NOVEL Darkness 3-1(Second)

ソクトア黒の章3巻の1(後半)


 あれから、大変だった。いきなり現れたナイアさんの品評と、シャドゥさんの辛
い物談義から始まって、睦月さんが、火花を散らすわ、葉月さんが、それを諌める
わで大いに騒いだ。
 シャドゥさんとナイアさんは、例の全ソクトアご奉仕メイド大会の出場を明記し
て、そのついでに寄ったのだとか。レイクさん達が、この家に居る事は、ゼハーン
さんからの手紙で知って、ガリウロルに、立ち寄る際には、是非寄りたいと思った
そうだ。それにしてもシャドゥさんは、本当に隙が無い。レイクさんから、話は聞
いていたが、相当な実力者と見て、間違いないだろう。レイクさんも強かったが、
シャドゥさんは、それ以上かも知れない。レイクさんの師匠の一人だと聞いて、納
得行くくらいだ。
 ナイアさんは、睦月さんと葉月さんのライバルだ。メイド大会が始まって10年
以上経つが、その全てに優勝を刻んでいる。第2回から、睦月さんが出場したが、
ナイアさんを、どうしても抜かせないそうだ。今なら分かる。このナイアさんは、
物腰柔らかだが、奉仕する事について、全く苦に思っていない。この姿勢から滲み
出る奉仕精神が、他の出場者に備わってないのだろう。睦月さんを破るなんて、ど
んな凄い人だと思ったけど、実際会ってみると、そう雰囲気を感じる人でも無い。
しかし、それが逆に凄い。常に自分が、どう立ち振る舞うべきか、考えているのだ
ろうな。
 で、結局、皆で初詣に行く事になった。女性は、晴れ着を着ているので目立つ。
しかも皆、恐ろしい程、似合ってるから尚更だ。俺達も、多少、見れる服に着替え
てから行く事になった。
 この近くでは、この星の代名詞にもなり、創造神であるソクトアを祀った神社が
ある。創造神のサキョウ大社だ。だが、ここは非常に人気で、やたら人が集まるの
で、余り宜しくないと言う事で、恵が、いつも行っている所に行こうと言う事にな
った。そこは、俺も、良く知っている所で、かなり静かな所だ。ガリウロルの土地
神で、ある太古の竜神ラウスを祀った所だ。ラウスと言うのは、現在の竜神ジュダ
さんの前に竜神の座に就いていた神で、ジュダさんと言う、後継が現れるまで、竜
神の名前を守ってきた神である。ガリウロルで、創造神ソクトアと共に、この星を
支えてきた神だったが、1200年程前に、ジュダさんに竜神の座を受け渡して、
役目を終えたと言う。だが、その功績を称えて、当時のガリウロルの人々が、建立
した神社が、天龍神社、焔神宮と呼ばれている。昔こそ、かなり大規模な初詣を催
していたのだが、今は寂れている。しかし、由緒正しい神社なので、知る人は、拝
みに来ていると言う話だ。
 焔神宮は、この前の林間学校で、焔山の宿場にあるので、移動しなければ、いけ
ないが、恵がこの日のために、専用バスを用意していたと言う。さすがだ。
 焔神宮の手前まで着くと、さすがと言うべきか、静かな雰囲気に包まれていた。
そして俺達は、神社へと向かうが、シャドゥさんとナイアさんは、行かないみたい
だった。レイクさん達が、理由を尋ねたら・・・。
「私達は、魔族なので、そう言う習慣が無い。だが、おみくじなどは面白そうなの
で、こっちで楽しんでおく事に、するよ。」
 だそうで。まぁ思えば、神を祀る所に来るのだって魔族にとっては、意味不明な
のに、興味があるという理由で、ここまで来てるんだから、変わってるよな。
「ま、シャドゥさんらしいと言えば、らしいよな。」
 レイクさんは、納得しているようだ。
「シャドゥさん、過去の戦いとか知ってる割には、余り拘らない魔族だからねー。」
 ファリアさんも同調する。どうやら、そう言う人らしい。過去の拘り等は無いが、
祀る習慣が分からないので、ここに留まっていると言う事だろう。
「ああ言う所をみると、本当に、魔族だと確信しますね。半信半疑でしたが。」
 睦月さんは、ナイアさんを見る。魔族だと聞かされても、確信を持てない程、ナ
イアさんは、人間としての仕草は自然だ。ハーフなので、純粋な魔族よりは、人間
に近いのだろう。だが、シャドゥさんと歩調を合わせている所を見ると、魔族とし
て、生きる事に決めた事には、間違いない様だ。
「でも、ステキな二人ですー。何だか、羨ましいですねー。」
 葉月さんは、仲睦まじいシャドゥさんとナイアさんを見て、微笑む。
「はっはっは。葉月さん程の美人なら、見合うだけの人に出会えますよ!」
 魁の奴が、口の減らない事を言っている。
「ありがと。でも、隣の彼女に怒られるから、控えた方が良いよー?」
 葉月さんは、困ったような笑顔を浮かべる。隣では莉奈さんが口を尖らせていた。
「おいおい。怒るなって。俺には、お前しか居ないんだから・・・。」
 魁はフォローを忘れない。こう言う所が、前とは違う所だ。
「ま、魁君が、色目使わなかったら、魁君じゃないもんね。だから平気!」
 莉奈さんも、強くなっているようだ。
「あっはっはっは!確かに!黙ってる魁なんて、似合わないよねー。」
 葵さんは、楽しそうに腹を抱える。仲が良いなぁ。
「それにしても、ここは、良い所だな。空気が澄んでいる。」
 紅先輩は、身が引き締まる。やっぱここの新鮮な空気は、柔道家にとっても、良
いのだろう。俺も、こう言う所で、修練を積んでいたから分かる。
「最初は、寂れた所だと思ったけどさ。何か、良い所だよな。」
 勇樹は、詰まらなそうな顔をしていたが、ここの空気に慣れた様だ。
「爺さんとの修練を思い出すな。あそこは、これくらい澄んだ空気だったからな。」
 俺の師匠でもある天神 真(しん)こと爺さんは、俺を扱きに扱いてた。その代
わり、大切な事も、教えてくれていたな。
「お爺様は、頑固でしたからね。うちのような都会だと、肌に合わないとか言って
ましたね。それに付いて行くお婆様も、凄い精神力でした事。」
 恵は、爺さんと婆さんの事を思い出す。恵も、年に何度かは、会った事があるん
だよな。最も、俺が修練に行った頃からは、会わなくなったみたいだが。
「パーズ拳法発祥の地が、似たような空気だったよ。思い出すなぁ。」
 俊男も、懐かしい様だ。俊男は、パーズに渡ってるんだよな。
「武道を目指すには、良い所かもね。サキョウ大社行ってたら、今頃、並ぶのに忙
しかったわねー。それは勘弁よね。」
 江里香先輩は並ぶのは、好きじゃない。丁度良かったかも知れない。
「並ぶのも修練・・・と言いたい所だが、効果は、無さそうだからねー。」
 亜理栖先輩も、並ぶのは苦手のようだ。
「御利益だけだったら、ここの方が、上かも知れんぞー。」
 伊能先輩が、最もな事を言う。サキョウ大社は、ゴミゴミしてて嫌だしな。ここ
は、俺が子供の頃にも、行っている所だ。
「空手を目指す天神家も、企業としての天神家も、初詣は、ここが多いんですのよ。
だから、ここに足を運んでしまうのは、習慣になってますわね。」
 恵は、説明してやる。確かにな。正月に、親父と爺さんが、ここで顔を合わす事
も少なくなかった。それは、同じ起源を祀っているからだろう。企業としても、こ
この御利益は見逃せないのだろうな。最も、ここ3年間は、時間を、ずらしていた
ようだ。
「焔の地は、天神家の起源がある所。ここに足が向くのも、納得出来る話です。」
 睦月さんが付け加える。なる程。そう言えば、天神流空手を習い始めた時に、こ
の土地の守り神であるラウスの事を、忘れないように言われた事があるな。天神流
空手が発祥したのも、この焔の土地からだって、言われてるな。
「おや、これは、華やかですな。」
 境内の近くまで行くと、神社の神主が挨拶に来た。1年振りだな。
(去年も、来たのか。)
 まぁな。去年は、爺さんと一緒だったがな。
「お久し振りですわ。今年も、お参りに来ましたのよ。」
 恵が挨拶する。すると、神主は、嬉しそうにしていた。
「こりゃ、恵殿でしたか。今年も、一段と華やかですな。」
 神主は、去年の恵を、思い出しているのだろう。
「1年振りです。今年も、祈願に来ました。」
 俺も挨拶をする。すると、神主は俺と恵を見比べる。
「おや。瞬殿と恵殿が一緒とは。そうかそうか。両家は、仲直りしたのですかな?」
 神主は、俺達の家の事情にも詳しい。企業の天神家と空手の天神家が、犬猿の仲
だって事も、知っている。最も、それは親父と爺さんの話だが。
「私と兄様は、元々仲が良くってよ?まぁ、父は、他界しましたけどね。」
 恵は、説明しておく。神主には、知らせないと駄目だな。
「爺さんも、新学期前に逝っちまいました。不治の病だったそうです。俺は、それ
から、実家の天神家に、帰ってるんです。」
 俺も説明しておく。すると、神主は、さも残念そうな顔をしていた。親父の事も、
爺さんの事も知っている。この神主とは、良い話し相手だった筈だ。
「ふむ・・・。残念な二人を、亡くしたな。しかし、二人共、良き跡継ぎを見つけ
ておられた。先代に負けぬように、頑張りなさい。」
 神主は励ましてくれる。俺も恵も、この神主が、本当に案じてくれてると知って
いるので、快く頷いた。
「神主さーん。お久し振りです!」
 葉月さんが挨拶する。葉月さんも、知り合いなのかな?
「む?もしや、睦月殿に葉月殿か?おお!大きゅうなったな!」
 神主さんは、葉月さんを撫でていた。と言っても、背は葉月さんの方が上なので、
葉月さんが屈んで、やっとなのだが。それにしても仲が良さそうだ。
「ご無沙汰です。神主。3年振りですね。」
 睦月さんも挨拶をする。3年振りだったのか。
「おお。そうじゃったな。いやはや、月日が経つのは、早い物だな。」
 葉月さんの成長を、嬉しそうに見ている。
「それに、外国の方もいらっしゃるとは!いやぁ、良くぞ、お越し戴いた。」
 神主さんは、レイクさん達も、快く受け入れる。
「ここは、静かで良い所ですね。気に入りましたよ。」
 レイクさんは、清廉とした空気を吸う。
「それに、この神社、結構広いのに、良く掃除されていますね。気に入りました。」
 ファリアさんも、思った事を口にしている。
「ほっほっほ。そう言ってもらえると、光栄ですわい。」
 神主は、気を良くしている。初めての人に褒められたら、嬉しくなるのだろう。
「何て言うか、暖かく包んでくれるような、感じがするんだよな。」
 グリードさんも、満更でも無さそうだ。
「焔神宮か。来年も、是非来たいな。」
 エイディさんも、茶化したりしない。
「こう見えても、人の顔を覚えるのは得意なんじゃ。また来なさい。」
 神主は、確かに顔を覚えるの早いよな。職業柄って奴なのかな。
「む・・・?貴女は、亜理栖様?」
 神主は、亜理栖先輩の顔を覗き込む。
「久しいな。爺や。」
 亜理栖先輩は、笑顔を見せる。知り合いなのか?
「おおお!亜理栖様でいらっしゃったのか!頭領は、お元気ですかな?」
「ああ。総一郎さんなら、怪我が治って、今は特訓中だよ。」
 亜理栖先輩が言う総一郎さんって、あの、榊 総一郎さんだよな。
「テレビで見た時は、無事を、お祈りしましたぞ。」
 派手に斬ったもんな。扇の馬鹿は。
「ははっ。でも、ここに居る瞬のおかげで、一命を取り留めたからね。」
 亜理栖先輩は、付け加える。まぁ、俺としては、扇の暴走が見るに堪えなかった
から、止めに入ったんだけどな。それが助けになったのなら、良しとするか。
「扇は一度スイッチが入ると、止まらないからな。見るに堪えなかっただけですよ。」
 俺は、正直な気持ちを話す。アイツも、止め時を分かっていながら、暴走する時
がある。そんなの、俺の目が黒い内は、やらせないつもりだ。
「謙遜しなくても、良いのですぞ。しかし、無事で何よりですな。」
「だが、元気が余ってるみたいでね。学園と瞬の事を話したら、今すぐにでも、飛
んできそうな、勢いだったさ。近い内に来るかもね。」
 総一郎さんか。あの時にしか会ってないけど、礼節を弁えた人だったよな。
「楽しみにしてますよ。」
 俺は、偽らざる気持ちで言う。あの人とは、あの時闘えなかったからな。是非、
手合わせしたい物だ。亜理栖先輩よりも、力強いんだろうな。
「変わってないな。総一郎の奴。」
 エイディさんが、懐かしそうにしていた。そう言えば、エイディさんは、知り合
いだったな。榊家の当主であり、榊流護身術の頭領である人か。すげーよな。
「ところで、亜理栖先輩は、神主とは親しいんですか?」
「ああ。うちの榊家の分家は、ここを使っててね。恵がここを選んだと聞いて、安
心してたのさ。総一郎さんは、アズマ分社の方に、行ってるけどね。」
 まぁアズマの方が、近いからだろう。榊家の本家は、アズマにある筈だ。仕方の
無い事だ。それにしては、神主は総一郎さんの事も知ってそうだったな。
「わしも時々、アズマ分社に出向いて、頭領の顔を、拝見してるんじゃ。」
 なる程。それで知り合いだったのか。榊と言えば、このガリウロルでは、知らぬ
者が居ない程の剛の者、榊 繊一郎の血筋だもんな。神主としても、礼を尽くさな
きゃならないんだろうな。良く考えたら、亜理栖先輩も由緒正しい血筋なんだよな。
 そんな事を考えて居たら、お参りの時間が来たようだ。俺は作法に従って、二礼、
二拍手、合掌、一礼を済ませる。願い事は・・・爺さんの夢を、引き継げるように
・・・だ。爺さん。見ててくれ。
(君も相変わらずだな。そろそろ君自身の願い事も、持ったらどうだ?)
 俺自身の・・・か。それを言われると辛いな。
(珍しいな。いつもなら、迷いなど無かったと言うのに。強く正しくは、どうした
のだ?てっきり、それを言われるのかと、思ったのだがな。)
 それを忘れた事は、一度足りとも無い。だけどな。爺さんの事を、考えてみたん
だ。あの爺さんが、俺を、窮屈な生き方をしろと言うようには思えなくてな。
(それに気が付いただけでも、良い方だ。強く正しいと言う言葉だけに、振り回さ
れていないか心配だった。何が正しいのか、見極める事。それは、生きていく上で、
重要な事だ。君は、それを考える時間を、与えられたんだからな。)
 確かにな。俺は『ルール』の力を得て強くはなった。勿論、満足したつもりは無
い。でも、前とは、比較にならないくらいだ。それは、ゼーダが鍛えてくれたって
のも、勿論あるけどな。
(ふむ。私も君の肉体的な強さは、類を見ない程だと思っている。私の全盛期に近
い物がある。精神的な力、そして純粋な6つの力は、まだ磨く余地があるけどな。)
 口の減らない事だ。・・・まぁ、もう一つの正しく生きる。最初は、正義を見つ
けろと言う意味だと思っていた。だが、考えたら、そんな物に、意味は無いって、
気が付いた。今、言われているセントでの正義はどうだ?俺は、あれが正しい事だ
なんて思えない。それと同じように、俺の思っている正義が、他も正義だと思って
いるとは限らない。そう思うようになって・・・正義を問い掛けるようになった。
(なる程。良い傾向だ。正義と言う言葉はある。だが、それは、個人が貫くべき信
条であって、本当の、正しい事では無いと・・・。)
 俺は、そう思い始めている。
(ふっ。神は、もっと単純に考えてるけどな。)
 どういう事だ?正義が、決められてるって事か?
(そうでは無い。神の間では、正義と言う言葉は存在しない。悪に対するは善だ。
悪とは、負の感情から生まれる、独善的な行為の事だ。それに対し、善とは、負の
感情をも凌駕する、慈愛と守護を、その身で示す事だ。私達は、その行いを、正義
と言う言葉で飾ったりしない。負の感情にも、正義が存在するからだ。)
 その善は、何が決め手だって言うんだ?
(分からぬか?・・・それは、考えたまえ。それを考えて、実現する事。それも、
善の内だ。独善的な正義も、存在するから、惑わされぬようにする事だ。)
 ちぇっ。ま、でも参考にはなった。礼は言う。悪にも、正義が存在する・・・か。
(悪には、悪側の正義と言う物がある。例え独善だとしても、正しいと思う心は、
止められぬものだ。それが悪だと気が付いた時、その者は、絶望してしまうのだか
らな。)
 なる程な・・・。俺も考えよう。爺さんが言う正しい事ってのは・・・それを考
えるってのも、絶対入ってると思うんだ。
(そうしたまえ。君は強い分、責任も、重大なのだからな。)
 後悔しないように・・・しないとな。
「兄様。随分長く祈ってらしたのね。」
 恵が、こちらを覗き込む。ゼーダと会話している時は、ボーっとしてるように見
られるのかも知れない。実際、そうなっているのだろう。
「ああ。祈りの事で、ゼーダと話してたんだ。」
「へぇ。兄様は、何を祈りましたの?」
 恵は尋ねてくる。興味あるのかな?
「爺さんの遺言を守れるように・・・ってな。ただ、正しい事って事の定義を、ゼ
ーダと話しあってたのさ。そこを間違えると、大変だからな。」
 俺は、包み隠さず教える。恵は、ゼーダとの会話にも理解がある方だ。
「相変わらずなんですねぇ。でも正しい事は何か?なんて、兄様は、気にしなくて
良いですよ。兄様は、誰よりも正しい事を第一に考えてるじゃないですか。そんな
方が、他の方より間違っているとは、私には思えませんわ。」
 ・・・恵。嬉しい事を言ってくれる。
(フフフ。君より、妹君の方が上手だな。)
 それは認める。恵は、俺には、出来過ぎた妹だよ。
「ありがとよ。俺は、自分自身より、恵が信じている兄としての自分を誇るよ。」
 俺は、恵の頭を撫でる。
「に、にぃさまぁ!?何を、やってらっしゃるのかしら?」
 恵は、今までに無い声を出す。あ。つい、昔のように、撫でてしまった。
「あ、悪い・・・。つい、昔を思い出してしまってな・・・。」
 昔は、恵の頭を撫でるのは、結構当たり前のように、やっていたからな。
「そ、そう言う事でしたら、仕方がありませんわね。で、でも、不意打ちは、いけ
ませんわ。心の準備が、出来なかったですわ。」
 恵の奴、あんまり怒ってなさそうだ。それどころか、何か喜んでる?
「次からは、声を掛けてもらえれば、心構えが出来ましてよ?」
 うーむ。それも、何だか恥ずかしいけど・・・。まぁ撫でるの自体、おかしい事
なのかも知れないな。でも恵は、次もやって欲しいような感じだな。
 何だか、完璧で出来の良い妹なんだけどな。こういう所が、子供っぽくて可愛い
と言うか・・・。俺には、勿体無いくらいだ。笑うと、この上なく幸せな顔するし。
 と、考えてる内に、シャドゥさんの所まで来た。鏡餅やら、羽子板やら買ってい
る。おみくじなども、買っているみたいだ。
「お。皆、帰ってきたようだな。こちらも、色々回ってみたぞ。」
 シャドゥさんは、正月の神社は初めてらしく、とても浮かれていた。ナイアさん
なんかは、子供の頃は、人間として育てられたので、慣れてる様子だった。約20
0年振りなので、つい、はしゃいでしまったらしいが。シャドゥさんの家に住んで
からは、行ってないみたいだな。
「おみくじを買ったんだが・・・。この末吉と言うのは、縁起が良いのか?」
 シャドゥさんが、おみくじを見せる。末吉とは、また微妙な・・・。
「その顔を見ると、中の下と言ったところか。」
 シャドゥさんは、皆の顔を見て判断する。正にその通りだった。
「羽子板セットを、買ってしまいました。」
 ナイアさんは、正月らしい着物の女性が、書かれた羽子板を見せる。
「この羽子板と言うのは、どう言う武器なのだ?」
 シャドゥさんは、大真面目に聞いている。
「攻撃力は高そうですけど、射程は、短そうですね。」
 レイクさんまで・・・。ああ。そうか。この人も、知らないんだっけか。
「あ、あのねぇ・・・。この羽子板と言うのは、このセットの中にある、羽を叩い
て、テニスのように、ラリーをする正月特有の、スポーツ用品よ。」
 ファリアさんが、何とも、分かり易い説明をしてくれた。
「ほほぉ。人間は、面白い事を考えるな。」
 シャドゥさんは、興味津々だった。魔族って、こう言うのには疎いんだろうな。
(羽根突か。ガリウロルに伝わる、正月の遊戯だな。)
 良く知ってるな。アンタも、やった事あるのか?
(見た事ならある。中々、面白そうな遊びだったな。)
 羽根突を知ってる神。・・・ま、言いか。
「普通は、道端とかでやるんですけど、やるなら、本格的な方が良いかも知れない
わね。うちに帰ったら、やりましょうか。」
 恵は、何かを思いついたらしく、羽子板が、いっぱい売っている売店に行く。
「じゃ、皆、この中から選びましょうか。選んだら、纏めて私が払いますわ。」
 恵は睦月さんを呼んで、耳打ちする。すると、睦月さんは、了解サインを出す。
 とすると、羽子板選びが重要なわけだ。模様以外は、ほぼ同じだが・・・。大き
さと模様を彫る所で、少し窪みなどがある。その辺、注意しないとな。
 皆、それぞれ思い思いの羽子板を手にする。そして、恵が会計を済ませる。流れ
るような支払い方だ。睦月さんが、カードを出すと、すぐに成立した。
「羽根突は、勝った方が負けた方に墨を塗るのが恒例なんですけど・・・。それじ
ゃ無粋ですわ。やるなら本格的ですので・・・。初戦で負けた方は、今夜の餅突き
の手伝い。優勝者には、賞品でどうかしら?」
 恵は、睦月さんに賞品を買いに行かせたらしい。何をするつもりなんだろうか。
 どっちにしろ、正月から勝負と言う事か。俺達らしい事だ。


 ふふっ。兄様に撫でられた!こんな嬉しいことは無いわ。もう良い歳だし、そん
な事は、してくれないかと思ってましたわ。つい浮かれて、羽根突大会なんて言い
出してしまったけど、何だか、皆が盛り上がったから結果オーライにしますわ。
 羽根突か。誰が強いかしらね。多分、レイクさんとシャドゥさんは、初見でも結
果が出るくらい、強いんでしょうね。ただ、今回は、特殊能力は一切無し。純粋な
体一つでの勝負にしたから、大丈夫でしょう。それに、長いと飽きますから3ポイ
ント制。審判は、ナイアさんに、しましたわ。何でもナイアさんは、性格的にも、
体力的にも、争い事に向いてないのだとか。ご奉仕大会のように、競技を競うのは
得意らしいんですけどね。白黒付けるとなると、途端に、力が、発揮出来ないタイ
プなんだとか。
 それはファリアさんも、保証してたわね。
 ま、どっちにしても皆、私が不得意だと思ってるんでしょうね。そうは行かなく
てよ。こう見えても、睦月や葉月に、ミッチリ教えられた腕があるんですのよ。今
では、少なく共、あの二人よりは、腕が上だと自負してますわ。ただ・・・。問題
は初戦の相手ですわね。レイクさん辺り来ると、きつそうですわ。
 しかし、私も滑稽な事ね。もう完璧を演じる必要は無いと言うのに・・・。完璧
を求めてしまう・・・。それは、私が私である事を求めるのと、同じなのかも知れ
ない。昔は、あの男、厳導に認められたくて、頑張った物だ。でも、もうそんな事
を気にしなくて良い筈なのだ。だけど、やるからには一位。完璧なまでの勝利を願
ってしまう。天神家の当主としての責任?そんな物は、私にとってはゴミも同然の
筈なのにね。性分なんだろうな。
 私の願いは、兄様と過ごせると言う事。兄様は私の理想・・・。兄様の生き方は、
鮮烈で美しい。強さに貪欲なのに、それを、無闇に誇ったりしない。兄様は、私の
ような妹が居て嬉しいと言うが、それは私の方だ。勉強も闘いも、私はこなせるよ
うに見せている。でも、私は、器用なだけ。努力をして、やっと、このレベルまで
達している。だけど兄様は違う。私には無い才能を持っている。兄様が本気を出せ
ば、私など届かない程、強いに違いない。私は知っている。私が弱く、震えるしか
無かった時、兄様は、表に立って、あの男の叱りを受けていた。私が、瘴気に苛ま
れそうになって負けそうな時、兄様は、手を握って励まして下さった。私が今日ま
で魔族の血に負けなかったのだって、兄様が居たからだ。それに比べたら、私は、
兄様の足元にも及ばない。
 やっと自分自身で克服できる力『制御』のルールを手に入れた。その時に私に駆
け抜けた歓喜は、表現出来ない程だ。でも、それだけじゃ安心出来ない。それに、
習うと言っているのに、中途半端に辞める事は、私の性分に合わない。だから、パ
ーズ拳法も、続けている。
 少し気になる事と言えば、俊男さんかしらね。彼は、本当に兄様そっくりだ。兄
様の親友になれたと言うのも、分かる気がする。最初は羨ましいと思ったけど、今
では、当たり前だと思うようになっている。だって・・・彼は、3年前の兄様その
物ですもの。そして莉奈。彼女も、3年前の私そっくり・・・。上からの命令に従
って、自分を汚していく姿なんかは、寒気がするくらい、そっくりだった。だから
魁さんの事も、本気で怒った。ただ、魁さんは、あの男とは違って、更生の余地が
あったし、莉奈が、あんな事されてまで、好きだと言うのなら、仕方無いわよね。
私は拒絶する事で強くなったけど・・・彼女は、受け入れて幸せを求めた。そこが、
私とは違う所だ。そんな事もあったからかしらね。俊男さんは、本当に3年前の兄
様のような対応をする。正直、ドキドキする。あの頃に帰ったかのような、感覚に
なる時もある。今の兄様は、あの時より、更に成長しているから、比較には、なら
ない。でも、俊男さんと話していると、ビックリするくらい、自然に溶け込める。
 正直な所、私は、俊男さんの事を気に入っている。兄様と同じだからだ。兄様は、
私にとって何よりも、優先させなければならない人。だけど俊男さんは、次に優先
するべき人だと私は思う。それくらい気に入っている。浮気性だったかな・・・。
でも、それは、江里香先輩も同じなんだろうと思う。兄様に、俊男さんの面影を感
じているからこそ、より強く、惹かれているのだろう。江里香先輩は、間違いなく
俊男さんの事も、好きな筈だ。ただ、それは、年下の弟感覚なんだろうと思う。余
りにも長く、近くに居過ぎたせいで、恋愛対象として、見れないのかも知れない。
・・・だからって兄様にそれを求めるなんて、虫が良過ぎますわ。
 兄様の生き方は、鮮烈過ぎるから、私以外の人が、付いて行けるとは思えない。
でも、江里香先輩は、思ったより自分の意見を通す人ですからね。付いて行けるか
も知れない。それに意志は、かなり強い方ですし。私に真っ向から対決出来る人っ
て、江里香先輩か、ファリアさんくらいのもの。ファリアさんは・・・。あの人、
色々な修羅場潜ってきてるし、誰よりも、レイクさんの事を理解しようとしてるか
ら、あんな強い人は、居ないって思えるから良いんですけれどね。それにあの人は、
レイクさん一筋だし。私の理想像なんですよね。でも、江里香先輩は、私のライバ
ル。負ける訳には、いかない。兄様を取られて堪るか。


 唐突に決まった羽根突大会だったが・・・。俺の相手は、伊能先輩だった。伊能
先輩曰く、羽根突とは何だ?と聞いた時点で、俺は、勝ったと思った。こう見えて
も、小さい頃、恵と一緒に睦月さんや葉月さんにコテンパンにやられたので、練習
は、いっぱいやった。だから恵もそうだが、羽根突は、かなりの腕前だと思う。恵
は、葵さんか。互いに初戦は勝ち抜けそうだ。やっぱやるからには勝たないとな。
 俺は、羽根突のやり方を一通り説明して、今回のために用意された陣地を調べる。
天神家の庭だが、テニスコートがあった筈なので、そこで、やるらしい。これじゃ
まるでテニスだな。ただ、羽根突のため、ネットは無い。それだけに低空での闘い
も、出来ると言う訳だ。中々面白そうだ。
 他の組み合わせを見ると・・・。うおわ!いきなりシャドゥさんとレイクさんか
よ!!こりゃ恐ろしい・・・。あの二人、やり方知らないだけで、絶対に、すげぇ
闘いになる。剣では、師匠と弟子なんだろ?すげーな。莉奈さんは紅先輩とだ。普
段なら、紅先輩の方が上だと言いたいが、莉奈さんは、葵さんの話によると、羽根
突では、ほとんど負けた事が無い程の腕前なんだと言う。こりゃ・・・紅先輩の負
けかも。で、グリードさんと魁か。魁は、遊びには精通している。でも・・・グリ
ードさんって、確か、とんでもない射撃の名手だよな。勝てないかもな。エイディ
さんが、亜理栖先輩とだ。これも、因縁があるらしい。と言うのは、幼い頃に遊ん
だ時は、ほとんどエイディさんが勝っていたらしい。亜理栖先輩が、手を抜くと怒
るから、エイディさんも、それに応えてって感じらしいが、今は、亜理栖先輩も、
相当実力が上がっているだろう。これは、良い試合になるかも知れない。勇樹は、
ファリアさんとか。全くの未知数だな。上手いのか下手なのか、予想もつかない。
まぁ、見てみるしか無いな。俊男は、葉月さんとだ。・・・俊男には悪いけど、こ
れは、葉月さんの勝ちかも知れないな。葉月さんは、ああ見えて、恐ろしい程の腕
前だ。俺達が、散々練習してやっと互角だったのだ。それは、勿論、睦月さんもだ。
その睦月さんの相手は、もちろん最後の1人、江里香先輩だ。江里香先輩が、どれ
くらい強いのかも、分からないんだよな。でも、睦月さん、相当強いしなぁ。
 兎にも角にも試合が始まった。俺は第1試合だったが、伊能先輩から始めて、突
き返していく。・・・うお!結構際どいコースだ。しかも陣地の中に入っている。
俺は、慌てて打ち返す。こりゃ、本気を出さなきゃ拙いかな。
「てい!!」
 俺は、猛特訓した成果を見せる。恵と、かなり練習した記憶が蘇る。さすがに俺
の練習成果があったのか、ストレートで勝った。
「ぬあああ!負けたああ!!うぐぐぐ。瞬!お前、慣れとるな!!」
「ハハハッ。言う必要は、ありませんよー。」
 俺は、恵に合図を送る。恵も頷き返す。勝つ気満々だ。
 隣のコートでは、葉月さんと俊男が・・・良い試合してる!!凄いぞ!?どっち
も際どいコースを突いている。こりゃ、技量が高い証拠だ。
「ここです!!」
 俊男は、陣地ギリギリを狙う。葉月さんは届かない。
「んー・・・。これは、外れてます!」
 ナイアさんが審判をしている。
「あ、危なかったよー・・・。俊男君、凄いんですね。」
 葉月さんは、かなり本気を出している。となると、俊男の実力は本物だ。これは、
この1ポイントだけじゃ、どう転ぶか分からない。
「いやぁ、幼い頃、莉奈と、色々練習した物で。」
 ・・・そうか。莉奈さんが上手いと言う事は、俊男も、上手いと言う事か。
 その莉奈さんは、紅先輩を、あっさり下していた。さすがだ。
「技量の差だ・・・。負けを認めざるを得まい。」
 紅先輩は、技量が違うのを、あっさり認めた。まぁ仕方が無いかも。
「トシ兄と、色々練習しましたから。」
 莉奈さんは、かなりの腕前だ。甘く見ていた。実は、この羽根突は、とんでもな
い実力者の集まりなんじゃないだろうか?
「いよっしゃあ!」
 勇樹は、ファリアさんに勝利していた。と言うのも、ファリアさんは、本当にや
った事が無いらしく、テニスの力加減で、やっていたらしい。なのでアウトになる
事が多かったのだ。まぁ、普通は、そうだよね。
「やった!」
 俊男が拳を握る。うお!葉月さんが、負けた!!一応2ポイントずつ取ったみた
いだが、最後は、俊男が取ったみたいだ。
「くっ!!早い!!それに、何てリーチ!」
 苦戦しているのは、睦月さんだ。江里香先輩の舞うような動き、そして隼突きの
時の様な、羽子板捌きが、睦月さんを翻弄していた。技量では、睦月さんが上だっ
たが、速さと力強さは、江里香先輩の方が上だった。
「ここよ!!」
 江里香先輩が、際どい所まで、拾って打ち返した。睦月さんまで負けてしまった。
こりゃ・・・俺、次で負けるかも。
「ええい!」
「どりゃああ!」
 結構良い音させてるのが、エイディさんと亜理栖先輩だ。意地と意地のぶつかり
合いって感じだった。互いに退く気は無い。良いラリーだ。
「やってくれるぜ!!ここだあああ!」
 エイディさんが、かなり熱くなっていたが、やっとの事で、勝利していた。
「さすがエイディ兄さん!でも、悔いはないよ。次は、負けないからね。」
 亜理栖先輩は、負けたけど、悔い無しなのだろう。素直に良い試合だった。
 その横で、凄い試合をしていた・・・。グリードさんと魁だ。魁は、普通に打ち
返しているが、グリードさんのは、桁外れだ。羽子板の面では無く、縁で、打ち返
していた。しかも正確に、魁の手元に跳ね返る。何だあれ・・・。
「グリードさん・・・。勘弁して下さいよ。」
「コツを掴むと面白くてな。わりぃわりぃ。んじゃ、そろそろ決めるぜ!」
 グリードさんは、そう言うと、際どいコースを突いて来た。それを、魁も何とか
拾うが、次元が違う。こりゃ、恐ろしい実力だ。
「すげーっすよ。俺っちじゃ無理だ。いやぁ、普段見せてるアレは、伊達じゃ無い
っすね。でも、打ち返せただけ、マシって所かなー。」
「最後は、決めに行ったんだけどな。3回も打ち返されるとは思わなかったし、お
前も、反射神経が良い方だよ。今度、射撃もやってみないか?」
 グリードさんは、珍しく相手を褒めていた。まぁ魁も、結構目が良いんだよな。
 と、代わる代わるやっていて、とうとう、この試合になった。
「へっへー。何か、この板、剣に見立てると、久し振りですね。打ち合い。」
「そうだな。遊びとは言え、容赦はしないぞ?」
 レイクさんも、シャドゥさんも、やる気マンマンだ。闘気とか使ってないのに、
凄そうな雰囲気を漂わせている。
「じゃ、行きますよ!!」
 レイクさんから、いきなり、容赦の無い羽根がシャドゥさんを襲う。は、早い!
何だ?あの速さ!?羽根突の速さじゃねーよ!?
「はぁぁぁ!!」
 シャドゥさんは、何と、それを打ち返す。しかも同じ・・・いや、それ以上の速
さで!?何て言う闘いだよ!?俺達は、つい見入ってしまう。
 おおよそ羽根突とは、思えない速さと音が交錯する。しかも二人とも、陣地をフ
ル活用している。どっちも、際どい所に落としているが、ちゃんと拾っている。
「やるな!腕を上げたな!レイク!!」
「シャドゥさんこそ、密かに修練を積んでたでしょう!?」
 二人は、楽しそうに打ち返している。息一つ、乱れてない。
「なんじゃ、ありゃあ・・・。」
 伊能先輩が、つい溜め息を漏らす程の凄さだ。息も吐かせぬほどの、ラリーだ。
正に速さ比べであり、力比べだ。
「決める!!不動真剣術!突き『雷光』!!」
 レイクさんは、羽子板を、やや後ろに持っていくと突く形で羽根を飛ばす。する
と、とんでもないスピードで、地面に着く。
「レイクさん、1ポイントです。」
 ナイアさんが、正確に陣地を見る。
「いよっしゃ!先制!」
 レイクさんは、羽子板を握り締める。
「良い鋭さだった。やるな!次は、私も見せよう!」
 シャドゥさんは、レイクさんと同じ構えを取る。そして、二人とも同じような振
りで突き返していく。またラリーが始まった。さっきよりスピードが上がったよう
な感じだ。どちらも不動真剣術の動きの一つなのか、円を描くような感じで、まる
で隙が無かった。
「甘いですよ!不動真剣術なら、俺の土俵ですよ!」
 レイクさんは、またも羽子板を、後ろに持っていく。
「不動真剣術!袈裟斬り『閃光』!!」
 レイクさんの気合と共に、羽根は、地面に激突した。これ、本当に羽根突かよ。
「レイクさん2ポイントです!」
 ナイアさんは、陣地に入ってるのを確認すると、宣言する。
「さすがに、不動真剣術では、本家には、敵わぬか。」
 シャドゥさんは、そう言うが、本家に迫るような勢いだった。レイクさんから、
シャドゥさんは、一流の剣術を、ほとんどを使いこなせると聞いていたが、本当の
事らしいな。凄い才能だ。
「ならば、本気を出そう!」
 シャドゥさんは、羽子板を握り締めて、逆手に取る。そして、ボクシングで言う
所の、フリッカーのような感じで腕を振り始める。
「やっと出ましたね。本気が!」
 レイクさんは、シャドゥさんの本来のスタイルだと、見抜いたようだ。
「あれでは、振り難いのでは、無いのか?」
 紅先輩が、不思議に思う。俺も、そう思う。
「まぁ、見てろって。ああなった時のシャドゥさんは、鬼だぜ。」
 エイディさんは、冷や汗を掻いている。それ程か。
 そして、ラリーが始まる。すると、シャドゥさんは、腕の振りだけで、羽根を返
していく。しかも、変幻自在にだ。何だあれは!?
「吸い込まれるような打ち返し。あれこそ、シャドゥさんの本気だ。」
 エイディさんは、解説する。確かにその通りだ。レイクさんが、際どい所に持っ
ていっても、何でも無いかのように、フリッカーの構えで打ち返していく。まるで、
羽子板が延長線上にあるかのような自然さだ。そして、とうとう落としてしまった。
「これぞ、我が剣の極致『空洞剣』。その恐ろしさは、良く知っているな?」
 シャドゥさんの『空洞剣』の射程範囲内は、全て拾われると思って良いのかも、
知れない。これは凄い。攻防一体の構えだ。あっと言う間に2本取られる。
「同点です!あと1ポイントです!」
 ナイアさんが、知らせる。すると、レイクさんは、腕を垂らした。
「やはり、その構えで来たか。あの時の再現だな。」
 シャドゥさんは、その構えを見るや、不敵に笑う。
「レイクさんは、何故、構えないんです?」
 俺は、聞いてみる。
「違うぜ。あれはな。心を無にして、来た攻撃全てを、あそこから返す『無』の構
えだ。不動真剣術の、最高の構えの一つだ。」
 エイディさんは解説する。・・・。俺には、やる気が無くなったようにしか見え
ない。だが、それは、すぐに違うと判明した。
 凄いラリーになった。シャドゥさんは、『空洞剣』の構えで、全てを拾いながら
攻撃する。それをレイクさんは、羽根が来た所にだけ、物凄い反応をしながら、陣
地を詰めていく。その反応たるや、恐ろしい物があった。無駄な動きが、一切無か
った。これが『無』の構えか!
「良いぞ。あの時よりも、数段腕を上げている!!」
「シャドゥさんこそ、回転早くなりましたね!」
 二人は、楽しそうに打ち合っていた。
「さぁ、あの時より成長した姿を見せてくれ!」
 シャドゥさんは、渾身の一撃を見舞う!それをレイクさんは、真正面から受け止
めて、物凄いスマッシュで返す。・・・シャドゥさんは、さっきの一撃で、もう動
けなかったようだ。レイクさんも、肩で息をしている。後は、羽根が陣地に入って
いるかどうかだ。ナイアさんが、確認する。
「・・・ギリギリ、入ってます!!」
 ナイアさんの宣言で、レイクさんが勝った。すげぇ!皆、大いに沸く。
「見事だ。あの時の甘さが、抜けたな。おめでとう。レイク。」
「勝つべき試合は勝ちます。じゃないと、相手に失礼です。」
 シャドゥさんもレイクさんも、握手を自然に交わす。
「それで良い。君は、王道を貫くのだ。」
 シャドゥさんは、嬉しそうにコートを出る。
 しっかし・・・。こんな人に勝てるのかよ・・・。
 大いに沸いた1回戦だったが、早速2回戦が組まれた。俺は、莉奈さんとだ。恵
は、エイディさんとか。俊男が勇樹と・・・江里香先輩がシードか。・・・って事
は、まさか!!グリードさんとレイクさんか!!ちなみに、俺と莉奈さんの試合の
勝者が、江里香先輩と闘う事になっている。
 俺は早速、莉奈さんとの試合になったが、はっきり言って莉奈さんは、かなり強
かった。要所要所を押さえて、ポイントを取りに来た。しかし、俺は、ポイントを
取りに来る所を敢えて読んで、撥ね返す事で競り勝った。危ない勝負だった・・・。
 続いて、恵とエイディさんだったが、エイディさんの力強いスマッシュを、恵は
スピンを掛けながら弾き返す。技術的には、恵の方が上だった。さすがだ。前の時
より、数段腕が上がっている。エイディさんも粘ったが、恵が勝利を収める。
 俊男と勇樹は、悪いが、圧倒的だった。勇樹も決して下手では無い。だが、俊男
が圧倒的に、上手過ぎるのだ。曲がる羽根、落ちる羽根など使い分けている。すげ
ぇ技術力だ。技量で言えば、一番かも知れない。
 そして、グリードさんと、レイクさんの番になった。ちなみに負け組は、早速、
餅突き大会を始めている。シャドゥさんなどが、唐辛子を入れようとしているのを
押さえたりしている。あっちはあっちで楽しそうだ。しかし、一旦落ち着いたのか、
手を止めてこっちを見だした。グリードさんとレイクさんの試合を見るためだろう。
「グリード。手加減するんじゃねーぞ?」
「兄貴。飛び道具を使ったスポーツで、負ける訳にゃいきませんぜ?」
 レイクさんは元より、グリードさんも、やる気マンマンだ。基本的な技術力は無
い。だが、圧倒的な速さを持つレイクさんと、飛び道具を、自在に操るグリードさ
んの対戦だ。これは、どう転ぶか分からない。
 そして、早速始まった。レイクさんが、最初に羽根を放つ。速い!何て速さだ。
それをグリードさんは、目で追い掛けていた。しかし、体が付いていかなかったの
か、1ポイント取られていた。
「どうした?反応が出来ないのか?」
「兄貴。早とちりは困りますぜ。俺は、今ので、兄貴の羽根筋を見極めさせてもら
いました。次は、弾き返してあげますよ。」
 グリードさんは、そのために最後まで見ていたのか。
「面白い事を言うじゃねーか!」
 レイクさんは、また高速で羽根を放つ。それをグリードさんは、キッチリ返して
きた。だが、シャドゥさん程、羽根にスピードが無い!レイクさんは、反応して弾
き返す。しかし、それを軽々とグリードさんは返してきた。しかも、急速に曲がる
羽根でだ。咄嗟に曲がったので、反応出来ず、グリードさんが1ポイント取った。
「さっきの言葉、嘘じゃ無いようだな。」
「兄貴は正直過ぎるんですよ。だから、打つ面と、打つ方向さえ見れば、何処に羽
根が来るか、分かっちまうんですよ。」
 なる程。グリードさんは、レイクさんが羽根を打つ前から何処に羽根が来るのか
分かっているので、打ち返す事が可能なのだ。凄いな・・・。
 しかしスピードに付いていける訳では無い。最初こそ落ちる羽根で2ポイント目
を取ったが、レイクさんも、羽根を見極めて打ち返すようになり、五分五分の勝負
になった。これは・・・ある意味、凄い闘いだ。
「こんな短時間で、曲げに対抗してくるなんて、さすがですよ。」
「お前こそ・・・こんなやり方で付いて来るなんてな!楽しいじゃないか!」
 二人共、笑っていた。勝負を楽しんでいるな。
 しかし、これで最後だ。グリードさんは妙な構えをする。羽子板の面を、しっか
り手で覆っている。何のつもりなんだろうか?
 レイクさんは、高速に羽根を放つ。それをグリードさんは、思いっきり、スピン
が掛かるように弾き返すが、いかんせん、スピードが鈍いなんて物じゃない。しか
も、変な方向に飛んでいった。これでは、陣地内に入らないだろう。
「最後は、あっけない物ね。」
 江里香先輩も、そう思っていた。しかし、羽根は、物凄いスピンで陣地内に戻っ
てくる。入ってるぞ!?あれ。
「くっ!!こういう事か!」
 レイクさんは、慌てて拾いに行く。そして、寸での所で、拾い上げて弾き返す。
「貰いましたぜ!!」
 グリードさんは、今までに無いスマッシュのチャンスだった。羽根は、ゆっくり
だ。それを、レイクさんが倒れている反対の端へ、今までに無いスピードで弾き返
した。これは、さすがのレイクさんも間に合わない!・・・そして羽根は落ちた。
「ちぃっ!!」
 レイクさんも飛びついたが、間に合う筈も無かった。今までのレイクさんに匹敵
するスピードだった。恐らく、最後の賭けだったのだろう。
「・・・僅かに、外れてます!」
 ナイアさんが言う。・・・ほ、本当だ・・・。ほんの僅かだが、陣地に入ってな
かった。と言う事は・・・。
「レイクさんの、勝ちです!」
 おおお!周りからも、歓声が起きる。
「・・・勝った気がしないぜ・・・。」
 レイクさんは、完全に、してやられた表情だった。
「さすがに、あのスピードで端を狙えば外れたか。まだまだだな。俺っちも。」
 グリードさんは、晴れやかな表情だった。負けて納得だったのだろう。あのスピ
ードじゃなきゃ、反応されていた。そして、端を狙わなきゃ、レイクさんは追いつ
いていた。そして、次は、あれ以上のスピードは出せない。それで外れたのなら、
仕方が無い。そう思ったのだろう。
「グリード。成長したな。勝負では、お前の勝ちだった。」
「何を言ってるんですか。正確に狙えなかったのは、兄貴の速さが凄かったからで
すよ。もう、あれ以上の速さには、反応出来ませんよ。」
 レイクさんとグリードさんは、握手をする。そこには、仲の良い、いつもの二人
があった。何て人達だよ。この人達はさ。
 そして、興奮冷めやらぬ内に、江里香先輩との試合になった。江里香先輩は、相
当慣れている。構えからして違う。シャドゥさんと同じくバックハンドだ。俺は、
この勝負は、スピードとパワーで勝負するしかないと読んでいた。レイクさんと同
じ戦法だ。対して江里香先輩は、完全なテクニック勝負だ。俺が反応し難い所に羽
根を放って来る。勝負は、ほぼ拮抗した。やはり2ポイントずつで最終試合になっ
た。俺は、江里香先輩の羽根を、どうにか拾っていく。しかし、江里香先輩に、精
彩がない。肩で息をしている。そうか。結構打ち合ったからな。それに、一々技を
繰り出していたんじゃ、疲れると言う事か!そんな江里香先輩に対して、俺は、ま
だスタミナに余裕がある。行ける!!
「入りました!!瞬さんの勝ちです!」
 俺は勝利宣言を受ける。・・・寸での所だった。もしスタミナが尽きなかったら、
先にミスをしたのは、俺だったかも知れない。
「はぁーあ。さすが瞬君。そのスタミナには、敬意を表するわ。」
 江里香先輩は、あっさり負けを認めた。だが、言う程、俺には余裕が無い。ギリ
ギリの勝負だった。はっきり言って、俺も限界だった。
 次の試合は、レイクさんと恵。そして俊男と俺だった。準決勝って奴か。レイク
さんは、今まで通り、物凄い速さのラリーを続けている。それに対し恵は、それを
物ともせず、返している。さっきのグリードさんとの試合を見ていたのだろう。完
全に動きを読みきって、打ち返していた。しかも、あのレイクさん相手に、陣地の
一番前まで来て打ち返している。凄い自信だ。
「さすがとしか、言いようがねーな。恵。」
「レイクさんこそ、私が反応するのが、やっと何て、恐ろしい早さですわ。」
 2人共、純粋な打ち合い勝負になってきた。シャドゥさん以外に、こんな事出来
るなんて、恐ろしいな。恵は曲がる羽根も使える筈だが、敢えて使わない。全て読
みだけで、レイクさんの要所要所をスピードのある羽根で、対抗している。
 先にポイントを取ったのは恵だった。ギャラリーが沸く。しかしレイクさんも立
て続けに意地の手数で、ポイントを取り返して逆転する。しかし恵も負けていない。
ここに来て、初めて曲がる羽根を使い出す。凄いのは、ここからだった。あのレイ
クさんの速い羽根を、悉く曲がる羽根で返していく。そして同点になった。
 しかし、最後は、さすがに片膝を着きそうになる程、疲れていたのか、レイクさ
んに取られる。恵は、溜め息を吐くが、仕方が無い。
「負けましたわ。伝記の剣術は、伊達じゃありませんわね。」
「俺は、ほぼ全てを出し切った。ギリギリだったぜ。」
 さすがのレイクさんも、心地良い疲れを感じているようだ。一方の恵も、納得の
負けだったようだ。こっちでも、凄いと思えるような闘いを演じた。凄い事だ。俺
も負けられない。
 そして、俺は、俊男と打ち合う事になった。
「瞬君。悪いけど、勝たせてもらうよ。」
「恵が、あれだけ頑張ったんだ。俺も、負けないようにするだけだ。」
 俊男は、あれで、かなりの負けず嫌いだ。空手大会に続き、部活動対抗戦でも負
けを喫しているのを、気にしない訳が無い。
 俺は、早速、打ち始める。すると俊男は、恵と同じく一番前に立ってきた。そし
て、高速に打ち返してくる。俺は、何とか拾うも、俊男は一歩も動かず、打ち返し
てきた。しかも羽根が、一旦上昇した後に、急速に落ちた。
「い、今のは何だ!?」
 俺は、さすがに驚く。
「高速フォークって奴だよ。一旦浮いて、落ちるんだ。」
 すげぇ。初めて見た。だが、これで弾道は分かった。俊男が羽根を放つ。それを
俺は力で押し返す。すると、俊男はまた、踏み込んで打ち返してくる。俺も距離を
詰める。落ちる前に勝負する!それしかない。俺の作戦が功を奏したのか、2ポイ
ント連取する。しかし、俊男は落ち着いていた。あれは諦めている眼じゃない。
「さすがだよ。瞬君。まさか決勝前に、僕の手の内を見せる事になるとはね。」
 俊男は、そう言うと、俺の放った羽根を、手首を返しながら打ち返してくる。
「うお!」
 俺はビックリした。羽根が揺れている。分身しているかのようだ。それを俺は、
何とか当てる。すると、俊男は、手首すら見えない打ち方をしてきた。すると、俺
が打ち返すポイントの前に、狙ったかのように落ちた。陣地には、ギリギリ入って
いる。何だ?この羽根は・・・。
 それからの俊男は、あらゆる技法を使って俺を惑わせた。俺は何とか食らいつく
が、渦巻状に回転する羽根に、やられた。
「俊男さんの勝利です!」
 ナイアさんが宣言する。
「あー。負けた!さすがに完敗だ!」
 俺は認めた。俊男は、俺なんかよりも、もっとレベルの高い所にいた。聞けば、
パーズでも、同じような大会があって、タイトルを、悉く奪った経歴があるらしい。
納得だ。俺が食らいついていた方こそ、奇跡なのかもな。
「んじゃ、決勝戦と、3位決定戦だな。」
 レイクさんが言う。そう言えば、3位決定戦があるんだったな。決勝戦は、シャ
ドゥさんが審判をやるようだ。3位決定戦は、ナイアさんだ。どうやら、同時に行
うらしい。
「兄様。あの時の、練習以来ですわね。」
「そうだな。あの時は、睦月さんと葉月さんに勝ちたい一心で練習したっけな。」
 恵も俺も、負けず嫌いだったからな。コテンパンにのされた後、飽きるまで練習
したっけな。それ以来だ。恵との対戦は。
「私、2回も負ける程、お人好しじゃ無くてよ?」
「言うね。俺だって、俊男に負けたのだって、悔しいくらいだぞ?」
 恵も俺も、あれだけ実力差があっても、勝ちたいと思うくらい負けず嫌いなのだ。
確かに俊男もレイクさんも、決勝に勝ち上がるに相応しい程強い。でも、それに勝
ちたいと思う気持ちは、負けちゃいなかったはずだ。
 そして、決勝と3位決定戦が始まった。レイクさんと俊男の方はレイクさんが、
パワー、そして俊男がテクニック。スピードは互角。そしてスタミナも、どちらも
無尽蔵だ。見てて、分かり易い構図だった。一方の俺達は、俺も恵も、読みと勘を
頼りに、スピードもテクニックもある。パワーでは、俺が上回ってるが、それを封
じるだけの弱点を突く闘い方が恵には出来る。パワーと、読みの闘いだった。俺も
読みに関しては、自信がある方だが、恵は、試合全体をコントロール出来るくらい
の、分析力がある。そこは認めるしかない。
 恵は分裂思考が出来る。俺が、次の羽根が来る所を予想するのは、相手の動きを
捉えてからだ。しかし恵の場合、相手の出方を、3パターンか4パターン読んで、
一番確率の高い事項を弾き出す。だから、精度の高い読みが可能となるのだ。恵か
ら、その話を聞いた時は、ビックリした。そんな考えに至り、実行出来るのは、天
才と言う他無い。
 俺は、恵を上回るパワー、そして時折、意外な事を混ぜながらポイントを取る。
恵の方は、的確に素早くラリーを繋げる事で、ポイントを取って行った。そして、
やっぱり2ポイントずつ取る。ここしかないって、ポイントを的確に取ってくる。
陣地の4隅を、正確に狙ってくる辺り、恵は凄い。しかも、小手先の技に頼ったり
しない。真っ向勝負だ。女性陣の中で、スピードで真っ向勝負しているのは恵だけ
だ。パワーは、確かに無い。しかしスピードと正確さで、確実に追い詰める。レイ
クさんは、それ以上に、スピードもパワーも持っていたが、俺は、パワーくらいし
か勝てる要素が無い。しかも、最後の試合だってのに、スタミナも切れない。恵の
才能には、舌を巻く。
「ほっ!!やるな!恵!!こんなに凄くなるなんて、何だか嬉しくなってくるぜ!」
「タァ!!無駄口叩く暇は、与えませんよ!」
 俺達は笑っていた。まるで、あの練習していた時に戻っているような感覚だった。
スピードもパワーも、段違いに違う。でも、こうやって一生懸命打ち合ったっけな。
「あーあ。仲が良い事ねぇ。」
 ファリアさんが羨ましがる。俺達は、血の繋がってない兄妹だ。だけど、絆が無
い訳じゃない。こうやって、羽根突で遊んだ記憶だって、鮮明に覚えている。
「コイツで終わりだ!」
「止めよ!」
 俺の思いを込めた羽根を、恵はしっかりと打ち返してきた。俺は、その最後の羽
根は、見えなかった程だ。さっき、このスピードで返せば、レイクさんにだって、
勝てただろうに・・・。俺に見せるんだからなぁ。素直じゃないよ。恵は。
「入ってます!恵さんの勝利です!」
 ナイアさんが、宣言する。すると、ギャラリーが沸いた。いつの間にか、レイク
さんと俊男も、見ていた。白熱して、気が付かなかったぜ。
「ふふっ。腕を上げましたね。でも、もう一歩足りませんでしたわね。」
「全くだ。俊男に続き、2連敗とは、焼きが回った物だ。」
 恵は、本当に凄かった。だから素直に認めた。そして、恵とハイタッチする。本
当に、良く出来た妹だよ。
「おい。あっちに、負けられないぞ?」
「分かってますよ。これで最後です。思いっきり行きますよ。」
 レイクさんと俊男も気合を入れる。どうやら、こっちも同点みたいだ。激しいラ
リーから始まった。俺達も早かったとは思うが、こっちも、かなりの物だ。どちら
も力強い。だが、レイクさんが、どの位置で拾っても、パワーを込めているのに対
し、俊男は、返しながらも色んな変化を付けていた。それなのに、激しいスピード
に見えるのは、俊男が、スピードを付けながら、変化させていたからだ。正直凄い。
しかし、レイクさんも、崩れそうに無い。その辺は、さすがだ。
「くっ!!」
 レイクさんが、バランスを崩しながらも打ち返す。すると、凄くゆっくりした羽
根になった。チャンスだ。俊男は、ジャンプして空中で打ち返す。しかも、太陽を
背にしていた。羽根筋が、分からない!
「うおおお!」
 レイクさんが、渾身の一撃を見舞おうとする。しかし羽根は、揺れながら分身し
ていた。太陽を背にしながら、揺れる羽根か!・・・しかしレイクさんは、根性で
当ててきた。俊男は空中だ。これもチャンスだ。俊男は、地上では間に合わないと
判断したのか、苦しい体勢のまま、空中で打ち返してきた。そして、レイクさんは、
打ち返そうとするが、羽根が斜めに落ちていく。凄い変化だ。
「・・・入ってるな。俊男の勝ちだ!!」
 シャドゥさんが、俊男の勝ちを宣言する。うおおお!凄い!
「はぁ・・・か、勝った・・・。」
 俊男は、力が抜けたのか、へたり込んだ。
「あー・・・。最後の最後まで、あんな変化付けられるとはな。さすがだよ。」
 レイクさんも、負けを認める他無かった。しかし俊男は、パーズでもやっていた
程の筋金入りの強さだったのに対し、剣術の腕前だけで、勝負していたレイクさん
が、これ程の闘いを見せてくれたって事が、凄い所だと思った。
「ふむ。俊男さんが優勝・・・まぁ良いか。」
 恵は、少し考え事をしていたが、勝手に納得する。
「ちょっと良いかしら?」
 恵は、俊男に近寄る。そして、羽子板を打つポーズを取らせると、合図をして、
写真を撮っていた。業者まで呼んで、どう言うつもりだ?
「ええと・・・今のは、何ですか?」
 俊男は不思議そうに聞く。すると、恵は、この上無く楽しそうな顔をする。どう
せ、ロクでも無い事だ。間違いないだろう。
「豪華賞品の用意をね。」
 恵は、サラッと言う。そして今度は、業者と色々話し合っていた。
「ええと・・・ちなみに、豪華賞品って・・・何?」
 俊男は、嫌な予感がしたのか、恵に尋ねてみる。
「格調高い賞品ですわ。俊男さんの家と、天神家と、どっちに置きます?」
 ・・・俺は、何と無く予想が付いた。何て事を考えやがる。
「良く分からないけど・・・大きい物なら、ちょっと、うちじゃ厳しいかも。」
 俊男は、まだ分からないみたいだ。
「分かりましたわ。んじゃ、順当に行って、この辺かしらね?」
 恵は、天神家の噴水の真正面を指差す。
「あの・・・恵様?トシ兄の賞品って、何なんでしょう?」
 莉奈さんが、尋ねてくる。
「優勝者に相応しい銅像よ。4方から写真も撮ったしね。バッチリですわ。」
 やっぱり・・・。俊男は、ポカーンと口を開けている。
「ぼ、僕の銅像!?」
「ふーむ。それは、一生に一度、あるかどうかだな。やるのぉ!」
 俊男は困惑していたが、伊能先輩なんかは、感心しているようだ。
「俺、優勝しなくて良かったかもな。」
 レイクさんは、冷や汗を掻いていた。
「この天神家に、並ぶのですから、誇りに思いなさいな。」
 恵は、着々と準備をする。恐ろしい・・・。
「皆、餅が出来たわよー。」
 ファリアさんが教えてくれる。どうやら、馬鹿やってる隙に、餅が出来た様だ。
中々出来たてで、美味しそうだ。雑煮用のお椀まである。今日は、餅だらけだな。
「今日は、ファリア様が?」
 ナイアさんが、料理のチェックをする。
「餅以外のレシピは私。まぁ、この家や、貴女程じゃないけど、腕は振るったわよ。」
 ファリアさんの笑顔は、嘘を吐いてない証拠だ。見た目の派手さは無いが、美味
しそうだ。所々に、遊び心まで加えてある。羽子板の形をした竹の子なんか、ちょ
っとした物だ。睦月さんと葉月さんは、餅突きの手伝いを、していたようだ。合い
の手が出来る人が、少なかったせいだろう。
「美味しいです。腕を、また上げましたね。」
 ナイアさんは、満面の笑みを浮かべる。そこには、種族を超えた友情があった。
「そう言ってもらえると、自信になるわ。あ。これシャドゥさん用ね。」
 ファリアさんは、特別に辛そうな付け汁を、シャドゥさんに渡す。
「さすがファリア殿。配慮には、感謝しよう。」
 シャドゥさんは、嬉しそうに貰う。本当に、辛党なんだな。
 今日は、正月だ。この家の執事達なども、一緒になって祝っている。さっきの羽
根突の話などでも、盛り上がっていた。正月から、最高のスタートだな。
 俺は、この盛り上がりを、大事にしたいと思った。



ソクトア黒の章3巻の2前半へ

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