NOVEL Darkness 1-5(First)

ソクトア黒の章1巻の5(前半)


 5、修練
 自分が自分で無い気がする。この感覚は、初めてでは無い。
 しかし、見た事が無い風景だった。どこかで見た事がある気がするのは、何故だ
ろう?全然知らない所の筈なのに・・・。
 だが、何かが、おかしい。この風景は、どこか緊迫な雰囲気に包まれている。
 何故だろう?そして、ここは何処だろう?何故、ここに居るんだろう?
 いくら問いかけても、答えは返ってこない。それなのに、どこか暖かい感じがす
るのは、何故なのだろうか?
 しょうがないので、身を任せる事にする。すると、何とジェシーが出てきた。ジ
ェシーは、とても重厚であり、美しかった。しかし、そのジェシーがか弱く見える。
 ジェシーは、誰かに駆け寄る。それは、失いたくないであろう何かを掴み取るか
の如き必死さだった。ジェシーも、こんな表情をするのかと思うと新鮮だった。
 何か叫んでいる。そして、その誰かの顔を見る。
(あれは、エイディ!?)
 顔は、正にエイディだった。しかし肌の色が、より褐色であるし、何よりも、翼
が生えていた。エイディに、そんな物は生えていない。
 すると、ジェシーの話し声が聞こえてきた。それは、話と言うより、願いを込め
た叫びだった。
「アンタの方が先に死んで、どうするのさ!!あたしは、どうなるんだよ!!」
 ジェシーは、心からの叫びを出していた。それは、助からないであろう相手に、
少しでも、生きてもらおうと必死な叫びを上げていた。だが、ジェシーの想いとは
裏腹に、相手は、自分の目から見ても、もう助からないであろう事は分かっていた。
 そこまで凄い怪我を負わせたのは、誰だろう?
 普通なら思いつかない。だが、横に神聖な感じのする男が立っている。その男の
剣の先には、血がこびり付いていた。そして、伏せ目がちに周りを伺っていた。
 そこで初めて、この状況に気が付いた。これは伝記の一光景である。ジェシーが
抱いている男は、レイリーだろう。エイディが似ていると言われたし、ジェシーが、
そこまで心配する相手は、レイリーしか居ない。そして傍らに立っているのは、魔
神レイモスを倒す際に、共闘せざるを得なかった、アインだろう。
 魔神レイモスは恐ろしい敵だった。仮にも神である。それが運命神によって、ゾ
ンビ化され、土の体を持つ敵とは言え、その力は、少しも衰えていなかったという。
このままでは、運命神を調子付かせる事になる。『覇道』を目指した端くれとして、
『法道』のリーダーである運命神を、のさばらせる訳には行かなかった。そこで気
に入らない相手だが、元『法道』で、裏切ったばかりの『天人』アインに、助力を
求めた。正確には、レイモスの動きを、レイリーが止めて、アインに貫かせると言
う捨て身の作戦だった。アインは、多少躊躇ったが、確実にレイモスを倒した。レ
イリーの体ごとである。レイリーは、魔族のために命を捨てたのである。手段は、
形振り構わずである。レイモスは人間だけで無く、魔族にも襲い掛かる可能性は十
分にあった。
 そんな事は、させはしない。自分が居る限り、魔族を守らなければ、誰が守って
くれるのか?とレイリーは思っていた。自分達を助けるために、魔界三将軍のジェ
シー以外の2人は、見事に散った。ならば自分も、それに見合うだけの事をしなけ
ればならない。それが散っていった同胞の、少しの慰めにもなるのだから・・・。
 そして、その光景を見ていた。何故だろう?こんな光景、見た事無いのに・・・。
何より、1000年前の事など、見ようと思っても、見れる物では無い。
「ジェシー・・・。お前は、生き延びてくれ・・・。」
 レイリーが願いを請う。ジェシーは、レイリーが死んだら、後を追おうとするか
も知れない。だが、それだけはさせない。自分が、命を懸けてまで救ったのだ。死
なせない。それが、レイリーの必死の懇願だった。
「サイ・・・ジン。たのむ・・・。ジェシーを・・・「人道」に・・・入れてくれ。」
 レイリーは、最後までジェシーの事を気遣っていた。17年と言う、短い人生だ
ったかも知れないが、自分の波長に合って、眩しい笑顔を見せるジェシーを、自分
は、心から愛していた。守るためなら命も惜しくない。そう思わせた女性だった。
「・・・「人道」は、来る者を拒みません。約束しましょう。」
 自分の隣に居た男が答える。サイジンと言う事は、この、丈の大きい男がサイジ
ンなのだろう。と言う事は、自分は?一体、誰なのだろう?
「・・・アンタ、最後まで、あたしの心配かい!?お人好しにも、程があるよ!」
 ジェシーは、怒っていた。最愛の人が、自分を残して消える。それは耐え難い事
だった。しかしレイリーは、そんな時でさえ、ジェシーの心配をしていた。それが
自分の人生の全てで、あったかの如くである。
「それ・・・と、アインよぉ・・・。お前との対決・・・預けとくぜ。」
 レイリーは、息絶え絶えである。アインと対決など、もう無理であろう。そんな
事は、ここに居る誰もが、感じ取った事だ。だがレイリーは、息絶える前に、全て
言って置こうと必死なのだ。言える内に、言って置きたいのだった。
「いつか必ず・・・決着をつけましょう・・・。」
 アインは、またバツが悪そうな顔をする。自分が、止めを刺したのだ。気分が良
い訳が無い。しかもレイリーとは、やっと仲直りが出来そうだった。『覇道』に行
ったレイリーと、『法道』に行ったアインは、互いに討つべき相手になった。しか
し、共通の敵を得た事で、闘いが、避けられるかも知れないと思った。それは叶っ
たが、アインの望む避けられ方では無かった。こんな状態でも、レイリーは、アイ
ンに決着をつけようと言った。ライバルだからこそ、認め合う。レイリーは、例え
これから死ぬ身であっても、アインの前で、弱音を見せたくなかった。
「何・・・か、言うだけ・・・言ったら・・・疲れちま・・・った。」
 レイリーの顔に、力が無くなってくる。意識が朦朧としているのだろう。出血が
激しいので、無理も無い話だ。
「しっかりおしよ!レイリー!」
 ジェシーは、狂ったようにレイリーの肩を揺さぶる。死なせたくない。これから
生きていくのに、レイリーが居なかったら半減だ。自分に必要な男性だ。それが、
目の前で、死ななくてはならないのか?こんな、残酷な事は無い。
「へへっ・・・伯父さん・・・稽古・・・の・・・続き・・・やりま・・・しょう。
・・・俺・・・強く・・・なっ・・・たんです・・・よ・・・。」
 レイリーは、朦朧としながらも、最期に伯父である榊 繊一郎の事を口にする。
レイリーの中で、孤高で強さを追い求める繊一郎は、憧れだった。その繊一郎に、
心から褒めてもらいたい。それが、レイリーの願望だった。だが繊一郎は、何の事
は無い。神魔ワイスと戦った際に、命を落としたという。叶わなかった伯父との稽
古。それを、あの世で果たそうとする、せめてもの願いだった。そして最期に、願
いを言い終わると、レイリーは静かに、本当に静かに目を閉じた。そして、それは
レイリーの命の灯が消えた事を、意味していた。
「レイリー!!!!レイリィー!!!!」
 ジェシーは、レイリーを抱きかかえて嗚咽する。この悲しみが、天に届くように。
レイリーが勝手に死んでしまったのを、後悔させる様にだ。
 そしてジェシーは、この約束を守るために、今を生きているのだ。生き延びろと
レイリーは言った。ならば、トコトン生き延びて、レイリーを後悔させてやろうと、
ジェシーは思った。自分が幸せで無かった事を、レイリーに突きつけて、後悔させ
てやるんだ。いつか会った時、文句を言いまくってやるんだ!ジェシーは、その想
いを捨てずに居た。エイディを見た時は、つい懐かしくなってしまった。しかも、
魂を、ほんの僅かだが、受け継いでいる。いつか大輪の花を咲かせるためにも、死
なない程度に、鍛えなくてはならない。
「・・・ファリア様?・・・朝で御座いますよ。」
 どこからか、声が聞こえる。すると、どんどん意識が、この光景から離れていく。
「ファリア様?ご気分は、また優れませんか?」
 ファリアが目を覚ますと、横には、またナイアが居た。またしても夢を見たらし
い。しかし今日のは、いつもとは、全く違った夢だった。だがファリアには、これ
が史実なのだろうと直感した。自分には、レルファの末裔の血が流れている。久し
振りにジェシーと対面した事で、自分の中の血が、あの光景を見せたのだろう。
(ジェシーさん・・・。私なら・・・レイクが、レイリーさんのようになったら?)
 ファリアは、ついそう思ってしまう。自分は、耐えられるのだろうか?ジェシー
は、1000年も耐えてきたのである。凄い精神力だ。
「ファリア様。お水で御座います。」
 ナイアは、すぐ様、水を用意してくれる。そう言う所の気の使いようは、完璧で
ある。だが、ナイアには、自分を良く見せようとする気概が無い。
「ありがとう。戴くわ。」
 ファリアは、悪夢では無いが、少々疲れていたので、この美味しい水は、非常に
活力になる。地味だが、こんな有難い物は無かった。
「今日は、いつもの魘され方では、無かったですね。」
 ナイアは、直ぐに気が付いた。
「そうね。実は、1000年前の、ジェシーさんを見ちゃったのよね。」
 ファリアは正直に答える。そして頭を抱える。どうにも、過去を見ると言うのは、
体に疲れが来るらしい。
「ジェシー様のですか・・・。やはり、お美しくていらっしゃったですよね?」
 ナイアは、ジェシーの眩しいくらいの美しさ、逞しさを知っている。
「ナイアさん?自分と比べてるでしょ。あの人を、比較対象にしちゃ駄目よ。」
 ファリアは、溜め息を吐く。ナイアは、真っ赤になる。
「私など・・・比べる対象にも、なりません。」
 ナイアは、オドオドしながら答える。それが、逆に不自然だった。
「ナイアさん。ジェシーさんはね。1000年間も、愛しい人無しで、やってこれた強
靭な人よ。いや愛しい人を忘れなかったからこそ、やってこれたのでしょうね。そ
んなジェシーさんを比較しちゃ駄目なのよ。彼女は、伝え人になる事を望んでいる
んだからね。シャドゥさんも分かっているわ。比較対象にするのは、止めなさい。」
 ファリアは、ハッキリと言ってやった。ジェシーは、もうレイリーの所に、嫁に
行っている。そして、それを生涯通すつもりなのだ。で無ければ、1000年も我慢出
来る訳が無い。幸せな一生か?と言われたら、違うかも知れない。しかし、そこま
で想い通す相手が居たのは、素晴らしい事だと、ファリアは思った。
 そんなジェシーを、恋愛の対象にしてはならない。ジェシー自身も、望んでない
し、筆頭守護のシャドゥは、ジェシーが、そう思っている事も存じている筈だ。
「・・・ファリア様は、お優しいのですね。昨晩シャドゥ様からお聞きしました。」
 ナイアは、顔を赤らめながら、ファリアを見る。
「特別な事した訳じゃない。私は、ちょっと背中を押したかっただけよ。」
 ファリアは、少し照れながら答える。シャドゥは、自分の想いをナイアに伝えた
のだろう。ナイアにとって、これほど嬉しい瞬間は、無かった筈だ。
「でも、私は給仕。使用人です。シャドゥ様に、仕えるだけで・・・。」
「ストップよ。貴女。それ本気?」
 ファリアは、ナイアがシャドゥの想いを断った事を、知った。
「ファリア様。私はシャドゥ様の側に居るだけで、良いのです。」
 ナイアは、頑なだった。何がそうさせるのか知らないが、ナイアは、断ったのだ
ろう。信じられなかった。
「あーもう!貴女、何で素直になれないのよ!シャドゥさんの事、嫉妬するくらい
好きな癖に!何なのよ!」
 ファリアは、言葉を並べる。せっかく背中を押してやったのに、当人がこれでは、
話にならない。そのもどかしさに、ファリアは怒りを覚えた。
「・・・ファリア様。私は・・・『妖魔』の下級なのですよ?」
 ナイアは、地位の事を言う。
「それはシャドゥさんからも聞いたわ。でもね。シャドゥさんは、貴女の事を、優
れた給仕としか見てないと、ハッキリ言ってたわよ。その言葉が嘘だとでも言うの?」
 ファリアは、怒っていた。本気で怒っていた。今更、地位の事を口に出すナイア
が、許せなかった。好きなら、正直に言えば良い。互いに、離れられないくらい好
きなのに、地位などに拘っている。そんなの、許せなかったのだ。
「いいえ。シャドゥ様の事です。本当なのでしょう。・・・仕方ありません。ファ
リア様には、言わなくては、なりませんね。」
 ナイアは覚悟を決めた。ファリアには隠し事をしても通じないだろう。この事は、
ずっと隠しておくつもりだった。しかし言わなければ、納得してもらえないだろう。
「私は、人間と魔族のハーフです。しかも生まれは、プサグルの娼館です。」
 ナイアは、ポツリと話し始める。ファリアは、前に聞いていたのを思い出す。ナ
イアは、魔族にしては肌が白すぎる。
「私は25の時まで、その娼館で働かされました。仕事内容は、貴女の想像通りで
す。私は、人間の友達が出来ませんでしたし、魔族は、既に硫黄島に行ってしまっ
た後でした。私には翼が生えてましたが、忌み子だと言われて、もぎ取られました。」
 ナイアは、凄まじい過去を持っていた。ナイアは、右も左も分からない子供の頃
から、特別な子だと言われて嫌われて、翼は、幼少の頃に、もぎ取られていたのだ。
「私は、男性の方の相手をするのが、常だと教え込まれましたから、それに疑問を
持った事は御座いません。ただ、幸せとは何なのか?と、考えるようにはなってい
ました。私には、いつまで経っても、相手が居ませんでしたから・・・。」
 ナイアは同年代の娼婦仲間も居た。だが、ナイアが特別なのを知っていたので、
直ぐに遠ざかっていた。しかし娼婦仲間は、いつの間にか、良い男性を見つけて、
娼館を去っていった。しかし自分には、そんな兆しは無かった。それは、忌み子と
呼ばれていたからである。誰も人間扱いはしてくれなかった。ナイアは、この世に
対して、絶望していた。自分は、このままここで、生を終えるのだと思っていた。
「私は、何で、こんな体だったのだろう?と思っていました。人間にも入れてもら
えず、魔族からは、気付かれずに、何処まで生きていけば?と思っていました。」
 ナイアは悦ばせるための、あらゆる事を教え込まれた。メイドや給仕としての仕
事も、出張して教え込まれた。ナイアは、元々素質があったのか、全てを完璧にこ
なしていた。しかし、それが逆に、仲間達から疎まれる事になった。娼館のナンバ
ーワンになったが、扱いは、クズ以下であった。人間扱いされて居ないのだから、
当然だ。
「その闇を救って下さったのが、シャドゥ様でした。シャドゥ様は、忌み子と呼ば
れた私への調査を、ジェシー様から頼まれて、魔族かどうか、調べるために派遣さ
れたと聞きます。もちろん翼を隠して、肌の色も、加工してです。」
 シャドゥは、ジェシーの頼みで、ナイアの調査をやらされた。しかし、それ以上
に、魔族ならば、こんな所で働かされてると言う事実は、屈辱以外の何者でも無か
った。同族をこんな目に合わせているのだとしたら、救わなければならないと、思
っていたのだろう。
「その時、私を指名して抱いて下さりました。私は、シャドゥ様が普通の男性とは
違うと、本能的に感じていましたが、黙っていました。そして、それから直ぐです。
私は、法外な値段で取引されたと言います。シャドゥ様が、派遣に使われていた金
のほとんどを、支払って、私は引き取られたと言う話でした。」
 ナイアは、金で買われたのである。シャドゥとしては、この娼館を潰したいくら
いの想いだったらしいが、ジェシーから、騒ぎを起こしては駄目だと言われていた。
なので、不本意だが、この方法しか無かったのだ。
「私は、その後、シャドゥ様に『自由にすると良い』と言われました。ですが、私
は、奉仕する事以外、教えられて無い身でしたので『どうすれば良いのか、分かり
ません。』と答えました。正直、何が起こったのかさえも、分かりませんでした。」
 ナイアは、その時の事を思い出す。娼館から出られたと言う事実は分かったが、
何故、出られたのか?それは、シャドゥが買っていったと言うのは、分かったが、
何故シャドゥが、何もせずに自由にしようとするのかが、分からなかったのだ。
「私は自分の生まれ育った経緯を聞かれました。なので、お教えしたら、シャドゥ
様は、私に魔族の事と、私が魔族とのハーフだと言う事実を教えて下さいました。」
 ナイアは、その時、自分の耳を疑った。確かに翼は、もぎ取られたし、肌の色も
周りから見れば、少し黒かった。だが、まさか魔族と言う種族が存在して、自分が
魔族の一員だと言う事など、知らなかったのだ。
「そして説明が終わると、また『好きにすると良い』と言われましたので、お教え
下さったシャドゥ様に『貴方の家で仕えたい』と、答えました。」
 それは、ナイアの初めての我儘であり、希望であった。だが、魔族だと言う事実
を重く受け止めて、人間社会からは、受け入れてもらえないのならば、シャドゥと
魔族として、生きて行きたいと思ったのだ。それにハーフとは言え、魔族の血を受
け継いでいるナイアは、人間の寿命より、遥かに長く生きる。他の魔族と変わらな
いくらい生きられると言う話だ。人間社会に居ても、爪弾きにされるのは、目に見
えていた。
「シャドゥ様は、この硫黄島まで送って、私の家を用意すると、おっしゃいました。
しかし私は、シャドゥ様に、恩を返したかったので、お仕えする事を言いました。
最初こそ怒られましたが、最終的には、監督すると言う形で、シャドゥ様の家に、
お仕えする事が決まりました。」
 ナイアは、その事を非常に喜んだ事を覚えている。自分は、一人で生きて行くに
は、余りにも、小さな存在だ。シャドゥなら、喜んで奉仕出来る相手だと思ったし、
何よりも、闇から救ってくれたシャドゥの喜ぶ顔を見て居たかったのだ。
「・・・ですので、私は、この家に仕えさせてもらってるだけで、幸せなのです。
人間にも魔族にもなれない半端者が、シャドゥ様のような地位の方の妻とあれば、
それだけで、シャドゥ様が謂れの無い事を囁かれる事になります。それだけは、避
けたいのです。私のせいで・・・シャドゥ様に迷惑を掛けるような真似だけは!」
 ナイアは首を横に振る。ファリアは、そんなナイアを見て、哀れだと思った。自
分を、いつも卑下しているナイア。その理由は、他でも無い、生まれによるせいだ
ったのだ。人間からは、普通の人間では無いと卑下されて、魔族に返った所で、地
位としては、『妖魔』の下級。しかもナイアは、戦いなど出来る性格では無い。皆
から卑下されて育ったナイアは、それが当たり前だと刷り込まれていたのだ。
「あー・・・。もう。そりゃ私は、そこまで不幸な過去は無いけどね・・・。ナイ
アさんさ。シャドゥさん自身の想いに、応えてあげようって気は無いの?シャドゥ
さんは、本気な筈よ?・・・何せ心配して、聞き耳立てるくらいですからね。」
 ファリアは、ニヤニヤした顔でドアを指差す。すると、気まずそうに扉を開ける
シャドゥが居た。どうやら、聞いていたらしい。
「覗きは、趣味が悪いわよ?シャドゥさん。」
 ファリアは、余裕の笑みを崩さない。
「し、深刻そうな話をしてたので、気になったのでしてな・・・。」
 シャドゥは余裕が無かった。顔も真っ青にしていた。
「シャドゥ様・・・。昨日は、申し訳ありません。ですが・・・。」
 ナイアは、オロオロしていた。自分の想いを聞かれてしまったと言う、恥ずかし
さがあっての事だろう。すると、シャドゥは、有無言わせずナイアを抱きしめた。
「ナイア・・・。私の言う事を聞いてなかったのか?私は、地位など気にしない。
・・・好きな奴でなきゃ、側に200年も、置いておくと思うのか?」
 シャドゥは、ナイアの目を見る。するとナイアは、目を逸らした。それは自分が、
卑下された事しかないナイアにとって、初めての事だらけで怖かったからだ。
「シャドゥ様は・・・これから、出世なさるお方。いけません・・・。」
 ナイアは、唇を噛みながら反論する。
「ナイア!出世のために、お前の未来を捨てる私だと思うのか!?見損なうな!」
 シャドゥは、ナイアにシャドゥの顔を見させる。その目は、真剣その物だった。
「シャドゥさんは本気よ?ナイアさん。ここまで言わせて、応えないなんて嘘よ?」
 ファリアは、ナイアが困ってる様子を見て呆れる。ナイアは、自分を第一に考え
られないのだ。だから逡巡する。
「シャドゥ様は・・・私を哀れに思うから・・・。」
 ナイアは、恐る恐る口にする。ナイアは、仕方なく求愛されてるのだと思った。
「馬鹿!何を言うか!!・・・全く・・・。ファリア殿から、聞いた通りだ。とん
だ誤解をしている。私はな。最初、娼館で、お前を抱いた時から・・・お前の事が、
気になって仕方が無かった・・・。正直、お前が、私の家で仕えたいと言った時も
心は躍るような気分だった。ジェシー様のお許しが出るまで、迷っただけの話だ。」
 シャドゥは湯気が出る程、顔を真っ青にしながら告白する。何の事は無い。シャ
ドゥは、規律を重んじてただけの話で、ナイアに惚れていたのだ。惚れてたからこ
そ、主人と従者の関係で抱きたくない。それが、シャドゥの本音だったのだ。
「シャドゥ様・・・。嬉しい・・・。嬉し過ぎて、前が見えません。」
 ナイアは、これは夢かと思った。自分が思い描いていた夢。シャドゥが、自分の
事を想っていてくれるなんて、夢だと・・・。だが、この涙は本物か。この熱く流
れる、涙は、本当の事だと体が言っている。
「私も・・・素直で無い性格だからな・・・。色々、勘違いさせたようだ。」
 シャドゥは、気まずそうに言う。
「それで・・・ナイア。私の気持ちに、応えてくれるか?」
 シャドゥは、改めてナイアの目を見て言う。
「・・・シャドゥ様。私は嬉しゅう御座います。もうシャドゥ様以外の相手など、
考えられません。私は、我儘になって宜しいんですね?」
 ナイアは、問いかけるように答える。その目は、嬉し涙でいっぱいだった。
「当たり前だ!200年分の我儘を言え。待たせたのは、私なんだからな。」
 シャドゥは、ナイアの髪を撫でてやる。するとナイアは、シャドゥの胸に飛び込
んで、思い切り泣いた。胸が張り裂けるのでは無いかと、思うくらい泣いた。それ
は、今までの・・・200年分の想いが、詰まっていたのかも知れない。
「・・・めでたしね。・・・って、言いたいんだけどさ。」
 ファリアは、冷静に今の状況を考える。
「こんな時に何だけど・・・私、まだ寝巻きなんで、着替えたいから・・・。シャ
ドゥさんの部屋で、やってもらえる?」
 ファリアは、気まずそうに言う。すると二人は、我に返ったのか、恥ずかしそう
に、離れる。そして、シャドゥは、咳払いをする。
「朝から、少し羽目を外したようだ。・・・ナイア。この事は、忘れるでないぞ。」
 シャドゥは、慌てて扉から出て行ったが、ナイアに一言、言うのも忘れなかった。
(あー・・・。何だか、歳とってるのに、初々しいカップルねぇ・・・。)
 ファリアは羨ましく思う。これからナイアは、幸せな時間が続くのだろう。ナイ
アは、嬉しそうに仕事をしていた。
「申し訳ありません。ファリア様・・・。何から何まで・・・。しかも、私と来た
ら、お着替えも忘れるなんて・・・。」
 ナイアは、恥ずかしそうにしながら、着替えを用意してくれた。しかし、その後
のベッドメイクも、幸せそうに思い出しながらベッドメイクしていた。
(こりゃ、しばらく、中てられそうだわ・・・。)
 ファリアは、頭を抱える。ナイアが、幸せになれるのは正直嬉しい。しかし、自
分もレイクに、想いを言わなければならないと思っていた。だが、まだまだ先にな
りそうだと思う。何せレイクは、色々と言いたい事がある程、仲間想いだからだ。
「ファリア様。私は、貴女へ、どう感謝すれば良いのか、分かりません。」
 ナイアは、幸せ過ぎて、怖いくらいだった。シャドゥとは、このまま過ぎていく
のだと思っていた。これ以上の、幸せは無いと思っていた。だが、互いに遠慮する
仲では、幸せになれないと、ファリアが気付かせてくれたのだ。
「私、ファリア様の事を応援します。ファリア様の相手も、手強そうですからね。」
 ナイアは、とっくに気が付いていた。ファリアが、レイクの事が気になって、仕
方がないと言う事をだ。
「まぁ、相手が相手だからねぇ。勘が良いんだけど、奥手なのよね。」
 ファリアは、ナイアに隠しても、しょうがないので、あっさり肯定した。すっか
りバレてる。ゼリンの時のように、何かおかしい惚れ方では無い。自然に好きにな
った相手。それがレイクだった。ゼリンの時は、何かが、おかしかった。
「ファリア様は、こんなに素敵なのに・・・。レイク様も、罪作りなお人ですね。」
 ナイアは、口に手を当てて笑う。自然に出た笑いだった。ファリアが来てから、
ナイアは、良く笑うようになったと思う。それは、ファリアも望んでいた事だった。
それだけに、ファリアとしては、この変化を嬉しく思っていた。
 シャドゥとナイア。この二人ほ程、互いを良く知るカップルも少ないだろう。そ
の馴れ初めに、自分が立ち会えた事を、ファリアは誇りに思っていた。


 魔術の基礎とは、概念の捉え方だ。まず規定概念を捨てる事から始める。内にあ
る理(ことわり)に疑問を投げ掛ける。一例を挙げると、何故、火が灯るのか?を
考える。一般概念的には、摩擦によって、生じた熱が、逃げ場を求めて炎と化す。
炎になるためには、酸素が必要で、摩擦する際には、周りに空気を通るような仕組
みにしなくては、ならない。しかし、それは一般的な概念だ。
 魔術の概念は、全く違う。まず炎を具現化するために、熱のイメージを頭の中に
思い浮かべる。そして、まず炎が灯るのかでは無く、炎を作り出すのかを、イメー
ジするのだ。すると、魔力の助けもあるが、手の中の熱を、膨張させれば良いと言
う事に気が付く。そうすれば、話が早い。魔力は、その手助けとなるための力なの
で、手の中にある体温が、急上昇して、外に逃げる感じを思い浮かべれば、魔力に
よって膨張された熱が、外に浮かび上がってきて、炎を作り出す事に成功する。そ
こに、空気と言う概念は無い。こうする事で、魔術としての基礎を磨いていく。
 次に、どうやれば魔術が強くなるのかを考える。それは、魔力の量を増やすのが、
一番手っ取り早い。器が2倍の魔術師は、4倍の力を発揮出来ると言う話がある程、
魔力の量は、大事な物だ。どうしても魔力の量が低い者は、何かに魔力を溜め込ん
でいて、解放すると言うやり方をとる。その最高の使い手は、現在の神のリーダー
である竜神ジュダだと言われている。彼は宝石一つに、とてつもない魔力を込める
事が出来る。しかしそれは、宝石の持つ魔的概念を利用して、解放してるだけの事
で、蓄積に使っている訳では無い。普通の魔術師は、そんな化け物じみた芸当は、
出来ないので、宝石などに、魔力を溜め込んで、いざと言う時に解放する手段を使
う。とは言っても、現在魔術師として、存在している者など、数える程しか居ない
だろう。現代に、必要の無い技術だからだ。ファリアのように、遺伝されなければ、
存在すら知らない人が、ほとんどだ。
 最後に、インパクトの瞬間の事を考える。魔力を解放するタイミングは、結構重
要である。と言うのも、解放する最高の瞬間と言うのがある。それは、個々人の、
資質にも問題があるので、何とも言えない。実は、これは詠唱時間にも関係がある。
魔力を増幅させるために行う詠唱だが、これが、同じように教えても、タイミング
が、人それぞれで違って来ている。それは、魔法が出される瞬間を、無意識に感じ
ているからだ。
 しかしファリアのように、技術だけ教わった者は、そのタイミングを計れなかっ
たりする。それは、使っていく内に気が付く物なので、使用量を増やさなければ、
ならない。要は使って慣れると言うのが、一番の早道なのだ。
 そして、それをいっぺんに修行するやり方が瞑想なのだ。まず、概念を思い浮か
べるイメージを育てる。そして、魔力が、どんどん蓄積されるイメージを思い浮か
べる。そして、作り出された魔力が、いつ解放するのかシミュレーションする。そ
れらを思い浮かべながら、最終的な器を増やすのが、瞑想なのだ。しかし、この瞑
想。簡単そうに見えるが、非常に大変な物だ。何せ全部イメージしているのだ。ど
こかで狂いが生じたら、魔力に乱れが発する。そうすると修行は、やり直しなのだ。
 その瞑想の修行を、徹底的に積むのが、今のファリアの修行内容だった。決して、
楽な物では無い。親とやった時は、休憩などもあったが、ある程度イメージ出来る
まで、休憩させないと言うのが、ジェシーのやり方だったので、是が非でもイメー
ジ出来るように、ならなければならない。
(厳しい・・・。けど、まだ卵以下なのよね。私達・・・。)
 ファリアは、自分達の実力の程を分かっている。ジェシーやシャドゥの迫力を間
近で感じれば、自ずと実力の程が分かる。全く抵抗出来ない程の実力差だ。と言う
事は、まだまだ磨かなくてはならないと言う事だ。
 ジェシーやシャドゥが、如何に化け物かと言う事は、たった1時間程で分かった。
まず動きの量が違う。人間の中では、達人の域に入るであろうレイクやエイディが、
1動く間に3は動いている。次に、タフさが違う。それを1時間動き続けているの
に、先にへばったのは、エイディだった。レイクも肩で息をしている。グリードな
どは、まず基本練習をミッチリやらされている。そして、技術が段違いに違う。レ
イクは、本能で動いている部分が多いと指摘され、エイディは、技術的には、初歩
しか知らないと、キッパリ言い渡された。勿論グリードは、まだ何も知らないよう
な状態だと言われ、まず何が出来るかを決めるために、全ての基礎項目をこなすよ
うに言われた。グリードは、早くも音を上げそうだ。そしてファリアは、魔力の量
は凄いのに、使い方を知らな過ぎると断言され、瞑想で、全ての項目を底上げする
ように言われたのだ。ファリアとグリードは、ジェシーが徹底的に教え込んで、実
戦練習になると、シャドゥはジェシーのサポートに回ると言った感じで、鬼教官と
しか思えないような特訓振りだった。
「よし。良く頑張った!休憩!」
 ジェシーの声が響く。レイクは、その言葉を聞くと、その場に座り込む。ここま
で、へばるのは久し振りの事だ。エイディなどは、練習用の竹刀で、気力で立ち上
がってただけだったので、崩れ落ちるように倒れる。グリードも、復習をするかの
如く、全ての項目を見て回ってたが、頭の中が混乱しそうだったので、休憩は助か
った。そしてファリアも、30分瞑想しつつ、魔法の度合いを確かめる、そして、
また瞑想と、休み無しだったので、さすがにへばっていた。既に、特訓を始めてか
ら3時間程、過ぎていた。
「どうだい?良い汗掻けただろう?」
 ジェシーは、事も無げに言う。底無しの実力に、皆はうな垂れる。
「・・・俺、頭が混乱しそうです。」
 グリードは、魔術から闘気から源からと、人間の体現出来る全ての力の基本に、
目を通して、まず力の出る所を知る練習をしていた。どうにも、上手くいかないの
で、グリードは、才能無いんじゃないかと、ガックリ来ていた。
「グリードと言ったね。アンタ、まだ1日だよ?しかも、まだ3時間程しか経って
ないじゃないか。諦めるには、まだまだ早いよ?それに、私の読みじゃ、アンタは、
何に化けるか分からないけど、良い素質を持ってると見てるんだよ?」
 ジェシーは、グリードに言い渡す。別に嘘では無かった。何が出来るかなどは、
まだハッキリしないが、原石である事に、違いないと見ていた。それを聞いてグリ
ードは、自分の手を見る。信じられないと言った顔付きだ。
「グリード殿。ジェシー様は、嘘は吐きませぬ。自身を信じなされ。」
 シャドゥは、グリードの肩を叩いてやる。
「お、俺でも、強くなれるんですね!」
 グリードは、魔族の言う事だが、信じたかった。何よりも、強くなれると言って
くれたジェシーとシャドゥには、涙が出る思いだった。自分は強くなりたい。しか
し、レイクの様になれない。そう思っていたからこそ、強くなれると聞いた時は、
震える想いだった。強さへの憧れは、人それぞれに持っている物だ。
「ジェシーさん。皆の大体の素質は、分かったんですか?」
 レイクは、グリード以外の者の素質が気になっていた。特に、自分の素質がだ。
「そうだね。ファリアは、レルファの子孫と言うだけあって、神聖魔法が得意なの
は、分かっていた事だったね。でも、アンタには、隠れた才能がある。今度、魔法
体現書の238ページから、試してごらん。」
 ジェシーは、魔法体現書の事を言う。魔法体現書とは、魔法の概念に纏わる事が
ズラズラと書いてあって、全800ページにも及ぶ、魔法の種類が書かれた本の事
だ。それの238ページを開いてみる。
(・・・え?嘘?)
 ファリアは、我が目を疑った。そこには、意外な魔法の事が書かれていた。
「意外そうだね。でも別に、意外でも何でも無いんだよ。伝記では、余り書かれて
いなかったけど、その魔法は、魔力を引き出せるようになった、サイジンが得意と
していた魔法の一種なんだからね。」
 ジェシーは、分かっていたと言う。それはサイジンが、開花した能力だったから
だと言う。ファリアは、自分がサイジンの能力も、受け継いでいると言う事を、忘
れていた。サイジンとファリアの子孫なのだ。そして、その魔法の種類とは、強化
の魔法だった。攻撃防御などに優れる神聖魔法の対になる、攻撃補助とも言うべき
魔法。強化の魔法は、多岐に渡って種類がある。攻撃の種類だけ、強化出来ると言
う寸法だ。幅広い強化が見込める。
「さて、なら、私が、次言う事も分かってるね?強化の魔法を、使いこなすには、
全ての攻撃魔法の基礎を覚えなきゃならない。アンタ、氷の魔法、苦手だろ?」
 ジェシーは痛い所を突く。ファリアは、炎の魔法と風の魔法は、比較的得意な方
だったが、逆の氷の魔法は、滅法苦手だった。雷の魔法、大地の魔法などは、それ
なりに、こなせる。しかし、水の魔法や氷の魔法は、どうにも苦手だった。
「わっかりました!!!やりますよ!やれば良いんでしょ!!」
 ファリアは、ヤケになって答える。自分の中で、苦手意識を持ってる魔法程、表
には出したくない物だ。しかし、一端の魔術師になるには、避けては通れないのだ
ろう。ならばやるしかない。苦手だとか、言ってる暇は無いのだ。
「ハイハイ。良い子ね。で、次はエイディ。アンタは、忍術に磨きを掛けな。源の
基礎を知ってる。それは、素晴らしい事だ。で、アンタ魔力が足りない。自分に、
魔力が足りない事、承知しているんだろ?なら、瞑想をこなすのよ。」
 ジェシーは、エイディに足りないのは、魔力だと気が付いていた。闘気は、漲る
程ある。それだけに、源の出し方を知っているのは、一種の長所だ。ならば、足り
ない魔力を補うために、魔力を増やさなければならない。
「でも、俺、体質的に闘気の方が、多い体質なんじゃないですか?」
 エイディは、魔力を補った所で、闘気に負けてしまうのでは?と思っていた。
「エイディ殿。それは勘違いされてますぞ。もし、闘気の方が出し易い体質なら、
ジェシー様は、忍術を勧めたりしません。私が見た所、いや、恐らくジェシー様も、
エイディ殿の魔力が、闘気と同じくらい器があると見ているのですが?」
 シャドゥは、驚きの事実を話す。エイディは、魔力の器も非常に大きいと言うの
だ。ただ単に、魔力を出す訓練をしなかっただけだと、言っているのだろう。
「ほ、本当なのか?」
 エイディは、魔力の事は、半ば諦めていたので、ビックリしていた。
「シャドゥが、ほとんど答えていたけど、本当だよ。アンタ、魔力の師匠居なかっ
ただろ?独学で魔力教われる程、半端な世界じゃ無いんだよ。分かったら、瞑想と
魔術の基礎を、ミッチリ身に付ける事よ。シャドゥから聞いたけど、アンタが、船
上でやった事は、2度とするんじゃないよ?良いね。」
 ジェシーは、エイディの事を心配していた。エイディが、船上でやった事は、ほ
ぼ自殺行為に等しい。あの手法で死んだ、忍術使いを知っているからだ。それは、
伝記の中でも書かれている。他でも無い、最高の忍術使いの榊 繊一郎だった。
「俺の中に・・・魔力が・・・考えた事も、無かったぜ・・・。」
 エイディは、呟くように言う。よっぽど意外だったのだろう。
「グリードについては、まだ調べ中だよ。でも、想像はついてるけどね。で、レイ
ク。アンタは、分かり易かったよ。」
 ジェシーは、自信を持っていた。レイクは、それ自体が意外だった。
「前から、棒切れ持った時の強さが凄いと、前情報を戴いていたしね。それに、今、
手合わせして、確信したよ。アンタ間違いなく、剣術使いだ。それも極度に強い。
闘気の量も、半端じゃあない。だが、隠しで、棒術にも長けているようだから、そ
っちの特訓も積んであげるよ。」
 ジェシーは、言い切った。レイクは、剣術使いだと。確かに、他に思い付く物も
無かった。棒切れを持った時も、棒術のように扱っていたが、最後は、いつの間に
か、剣のように振り回していた気がする。そしてそれが、自然な行動だと、自分で
も自覚していた。レイクは剣術と言われた時、意外な答えでは無いと感じた。
「その顔を見ると、思い当たる節があるようだね。剣術は、シャドゥが得意だった
筈だから、色々習うと良いよ。他の奴は、魔術をやらなきゃならないようだから、
アタシが、爽やかに見てあげるよ。」
 ジェシーは、そう言うと、口を吊り上げて笑う。
(絶対嘘だ・・・。)
 3人共、そう思った。爽やかに済む筈が無い。今までの、特訓内容から見ても、
そう思うしか無かった。
「レイク殿には、現在、知られている剣術の流派を、詳しくお教えして、それの基
本の型を、やってもらいましょう。多分しっくり来るのが、ある筈です。」
 シャドゥは、何かを確信していた。レイクならば、間違いなく、合うであろう剣
術をだ。ただし、簡単に、その流派には持って来させない。他にも色々やってもら
って、最後にやってもらうつもりだ。
「しかし、今の時代に、こんな戦闘訓練が必要あるのかな?」
 レイクは、考え込む。確かにセントの支配は、イケ好かないが、こちらから手を
出さなければ、早々戦闘になると言う事も無い。
「それが、あるんだよ。」
 ジェシーは、その質問は、いつか来ると思って、待っていたのだろう。
「何か、知ってそうですね。」
 エイディは、尋ねてみる。今の時代に必要だと言うからには、色々訳があるんだ
ろう。ジェシーの性格からして、好戦的に事を構えるような感じでも無い。それな
のに、戦闘訓練を欠かさないのは、理由があっての事だろう。
「実はね。気になる事が、あるのさ。」
 ジェシーは、気になる言い回しを使う。
「勿体振るのも、良くないね。よし。じゃぁ、正直に言うよ。セントのトップの話
さ。アタシもさ。色々気になってね。調べてみたのよ。そしたら『元老院』だっけ?
あれのトップに、とんでもない人物が居るって話さ。」
 ジェシーは、2ヶ月くらい前の話をする。セントでは、『人道』に従って、国事
代表と言う政治を主に行う組織、裁断場と言う裁判を司る組織。そして、不正監視
委員会と言う国事代表や、裁断場が独自に行動しないか、監視する組織の3つのト
ップが存在する。しかし、互いに手を組むと言う最悪な事態に陥ったので、それの
更に上の組織として、『元老院』を作成した。世論調査で95%の国民が、反対し
たのにも関わらず、強引に施行させて作った組織である。元老院に選ばれたのは、
それぞれトップ組織を10年以上貢献した者に限ると言う事で、セントのトップは、
現在『元老院』に委ねられている。今の話は、その『元老院』の更にトップの話だ。
「どういう事?『元老院』は、一番権力のある組織なんじゃないの?」
 ファリアが、居た頃は、そう言う説明を受けていた。国事代表などが、政治を動
かすが、最終的な決定権は『元老院』にあるとい言う話だ。
「ところがどっこい。『元老院』のシステムを考え出した奴が、上に座っているっ
て話なんだよね。ソイツの事を調べようとしたんだけどさ。あのソーラードームだ
っけ?あれに阻まれて、トップが見えないんだよね。」
 ジェシーは、舌打ちする。ジェシーは、遥か高い所にあるソーラードームの管制
室、つまりセントのメトロタワーと言う建物の、遥か高い所に位置する所に、飛ん
で行こうとしたのだ。しかし、ソーラードームによって、視界が遮られて、どうし
ても進めない。
「それでさ。ソーラードームに、少しヤキ入れてやろうと思って、結構強い力で、
攻撃したんだけどね。ビックリしたさ。攻撃が、全く通用して無いんだよ?」
 ジェシーは、恐ろしい事実を言う。ジェシー程の実力の持ち主が攻撃しても、ソ
ーラードームは、ビクともしないと言う。
「確か、ジークの子孫が挑んだよね?あれって、ソーラードームに遮られて、やら
れたんだよね?」
 ジェシーは確かめるように言う。確かに当時の新聞では、ソーラードームの凄さ
が立証されたとかで、大々的に報じられた筈だ。
「間違いないですね。何でも、傷一つ付かなかったと報じられてたわ。」
 ファリアが、思い出すように言う。4歳の頃、新聞の切抜きで、大々的に報じら
れてたのを、思い出したのだ。
「それがおかしいと思ったのさ。私の攻撃まで通じない。ジークの子孫であるリー
クの攻撃も通じない。言っとくけど、そんな壁は、只の壁じゃあ無い。ダイアモン
ドよりも硬いとか、抽象的な言葉で飾ってるけど、そんな生易しい壁じゃあないよ。」
 ジェシーは、その時、大いに身の危険を感じたのだ。それは、久しぶりに来る緊
張感だった。間違いなく、このセントの頂点に、黒幕が居ると直感した瞬間だった。
「あの壁は、攻撃を跳ね返す仕組みになっている。それを全体に張れると言うのは、
『化学』の力だけじゃあ出来ない。間違いなく『他の力』が、加わってる筈なんだ
よね。それが分かれば、ある程度は対処出来るんだけどね。」
 ジェシーにすら、分からない程の力。結構、凄いんじゃないだろうか?
「その『他の力』の持ち主が、アンタ達を狙ったって事さ。」
 ジェシーは凄い事を言う。ファリア達が、狙われたと言う。
「話を聞くとね。偶然とは思えないんだよ。ゼリンとか言ったっけ?ソイツは、ア
ンタ達が、伝記の英雄の子孫だと知ってて『絶望の島』に入れさせたに違いないね。」
 ジェシーは、指摘する。確かにエイディとファリアが、伝記の英雄の子孫である
し、その2人が『絶望の島』送りにされたのは、不自然と言えば不自然だ。
「それと、グリードは、まだ分からないけど、レイク。アンタは、その最重要人物
だ。アタシの読みじゃあ、アンタだけは、絶対に逃がしたくなかった筈だ。」
 ジェシーは、レイクの事を指摘する。レイクはビックリした。自分が、誰かも分
からないのに、最重要人物とは一体何事か。
「俺は、生まれも分からねぇ様な男だってのにか?」
 レイクは、合点が行かない。自分の生まれも分からないような男が、何で狙われ
るのか?と・・・。しかし、ジェシーは確信していた。
「果たして、そうかな?アンタ、物心が付く頃から『絶望の島』に居たって言うよ
ね。じゃぁ、親父は、誰か分からないだろう?」
 ジェシーは、指摘する。確かにその通りだ。レイクは、親の顔を知らない。既に
物心が付く頃には、『絶望の島』に居たからだ。
「アタシの予想じゃあ、セントが、一番恐れてたのはアンタだよ。そんな子供の頃
から、入島させて、手懐けようとしたんだろうね。」
 その言葉を聞いて、レイクは愕然とする。確かに親の記憶も無い。自分が何者か
なんて、考えた事も無かった。ただ単に、生まれた時から、罪人として扱われた、
しがない人間だとばっかり、思っていたからだ。
「ただ、『絶望の島』までは、管理が行き届いて無かったんだろうね。じゃ無かっ
たら、アンタ達が、同じ班になると言うのは、阻止してた筈だからね。」
 英雄は、英雄を呼ぶと言う言葉がある。だから、それを知っていれば、自ずとフ
ァリアやエイディは、違う組に入れさせられていただろう。
「俺は、何者なんだ?」
 レイクは、自分の手を見る。考えた事も無かった。自分は、自分だと思っていた
し、それ以上、考える事は、しようともしなかった。
「それは、アンタ自身が見つける事だ。ただ、予想は付いてる。でも、他ならぬア
ンタだからこそ、自分で見付けなきゃ駄目だ。それも人生って奴だろう?」
 ジェシーは、含みのある言い方をする。確かに自分の事だ。他人に、何を言われ
ようと、自分で確かめない限り、信じられない。
「ジェシーさん。助かった。俺にも、人生の目標って奴が出来たよ。」
 レイクは拳を握る。それは、自分が何者か確かめる事。そして、自分が何をする
べきか考える事だ。それが出来た時、レイクは、成長する事が出来ると信じていた。
「でだ。最終的にセントに入るなら、刺客とかにも、気を付けなきゃならない。こ
こで訓練を積むのは、無駄とは思えなく無いかい?」
 ジェシーは綺麗に纏める。確かに、今の言動から行くと、セントから見れば、厄
介者の集まりである。そんな連中を、放って置く訳が無い。脱獄の事実がバレれば、
刺客が差し向けられるかも知れない。そうなったら、対峙するのはレイク達なので
ある。その時に、ここでやった事が、活かせないでどうするのか。
「そこまで考えての訓練だったら、俺達だって、心構えが、変わるってもんだ。」
 レイクは、すっかりやる気になっていた。単純な話である。
「そうこなくちゃね。じゃ、訓練の続きと行こうかね?」
 ジェシーは、嬉しそうに笑う。相当扱きたいらしい。
「お手柔らかに、お願いするわ・・・。」
 ファリアは、ゲンナリした顔をしていた。
 この日は、動けなくなるまで特訓をして、最後は、シャドゥに担いでもらって帰
ったと言う。この特訓は、しばらく続きそうだった。



ソクトア黒の章1巻の5後半へ

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