NOVEL Darkness 3-2(First)

ソクトア黒の章3巻の2(前半)


 2、探索
 あれから数日が経って、色々と分かってきた。シャドゥさんの実力も拝見させて
もらった。羽根突大会でも、片鱗を見せていたが、さすがと言う他無い。レイクさ
んと同等か、それ以上の実力の持ち主だった。鋭い剣術に加え、他の剣術の良い所
を、そのまま自分の物にしている。更に、自分で磨きを掛けた『空洞剣』は、付け
入る隙が無い。俺も3回に1回、一本取れるかどうかって、感じだった。
(魔族でも、かなり上位の魔族だろう。只者では無いな。少なくとも魔界剣士クラ
ス。魔王クラスの実力があると見て、間違いないだろう。)
 ゼーダが言うのだから、間違いない。ちなみに、魔族は、古くから階級別に分か
れている。一番下級なのが、使い魔と呼ばれている。次に妖魔。次に魔族。そして、
魔貴族と続く。魔貴族ともなると、中流クラス以上の家を与えられる。それくらい
上のクラスだ。そして、魔王の護衛である魔界剣士、そして魔王だ。だが、魔王が
『神液』と呼ばれる水を口にする事で、神の力をも克服するようになった魔族の事
を、神魔と呼び、最高クラスは、今の所、神魔となっている。その中でも、最高の
地位に付く者が、神魔王と呼ばれている。今は、グロバスが不在な上に、相応の実
力者は、伝記の戦いの時に全て散っていったので、神魔すら居ない状況だ。魔王と
呼ばれる者も、伝記の生き残り、元魔界三将軍のジェシーと、妖精の森に静かに暮
らしていると噂の男だ。その男は、破壊神エブリクラーデスの実子、ミカルドだ。
妖精の森の主であるリーアと恋に落ちて、妖精の森のために、獅子奮迅の活躍をし
た事から、妖精の森に居つく事を許された、変わった魔族だ。
 シャドゥは、その魔王と同じくらいの力を持っているのだという。クラスは、魔
界剣士だと思うのだが、その力は、ジェシーを凌駕しているかも知れないと言う事
だ。だがシャドゥさん自体が、その地位を望まないと言う話だ。まぁ義理堅いしな。
 それと、ナイアさんだが、こっちは実力などでは、シャドゥさんの足元にも及ば
ない。だが、生活力は、この人だけでも広い屋敷を運営出来る程なのだとか。そう
言う意味での力は、シャドゥですら、尊敬に値する程らしい。実際に見せてもらっ
たが、さすがは、睦月さんと葉月さんのライバルと言うだけある。凄い物だった。
 確か全ソクトアご奉仕メイド大会が開かれる筈だ。これは、楽しみになってきた
な。睦月さんや葉月さんも、この頃、凄い気合が入っている。ナイアさんの優勝を、
何とか止めたいと言った所なのだろう。
 まぁ、そんな折だった。ファリアさんとレイクさんから、呼び出しが入った。何
やら、緊急に頼みたい事があったらしい。呼ばれたのは、俺と恵と俊男と江里香先
輩だった。緊急に頼みって、何だろうな?
 場所は爽天学園の校舎裏。だから、江里香先輩が、鍵を持ってくる事になってい
る。何故なら、夜に行うと言う事だからだ。何をやるつもりなんだろう?
 俺達は、学校まで来た。夜中だと言う事で、なるべく音をさせないように、して
いる。その辺の足捌きは、バッチリだ。
 やがて、俊男と江里香先輩とも合流する。目立たない校舎裏に行くのは、どう言
う用件だろう?何か、大事な事でもするんだろうか?
「集まったわね。急で、ごめんなさいね。」
 ファリアさんが、周りに誰も居ないのを確認しながら、話し始める。レイクさん
は、緊張した面持ちだ。どうやら、何をするか聞かされているようだ。
「用件を聞きますわ。」
 恵が、ファリアさんの目を見る。真意を測っているようだ。
「今日、雲一つ無かったでしょ?今からやる事は、それが第一条件だったのよ。本
当は、そうじゃなくても出来るんだけど・・・失敗したくないの。」
 ファリアさんは、何かを、やるつもりらしい。
「・・・まさか、『召喚』?」
 恵は、緊張した声になった。『召喚』?ファリアさんのルールだよな。
「察しが良いわね。私が、今までやってきた召喚は、物体の召喚・・・。でも、今
日やるのは、生命の召喚よ。霊魂の召喚とも言うわ。」
 ファリアさんは、驚く事を口にする。生命の召喚。と言う事は、今までのと、次
元が違うと言う事か。下手すると、暴走し兼ねない。
「私が呼ばれたのは、鍵の管理だけじゃ無かったって事か。なる程ね。」
 江里香先輩は察する。江里香先輩のルール『治癒』は、もしものためにファリア
さんを治すための物だ。そして、俺が呼ばれたのは、俊男と組んで、ファリアさん
が暴走したときの抑え役。俊男の『跳壁』と俺の『破拳』があれば、手早く片付け
られる。そして、拘束する時に役立つのが、恵の『制御』。力を使えなくするため
だ。そして、最終的にファリアさんに取り憑いた場合に、取り憑いた者だけを斬る
事が出来る『万剣』のレイクさん。考えているな。万全だ。
「とうとう・・・やるつもりなのね。分かった。見てますわ。」
 恵は、薄々感付いていたようだ。ファリアさんの最終目標は、召喚の成功。そし
て、呼び出す相手は両親だろう。ファリアさんの両親は、自殺したと聞いている。
しかし不明な点が多い。それをハッキリさせるためにも、呼びたいのだろう。
 霊体の召喚。これは、大変な危険を伴う。このソクトアでは、特に神や高位の魔
族の霊も漂ってるため、細心の注意を、払わなければならないのだ。
「召喚・・・って、そんなきついんだね。」
 俊男も、緊張感が伝わってくる。
「私の両親の無実を晴らすためだからね。この能力を得て、決心がついたって訳よ。
ただ、好都合な天気が来なくてね。遮る物が無い天気だったから、今日は、霊体を
呼び出し易いのよ。これなら、魔力も、さほど使わなくて済む。大量に使うと、違
う物まで、呼び寄せちゃうから気を付けないとね。」
 ファリアさんが説明する。つまり、呼び寄せるのに大量の魔力を使うと、それだ
け、呼び出せる確率も増えるが、寄って来る者も、強大になり易いのだとか。
「よし。俺は、ゼーダとも協力して、備えをしておく。」
(仕方が無いな。まぁ召喚をするとあらば、備えるしかなかろうよ。)
 ゼーダも、召喚の危険さを承知みたいだ。
「じゃ、行くわ。ルール発動!」
 ファリアさんは、指先に魔力を集中しだすと、ルールを発動する。ファリアさん
の周りの空気が変わった。違和感も生ずる。そして、呼び出すための方位陣を描き
出していく。そこに、魔力をありったけ込める。
「・・・空気が重いな。」
 レイクさんは、ファリアさんの周りにある空気が、気になっているようだ。
「皆・・・頼んだわよ。」
 ファリアさんは、呼び寄せに集中する。すると、霊体が近づいてくる。ファリア
さんが集中しているせいか、方位陣の中に居る、俺達まで霊が見える。その中の2
体が、こっちを見ていた。
「・・・お願い。来て・・・。父さん。母さん!」
 ファリアさんは、想いを込めると、2体の霊体が近づいていく。この2体が、そ
うなのか?俺の疑問は、周りもそうだったらしく、警戒していた。
「くっ・・・。」
 ファリアさんの中に、2体が入っていく。そして、ファリアさんが意識を集中す
ると、ファリアさんの後ろに、取り憑くように2体が後ろに回った。
「・・・ファリア。成功か?」
 レイクさんが、心配して駆け寄る。
「・・・ん・・・。大丈夫だったみたい。じゃ、恵さん。頼むわ。」
 ファリアさんが恵に合図を送る。すると、恵はルールを発動して、『制御』を始
める。ファリアさんに憑いている2体以外の霊が、入って来れない様に、力場を作
っているらしい。抜かりは無いみたいだ。
 そして、ファリアさんが落ち着くと、2体を前に出した。
「・・・父さん。母さん。・・・やっと会えた!」
 ファリアさんは、感極まったのか、涙ぐむ。どうやら間違いないようだ。
「・・・ファリア。強い呼び出しがあったが・・・お前だったのか。」
「無理したんだね・・・。」
 ファリアさんの父は、宥める様に・・・ファリアさんの母は、懐かしむようにフ
ァリアさんを見ていた。
「ファリアの、ご両親ですね。お初にお目に掛かります。」
 レイクさんが、緊張した面持ちで顔を下げる。
「・・・ユードのご子息か。ファリアも隅に置けんな。」
 ファリアさんの父は、レイクさんの事を、一発で彼氏だと見抜いた様だ。
「ゼリンを連れて来た時は、どうしようかと思いました。今度は、安心ですねぇ。」
 ファリアさんの母も、レイクさんの事が、気に入ったようだ。
「・・・いきなり、そう言う話から入るとは思わなかったわ。」
 ファリアさんは、頭を抱えている。しかし、嬉しそうだった。
「馬鹿ップル・・・。」
 江里香先輩は、溜め息を吐く。その気持ちは、よーく分かる。
「しかし・・・ファリアよ。お前、どうやってあの島から抜け出したのだ?」
 ファリアさんの父が、疑問に思うのも当然だ。
「そこから先は、私が説明しましょう。」
 恵は、周りへの警戒を怠らないようにしながら、ファリアさんが、島を抜け出し
た経緯と、魔炎島での生活、そして、ガリウロルに流れ着いて、俺達との生活につ
いて話した。恵の説明は明快で分かり易い。要点を纏めているからだろう。
「・・・4ヶ月程で、随分と苦労したんだな。」
 感慨深げだ。無理も無い。娘が、こんな苦労をしてると知れば、心配もしたくな
るだろう。それだけに、レイクさんと出会えたのは、幸運と思うしかない。
「レイクさん。娘は、そそっかしくて、素直じゃありませんが、宜しくお願いしま
すね。優しい子なんです。何より、意志の強い子なんです。」
 ファリアさんの母は、改めて、レイクさんに、お願いする。
「知っています。俺より、ずっとしっかりしていて、勿体無いくらいです。でも、
幸せにするって、誓ったんです。それだけは、守りたいと思います。」
 レイクさんは、ハッキリと言う。羨ましいな。レイクさんに迷いは無い。ファリ
アさんと、一蓮托生する心の準備が、出来ているのだろう。
「レイクさん、さすがだなー。」
 俊男も感心する程だ。ここまで言えると、男だよな。
「俺も・・・いつか、ああなりたいものだ。」
 レイクさんは、男としての目標だ。俺より、一歩先を行ってる。
「んもう・・・。皆が居るってのに・・・。」
 ファリアさんは、顔を真っ赤にしていたが、凄く嬉しそうだった。
「君になら任せられる。正直、ゼリンを見た時は、やばいと思ったのだ。」
 ファリアさんの父も、安心のようだ。
「・・・そうだ。父さん。私ね。聞きたい事があるの。」
 ファリアさんは、ついに本題に入るみたいだ。
「・・・私達の最期の事か?」
 薄々感付いていたようだ。何で召喚したか・・・その理由をだ。
「ま、気付いているだろうが、私達は、自殺などしていない。」
「貴女が、危険を冒してまで、セントの批判をするような子じゃないって、知って
たからね。私達は、何かに巻き込まれたんだろうって、直感で思ったくらいよ。」
 父も母も、しっかりとした口調で言う。やはり、自殺では無かったか。自殺にし
ては、不自然な点が多過ぎると思ったんだ。
「じゃぁ・・・やっぱり、あのゼリンが!!」
 ファリアさんの目に、炎のようなものが燃える。
「違う。ゼリンでは無い。」
 ・・・え?俺もゼリンの仕業だと思っていた。しかし、父は否定していた。
「ゼリンは、私達が死んでるのを確認して、その後の処理をしただけよ。」
 母も否定した。どうやら、ゼリンのせいでは、無いみたいだ。
「じゃぁ・・・一体誰が?」
 ファリアさんも当然、そこに行き着く。俺だって、ゼリンのせいだと思ってたく
らいだ。レイクさんですら、意外な顔をしていた。
「貴女の身の上話にも出て来た、ゼロマインドよ。」
 !!ゼロマインドが、直接!?
「ゼロマインド・・・何者なのよ・・・。」
 ファリアさんは、愕然とした。会った事も無いゼロマインドに翻弄されたと知っ
たからだろう。ゼロマインドの仕業なら、何故なのか?
「ゼロマインドは、恐ろしいぞ。ゼリンですら、その手先でしかない。私達が、ゼ
リンを疑った所で、奴は姿を現した。私達も、魔力で応戦しようとしたが、バリア
のような物に阻まれて、勝負にも、ならなかった。」
 父は、低く唸る。ファリアさんの父だって、相当な実力者だった筈だ。
「奴は、ゼリンですら、知らない部下を持っていた。私達は、知らぬ間に首に縄を
掛けられていたのだ。信じられるか?一瞬でだぞ。」
 それは、恐ろしい光景だっただろう。何せ、知らぬ間に、首に縄が掛かっていた
のだ。何らかの特殊能力だとしか思えない。
「後ろにもう1人居た。多分、時間を操る能力の持ち主よ。」
 ・・・時間?・・・どこかで・・・。
(まさか・・・奴が!!!!!)
 ゼーダ・・・。やっぱ、アイツなのか?
(転生では無く、時間を止める事なら、数瞬程度なら、出来る筈だ。私の予知なら
読んで止められる。だから、私には、手を出して来なかったのだしな。)
 つまり・・・ゼーダが居なければ・・・。やり兼ねないと言う事か。邪魔する事
無く、時間を止められる・・・と。
(勿論、制限はある。余程、状態が戻って無ければ、使えない筈だ。)
 それ程、強力な力な訳だ。
「・・・運命神ミシェーダ・・・。が、絡んでいるって訳ね。」
 ファリアさんも気が付いた様だ。ゼロマインドの力に、ミシェーダが惹かれたの
か、それは定かでは無いが、ミシェーダが絡んでいる可能性は、高い。
「時間を操る、運命神・・・か。恐るべき敵ね。」
 恵は、ハッキリ敵と言った。伝記でのミシェーダの蛮行は、周知の事実だ。
「時間を操る・・・参ったね。」
 俊男は、攻略法を考えているようだ。
「何とか、打開策が欲しい所よね。」
 江里香先輩も前を向いている。この調子なら、何とかなるかも知れないな。
「その時は、ゼーダを呼ぶしかないかもな。」
 俺は、出来れば自分の力で闘いたい。しかし相手が、唯一恐れるのがゼーダだ。
(フッ。どんどん頼ると良い。それに、ミシェーダには、この私の手で引導を渡し
たいしな。1200年の借りを返さなければ、ならん。)
 燃えてるねぇ。まぁ、アンタにとっても、他人事じゃないんだよな。
「頼もしい仲間達ですね。」
「フム。安心した。ファリアは、良い友人に恵まれている。」
 母も父もファリアさんを心配していたようだが、俺達を見て、安心したようだ。
「しかしガリウロルに居たとはな。しかも話を聞く限り、ファリアが、魔炎島に着
いた頃、私達は、絶望の島に辿り着いたからな。」
 どうやら父は、絶望の島まで、追っかけに来たみたいだ。だが、擦れ違いだった
のだろう。ファリアさんが脱出したのと同時に、着いたみたいだ。
「父さん達、絶望の島に居たの?」
 ファリアさんも驚く。霊魂になってまで、ファリアさんを追い掛けてきたのだ。
「そうよ。ずっと捜してたんだけど、見当たらなくて・・・。さっきの召喚で、転
移しなかったら、まだ、あそこに居た所よ。」
 母が答える。なる程。ファリアさんを捜してたって訳だ。
「しかし、絶望の島は疲れる。あそこほど、成仏出来てない霊魂が集まる所は無い。
辛気臭くて、堪らなかったな。」
 どうやら、数え切れない程の霊魂を、見てきたらしい。
「・・・ファリアのお父さん。コイツの霊魂に、見覚えがありますか?」
 レイクさんは、写真を取り出す。そこには、レイクさん達4人と、もう1人大柄
で、優しい瞳をした男が居た。どうやら、最年長みたいだ。
「この、一番背の高い男です。俺達を救った、ジェイルと言う男です。」
 レイクさんは、尋ねてみる。霊魂なら、会えたのかも知れない。そうか。この人
が、ジェイルさんか。落ち着いた雰囲気がある。
「・・・覚えがあるか?」
「・・・新しい霊魂は、ほぼ確認しましたが・・・知らないわね。」
 父も母も、見覚えが無いみたいだ。
「・・・レイク!」
 ファリアさんは、レイクさんを見つめる。
「ああ!アイツ・・・死んでなかったのかも知れない!」
 レイクさんは、興奮した面持ちだった。ジェイルさん・・・か。大事な人みたい
だな。レイクさんとは、付き合いも長いと言う話だし。
「・・・もしかして・・・あの地下室の?」
 父が、心当たりがあるみたいだった。
「地下室?・・・あの島の地下室!?」
 レイクさんは、喜びも束の間、顔が、青ざめていく。
「あの島の地下室・・・か。」
 ファリアさんも言葉を失う。どうやら、余り良い所では、無いらしい。
「・・・重体だったのに、奇跡的に生還した人の事かも・・・。最上階で、そんな
話を聞きましたね。確か看守達が言ってましたよ。地下室で、データを取るとか。」
 なる程。この人達は、最上階で、地下室の男の話を聞いたのか。しかしデータを
取るって、どう言う事だ?
「・・・最低ですわね。そんな施設まで、あるなんて。」
 恵が吐き捨てるように言う。余程、癇に障ったらしい。
「・・・絶望の島の地下室は・・・別名『改造部屋』。ジェイルは、生きていたけ
ど・・・モルモットに、されたってのか!!」
 レイクさんは、拳を握り締める。悔しくて、仕方が無い様だ。
「あの優しいジェイルさんを・・・許せない・・・!!!」
 ファリアさんまで、怒りの炎を灯す。慕われてたんだな。
「どうやら・・・その内、行かなきゃならないようだな。あの島へ。」
 レイクさんは、苦々しい顔をしていたが、決意は固い様だ。
「そうね。私達も、あの時とは違う。救い出しましょう。」
 ファリアさんも同調する。この4ヶ月の間に、レイクさん達は飛躍的なパワーア
ップをしたのだ。ならば、そう考えるのも無理はない。
「でも、慎重に行かなきゃ駄目よ。それと・・・仲間外れは、無しよ?」
 江里香先輩が、レイクさん達を諭しながら、強い目で見つめる。
「そうですよ。旅は、道連れって言いますからね。」
 俊男も、吹っ切れているようだ。
「あーら。なんだ。皆様も、行くつもりでしたの?」
 恵も、行く気マンマンだった。
「参ったな。皆、同じ考えだってか。」
 勿論、俺もだ。レイクさんの仲間が酷い目にあっている。それだけで、行かなき
ゃ駄目だ。そんなの俺は、見過ごせない。
「物見遊山で、行く所じゃねーんだぞ?」
 レイクさんは、体験してるだけに、心配している。
「悪いけど。断わるって選択肢は無くてよ?それにね。そう言う連中は、私、虫唾
が走る程、嫌いでしてね。この手で倒さなきゃ、気が済みませんの。」
 恵は、青白い炎をその目に灯している。怖いくらいだ。
「これは、いくら言っても無駄・・・よね。私が同じ立場でも、そう言う。だから、
もう止めないわ。・・・その代わり、必ず成功させて、戻りましょう。」
 ファリアさんは、成功の事だけを、考えているようだ。
「それに・・・私は、ティーエの事も気になるわ。」
 ティーエ?初めて聞く名だな。
「ああ・・・。ティーエさんか。世話になったしな。」
 レイクさんも思い出したようだ。どうやら、絶望の島の人らしい。
「ティーエは、慣れない私を励ましてくれた。それに私達が逃げる切っ掛けを作っ
てくれた人。忘れられないわ。」
 ああ。そうか。絶望の島で騒ぎを起こしたって言ってたけど、その騒ぎを起こし
てくれたのが、ティーエって人か。
「・・・ファリア。その人は、忘れなさい。」
 ・・・え?ファリアさんの母が、目を閉じながら言う。
「・・・母さん。どういう事?ティーエを知っているの?」
 ファリアさんも、信じられないようだ。
「まさか・・・ティーエ・・・殺され・・・。」
「違う。死んでは・・・いない・・・。」
 父も哀しげな声で言う。どうやら、死んでは、いないようだ。
「・・・!!最上階!!!」
 ファリアさんは、何かに気が付いた様だ。その瞬間、レイクさんも苦い顔をする。
そして両親も目を伏せた。
「ティーエ!!!ああああああ!!ティーエェェェェ!!!」
 ファリアさんは、頭を抱えて座り込む。自責の念に駆られているようだ。
「ファリア・・・。今は・・・落ち着くんだ。」
 レイクさんは、ファリアさんの肩を抱いて、宥める。
「・・・どういう事なのか・・・説明して下さる?」
 恵が説明を求める。しかし、俺は、嫌な予感がしていた。
「ご両親。ファリアを頼みます。」
 レイクさんは、まだ号泣しているファリアさんを、両親に預ける。
「・・・絶望の島の最上階・・・あそこは島主の・・・お気に入り部屋だ・・・。」
 レイクさんは、声を、捻り出すようだった。
「島主は、最低な野郎でな。気に入った女性を・・・。」
「もう、たくさんですわ!!」
 恵は、怒りで、煮え滾りそうな目をしていた。心無しか、目の奥が赤い。
「噂以上ね。久し振りに、私も暴れたい気分よ。」
 江里香先輩も、聞いてられないのだろう。
「犯罪者を自分達で作っておいて、好き放題か。・・・許せない。」
 俊男も、拳を握って怒る。そうか。莉奈さんの事を、思い出してるんだな。
「最低な野郎達だな。こりゃ、ますますもって、行かない訳には、いかないな。」
 俺だって、許せないさ。冗談じゃねーっての。
「恐らく・・・手引きがバレたんだろう。ティーエさん・・・。」
 レイクさんも悔しい様だ。ファリアさんの手前、何とか理性を保っているのだろ
う。自分達にも責任があると、思っているのだろう。
「もう・・・迷わない!!私が、救い出す!!」
 ファリアさんは、落ち着いたのか、今度は決意が前面に出ていた。
「お前の決意は固いようだな。なら私達は、見ているとしよう。」
 父と母が、遠ざかっていく。
「やるべき事が分かった。敵も見えた。ありがとう。父さん!母さん!!」
 ファリアさんは、立ち直ったようだ。
「色々な事が、分かったな。」
 そう。良い事も悪い事も・・・分かった気がする。
「僕達に出来る事から、やらなきゃ駄目みたいだね。」
 今、苦しんでる人が居る。だから、救い出したい。でも、やるからには、必ず成
功しなきゃ駄目だ。俊男は、その覚悟を固めているのだ。
「!!」
 俺は、何か危険を感じた。
(何か来る!!)
 ゼーダも気が付いた様だ。どうやら、ゼーダの予感が、俺にも伝わった感じだ。
「皆!気を付けろ!何か来るぞ!!」
 俺は警戒を呼びかける。その瞬間、全員が、ルールを発動する。さすが早い。
「ほほう。・・・召喚の儀式・・・。今時、コレを出来る奴が居たとは。」
 上空から声がした。どうやら、姿を隠す気はないらしい。ソイツは、スーツ姿だ
った。余裕のつもりなのか、腕組を、崩さない。
(ミシェーダ!!!)
 え?あれがミシェーダ!?スーツを着てるせいか、普通の野郎にしか見えないぞ。
「何者?貴方・・・。」
 ファリアさんは、武器を召喚する用意をしていた。レイクさんも、腰の剣に手を
当てる。一応、持ってきているようだ。
「名乗る必要は無い。君達は、ここで果てるのだ。」
 ミシェーダは、ただ腕組をして立っているだけだが、強烈な存在感を示していた。
「運命神・・・ミシェーダ!!何をしに来たんだ!」
 俺が、間髪入れずに叫ぶ。
「・・・ほう。小僧。良く気付いたな。」
 ミシェーダの気配が変わる。俺に、焦点を合わせるようだ。
「どうやら、早急に片付けなければならないようだ。・・・奴から貰ったコレで、
一気に片を付けてやろう。どうやら、障害になりそうだしな。」
 ミシェーダは、懐から何かを取り出す。
(あ・・・あれは!!!瞬!早く、私と代われ!!)
 どうした!?ゼーダ。うおっ!!
「フフフ・・・。時の狭間に落ちるが良い。こんな物まで再現した、奴の怒りに触
れた事を後悔しろ!!消えろ!次元の彼方に!!」
 ミシェーダが叫ぶと、俺の意識が遠のく。冗談じゃない!何だこれ!!
(瞬!ぐぅ!!行くな!!行くんじゃない!!!)
 ゼーダの声までも遠ざかっていく・・・。全てが遠ざかっていく・・・。
 そして・・・何も聞こえなくなった。


 何て事だ・・・。
 せっかく気心知れた奴らだった。
 なのに・・・こんなに、アッサリ・・・。
 また、俺は目の前で、仲間を失うってのか!?
 くそぉ!!
「貴様・・・何者だ!!」
 ミシェーダが、俺に向かって警戒する。
「この私の『輪廻回帰(リーインレボリューション)』を食らって、何故、次元へ
吹き飛ばないのだ!!有り得ぬ!!」
 そうか・・・。そう言う技だったのか。
「アンタが、ミシェーダ・・・。許さない!!!!」
 横にはファリアが居た。俺が咄嗟に庇ったのだが、庇えたのは、ファリアだけだ
った。
「その魔力・・・!侮れぬ。仕方が無い。今の技で、力を失った私では、傷を負う
かも知れぬ。・・・今は去ろう。」
 ミシェーダは、一方的に言い放つと、スーツを、はためかせながら、後ろを向く。
 その瞬間に、ファリアの魔力が爆発して、ありとあらゆる古代武器の嵐を、見舞
おうとする。しかし、その瞬間にミシェーダは、いきなりワープした。ワープした
としか、言えない動きだった。
「!!時を止めた!・・・のか!?」
 そうとしか思えない。いきなり、瞬間移動したようにしか見えなかったしな。
「・・・ううううう!!あああああ!!」
 ファリアは叫ぶ。悔しいのだろう。ジェイル、ティーエの悲劇に続いて、あの4
人がやられたのだ・・・。俺だって悔しい。
「レイク・・・。私、悔しい!!せっかく修行したのに!!」
 ファリアの気持ちは、痛い程分かる。目の前で奪われる悔しさ。これは、何より
も重く、圧し掛かるのだ。
「俺も同じだ・・・。くそっ!!」
 俺に、もっと力があれば、同じ方法で、あの4人も救えたのに・・・。
「・・・あら?」
 ファリアは、上空を見る。すると、うっすらと光り輝いているように見えた。
「・・・まさか・・・。」
 ファリアは、再び召喚陣を作動させる。方円陣が怪しく光って、召喚し易くなる。
そして、意識を集中させると、その金色の何かの姿が、ハッキリしてきた。
「レイク。ファリア。お前達は、無事だったのだな。」
 ソイツは、俺たちの事を知っているようだった。と言うか、コイツの事を俺も知
っているような気がする。
「私だ。ゼーダだ。瞬から引き離された。」
 ゼーダさんか!!そうか。ゼーダさんまでは、飛ばされなかったのか。
「君達は無事だったか。どうやったのだ?」
 ゼーダさんは、不思議そうに聞いてくる。
「俺は『万剣』のルールで、空を切り裂いて、空間に逃げ込みました。ファリアの
前にも、同じ物を作れましたが・・・あの4人には、無理でした。」
 そう。『万剣』のルールを使って、近くに居たファリアには、次元の壁を作る事
が出来た。しかし、あの4人には、間に合わなかったのだ。
「中々良い使いこなしだ。なる程な。しかし、ミシェーダめ。『時の涙』を使うと
は・・・。ミシェーダが取り出した『時の涙』。あれには、数百年分の、奴の力が
入っている。あのような大技を繰り出せたのも、そのせいだ。」
 懐から取り出していた、あれか。力の増幅器みたいな物だったんだな。
「・・・あの4人が何処に飛ばされたか、分かるかしら?」
 ファリアは、落ち着きを取り戻していた。ゼーダさんならば、知っているかも、
と思ったからだろう。早速、次の行動を起こそうと言うのだな。
「正確な場所は分からん。だが・・・恐らく、過去だ。」
 ゼーダさんの知っている技だったようだ。
「あの技は、過去に飛ばす技だ。戻ってくるには・・・何らかの形で、奴らが、そ
の世界の矛盾を見抜いて、打ち破らなければ、ならないだろう。」
 ゼーダさんは説明する。つまり、世界の矛盾と化した、あの4人が、その矛盾故
に、作り出された敵を見抜いて、倒さなければ、ならないらしい。
「・・・そう。なら、心配要らないわ。」
 ファリアは、確信していた。
「あの4人なら、絶対に打ち勝って帰ってくるわ。私達は私達で、やらなければな
らない事をしましょう。」
 凄い信頼だ。でも、その気持ちは分かる。俺も、今の話を聞いた時に、絶対に、
帰ってくると思ったからだ。
「フッ。ハッハッハッハッハ!!さすがは、瞬の見込んだ男と女よ。そして、伝記
の末裔とも、言うべきだな。その信頼。気に入った。」
 ゼーダさんは、豪快に笑った。
「よし。レイク。瞬が帰ってくるまで、私と、共に居る気は無いか?」
 ゼーダさんが誘ってくる。なる程。瞬が居ない間のゼーダさんの、居場所って訳
か。瞬が帰ってきた時に、ゼーダさんが居ないんじゃ、アイツも悲しむよな。
「良いでしょう。アイツのためです。」
 俺は快諾する。瞬は、絶対に帰ってくる。その時まで、ゼーダさんを預かろう。
「全く・・・少しは、迷いなさいよね。」
 ファリアは呆れる。人が良いんだから・・・と、舌打ちしている。
「良い返事だ。では、ファリア。恐らく、気を失うだろうから、対処は頼む。」
 ゼーダさんは、ファリアに俺の介抱を頼んでおく。ファリアも心得ているらしく、
頷いた。そんな凄いのかな?
「じゃ、行くぞ!!」
 ゼーダさんが、俺の中に飛び込む。その瞬間、凄い衝撃が体を駆け抜けた。
 う、嘘だろ・・・!!!こりゃ・・・確かに、凄い・・・。
 俺は・・・その瞬間、気を失った。


 ここは・・・どこだ?
 俺は・・・一体・・・?
 確か・・・意識を失って・・・!!ミシェーダ!!
 そうだ。何かをやられたんだった。しかし、何をやられたんだ?
 それに・・・周りの景色も、見た事も無いような所だ。
 皆は、無事なのか?安否を確かめたい所だ。
 それに、何か、さっきからおかしい。
 胸にやたらと空洞を感じる。コレは何なんだ?
 ・・・あれ?・・・ゼーダ?おい!ゼーダ!どうしたんだ。何故、返事をしない!
 何が・・・どうなってるんだよ・・・。
 ・・・落ち込んでても、仕方がねーか。まずは、散策しよう。
 しかし、やたら景色が良い所だな。何て言うか、自然の景色満載って感じだ。空
気が澄んでいる。爺さんと焔山付近で、修行していた頃を思い出すな。
 しかし・・・恐ろしい程、何も無いな。電車も無い。電話も無い。街らしき所も
無いな。どうなってるんだか・・・。ソクトア大陸の方にでも、飛ばされたんだろ
うか?そうなると、戻るのが大変だな。
 キンッ!!ガキィン!!
 この音は・・・剣戟?レイクさんが振る時のような音がするな。行って見るか。
 これは・・・誰かが、修練を積んでいるのだろうか?何かの模擬戦のようだ。赤
い甲冑を身に纏った男と、黄金の甲冑を身に纏った男が、修練を積んでいるようだ。
「フッ・・・。腕を上げたな。バル!!」
 黄金の甲冑の男が、防ぎつつも、鋭い返しで攻め立てる。
「貴様こそ、相変わらずの剣の冴えだ。これなら今度こそ、ルクトリアに勝たなき
ゃやってられんぜ。」
 赤い甲冑の男も、楽しみながら、打ち合っている。
「ていやあああ!!」
 黄金の甲冑の男は、僅かな隙を突いて、喉元に剣を突き立てる。
「ちっ・・・。さすがだな。」
 赤い甲冑の男は、すぐに負けを認める。どちらも結構な技量だが、黄金の甲冑の
男の方が、一歩上手だったようだ。
「天武砕剣術の腕前は、鈍ってないようだな。」
 天武砕剣術?どっかで聞いた名前だ。
「フッ。師匠は、俺を後継にしたがってたな。でも、それは間違っている。」
 黄金の甲冑の男は、天武砕剣術の相当な使い手らしい。
「相変わらず頭が固いな。ジル。」
「そう言う性分だ。治らんさ。」
 どうやら、修練は、終わりらしい。
「バグゼル将軍!!ジルドラン将軍!!こんな所に居たのですか!」
 ・・・え?ま、まさか・・・バグゼルとジルドランって・・・。伝記の戦乱は、
第2章だが、実は、その前に第1章が存在する。第2章程じゃないが、親しまれて
いる。噂によれば、そこでは、勇士ジークの父、英雄ライルの戦記が、綴られてい
た筈だ。その1章でルクトリアに対峙した最大のライバル国が、プサグル。現在で
は、見る影も無い。だが、当時は最強と謳われた2大強国だった筈だ。そのプサグ
ルの四天王とも呼ばれた人物。それが『荒龍』のドランドル=サミル。『炎』のバ
グゼル。『雷』のハイム=ジルドラン=カイザード。そしてルクトリアの初代国事
総代表の『疾風』のルースだった筈だ。しかし、偶然の一致?いや、違う。それに
しては、今の時代には無い甲冑を着ている。・・・まさか、過去なのか?ここは。
「国王が、召集を掛けています。」
 伝令だったようだ。
「分かった。すぐに行く。バグゼル。先に行っててくれ。私は、剣の手入れをして
から行く。大事な一戦の、前だしな。」
「了解だ。模擬戦とは言え、国家と国家の、ぶつかり合い。派手にやろうぜ!」
 やっぱり・・・確か、非戦条約を結んでいるおかげで平和なんだよな。だが、そ
れでは兵士達の士気が落ちるってんで、模擬戦を1年に1度行うんだったっけか。
だがルクトリアは強く、15年連続で、ルクトリアが勝つんだっけ。そして・・・
それが悲劇を、もたらすんだったよな。
 バグゼル将軍は、馬に乗って伝令の後に付いて行く。
「・・・さて・・・。何処の間者かな?」
 ジルドラン将軍が、こっちを見る。バレてるな。
「ハハッ。悪い。覗き見するつもりは、無かったんだけどね。」
 俺は、コソコソするのも、おかしいと思ったので、堂々と姿を出す。
「ほう。間者と言う訳では無さそうだな。名を聞こうか。」
「天神流空手、継承者の天神 瞬だ。」
 俺は、ジルドランの問いに、堂々と名乗り返す。
「空手?それにその名は・・・ガリウロル人か。プサグルにガリウロル人とは、珍
しいな。物見遊山か?」
 ジルドランは、鋭い目付きで睨む。なる程。さすがは歴戦の将軍だ。
「・・・正直に言って、アンタ信じるか?」
 俺は、まだ迷っていた。と言うのは、本当に1000年も前に着いたとは信じ難い。
それにそれを言った所で、本当かどうか、疑われるだろう。
「私を舐めるな。こう見えても、1万の大軍を束ねる将だ。嘘を吐いているかどう
かなど、眼を見れば分かる。」
 さすがだ。凄い風格だ。実力的には、俺の方が上かも知れない。だが格は、圧倒
的に、ジルドランの方が上だった。
「分かった。なら、俺の眼を見て、信じてくれ。」
 俺は、その問いに、正面からぶつかる覚悟だった。
「若いのに良い眼をしている。言ってみろ。」
 ジルドランは、どうやら、俺を認めた様だ。しかし妙な気分だ。ここに居るのは、
歴戦の将軍である、あのジルドラン将軍・・・。
「その前に、一つ質問して良いか?」
「言ってみろ。」
 ジルドランも、俺の質問からは、真っ向から立ち向かう。
「今は、ソクトア歴で何年だ?」
「いきなり、そんな間抜けな質問だとはな。1016年に決まっているだろう?」
 ・・・やはりな。ライルが初めて出る実戦。そして悲劇が起こるのが1016年。そ
の悲劇の前って訳だ。
「俺が、1000年後の人間だと言えば、信じるか?」
「・・・ほう。その場限りの嘘じゃ、無いみたいだな。」
 ジルドランは、俺の眼をずっと見ている。
「ならば聞こうか。未来の人間なら、この模擬戦の事は、知っているな?」
 ジルドランは、問い掛けてくる。やはり、その質問が来たか。
「知っている。特に、この模擬戦はな・・・。」
 俺も嘘を吐くつもりは無い。
「ならば、この戦の行く末は?」
「知ったら、ジルドランは、行動を変えるのか?」
 俺は逆に問うてみる。俺が言った言葉を信じるならば、この模擬戦の勝敗に意味
は無い。決まっている事を答えるのは、この時代の人間にとって良い事では無い。
「私を試すか。良い度胸だ。だが心配するな。私は、予言を信じるような人間では
ない。それにお前が言った事が、外れるかも知れんしな。」
 ジルドランも、半信半疑なのだろう。そりゃそうだ。
「結論を言うと、プサグルが勝つ。」
 俺は、まず結論を言った。するとジルドランは、眼を細める。
「15年も、負け続けているのにか?ルクトリアの攻略すら、見えぬと言う、有様な
のにか?」
 ジルドランは、揺さぶりをかける。しかし、俺は動じない。
「その先を言わせるつもりか?アンタにとって、信じ難い事実だってあるんだぞ?
それでも聞きたいと言うのならば、俺の知っている歴史を言おう。」
 俺は、ジルドランを試す。ジルドランは、真顔に戻る。
「言え。面白くない事実であろうと、嘘で無ければ、私は信じる。」
 ジルドランは、俺の顔を見る眼が、真剣になった。
「なら言おう。この国に、『老師』と呼ばれる人物は、居ないか?」
「・・・居る。公表すら、されていないが、気に入らぬ輩だ。」
 どうやら、ジルドラン程の将軍なら、その存在は、知られているようだ。
「その『老師』は、国王に進言している筈だ。この模擬戦は好機だと。模擬戦を利
用して、世界の覇者になる好機だと。」
「・・・。」
 俺の言う事に、ジルドランは黙って耳を傾けている。あの『老師』なら、ありえ
ると思ったのだろう。
「『老師』は、こう進言する。『ルクトリアが、宣戦布告してきたので、我々も、
それに応える事にした。皆の者、武器を取れ』と言えと。」
「・・・今日の召集は、確かに作戦を決めるにしては、早いな。」
 ジルドランの眼が、段々本気になる。ありえない事じゃないと、思い始めている
のだ。それは、俺が居た時代の人間なら、誰でも知っている事実だ。
「そして、プサグルは、大勝する。ルクトリアの武器は、模擬戦用。プサグルは、
本物の武器。コレだけのハンデだ。当たり前だよな。」
「・・・それで、歴史的大勝か。」
 ジルドランにとって、信じたくない事実かも知れない。だが事実だった筈だ。
「虚言にしては、余りにも出来過ぎだ。」
 ジルドランは、眼を伏せる。
「この事実を知ったとして、アンタは、どうするんだ?」
「私は王に従う。将軍たる私が、王に従わなければ、プサグル人民が報われぬ。」
 ジルドランは即答した。例え、それが非道な事実だとしても、従うと言っている
のだ。それは、まごう事無き、騎士の答えだった
「それで良いのかよ?アンタ。」
「お前の時代には、騎士が居ないのだろうな。騎士とは・・・己の信念を持って、
敵を倒す。私の信念は、王を支える事。それが非道な道ならば、王に代わって、非
道を為すのが、騎士たる私の役目。この手が血に塗れようとも、王が、その血に塗
れぬのならば本望だ。私は、ルドルフ=シーン=プサグルの代行者だ。」
 ・・・なんて哀しい。そして、何て崇高なる意志なんだ・・・。こんなに、気高
いのに、間違った道を、行かなきゃいけないってのか?
「目的のために盲目になるってのか?それが正しい事なのか!?」
 俺には、我慢出来ない。
「お前は、優しい男だな。私のような石頭を、頭から駄目だと決め付けずに、正義
を問うか。だが、私は先代国王に拾われて人生を得た。天武砕剣術を習わせてくれ
たのも、先代国王が居たからだ。大恩ある先代への誓いを、たてねばならぬのだ。」
 これが・・・ジルドランの想いか・・・。
「間違いを正すのも・・・忠誠じゃないのか?」
「君には分からぬだろう。現王は、勝利に飢えているのだ。この戦に、本物の武器
を使う程にな。私が言った所で、聞き入れぬ。その王を私が見捨てればどうなるか?
王は滅亡の一途を辿る。私が生きている間は、そんな事は、させぬ。」
 ジルドランの誓いは本物だ。俺はジルドランは、何も知らずに騙されるように、
この戦いに、本物の武器を使ってしまったのだと思っていた。だが、この男は、例
え事実を知った所で、意志を曲げるつもりは無かったのだろう。いや、この方が、
ジルドランらしい。英雄ライルとの一騎打ちで、最後の最後までライルを苦しめた
男。このジルドランは・・・最後まで、国を愛し続けた男として知られている。
「しかし、未来を知る者まで、現れるとは・・・数奇な物よな。」
 ジルドランは、警戒を解いたのか、剣を仕舞う。
「本来ならば、お前と私は、出会ってはいけない運命なのだろう。」
 ジルドランは、気付いている。俺は矛盾なのだ。この時代に迷い込んだ矛盾だ。
「だが、宿無しのお前を、放り出すのは忍びない。」
 すっかりバレてるな。この時代に来たばっかりだ。
「正直に言うと、まだ戸惑ってる。」
 俺は、隠す必要も無いので、告げておく。
「私の自宅に暫く住むと良い。王から割り当てられた家だが、妻と子と3人暮らし
では、広過ぎる家を貰ったのでな。」
 ジルドランと言えば、当時のプサグルの象徴とも言うべき、最高の将軍だ。確か
に良い家を貰ったのだろう。
「良いのか?俺は、得体が知れないんだぜ?」
「人の厚意は受ける者だ。それに、只とは言わん。私の息子の世話をしてくれれば
良い。私の妻は・・・不治の病だと言うのに、我が子を産んだ。その反動で、子守
が余り出来んのだ。今は、友人に手伝いを頼んであるが、心苦しい。」
 ジルドランは、家庭の事情を話す。そう言えば・・・ジルドランの息子って、確
か英雄の1人、サイジンじゃ無かったか?となると・・・その友人って、『死角剣』
の使い手、暗黒騎士と名高い、グラウド=ルーンだとしか考えられないな。
「分かった。アンタに、付いて行くさ。」
「話が早くて、助かる。」
 ジルドランは、馬を引く。そして俺を馬の後ろに乗せると、馬を操りだした。
 1000年前、歴史が緩やかに動き出す時代に、俺は放り出された。
 他の皆も・・・どこかに飛ばされたんだろうか・・・。心配だ。


 こ・・・こは?
 ・・・不覚を取ったわ。まさか、この私が、気絶まで、させられるとは・・・。
 あのミシェーダとか言う神、いつか、思い知らせないと駄目ですわね。
 それにしても・・・ここは宿?ベッドの上に寝かされていたようですわね。
 陽射しが眩しい。それに随分簡素な宿だ。今時、こんな古臭い宿が、流行るとは
思えませんがね。でも、何だか、懐かしい気持ちになる宿だった。
「んん・・・。」
 私は伸びをする。しかし、ここに寝ていたと言う事は、誰かが運んできたって事?
・・・ここは、礼を言うべきなのかも知れませんわね。
「あら?」
 誰かが覗いて来る。私と目が合った。すると、その人は、微笑んだ後、下の階に
呼び掛ける。誰かが、ここに運んでくれた確率が高くなりましたわ。
 すると、さっき呼びに言った女性と、なにやら精悍な男性が出てくる。
「ふむ。気が付き申されたか。」
「思ったより元気そうだネ。」
 二人とも、妙に時代掛かった服を着ている。精悍な男の方は、昔イラストで見た、
忍者装束のような物を纏っていたし、女性の方は、ちょっとした、スリットドレス
を着ていた。
「貴方達が助けて下さったのですね。礼を言いますわ。」
 私は、素直に礼を言う。何処に倒れてたか、情報も聞きたい所だ。
「驚きましたぞ。お主は、森の中で倒れていたので御座る。拙者の修行場の近くだ
ったので、この『聖亭(ひじりてい)』に、お送りし申した。」
 ・・・『聖亭』?どっかで聞いたような・・・。あそこって、今は無いんじゃな
いの?それに『聖亭』があるって事は、ここはストリウス?
「ああ。紹介が遅れたネ。ここの料理長やってる、ファン=レイホウだヨ。」
 ファン=レイホウ!?これは・・・偶然!?伝記で見たような話だ。こんな話、
冗談でも名乗るような者は、一人も居ない。それくらい伝記の話は、浸透している
のだ。って事は、まさか・・・。
「拙者の名は、榊(さかき) 繊一郎(せんいちろう)。レイホウとは、1年程前
から縁があり申してな。修行の疲れを癒すのに、使っているので御座る。」
 榊 繊一郎・・・って。本気?伝記の英雄の1人じゃない・・・。しかし、本人
達は、至って真面目だ。しかも、この繊一郎は、空手大会に出た、総一郎とそっく
りだ。と言う事は・・・まさか・・・この世界は・・・。
「私の名前は、天神 恵と申します。レイホウさんに、繊一郎さんでしたか。一つ、
尋ねても、宜しいかしら?」
 私は、慎重に切り出す。余り変な目で、見られたくは無い。
「拙者で役に立つのなら、言って下され。」
「客の質問に答えるのも、仕事の内ヨ。」
 まずは・・・情報が欲しい。
「記憶が混乱してまして・・・ここは何処で、今は、何年でしょうか?」
 私は丁寧に切り出す。飽くまで記憶に混乱がある振りをする。
「うちは、ストリウスに『聖亭』ありと言われた所ヨ。覚えて置くと良いネ。」
 なる程。ストリウスに間違いない様だ・・・。となると、次だ。
「今年は、確かソクトア歴1016年だったと、記憶しており申すが?」
 ・・・何という事・・・。よりにもよって、こんな嘘みたいな体験するなんてね。
1000年前・・・。しかも伝記が起こる始まり。つまり勇士が生まれる前、英雄が、
芽吹く頃に、飛ばされるとはね・・・。
「フフッ。滑稽ですわ。こんな体験・・・二度と、出来ませんわね。」
 自嘲気味に笑ってしまう。これが、喜劇で無くて何か?
「大丈夫カ?食事作るヨ?」
 レイホウさんは、心配そうにしている。伝記の通りだ。あの時よりも、20年も若
いが、この人は、間違いなく優しい顔で語りかける『聖亭』のファン=レイホウだ。
「大丈夫です。ここで休んでる間に、かなり生気を取り戻しましたわ。」
 私は、正直に言う。まぁ、飛ばされた時のショックが、少し残っていたが、これ
なら問題ない。
「それにしても・・・天神の縁の者で、御座ったか。」
 繊一郎さんは腕組をする。そうか。この時の天神家は、空手を開祖しようとして
る変わり者でしたね。この頃から続いているなんて、気の遠くなる血筋ですわ。
「フフッ。どう言えば、良いかしらね。」
 自嘲気味に笑う。この状況・・・どう言えば、信じられるのか。兄様なら、正直
に打ち明けたかも知れない。あの人は、人を真っ直ぐ見る人。だから、信じてもら
える。でも、私は無理。今は、無理だと思う。
「どうやら、色々事情が、あるようで御座るな。しばらくは、拙者も、ここに居申
す。話したくなったら、声を掛けるで御座る。」
 繊一郎さんは、そう言うと、扉から出て行く。修行馬鹿だってのは本当みたいね。
誰かさんそっくりだ。思い出しちゃうな。兄様も・・・この時代に居るのだろうか?
「家に帰れないのなら、しばらく居ると良いヨ。」
 レイホウさんも、暖かく迎えてくれる。
「その事なんですが・・・只で居ると言うのは、気が進みませんの。だから、この
店を、手伝えませんかしら?」
 私は、元より、そのつもりだ。1000年前にストリウスに『聖亭』ありとまで言わ
れた、ここの料理を覚えて帰りたい。それに天神家と言う肩書きが無い今、働くの
は、当然だ。天神家に居た時だって、当主としての仕事があってこその、私だった
からだ。
「ム・・・。良い眼をしてるネ。試させてもらうヨ!」
 レイホウさんも、ノリノリだ。ま、この時代に来たからには、それなりに楽しま
ないとね。多分ミシェーダのせいだ。そして、歴史から、大きく外れた事をやると、
私達は、元の時代に戻れないんだろうと、直感で感じた。いや、コレは違う。飛ば
される時に、警告された物だ。だから、4人共、知っている筈だ。俊男さんと江里
香先輩も、飛ばされてるんでしょうね。だけど、歴史から外れた行動は出来ない筈
だ。こうなると・・・それぞれが探すのが大変だ。大体、同じ時代に居るのかも、
分からない。その辺も含めて、生活しながら、何とか、情報を掴まないといけない。
これからは大変だ。でも、この時くらいは、楽しまないと損よね。
 ちなみに、試験は、勿論合格した。当然よ。


 何・・・?この音?
 賛美歌?それにパイプオルガン?
 随分と・・・神々しい音楽だ。
 ・・・と・・・ここはベッド?
 私は・・・あっ!!そうだ!運命神ミシェーダに、何かされたんだった。
 くっそー。油断したわ。それに助かったのは、レイクさんとファリアさんだけね。
 他の3人と私が、吹き飛ばされるのは感じたし・・・。
 それにしても、ここは?
「あ。起きました?」
 あら?誰か、傍らに居たみたいね。
「ええと・・・。ここは?」
 私は周りの、随分と古い風景に圧倒される。歴史的な書物、そして荘厳な雰囲気。
何よりも、この部屋一つ取ってみても調度品が、やたら古めかしい物を使っている。
「修道院は、初めてかしら?」
 その女性は応える。この女性・・・。どこかで?何だか、ファリアさんに似てる。
「うーーん。確かに初めてかも知れないわ。」
 修道院なんて、行ったことがないと言うより、今は、残ってさえ居ない筈だ。
「そう。貴女は、川で倒れてたから、ビックリしたんですよ?」
 川で?またそりゃ難儀な・・・。
「どなたか知りませんが、助かりました。」
 助けてもらったからには、礼を言わないとね。
「いえいえ。あ・・・。私は、マレル=ムーンと申します。」
 ・・・ハッ!??マレル=・・・ムーン!?
 ・・・まさか・・・その名を名乗るなんて、許されない事。例え雰囲気が似てる
からって・・・伝記を冒涜するような・・・。
「私の事を知ってるのですか?」
 マレルさんは、心配そうな顔をする。怖い顔でも、してたかしら?
「だって・・・あれ?ああ!他人の空似だったかも!ごめんなさい!」
 私は気が付いた。飛ばされる直前に歴史を改竄云々の話を、聞かされていた。
 と言う事は・・・考えられるのは、ここは過去だと言う事だ。運命神の名を持つ
ミシェーダなら、過去に飛ばす技を持っていても不思議では無い。そして、私が飛
ばされたのが・・・よりにもよって、伝記の勇士ジークの母親、マレル=ユードの
元だったのか・・・。そして、今は、まだ結婚前だから、『月の巫女』の意味を持
つ、ムーンの姓を名乗っているのだ。
「全く・・・。この頃、記憶が混乱してて困るわー。」
 私は、自分の頭をポンポンと叩く。
「大丈夫ですか?見た所、外傷は無いと思うんですが?」
 マレルさんは心配そうにしている。そりゃ、あんだけ怪しい言動をすれば、心配
されるわよね。しっかし、信じられないわ・・・。
「ん。大丈夫よ。そう言えば名乗ってなかったわね。私は江里香。一条 江里香よ。」
 私は、名乗る事にした。
「エリ・・・カ。ですか?綺麗な名前ですね。ガリウロルの御方ですか?」
 マレルさんは、ガリウロルにも、詳しいみたいだ。
「ご名答よ。ただ、信じられないかも知れないけど、ここへ流されたのは、多分、
偶然よ。何かに巻き込まれたって言うのが、正解かもね。」
 私は嘘を吐くのは止めた。ただ、未来から来たってのは、言わない方が良いだろ
う。信じてもらえないかも知れないし、私も、まだ半信半疑だ。
「信じますよ。嘘を吐いてる人が、そんな眼しない物。」
 さすが伝説の『月の巫女』。嘘は、一発でバレそうね。
「最初は、ちょっと警戒しましたけど、貴女は、芯がしっかりしてそうです。私、
信じる事にしました。」
 マレルさんに、信じてもらえるとは光栄ね。
「そう。じゃぁ私も信じる事にしたわ。実はね。私の他に、多分、後3人巻き込ま
れてる筈なのよ。私は、まず、その3人を探さなくちゃいけないの。」
 コレは間違いないだろう。私一人では元の時代に戻る方法なんか、思い付きやし
ない。冷静な恵さん。元気をくれるトシ君。そして、頼りになる瞬君。あの3人が
居ないと、不安で仕方が無い。同じ時代に居るのかな・・・?
「はぁ・・・。3人ですか。特徴は、ありますか?」
 マレルさんは、真摯に聞いてくる。こういう所は、修道院で働く女性の知恵なん
だろうなぁ。悩みを聞く姿が、似合っている。
「んー。1人は女性ね。ショートカットだけど、前髪が長いからヘッドバンドして
るわ。後2人は男性ね。弁髪が似合ってるわね。後もう1人は、黒髪で、こざっぱ
りした髪型ね。年は若いけど、筋肉の付き方が凄いから、すぐ分かると思う。」
 私は、思い出すように言う。この時代にも、弁髪やヘッドバンドは、あった筈だ。
「旅の御方が訪ねたら、聞いてみますね。」
 マレルさんは、優しい目で言う。この目を見ると、信じてしまう。
「助かるわ。・・・そうだ。物は相談なんだけど。」
 私は、マレルさんの能力に注目する。
「ここの人達って、神聖魔法は、使えるかしら?」
 修道院なら使える者が、結構居る筈だ。
「残念ながら・・・私一人しか使えません。しかし・・・神聖魔法なんてガリウロ
ルの方が、良くご存知ですね。ソクトア本島の方でも、知ってる方は少ないのに。」
 そうか・・・。魔法と言うと、簡単な魔法しか知られてない世の中だったんだっ
け。黒竜王との戦いを通じて、魔法が普及したのよね。この時代って。しかも、神
聖魔法は、才覚が大事だ。知ってる人しか、分からない代物なのかも知れない。
「本当の事を言った方が、良いのかしら?」
 私は、悩む。私のルール『治癒』は、神の力だ。余り人に見せる物では無い。特
に、この時代の人に見せるのは、どうかと思われる。
「追求はしません。でも、そうなると、私が、お教え差し上げる事になりますね。」
 願っても無い。かの有名な『月の巫女』は、娘のレルファが現れるまで、随一の
使い手だった筈だ。
「是非、お願いします。私は、自分の能力を活かすためにも、絶対に必要なの。」
 単純な戦闘力は、トシ君や瞬君に及ばない。身体的な能力は恵さんに及ばない。
私が4人の中で、役立つためには、この『治癒』の力を高めるしかない。
「その決意の目、嘘じゃないみたい。・・・では毎日、決まった時間で良いなら、
ご教授します。そんな真摯な眼で見られたら、断われません。」
 マレルさんは、伝記の通り、良い人だ。
 でも私は知っている。この修道院は、悲惨な目に遭う。そして、マレルさんは、
そこから、逃げ出さなければならない。
 この修道院は、今でも戦火の跡として、残っているくらいだ。黒竜王の戦いの後
に建てられたのは、新しい修道院だった筈だ。
「・・・エリカさん。何か、悲しい目をしてますね。」
 す、鋭い。いつの間にか、見られてたみたい。こんな顔しちゃ悪いわね。
「ごめんなさい。ちょっと思う所があってね。」
 この人に嘘は通じない。だから、嘘は吐かない。でも、本当の事なんて言えない。
「無理をしないで下さいね。もう少ししたら・・・ちょっと、騒がしくなりますの
で。・・・まぁ少しの間だけですけどね。」
 ・・・?どういう事だろう。
「ああ。ガリウロルの方は、知らないかも、しれませんね。この時期になると、力
試しとして、ルクトリアとプサグルが、模擬戦を行うんですよ。」
 ・・・思い出した!!そうだ。この時代は、非戦条約を守っているため、1年に
1回、模擬戦を行っているんだっけ。そうしないと兵士達の暴動が起き兼ねないか
らだ。だが・・・。
「マレルさん。今年って、何年でしたっけ?」
「どうされました?今年は・・・ソクトア歴1016年だった筈ですよ?」
 ・・・間違いない。間も無く起こるんだ・・・。あの悲劇が・・・。
 この修道院は、戦火に晒される。中央大陸で歴史的な大勝をプサグルが得た後に、
ルクトリアの裏切り者、カールス=ファーンが、『老師』リチャード=サンの命令
で、この修道院に来て、マレルさんを、攫いに来るのだ。
 だが、その前に、英雄ライル=ユード=ルクトリアが、暗黒騎士として名高いグ
ラウド=ルーンと死闘を経て、崖から流される。そして、ここに辿り着く筈だ。そ
こで、マレルさんとライルは、出会う筈なのだから・・・。
「ありがとう。・・・おかげで元気になったし、明日から、ここの仕事を、手伝わ
せて下さい。」
 私は、一刻も早く、皆を探さなくてはならない。でも・・・このマレルさんを、
守りたい。何かの間違いで、悲劇に巻き込ませたくない。勝手な・・・勝手な願い
だ。歴史を捻じ曲げるんじゃない。歴史が、正しくなるように手伝いたい。・・・
でも、その選択は非情だ。私は、ここの滅びを知って、尚且つ、このマレルさんだ
けは、守ろうとしているのだ。何たるエゴか。
「助かりますわ。じゃ、明日から頼みますね。」
 マレルさんは、極上の微笑みをくれる。でも、この微笑みは、私に向けられるべ
きじゃない。貴女の未来の夫に・・・向けられるべき物。
 本当は・・・全員救いたい。けど私に、そんな力は無い。瞬君や恵さん、トシ君
だったら兵士を倒す事は、出来たかも知れない。でも私には、出来ない。分かって
いるのだ。この、か細い腕じゃ・・・ここに攻め込んでくる敵を全て倒すなんて無
理。そして、スタミナがもたない。私に出来るのは・・・痛みを無くす事くらいだ
ろう。やらないよりは、マシだが・・・。
 気が滅入る・・・。でも、せめてマレルさんだけは・・・絶対に守らなくては。
 私の憂鬱は始まったばかりだった。



ソクトア黒の章3巻の2後半へ

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