悪ノリが過ぎちまってな。でも、俺は、あの伝記に書いてあ
った事が、全部想像だ何て、思いたく無かったんでな。」
 エイディは、伝記を見た時、これぞ人の生きる道だと思った。それだけに、想像
で書かれた事だなんて、思いたく無かったのだ。
「全部何も、史実ですよ?あそこに書いてある事は、ほとんど間違っていませんよ。」
 シャドゥは、極自然に言う。
「貴方達は、まだ信じられないかも知れませんね。でも神とて、降臨しようと思え
ば、いつでも降臨しに来ます。この頃も、人間達に混じって調査している者が、居
るようですしね。現代では、信じる人間が、少なくなってしまったのでしょうがね。」
 シャドゥは、少し悲しくなった。人間達の間では、自分達は、存在しないと思わ
れている事がだ。そして、危惧もしている。いくら、人間出身の神のリーダーとは
言え、現状を見たら、どう思うか?嘆き悲しむに決まっている。調査に来ていると
の噂も、真実味がある。このままでは、大変な事が起きてしまいそうな、予感がし
たのだ。
「神か・・・。どんな奴ら、なんだろうな?」
 レイクは、ついそう思ってしまう。まず、会ってみたい。話をするのは、そこか
らだと思う。実在するしないでは無い。会えるのなら、会って話をしたい。それが、
レイクの行動理念であった。
「何て事は無い。神など、管理したがるだけの存在です。」
 シャドゥは、言い切った。どうやら神には、余り良い想いが、無いようである。
「ただ、神のリーダーは、話せる奴です。彼は珍しく、放任主義でした。だからこ
そ、500年も自由と平穏が保たれたのかも知れません。だが、今思えば、それも
正しい選択だったのか、疑わしい・・・。」
 シャドゥは、神のリーダーの気概は知っていた。人間を信じる。そして、それに
従う者は、皆信じる。それが彼の気概だった。アドバイスはするが、管理はしない
と言うのが、彼の持論だった。実際にトラブルなどがあれば、収めるが、必要以上
に口出ししないのが、現在の神のリーダーだった。そんな彼の性格は、嫌いでは無
かった。だが、500年前の出来事の時、彼は、もっと大きな山場を迎えていたら
しく、こちらに来れなかった。それから、最近に至るまで、他の星の危機を助けて
いたと言う情報がある。今では、リーダーの部下が、このソクトアに居るらしいが、
収める所か悪化している。思うに、何か大変な事が、セントに起こっている可能性
が高い。
 英雄の子孫が戦いを挑んだ際も、セントは跳ね返してきた。どこか、不気味な物
を感じる。今のセントには、何か恐ろしい事が、起こっているのかも知れない。
「今の世の中は、間違っているって事か?」
 レイクは尋ねてみる。それは、レイク自身の中でも、答えが出ている事であった。
「分かっているでしょう?正しい筈が無いと。セントの人間以外の誰もが、思って
いる事だと思います。だが、口を出せない。こんな時代、見た事が無い。黒の時代
と言うべきでしょうね。今は。」
 言いたい事も言えない。そんな時代が、正しい筈が無い。先が見えない、この時
代を、シャドゥは黒の時代と言い切ったのだ。希望があるのかも疑わしい。ソクト
アに残った魔族で、革命を起こそうと考える者は、ほとんど居ないだろう。
「希望があるとしたら、貴方達だ。」
 シャドゥは、レイク達の方を見る。特にエイディの方をだ。
「止してくれよ。俺達は、まだ獄島を抜けたばかりの、ペェペェだぜ?」
 エイディは期待されるのが、どうも苦手である。別に悪い気がする訳では無い。
しかし、応えられなかった時に、悔しがらせるのは嫌なのだ。それに、大波の時に、
自分達の力の無さを、痛感したばかりだ。
「右も左も分からない、俺達に期待するのか?」
 レイクは、シャドゥの眼を見る。シャドゥの眼は真剣その物だった。
「私は、貴方達を、只のペェペェだとは思っていない。まだ、開花する前の蕾だと
思っています。自分では、気が付いていないでしょうが、凄い才能をお持ちだ。全
員がです。私とて、伊達に1000年生きている訳ではありません。才能は、一目見れ
ば、分かります。磨くチャンスが無かっただけでしょう?」
 シャドゥは言い切った。レイク達は、磨くチャンスが無かっただけで、絶対に開
花すると。それは、過剰な期待では無かった。魔族が、卑下する人間達に、ここま
で言い切るには、何かの力を感じての事なのかも知れない。
「分かった。俺達に、何が出来るのか分からない。でも、少しでも期待に近づける
よう努力します。俺達とて、ここで終わりにするつもりは、ありません。」
 レイクは、シャドゥに言い切って見せた。それを見て、エイディが、バツの悪い
顔をする。どうして言い切ってしまったのか?と、抗議する目をしていた。
「エイディ。あの空手大会の事、覚えているか?」
 レイクは、突如質問する。
「覚えてるぜ。忘れる訳が無い。」
 エイディは、少し皮肉っぽく返す。
「あの時、俺は天神 瞬の姿勢を、羨ましく思った。何かの期待に応える為に、努
力を惜しまない姿勢は、称賛に値すると思っている。なら、俺達だって、少しでも
そうなれるように、努力するべきなんじゃないか?それで、期待に応えられなかっ
た時は、心から謝罪すれば良い。違うか?」
 レイクは、天神 瞬の不器用な生き方が、とても輝いて見えた。獄島に居た自分
達とは、違う輝きを持った少年を、羨む視線で見ていた。しかし今は、自由の身で
ある。ならば、自分達とて、あんな生き方が出来るかも知れないと思ったのだ。
「レイク。お前の言う事は理想だ。天神だってそうだ。あれは、理想を述べている。
その先にある現実を、分かっていない。お前には、魔族の期待に応えて、俺達と共
に行動する事が可能だと、本気で思っているのか?」
 エイディは、厳しい言葉をぶつける。エイディとて、悪意で、こんな言葉をぶつ
けている訳では無い。この島に行く事も、理想と言えば理想だったが、それは、計
算と証言に基づく証拠があっての事だ。しかし、この魔族達の期待に応えると言う
のは、形が無い。しかも、どんな困難が待ち受けているかも、分からない。それを
レイクに、背負わせたく無いのだ。
「エイディの言う事は、最もな事だ。でも、正論で、物事を理解する程、俺は、ま
だ人間出来ちゃ居ない。何も俺は、全員の期待に応えようって訳じゃない。身近に
居る人の、期待に応えたいだけなんだ。」
 レイクは、島を出た時から、自分の生き方について、考えていた。ファリアに言
われた事もある。それが、切っ掛けで、考えるようになっていたのだ。
「お前、何で自分の幸せを、優先的に考えないんだよ!その生き方に憧れるのは、
良い。でもな。人は、幸せを目指さなくて、生きていける程、強い生き物じゃない
んだ!人々の期待を背負って、やり遂げた所で何が残る?幸せな生き方を、考えて
くれよ!」
 エイディは、声を荒げる。ジェイルが犠牲になった時から、エイディは、レイク
を幸せにしなきゃいけないと、思っていた。しかし、レイクは、進んで茨の道を選
択する。それが、どうしても納得出来なかった。
「エイディの言う通りだと、私も思う。私は言ったわよね?レイクは、自分の幸せ
を考えずに、生きているって。その答えが、出てない内から、期待に応える生き方
を選択するの?それで、貴方自身、どうなるの?」
 ファリアも賛同した。レイクの生き方は、端から見れば格好良いのかも知れない。
美しく見えるのかも知れない。でも、それは安易な生き方では無い。茨の道だった。
「二人共、俺を第一に考えてくれているのは嬉しい。厳しい言葉だって、俺が厳し
い道を行こうとするのを、止めたいからなんだろ?でも、俺は、自分の幸せのため
に期待に応える生き方を、したいんだ。」
 レイクには、二人の厳しい言葉が、決して嫌悪から来る物では無いと知っていた。
だがレイクは、既に決めていたのだ。自分に合う生き方は、これしかないと。
「レイク!!」
 エイディとファリアは、抗議の声を上げようとする。
「もうウンザリなんだよ!確かに厳しい道かも知れないけどよ!見て見ぬ振りして、
先へ進むなんて、俺には、もう出来ないんだよ!!分かってくれよ・・・。」
 それは、レイクの心からの叫び声だった。ジェイルを置いて、脱出した時は、心
が折れそうになった。そして、自分を責め立てた。その時から、もう後悔するよう
な生き方はしないと、誓ったのだ。
「兄貴は、優しすぎる・・・。周りが何言っても、無駄なんだろうな・・・。」
 グリードは、溜め息を吐く。こんなリーダーを持つと、周りは幸せになるかも知
れないが、リーダーの事を思うと、胸が苦しくなる。
「エイディ。ファリアも、兄貴の生き方を認めてやろうぜ。ああなったら、言う事
聞く程、兄貴は柔な性格してないだろ?」
 グリードが、二人の肩をポンと叩く。
「グリード・・・。でも・・・。」
「少しは、俺の言う事も聞いとけよ!兄貴がさ。あの生き方選んだんなら、俺は、
兄貴の助けになるような、生き方をする。少しでも助けになるような生き方をな。」
 グリードは、迷わず言った。レイクが茨の道を進むなら、その茨を掻き分けるよ
うな生き方をすると。それが、レイクの生き方を認める最大の功労だと・・・。
「・・・もう、考えるの止めたわ。グリードの言う通りよ。レイクは、何言ったっ
て、聞きゃしないんだから。私も、せめて助けになれるような、生き方するわ。」
 ファリアは、諦めた割には、スッキリした表情になっていた。言いたい事は言っ
た。それでも、レイクは茨の道を行くと言った。ならば、最大限の助けになろう。
それが、ファリアの生きる道にも、なるだろう。
「おい。お前達まで、そんな生き方を強要させる気は無いぞ?」
 レイクは、戸惑っていた。まるで自分が、この道を行ったから、道連れになるか
のようだ。それは、レイクの望む道じゃない。
「何よ?レイクは、私達の助けは期待出来ないって言うの?薄情な事言うのね。」
 ファリアは、口を尖らせる。
「そ、そんな事無い!大いに助かる。でもよ・・・。」
「でもじゃないの。もう決めたんだから、変更は無しよ。」
 ファリアは、二の句を告げさせなかった。レイクが、生き方を変えるつもりが無
いのと同様に、ファリアやグリードも、変える気が無さそうだ。
「意地っ張りだねぇ。お前ら。しょうがねぇ。付き合ってやるよ。」
 エイディも、これ以上言っても、無駄だと悟ったのだろう。こうなった以上、自
分もレイクの助けになるまでだ。ジェイルには、申し訳無いが、自分には、これし
か出来そうに無い。ならば、出来る事をやるだけだ。
「全く・・・。勝手にしろ。俺よか、お前達のが、ずっと意地っ張りじゃねぇか。」
 レイクは、呆れた顔をするが、決して気分は悪くなかった。皆が進んで、助けて
くれると言った。人が良過ぎると思う。だが、人の事は言えない。なら皆を、死な
せないように、自分自身も昇華するべきだ。
「素晴らしい。魔族にすら、真似出来ない絆の力を、見せてもらいますよ。何せ、
魔族も神も、その絆の力に、してやられたのですからね。」
 シャドゥは、皮肉っぽく言ったが、大いに期待をしていた。人間が絆の力を取り
戻せば、絶対に何者にも負けない程の輝きを放てる。それを、シャドゥは1000年前
にも、体験したのだ。そして、それは憧れていたレイリーも、持っていた物だった。
「皆様は、素晴らしい絆を、お持ちなのですね。少し羨ましいです。」
 ナイアも、素直に羨ましがった。自然に文句が出て、自然に結論を出して、自然
に強くなっていく。絆の力とは、不思議だと思う。しかし、それが出来るのも、人
間ならではだと、ナイアは思う。そして絆の力を壊せるのも、人間なのだろう。
「ともあれ、皆様、食事も取られましたし、明日に備えて、お休み下さい。」
 ナイアは、既に寝室のベッドメイクを済ませてあった。どうやら、食事の準備を
する前にやっていたようだ。恐ろしい程、完璧である。
「そうだな。明日は、是非ジェシー様に、お会い下さい。」
 シャドゥは、一言付け加えておく。ジェシーには、報告しない訳にもいかない。
勿論、人間を宿泊させたとあっては、只の理由では済まない。しかしジェシーも、
エイディとレイク達を見てくれれば、分かってくれると信じていた。
 人間の魂の力を、シャドゥは、精一杯感じながら、明日の事を考えるのだった。


 久しぶりに、監獄や海上では無い、とても寝心地の良いベッドでの就寝だった。
ここ1ヶ月程は、監獄島やら船の上やらで、生活リズムが狂いまくってたので、寝
心地の良いベッドや、気持ちの良いシャワーを浴びれると言うのは、非常に好まし
い事だった。特にシャワーを浴びるのは久しぶりで、つい30分程、いつもより長
く入ってしまった。皆は、ファリアの事を潔癖だと言うが、本人は、極普通の事だ
と思っている。大体、汚くしてるのが嫌なのは、本能だろうとファリアは思った。
 だが、ここはどこだろう?確か、気持ちの良いベッドで、寝てた筈である。しか
し、寝てた場所とは、違う気がする。それに、どことなく懐かしい光景だ。
 朝起きて、挨拶をする。・・・誰に?
 食事を取って、日課に入る。・・・何で?
 日課を受けるために、地下室に入る。・・・一体どこの?
 ファリアは、少し混乱気味だった。しかし、慣れ親しんだ光景が浮かぶ。それは、
16歳から始めた日課だった。もう、基本は覚えた。応用も、こなせるようになっ
た。筋が良くて、怖いくらいだと言われた。
 この力は、使ってはいけない・・・。
 この力を表に出すと、絶対に異端視される・・・。
 でも、ファリアが大人になって、子供が出来たら、伝えなきゃいけない・・・。
 この力は、祖先からもらった、大切な物だから・・・。
 ファリアは常に、そう言われ続けてきた。ファリアは筋が良かったので、教える
方も優秀な生徒なら、嬉しいだろう。その力とは『魔力』だった。
 現代では『魔力』を使う『魔法』など、只の伝記での誇張だと、言われていた。
しかしファリアは、小さい内から、それは嘘だと知っていた。それは、両親が鍛錬
してたのを、見た事があるからである。父親は、ずっと鍛錬していなければ、失わ
れてしまう程、魔力の才能が無かった。だが、娘は、成長するにつれて羨ましいく
らい、膨大な魔力を身に付けていた。これが才能の差なのだろう。時代が、時代な
ら、天才と呼ばれていただろう。
 それだけに、隠さなければならない。何故なら、この力がバレてしまうと、間違
い無く、セントから睨まれる。そして粛清の対象になる。自分達は良い。覚悟は、
出来ている。しかし、娘のファリアには、絶対に不幸な目に遭って欲しくない。宿
命を背負うのは、自分達だけで十分だ。世間の目に触れた魔術師の粛清を、影なが
ら見てきたので、そんな目に遭わせるくらいなら、娘を守って死んだ方がマシだ。
 その想いが、ファリアの父にはあった。母親も、そんな父親を慕っていたし、フ
ァリアの事は、父親と同じくらい愛していた。魔力の事さえ、無ければ、娘は器用
だし、普通の暮らしをして、幸せになってくれる。そう信じていた。
 私は、魔力の事なんか、どうでも良かった・・・。
 ただ父に『凄い才能だ!飲み込みが早いな!』と言われるのが嬉しかった・・・。
 魔法は知れば知る程、今の時代には、合わないと悟っていた・・・。
 両親の心配も知っていた・・・。
 そんな両親を私は、心から愛していた・・・。
 なのに・・・。なのに!!!なのに!!!!!!!
 あの時から、全てが崩れ去った!目の前が真っ暗になった!両親の不安は当たっ
てしまった!そして・・・その両親は・・・死んでしまった・・・。
 レイク達には、黙っていたけど・・・私は、両親が自殺したのでは無いと、知っ
ている。自殺なんか、する筈が無い。いや、自殺しても、おかしくない程の衝撃な
のは、分かっている。・・・でも命の大切さと、いつもの生活の尊さを説いた、両
親が、私を置いて死ぬ訳が無い!!
 あの血文字は、両親の筆跡だっただろうか?今思い返すと、違っていた気もする。
となると、答えを握るのは、ゼリンしか居ない。奴が仕組んだのなら、何か知って
なくては、おかしい。これじゃ・・・両親が自殺のままじゃ、父親が・・・母親が
可哀想だ!このまま私は、流刑されて、ただ死んだんじゃ、浮かばれない!
 絶対に・・・原因を突き止めるんだ・・・。絶対に何かある筈!
「・・・様。・・・ファリア様。」
 誰かが、私を呼んでいる。と、今の景色が遠のく。両親が生きていた景色が、遠
のく。待って!!父さんに!母さんに謝らなきゃ!!私、まだ何も出来ていない!
絶対に、真実を知るんだから!絶対だよ!!
「ファリア様。お顔が優れません。大丈夫ですか?」
「ハァ・・・ハァ!待ってよ!!!」
 ファリアは、魘されながら、目が覚めた。すると横には、いつの間にかナイアが、
立っていた。するとファリアは、周りを見て、現実に戻される。
(夢か・・・。しかも、またあの時の関連の夢・・・。)
 ファリアは、溜め息を吐く。1ヶ月の間、何回ゼリンの夢を見たか分からない。
両親が、夢に出て来た回数も多い。
「・・・ファリア様。お水を、持って参ります。」
 ナイアは、部屋の冷蔵庫から、冷えた水を取り出すと、コップに注ぐ。それを優
しい笑顔で、ファリアに手渡す。ファリアは、礼を言いながら受け取る。
「ありがとね。ナイアさん。・・・何か言ってた?私。」
 ファリアは、ちょっと恥ずかしくなった。レイクや他の皆にも、何度か、魘され
てるのを、聞かれた事がある。
「気分が悪そうでした。でも、それ以上の事は、何も・・・。」
 ナイアは、そう言うと、ファリアの顔の汗を拭ってくれた。
「何から何まで、ありがとう。本当に感謝するわ。」
 ファリアは、ナイアの心使いを嬉しく思う。こんなに献身的にやってくれると、
恥ずかしくなるくらいだ。ファリアは水を飲む。すると心地良い潤いが、喉を巡る。
「美味しい・・・。こんな美味しい水、普通に置いてるなんて・・・。」
 ファリアは驚く。セントに居た頃の水よりも、美味しい。それが普通に、冷蔵庫
に入っていたと言うのは、驚きである。
「この島の中心に、濁りの無い水が湧き出ているのです。ちょっとした湖に、なっ
ていて、そこから汲み上げて、交換してくれる魔族が、居るのですよ。」
 ナイアは説明する。どうやら、硫黄島の中心には、素晴らしい恵みがあるみたい
だ。火山が浄化した最高の水なのかも知れない。この島には、火山が向いていない
ため、丁度、熱での浄水作用が、働いているためかも知れない。海水が、驚く程、
澄んだ水になって、島の中心に流れているのだと言う。
「ナイアさん。今度、料理を教えてくれないかしら?」
 ファリアは、誘ってみる。ナイアの料理は、本当に美味しい。どうやったら、そ
うなれるのか、花嫁修業も兼ねて、良い特訓になるかも知れない。
「そ、そんな・・・お教えする程の、物ではありません・・・。」
 ナイアは、思った通り謙遜する。しかし、ファリアにとって、それは予測済みの
答えだった。ファリアは笑みを浮かべる。
「ナイアさんたら、教えるのが嫌なのね?参ったわー。」
 ファリアは口を尖らす。
「い、いえ!決してそのような!・・・なら今度、厨房にお出で下さい。私程度で
良ければ、喜んでお教えしますから・・・。」
 ナイアは、恥ずかしそうにする。最後の方など、顔を真っ赤にしながら言った。
どうにも、この給仕は、自信が無さ過ぎるようだ。
「ナイアさんさ。謙遜するのは、美徳だと私も思う。でもさ。必要以上の謙遜は駄
目だと思うのよね。自信も持ってよ。貴女の料理は、私、尊敬する程、好きよ。」
 ファリアは、思った事を口にする。
「あ、ありがとう御座います!励みになります!」
 ナイアは、少し嬉し涙を流しながら、最高の笑顔で答える。
(この人・・・可愛いなぁ・・・。私、女じゃ無かったら惚れそう・・・。)
 ファリアは、溜め息を吐く。自分も、これくらい可愛い仕草が出来ればなーと思
う。今更、自分を変えられない。思えば、魔法を習った辺りから、性格がきつくな
ったのかも知れない。周りの人とは、違うと言う気持ちが、無かった訳じゃない。
「では、私、皆様を、起こしに行きますね。」
 ナイアは、そう言うと、深々と礼をしながら、次の部屋へと向かう。忙しい人だ。
(って・・・。皆様を起こしに行く!?)
 ファリアは、何やら悪い予感がして、先日からシャドゥが用意してくれた、普段
着に手早く身を包む。囚人服は、色々都合が悪いだろうと言う事で、処分してくれ
た。その代わりに、寝巻きと普段着を、取り揃えてくれたのだ。
 そして廊下に出ると、部屋の位置を確認する。
(確か、2個隣よね。)
 ファリアは、2個左の部屋の方へと向かう。すると、鼾が聞こえてきた。そして
悪い予感は、当たった。
「レイク様、お目覚めの時間で御座います・・・。困りました・・・。」
 ナイアは、早速レイクの事も、起こし始めたのだ。しかしレイクは、気持ち良さ
そうに寝たままだった。
「ナイアさん!ストーップ。」
 ファリアは、扉を開ける。ナイアはキョトンとしている。その仕草も可愛い。
「もうお着替え済ませたのですか?さすがです。ファリア様。」
 ナイアは褒めてくれた。だが、今は、そんな事を言ってる場合じゃない。
「ナイアさん。レイクは、私が起こすわ。」
 ファリアは、少し顔を赤らめながら言った。
「そ、そんな。ファリア様に、そこまでさせるのは失礼です。」
 ナイアは、本当に親切心から言っているのだろう。だが、ナイアに起こさせると
言う事は、あんな嬉しくなるような仕草を、レイクに見させると言う事だ。そんな
の、何だか嫌だ。それだけは、させちゃいけない気がした。
「良・い・か・ら!それと、少し強引に、起こした方が良いわよ。ウチの男性陣は。」
 ファリアは、こんなやり取りをしているにも関わらず、幸せそうに寝ているレイ
クを見て、ムカッとする。
「レイクゥ?朝よー?起きなさいよー?」
 ファリアは、少し低い声で、レイクの耳元で囁く。
「そ、それで、起きるのですか?」
 ナイアは、不思議そうにしていた。さっきのナイアより、声が小さいくらいだ。
「次起きなきゃ、転がすわよー?」
 ファリアは、怖い事を言う。するとレイクは、バチッと目が覚めた。そして、周
りを確認し始める。そして、冷や汗を拭いながら、一息吐く。
「す、凄いです!ファリア様。」
「凄くなんか無い!!!怖いだけだ!!」
 レイクは、ナイアが褒めてるのを見て、反論する。
「あーら。次、起きなきゃ、ベッドから落ちてたのにねぇ?」
 ファリアは、ニヤリと笑う。レイクは、ファリアの起こし方を知っている。布団
を剥いで、転がすのだ。それで何度、擦り傷が出来たか分からない。
「おかげ様で、すぐ起きれるようになったでしょ?」
 ファリアは、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「そ、そうだが・・・もうちょっと・・・いや、何でも無いです。」
 レイクは反論しても、次の起床時間に、何かやられるだけなので、黙っていた。
「そう?じゃぁ今日は出掛けるらしいから、着替え済ませなさいね。」
 ファリアは、そう言うと、悪魔のような笑みを浮かべて、部屋を出て行った。勿
論、ナイアの手を引いてである。
「ファリア様。何故、私が起こしては、拙いのでしょうか?」
 ナイアは、廊下を歩きながら聞いてくる。ファリアは、ナイアは気立てが良くて、
素晴らしい魔族だと思う。しかし、どうにも、こっちの機微には鈍感なようだ。
「男の朝って大変だって、良く言うじゃない。ナイアさんに見させるのは、どうか
と思うわよ。まぁ私だって・・・」
 ファリアは、顔を真っ赤にしながら言う。要するに、生理現象の事を言っている
のだろう。しかし、ファリアが言うと、余り似合わない台詞だった。
「生理現象なら、収めるのも、私の仕事の内です。」
 ナイアは、平然と言う。どうやら知っているようだ。
「ナイアさん・・・。恥じらいは、持つ物よ?」
 ファリアは、首を背けながら文句を言う。
「も、勿論、恥ずかしいですが、私如きで、収められるなら・・・。」
 ナイアは、結構恥ずかしがっている。どうやら経験は、あるらしい。
「ナイアさん・・・。貴女ね。自分も大切にしなさいよ・・・。」
 ファリアは、ナイアの一生懸命さが、逆に可哀想だと思った。
「私は・・・幼少の頃、そうやって育てられましたから・・・。」
 ナイアは、目を伏せながら言う。どうやら、厳しい過去を持っているようだ。
「なら尚更よ。シャドゥさんも、そんな事頼むの?」
 ファリアは、一応のため聞いてみる。
「いえ・・・シャドゥ様に一度お口で収めようとしたら・・・烈火の如く、怒られ
ました・・・。私に魅力が無かったせいかも知れません・・・。」
 シャドゥが、そんな事許す筈が無い。しかしそれは、ナイアの魅力が無いせいで
は無い。ナイアは、本気で言っているのだろうか?
「ナイアさん。貴女は私の目から見ても、美しいわ。そんな謙遜は止めなさい。却
って不愉快よ。」
 ファリアは、ドスの効いた声で言う。ナイアが、本気で、そんな事を思っている
のなら、直さなければならないと思った。
「シャドゥ様は、私に幸せな生活を与えてくれます・・・。でも、抱いてもらった
事は、200年間の内に、数える程しかありませんし、誘われた事は、一度もあり
ません。」
 ナイアは俯く。シャドゥとて、ナイアに魅力が無いから、抱かない訳では無いだ
ろう。逆にシャドゥ程の人物になると、抑えが利かなくなるのが、怖いのかも知れ
ない。紳士的と言えば、それまでだが・・・。
「ナイアさん。シャドゥさんは、そんな方じゃないの、一番良く知ってるでしょ?
シャドゥさんは、ナイアさんを思うからこそ、節度ある生活を望んでいるのよ?」
 ファリアは、ナイアが余りにも消極的な事を言うので、我慢出来ずに、言ってや
った。どうにもナイアは、自信が無さ過ぎる。
「シャドゥ様は・・・余りにも眩しいお方に仕えているから・・・私では、釣り合
いにならないのです。今日行かれれば、分かります・・・。」
 ナイアは、ジェシーの事を言った。シャドゥにとって、ジェシーは命に代えても、
守るべき魔族であって、それは尊敬に近い。
「それはナイアさん、絶対誤解してる。そのままじゃ、シャドゥさんは、ナイアさ
んに応えてあげられないわ。ナイアさんが、シャドゥさんを、そう思ってるのを、
見抜いているのよ。そんな素振りが、貴女にはある。心ここに非ずな、貴女を抱く
程、シャドゥさんは、節度の無い方じゃない。」
 ファリアは、シャドゥの代わりに答えてやる。この事をシャドゥは、自分の口か
ら説明した事は無いのだろう。だから、長い間、誤解しているのだ。
(シャドゥさんにも、一言、言って置いた方が良いわね。)
 ファリアは、お節介だと思いながらも、一度は、言って置かなければならないと
思っていた。二人とも、性格が良過ぎる。人間なんかより、よっぽど澄んだ心の持
ち主だ。なのに擦れ違っている。そんなの、間違っている。
「ファリア様・・・。その言葉、信じても宜しいのでしょうか?」
 ナイアは、口を噤みながらも、ファリアの方を向く。
「信じなきゃ、いつまで経っても、このままよ?」
 ファリアは、優しい目でナイアを見る。ナイアは、ファリア何かより、ずっと年
上で、経験も豊富だ。なのに、ファリアの方がアドバイスを与えているなんて、端
から見れば、おかしく見えるのだろう。しかし、このナイアは、考え方が奥手で可
愛い。ついファリアが、余計なお節介を、焼きたくなる程だ。
「ファリア様・・・。私、頑張ってみます!」
 ナイアは、可愛い事を言ってくる。つい、応援したくなる。
(私ってば、自分の事も、手一杯だってのになぁ・・・。)
 我ながら、お節介だと思う。だが、この性分は、止められそうに無い。
「ああ。そうそう。他の2人には、まだしも、レイクには・・・お口でなんて、駄
目!駄目よ!」
 ファリアは、口を震わせながら、忠告する。
「どうしてですか?」
 ナイアは、素朴に質問を返してくる。
「だ、だって、レイクって、そう言うの苦手そうだし・・・ご、誤解しちゃうかも。」
 ファリアは、ついドモってしまう。上手く言えない。
「フフッ。ファリア様は、自分に嘘が吐けないのですね。」
 ナイアは、口元に手を当てて笑う。
「あー・・・。私って、分かり易い?」
 ファリアは、ナイアにまで、すぐにバレてしまう自分の性分が憎い。ファリアは、
額に手を当てる。この分では、会った人に、すぐにバレてしまいそうだ。
「ファリア様。自分に嘘が吐けないのは、良い事なのですよ。ファリア様も、本当
に素敵です。私、ファリア様の事、応援したくなっちゃいます。」
 ナイアは、まるで友達に語りかけるような口調で、ファリアに言う。ファリアも、
その方が、悪い気はしない。
「その内、何か頼むかも知れないわ・・・。ナイアとは、良い関係になれそうね。」
 ファリアは、自分にだけ、飾らない顔を見せる、ナイアに親近感を覚えた。
「私も、こんな事が言えるのは、ファリア様が初めてですから。」
 ナイアは、本当に嬉しそうだった。今まで、誰かに仕える喜び、そして、尽くす
喜びなどはあったが、親近感を覚える喜びに、乏しかった。それが満たされていく
のは、相手に失礼だとは思ったが、とても幸福感に包まれていた。これが、友とな
のだろうか?ナイアにとって、その言葉は、憧れでしか無かっただけに嬉しかった。
 人間も、ファリアのような者が多かったのなら、ここまで魔族と、距離が離れな
かっただろうと、ナイアは思わずには、いられなかった。



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