NOVEL Darkness 1-5(Second)

ソクトア黒の章1巻の5(後半)


 人間は、可能性の塊である。
 人間として生まれた事を、誇りにすべきである。
 人間は、微弱であるが故に、神や魔族を凌駕する可能性を持つ。
 人間は、寿命が短いからこそ、恐ろしき成長性を持つ。
 人間が、時間を有効に使った時、奇跡は生まれやすい。
 ・・・誰が言った言葉であろうか?ソクトアに、人間が舞い降りた時から、言わ
れ続けて来た事だ。それは、ただの迷信だと思っていた。心構えの一つとして、受
け止めるだけの物だと思っていた。
 しかし、これらを証明して見せた人物が居る。その人こそ、伝記の『勇士』ジー
ク=ユード=ルクトリアと、その仲間達であった。
 迷信などでは無かった。人間は、一人では微弱だ。その微弱さを知っているから、
人間は、生まれつき強くなろうとする心がある。その精進の心が、活かされた時、
人間は、大いなる可能性を持ち、神や魔族に対抗する勢力となれる。あの戦乱で、
『人道』が勝利すると言うのは、正しく奇跡だった。『人道』には、確かに神や魔
族なども肩入れしてる者が居た。しかし、共存の道を示したのは、正しく人間であ
り、それを続けさせようとしたのも、人間だった。ソクトアの人間は、可能性に満
ち満ちている。
 だが、それだけに堕落も激しかった。他の種族と断絶して、500年である。た
った500年で、人間は、自分達の天下だと思い込んでしまった。大きな間違いで
ある。神も魔族も、ただ見守っている。もしくは、様子を見ているだけである。人
間は、ついに『化学』を発祥させ、利便を追求する結果となった。『化学』自体に
罪は無い。だが、『化学』こそ全てとなってしまった今は、何と悲しい世の中なの
だろう?と思う。
 人間は、魔力でさえ信じなくなった。人間の、闘いの本能の中心だった、闘気で
すら、体現出来る者が僅かとなってしまった。だが、支配は出来る。その事実が、
何とも空しかった。それは、肥大し過ぎた『化学』が生み出した結末だった。
 達人と呼ばれる者であっても、銃器を持った人間を相手すれば、対等の立場にな
ってしまう。これでは、達人になるより、銃器を持った方が遥かに簡単である。そ
の結果、達人が減ってしまうのは、道理であった。
 幸いなのは、銃器の達人が、まだ居ない事である。軍隊には、狙いを付けるのが
上手い者が居る。しかし、達人と呼べる程の者は居ない。未だに暗殺には『人斬り』
組織が主流なのは、その背景もあっての事だ。
 ただし、全ての人が堕落した訳では無い。技を磨いて光っている者は居るし、純
粋に強くなろうと目指してる者も居る。それは正しくレイク達も、その一部だった。
 硫黄島の生活も1週間程が過ぎて、特訓の内容にも、それほど苦も無くこなせる
ようになっていた。勿論、簡単と言う程、ジェシーやシャドゥは、手を緩めはしな
い。ステップアップすれば、それなりの事をやらせるので、限界近くまで、やらせ
はする。しかし、その疲れに皆、慣れて来たのだろう。
 それにたった1週間弱の特訓でも、物凄い吸収力で、強くなっていった。勿論、
素質はある。だがそれ以上に、勤勉なレイク達だからこその成果だろう。
「ハァァァ・・・『氷砕』!!」
 ファリアなどは、昨日辺りからコツを掴んだのか、詠唱無しで、魔法を撃てるよ
うになってきた。凄い事である。魔力の増幅無しでも、簡単な魔法なら、出せるよ
うになっていた。それに、今放ったのは、氷の魔法の一種だ。さすがは、習ってた
だけあって、コツを掴むと、色々出来るようだ。ファリアは、攻撃魔法の基本であ
る『炎』『氷』『風』『水』『地変』『雷』『爆発』と、全ての種類の魔法を使い
こなせるようになっていた。そして、物体に、それらの魔法を付け加える事も、出
来る様になっていた。しかし、強化の魔法は意外に奥が深い。鉄の剣なら、鉄を硬
くさせる事も、強化の一種だし、逆に衝撃を吸収するように作り変えるのも、強化
の一種だった。強化魔法の欄だけで、魔法体現書全体の5分の1を占めているのだ
から、本当に奥が深いのだろう。
 とは言え、コツを掴んできて、この頃のファリアはノリノリである。
「ええと・・・この印から・・・『熱波』!!」
 エイディも、魔法の練習である。まだ詠唱や印が必要だが、簡単な魔法なら、使
えるように、なってきた。自分でも面白いように、毎日、魔法力が上がっている。
器が、でかいと言われた事は、嘘では無いようだ。
「2人共、派手だねぇ。ハッ!!」
 グリードは、2日前辺りから、投げナイフの練習をさせられていた。何でも、グ
リードは、眼が非常に良いと言う結論が出たらしい。しかも、ただ眼が良いんじゃ
ない。動体視力が、人間とは思えない程、優れていると言う話だ。なので、まずそ
れを鍛えるために、投げナイフで、10メートル離れて、的の中心を射抜く練習を
していた。しかし、グリードは、凄まじい才能を持っていたようで、5本連続で投
げても、中心を描くように当てられるなど、とても素晴らしい命中率を誇っていた。
弓矢もやらせてみたら、凄まじい命中率で、ジェシーも、驚いた程の結果だった。
「レイク殿!次は、このデルルツィア剣術の構えを、やってくだされ。」
 シャドゥは、レイクの剣術の程を見ていた。レイクは、非常に優秀な生徒だった
ようで、半日もすれば、メジャーな剣術の構えなどは、全て覚えてしまっていた。
既に棒術は、極みに達している。パーズ拳法の一種にある棒術も、覚えてしまった
ので、剣術に集中する事が出来そうだ。
「デルルツィア剣術の特徴は、全ての攻撃の中に守りを入れてある事だったな。で、
横を薙ぐ時は、手を剣の背中に持ってって、自分の体を回転させるって訳だな。」
 レイクは、楽しそうに剣術の基本を覚えて行っていた。何より、考えが、直ぐに
纏まるらしく、次に、どの行動をすれば、敵の攻撃を躱し易いか、そして自分の攻
撃を当て易いか等を、予測しながら動いていると言う。それを自然の動作で行って
いるらしく、シャドゥ曰く、始めて一週間とは、とても思えないそうだ。
「レイク殿は、筋が良い。もっと早く修練を積んでいれば、私など、とうに越され
ていた所ですな。教え甲斐があります。」
「またまたー。シャドゥさんの、教え方が良いんですよ。」
 シャドゥは、謙遜していた訳では無い。本当にレイクは筋が良い。吸収するかの
如く、剣筋を覚えている。レイクは、お世辞だと思っているようだが、この覚え方
は、並の人間では、出来ない事だ。
「お世辞などでは御座いません。次は不動真剣術の構えを、やって下され。」
 シャドゥは指示する。不動真剣術は、シャドゥも構えしか知らない。何せ、昔ジ
ークや、ジークの息子であるデューク=ユード=ルクトリアなどに、扱かれて、構
えだけは覚えた程度である。
「不動真剣術・・・確か「攻め」の型が、こう・・・。」
 レイクは「攻め」の構えを見せる。剣を後ろに向かせて、少し斜めに構える。こ
の構えは、一見隙だらけに見えるが、どの方向からも攻める事が出来る、優秀な構
えだ。そして、レイクはシャドゥに、そこからの攻めを展開させる。シャドゥは、
レイクの変幻自在な攻撃に、防御するのがやっとだ。シャドゥは、その中でも、隙
を見出すと反撃するが、レイクは、すぐ様、距離を取って「守り」の型を見せる。
その動きは、流れるようだ。シャドゥの攻撃を剣で円を描くようにして防御する。
(素晴らしい反応だ・・・。とても教えて、一週間には見えぬ。)
 シャドゥは、自分の攻撃が防がれているショックより、レイクの反応の凄さに、
感動を覚えた。ここまで凄いとなると、前に思っていた事が、現実味を帯びてくる。
 シャドゥは、一旦距離を置いて、木刀にちょっとした瘴気を込める。
「シャドゥさん・・・。それは!?」
 レイクは、シャドゥの木刀から、凄まじい唸りを感じた。
「ちょっとした試験です。この私の『瘴気斬(しょうきざん)』を、受け止めて御
覧なさい。貴方なら、出来る筈だ。」
 シャドゥは、瘴気を形にして、木刀の斬りと一緒に、衝撃波を放つ『瘴気斬』の
構えを見せる。剣術が得意な、シャドゥならではの技だ。
「しょうがない!ちょっと前から思い付いてた技で、迎撃するしかない!」
 レイクは、木刀を「攻め」の型より、少し下に落とす。これは昨日の夜、何とな
くで、頭に思い浮かんでいた技だった。不動真剣術の型を教わってから、何となく
だが、技が思い浮かんでくるのだ。その感覚は、自分でも不思議だった。
「行きますよ!『瘴気斬』!!」
 シャドゥは、鋭く下から上に斬りを放つと、暗黒色の衝撃波が、レイクに襲って
きた。するとレイクは、衝撃波を瞬きせずに見据えて、木刀を下に向けたまま駆け
出す。いや、駆け出すと言う表現はおかしい。それは恐ろしく早いダッシュだった。
 更にレイクは、ダッシュしてる最中に、木刀を斜め上に構えると、そのまま袈裟
斬りのような形で、駆け抜けたまま『瘴気斬』にぶつける。
 バチィ!!!
 凄い音と共に『瘴気斬』は真っ二つに割れた。レイクの思い付きの技が『瘴気斬』
を凌駕したのだ。これには、シャドゥも驚いた。
「す、素晴らしい。その技を、何処で覚えたのです?」
 シャドゥは感嘆の声を上げる。自分の技を破られた事より、今の技の凄さに魅入
られていた。何よりシャドゥは、見覚えのある技だったのだ。
「いや、昨日ちょっと教わった時に、思い付いた技なんですがね。」
 レイクは、苦笑いしながら答える。どうやら、本当の事らしい。
「それにしては見事でしたな。その技は、不動真剣術の袈裟斬り『閃光(せんこう)』
と言う技に、相違ないですな。思い付いて、この技を繰り出すとは・・・。」
 シャドゥは、不動真剣術の袈裟斬り『閃光』を知っていた。ジークやデュークか
らも、何度か食らったし、伝記にも、その技の凄さが書かれていた。
「この技、『閃光』って、言うんですか?」
「如何にも。駆け抜けるスピードを利用した袈裟斬り。歴代不動真剣術の使い手な
ら、間違いなく使う頻度の多い技です。何せ威力が、かなりの物ですからね。」
 シャドゥは説明してやる。『閃光』は、非常に使い勝手の良い技だ。何せ、敵に
近づくのと斬る動作を、一瞬の内にこなすからだ。しかも、威力は倍化される。こ
んな便利な技だが、破られる事が、少なかったと言う。それは、使い手の早さが上
がれば、上がる程、この技の威力も上がるからだ。
「確かに、もっとダッシュが早ければ、その名前に相応しいかも知れませんね。」
 レイクは感心する。思い付いた技が、現存した技だと言うのは、少し残念だった
が、有名な技で、破られ難いと聞けば、悪い気はしない。
(この技を思い付きで打てる・・・。やはりレイク殿は・・・。)
 シャドゥは、思っていた事が、ほぼ間違いない事だと確信する。
 すると突然、ジェシーの館から主が出てくる。
「ジェシー様?修練は、どうなされました?」
 シャドゥがビックリする。まだ修練途中の筈である。しかし、ジェシーの顔を見
て、緊張が走る。只事では無い。何か感づいたのだろう。
「ジェシー様。・・・ぬ!?」
 シャドゥも、気が付いた。上空から凄まじい程の力を感じる。ジェシーも、その
方向を見ていた。この島の存在に、気が付いた誰かが、来たのであろうか?それに
しても、上空からとは変である。この頃開発されたと言う、気球でも使ったのであ
ろうか?
「ど、どうしたんです?」
 エイディ達もジェシーたちの様子が変だと気が付いて、合流しに来た。
「上に、何か居るんですか?」
 レイクは上を見る。すると一つ、何やら黒い点が見えた。黒い点・・・それは、
何かが、おかしかった。ただの黒い点だが、何で上空にあるのだろうか?何かが落
ちてくるような素振りも無い。するとギョッとする事が起きた。何と黒い点から、
手が出て来たのだ。そして、その手は、黒い点をこじ開けるようにして広げる。
「何あれ・・・?」
 ファリアも、ビックリしていた。常識外れも良い所である。
「『転移』の応用さ。コイツは、違う次元を通って来てるのさ。」
 ジェシーが説明する。それは、事も無げに出来る事ではない。しかし、その手は
簡単にやってのけている。化け物なのだろうか?
「よ・・・っと。」
 上空から声がした。結構、軽めの声である。しかし油断はならない。その声と共
に、2人の男女が舞い降りてきた。
「・・・なんだ。アンタ達か。」
 ジェシーは安堵の声を上げる。シャドゥは少し警戒していたが、ジェシーの様子
を見て、警戒を解く。その2人は、事も無げに降りてきたが、凄まじい力を感じた。
何が、そんなに感じるのか分からないが、この2人に、ケンカを売っては行けない
と、本能で感じる程だ。一人は男性で、栗色の髪をしていた。髪は、かなり長めで、
後ろで束ねて縛っている。非常にマントが似合う男で、顔は美男子と言っても過言
では無い。そして女性の方は、鋭い目付きが特徴的だった。髪は綺麗な赤で、その
人物の性格を現してるかの如くだった。サラシを巻いていて、まるで男性のように
男の和服を身に着けている。しかし似合わないなんて事も無く、物静かな雰囲気を
醸し出している、この女性には、ピッタリの格好とも言えた。
「ジェシー様。どなたなのですか?」
 シャドゥが尋ねる。確かに、どこかで見覚えがある。しかし忘れてしまっていた。
「シャドゥ。アンタは、幼少の頃に会ってるじゃないか。」
 ジェシーは、忘れるなと言わんばかりに、背中を叩く。
「え?シャドゥ?おお!あのシャドゥか!でかくなったな!おい。」
 男性の方は、気さくに声を掛けてくる。どうやら、悪い人では無さそうだ。しか
し、幼少の頃とは、どう言う事であろうか?シャドゥは、1000歳を越えている筈で
ある。その頃からの、知り合いなのであろうか?
「え?・・・まさか・・・貴方は!?」
 シャドゥは、思い出したように二人を見比べる。そして間違いないと確信した。
「忘れられちまってたか。まぁ仕方ねぇか。何だか面子も変わってるみたいだしな。」
 男は苦笑いをする。どうにも、陽気な雰囲気が似合う男だ。
「ジェシーさん。この二人は、誰なんです?」
 レイクは尋ねてみる。どうにも、話が飲み込めない。
「ああ。まぁ、ちょっと信じられないかも知れないけどさ。この軽い男が、神のリ
ーダーやってる竜神ジュダ=ロンド=ムクトーって奴でさ。隣が剣神の赤毘車(あ
かびしゃ)=ロンドさ。伝記読んでる奴なら、知ってるだろ?」
 ジェシーは紹介する。しかし、俄かには信じられなかった。何と神だと言う。神
が、この世に存在すると言うのであろうか?そんな事信じろと言う方が無理である。
「嘘でしょ?・・・伝記が、ほぼ本当だって言っても・・・。」
 ファリアですら、信じがたい事実だった。それはそうだ。神は、人間の中でも最
も高位に当たる存在だ。その存在は、魔族以上に信じ難い物だ。
「おいおい。一応ここに居るのに、嘘は無いだろう?」
 ジュダは頭を掻く。信じられてないと言うのは、ちょっと悲しかった。
「ジュダ。時代背景は、さっき行った街を見れば分かるだろう?仕方の無い事だ。」
 赤毘車が、ジュダを諌める。赤毘車は、非常に凛々しい声の持ち主だった。
「でもよ。だったら、どうやったら信じてくれるんだ?」
 ジュダは、どうしても信じさせたいらしい。神のリーダーと言う割には、ミーハ
ーな事である。赤毘車は、溜め息を吐く。
「お前は自己顕示欲が強いな。まぁ良い。どうしても信じさせたいなら、そこの二
人に、協力してもらうんだな。」
 赤毘車は、ジェシーとシャドゥを指差す。
「そう言う手があったか!んじゃ、わりぃけど、手加減無しで攻撃してもらえるか?」
 ジュダは、事も無げに恐ろしい事を言う。この2人は、この島でも屈指の実力者
だ。その二人相手に、手加減無しで攻撃しろと言うのだ。
「アンタの存在示すのに、使われるってのは、どうかと思うがね?」
「あー・・・。わりぃ。まぁあれだ。その代わり、俺達の調査した事とか、聞かせ
てやるから頼むぜ。な?」
 ジュダは、等価交換を持ち掛ける。ジェシーの性格は知っている。ジェシーは、
只で協力する程、甘くは無い。情報が聞けると言うなら、話は別だ。
「仕方無いね。じゃ、シャドゥ。アンタも。本気で攻撃しな。」
 ジェシーは、シャドゥに指示する。シャドゥは黙って頷く。すると、二人共、大
地が揺らぐ程の、瘴気を出し始める。
(うお!すっげぇ・・・。)
 レイクは、改めて二人の実力に驚いていた。他の皆も、一緒である。ここまで目
に見える形で、瘴気が見えている事自体が、実力が高いと言う印である。
「殺す気で行くから、しっかり受け止めな!!」
 ジェシーは、眼が血走っていた。本気である。かなり本気で撃つつもりだ。
「ばーか。手加減したら、意味無いだろうが。」
 ジュダは、その瘴気を感じても、平然としていた。
「良い度胸だよ!そらあああ!!」
「ハァアアアア!!『瘴気斬』!!!」
 ジェシーは、凄まじいでかさの『瘴気弾』を放ち、シャドゥは、それに合わせて、
先程とは、比べ物にならない程の殺気の篭った『瘴気斬』を放った。こんなの食ら
ったら、一溜まりも無い筈だ。
「久しぶりに、良い塊を出すじゃねぇか!」
 ジュダは、嬉しそうにすると、その二つを、何と片手で受け止める。すると、そ
こから眼が眩む程の、光を放って、瘴気を緩和する。
「だが、もうちっと、修練した方が良いぜ!!」
 ジュダは、そう言うと、手に力を込めて握り潰してやる。すると、二つの瘴気の
塊は、粉微塵になって、消えた。
「・・・ま、マジかよ・・・。」
 エイディは、信じられないと言った表情をする。無理も無い。今まで、この二人
は、このソクトアで最強なんじゃないか?って思っていた。それ程の実力の持ち主
だった。しかし、今見たのは、その二人の全力を、片手で押し潰せる程の実力を持
った男の姿だった。
「ふう。どうよ?」
 ジュダは、勝ち誇ったようにファリアを見る。
「す、済みませんでした!!私ったら、とんだ事を・・・。」
 ファリアは、もうすっかり信じていた。いや、こんな光景を見させられたら、信
じざるを得ないだろう。エイディやグリードも、すっかり平伏していた。
「おいおい。俺が神だってのを信じてくれさえすれば、そう畏まる事もねーぞ。」
 ジュダは、どうにも偉そうにするのが嫌だった。他の神達にも言っているのだが、
自分が神のリーダーだからと言って、敬うのは止すように言っていた。
「全く。今の時代背景を考えれば、こうなるの目に見えてた癖に、良く言う。」
 赤毘車は呆れる。ジュダは、時々考えも無しに、こう言う事をするから困る。長
い事、付き合っているが、この癖だけは、抜けないらしい。
「すげぇ!アンタみたいな、すげぇ奴が居るなんてな!」
 レイクだけは、平伏しなかった。ジュダの今の実力に、感心していた。
「お、おい!兄貴!神様に向かって、そんな・・・。」
 グリードは、レイクが無礼者だとして、殺されるのかと思った。
「おいおい。さっきも言ったが、俺の事は、ジュダで良いぜ?間違っても『神様』
なーんて、呼ぶんじゃねーぞ?そう呼ばれると、どうしても寒気がしてな。」
 ジュダは指を振って抗議する。赤毘車は、またしても呆れていた。神のリーダー
たる者が、人間に呼び捨てさせる。まぁ、そこがジュダの良い所なのだが、威厳は、
何処に行ったのだろうか?と思ってしまう。
「あの伝記の、神のリーダーである竜神に、この目で見れるとは・・・。」
 エイディは、この頃驚くばかりだ。伝記の事は信じてはいる。だが、こうも、目
に見える形で出てくると、混乱してしまうのも事実だ。本来なら、とても幸運で、
素晴らしい事なだけに、頭の中が付いて行かない。
「お前さん達、人間は、何だか俺達の事、特別視してるみたいだな。まぁ、そう教
育されてるようだから、仕方がねぇな。だが、俺達が伝説の生き物かなんかだと思
われるのは、どうにもシャクでな。それに、この現状は、ちとひでぇしな。」
 ジュダは、今のセント中心の世の中を、少し見て回ったのだ。さすがに、呆れて
しまった。ジーク達が築き上げてきた『人道』の成れの果てが、これか?と思うと、
少し悲しくなってしまったのだ。
「俺は、こんなソクトア見るために、協力した訳じゃあねぇ。俺にも、責任の一端
があるだけに、ちょっとムカついててな。」
 ジュダは、『人道』なら素晴らしい世の中を保ってくれると信じて、ソクトアは
他の者に任せて、違う星などに派遣していたのだ。それが、1000年弱見ないだけで、
こんなに、なってしまった現状が、許せないでいた。
「他人事みたいに言うんじゃ無いよ。アンタらの任せた奴ってのが、スカンピンだ
ったから、こうなったんじゃ無いのかい?」
 ジェシーは反論する。言ってる事は、最もである。
「全くその通りだ。結構な優等生だっただけに、騙された俺達に責任がある。」
 ジュダは、素直に認めた。どうやらソクトアの監視は、誰かに任せたらしい。し
かし、ソイツは働かなかった。いや、それも、わざとだろう。何かの意図があって、
このソクトアを、放置していたのだ。
「ソイツを見つけたら・・・我らの手で、裁かなくてはならない。」
 赤毘車は、辛そうだった。知っている人物なだけに、こう言う真似は、したくな
い。だが、しない訳にはいかない。こうなった責任は、取らせなければならない。
「そういえば、さっき言われてた調べた事とは、どのような事なのでしょう?」
 シャドゥが尋ねてみる。どうやら色々調査をしたようなので、聞いてみる価値が
あると思ったのだ。
「まぁ、ジェシーも知っているだろうが、あのソーラードームの事だ。」
 ジュダは、早速ソーラードームについて、調べたのだった。一番の謎として挙げ
られるので、当然だろう。
「俺は驚いたぜ?あの壁、神気すら跳ね返したんだからな。」
 ジュダは、ソーラードームが、何らかの力が働いてたのを知っていたので、神の
力である、神気で攻撃して見せたのだ。しかし、あの壁は何事も無かったかのよう
に、跳ね返したのだった。
「セントのトップって奴ぁ、何者なんだか、俺達にも、見当が付かねぇな。だが、
何だか、不気味な事は間違いないぜ。」
 ジュダは、この事実を見て、今回の敵は一筋縄では行かない事を知った。実力行
使するには、かなりの犠牲が必要になるかも知れない。それは、避けなくてはなら
ない。敵が万全の体勢を整えているのだ。どうやって崩すのかを、考えなくてはな
らないのだ。しかし、その思案は、まだ出来て居ない。
「それとな。セントのトップに近い所に、あの馬鹿が居やがるよ。間違いなくな。」
 ジュダは、吐き捨てる。その馬鹿とは、このソクトアを任せた者だろう。
「全く。ネイガの子だから、大丈夫と踏んだ私達が、甘かったな。」
 赤毘車は、困った顔をする。しかし、それと同時に驚くべき事を言う。何と鳳凰
神であるネイガ=ゼムハードに、子供が居たのだと言う。
「なーんだ。あの鳳凰神に、子供なんて居たのかい?」
 ジェシーは聞き返してみた。それは、かなり興味のある情報だった。何せ、ネイ
ガは、堅物で有名だった。結婚も、まだして無いと言う話だ。なのに、子供が居た
とは驚きである。
「ああ。まぁ養子なんだけどな。ネイガが引き取った子供だ。ネイガと居る時は、
利発そうな、良い子供だったんだけどな。まさか、こんな悪さするとはね。」
 ジュダは、信じきっていただけに悲しかった。まさか、こんな現状を作り出すと
は、思わなかった。何か切っ掛けがあるだろう。しかし、それは言い訳には、なら
ない。それに、何故だかジュダ自身も、辛そうな顔をしている。
「ネイガは、まだ違う星に派遣中でな。この事実を、余り知らせたくはねーな。」
 ジュダは気を使う。さすがに、この事実を知れば、ネイガは、その子供を処分し
兼ねない。激情家なだけに、その可能性も捨て切れなかった。でも、そうしないだ
ろう事は、ジュダは知っていた。
「ふーん。で、その馬鹿は、何て名前なんだい?」
 ジェシーは尋ねてみる。こんな酷い世の中にした張本人の名前は、聞いて置かな
くては、ならなかった。何せ自分達を、この島に閉じ込めた張本人だからだ。
「ゼリンって言うんだけどさ。ゼリン=ゼムハードな。」
「ゼ、ゼリンですって!?」
 今度は、ファリアが驚きの声を上げた。意外な名前だった。忘れられない名前だ
っただけに、驚いた。
「何だ。知ってるのか?・・・ちょっと、お前達の話も、聞かせてもらおうか。」
 ジュダは、面白そうな話が聞けそうだと思って、今度は、ファリア達の話を聞く
事にした。ここで、レイク等が中心になって、自分達が、この島に来た経緯、更に
は、ゼリンがしてきた事や、『絶望の島』での出来事などを、話してやった。あの
島の出来事は、一生忘れられないだろう。何故なら、犠牲になった者が居るからだ。
「なる程な・・・。」
 ジュダは、思案する。何か思い当たる節が、あるのだろうか?
「同じ名前なだけかも知れない。だが調べる価値は、ありそうだな。」
 赤毘車も、一緒になって考えていた。どうやら、所々に引っかかる点が、あるよ
うだった。しかし、決定的な何かが違うようだ。
「まぁ、何にしても、ちょっと後回しになりそうなんだ。色々面倒が起きててな。」
 ジュダは、残念そうな顔をする。用事が、先に出来てしまっていたらしい。
「全く。1000年振りに会ったってのに、随分と連れない奴だね。」
 ジェシーは、口を尖らす。ジュダとは神と魔族と言う間柄だが、別に仲が悪い訳
では無い。これだけ、話の分かる神も、珍しいからだ。
「ちょっとな。神として、無視出来ない事項が、出来ちまったんでな。」
 ジュダは、口を濁す。どうやら、かなり深刻らしい。
「ああ。まぁ、落ち着いたら、また顔を出すから、その時にでも話そうぜ。」
 ジュダは支度をする。どうやら、任務を果たしに行くらしい。
「それと、そこの4人。お前達は人間の中でも、中々面白そうだから、覚えておく
からさ。この竜神の名前を、忘れてくれるなよ?」
 ジュダは、そう言うと『転移』の魔法を、手に込める。
「アンタみたいな、すげぇ奴、忘れられないよ。」
 レイクは返す。それを見て、ジュダはニコッと笑う。
「お前は、アイツそっくりだな。・・・まぁ良いや。また会おうぜ。」
 ジュダは、レイクに挨拶すると、次元の扉を開ける。そして、それを押し広げる
ように、抉じ開けると、中に入っていった。
「今度会った時は、私も特訓を手伝ってやる。さらばだ。」
 赤毘車は、そう言うと、扉の中に入っていった。すると、あっと言う間に、その
扉は消えて無くなる。
「嵐みたいな、お方でしたな。」
 シャドゥは、ジュダとは幼少の頃にしか会って無いので、覚えていなかった。
「相変わらず忙しい野郎さ。まぁ、色々情報くれたし、良しとしようか。」
 ジェシーは、バツが悪そうにしていた。さっき、ジュダに全力で打ち込んだのに、
簡単に止められたのが、少し悔しいみたいだ。
「しかし、俺が、誰に似てるって言うんです?」
 レイクは、ジェシーにもシャドゥにも、そう言われている気がした。しかし、自
分では、さっぱり見当が付かない。
「直ぐに分かる事さ。焦りなさんな。」
 ジェシーは、それはレイク自身が、見つける事だと思っていた。
「それより、赤毘車殿が最後、特訓して下さると言ってましたな。素晴らしい。」
 シャドゥは、是非受けたかった。剣神と言われる程の、剣の冴えを、どう形にし
て来るのか、楽しみで仕方が無かった。
「・・・言っとくけど、私がマシだと思う程の扱きだから、気を付けな。」
 ジェシーは、赤毘車の特訓と言うのを知っていた。あれは、特訓と言う名の虐め
としか、見えなかった。それ程、凄まじい特訓をやらせる。限界までやらせて、少
し休ませて、また限界までやらせるのだ。
「私としては、ゼリンの情報が聞けただけでも、嬉しいわね。」
 ファリアは、ゼリンが神の子供だと聞いて、納得した。最初に会った時、いきな
り惹かれたのは、何らかの魔力を使っての事だろう。自分から、あんな奴に惹かれ
たと思うより、マシだった。だが、それ以上に問題がある。それは、他ならぬ神の
子供だと言う事で、ゼリンは並の実力では無い筈である。今、セントを牛耳ってい
る奴の仲間なら、尚更だろう。
「しかし、俺達の会う奴は、どんどんスケールが大きくなってく気がするぜ・・・。」
 エイディは、未だに神に出会えたと言う事が、信じられない。
「ソイツは、どう言う意味だい?アイツよりアタシは、スケールが下だとでも、言
うのかい?ん?」
 ジェシーは、コメカミに青筋を立てていた。これは、相当怒っている。
「あー・・・。失言だったよ。俺達人間は、神は敬う者だって教育されてるから、
つい、そう思っちまっただけさ。でも、あの竜神は、どれくらい強いんだ?」
 エイディは、言い訳しながらも、肝心な事を、聞き出す事にした。ジュダは強い
と言う事は分かる。だが神の中では、どれ程の強さなのだろう?
「ハン。まぁ、言い訳としちゃ上等だ。答えてやるよ。まぁジュダは、そりゃ強い
さ。弱い奴が、神のリーダーなんて、務まりゃしない。それに、神の中では、かな
りの若年だと言う事も事実さ。私より、年下なんだからね。それで、リーダー務め
るってのは、どれくらい強さが必要か、分かるだろ?」
 ジェシーは、気を悪くしたままだったが、答えてやった。要するに、最高峰の強
さを持っていると言う事だ。で無ければ、今の説明では、神のリーダーを続ける事
など出来ないのだろう。実際、伝記でも神のリーダーの座の欲しさに、運命神が、
当時の神のリーダーだった天上神を嵌めて、転生させたと言う事実がある。神のリ
ーダーは、狙われ続けるのである。その中で、1000年間リーダーを務めたと言う事
は、それ相応の実力があるに違いなかった。
「はぁ・・・。でも何だか、忙しそうでしたなぁ。」
 グリードは、ジュダが色々抱えながら、暗躍してるのを目に見て取れた。それに
も関わらず、会いに来たと言う事は、どう言う事なのだろう?
「忙しい中、ここに来たって事は、アンタらに、興味が湧いたんじゃないか?アタ
シも、アンタらに興味があるようにね。」
 ジェシーは代弁するかの如く、答える。実際、魔族の島に、人間が一緒になって
訓練している所を見れば、興味も湧くと言う物だろう。
「ジュダさんって、お子さんは、何人くらい居るのかしら?」
 ファリアは、素朴に疑問に思った。見た所、赤毘車とは夫婦のようだし、どちら
も、人間型の神である。ならば、子供が産まれても、不思議では無い。
「ああ。それなんだけどね。3人居た内の一人は、人間になって寿命を全うしたか
ら、実際は、今は2人居る筈さ。だが1人は、行方不明らしいけどね。」
 ジェシーが答える。どうやら、複雑な家庭事情のようだ。
「え?そう言えば、神の子供として生まれると、寿命も長いの?」
 ファリアが聞き返す。人間型同士の神の子供は、実際には人間と、ほぼ変わらな
いように見えるのだろう。
「神となった時点で、遺伝子が組み替えられるからね。伝記にもある通り、神にな
るには、『神化』と言う試練を受けなくては、ならないんだ。その試練を潜り抜け
た奴だけ、神になれるのさ。赤毘車は元人間さ。しかも、ソクトア出身のね。」
 ジェシーは、身振りを交えながら説明する。『神化』。それは、神になるための
試練であり、非常に厳しい試練でもある。並みの精神力では、落とされてしまう。
しかし、神の子供として生まれた者は、最初から非常に高い素質を持っている。な
ので、『神化』し易いのは、事実であった。実際に、そう言うケースは、かなりあ
る。最初から人間であったのに『神化』を達成した人間は、一番新しいケースが、
赤毘車くらいである。その前は、さらに1000年ほど遡って、金剛神パムと蓬莱神ポ
ニが、『神化』を遂げた人間だが、それより前と言うのは、記録としても、残って
居ない程らしい。
 ちなみにジュダは、パムとポニの息子であり、溢れる才能を駆使して、『神化』
を遂げたサラブレッドである。それ故に、赤毘車が『神化』するのに、どれほどの
精神力を要したのだろう?それは、定かではない。だが、赤毘車が、見事に『神化』
を果たしたと言うのは、事実である。
「まぁ、あれだ。神の子供として、生まれた時点で、神としての資質も、受け継が
れるからね。寿命が長いとか、神気を操れるなどの特徴は、持っている物さ。と言
っても、修練をサボっちゃ、とても神に何て、なれないけどね。」
 ジェシーは、修練は大事だと繰り返し言う。それは、これから特訓を受けさせる
のに、効果的だと思ったからだろう。実際にレイクなど、ウンウン頷きながら、興
味津々で、耳を傾けている。良い傾向だ。
「じゃぁ、ジュダさんの子供って、一人しか居ないんだ・・・。」
 ファリアは、寂しいと思った。3人も子供が居て、幸せな筈である。なのに、一
人には、先に死なれて、一人は行方不明だ。その時の悲しみは、いくら神とは言え、
凄い物があっただろう。ジュダは、余りにも忙しくて、中々天界に帰って来れない。
天界とは、神が住む世界で、完全なる異次元である。そこからは、どの星へも、一
発で飛ぶ事が出来、そのため危機に陥ってる星を救うのが、神としての務めだ。
「リーダーになった時点で、ジュダは覚悟を決めていた筈さ。赤毘車もね。ちなみ
に、もう一人は、『神化』を遂げた程、優秀な子供さ。ソイツが頑張ってる姿を見
るのが、あの夫婦の唯一の家族の楽しみだろうよ。」
 ジェシーは、自分の息子の事を思い出す。魔界に行くとは言っていた。魔界を、
この目で見て、何かを掴んで来ると言っていた。しかし、それから連絡は無い。も
しかしたら、死んでいるかも知れない。
(アタシらしく無いね。アタシの息子だ。只じゃ、帰って来れないだけさね。)
 ジェシーは、下らない考えを吹き飛ばす。必ず帰ってくると、信じていた。
「・・・もしや、そのもう一人と言うのが、伝記の最後に出てきた、毘沙丸(びし
ゃまる)=ロンド=ムクトー殿ですか?」
 シャドゥが尋ねる。どこかで聞いた事がある。ジュダの息子の名に恥じない最高
の強さを発揮して、『神化』した神が居ると。
「分かってるじゃないか。毘沙丸だよ。今は、北神(ほくしん)の名を貰ってる筈
さ。何でも、天界の北の門を守護する、上等な神らしいよ。」
 ジェシーは、思い出しながら言う。最初会った時は、只のハナタレ坊主だった毘
沙丸が、成人するにつれて、ジークを凌ぐであろう力を身に付けて、神の試練であ
る『神化』に挑戦していた。その成績たるや、中々の物があって、3000年ほど空位
であった、北神の座を手に入れたと言う話だ。とてつもない強さのようだ。
「只ねぇ。アイツは、面白くないんだよね。修行一筋でさ。堅物なんだよ。ネイガ
と良い勝負だよ。ネイガの場合は、奥手なだけだろうけどね。」
 ジェシーは、ケラケラ笑う。神を呼び捨てにして、からかうと言うのも、ジェシ
ーならではだろう。しかし、楽しそうだった。神の色々な話を、笑いながらする魔
族と言うのも、珍しいだろう。それを可能にしたのが『人道』の精神であろう。
「神って言っても、色々居るのねぇ。」
 ファリアも、何だか親近感が湧いてきた。さっきまでは、畏れ多いと思っていた
が、そう思う事自体が、失礼なのだ。そう思うのは、存在を尊んでいる証拠だ。そ
れは、本音で話せる仲なのだろうか?決して、そうはならないだろう。絆を大切に
するジュダは、神だから、敬われると言った事が、大嫌いな神だった。ならば、応
えなければならない。失礼だと思うのならば、改めるべきは固定観念なのだ。
「私、赤毘車さんに、一回じっくり話がしたいなぁ。」
 ファリアは、大胆な事を言う。一回、固定観念が抜ければ、仲良くしようとする
のは、ファリアの癖だ。良くもあり、悪くもありと言った癖だろう。
「俺は、ジュダさんかな。普段、どんな事してるのか、聞いてみたいぜ。」
 レイクも、眼を輝かせる。この二人にとっては、神も魔族も、畏れる対象では無
いのだろう。レイクは、最初から固定観念を持っていないし、ファリアは、親しく
なるのに、境界を作ろうとしない。似ているようだが、少し違う。だが、どちらも
仲間を増やして、大事にしようと言う意識が、見受けられた。
「まぁ、しばらくソクトアに居るみたいだし、次の機会にでも、じっくり話せば良
いさ。あの様子じゃ、調査だけじゃ、終わらないみたいだしね。」
 ジェシーは、警戒していた。ジュダなどが、腰を据えて調査する時は、色々面倒
が起こってるに違いないからだ。
「お前ら2人は、さすがとしか言いようが無いな。俺は、まだ気軽に話せるような
気がしないぜ。固定観念を捨てるってのは、大変だな・・・。」
 エイディが頭を掻く。人間として生まれて、神は敬う物だと教えられてきた。神
は、人間を守ってきた存在であり、魔族は、神に対抗するために生まれてきたと教
えられてきた。間違っていた事では無い。1000年前までは、確かに神は人間を仮に
も守ってきたし、魔族はソクトアを狙っていた。しかし、それは理由があっての事
だ。ソクトアには、魔族が元々住んで居たのだ。それを、自分と近しい者が、住め
るように勝手に改造して、人間の土地にしてしまったのが、神なのである。当然、
魔族は、神を恨んでいる。そして人間達にも、良い想いをしている筈が無い。
 だが、その蟠りも、何もかもを吹き飛ばしたのが、伝記の英雄達だった。彼らは、
神と魔族の存在を知っても尚、共存の道を図った。それが、双方に理解を得られた
のだ。しかし500年後、またしても、魔族に疎まれる存在となってしまった。永
続な関係が、築ける切っ掛けがあっただけに、残念な結果である。
 しかし、ここに新たな絆が出来始めている。それをジェシーは、大切にしようと
思った。この人間達なら、何かをやってくれる。そんな予感があった。確かに、ま
だ力も無いし、考えも纏まってない若い芽だ。しかし、未来を期待させる何かを、
この若い芽達は持っていた。
「よっし!シャドゥさん!特訓の続き、お願いするぜ!」
 レイクが、再びやる気を起こして、修練に入った。シャドゥは、嬉しそうにレイ
クと修練する。人間と魔族が、互いに切磋琢磨して修練する。ジェシーは、その光
景を、大事にしたいと思っていた。


 いつからだろうか?意識し始めたのは・・・。
 何故、あんなにも気になるのか?
 昔も、こんな事があった。しかしあれは、幻想と魔力の産物だと知った。
 今は違う。ハッキリと、意識してると言える。
 最初の出会いは、最悪だった。なのに、今は姿を見るだけで顔が赤くなる。
 真っ直ぐなのに、自分を表現するのが下手な人。
 近くに居るようで、どこか遠くを見つめている、その背中。
 全てが幻想のようで、酷く現実感に満ちていた。
 限りなく優しいのに、何故か届かない。それは、もどかしいのだが、近づけない
壁みたいな物だった。だから、冗談を言うような仲になってしまう。
 このままで良いのだろうか?いや、良い筈が無い。自分が、納得出来る訳が無い。
子供の頃から、納得出来ない事に対しては、真摯に打ち込んできた。
 ならば今回も・・・。でも今回は違う。引き返せる物では無い。一回決めたら、
引き返せない崖のような物。軽々しく、決断は出来ない。
 笑わせる話だと思う。自分は、納得出来ない物に対して、常に反発してきた。だ
から、他人の世話までしてしまう。幸せでは無い姿を見ると、納得出来ないのだ。
なのに、なのに!自分が幸せになろうとすると、ブレーキが掛かってしまう。
 自分でも、どうしてか分からない。散々、他人をサポートしてきたのだ。自分だ
って、幸せになれるだろうし、幸せになる権利だってある。
 でも・・・あの人は、そう思って無いだろう。あの人は、他人を幸せにするため
に、自分を犠牲にするような人だ。そんなの許せない。もう、あの人に会えなくな
る何て、思いたくない。でも、あの人は、自分が幸せになる前に、力尽きるまで、
他人を幸せにしようとする。だから、犠牲になった仲間の事は、あの人の中で、永
遠の十字架になるだろう。しかしそれが、幸せに繋がる結果か?そんな答えは、当
に出ている。十字架を背負ってる人間が、幸せになれる筈が無い。
 忘れろとは言わない。言えない。それは、自分の中でも、十字架になっているの
だから、他人の事は言えない。でも、せめて、安らぎを求めて欲しいと思う。
 彼は今、幸せだと思い込んでいる。自由の身になれたと言うのと、思う存分、修
練を積める、この環境に、今までに無い幸福感を、感じているのだろう。
 でもそんなの嘘だ。まやかしだ。確かに強くなっていくのは、優越感を感じられ
るし、ある種幸せになれると思う。でも、あの人の場合は違う。そんな優越感など、
持ち合わせて居ない人なのだ。
 彼の考えは分かる。『強くなる事で仲間を守れる。』その実感が、彼を満足させ
ているのだ。何の事は無い。私達を守るために・・・そこにある、何かを守り切る
ために、強くなる事を望んでいるのだ。
 自分のために強くなる。そんな考え、彼には無い。何で自分を優先に出来ないの
か?自分が快楽を得るために、生きる事が、罪だとでも言うのだろうか?彼は、頑
なに拒む。心の扉を開けてはくれない。何度も忠告した。それでは、人生を壊す結
果になると・・・。でも彼は、自分が壊れて、人が幸せになれるのなら、良いと言
うだろう。聞かなくても分かる。
 表面上では、犠牲になった仲間の言う事を聞いて、幸せになろうと努力はしてい
る。でも心の奥底では、そんな事は、望んでいない。彼の優先順位として、自分よ
り、仲間達が先に来ている辺り、改善されて無い証拠である。
 でも、そんなあの人の事が、気になって仕方が無い。他ならぬ、あの人だからこ
そ、幸せにしたい!互いに不幸を生むかも知れない。でも、このまま指を加えて見
てるなんて、絶対に嫌だ!!
 私は崖を、飛び越えなくては駄目なんだ。引き返せなくなる崖を・・・。その覚
悟が無ければ、彼はこちらを向いてくれない。近くに居るのに、どんどん遠くに行
ってしまう。・・・今なら間に合う。ならば、飛び込まなきゃ駄目なんだ。
 それは、自分の幸せでもあり、あの人の幸せであると、信じたい。
 だが、もし駄目だったらどうする?現状は、非常に良好だ。彼だって、良く接し
てくれるし、私も、気軽に声を掛けられる。それを壊してしまうのだろうか・・・?
 もし駄目な時、私の心は、耐えられるのだろうか?
 引き返せるのだろうか?・・・怖い・・・。こんな怖さを感じたのは、初めてだ。
両親が自殺した時の怖さとは、違う。あの時は、生理的に怖さを感じた。だが、こ
の怖さは、違う。心が壊れてしまうかも知れない。そんな怖さだ。
 自分は、ここまで卑小な人間だったのだろうか?納得出来ない時に、ぶつけた、
あの時の勇気が、ここ一番で出るのだろうか?
 自分を信じろと心は言う。だが、自分を制御しろとも心は言う。その言葉が、迷
わせる。何処へ向かえば良いのか、迷わせる。
 ゼリンの時とは違う。あれは、心を操られたのだ!心のどこかが、壊れていたの
だ!そんな残酷な筈が無い!そうでしょ!?レイク!!
 私、時々、分からなくなる・・・。貴方がどこに進もうとしているのかが・・・。
その結果が、破滅に向かっているんじゃないか?って、いつも思う。
 そんなの嫌だ!!嫌だったら嫌だ!!
「・・・リア様!ファリア様!!?」
 誰かが呼んでいる。私の名前だ。この声は・・・とても心地良い・・・。
「ファリア様!しっかり!」
 ああ。やっぱり・・・。思った通り、ナイアさんだ。ナイアさんは心配してくれ
ていた。この人と話すのは、本当に気持ちが良い。
「どうしたの?ナイアさん。」
 ファリアは、髪を整えると、何事も無かったように起き上がる。
「・・・凄く魘されていました・・・。」
 ナイアは、ファリアの部屋で呻き声が聞こえたので、慌てて入ってきたのだ。
「そう・・・。かも知れないわね。まだ夜なのね。」
 ファリアは、周りを見る。まだ暗い。日が昇るような様子も無いので、夜中なの
だろう。そんな夜中に魘されるなんて、不覚だ。
「ファリア様・・・。ご無理し過ぎです。」
 ナイアは心配する。魘される程の何かを、我慢しているのを見るのは辛い。
「心配掛けちゃったわね。でも特訓で、音を上げる程、柔じゃないわよ。」
 ファリアは拳を握る。この所、激しい特訓をしているのは、ナイアも知っている
筈だ。シャドゥが明言しているし、食卓でも、その話題が多い。
「違います!ファリア様は、心が悲鳴を上げておられます。」
 ナイアは、怒ったようにファリアに言う。
「・・・ハハ。見抜かれてたか・・・。さすがに、嘘は通じないわね。」
 ファリアは、ナイアの鋭さは凄いと思う。自分の事になると、奥手なのに、他人
の世話に関する事は、超一級だ。とても叶わない。
「・・・レイク様の事で、ですね?」
 ナイアは、率直に聞いてきた。ファリアは天井を見上げる。少し考えて頷いた。
「良く分かるわねぇ。魘されてるってだけで。」
「当たり前です。レイク様のお名前を呼びながら、魘されてたんですから。」
 ナイアは、呆れてしまう。ファリアは、まだ隠そうとしている。レイクの事が、
気になって、気になって仕方が無いのだ。そんなのナイアだって感じ取れている。
「あちゃー・・・。そこまでだったのね・・・。」
 ファリアは、赤面する。レイクの名前を呼びながら魘されるなんて、重症だ。
「ファリア様。ファリア様は、私達を幸せにして下さいました。今度は、ご自身の
番です。そうでないと私、貴女に、顔向けが出来ません。」
 ナイアは、強い口調で言う。素のナイアは、意外と強気なのかも知れない。いつ
も、引き気味なのに、今ではファリアが気圧されている。
「シャドゥさんとは、上手く行ってる?」
 ファリアは聞いてみる。すると、ナイアは、顔を真っ赤にしながら頷く。何とも
分かり易い答えである。
「よ、夜のお勤めも、お求めになられるように、なりました・・・。」
 ナイアは、嬉しそうに言う。中々のノロケ振りである。
「あー・・・。そう言う事は、口に出さなくて良いのよ!全く・・・。」
 ファリアは、呆れる。心配するだけ損だった。
「申し訳御座いません。・・・でも次は、ファリア様の番ですからね。」
 ナイアは、下から覗き込むように言う。何とも、迫力がある。
「どうしても・・・?」
「どうしてもです。呻き声を上げるファリア様なんて、見たくありません。」
 ナイアは、有無言わさずと言った感じだった。ファリアは、その動作に、嬉しく
なってしまう。機械みたいに働いていたナイアが、こんな心配してくれるなんて、
夢にも思わなかった。
「ありがと。でもね。相手が相手だけにね。私も、迷い気味なのよね。」
 ファリアは、腕を組みながら考える。レイクは、自分の幸せを余り考えない。そ
れは、篭絡出来そうで、中々出来ない物だ。
「ファリア様らしくありません。ファリア様なら、ストレートに気持ちを伝えると、
思っていました。」
 ナイアは、不思議に思ってしまう。あれだけナイアやシャドゥなどには、気持ち
をぶつけて、心からの応援をしていたのに、自分の事となると、引き気味になる。
「うーーん。色々あるのよ。でも、ナイアの言う通りよね。」
 ファリアは、近い内に、自分の気持ちを伝える事を心に決めた。
「私、本当にレイクが好きなのか、色々考えたのよ。でもね。魘される程、自然に
出て来る様なら・・・本物よね?」
 ファリアは、昔に裏切られた経験がある。それだけに、どうしても慎重になって
しまうのだった。仕方の無い事だ。
「ファリア様。心を無にしても、まだレイク様の事が出て来る様なら、本物です。」
 ナイアは、手を胸に当てながら言う。そんな物か?とファリアは思う。それにし
ても、ナイアはプロポーションが良い。今のも嫌味なのか?と、思ってしまうくら
いだ。まぁナイアの事だ。そんなつもりは、毛頭無いのだろう。
(心を・・・無に・・・か。)
 ナイアは、目を瞑って、気を落ち着ける。しかし、レイクが無理をしないかとか、
レイクの昼間見せた、笑顔などが思い浮かんでくる。
(こりゃ・・・。本物かもね。)
 ファリアは、ちょっと恥ずかしくなってしまう。こんなに自然に、レイクを思う
なんて、ちょっと惚れ過ぎだと、自分でも思う。
「フフ。ファリア様は、顔に出過ぎですよ。その様子ですと、レイク様の事ばかり
考えてしまわれたのですね。」
 ナイアには、見透かされてしまう。やはり自分は、分かり易い性格なのだろうか?
素直じゃないのに周りからは考えてる事がバレてしまう。何と損な性格なのだろう
か?ファリアは自己嫌悪してしまう。
 うう・・・。ぐぅ・・・。
 二人は、緊張する。何と隣の部屋から、呻き声が聞こえた。この声は、レイクだ
った。何かに魘されていた。ファリアは、意を決したように飛び起きる。ナイアも
察したのか、扉を開ける。さすがに行動は、素早かった。
 二人は、他の部屋の者が起きないように注意しながら、レイクの部屋の前に立つ。
呻き声は、まだ続いていた。ナイアは、ファリアに目で合図すると、レイクの部屋
の扉を開ける。そして、ファリアが入ったのを確認して、扉を閉めた。
「うぅ・・・。済ま・・・ねぇ・・・。」
 レイクは、涙を流しながら魘されていた。ファリアは、そのレイクを見て、胸が
締め付けられる。間違い無い。レイクは、ジェイルの事で魘されているのだ。
「・・・まだ断ち切れないのね・・・。」
 ファリアは、レイクの枕元の近くに立つと、椅子を用意して座り込む。そして、
レイクの手を握ってやった。するとレイクは、顔の力が抜けていく。そして寝息を
立てるようになった。ファリアは、こんな些細の事でさえ、嬉しく思う。自分が役
立てる。レイクの苦しみを少しでも和らげられる。そう思うだけで嬉しく思った。
「ファリア様・・・。レイク様の苦しみを救えるのは、貴女だけです。」
 ナイアは確信していた。レイクは、このままだと、生涯苦しみの道を行くだろう。
その道を止められるのは、ファリアだけだと思っていた。
「不器用なのよ。私・・・。この人もね。」
 ファリアは、ニッコリ微笑むと、レイクの手を握り直した。するとレイクは、安
心したような表情になる。
「レイク・・・。ジェイルはね。貴方が苦しむために命を懸けたんじゃないのよ?
その意味を理解しなきゃ・・・。ジェイルが可哀想よ。」
 ファリアは、問いかけるようにレイクに言う。勿論レイクは、まだ眠っている。
だが、ファリアは、言わずには、いられなかった。
「・・・ファ・・・リア?」
 レイクは、目を薄っすら開けていた。どうやら、起こしてしまったようだ。と言
っても、まだ夢見心地だ。ファリアは、手を握ったまま微笑んでやる。
(この二人が、不幸な道を辿るなんて、嘘です・・・。)
 ナイアは、この二人こそ、これから幸せに、ならなければならないと思った。
「レイク・・・。私は、貴方の事しか見えない。」
 ファリアは、握る手に少し汗を掻きながら言った。こんな形で言うのは、卑怯じ
ゃないかと思う。でも面と向かって言える程、ファリアは覚悟が出来ていない。
「・・・ファ・・・リ・・・ア。」
 レイクは、まだ夢の中なのだろうか?だが、手を握り返すようになってきた。
「ファリア様。私は退出します。・・・貴女なら、大丈夫です。」
 ナイアは、励ますように一言付け加えると、素早く退出した。その心遣いが、嬉
しかった。ナイアは、本当に魔族なのだろうか?と思う程だ。
「レイク。・・・一人で苦しむのは止めて・・・。」
 ファリアは、表情が硬くなる。苦しむレイクの姿を見るのは、もう嫌なのだ。
「・・・。」
 レイクは目を瞑ったままだ。寝てしまったのだろうか?
「私も強くなるから・・・。絶対に、レイクの力になるから・・・。」
 ファリアは、祈るように言う。自分に出来る事は、レイクの心配事を減らす事だ。
「レイク。私、壊れそうなの・・・。レイクの事、考える度に胸が熱くなるの。」
 ファリアは目を瞑る。こんな形でしか言い出せない自分に、腹が立った。だけど、
もう我慢出来そうに無かった。そして目を開けると、手を握ったまま、こちらを見
据えているレイクの姿があった。
「・・・レ・・・イク・・・?」
 ファリアは顔が真っ赤になる。何を考えて良いか、分からない。レイクは起きて
いたのだ。と言う事は、今の言葉は、当然聞かれたと言う事になる。
「・・・ファリア。・・・俺は、生まれつきの罪人だった男だぞ?」
 レイクは、苦笑いしながら言う。その顔は無理をして、笑っている顔だった。
「・・・まだ・・・まだ、そんな事を言うの?・・・私に・・・私に、ここまで言
わせて置きながら・・・まだ、そんな事を言えるの!?」
 ファリアは、手を強く握りながら、目に涙を溜めていた。恥ずかしさもあるが、
それ以上に、レイクの言葉に、強いショックを受けたのだ。
「・・・そんな顔しないでくれよ。俺、どうして良いか、分からねぇよ。」
 レイクは、オロオロする。女性を泣かせてしまうなんて、レイクは生まれて初め
ての事だ。こんな時、何を言って良いのか、分からない。
「ああ!もう!なら、もう吹っ切れた!・・・あんな伝え方したから、余計に恥ず
かしかったのよ!冗談じゃないわ!」
 ファリアは目の涙を拭って口を尖らせる。その姿を見ると、いつものファリアだ
と思ってしまう。何とも失礼な話だ。
「レイク。私は、貴方が好き。もう、この事から逃げるつもりは無いわ。」
 ファリアは、真っ直ぐにレイクの顔を見て、言ってやった。負けん気の強いファ
リアならではの、告白であった。ファリアは表情こそ、気丈に振舞っていたが、手
は、ガタガタと震えていた。余程の覚悟で、言ったのだろう。
「レイク。貴方の答えを聞きたい。」
 ファリアは、口を硬く締めて、目は逸らさなかった。しかし、手は更に震えてい
る。この告白に、どれ程の気力を使っているのだろう?それが、レイクにはビンビ
ンと伝わってくる。ファリアの気持ちその物が、ズンと来る。
「・・・本当に俺で良いのか?・・・後悔しないか?」
「クドイわ。私は本気よ。気の迷いなんかじゃ、無いんだから!」
 ファリアは、魂の底から声を絞り出す。勿論、今は夜中なので大声は出せない。
だが、レイクには、確実に伝わるように絞り出したのだ。
「ファリア。正直な気持ちを言う。俺は・・・。」
 レイクは、ファリアを見つめる。そしてファリアの手を、強く握ってやる。
「最初、見た時から、お前に惚れていた。・・・だから嬉しい。本当に、万歳をし
たいくらいの気持ちだ。・・・俺には、もったいないくらい、お前は輝いている。」
 レイクは、ファリアに憧れていた。ファリアが、そうであったように、レイクも
同じ気持ちだったのだ。だから、伝えるのが怖かった。
「・・・だったら、素直に認めなさいよ!馬鹿なんだから!!」
 ファリアは、涙を隠さずに、レイクの顔を見る。嬉し過ぎて前が見えない。
「俺は、幸せになる資格が無いかも知れない。・・・でも、そんな俺を好きだと言
ってくれた、お前には、幸せになって欲しい。」
 レイクは、正直な気持ちを言う。自分のような奴を、好きになってくれた。なら
ば、気持ちには応えたい。幸せにしたいと、心から思った。
「レイク・・・。ハッ倒すわよ。」
 ファリアは、怒っていた。今のレイクの言葉が気に入らなかったらしい。
「レイクが幸せになれなきゃ、私が幸せには、なれないわよ。それくらい気付きな
さいよ!私だけ幸せになれなんて、残酷な一言よ。」
 ファリアは、レイクが、この期に及んで、自分を出さない事に対して、怒ってい
た。真剣に怒っていた。頼むから、レイクも自分を出して欲しい。
「・・・ファリアには敵わねぇな。なら、約束させてくれ。・・・俺は、自分の出
生を明らかにした時、自分を、大切に出来るんじゃないかと思ってる。だから、そ
れまで待ってくれ。俺は、このまま幸せになるのは、怖いんだ・・・。」
 レイクは、自分が何者か分からないまま、幸せになっては、いけないと思ってい
た。身元不明な自分が幸せになったら、身元が割れた時、自分で、無くなるかも知
れない。それが怖かった。変わりたくないからこそ、ハッキリさせたかったのだ。
「・・・分かったわよ。長くは、待てないわよ?」
 ファリアは、キッチリきつい事を言う。でも心は暖かかった。
「ファリア・・・。俺は、自分を取り戻す。そして、お前を幸せにしてやる。絶対
にだ。・・・もし、間違った方向に行ってたら、お前が正してくれ。」
 レイクは、それを頼める人間は、ファリアしか居ないと思っていた。
「馬鹿!今から、そんな弱気でどうするのよ!全く・・・。」
 ファリアは、そう言うと、目を瞑ってレイクの唇を奪う。レイクは最初こそ驚い
ていたが、その内、ファリアの気持ちに応えてやっていた。そして唇を離す。
「・・・これで、弱気は吹っ飛んだわよね?」
 ファリアは、そう言うと、ニコッと笑う。レイクは、恥ずかしがりながらも首を
縦に振った。ファリアは、その様子を見て、嬉しそうに笑って見せた。
 とても初々しい仕草だった。だが、その時間も大事にしようと二人は考えていた。
 なぜか、月が祝福してくれているような・・・そんな気分になった夜であった。



ソクトア黒の章1巻の6前半へ

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