NOVEL Darkness 1-4(Second)

ソクトア黒の章1巻の4(後半)


 朝は、穏やかに終わった。グリードは、ファリアに転がされていたが、既に転が
されてるのに、慣れているらしく、普通に挨拶してくる。グリードには、別の手を
考えなくては、駄目だと思い始めていた。エイディは、危険を察知したのか、ファ
リアが部屋に入った瞬間、目が覚めた。シャドゥは、ナイアが2、3度揺り動かす
と、すぐに目が覚めた。さすが、長年付き添っているだけあって、そのタイミング
と言い、挨拶と言い、流れるような作業だった。その後、ナイアは料理をしながら、
ベッドメイクと言う、離れ業を見せてくれた。これには、ファリアもビックリした
が、ナイアは平然と、これをこなしていた。既に、慣れている作業なのだろう。料
理の出来るタイミングを、全て覚えているので、厨房に行く時間は、必ず何かが出
来るタイミングだ。火を通す所など、ファリアから見ても、完璧だった。その後、
ベッドメイクを終えると、皿を手早く用意して、鍋からフライパンから、オタマを
踊るように振りながら、等分に分けていく。手間の掛かりそうな料理は、前の日に
仕込みをして置いたらしく、最後に火を掛けていた。
(料理と言うより、こりゃ、芸術の域よね・・・。)
 ファリアは、手伝おうかと思ったが、これでは、手伝った方が、却って迷惑が掛
かりそうだった。それよりも、ナイアの味付けに使う分量や、盛り付ける際の手際
などを、見逃さずチェックするようにしていた。火加減の時間の取り方や、料理を
作る順番などにも、気を付けてチェックする。
 チェックし終わった後、調理器具を、予め用意しておいた洗剤液に、放り込んで、
皆の待つテーブルへと運んでいく。そして、運び終えたと同時に、水洗いをして、
日当たりの良い所に器具を置いていた。その間に、飼い犬が居るらしく、飼い犬の
朝食を用意して、犬部屋と書かれている部屋の扉の隙間に、餌を置いておく。
(凄いわ・・・。完璧・・・。)
 ファリアは、驚く他無かった。驚きなのは、それをこなすのに、何の躊躇いも無
いナイアの姿だった。相当、年季が入って、慣れているのだろう。
 朝は穏やかだった。しかしそれは、全てナイアが、完璧にこなしているからであ
って、それ以外の何者でも無い。ナイアは、最後に除菌スプレーを体に吹きかけて、
清潔に手洗いする。これは、ナイア自身が、病気にならないための自衛策だと言っ
た。その理由もまた凄い。自分が病気になったら、シャドゥのお世話が出来なくな
るからだと言うのだから、お手上げである。
(ナイアさんの、婿になりたいくらいよ・・・。ホント・・・。)
 ファリアは、徹底的なご奉仕精神が、叩き込まれているナイアに、頭が下がる想
いだった。自分は、さすがに、ここまでは出来ない。まずは得意な料理から、参考
にするしか無いだろう。
 皆は、その後、何気なく食事を口に運んで、旨い!などと、口にしていたが、笑
顔で皆の食べてる姿を見る、ナイアを見て、ファリアは、更に尊敬するのだった。
(あの笑顔の裏に、あそこまでの作業量が、隠されていたなんて・・・。)
 ファリアは、つい涙ぐんでしまう。感動してしまう程の、ナイアの頑張りだった。
しかし、その涙をグッと噛み締めて、ファリアは普段通りに、皆と会話した。誇れ
る事だが、ナイアが誇らないのであれば、自分が言うべきでは無いとファリアは思
った。軽々しく語れる程、ナイアの作業は軽くない。
 そして今日は、ジェシーに会いに行くと言う事で、皆が出かける準備をする。す
ると、ナイアは、すぐ様、皆の靴を揃えておき、艶が出る程、磨いておいた。その
作業も、実に楽しそうにナイアはこなす。
 そしてナイアは、留守を任されるとの事なので、皆が出て行く時に、この家の飼
い犬である、セントバーナードのパステルを呼ぶと、昼食代わりの、サンドイッチ
と唐揚げの詰め合わせを、バーナードの背中に背負わせる。そして、2、3個、何
かを言いつけて、パステルの背中を押してやる。すると、パステルは、まるで従者
のように、シャドゥの後ろに付いていった。こりゃ完璧である。どう言う躾をした
のだろう?全く隙が無かった。吠える事も無い。余程、完璧に躾られたのだろう。
ナイアの話に寄ると、この犬が31代目らしい。躾が完璧に出来た犬だけ、引き取
って、他の魔族に引き取ってもらうか、ガリウロルの闇商人では無い正規の契約を
したブリーダーに引き取ってもらって、ガリウロルで、人間達に育ててもらうよう、
頼んでいるらしい。
 そして自分達の姿が、見えなくなるまで、見送りをしてくれていた。
 そんなこんなで、現在は硫黄島の領主である、ジェシーの住む館に向かっている。
「・・・ナイアさんって、凄いのな・・・。」
 レイクは、靴の磨き作業辺りから、見ていたが、余りに完璧だったので、声が掛
け辛かったらしい。
「私も、本当に感謝しています。あそこまで頑張らなくとも・・・と言うと、ナイ
アに失礼ですので、なるべく感謝の言葉を、言うようには、しています。」
 シャドゥは、ナイアが来てから、本当に生活が楽になった。嘘だと思うくらい働
く。その働きを、嬉々として行うナイアは、魔族らしく無いと思う。しかし、それ
がナイアらしさと言えば、それまでだった。
「シャドゥさんは、そう思うなら、ナイアさんの気持ちに、応えてあげなきゃ駄目
ですよ。ナイアさん、少し、悩んでいましたよ。」
 ファリアは、口を尖らす。シャドゥには、ナイアの気持ちに気付いて欲しい物だ
と思う。いや、気付いているのだが、誇りが邪魔をしているのかも知れない。
「ナイアは、私には悩みを言ってくれぬのです。気付いてあげたいが・・・それに
しても、ファリア殿は、良くナイアの悩みを知っていますな。」
 シャドゥは驚く。長年居るシャドゥにすら、ナイアは遠慮しているのか、余り欲
望などを、口にする事は無い。
「今朝、色々話して、仲良くなれましたからね。腹を割らないと、彼女は、中々打
ち解けてくれなかったけどね。」
 ファリアは、ナイアの全てが分かったとは思わない。しかし、どういう風に話せ
ば、こちらと調子を合わせてくれるのかを、掴んだようだ。
「ハハッ。レイクの得意技を、取られちまったようだな。」
 エイディは、レイクを冷やかす。レイクは、誰に対しても仲良くなりやすい。そ
の証拠に、最初は頑なだったファリアも、一日で心を許すまでになった。しかし、
ファリアも、何かと打ち解けやすい性格だった。ゼリンの事さえ無ければ、ファリ
アは、心に鎧を被せるような事は、しなかっただろう。
「ファリアは本音で話すからな。時々厳しいけど、話してると、気持ちが良いしな。」
 レイクは本音を漏らす。ファリアは、顔を赤く染めると、つい笑みが零れる。
「フム。私も見習わないと、いけないな。レイリー様も、打ち解けるのが、上手い
御方であったからな。」
 シャドゥは、本気で考え込んでいた。こう言う所が、いけないのだと本人分かっ
ていないようだ。要するに、真面目なのが祟っているのだ。
「本音過ぎるのも、問題ありだと思うぜ?俺は。」
 グリードは、手を首の後ろに持っていくと、からかうような顔でファリアを見る。
「アンタは、一言多いわね。モテ無いわよ?」
 ファリアは、すぐに言い返す。こう言う所は、性分で、抑えきれない。
「おめぇさんに、言われたくないね。ナイアさんと上手く話せたのだって偶然だろ?」
 グリードは挑発する。どうもグリードも、性格を抑えるタイプでは無いようだ。
「失礼ねぇ。・・・そう言えば貴方、早く、約束守りなさいよね。」
 ファリアは、忘れてないわよと、言いたげに釘を刺しておく。
「お前も、忘れない奴だねぇ・・・。」
 グリードは困った顔になる。約束とは、肌荒れに効くような物を探し出す事だ。
つい口約束を、してしまったのだった。
「この島に、肌荒れを抑える物を探すのって、大変じゃねぇか?」
 グリードは、溜め息を吐く。亜熱帯のこの島では、どんな植物が、どこに生えて
いるか、見当も付かない。
「そんな約束を交わしていましたか。しかし、この島には、肌荒れに効きそうな植
物は、たくさん生えていますので、安心して良いですぞ。」
 シャドゥは約束する。確かナイアが、色々調合して、使っていた筈だ。
「と、言う事らしいわよ?頼んだわね。」
 ファリアは、グリードの肩を叩く。グリードは、文句を言おうとしたが、約束し
た事なので、黙っている事にした。
「ところでナイアは、何を望んでいましたか?良ければ聞かせて戴きたい。」
 シャドゥは、あのナイアが、どんな望みを言ったのかが、気になった。
「はぁ・・・。もうシャドゥさんてば、鈍感ですねぇ・・・。」
 ファリアは呆れてしまう。どうやらシャドゥも、気が付いてないようだ。
「決まってるじゃないですか・・・。ナイアさんは、シャドゥさんの事を、只の主
人だと思っている訳無いでしょう?・・・つまり、そう言う事ですよ。」
 ファリアは、遠まわしに言う。余りこう言う事を、普通にしゃべる物でも無い。
「・・・ナイアが、そんな事を・・・。」
 シャドゥは、難しい顔になる。
「シャドゥさん。ナイアさんが迫った時、とても怒ったらしいわね。多分、その理
由も分かるわ。貴方、主人の立場を利用して、ナイアさんと関係持ちたく無かった
んでしょ?でも、その時に、理由を、ちゃんと言わなきゃ駄目だわ。」
 ファリアは厳しい言葉を並べる。シャドゥの真面目さが、却ってナイアを傷付け
ているのだ。その辺を、理解してもらわなければならない。
「ナイアは、素直で頑張り屋です。・・・でも私は、給仕だからと言って、卑下さ
せるような真似は、今後もさせる気はありません。それにナイアは、私を同列に見
てくれません。必ず自分を下に見ます。そんな状態で、気持ちに応えても、それは、
私が立場を利用したのと、代わりありません。」
 シャドゥは誓っていた。ナイアは、良く出来るために、つい奉仕活動が過剰にな
ってしまう。それに溺れては、主人失格である。だからナイアを、幸せにしなけれ
ばならないと誓っていた。だからナイアが、自分を棄てようとしたら、それを拾わ
なければならない。
「そう言うと思ったわ。・・・だから、その時に、それを言えば良かったって、言
ってるのよ!だから誤解したままなのよ。貴方達は!」
 ファリアは声を荒げる。すれ違ったまま、年月を過ごしている、この二人を見て、
イライラしたのだろう。
「誤解・・・?何をでしょう?」
 シャドゥは、思い当たらない。自分が何を誤解したのだろう?それにナイアが、
何か誤解している事でもあるのだろうか?長い年月を過ごしているのに、分からな
い。お互いに、何か言わなくても、通じる所がある二人なだけに、不安だった。
「まず・・・貴方はナイアさんが、奉仕のみの理由で迫っていると勘違いしてるわ。
ナイアは確かに奉仕精神が高いけど、貴方の事を、しゃべる時の態度は、明らかに
違う。それを見逃すなんて、あっちゃいけない事よ?」
 ファリアは、シャドゥに指を差す。シャドゥは、その迫力に圧倒される。
「それとね。ナイアさんは、貴方が気持ちに応えないのは、自分に魅力が無いせい
だって言ってたわ。どうなの?」
 ファリアは、シャドゥに問いかける。するとシャドゥは、顔を真っ青にした。
「そんな事ある訳が無い!ナイアは、私にはもったいない程、優れた給仕だし、第
一、魅力的過ぎるくらいです!私は、ナイアを卑下した事などありませんぞ!」
 シャドゥは並べ立てる。他の3人は、ポケーッと見ていた。シャドゥが、こんな
に冷静さを失うのも、珍しい事だと思った。
「フフッ。そう言うと思ったわよ。だから、それを口で言わなきゃ分からないのよ。
彼女はね。・・・無骨なのも、過ぎるのは良くないって事よ。」
「そうですか・・・。ナイアは、そんな事を・・・。」
 シャドゥは、自分が許せなくなりそうだった。自分が、ナイアの気持ちに応えな
かったのは、彼女がどこか遠慮がちに言うからだ。それをシャドゥは、奉仕のみの
気持ちで来ていると思った。
「貴方、確かジェシーさんだっけ?これから会う人の事を、尊敬してるわよね。ナ
イアさんは、貴方がジェシーさんの方を見ているから、自分に興味ないのでは?と
も言ってたわよ。」
「そんな馬鹿な!私は、ジェシー様にお仕えするのは、飽くまでレイリー様を尊敬
する気持ちからです!・・・あの方は、もうレイリー様の伴侶であらせられるのだ
から、そんな事を、思うのも筋違いです!」
 シャドゥは、ファリアの言葉を否定する。ナイアの勘違いが、そこまで来ている
とは、思っていなかったのだ。
「だから!それも言わなきゃ分からないでしょう!?貴方が、それを口にしてナイ
アさんに言わなきゃ、いつまでも、このままなのよ!それで良いの!?」
 ファリアは頭に来ていた。ここまで、はっきり述べる男が、何故ナイアには、そ
の事を伝えないのか?大事に思っても、自分を伝えないのでは、一緒である。
「そうですか・・・ナイアは、それで私には、遠慮したような態度を取っていたの
ですね・・・。お互いに、自分の事を隠し過ぎてましたね・・・。」
 シャドゥは、ナイアの事を思う。思えば彼女は、いつも笑顔を絶やさなかった。
辛いなどと、一回も聞いた事が無い。しかし、いつだったか、ナイアは見えない所
で泣いていた記憶がある。それは確か、ナイアが迫った時に怒った日だ。あの時は、
ナイアは、自分に怒られた事を、気にして泣いていたのだろうと単純に思った。
(でも、違っていたんだな・・・。)
 シャドゥは、自分の鈍感さを呪う。ナイアはあの時、口では奉仕活動と言いなが
ら、本気だったのだろう。それを拒絶したのは、他でもない自分であった。そして、
ナイアと関係を持ったのは、彼女が本当に苦しそうにしていた時に、求められた時
だけだった。
(これでは、本気で相手したのかも、分からないでは無いか!)
 シャドゥは、改めてそう思う。よく考えたら、ナイアを自分の意志で、しかも、
良く眼を見て愛した事が無い・・・。主人と給仕。その関係があるからこそ、肉体
関係は、それを理由にしてはならないと、シャドゥは思っていた。だが、そのせい
で・・・そのせいで彼女は、本気で苦しんでいたのだ。その苦しみに、シャドゥは、
気が着かないでいたのだ。何て様なのだろう。
「・・・ファリア殿。貴女に感謝する。ナイアは私の宝です。でも、大事にし過ぎ
たようです。」
 シャドゥは、改めて自分の非を認める。大事にするのは、別に悪い事では無い。
だが、し過ぎる事で、相手に誤解を招くなど、本末転倒も良い所である。
「分かれば良いのよ。ナイアさんもね。自分を出すのが下手な人だからさ・・・。
つい、口を出したくなっちゃったって訳よ。」
 ファリアは、指を振って、気にしていないと言うポーズを取る。
「ファリア。お前は、本当に優しい奴だな。」
 レイクは、自分の事のように喜ぶ。ファリアは、本当に良い奴だ。お節介で意地
っ張りで、本音を隠す事が出来ない。その性格のおかげで、何度癒された事か。
「た、たまには、良い事しないとさ!」
 ファリアは、照れ隠しに強がる。しかし、そう言う所も憎めない。
「くっそぉ。俺も良い所を見せないとなぁ・・・。」
 グリードは、レイクに褒められているファリアを見て、羨ましがる。
「お前は、まず肌荒れに効く植物を、探さなきゃな?」
 エイディは、グリードの頭を叩きながら、からかう。
「結局、そこかよ・・・。」
 グリードは、溜め息を吐く。レイクの役に立ちたいのに、どうにも思う通りにい
かない。何とも悲しかった。レイクは、望みなど言ってくれない。それは、グリー
ドが、頼りにならないからでは無いか?と思ってしまう。
 レイクは、一人で何でも出来てしまう。何かを手伝った所で、自分よりレイクの
方が早く終わる。能力だけの問題では無い。心構えが違う。何をやるにも一生懸命。
人の期待には、必ず応えようとする。グリードの中の、永遠の英雄が、レイクなの
である。自分も英雄と言う響きに憧れていた。そのせいか、反セント運動に参加し
たのも、英雄のように、実直でありたいと思ったからだ。だが、その結果は無残だ
った。自分が、いつの間にか中心に居て、首謀者だと言う事で、捕まえられてしま
った。グリードは有無言わさず『絶望の島』行きになった。その時のリーダーは、
いつの間にか、セント側の人間になっていた。それだけでは無い。信じてきた仲間
が、全員グリードが首謀者だと言ったと言う。グリードは、何が何だか、分からな
いまま、監獄島入りとなったのだ。
 人など信じられない。他人の言う事を信じれば、馬鹿を見る。それが、グリード
の出した答えだった。それを覆したのは、レイクである。
 最初は、いけ好かない奴だと思った。若年の癖に班長だと言う。確かに、他の男
とは、何か違う物を感じたが、まだ若造である。そんな奴に、班長面されるなんて、
真っ平だった。事ある毎に反発した。自分の事は放っておけと、忠告しておいた。
周りに居る大柄な男も、軽い口調の野郎も呆れて、放っておいた方が良いと言った。
 それでも班長は諦めなかった。グリードを、このままにしては、悔いが残るとま
で言った。それは勝手な言い分だと思っていた。自分が何しようが、この班長には
関係のない事だ。何故そこまで関わりたいのだろう?何か企みがあるに違いない。
・・・そうとしか、当時のグリードは、思わなかった。
 そして、イライラが募ったある日、他の班の奴の目が、気に入らないので、睨ん
だら、突っ掛かって来たので、ボコボコにしてやった。その報復に、何と50人程、
仲間を連れてきた。大人気無いとも思いながら、自分も似たような物だと悟った。
どうせ、このまま生きていても、つまらないなら、こいつらを殴って、スッキリし
て、死んでやろうと覚悟を決めたのだ。だが、スッキリ所では無い。グリードは、
あっと言う間に羽交い絞めにあって、ボコボコにした奴に、反対に打ちのめされる
羽目になった。そこで、グリードは自分が死ぬんだと直感した。こいつらは、全員
自分を殴る気でいる。鬱憤を晴らしたいだけなのだ。自分に似ていると思った。だ
が、何故か悲しくなった。
 その時、周りからどよめきが起こった。どうやら、あの人騒がせな班長であった。
班長は、グリードの様子を見て、唇から血が出る程、噛み締めながら怒っていた。
(なぜ、あの班長は、あんな無駄な事をするんだ?)
 グリードには分からなかった。自分を助けた所で、自分からは悪態を付かれるに
決まっている。何故、分からないのだろうか?
 そして班長は、その辺にあった1メートルくらいの棒切れを持つと、弓のように
しなやかに、操り始めた。手先が見えない程の手早さで、振り回していた。
 そして50人に対して、有無言わさず蹴りを入れて、闘いは始まった。こんなの
班長が勝てる訳が無い。どうやったら、この人数相手に、闘おうとするんだろう?
無謀も良い所だ。だが驚く事に、あっと言う間に5人が倒れた。班長は、正確に急
所を突き込んで、相手の動きが止まった所に延髄に回し蹴りを決めていた。その動
きたるや、流れるようであった。そして相手が、同じように角材などで襲い掛かっ
て来たが、体を捻って躱すと、足で角材を踏んで、顔面に膝蹴りを入れていた。そ
のまま、落ち際に違う奴の顔面を踏みつけつつ、隣の奴のコメカミを、棒で打ち抜
く。その調子で、あっと言う間に半数になった。すると、グリードを羽交い絞めに
していた奴は、人質だと言わんばかりに、グリードを突き出すが、気付くと、羽交
い絞めされていた男が、吹き飛ばされた。後ろに、あの大柄な男が、フォローに回
ったのだ。そして手早くグリードの身の安全を確保する。
 するとレイクは、咆哮しつつも、棒切れで斬る、突く、叩くと、やりたい放題暴
れて、ついには最後の一人を、踏みつけるにまで至った。そこで首謀者らしき奴に、
何か呟くと、首謀者は尻尾を巻いて逃げていった。まるで役者が違う。と言うより、
この世の物とは、思えない強さだった。
 レイクは、この時の事を大人気無い暴れ方だったというが、グリードの目には、
素晴らしい強さに映った。その時、グリードは、自分の勝手を責めたければ責めろ
と言った。自分のような男は、放っておけと言いたかった。するとレイクは、鉄拳
をグリードに入れて、胸倉を掴む。グリードは、その時言われた事を忘れない。
「てめぇ、仲間がピンチの時に、俺に黙ってろって言うのか?ふざけんな!!」
 レイクは、そう言って本気で怒った。グリードは、その時、衝撃が走った。あん
なに勝手な事をしたのに、自分のせいで、レイクは自分の手まで汚したのに、仲間
だと言ったのだ。しかも勝手な振る舞いに怒ったのでは無く、放っておけと言った
事に怒っていたのだ。こんな奴は、見た事が無い。
 その時、グリードは打算や疑心と言った心が、晴れていった。レイクと言う男は、
本物の英雄であると悟ったのだ。この男を、サポートするのが、自分の人生だと誓
ったのだ。このような男を、この目で真剣に追い続けていく事が、グリードにとっ
て、一番の幸せなのだと、感じたのだった。
 それからである。グリードは土下座して、レイクに心酔した事を告げた。そして、
形だけでも良いので、義兄弟の盃を交わさせてくれと言った。レイクは、かなり恥
ずかしがっていたが、グリードが本気なのを見抜いて、嫌々だが、交わしてくれた。
その事が、グリードにとって、幸せな事だと、レイクにも感じたのだった。
(兄貴は、すげぇ人だ。この頃、らしくない所があったけど、この人は絶対に、何
かで成功する器の人だ。)
 グリードは、その器が大成する時まで、付いて行くと決めたのだ。
「グリード殿。どうか、なされたか?」
 シャドゥは、グリードが何か真剣に考えているのを見て、気に掛けていた。
「ああ。何でも無いっすよ。俺が兄貴の役に立てる事って、何だろうって考えてい
たんですよ。まぁ差し当たっては、他の奴の約束を守る事ですかね。」
 グリードは、苦笑いをする。レイクの役に立ちたいのに、他の奴の約束を優先し
なければならない。自分の軽率さを、呪っていた。
「グリード殿。貴方は、実直なお人だ。だが急いては、物を仕損じます。出来る事
から、やっていくのが宜しいと思いますぞ。」
 シャドゥは、グリードの様子を見て忠告する。グリードは、何でも頑張って、早
く済ませたいと思うタイプだが、それだけでは、成功する事が限られてくる。そう
ならないように、忠告したのだった。
「アンタの言う通りだな。いつか、いつかで良いから、兄貴の役に立てば良いんだ
よな。・・・どうも俺は、急ぎ過ぎるからなぁ・・・。」
 グリードは、シャドゥの忠告を、有難く聞き入れる。この素直さも、グリードな
らではの事だ。グリードは、この素直さのせいで、獄島入りとなったと聞いたが、
これからは、良い方向に行けばとシャドゥは思った。
 シャドゥも、この人間達を見て、考え方が変わって来た物だと思う。この人間達
は、自分を飾る事も無い。本音をぶつけてくる。それで居て聞いていて、心地良い
響きを返してくる。このような人間ばかりなら、魔族と人間、更には、妖精や龍族
なども、ここまで疎遠にならなかっただろうと思った。
 しかし現在は、険悪どころか、面会すら困難と言う状況である。果たして、ジェ
シーが、この人間達を、歓迎してくれるかどうかも、分からない状況だ。シャドゥ
としては、自分の眼力を信じて、面会を挑むだけである。
 ジェシーのためにも、この面会が上手く行けば良いと、シャドゥは思わずには、
いられなかった。


 結構早い時間に、シャドゥの家を出た筈である。しかし、まだジェシーの館まで、
着かなかった。一日で、回り切れる程、この島は狭くないと言う事だろう。しかも、
シャドゥの話では、ジェシーの館とシャドゥの家は、島の中でも、そんなに遠い方
では無いと言う。だから余計に、疲れが溜まってしまう。昼御飯は、ナイアが拵え
てくれた、サンドイッチと唐揚げ、それと、犬のパステルのお腹の所に括り付けら
れていた魔法瓶が昼食だった。魔法瓶の中は、冷たいスポーツドリンクだった。細
かい配慮の忘れない人だ。それに特製のバナナシェイクが、人数分用意してあった。
パステルは、それを疲れた様子も見せずに、背負っていた。本当は疲れている筈で
ある。しかし、不満を見せる訳でも無く付いて来ていた。訓練されているのだろう。
 この地域は、緯度70度付近にして、亜熱帯と温帯で分類される地域で、日差し
は、そこまで強い訳では無いが、湿度が非常に高い。それだけに、一人一人に渡さ
れていたタオルと、保冷剤は、非常に役立った。無かったら、今頃ファリアやグリ
ードが、文句を言いまくってた筈である。こう言う事前の対処をしてくれていた、
ナイアの存在があるから、文句を言い辛いのであった。
 しばらくすると、部落だろうか?ポツリポツリと、家が見え始めた。どの家も、
結構しっかりした造りになっていて、シャドゥの家のように、涼しくする工夫が、
そこかしこに、見られていた。そのほとんどが、魔法で補われていて、この島が、
電力に頼らず生きている証拠でもあった。
「家が見え始めると、何だかホッとするわね。」
 ファリアは、好い加減、足が疲れ始めていた。歩きっぱなしである。途中、3回
程、休憩を設けたが、それでもまだ休み足りない。
「ホッとされたら困りますね。貴方達は、今の状況をお分かりか?」
 シャドゥが、厳しい口調で、警戒するように促す。
「え?何でまた?」
 ファリアは気が付かないでいた。しかし、それは、すぐに間違いだと気が付いた。
凄まじい程の視線を感じる。これは、別に厭らしいとか、そう言う視線では無い。
明らかな殺気だ。
「な、何だこれ!?」
 レイクも、向けられる殺気に、警戒し始める。
「だから言ったでしょう?魔族のほとんどは、人間など認めていません。私が、側
に居なければ、彼らは敵意を持って、貴方達に向かって来ます。」
 シャドゥは、説明してやる。シャドゥこそ、エイディに気が付いて、持て成しを
してくれたが、今の魔族と人間の関係は、今向けられている敵意こそが、本来の姿
なのである。
「おい!」
 突然、道の真ん中に魔族が立ち塞がる。年恰好からいって、かなり若そうだ。
「てめぇら、何ここを素通りしようってんだ?ああ!?ジェシー様の所に、攻め入
るつもりかよ?それなら、容赦しねぇぞ!!!」
 若者の魔族は、因縁を付けてくる。しかし、人間のチンピラとは違う所は、こん
な若者でも、かなりの殺気を感じる事である。
「て、てめぇ、俺達は!!」
 グリードが、拳を握り締めて反論しようとするのを、シャドゥが手で制止する。
「このお方は、ジェシー様の客人だ。ちゃんと報せも入れてある。変な因縁は、君
の首を絞めると思うのだが?」
 シャドゥは、紳士的に応対する。しかし、そのシャドゥだって、最初はレイク達
を見て、敵意を剥き出しにしていたのだから、人の事は言えないと思った。
「おい、アンタ馬鹿にするんじゃねぇよ。俺はなぁ。この界隈じゃ『猛犬』と恐れ
られた、リーザー様だぞ?」
 どうやら因縁を付けて来た男は、リーザーと言う男らしい。
「『猛犬』?知らんな。誰だか知らぬが、客人は疲れているんだ。ジェシー様への
面会も残っているし、素直に退いた方が良いぞ。この方達は、特別なのだからな。」
 シャドゥは飽くまで、冷静に対処する。するとリーザーは、顔を真っ青にして、
怒り出した。馬鹿にされたと、思ったのだろう。
「いたぶるだけに、しようかと思ったが・・・殺すぞ!!」
 リーザーは、歯を剥き出しにして、拳を握り締めて、拳に何かを溜め始めた。暗
黒色の何かが、リーザーの拳を纏っていた。
「あ、あれは何!?」
 ファリアは警戒する。何か、得体の知れない物に見えたのだろう。
「あれは、魔族が得意とする、怒りや憎しみを力とする『瘴気』だ。この目で、見
る事が出来るとはな。」
 エイディが説明してくれる。それにしても、エイディは落ち着いている。あのリ
ーザーは、本気でこちらを攻撃する気なのに、暢気な物である。
「人間相手に、瘴気を出すのは、大人気無いのではないか?それとも、私に対して
出しているのか?ならば、もう少し、修行を積む事をお勧めする。」
 シャドゥは全く怯んでいない。それ所か、軽く受け流している。
「てめぇ、余裕カマしてるんじゃねぇ!!」
 リーザーは、素早い動きで、こちらに突っ込んでくる。その動きたるや、確かに
猛犬のように素早い動きだった。すると、シャドゥは、溜め息を吐く。
「この頃は、物を知らぬ若者が、増えたと言う事か・・・。」
 シャドゥは、リーザーの動きを目で追いながら、人差し指と、中指を立てて、そ
こに力を集中させる。
「キェェェェェェェェイ!!」
 リーザーが飛び掛る。それをシャドゥは、睨み付ける。
 ビシィ!!!
 良い音が鳴ると、リーザーの動きが止まる。いや、止められたのだ。シャドゥは、
リーザーの動きを、何と2本の指だけで額を押さえて、動きを止めていたのだ。
「て、てめぇ!!」
 リーザーは、慌てて飛びのく。この男は何なんだ?魔族の癖に、人間の味方をす
る。そればかりか、自分の動きを2本の指だけで止めるなんて得体の知れない奴だ。
「これで、分かっただろう?急いでいるのだから、退きたまえ。」
 シャドゥは、呆れた顔でリーザーを見る。
「ざっけんじゃねぇ!!俺は、まだ参っちゃいねぇぞ!!」
 リーザーは、歯軋りしながら、第2弾の用意をする。
「見せなきゃ分からんのか?愚か者が!!」
 シャドゥは、いきなり殺気の篭った眼をすると、リーザーに向かって、吹き飛ば
しそうなくらい、強烈な瘴気を出して見せる。
「あ・・・あああああ!!!?」
 リーザーは、瞬時に負けを悟った。こんな奴と、相対しちゃいけない。対峙する
事自体が無謀。今の自分が、向かった所で、100回やったら100回殺される。
リーザーは、下らない自尊心のために、死にたくは無かった。
「あ・・・アンタ・・・誰?」
 リーザーは、後ろに下がりながら、いつでも逃げれるような体制を作る。
「全く。お前は、1ヶ月に1回の、ジェシー様の館への召集に来てないのか?」
 シャドゥは呆れる。シャドゥは、ジェシーの第一の部下であり、筆頭の守護者で
ある。2日に1回は、ジェシーの館に出向いているし、召集時は、必ずジェシーの
周りの護衛を担当している。見える位置に、必ず居るので、召集に毎回来ていれば、
自分を見逃す可能性は少ない。
「まさか・・・あの・・・周りに居た人・・・?」
 リーザーは恐怖する。ジェシーの周りを担当していると言う事は、間違い無く位
が抜群に高い魔族の筈だ。ジェシーが、現在『魔王』の下級に位置するなら、周り
に居る者は、『魔界剣士』の上級クラスの位を持っている筈である。
 魔族には、厳しい階級社会がある。一番下が『妖魔』と呼ばれていて、現在は、
魔族の数も増えてきたので。『妖魔』の中でも上級、中級、下級と分かれている。
そして、次に『魔族』。勿論、階級は3つに分かれている。そして同様に『魔貴族』
そして今、ソクトアに残っている魔族の中でも、一番高い階級とされる『魔界剣士』
がある。その上が『魔王』なのだが、『魔王』になるには、魔界やこのソクトアで
も、強烈に広い範囲の豪族にならなければならない。名を馳せてこその『魔王』な
のである。現在ジェシーは、この島の全土を支配して領主として保っている。本人
は、余り呼ばれたくは無いらしいが、周りからは『魔王』と呼ばれている。ただし
『魔王』になってから、領土を広げたりしていないので、下級とされている。だが、
ジェシーは、その事を気にしている様子でも無かった。
 さらに階級が上の『神魔』と言う位があるが、『神魔』になるには、神が使用す
ると言われる『神気』を使いこなさなければならない。そのための方法は、三通り
ある。独学で神の力を研究し、もしくは神を倒すなどして、強奪して手に入れる方
法。もしくは、神だった者が、悪行に染まって、強烈な力を残したままで、魔族に
なる方法。そしてもう一つは、『神液』と呼ばれる、神の力が詰まった液体が、魔
界の封印された扉の奥に湧いているので、それを飲み干す方法だ。その試練は、純
粋な魔族である程、危険が多い。何せ瘴気と反発する力である、神気の詰まった液
を飲むのである。ほとんどの魔族は、押さえ込む事など出来ずに、消滅するか、そ
の前に、発狂して死んでしまう。しかし、極稀に成功する者が居る。その者こそが、
『神魔』と成り得るのだ。伝記などでは、ワイス遺跡の名に、因んだ神魔ワイスや、
最後まで、ジークと死闘を演じた神魔エブリクラーデスなどは、神液を飲み干す方
法で、『魔王』から『神魔』となっている。因みに神魔王として、名高かったグロ
バスは、元『破壊神』の称号を持った神で、神達の全体会議の決定に、不服を申し
立てて、戦争を起こしたがために、魔界に落とされ、魔族とされてしまった。要は、
神気を使いこなせる魔族。これが、神魔になるための条件なのだ。ちなみに、ジー
クや、神々と戦う事で、神気を使いこなせるようになった神魔剣士の砕魔(さいま)
 健蔵(けんぞう)も、最終的には『神魔』と言う部類に数えられている。
 余談になってしまったが、『魔王』ジェシーの周りを警護しているという事は、
シャドゥは『魔界剣士』である可能性が高い。しかも、上級のだ。
「覚えて置くのだな。私は、ジェシー様の筆頭守護を務める、シャドゥだ。」
 シャドゥは、一応名乗って置いた。リーザーは『魔族』の下級である。やっと、
『妖魔』を抜けたペェペェだから、シャドゥの事は、本来知っておかなくてはなら
ぬ程の存在なのだ。だからこそ、シャドゥは溜め息を吐いたのだった。とは言え、
シャドゥは、余り自分の事を表に出したくない。だが、レイク達が危険に晒されて
黙っている程、甘くは無かった。
「し、失礼致しやした!!」
 リーザーは、平伏すると即座に逃げていった。そして周りの殺気が、嘘のように
無くなる。シャドゥに殺気を向ける事は、魔族にとって、あってはならぬ事なのだ。
「シャドゥさんって、すげぇんだな・・・。」
 グリードは、思わず腰を抜かしそうになる。シャドゥの力も、物凄い物だったが、
それ以上に、シャドゥの名を聞いただけで、周りが静かになる程の効果があると知
っただけで、驚き物だった。
「ジェシー様あっての事です。大した事では、ありませぬ。」
 シャドゥは謙遜する。
「しかし・・・魔族の階級って、すげぇ意味があるんだな・・・。」
 レイクは、人間だと、ここまで従いはしないと思った。昔からある掟に、従って
いるからこその、ここまでの効果だと思った。
「魔族にとって、階級は目指すべき指標です。最も、私やジェシー様は、余り気に
する方では、無いのですけどね・・・。」
 シャドゥは、苦笑いをする。レイリーは、階級に関係無く話し掛けてくれた。そ
の影響もあってか、ジェシーは、決して誰が相手でも、卑下したりはしない。それ
は、レイリーに対する誓いの様でもあった。それに憧れてか、シャドゥも、現在の
地位を極めた所で、それを前面に押し出して威張ったりする事を嫌った。そんな事
は、誇り高い魔族がするべき行動じゃないとまで、思っている。真に誇りを持って
いる者は、誰の意見でも聞いて、意見を尊重し、お互いを高める事に精進する。そ
れこそが、魔族の目指すべき指標だと、シャドゥは思っていた。
「シャドゥさん。聞きたくないけど・・・ナイアさんは?」
 ファリアは、これは聞いて置かなくてはならないと思った。
「・・・彼女の口からは聞けないでしょう。彼女は、『妖魔』の下級です。」
 シャドゥは、ファリアが何を考えているのか読み取って、教えてやる。ナイアは、
一番下の『妖魔』の、更に下級なのだ。
「やっぱりね。この階級社会が、彼女の束縛だったのね。」
 ファリアは思った通りだったので、溜め息を吐く。
「勘違いして戴きたく無いのは、私は、彼女がどんな階級であれ、尊重するつもり
で居る。彼女は、優れた給仕です。私にとっては、それが大事なのですから。」
 シャドゥは、念を押しておく。ナイアの事を卑下した事は一回も無い。
「違うのよ。シャドゥさんは、そうでも、ナイアさんが、気にしてるのよ・・・。
彼女は、そう言う所は、キッチリ守る人だったわ・・・。」
 ファリアは、頭を手で被せる。
「そうですね。ファリア殿の言う通りですね。彼女が、必ず自分を下に見るのは、
魔族の習慣が邪魔している。それは、私も感じた事です。」
 シャドゥは、それを気にするなと言った。しかし、気にするなと言う程、ナイア
は、気にしていた。なのでシャドゥは、気にするなと言わないようにしたのだ。
「なら、シャドゥさんに出来る事は・・・ナイアさんに、自分の気持ちを正確に伝
える事・・・。しか無いわ。」
 ファリアは、自分でその言葉を言って、伏せ眼がちになる。と言うのも、そう言
う忠告をしたファリアが、実行出来ている事だろうか?人にばっか言っているが、
肝心の自分は、レイクに言い出せずに居るでは無いか・・・。
「ファリア殿。ご忠告、有難く頂戴しよう。貴女は、私達の事を、真剣に考えて下
さる。それは、有難く感じます。だが・・・貴女自身の事も、忘れずにして下さい。
これは、お願いですぞ。」
 シャドゥは、ファリアの心を見透かしたような事を言ってくる。ファリアは、ニ
コッと笑うと、黙って首を縦に振った。
「階級社会・・・か。人間にも、似たようなのはあるな・・・。」
 エイディは、遠い眼をする。セントの人間は、選ばれた人間だと勘違いしている
人が多い。しかも、セントに居る人間達は、他の国から資源を奪っている事を、当
然だと思っている人が多い。これも一種の階級社会だ。そして、獄島に送られた自
分達は、最下級の人間と言う事になる。
「けっ。下らねぇ事だぜ。セント生まれの奴だけが、幸福な社会なんてな。」
 グリードは悪態を吐く。グリードは、ルクトリア出身なので、惨めになった故郷
を知っている。昔、東の大国と言われた面影は全く無い。セントの言いなりの国の
筆頭である。
「皆さん。そろそろ、お着きになりますよ。」
 シャドゥは、ジェシーの館が見えてきたので、知らせる。どうやら奥にある、で
かい門構えの建物が、そうなのだろう。
「こりゃ、ちょっとした宮殿ね・・・。」
 ファリアが感想を述べる。さすがは、領主と言うだけあって、良い所に住んでい
る。しかし、虚栄心が滲み出ているような建物では無い。どこか、攻め辛いと言っ
た実戦的な造りになっている。
 そして、少し歩くと門に着いた。そろそろ、足が悲鳴を上げてきた頃なので、助
かると思った。さぞ良い運動になったに違いない。そして、門の前に着くと、シャ
ドゥが、待つように合図する。そして、壁掛けの顔に向かってしゃべる。
「ジェシー様。シャドゥ、参りました。昨日、お報せした、客人も一緒です。」
 シャドゥが、顔に向かって話す。すると、顔が、こちらを向いて口を開ける。
「思ったより、早く着いたじゃないか。待ってたよ。」
 低い女性の声が聞こえる。これが、ジェシーの声なのだろうか?
「では、これより、中に入ります。」
 シャドゥが、恭しく礼をすると、門が、独りでに開いた。そこを通り抜けて行く。
中に入ると、高山植物や、熱帯植物が入り混じっているのだが、絶妙のバランスで、
綺麗に並んでいる花壇などがあった。館までは、更に歩く事になりそうだ。
「珍しい植物が、ここまで見事に咲いてるとはな・・・。」
 エイディが驚く。この植物達の世話を、全てするのは、大変な労力が要る筈だ。
 ・・・!!
 普通に歩いていたが、突然レイクや、エイディが止まる。何かを感じたらしい。
「さすがですな。」
 シャドゥが褒めた。ファリアやグリードは、ポカーンとしていた。
「何があったの?」
 ファリアが尋ねてみる。レイク達は、少し脂汗を流していた。
「あの館の奥から、物凄い殺気を感じたんだよ。」
 レイクは、脂汗を拭って前を向き直す。どうやらエイディも、感じているらしい。
「ジェシー様は、時々実力を、お試しになるんですよ。」
 シャドゥは、ジェシーの殺気を素直に受け流していた。慣れた物である。
「こりゃ、大変な歓迎だな。」
 エイディは笑って見せた。歩いて向かうだけでも、かなりの労力が要るが、舐め
られて堪るか!と言う思いが強かった。そうして居ると、突然、殺気が無くなった。
「どうやらお認めになられたようです。気が付かなかったり、負けて怖気付くよう
だと、ジェシー様は、お怒りの瘴気を放たれますからね。」
 シャドゥは、ジェシーが普通に、殺気を放たなくなったのは、二人を認めた証拠
だと、気付いたのだ。そして、門の前で、シャドゥが呼び鈴を鳴らす。すると、門
番が、扉を開けてくれた。門番は、シャドゥやレイク達に会釈だけすると、扉を開
けたまま、口を噤んでいた。どうやら任務を忠実に、こなしているらしい。すると、
一際、存在感のある女性が、館の中央にある階段から降りてきた。
「シャドゥ。ご苦労さんだね。」
 さっきの、女性の低い声が、その女性からした。
「勿体無きお言葉で御座います。」
 シャドゥは、恭しく礼をする。どうやら、この女性が、ジェシーなのだろう。し
かし、ジェシーは、非常に美しかった。漆黒の翼と下は、黒いマントを羽織ってい
た。そして、金髪に漆黒の肌が映える。髪は、ストレートでありながら、ハーフロ
ング。これほどの美しい魔族は、ジェシー以外に居るのだろうか?そして、中から
感じる雰囲気は、正に魔を極めた『魔王』の品格だった。伝記に書いてある通り、
いや、それ以上の荘厳さをジェシーは持っていた。そして、伝記に書いてある事が、
偽りでは無いと実感する瞬間でもあった。
「さっきは遊ばせて貰ったよ。悪かったね。私はジェシー。まぁこの島を仕切って
る者だよ。シャドゥから、珍しいお客さんだと聞いたからね。少し、羽目を外しち
まったよ。」
 ジェシーは殺気を向けた事を、素直に謝る。思ったより、話せる女性のようだ。
しかし、軽い口調ながら、何故か荘厳さを感じるのは、1000年以上前から、実力者
であった証なのだろうか?
「ジェシー様。こちら、エルディス様のご子孫であらせられる、エイディ=ローン
様です。昨日から、我が家に滞在しております。」
 シャドゥが、エイディを紹介する。エイディは、ジェシーの方を見る。
「へぇ。確かに顔立ちは、おやっさんソックリだね。それに、アイツにも似てるね。
嘘じゃないようだね。」
 ジェシーは、エイディを値踏みする。どうやら本当に、エルディスやレイリーに
似ているようだ。自分では、分からない物だ。
「でも、良い男になるには、もうちょっと磨かなきゃ駄目さね。精進しなきゃ、駄
目だよ。器は、でっかいの持ってるようだしさ。」
 ジェシーは、エイディの肩を叩く。その素振りは、何気なかったが、いつの間に
か叩かれたと言う感じだった。いつの間に、移動したのだろう?何気なく、凄い事
をやる女性だ。その後レイクを見る。
「アンタ、何者だい?」
 ジェシーは、レイクに興味を持ったようだ。
「俺は、仲間内の班長のレイクだ。シャドゥさんから聞いてると思うが、『絶望の
島』に、ずっと住んでいたんで、世間知らずな所が、あるかも知れない。その辺、
目を瞑ってくれると助かる。」
 レイクは、ジェシーの眼を真っ直ぐ見て言った。するとジェシーは、細目になり
ながら、値踏みをするような目をする。
「なる程ねぇ。シャドゥが言ってた通りだね。気に入ったよ。」
 ジェシーは、そう言うと、豪快に笑って、シャドゥに親指を立てるモーションを
見せる。
「ジェシー様に気に入ってもらえて、幸いです。」
「それと、アンタがファリアさんだっけ?あのサイジンとレルファの子孫だって?」
 ジェシーは、馴れ馴れしくファリアの事を呼ぶ。
「知ってるの!?って、知ってるんですよね。」
 ファリアは、間抜けな事を言ったと思った。エルディスの下で、休養したと言う
なら、レルファやサイジンとも会っている筈である。それに、ジェシーが『人道』
に入れたのは、他でも無いレルファとサイジンの助力があっての事だ。
「あの二人は、喧嘩する程、仲が良いって奴でさ。見てる分には困らなかったよ。」
 ジェシーは、昨日の事のように思い出す。あの頃のメンバーは、誰を見ても、光
っていた。ジェシーは嫌々「人道」に従ったが、その後の待遇などは、非常に良い
物だった。何より心許せる友人になれたのが、嬉しかった。だが、それから1000年
も経つ。生きているのは、人間外の者くらいだった。
「ふーん。私が似てるかどうかは、分からないけど、気に入られれば光栄だわ。」
 ファリアは、飽くまで自分を崩そうとしなかった。
「はっはっは!そんな言い草までソックリだよ。何だか、嬉しくなっちまうね。」
 ジェシーは、本当に心から嬉しそうだった。こんな気持ちの良い人間に会うのは、
久しぶりだ。500年前に迫害されてから、出会った人間は、卑屈な奴が多かった。
実際に、シャドゥから話を聞いても、爽快な人間がまだ居るのか?と怪しんだ物だ。
「それにしても、伝記を読んだ身としては、ジェシーさんが生きていると言うだけ
で、驚きだな。歴史の生き証人なんて、そう会える物じゃない。」
 エイディは興味津々だった。何せ伝記は、人間達にとって素晴らしくも憧れの時
代が描かれている。その時代を知っていると言うのだ。どんな時代だったか、気に
なるのは、極自然な事だ。
「アタシは、大した事はしてないさ。アイツと一緒に、『覇道』を信じて走り抜け
ただけだ。それにね。今こうして生きているのも、アイツとの約束のせいなんだよ。」
 ジェシーは、本当に懐かしむように話す。こんな事を人間に話すなんて、珍しい
と思う。だが、レイリーの子孫。愛した人の子孫なら、伝えなければならない。
「アイツは言ったよ。生き延びろとね。自分は死んだ癖に、勝手な言い草さ。でも
ね。今ソクトアに魔族が暮らしているのは、他でも無いアイツの影響を受けての事
さ。今残っている魔族で、アイツを知らない奴は居ないくらいだからね。それに、
アイツの親父はさ。息子が、アタシらのせいで死んだってのに・・・アイツの妻と
して、アタシを迎え入れてくれたんだ。アタシはね。その恩義と絆は、伝えなきゃ
いけないのさ。例え今の人間が変わっていようとも、あの時に恩を貰ったのは、間
違いない事だからね。」
 ジェシーは、本当に感謝していた。子供が、無事産めたのは、エルディスのおか
げだ。それからジェシーは、エルディスの所で忍術を習いつつも、『おやっさん』
と呼んで、出来る限りの手伝いをした。今、榊家が栄誉を保っているのは、ジェシ
ー達の助力があっての事も含まれているだろう。だが、そんな事では、まだ恩義を
返せたとは思っていない。今の人間達が、どう変わろうとも、あの時にレイリーか
ら貰った絆は、物だったし、エルディスから貰った恩は、忘れてはいけない物だ。
「だから、ジーク達が、伝えたかった事を、アタシは、アンタらに伝える。」
 ジェシーは、そう言うと、真面目な顔付きで、レイク達を見る。
「『人道』は理想の道。それだけに困難な道さね。でも、理想を捨てて生きちゃい
けない。それが困難であれば、誇りを持って、ぶつからなきゃいけない。共存と言
う道は、今の時代なら尚更大変だね。だからこそ、アンタらは、理想を追い求めて
欲しい。ジークが思い描いた未来は、今のようなソクトアじゃ、無かった筈だ。」
 ジェシーは、ジークが言いたかった事の全てを、伝えられるとは思ってはいない。
でも、少しでも良い。あの時の人間達が、見せてくれた誇りを、伝えなければなら
ない。それは、レイリーとの約束でもあったからだ。
「アタシは、ジーク達に、人間としての誇りを見た。だから約束して欲しいさね。
誇りを捨てないとね。で無いと・・・ジークが、浮かばれないよ。」
 ジェシーは、自分がこう言うのは、おこがましい事かも知れないと思っていた。
ジェシーは、その『人道』を壊そうとした側の者だ。だが、レイリーが、死の間際
に選ばせた道が、間違っているとは思えない。それに500年程は、本当に平和だ
った。それは、ジーク達が思い描いていたソクトアに違いなかった。今のソクトア
を見れば、見る程、苦言を言いたくなるのだ。
「軽々しく約束は出来ない。」
 レイクは、開口一番にそう言った。するとシャドゥは、ビックリした顔をする。
(レイク殿に限って・・・弱音を吐くなど!?)
 シャドゥは、レイクの事を見誤ったかと思ってしまった。
「だが・・・約束します。俺は、ジェシーさんの言った言葉を生涯忘れないし、俺
が俺である限り、人間としての誇りを、持っていく事をね。」
 レイクは言い切った。その姿を見て、シャドゥは、見込み違いでは無かった事を
悟った。レイクからは、何かを感じる。
「良い答えさね。アタシも、その約束、忘れないよ。」
 ジェシーはニッコリ笑った。この人間からは、間違い無く見知っている、あの人
間の姿が重なる。顔立ちは違うが、雰囲気がソックリである。
「あ、兄貴!俺、感動しましたよ!!」
 グリードは、我が事のように、はしゃいでいた。
「何言ってるのよ。レイクなら、ジェシーさんの、あの言葉を聞いて、約束しない
訳が無いと思ったわよ。全く。気苦労を増やしちゃってねぇ。」
 ファリアは、口では文句を言っていたが、顔が嬉しそうだった。嘘を吐けない性
格である。レイクが約束したなら、自分もと言う顔だった。
「ま、同感だ。でも、気苦労が増える生き方ってのも、面白いかもな。」
 エイディは軽口を叩きながらも、レイクに、とことん付いて行く事を宣言する。
「私の目に、狂いは無かった。ジェシー様に会わせて、心から良かったと思います。」
 シャドゥは、自分の役目が果たせた事と、この場に立ち会った事を嬉しく思った。
「よし!堅苦しい挨拶は、ここまでにしようかね。アンタら、いつまでこの島に、
居る気だい?どうせ、しばらく居るんだろ?」
 ジェシーが本題に入った。島を預かる身としては、当然レイク達の身柄の事が、
気になるのであった。
「ジェシーさんが構わないなら、問題無いですよ。俺達は、まだ流れ着いた身です
からね。予定は、これから立てると言うのが、本当の所なんです。」
 レイクは、どうにも立場が弱いと思った。何せ、流れ着いただけなのである。こ
れから、どうするかなど、予定は立てていないのだ。
「何、遠慮してるんさね。アンタらが飽きるまで、この島に居ても問題無いよ。」
 ジェシーは、レイクの肩をバンバン叩く。気持ちの良い応対をする女性だ。
「じゃぁ、好意に甘えさせてもらいます。」
 レイクは、ここで断るのも失礼だと思ったし、何より、他に選択肢も無かった。
「住む所は・・・提供しても良いけど、その分だと、シャドゥの所が気に入った様
子みたいだね。なら、シャドゥの家に、滞在してるって事にしとくよ。」
 ジェシーは、一目で見抜く。既にシャドゥと、打ち解けている所を見る辺り、シ
ャドゥと、無理矢理離させるのも、酷だと思ったのだ。打ち解けてなければ、犬の
パステルまで、レイク達に懐いている筈が無い。
「となると、後は、アンタらを登録しとくかね。」
 ジェシーは、気になる事を言う。
「登録?そりゃどう言う事ですかい?」
 グリードは、どうも登録と言う言葉に、弱いようだ。
「そんな難しい事じゃないよ。シャドゥの家から、ここまで『転移』出来る扉の、
登録をしとかないと、色々不便だろ?ここまで歩かせるのも、悪いしね。」
 ジェシーは、あっさり凄い事を言う。どうやらジェシーの登録さえあれば、ジェ
シーの館の前まで、直ぐに辿り着く事が、出来るのだと言う。
「『転移』・・・って、古代魔法じゃないですか!?」
 ファリアは、ビックリする。自分が使っている通常の魔法よりも難解で、使うの
に、色々制約が要る魔法の一種だ。古代魔法を使うのは、伝説の魔法使いと言えど、
一握りだ。伝記のジーク達一行の中でも、飛び抜けて魔法の才があった、トーリス
だけしか、使えなかったと言う程、難しい魔法だ。
「ハハーン。ビックリしてるね?こう見えても、伊達に長生きしてないんだよ。」
 ジェシーは、何と印を組まずに、魔法を唱えていた。今の世の中では、信じられ
ない程の高等技術だ。既に魔法があって、当たり前なのだろう。それがジェシーの
生きていた時代の『普通』なのである。
(凄い人だわ・・・。本当に・・・。あ、人じゃなくて魔族か・・・。)
 ファリアは、さすがは伝記に出てきた魔界三将軍だと思った。実力は、シャドゥ
と比べても、魔力は飛び抜けている。シャドゥが心酔するのも分かるし、ナイアが
勘違いするのも、分かる気がした。こんなに美しく、こんなに朗らかで、尚且つ、
実力まで、トップレベルとあれば、ナイアとは違う意味でパーフェクトだ。
「じゃ、ちょっと、じっとしてなね。」
 ジェシーは、指先に自分の魔力を込める。そして素早く4人の額に指を当てる。
すると、何故だか、少し軽くなったような気がした。
「はい。終わりだよ。今からシャドゥの家まで、帰るのも楽になるって物さ。」
 ジェシーは事も無げに話すが、この技術は、凄い事なのである。人を、どこかへ
転移させると言う事は、どちらの場所にも、同等の情報を流さなければならない。
しかし、ジェシーは、違う次元を開く事が出来る程の、実力の持ち主なので、幹部
魔族や、気に入った者を登録して、転移させると言うのは、朝飯前なのだ。
「よーし。今日は楽しかったし、また明日、来ると良いよ。」
 ジェシーは、さも当然かのように明日の事を話す。
「何の事でしょう?」
 レイクは合点が、いかなかった。別に、いつでも来れるし、明日来ても構わない
が、何だか、lジェシーの館に通うのが、さも当然かのような口調だった。
「なぁに。簡単な事さね。明日から、直ぐここに来れるなら、ミッチリ鍛えてあげ
るって言ってるんだよ。」
 ジェシーは、ニヤリと笑う。笑い方からするに、半端なシゴキでは無さそうだ。
「ゲゲ!ま、マジですか!?」
 レイクは、つい地が出てしまう。そりゃ鍛えてもらえるなら、嬉しいが、相手は、
伝記の中での実力者なのだ。下手したら、動けなくなるかも知れない。
「素晴らしい!!エイディ様。それに皆様も、是非受けるべきですぞ!私でさえ、
ジェシー様の特訓を受けるのに、何十年掛かった事か・・・。いやぁ、幸運以上の
奇跡ですぞ!ジェシー様に感謝せねば!」
 シャドゥは、4人の気持ちを無視するかの如く、感動していた。その喜び方を見
たせいで、余計に嫌な予感しか、しなかった。
「はっはっは!感謝されると、照れるさね。まぁ明日、同じ口が聞けるか、楽しみ
だけどね。何せ約束した事だからねぇ?」
 ジェシーは、恐ろしい言葉を言っていた。そして、その通りになりそうな予感が
タップリした。だが、断れるような、雰囲気でも無い。
「よし!覚悟は決めた!宜しくお願いしますってんだ!!」
 レイクは、半ばヤケになりながら、その申し入れを受け入れた。
「・・・はぁ・・・。レイクに付いて行くって、大変なのね・・・。」
 ファリアは頭を抱える。それはそうだ。明日から、地獄の特訓が始まるのだ。
「ま、却って好都合だ。俺は、そのつもりで居たしな。」
 エイディは、意外な答えを言う。どうやら本気らしい。
「俺も、なんだろうなぁ・・・。兄貴に付いて行くって・・・決めたしなぁ。」
 グリードは、既に泣き言を言っていた。どうやら、三者三様の反応のようだ。
「何と素晴らしい日だ!帰って、ご馳走にしなくては、なりませぬな!」
 シャドゥは、珍しく浮かれていた。何が、そこまで嬉しいのだろうか?
「ああ。そうそう。特訓は、私も付き合いますぞ!」
 シャドゥは、更に余計な事を言う。鬼教官が、増えた気しかしなかった。
(前途多難・・・よねぇ・・・。)
 ファリアは、更に頭を抱える事となった。
 しかし、伝記に出てくる者との特訓は、一生掛かっても、体験出来る事では無い。
4人は、頭を抱えながらも、実は期待をしていると言うのが事実であった。
 魔界三将軍の『黒炎』のジェシー。彼女は伝記の通り、いや、それ以上のスケー
ルを持った、魔族である事は、間違いないと肌で感じていた。



ソクトア黒の章1巻の5前半へ

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