NOVEL Darkness 2-4(First)

ソクトア黒の章2巻の4(前半)


 4、出会い
 まるで夢のようだった。
 子供みたいな殴り合い。
 そして、それをワクワクしながら見守る人々。
 全てが、セピア色の夢のようで、色褪せないか心配だ。
 だが、あの闘いが、夢な訳が無い。
 魂を込めて、闘い抜いた。
 互角に殴り合いをすると言うのが、こんなに楽しかった物だったとは・・・。
 子供の頃の夢が、叶ったのかも知れない。
 俺は、子供の頃、ひ弱だった。
 ひ弱なのに、信念を曲げない奴だったので、父に良く怒られたものだ。
 妹が心を閉ざした時も、何ヶ月も説得して、心を取り戻したっけ。
 妹が病弱だったので、俺は強くならなきゃって思ったっけ。
 父が俺より、妹を気に入るのは必然だと言っても良かった。
 俺は遠慮がちなのに、いざと言う時に意見を曲げない、石頭だったからな。
 妹は、要領良く立ち回って、相手を立てるのが上手かった。
 でも、それは俺が悪かったんだ。
 父の事は、どうしても好きになれなかった。
 俺を叱るからじゃあ無い。
 俺の事は、余り構ってくれなかったからだ。
 その癖、帝王学だけは習えと言う。
 思えば、何もかもがおかしかった。
 そんな中、俺の心を満たしたのは、強さだった。
 妹を守る強さが欲しい。
 負けないための強さが欲しい。
 そればかり考えていた。
 俺は、中学に入る直前に、爺さんに、それを打ち明けた。
 爺さんは、高名な格闘家で1000年も続く名門の空手家だと言う。
 だが、爺さんは、歳なのに継承者が決まって居ないと言う。
 俺に本当のやる気があれば、継承者にすると言った。
 俺は迷った。
 これ以上無い申し入れだった。
 伝記の頃から続く空手は、ほとんど負けた事が、無い流派だった。
 これを身に付ければ、妹を守る事だって、出来るかも知れない。
 誰よりも強くなる・・・これも、叶うかも知れなかった。
 だが、この申し出を受ける以上、親元から、離れなければならない。
 父に未練は無いが、妹を一人にして、良い物だろうか?
 散々迷って、俺は、ついに妹に打ち明けた。
 すると妹は、しばらく考えて、こう言った。
『私は、目標を諦める人を、兄とは呼べません。』・・・と。
 妹に、こう言われたら、もう断わる理由は無かった。
 父には、かなり怒られたが、説得の末に、爺さんの下に行く事になった。
 子供の頃、誰よりも強くありたいと願った。
 そして、思う存分、闘いたいと思った。
 それを俺は、満喫している。
 こんな幸せな事は、無かった。


 子供の頃の夢を見たかも知れない。
 そんな中で目が覚めた。周りは結構暗い。俺は、決勝で俊男に・・・勝ったのか?
それすらも分からない。それに、ここは天神の家だ。どうなってるんだ?ダイニン
グの方が、明るい。今は、とりあえず情報が欲しい。
 俺は、ふらつく頭を抱えながら、ベッドから降りる。そして扉を開けると、ダイ
ニングの様子が、おかしい事に気が付く。何だか、いつもより賑やかだ。俺は階段
を恐る恐る降りていく。そして、ダイニングをノックすると、喧騒は止んだ。
 何があったんだ?ここから先は、何があるんだろう?
「そのノック。兄様ですね?」
 恵の声がする。何やら、緊張してる様子だ。
「ああ。起きたんで、下に来たよ。」
「そうですか。なら、お入り下さい。」
 恵が誘う。俺は、少し躊躇ったが、ダイニングのドアを開ける。そこには、信じ
られない光景があった。
「瞬君!見せてもらったわよ!!」
「兄様ったら、すっかりお休みでしたのよ?」
「いやぁ、負けちゃったよ。さすが瞬君だね。」
 ダイニングに江里香先輩、恵、俊男。いや、それだけじゃない。よく見ると、伊
能先輩、榊 亜理栖先輩、紅先輩、それに校長まで居る。いや、中庭を見ると、使
用人や、仲の良いクラスメートまで居る。何のパーティーだ?
「あはは!瞬さんったら、固まってますよー。」
「葉月。瞬様は、お疲れの所で来たのですよ。反応が鈍いのを、指摘しては、可哀
想ですよ。」
 屈託無く話し掛けてくるのは葉月さん。心配しているようで、酷い事を言ってる
のは、睦月さんだ。よく見ると、垂れ幕が下がっていて、『天神家 祝勝パーティ
ー』と書いてある。確かに恵は、勝ったら祝勝会をやると言ってたが、こんなに、
大掛かりだったとはね。
「はっはっは!お前の妹から、是非に参加をと言われてな!面白そうだから、来て
やったぞー!ワシも紅も、病院から許可貰って来たんだ。感謝しろよ。」
 伊能先輩は、実に楽しそうに話す。なんだか、こう言うパーティーに呼ばれない
と、反対に機嫌を悪くしそうだ。
「勝利者である君を称えるパーティーとなれば、行かなくてはな。負けたからな。」
 紅先輩は、細めで睨んでくる。俺は、冷や汗を浮かべながら笑う。
「見事な勝利。わしは感服したぞ!」
 校長先生は、心底喜んでくれてる。何だか嬉しい限りだ。・・・って事は、俺は
俊男に勝ったんだな。やっと実感が沸いてきたぞ。
「あんた等、兄妹に、良い所持ってかれちまったからね。今度は、負けないように
本家で鍛えてくるから、楽しみにしてなよ?」
 榊先輩は、実家の本格的な護身術を身に付ける気で満々だった。それにしても、
榊先輩は、近眼らしく、眼鏡を掛けていた。目付きが悪く見られがちなのは、眼鏡
を外した時に、視界がぼやけるからだそうだ。とは言え、試合に支障が出る程度で
は無いと言う。何でも動体視力は1.5以上だと言う話なので、大丈夫なのだとか。
「いつでも、お相手しますわ。」
 恵は、本当に、いつでも良いと言った感じだった。恐ろしい・・・。
「相変わらず、自信アリって所ね。ま、悔しいけど認めるわよ。それに、瞬君が勝
ったから、空手部主将的には、問題無いしねー。」
 江里香先輩は、こちらにブイサインを出す。俺は、乾いた笑いを浮かべながら、
それに応えた。そっかぁ。勝ったんだ。
「瞬君。僕は、本当に楽しかった。あの試合は忘れられないよ。また精進しようね。」
 俊男が、殊勝な事を言う。でも、俺が勝ったんだ・・・。
(その通りだ。その後、気絶するとは思わなかったがな。)
 アンタ、居たのか。アンタが教えてくれても、良かったじゃないか。
(疲れている時に、声を掛ける程、野暮では無い。どうやら、元気になってきたよ
うだな。試合が終わった直後は、グッタリしてたぞ。)
 ああ。皆の顔を見たら、元気になってきたよ。
(ふむ。その心掛けは、忘れぬ事だな。)
 皆、祝福にしてくれるなんて・・・有難いなぁ。
(戦友は、幾ら居ても、足りぬ物では無いぞ。)
 そうだな。皆、俺と恵のために、集まってくれてるんだからね。感謝しなきゃい
けないな。
「お二人共、凄かったです!私、もう嬉しくて♪」
 葉月さんは、いつになく浮かれていた。
「全く、葉月ったら・・・あんなに、はしゃいで。試合を応援しに行く許可なんか
出すんじゃ無かったわね。」
 睦月さんは、呆れながら葉月さんの方を見る。葉月さんは踊りながら、仕事して
いる。あれで、良くトレイとか落とさない物だ。睦月さんだって、葉月さんから逐
一報告を聞いてたのだ。俺達の事を、この屋敷から応援してくれたんだろう。
 皆が居る。そこに加わるだけで、楽しい気分になる。今日の闘いが嘘のようだ。
それだけ充実していた。俺も積極的にパーティーを楽しんで、皆に話し掛ける。時
間が、止まれば良いと思う程、楽しかった。俺達を祝うパーティーは、いつの間に
か、皆が楽しむための場と化して、大いに楽しんだ。
 俺は、やっと主役から解放された。もう充分に楽しんだし、皆も、祭りの余韻を
楽しんでいると言った感じに変わってきた。俺は、中庭の木陰で休んでいると、恵
が、やってきた。恵は、パーティードレスをしていた。俺のように、普段着じゃな
い。さすがは、お嬢様だ。
「お疲れですか?」
「ははっ。こんな疲れなら、大歓迎だよ。お前こそ大丈夫か?」
 俺は、発作の事も含めて尋ねる。
「そんな野暮な発作は、押さえ込んで見せます。と言いたい所ですが、本当に、大
丈夫ですわ。この頃、安定しているので、発症は酷く無いんですのよ。」
 それなら一安心だ。やっぱ恵の事は、一番に守らなきゃいけない。その中で、手
伝えないのが、例の発作だ。でも、調子が良いのなら、俺としても歓迎だ。
 ん?なんだアレ?一際、目立つ人が居るな。
「恵。パーティーって、外人さんとかも居るのか?」
「居ますわ。兄様は、ピンと来ないかも知れませんが、サキョウは、外人街と言う
街も構成される程、外人に対して寛容ですからね。そこにも招待状を配りました。」
 俺は恵に聞いてみる。ガリウロル以外の出身の人を、外人と呼んでしまうのは、
ガリウロル人の悲しい性であろうか?それにしても、目立つなぁ。その人は、銀髪
と言う特殊な色の髪の持ち主だった。歳は初老くらいだろうか?俺が、その人を見
てると、その人も、こちらに気が付いたようで、こちらに向かってきた。
「初めてお会いする。今日の主役に会えるとは、幸運の極み。」
 その人は、気さくに話し掛けてきたが、何と言うか、風格のある人だった。
「あ、こちらこそ初めまして。俺は、天神 瞬です。」
「申し遅れました。この館の主、天神 恵ですわ。ゆっくりして行って下さい。」
 俺と比べて、完璧な答えを返す恵。さすがお嬢様だ。
「主人でしたか。これは、ご無礼した。私はゼハーンと申します。以後、お見知り
置きを。このような宴にご招待戴き、大変、光栄に思いますぞ。」
 目の前の人が、畏まって挨拶をする。主人が出迎えるとなると、やっぱ違う物な
んだな。それにしてもゼハーンさんか。随分、落ち着いてる人だ。
「ゼハーンさん・・・でしたっけ。銀髪っての、俺、初めて見ました。」
 俺は、正直な感想を述べる。すると恵から、肘打ちを食らう。
「兄様ったら・・・。初対面の方に、何て事言うのよ。」
 恵は呆れていた。今のは、正直過ぎたかな・・・。でも、不思議なんだから、し
ょうがないじゃないかよぉ。
「ハッハッハ。構いませぬよ。この髪のせいで、奇異に思われる方は多いですから
ね。外人街でも、銀髪は結構少ないから、仕方の無い事です。」
 ゼハーンさんは、笑い飛ばす。意外に話せる人だ。険しい顔をしているけど、柔
和な感じもする。何て言うか・・・包容力のある人だ。
「全く・・・。申し訳御座いませんわ。」
 恵が呆れながらも、謝ってくれてる辺り、人が良いな。
「それにしても、試合を見させて戴きましたが、若いのに、良い試合をなさる。感
心しましたよ。」
 ゼハーンさんは、素直に褒めてくれた。そう言われると、ちょっと嬉しい。
「瞬殿は、テレビでも拝見させて戴いた。鍛えに鍛え上げた拳。中々に、見所があ
りましたよ。」
 ゼハーンさんは、テレビも見てくれてたらしい。やっぱ、あの放送の効果って、
大きいんだな。爺さんが勧めてくれた最後の大会だが、出て、後悔したと言う事は
無い。
「貴方達は、若いのに闘気を上手く使いこなす。素晴らしい事です。」
 ん?この人、今『闘気』の事を、話さなかったか?
「へぇ。驚きましたわ。闘気の事を話す人は、少なかったですから。」
 恵は感心していた。恵も闘気の事を知っていたのか。まぁ、恵ともあれば、当た
り前かも知れないな。
「瞬殿は、余りある闘気を、惜しみなく発揮して優勝をしましたね。それに比べ、
恵殿は、インパクトの瞬間だけ高めた闘気を使っておられた。見事ですな。」
 ・・・なんだって?恵は、闘気の事を知ってるだけじゃなくて、使いこなしてい
たのか?目に見えるような瞬間では無く、インパクトの瞬間だけ使っていたのか。
「・・・本当に驚きましたわ。そこまで見抜いたの、決勝で闘った江里香先輩と、
貴方だけですわ。」
 恵は事も無げに答える。江里香先輩も、気付いていたのか。いや、先輩の事だ。
先輩も、同じような闘気の使い方をしていたの違いない。
「言うなれば嵐の如き、瞬殿と突風の如き、恵殿と言った所でしょうな。」
 ゼハーンさんは、かなり的を射た事を言っている。
(詳しいな。何者だ?恵殿が、闘気を使用していたのを見抜いたのは、てっきり私
だけかと思ったのだがな。中々に鋭い・・・。)
 アンタも見抜いていたのか。まぁ、アンタなら納得出来るけどさ。あの人、何者
か分かるか?知り合いとかじゃ、無いよな?
(む・・・。記憶に無いな。だが、この男の闘気を探ってみろ。良い物を持ってい
る。分析だけでは無いぞ。この男。)
 ゼーダが言う通りに、探ってみるか・・・。この人、隠しているけど、確かに凄
い物を持っていそうだ。さすが、スラスラ言うだけある。
「中々良い例えですわね。素晴らしいですわ。・・・では、それに敬意を表して、
天神家の当主として、用件を伺いましょう。」
 恵は突然、当主の口調で、しゃべり始める。何だか他人行儀だな。って言うか、
この人は、最初から用件があって、ここに来たのか?
「若いのに、察しが良くて助かりますな。では、本題に移らせてもらいますぞ。」
 どうやら恵の予測は、当たっていたらしい。こんな事まで見抜くなんてなぁ。
「恵殿のツテで、私と同じ銀髪で、貴方達と同じくらいの年齢の者は居ますか?」
 ゼハーンさんは真面目な目になる。あれは、嘘は吐かせないと言う目だ。
「・・・正直に言うと、ありませんわ。我が天神のツテは、テンマやアズマにも及
んでいますが、そのような情報は、聞いた事がありません。」
 恵は、隠し事をしてないようだった。
「なるほど・・・。となると・・・ジュダ殿の情報の通り・・・あそこか。」
 ゼハーンさんは、小声で溜め息を吐く。ここに居て欲しかった様な感じだ。
(瞬よ。待つのだ。今、この者は、聞き逃せない事を言った。)
 は?何か言ったっけ?
(『ジュダ』と言う単語が出てきた。もしやと思うが・・・。この者に、そのジュ
ダと、何処で出会ったか尋ねるのだ。)
 何か失礼な感じがするけど、アンタが、そこまで必死なのも珍しいし、聞くか。
「ゼハーンさん。ええーと、つかぬ事お伺いしますが、今言った、ジュダって人と
は、何処で会いました?」
 俺は、なるべく自然なように見せ掛けて話してみる。だが、ゼハーンさんは、そ
の問いを聞いた後、こちらを凝視してきた。
(この様子だと間違いない。この者が会ったジュダは・・・竜神ジュダだな。)
 竜神?って・・・ええーと・・・確か伝記で出てきた、俺達人間に味方した神だ
っけか?そんな人の名前が、どうして出てくるのさ。
(私の方が、聞きたいくらいだ。とにかく、聞き出してみるのだ。)
 ちぇっ。強引だな。まぁ、只ならぬ情報って事か。
「瞬殿は何処で・・・いや、その様子だと、貴方も只者では無いのでしょう。」
 ゼハーンさんは、一瞬俺を疑ったが、すぐにそれを止めた。そして、その後に、
決意ある目を、こちらに向ける。
「恵殿。詳しい話がしたい。個室を頼めるか?」
 ゼハーンさんは、恵を見て目配せする。要するに、誰にも聞かせたくない話をし
たいと言う事だろう。そんなに、重要な事なのか?
「あります。2個隣の部屋が、商談室になっています。防音も完璧ですわ。」
 恵の言葉を聞くと、ゼハーンさんは安心する。そして、恵と俺は、当然のように
2個隣の部屋に向かっていく。そして、着くと、すぐに鍵を閉めた。
「お気遣い感謝する。そして、今から話す事。他言無用で願いたい。」
 ゼハーンさんは、念を押す。
「天神家当主の座に、誓いましょう。」
「俺は天神流空手の継承者の名に、誓います。」
 恵も俺も、こう言う時は、自分の立場を充分利用した方が良い事を知っている。
「分かりました。ならば、聞いてもらいたい。」
 ゼハーンさんは、静かに眼を閉じる。
 そこで聞かされた事は、正に呪いの記憶。まず、ゼハーンさんが、セントに追わ
れてる立場だと言う事を聞かされた。その理由は・・・何とゼハーンさんが1000年
続いてる家系である英雄ユード家の子孫だからだと言われた。英雄が、何で追われ
ているのかは、トップシークレットだったらしいが、恵は、聞いた事があるようだ
った。当時は、大々的に報道された英雄の反乱の話だった。発端は、ユード家の近
くで流行った放火だった。その犯人を追う内に『鳳凰教』と名乗る一派に出会う。
そして、その一団を率いるゼリンに出会った。ゼリンは、鳳凰神の子供を名乗って
いて、人々に今の世の中を打開させる事を、解いていたのだと言う。言われてみれ
ば、15年前まで、こんなあからさまな発展は無かった。それも、関係あるのかも
知れない。
 そして、鳳凰教を辛くも逃げ出すが、そのショックで、元々体の弱かった、ゼハ
ーンさんの奥さんが、死んでしまう。その出来事が切っ掛けで、反セントの狼煙を
上げて、父親のリークと共に、旗揚げする。それこそが英雄の反乱であった。
 破竹の勢いで進むが、セントの門の前で、恐ろしい出来事が起きる。受け継がれ
てきた最高の力である伝説の剣を持ってしても、ソーラードームは打ち破れなかっ
たのである。そして、虐殺が始まった。セント反逆罪の名を借りた、虐殺だ。それ
を見兼ねたゼハーンさんは、投降する道を選ぶ。だが、父親であるリークが、ゼハ
ーンさんを、文字通り体を使って、庇って壮絶な死を遂げた。その最期の言葉が、
『生き残る』と言う事だった。ゼハーンさんは、何とか逃げ延びたのだが、投降す
る際に、取引にされた息子が、最悪な事に『絶望の島』に流刑になった事を、知っ
たらしい。
 だから、『絶望の島』に近い、ガリウロルで聞き込みをしていたのだと言う。こ
の15年間の調べで、息子が、生きていると言う事は、掴んだらしい。その途中で、
色々な事があったが、命を狙われながらも、何とか逃げ延びて来たのだと言う。い
つか、『絶望の島』まで行って息子を取り返すつもりで居たが、チャンスが訪れな
かったのだと言う。『絶望の島』は完全なる孤島だ。あそこの警備体制は、恐ろし
く厳重だった。
 せめて、いつでも救いに行ける様に、1000年前から伝わる不動真剣術に磨きを掛
けていたら、本当に、突然声を掛けられたのだと言う。声を掛けてきた男が、ジュ
ダだった。彼は、ここ最近に来て、ソクトアの現状を把握するべく、やってきたの
だと言う。そのジュダが言うには、ゼハーンに似た、若い男を、魔炎島と呼ばれる
地図に無い島で見掛けたのだと言う。ジュダは一目で、ゼハーンを、その若い男の
父親だと見抜いて、事情を聞く内に、納得したのだと言う。
 そしてゼハーンさんは、ついに魔炎島に向かう貿易船の存在を発見して、正に行
く途中だったのだと言う。しかし、微かな望みを懸けて、ガリウロルに居ないか調
査していたのだと言う。そこに、このサキョウでの盟主である天神家を訪ねたと言
う話だ。俺の事なども調査で知っていたので、さほど驚きはしなかったのだと言う。
(なる程な。ジュダも、痺れを切らしてソクトアにやって来たと言う事か。)
 何だか、俄かに信じ難い話が多いけど・・・アンタと言う存在があるおかげで、
こんなにアッサリ信じてる、自分が怖いぜ。
「私の話は、こんな物です。ジュダ殿とは、本当に山奥で修行していた時に、突然
出会い申した。正直、魔炎島の話も、本当かどうか分かりませぬが、望みがあるの
なら、それに賭けてみようかと思っている所なのです。」
 ゼハーンさんは、僅かな望みに、全てを賭けている感じだった。
「確かに、信じ難い話ばかりでした。ですが、事実が、かなりあります。しかも、
当主で無ければ、ほぼ知らない事実がです。」
 恵は、落ち着き払った声で言った。恵は、鵜呑みにまでしていないが、全く嘘ば
かりでは無いと、思っているようだ。
「それは、英雄の反乱でのソーラードームでのやり取り。これは、報道されて居な
いですが、当主として、今の話と似たような話を聞かされた事があります。全てが
効かない得体の知れないバリア。それがソーラードーム。・・・そして、魔炎島。
これは、実際に存在します。一部当主でしか知らない事実ですが、ガリウロルでは、
密かに、魔炎島と貿易を続けているのです。この事実を知っていると言う事は、稀
有に値します。」
 恵は事実を述べる。・・・なる程な。実際に有った事だったんだな。恐ろしい話
だ。ソーラードームの話もぶっ飛んでるが、魔炎島なんて、魔族が住んでいる何て
言われても、信じられねぇぜ。
「些か、出来過ぎた話かも知れません。でも、信じるに値する話です。貴方の話を
信じましょう。・・・信じるに当たって、貴方の貿易船のチケットを、貸してもら
えるかしら?ちょっとした、手を加える事が出来ますわ。」
 恵は、サインペンを持ってくる。何かするつもりらしい。ゼハーンさんは、聞い
てくれた事に敬意を表したのか、チケットを、取り出す。
「このチケットを手に入れるなんて、中々の執念ですわ。ええと・・・ここに私の
サインを入れましょう。」
 恵はチケットの裏の空欄に、サインを加える。
「これで、怪しまれずに、乗船出来ますわ。貴方の息子さんの捜索が、上手くいく
様に願いも、込めて置きましょう。」
 恵はサインを書いたチケットを、ゼハーンさんに手渡した。やっぱ、天神家の当
主ってのは、凄いんだな。こんなサインでも、通行手形みたいになっちまうのか。
「忝い。正直、怪しまれたら、どう切り抜けようか考えていた所だ。」
 ゼハーンさんは、おっかない事を言う。この人なら切り抜けるんだろうけどな。
「私にとっても、色々と知らない事実が含まれていて、興味深い話でしたから、構
いませんわ。竜神が、色々調べてるってのも、興味が深いですわ。」
 恵の奴、こんな話すら面白がるだなんて、随分と、強心臓なんだな。
「ま、その竜神ジュダってのも、何かしら用があるんだろ?」
 俺は、肩を竦めて答える。
「不思議ですな・・・。貴方達は、神や魔族の存在を信じるのですな。」
 ゼハーンさんは、ビックリしたような顔付きをする。
「私も神は存じ上げませんが、魔族なら、貿易相手として知っていますからね。最
も、200年前の証文とか無かったら、信じられなかったかも知れませんわ。」
 恵は、引き出しから今の証文と、200年前の証文を見せる。その相手は、筆跡
も何もかも、一緒の相手だった。
「なるほど・・・。証拠まであるとは・・・。ますます、その島には興味が湧いて
きましたぞ。」
「そんな物まで残っているとはな。・・・俺の方は、天神流空手に伝わる絵巻に、
そのような話が書いてありますからね。」
 俺は、さすがにゼーダの事は伏せておいた。それに天神流の絵巻に魔族の話や、
神の話が載っているのは、本当の話だ。
「ふむ。貴方達に話して良かった。・・・ついでに、頼めますかな?」
 ゼハーンさんは、まだ何か頼みがあるようだった。
「受けられる事なら、引き受けますわ。」
「俺も、出来る事なら、やります。」
 恵は断わらないだろう。ならば俺だって、断わる理由は無い。
「私の息子は・・・生きていれば、貴方達と同年代の筈なんだ。もし、会えたら、
仲良くしてやってくれないか?」
 ゼハーンさんは、当主としてでは無い。息子と同年代の友として、接してくれと
頼んでいるのだ。俺の答えは、決まっていた。
「断わる理由が無い。貴方に似ているのなら、友達になれますよ。」
「ま、誠意ある相手なら、断わる理由は御座いませんわ。」
 俺も恵も同意見だった。ゼハーンさんに似てるなら、信念を大事にする奴なんだ
ろうなと、勝手に予想を付ける。
「しかし、ゼハーンさんの息子さんなら、強いんだろうなぁ。」
 俺は、ついそんな事を思ってしまう。悪い癖だ。
「今は、貴方の方が強いでしょうな。何しろ、碌な訓練を受けていない。でも、あ
の子は、祝福された子なんだ。誰よりも強くなる・・・そんな気がするのだ。」
 ゼハーンさんは、本当に息子の事を愛している。息子が、そこまでの器だと信じ
ているようだ。あながち嘘でも無いんだろう。
「それは、別の意味でも楽しみですわ。」
 恵が笑う。何て怖い笑みを浮かべるんだ。止めた方が良いぞぉ・・・。
「そろそろ私は、ここを去ろうと思う。本当に、色々世話に、なり申した。」
 ゼハーンさんは礼をする。どうやら、帰るようだ。そろそろパーティーの方も終
わりに近いし、良い時間だろうな。
「何かあったら、また、寄って下さると光栄ですわ。」
 恵は、ドレスの裾を掴みながら、挨拶する。何て優雅だ。
「あ・・・。ゼハーンさん。その息子さんの名前は?」
 俺は、気になっていた事を尋ねてみた。
「レイク・・・。レイク=ユード=ルクトリアだ。」
 ゼハーンさんは、教えてくれた。何て淀みの無い名前なんだと思った。
 不動真剣術継承者、ゼハーン=ユード=ルクトリア。その名を忘れる事は、出来
なかった。そして、その息子、レイク。いつか出会う予感がした。


 あの大会から、早1ヶ月程、経った。あの大会での影響力は、凄まじい物があっ
て、あれからと言う物の、空手部は入部希望者が、かなり増えた。江里香先輩だけ
じゃない。俺の活躍が、結構響いているのだとか・・・。そう言えば、パーズ拳法
部も、かなり人が増えたと言う話を聞いた。やっぱ影響力あるんだな・・・。
 その後も、高校空手選手権とかでも、優勝を飾った。言っちゃ悪いが、俺や江里
香先輩と、稽古している部員は、かなりのスピードで強くなっている。レベルが違
っていた。おかげ様で、空手の新名門とまで呼ばれるようになったとか・・・。
 無論、そんな事態になっても、寝てる間の特訓は欠かさない。毎日のようにゼー
ダに起こされて、特訓させられている。あのゼハーンさんの話を聞いてから、やる
気が倍増したような感じだ。ゼーダ曰く、俺の当面の敵は、見当がついた様だ。つ
まりは、こんな世界にした張本人と言う意味だろう。ゼーダの予測では、ゼリン1
人で起こした事では無いのだと言う。ゼリン1人で、ここまで用意するとなると、
500年は、後の出来事になっていたに違いないのだとか。ゼリンに手を貸した奴
が、必ず居ると言う話だ。それに対抗するためにも、俺のレベルアップは、必須な
んだとか。
 俺も慣れた物で、簡単な魔法なら、既に使えるようになっているし、『源』の概
念も、理解出来てきたので、忍術なんかも、使える筈なんだとか。詳しいやり方は、
榊家に行った方が早いとゼーダは言う。榊家ねぇ・・・。榊と言えば、亜理栖先輩
が、分家で、サキョウに構えている筈だ。その一方で、神気なども、教えてもらっ
た。ゼーダは、常人では扱えない力が神気なのだが、俺は生まれつき、神気が扱え
る体なんだとか。その相性の良さを見抜いて、俺に取り憑いたんだと言う。俺の体
は、伝記で言う所の『天人』に近いんだという。俺の家系に、天人の血を引いてる
者が、必ず居る筈だと言われた。そう言えば、家系図なんて見た事無かったな。
 天人と言うのは、天界に暮らす人間の事で、神気を使いこなす事に長けた人間が
神と一緒に住んでいるのだと言う。限りなく神と近い位置に居るので、神気の影響
を、かなり受けていて、人間の数十倍の神気を使えるのだと言う。他にも、『聖人』
と言って、神気を使うのに長けた人々が居るが、天人程、使いこなせる訳では無い
のだと言う。
 俺に、そんな血が流れているとは思えなかったが、魔力の時よりも、簡単に神気
が使えた事から見ても、ゼーダの言う事に、間違いは無さそうだ。それにしても、
誰が天人だったってんだ。
(その神気の強さから言って、遠く無い人物。お前が、名前も知らないと言った母
親が、一番怪しいな。家系図を、見せてもらうと良い。)
 ゼーダは簡単に言ってくれたが、恵が、家系図を見せてくれるとは限らない。前
に恵に頼んだが、家系図は、天神家の歴史なので当主以外には、見せられないんだ
とか。軽い気持ちで、言って欲しく無いような感じだった。
 まぁ、今すぐ見なきゃいけないって訳でも無いので、深く追求するのは止めにし
て置いた。ゼーダは文句を言っていたが、妹と、争うつもりは無い。
 そんなこんなで、俺は学園生活を満喫していた。今日も、空手部で実戦さながら
の訓練をして、江里香先輩と、ギリギリの稽古をした。そして、いつものように俊
男や恵と、待ち合わせて江里香先輩と一緒に下校する。家に帰れば、恵との手合わ
せをやって、葉月さんや睦月さん相手に、組み技の特訓をするんだろうな。
 と、考えていたら、突然、道を塞ぐ奴が居た。それに、ソイツは、1人じゃ無か
った。30人程居るだろうか?これだけ数を用意してるって事は、俺達に、用事が
あるに違いない。
「何のつもり?」
 江里香先輩は、周りを見下ろす。口調は穏やかだが、目は笑ってない。
「テメェに用はねぇよ。あるのは・・・天神 瞬!お前だ!」
 何だか、リーダー風の奴が話し掛けてきた。うちの制服にしては、学ランが長い。
あれが不良ご用達の、長ランと言う奴なんだろうか?
「俺に?アンタに会った事は、無いんだが?」
 俺は思い出そうとするが、思い出せない。絡まれるような事をした覚えも無い。
「ここじゃ、なんだ。川原に行く。付いて来い。」
 ソイツは、勝手に用事だけ言うと、川原の方に向かう。
「どうするおつもり?」
 恵は、俺に聞いてきた。恵の取り巻きの女生徒は、ガタガタ震えながら、後ろの
方に居た。その方が安全だ。
「ああ。貴方達は、帰って良いわよー。用事があるのは兄様だけらしいですからね。」
 恵は笑顔を振りまくと、女生徒は、本当に申し訳無さそうに、謝りながら逃げて
行った。良い判断だ。不良達に絡まれたら、いけない。しかし有名になるってのも、
考え物だな。こう言う事が増えるのは、宜しくない。
 俺達4人は、とりあえず川原まで着いてきた。結構、良い広さの野原があった。
そこで、リーダー風の奴が足を止める。
「瞬君が、何かしたのかい?」
 俊男が、後ろから尋ねてくる。
「島山!!俺は、テメェにも用がある。」
 どうやら俊男にも、矛先が向けられているらしい。
「何を怒ってるのか知らないが、用件を言ってくれないか?」
 俺は話し掛ける。
「テメェ、ボスに向かって、何て口の聞き方だ!!?」
 不良の1人が、俺の襟首を掴む。まぁったく・・・余計な事をする。俺は、軽く
裏拳で、その不良の顔面を叩くと、一発で、失神してしまった。まぁそれくらいに
なるように、調節したんだけどな。
「何しやがる!!」
「止めろや!!用があるのは、俺なんだぞ?」
 リーダー風の奴が叫ぶと、不良達は大人しくなった。どうやら、このリーダーだ
けは、別格の強さを持ってるようだ。
「よーし。よく聞け。俺の名前は、外本(ほかもと) 勇樹(ゆうき)だ。」
 リーダー格の奴が名前を言う。はて・・・どこかで、聞いた事があるな。
「・・・なる程ね。貴方は、あの外本さんの息子でしたか。」
 俊男が察する。・・・ああ!思い出した!空手大会で、俊男と準々決勝で闘った
相手が、確か外本 稔(みのる)・・・。そう言う事か。
「思い出したようだな。親父は、アレ以来、夜も魘されてる。俺には、悔しくて悔
しくて堪らねぇ日々だったぜ。」
 勇樹は、拳を作って震わせる。
「あー。あの羅刹拳の外本。あれが、貴方の父親だったのね。」
 江里香先輩も、思い出したようだ。さすが父親が解説をしてただけある。
「それで?殊勝にも、親の敵討ちって訳?中々、良い趣味ですわね。」
 恵は鼻で笑う。容赦無いなぁ。
「女!!てめぇ、馬鹿にするんじゃねぇ!!」
 不良が襲い掛かってきたが、恵は、その腕を掴むと、手を返すだけで不良を転が
す。そして倒れた所に、鳩尾に踵を突き込む。本当に、容赦が無い。
「ごめんなさいな。制服が汚れると嫌だったので・・・ついね。」
 恵は埃を払う。さすがだ。優雅過ぎる。
「貴方の事情は分かった。確かに僕が倒したせいがあるんでしょう。でも・・・何
で、瞬君になんです?」
 俊男が尋ねる。確かに、敵討ちが理由なら、俊男に矛先が行く筈だ。
「お前、そこの天神に2度も負けただろ?羅刹拳が最強だって示すには、天神を倒
さなきゃ、駄目って事じゃねぇか。」
 うわぁ・・・。安直な理由だ。そんな理由で絡まれるなんて、俺もついて無いな。
「手厳しい事を言うなぁ。まぁ確かに負けたのは、本当だしね。」
「馬鹿言うな。言っとくけど、俺と俊男は、実力的に、ほとんど差はねぇぜ?お前、
試合を見て無いだろ?」
 俺は指摘してやる。さっきから、不良達が簡単に絡んでくる理由として、俺達4
人の試合を、見て無いんだろうなと思うのが普通だ。じゃなきゃ、簡単に絡んでく
るとは、思えない。
「けっ。煩いな。男なら、腕っ節で勝負で良いじゃねぇか!」
「言うね。受けて立とうじゃないか。」
 俺も、そこまで言われて、下がる理由は無い。
「天神以外は、用無しだ。おめぇら、畳んじまいな!!」
「うぉーーー!お前ら、澄ましてやがったから、気に入らなかったんだよ!!」
 不良達は、勇樹の声に反応して、江里香先輩達に襲い掛かる。
「あっ・・・。おい!止めとけって!」
 俺は忠告だけして置く。無駄なんだろうけどな。
「へっ。今更、後悔しても遅いぜ!!」
 勇樹は、俺に飛び掛かる気満々だ。・・・ま、良いか。
「言っとくけど・・・俺は、忠告したからな?」
 俺は呆れる。悪いが、この程度の相手で30人では、後ろの3人を相手するのに
は、少な過ぎる。3人は、それぞれ背中を合わせて、無茶苦茶怖い笑顔を浮かべて
いた。ありゃ、手加減する気は無さそうだな。
「30人くらいか。じゃぁ、トシ君、15人程、頼める?」
「1人10秒で、2分半って所ですね。」
 江里香先輩と俊男は、人数の話をしている。
「じゃ、江里香先輩と私で、競争します?」
「面白いわね。どっちが先に8人倒すかで、良いわね?」
 何て逞しい恵と江里香先輩の会話なんだ。何の心配も要らないな。楽しんでるよ。
あの3人は・・・。じゃ俺は、勇樹の相手をするか。
「余裕だねぇ。・・・俺相手に、警戒する必要は無いってのか?」
 勇樹は指先の形を丸める。確かに羅刹拳の構えだ。指先の力だけなら、神城にも
迫ろうって勢いだな。でも、切れ味が無いな。
「警戒して無い事は無い。だが、実力が違い過ぎるな。」
 俺は極めて冷静に声を出す。無駄な闘いは避けたい。とは言え、勇樹の場合、闘
わないと、納得しないんだろうな。
「余裕じゃねぇか!!俺を舐めて掛かった奴は、この指で全て倒してきたんだ!!」
 勇樹は燃え上がるような目で俺を見る。なる程。怒りを闘気に変えたか。格闘家
は、知らず知らずの内に闘気を使用する事があるからな。だが、コントロールが、
まだ甘い。それでは、俺には勝てない。
 勇樹は、指先で襲い掛かってくる。だが、それだけでは、敵わないと思ったのか、
蹴りも多用してきた。横で3人の様子を見ると、既に3分の2は倒しているようだ
った。思ったよりも早いな。さすが対抗戦の、優勝者と準優勝者だ。
「何でだ!!何で当たらねぇんだ!!」
 勇樹は、思ったように物事が行かないので、イライラしていた。無理も無いな。
今まで、負けた事が無かったのだろう。このグループを見れば分かる。確かに、こ
の不良達の集まりの中では、群を抜いて強い。だが、悪いが、1000年間ほとんど負
けを知らない天神流を相手するには、まだまだ早い。
「ぬああああ!!」
 勇樹は、両手で指先を揃えて貫きに来る。俺はそれを、完璧な間合いで避けると、
カウンターで胸の辺りに掌底を叩き込む。結構、硬い感触だった。鍛えてるだけあ
るな。でも、変な音がしたな?ビリビリとか言う音が・・・?
「ぐあ!!まずっ!!」
 勇樹は、急いで胸の辺りを押さえ出す。やり過ぎたかな?
「ボ、ボス!!」
 不良の1人が、恵達をそっちのけにして、勇樹に近寄る。人望はあるみたいだな。
「ば、馬鹿!!何3人に手間取ってるんだ!それに俺の事は良い!!」
 よく見ると、あと3人くらい残して、後は倒されていた。しかも蹲る程度に、手
加減してだ。味方で良かったぜ。ホント。
「だって、ボス!アレ、破れたんでしょ?」
 不良の1人は引かない。何か有るんだろうか?
「う、煩い!!俺は、決闘してる真っ最中なんだぞ!!恥を掻かすんじゃねぇ!」
 勇樹にも、プライドがあるらしい。決闘か・・・。まぁ、そう言う事になるのか?
「何だか慌ててるみたいですけれど?こちらは見学してて、宜しいのかしら?」
 恵は、事も無げに髪を掻き上げる。余裕だねぇ。
「くそっ・・・。ここまで舐められて、引けるかってんだ!!」
 勇樹は、不良の1人を突き飛ばす。
「ボス!!」
「おっと・・・。決闘って言うなら、邪魔はさせないよ。」
 不良達の間に俊男が立ちはだかる。不良達は、さっきの鬼神のような俊男の強さ
に、腰が引けているようだ。
「おい。もう止めて置いた方が良いんじゃないのか?仲間が、心配してるぞ?」
 俺だって、あんな風に見られたら、とてもやり難い。
「うるせぇ!!俺1人、満足に闘わないまま終わるなんて、出来るかよ!!」
 勇樹は片手で胸を庇いながらの構えになる。もうあんな状態だってのに、やる気
かよ。呆れた闘志だな・・・。
「仕方が無い。次で終わりだ。」
 俺は、空手の基本の構えを取る。
「親父は・・・逃げなかった!!だから、俺も逃げねぇ!!」
 勇樹は自分を奮い立たせて、胸を庇っていない右手に力を集中させる。闘気が集
まってきてるのが分かる。でも・・・俺を倒すには、至らないな。
「来い!最後まで、付き合うのが、俺の流儀だ!」
 俺は勇樹を見据える。勇樹は、雄叫びを上げながら右手を振り下ろす!俺は、そ
れを真正面から、左手の人差し指一本で受け止める。
「な、なんだと!?」
 さすがの勇樹も驚いた様だ。そして、そのまま鳩尾に正拳を突き入れた。まぁ、
動けなくなる程度にだ。やり過ぎたりは、しない。
「グフゥ!!」
 勇樹は、それでも派手に吹き飛ばされる。・・・さっきの胸板が、嘘のように柔
らかかったぞ?どう言うこっちゃ?
「ハァ・・・ハァ・・・。」
 勇樹は、根性だけで立ち上がる。そこで、俺は目が点になった。
「お!?おおおお!?」
 俺は、ビックリする。勇樹は庇っていた左手で、腹を押さえていたが、押さえて
いた胸の所に、大きな膨らみが・・・。ってアイツまさか・・・!?
「・・・っ!?・・・ぐっ・・・ううううぅぅぅぅ・・・。」
 勇樹は、俺の視線に気が付いたのか、泣きそうな表情になる。おいおい・・・。
「ボス・・・。だから止めて下さいって・・・。」
 不良は頭を抱えていた。ああ。分かるよ。お前達が止めた理由・・・。
 勇樹は、女だった・・・。まさかとは思ったが、さっきの一撃で、サラシが取れ
たんだな。確かに男にしちゃ、甲高い声だなとは思ったけどさ・・・。
「くそぉ!!俺は、またこの体に!!哀れみの視線を向けられるのかよぉ!!」
 勇樹は叫んだ。自分は男として、生まれたかったとばかりにだ。
「・・・俺の負けだ。好きにしな。」
 勇樹は、立ち上がって憮然とした表情になる。・・・好きにしなって言われても
な。お、俺だって男なんだし・・・って、何考えてるんだ俺は・・・。
「瞬くぅーーん??顔が強張ってるわよぉ?何を考えたのかしらぁ?」
 後ろから、凄い声がする・・・。江里香先輩、本気で怖いっす・・・。
「兄様ぁ?どうするおつもりでしたのぉ?」
 恵・・・おおおおお前も、こここ怖いぞ・・・。
「へへへ、変な事は!!考えて無いぞ!!!決して!!絶対!!」
 俺は、両手を振りながら、抗議をする。
「ちょっと兄様と、話し合いたい事が、出来ましたわ。」
「あーら。奇遇ねぇ。私もよ。」
 恵と江里香先輩は、恐ろしい目で俺を睨む。あ、あはははははは・・・。
 そして有無言わさず、岩陰にズルズルと連れて来られた。
「瞬君。ご愁傷様ー。」
 俊男おおおおおおお!!!!何を澄ました事をおおおお!!?
 それから10分程・・・。俺は、説教と非難の声を浴びせられ続けた。チクチク
と、そしてガミガミと・・・。とほほほほ・・・。
 そして戻ってきた時、勇樹は、憮然とした表情だったが、覚悟を決めているのか、
胡坐を掻いて座っていた。ちなみに恵と江里香先輩は、後ろで凄い目で睨んでいる。
あの説教だけでは、まだ足りないと言うのか・・・。恐ろしい。
 俺は、とりあえず話し掛ける事にする。
「で、さ。お前は、何がやりたかったんだ?親の敵討ちってんじゃ無さそうだしな。」
 俺は、諭すように尋ねてみる。
「別に・・・。俺は自分の腕が、何処まで通じるか知りたかったんだ。」
 勇樹は、ポツリと漏らす。
「で、対抗戦で優勝した俺を狙ったと・・・。」
「俺は、そんな大会に興味なかったけど・・・学校に居ると、お前の噂ばかり聞い
た。俺と同じ学年で、親父を倒した奴を、2回も倒す奴・・・。どんな奴か、興味
が有っただけだ。」
 勇樹は素直に答える。どうやら、それが、俺に負けた事への代償だと思っている
ようだった。捻くれてんなぁ。
「お前、親父より強いってのに、何でそんな温和なんだよ?もっと、威風堂々とし
てんのかと思ったぜ。・・・親父は、あれから気合が抜けちまったみたいに、何も
しねぇんだ。俺の家は、蓄えなら、少しあるから何とかなってるけど・・・俺は、
情けなくて、仕方が無かった!!だから!!お前を倒せば!!親父は、俺を認めて
くれると思って!!」
 勇樹は、そこまで言うと涙を溜める。俊男に負けた後、勇樹の親父、外本は、意
気消沈してしまったのだろう。天才と呼ばれたって、俊男は15歳だ。それに、そ
の俊男を倒した俺も15歳。自分の娘と、同じ年齢の奴に負かされたのだ。屈辱だ
ったのだろう。それまで、威張り倒していた外本が、自信を失っていく様が、勇樹
には堪えたみたいだ。親の威厳を失った姿か・・・。
「俺は、羅刹拳を完全に教わってない。でも、俺には、これしかなかった。だから、
喧嘩して・・・勝って勝って勝ちまくって・・・。実戦で鍛えるしか無かった。」
 勇樹が荒れ狂いながらも、喧嘩で、勝ち進んでいく事で、自信になったのだろう。
「でも・・・。結局、この体を哀れに思われて、終わりだ・・・。何なんだよ。」
 勇樹は女として育てられて居ないようだった。父親の外本も、勇樹が女で無く、
男として闘いたいと思ったからこそ、羅刹拳を教えたのだろう。子供への期待もあ
ったのだろう。だが、まだ荒削りだ。
「俺は結局、親父からも最後まで教えてもらえなかった!!この体のせいでな!!」
 勇樹は、もっと強くなりたかった。でも、外本は、女の限界を感じ取っていたの
だろう。いや、外本自身、気付かない間に、勇樹の事を女だから教えられないと言
うブレーキを掛けていたのだ。それを感じ取ったから、勇樹は自分の体を恨んだ。
「下らないわ。」
 後ろで聞いていた恵が、本当に詰まらなそうにしていた。
「同感ね。教えてくれなかった?馬鹿を言ってるんじゃ無いわ。」
 江里香先輩も、同じ目をしていた。
「貴女、少しは、自分で磨いた事あった?無いでしょ?何が父親が教えてくれなか
った・・・よ。奪い取ってでも、自分の物に出来なきゃ、本物じゃないわ。」
 江里香先輩は女性でありながら、容赦なく空手を叩き込まれた。そして江里香の
父である一条 健人も、今の外本のように江里香先輩に何も教えない時期があった。
だが、江里香先輩は、実力で強くなって、一条流の誰よりも強くなって見せたのだ。
「父親に、手取り足取り教えてもらっただけ、マシだと思いなさい。女である体を、
ハンデだと思った時点で、貴女の負けですわ。男のような格好をして・・・少しで
も、男になれるとでも思ったのかしら?幼稚過ぎて、詰まらないですわ。」
 恵も容赦が無かった。2人共、何だか知らないが、とても怒っている。いや、俺
も薄々感づいている。勇樹は、親に依存し過ぎているのだ。だから、親を超えよう
としている江里香先輩や、親が既に居ない恵にとっては、甘ったれてるようにしか
見えないのだろう。
「う・・・。ぐ・・・。」
 勇樹は、言い返せない。二人の言葉は抉るようだった。て言うか、俺はさっきま
で、これと同じくらい辛辣な言葉責めを、10分間も立て続けに聞いてたんだよな。
「貴女、今日の出来事を、悔しいと思って、見返すつもりなら、もっと正攻法で強
くなろうとしなさい。中途半端な男の真似事と、喧嘩だけで強くなれると思わない
事です。貴方と違って、私は、男に負けるつもりは、ありません。例え兄様でもね。」
 恵は、ハッキリと言う。コイツの凄い所は、有言実行な所だ。って・・・俺を引
き合いに出すなよ。怖いだろう・・・。
「自分の体を否定するのは、愚かな事よ。自分に自信を持てない人は、進歩が無い
わ。これからの事を良く考えてみる事ね。でなきゃ、負け続けるわよ?」
 江里香先輩は、口では辛辣な事を言っているが、勇樹の事を心配しているのだろ
う。だからこそ、間違った方向に進まないように、進言してるのだ。
「・・・俺の・・・負けだ・・・。何もかも・・・。」
 勇樹は涙を流しながら、項垂れていた。
「いやぁ・・・2人共、凄過ぎるなぁ・・・。」
 俊男の素直な感想だった。俺も同感だ。この2人は、女である事に逃げていない。
自分を分かった上で、更に強くなろうとしている。こりゃ、並の覚悟じゃない。
「あ。そうだ。勇樹さん。稔さんに伝えて下さい。あの大会で本気を出したのは、
瞬君と、稔さんだけだったって事をね。」
 俊男は、そう言うと、川原から離れていく。俺も、それに続いた。今の一言で、
外本は、報われるのだろうか?報われなかったとしても、目標は、出来るのかも知
れない。勇樹は泣きながら、自分の拳をずっと見つめていた。
 その答えが何になるのか・・・求め続けていく事だろう。


 あれからと言う物、恵は不機嫌なままだった。確かに俺や恵は、既に親が2人共
居ない。まぁそれを補って、余りある使用人が居るが・・・。勇樹の様子を見て、
情け無いと思いこそすれ、哀れだと思う事は、無かったのだろう。
 大体外本も、情け無い姿を勇樹に見せるのが良くない。父親の情け無い姿は、見
たくないと言うのが子供の本音だろう。だから、あんな無茶までして、自分に振り
向かせようと思ってしまうんだろうな。
 しかし女だったとはなぁ・・・。ああ見ると、口は良くないけど、スタイルは、
悪くな・・・って、邪念が入っちまったな。
(君は、さっきから集中して無いな。)
 そんな事を言われてもな。さすがに勇樹が女だったのには、驚いたぞ。俺。
(そうか?男にしては、輪郭が穏やかだったから、私は最初に気が付いたぞ。)
 だったら言ってくれよ!!俺だって、最初から分かっていれば、あんなに、うろ
たえたりしなかったぞ!
(君の精神修行に、ならないだろう?それに私が言った所で、君がその事実を認め
るとは、とても思えなかったんでね。)
 ぐっ。どこまで正直な・・・。確かに、その通りだけどな。
(ま、君と口論しても仕方が無い。昨日教えた『源』と『神気』を、実際に引き出
してみろ。魂だけでは無く、体に染み込ませる事も、重要だからな。)
 ゼーダは、昨日教えた事を、復習するように言う。確かに、魂で覚えた事であっ
ても、体に覚えさせなければ、いざと言う時に使えなかったりする。昨日は、結構
見事に成功しただけに、覚えて置きたい所だ。
「『源』は、魔力と闘気を均等に配分して・・・こうだ!」
 俺は、覚えたての魔力と、染み付いてる闘気を、ミックスさせて、忍術の元にな
る『源』を生成する。この『源』の良い所は、魔法のように、詠唱が要らない所だ。
魔力を使う上では、魔法を全て覚えて理解していないと、全て、詠唱し無ければ、
打ち出せない。その時間が、勿体無いのだ。ただし、闘気も魔力も、上手く使いこ
なさなきゃならない。俺に関して言えば、魔力が足りない。訓練すれば、伸びると
ゼーダは言うが、中々に難しい。
(君は、魔力に関しての進歩が無いな。前にも教えた通り、魔力には、自分から発
する魔力と、大自然を利用する魔力があると言ったであろう?君は特に、自然と交
われる能力に長けているのだ。それを意識すれば、魔力の確保は出来る筈だぞ。)
 と言う事は、俺は、まだ自ら発する事に、固執しているって事?
(言われなくても、分かっているようだな。まぁ闘気の場合、自分で発する事でし
か生成出来ないから、慣れるのが、難しいんだろうけどな。)
 うーーん。どうしても魔力を貰うって感覚は分からないなぁ。それさえ出来れば、
もっと『源』も使いこなせるって事だよね。
(その通りだ。元が良い分だけ、勿体無いな。・・・じゃ、次に『神気』を発して
みろ。君の場合、『神気』の器は、相当でかい。使いこなせれば、かなりの戦力に
なる筈だ。)
 そう言われてもね。まぁアンタが言うんだから、間違いないのかも知れないけど、
確か『救いたい』と心から願うようにする事で、生まれる力だったよな。俺は、爺
さんの意志を継いで、正しく強い男に在りたい。より正しく・・・そして、誰にも
負けない力を・・・!!
(そうだ。その調子だ。素晴らしい『神気』の量だ。魔力の時とは、別人だぞ。)
 萎えさせる様な事を言うなっての。って・・・。
「誰だ!?」
 俺は、つい叫んだ。窓の所に、誰かが居た。俺の部屋の方を、じっと見ている。
それも1人じゃない。2人だ。1人は、ポニーテールで髪を纏めている男だ。そし
て、もう1人は、赤い髪をした女だ。だが、目付きは鋭い。偉く古風な格好をして
いる。俺の部屋は2階の筈だ・・・。コイツら、浮いてるな。
 しばらくすると、そいつらは、神妙な顔をした後に、窓を少し小突く。どうやら
開けて欲しいとの事らしい。しかし開けて良い物か・・・。
(開けてやれ。私も、話がある。)
 知ってるのか?ゼーダが知ってるなら開けてみるか。俺は、窓を開ける。すると、
そイツは、音も無く入ってきた。
「アンタ、何者です?」
 俺は、少し警戒していた。と言うのも、コイツから感じるのは、間違いなく神気。
しかも、俺が、かつて感じた事が無いくらいの強さだ。
「それは、こっちの台詞だな。」
 ソイツは、入ってくるなり、こちらを見据える。その瞳には、敵意は感じられな
かったが、疑惑の眼が、向けられていた。
「ま、そんな言い合いしても、詰まらねぇな。俺はジュダ=ロンド=ムクトーって
名前でな。こっちは、赤毘車(あかびしゃ)=ロンド=ムクトー。まぁ俺の妻だ。」
 な、ジュダって・・・確か、ゼハーンさんの話に出てきた・・・。
(やはりジュダか。父のパムそっくりだ。私は、父親の姿しか知らんからな。)
 そういや、アンタは、1200年以上前の神だって言ってたよな。
(ジュダが、居なくなって、ゴタゴタしている時期に、ミシェーダにやられたのだ
からな。パムは良く知ってるが、ジュダとは、面識が無い。)
 それでも、一目見て分かるくらい、似てるって事か。
「俺は、天神 瞬です。まぁ一々来るくらいですから、知ってるんでしょうけど。」
 俺は2人に挨拶をする。最も、正体が分からなければ、挨拶する気にもなれなか
ったが。それにゼーダが、用事があるみたいだしな。
「怪しまないんだな。それとも、私達が、剣神と竜神だって知ってるって事か?」
 赤毘車って神が、話しかけてきた。そうだ。怪しむのが普通の反応だ。なのに、
自然に話し掛けてるって事は、向こうの正体を、知っていると同意義だ。
「それに、俺達が、お前の所に来たのは、神気を感じ取ったからだ。今更、違うと
は言わせないぜ?今だって、放ってるんだからな。」
 ジュダ神は、有無言わせない口調だったが、攻撃的では無かった。楽しんでいる
感じだ。単純に、正体が知りたいようだった。
(ふっ。さすがパムの息子。度胸もある。それに、直情的だな。)
 どうするんだよ。俺、説明しろって言われても、難しいぜ?
(そうだな。・・・君にとっては、不本意な方法があるが、試してみるか?)
 どうせ、俺の意思に関係無く、やる癖に・・・。
(そうは行かないのさ。君が、私を表面に出してくれないとな。・・・私が、この
ジュダと話し合おうと思う。)
 冗談じゃない・・・。けどな。俺を通しても、時間が掛かるだけだって事は、目
に見えてるからな。・・・ほんとーーーーーに不本意だけど・・・良いぜ。
(済まぬな。話し終えたら、ちゃんと君に返す。君の体なのだからな。)
 そうしてくれないと困る。・・・なぁ、そのまま乗っ取ったって話も、あるのか?
(心配か?勿論そうだ。神の中には、そう言う不心得者が居る。だが、安心しろ。
私は、誇り高い神だ。そんな不本意な事はせぬ。)
 分かったよ。アンタとは、もう2ヶ月近い付き合いだ。皮肉屋だけど、信義を違
えた事は、無いって事くらい分かってる。初めてで不安だってのはあるけど・・・
どうせ、いつか変わらなきゃならない時が来るなら、経験しとくぜ。
(ご協力感謝する。君は、いつものように、寝る感覚で、私に預けてくれれば良い。
出来れば、私に意識を預ける感じにしてくれると、早くて助かる。)
 なるほどね。まぁもう遅い時間だし、寝るのは大丈夫だ。
「おい。どうした?何かボーっとしてるぞ?大丈夫か?」
 ジュダ神が、心配していた。怪しむと言うより、本当に心配してくれてるようだ。
「あ。済みません。ちょっと・・・話があるって、コイツが言うもんで・・・。」
 俺は、意味不明な事を言う。何だか怪しいなぁ俺。まぁ、嘘は言って無いんだけ
ど。じゃ、意識を預ける感じで・・・。
「つっ・・・む・・・。」
 俺は、意識を遠くに飛ばす感じになった。
「・・・っはぁ!・・・ふぅぅぅ・・・。」
 その瞬間、私に切り替わる。なる程。初めて使うが、これが、瞬の体か。ふむ。
違和感が多少あるが、私が扱うに、何の不足も無い、鍛え上げた体だ。
(・・・これが、入れ替わるって奴か・・・。何だか馴染めないなぁ。)
 文句を言うな。今まで、私がそこだったんだぞ?
(そうだけどなぁ。・・・って、それよりジュダ神が、とうとう怪しんでるぞ?)
 むっ?せっかちだな。仕方が無い。色々説明してやるか。
「何だか、さっきから、何をやってるんだ?」
「フッ。何でも無い。ちょっと入れ替わってただけだ。君には、それだけで通じる
と思うが?お前にも、ラウスが憑いている様だし。」
 私は探りを入れる。ジュダからは、ラウスの感じが残っていた。ラウスは、ジュ
ダの前の竜神だが、私と同じように、死後、ジュダと共にあると考えるのが普通だ。
 そして私は、瞬を通して、本来の髪の色に戻す。私の髪の色は、青く光るサファ
イアの色だ。瞬は黒髪だから、インパクトがあるだろうな。
「はっはぁ・・・。なる程。おかしいと思ったよ。あの沈黙の間に、やり取りして
たって訳か。確かに、感じる神気が、別物だしな。それに、その髪の色・・・。」
 ジュダは、納得したようだ。そして、私達の構造に気が付いた様だ。
「だが、初見でラウスと俺の関係を見抜くなんて、ただの神じゃあないな?誰だ?」
 やはり当たっていたか。ラウスも、世話好きな奴だ。
「ふむ。名乗っておこうか。私の名は、天上神ゼーダ。」
「なっ!?」
 さすがに驚いた様だ。それは、赤毘車も一緒だった。
(アンタって、改めて凄い神だったのな。このジュダ神って神のリーダーなんだろ?)
 ま、昔取った杵柄と言う奴だ。名前を出せば、驚かれるさ。
「なる程。アンタが天上神か・・・。まさか、テレビで見た少年と共に居たとはな。
さすがに、想像出来なかったぜ。」
 ジュダも、あの大会を見てたのか。瞬よ。君も、有名人では無いか。
(神の中じゃ、アンタ程じゃないだろ?全くよ。)
 そう拗ねるな。これでも、褒めているのだぞ?
「天神 瞬には、才能有りと、見込んでの事ですか?」
 赤毘車が尋ねてきた。私が、乗っ取ってるとでも思ってるのだろうか?
「その通りだ。瞬のポテルシャンは凄いぞ?特に、神気に関しては、天人でも、こ
れ程の使い手は居ない。ま、修行不足だけどな。」
 私としては、珍しく褒めてしまった。
(一言余計だよ。修行不足とかよ!)
 事実だ。認めろ。なぁに、私の特訓を受ければ、まだまだ伸びる。安心したまえ。
「なる程。しかし、噂は本当だったんだな。天上神が、ソクトアで転生するかも知
れないって奴だが・・・。最も、転生じゃないみたいだけどな。」
 そうだな。魂で浮遊している時は、転生しても良いと思ったが、生半可な転生を
すると、体が、追いつかぬ場合があったからな。ソクトアは緊急事態だし、そうも
言ってられなかったって事情は、あるな。
「ふむ。天神 瞬とは、共生させてもらっている。勿論、乗っ取るなどと言う無粋
な真似はしない。それだけは、誓っておこうか。」
 私は、両者を見据える。両者は、私の目を見て、納得したようだ。
「嘘は吐いてないようだな。・・・これで、一つ目の仕事は終わったか。」
「そうだな。私も、こんなに早く見つかるとは、思っていなかった。」
 ジュダも赤毘車も、私を探していたと言う訳か。ご苦労な事だ。
「そう言えば、君達は、ゼハーンと話をしたのか?」
 私は、ゼハーンとの話を思い出す。あれは、このソクトアの危機の、重大な鍵を
握る話だった。無視する訳にはいかない。
「そうだ。魔炎島で、そっくりさんを見かけたから、伝えてやった。何ていうか、
気になる奴等だったんで、特にな。」
 ジュダすら気になると言う、そのゼハーンの息子も、見てみたい物だな。
「そうか。再会出来ると良いがな。・・・それにしても、この現状は、酷い物だな。」
 私は、今の現状に対して、文句を言う。言わなきゃやってられぬ。
「ああ。・・・その事については、謝罪しなきゃならねぇ。ゼリンを据えたのは、
この俺だ。まさか、あのゼリンが、こんな行動を起こすとは、思わなかったぜ。」
 ジュダは、申し訳無さそうにしている。ゼハーンから、詳しい話は聞いているよ
うだな。なる程。責任逃れするつもりは無いか。
「鳳凰神の子だと言うのは、聞いたが、本当なのか?」
 私は尋ねてみる。鳳凰神は、ジュダの側近の筈だ。
「義理のな・・・。」
 ジュダは、答えにくそうだった。
「ジュダ。隠すのも良くない。言った方が良い。」
 赤毘車は、ジュダに進言する。
「そうだな。・・・本当の事を言おう。鳳凰神の義理の子ゼリンは、俺と赤毘車の
実の子だ。鳳凰神ことネイガに、子供が居なかったのを知った俺達が、ネイガの後
継者として、送り出した子だ・・・。」
 な、何と・・・。そう言う事か。そりゃ言い難いだろうな。実の子の不始末と、
言う訳だ。だからこそ、信頼して、このソクトアを任せたと言う訳か。
「素質も充分、ネイガに任せた事で、性格も捻じ曲がっちゃいなかった・・・よう
に見えたんだろうな・・・。俺のミスだ。」
 ジュダは、本当に悔やんでいた。ゼリンは、その信頼を裏切ったのだ。
「ま、私も人の事は言えん。私の油断から、ミシェーダなどに任せる事になったの
だからな。ミシェーダの、統一支配の目論見を止めた君には、感謝しているのだぞ。」
 私は、あの時不覚を取った。それだけは、申し開き出来ぬ。奴は、常に私の後を
追う神だった。当時、力はパムが、防御はポニが一番であったが、総合力では、私
が一番で、ミシェーダが二番だった。奴が「時の力」を使用出来る事は、知ってい
たから、私も、それに勝るとも劣らない能力を有していた。だが、激務で、ミシェ
ーダに不覚を取って、この有様だ。
「あの戦乱の時、奴は、とうとう本性を出しやがったからな。黙って見ている事が
出来なかっただけだ。だが、このままでは、奴の望んだ世界になってしまう。」
 ジュダは、危機感を抱いていた。確かにミシェーダは、神による支配を望んでい
た。人間に「天界」を持ち込む事で、自分達の手駒にしようとしたのだ。それに比
べて、今はどうだ?セントが実権を握り、人間の支配権を有している。変わらない。
「ゼリンが、そんな思想を持っているとは思わなかった。」
 ジュダは、本当に、気が付かなかったのだろう。
「あの子は、何かの境に、人が変わってしまった。・・・私の予測では毘沙丸(び
しゃまる)が、関係しているんじゃ無いか?と見てる。」
 赤毘車は、もう1人の子、毘沙丸を引き合いに出す。毘沙丸は、ジュダと赤毘車
の第一子で、勇猛果敢な北の守り神、北神として、現在まで活躍してるのだと言う。
「確かに、何かが変わり始めたのが、500年前から・・・。そして、毘沙丸がソ
クトアに行ったのも、500年前だったな。しかも、15年前の出来事の時に、真
っ先にソクトアに飛んだのも、毘沙丸だったな。」
 ジュダは思い出す。なる程。そこまで符号点があるのなら、関係あると見て、間
違いないだろう。
「だが、15年前から、アイツは私達に、姿すら見せない。」
 北神も何かを探すためか、ソクトアに紛れ込んでしまったのだとか。毘沙丸は、
噂のジークとやらに憧れて、良く稽古をつけて貰った程なのだとか。正義感は、誰
よりも強く、ソクトアのために、粉骨砕身するために、北神を目指したという話も
ある。なので、ゼリンの事を手伝ったとは、考え難い。しかし、無関係と取る訳に
も、いかないだろう。だが何故、姿を隠しているのだろうか?
(何か、事情があったんじゃないのか?ソイツ兄貴なんだろ?何かの相談に乗った
とかじゃないのか?そこで何か聞いちゃいけない事でもあった・・・なんて。)
 ほう。君にしては、鋭いな。いや、君だからこその指摘だな。なる程。兄は兄を
知るって所か。良い線かも知れんぞ。
(だーかーらー。一言多いっての。でも、何だか責任感の強いって話だからさ。や
っぱ、放って置けないんじゃないのかな?)
 そうだな。何らかの接触があったとは、考えるべきだろうな。
「ジュダ。毘沙丸は、ゼリンに何かを相談されたと言う可能性は、無いのか?」
 私は、ジュダに尋ねてみる。すると、少し考えていた。
「可能性が無いとは言えない。だが・・・ゼリンは、プライドが高いからな。確率
は、低いと思う。だが、姿を現さないとなると、その可能性も、憂慮すべきだな。」
 ジュダは、自分の子供2人の行動パターンを、分析しているようだった。
「ま、どちらにせよ、後は、聞き込みと、自分の足で探す他あるまい。」
 赤毘車は溜め息を吐く。気の遠くなるような、作業だ。
「となると・・・セントを攻略するのが、早いんだがな・・・。参ったぜ。」
 ジュダは、頭の痛い話だと言わんばかりに、頭を押さえる。
「その様子だと、相当強力なようだな。ソーラードームとやらは。」
 私は皮肉を言う。しかし私も、実際に目にしたからな。あのソーラードームは、
只の外壁じゃあない。仮初とは言え、ゼロ・ブレイドの無の力を、無効化したのだ。
「まさか、俺の『緑光神力』(エメラルドアーウィン)まで、無効化されるとは思
わなかったぜ。俺の必殺技の中じゃ、かなりの技なんだがな。」
 ジュダは、ソーラードームに向かって必殺技まで打ったが、通じなかったと言う
事か。ジュダの強さの必殺技まで無効化するとなると、こりゃ何か秘密があるな。
「ま、他にも切り札はあるけど・・・何か違う気がするのは確かだ。あれは、何か
強力な力が、掛かってるように見えるな。」
 ジュダは、見解を述べる。ま、そうだな。そこまでの強さとなると、何か秘密を
解かないと、破れないのだろう。薄っぺらいのに、呪いの様な物が掛かってるな。
「俺の力でも無理ともなると、ゼリンの他に、協力者が居ると考えるべきだろうな。」
 ジュダは、先は長いなと呟く。どうやら、考える結論は、同じだったみたいだな。
「ま、君達は、私の捜索が無くなった分、そちらに、集中すると良い。」
 私の捜索の負担が、無くなる分、突き止め易くなるだろう。
「元より、そのつもりだ。しっかし、驚いたぜ。アンタが、共生しているなんてな。」
「毎日、魂を鍛え上げてやっている。只で共生は、しないさ。」
 私とて、只で棲んでいる訳では無い。
(ま、有難いけど、納得行かないな。)
 素直じゃないな。君は、素晴らしい経験をしているとの自覚が無いな。
「ジュダ。そろそろ、ここから離れた方が良い。」
 赤毘車が周りを気にしだす。確かに、見回りの使用人が、回っている音がする。
「しょうがねぇな。んじゃ今度は、手合わせするって事で、どうだい?」
「面白い提案だ。機会があれば、承ろう。」
 ジュダの提案に否定する事もあるまい。私としても、良い訓練になる。
(俺の体を通じてだろ?)
 その通りだ。君にとっても、強さを伸ばすチャンスだ。
(へいへい。この家に、迷惑が掛からない程度にしてくれよ。)
 安心したまえ。やるなら、ここではやらんさ。
「おーし。話が早くて助かるぜ。何か分かったら、また来るぜ。んじゃ、頑張れよ!」
 ジュダは、そう言うと、さっさと次元の扉を開けて、赤毘車と共に出て行ってし
まう。なる程な。あれがジュダか。性格まで、パムそっくりだな。だが、パムより、
風格がある。その辺は、さすがだな。私の後継には相応しい神だ。
 さて、そろそろ君に体を返すか。君は、起きる感覚で目覚めれば良い。
(やってみる。)
 では・・・いくぞ・・・。
「・・・っ!・・・ん・・・。」
 お。俺の意識がハッキリしてくる。これが入れ替わりって奴か。何だか不思議だ。
(まだ最初だからな。その内慣れれば良い。)
 俺としては、慣れたくないんだけどな。まぁ、そうも言ってられねぇか。
 それにしても・・・竜神ジュダ・・・か。聞いていた通り、凄いプレッシャーを
与えてくる神だったな。
(ふむ。単純な力では、私を上回ってるかもな。)
 そこまでか。さすがだな。俺も修行あるのみって事か。
 気を引き締めて、修行するか・・・。



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