NOVEL Darkness 4-2(First)

ソクトア黒の章4巻の2(前半)


 2、生活
 そう言えば・・・私の、元の家は、どうなったのだろうか?
 士曰く、処分したとの事だったが・・・。
 正直、思い入れは無い・・・けど。
 生まれた家だしなぁ。
 一度くらい、行ってみたいかもね。
 そう言えば・・・従姉妹は、元気だろうか?
 私には、お姉ちゃんが居た。
 他の従兄弟は、皆、変に格好付けてるばかりだったけど。
 お姉ちゃんだけは、優しかったなぁ。
 お姉ちゃんには、会いたい。
 ・・・けど、無理だろうなぁ。
 私の暗殺を頼んだのは、お姉ちゃんの、お父さんだ。
 お姉ちゃんは・・・私の両親の葬式で、本気で泣いてくれた。
 なのに、お姉ちゃんのお父さんは、私を狙う。
 当時は、何でか分からなかった。
 でも、今なら、何となく分かる。
 お姉ちゃんに、継いで欲しかったんだ。
 だから、伯父さんは、私を狙った。
 『ダークネス』の人斬りを頼んで・・・。
 でも、士が、全て、ぶち壊しにしたんだ。
 士に、そのお姉ちゃんの事を話したら・・・苦い声で、こう言った。
 ストリウスに、追放されたと。
 だから、お姉ちゃんには、会えない。
 もう、一生会う機会が、無いかも知れない。
 お姉ちゃんは、その後、ストリウスの店で働いていた。
 そして、お客とのトラブルで、『絶望の島』に入れられたらしい。
 お姉ちゃんは、無事な筈だ・・・そう思いたい。
 でも、お姉ちゃんは、優しいからなぁ・・・。
 そんな・・・遠い思い出を・・・最近、良く見る。
 私は目が覚めた。
「・・・ああ・・・またカ・・・。」
 私は、呟く。そう。お姉ちゃんの夢を見た。
「・・・起きたか?魘されてたぞ?」
 私の隣で、士が心配そうにしていた。私が魘されてたのを見て、手を握ってくれ
たのだろう。士は優しいね。
「大丈夫ネ。・・・いつもの事ヨ。」
 私は、いつしか、お姉ちゃんの夢を良く見るようになった。
「済まんな。あの時は、アレしかないと思っていた。」
 士は、謝ってくる。アレとは、私の伯父を殺した事だ。私を殺せと依頼した伯父
を殺した事だ。その事をセントの役所に届け出た事で、お姉ちゃんは、ストリウス
に追放になったのだ。私は、恨んでなどいなかった。私を助けるには、それしかな
かったのだろう。お姉ちゃんの性格の事まで、士は知らない。そして・・・お姉ち
ゃんは、3年前に『絶望の島』に送られたと、知った。
「良いのヨ。もし・・・会う事があったら、一緒に謝れば、良いヨ。」
 私は、お姉ちゃんに謝りたかった。伯父は、私の命を狙っていたが、お姉ちゃん
が、それを知っていたとは、思えない。
「・・・そうか・・・。俺のせいなのに・・・って、言うのは、野暮だな。」
 士は分かっている。変に、自分のせいだと思い込むのは、私の負担になると。
「そう言う事。私が謝りたいから、謝るのヨ。」
 お姉ちゃんは、苦しんでいるのかも知れない。そう導いたのは、私と士だ。
「謝れる事を、祈っている。」
 士は、お姉ちゃんが死んでいるかも知れないとは、言わない。『絶望の島』送り
になった者は、死んでも、おかしくないのだが、それを、決して口にしない。
 士は、私が着替えている間に、朝食を作っていた。この匂いは、味噌汁に、白い
ご飯に目玉焼きに鮭の塩焼きだ。昨日の夕食の、鮭の塩焼きを温めたのだろう。
「朝食が、出来たぞ。」
 士は、味噌汁とご飯を盛ると、私と士の椅子の前に、並べ立てる。
「んー・・・。ガリウロルの朝食ネ。」
 私は、ガリウロルの朝食が好きだった。栄養バランスも、悪くない。
「センリンが作ると、パン食に、成りがちだからな。」
 士は別に、パンが嫌いなのでは無い。だから、私が作る時は、文句一つ無く食べ
る。ただ、私が、このガリウロルの朝食が気に入っていた。白いご飯の味が、好き
になってしまったのだ。
「今日の朝に、出来上がるように電子釜をセットしておくと、便利だよネ。」
 最近の技術は、進んでいて、電子釜をセットしておけば、朝に起きるのと同時に、
ご飯が炊き上がると言う寸法だ。便利に、なった物だ。
「セントに住んでいるんだ。これくらいの恩恵は無いとな。」
 士は、セントの仕組みについて、文句を言う事は無い。利用出来る物は、出来れ
ば良いと言う考え方だ。ゼハーンさんは、割り切れないかも、知れないけどね。
「いやぁ、朝起きて、ご飯が食べられル。幸せな、ひと時ネ。」
 私は、手早く着替えを済ませて、自分の椅子に座る。士も、並べ終わったのか、
自分の椅子に、座っていた。
『戴きます。』
 二人して、声を合わせて朝食を戴く。これは、嬉しい瞬間だ。
「今日の目玉焼きは、半熟具合が、バッチリネ。腕を上げたネー。」
 私は、料理のチェックをする。切り盛りしてる分、私の方が、料理の腕は上だが、
最近は、士も、侮れない程、腕を上げて来ている。器用だ。
「時間を覚えたからな。抜かりは無い。」
 さすが士だ。覚えた事は、忘れない。
「しっかし・・・賑やかになったヨ。」
 私は、3階の住人の事を言う。いつの間にか、3人も住み着くとはね。
「フッ。信用に足るかは、これからだがな。手合わせして、確かめるつもりだ。」
 士は、あの3人との手合わせを、楽しみにしている。私もだ。今日辺りから、手
合わせをすると、言ってある。
「私も、負けてられないヨ。」
 士との手合わせでさえ、付いていくのが、やっとなのになぁ。
「ま、無理はしなくて良い。日に日に、腕は上がってるんだ。焦らなければ、必ず
強くなれる。強さとは、そう言う物だ。」
 士は、強さを語る時は、至って真面目だ。それだけ、私にも、期待してるんだろ
う。その期待に、ちょっとは、応えないとね。
「了解だヨ。・・・そう言えば、下の3人は、朝食を取ってるのカ?」
 私は、素朴な疑問を尋ねてみた。
「・・・一応な。」
 士は、呆れた様な口調で言う。
「ゼハーンくらいしか炊事が出来ないようなのでな。毎日作っているそうだ。」
 ありゃりゃ・・・。そりゃ可哀想に。
「せっかく、一緒に住んでるんだし、呼ぼうカ?」
 私は、朝食で、元気を貰うタイプだ。下の3人が、可哀想になった。
「まぁ、ゼハーンも四苦八苦してるようだしな。メシ時くらい誘うか。」
 士は、下の様子を知っているのだろう。この口調じゃ、マトモな飯を食べてない
んだろうなぁ。
「4階に、誘おうカ?」
 私は聞いて見る。4階なら、丁度、間だし・・・。
「あー・・・。4階は、止めた方が良いな。」
 士は、バツが悪そうにしていた。
「・・・本当に、仕掛けたノ?」
 私は呆れていた。士は、ジャンさんの夜這い防止だと言って、ジャンさんが上が
ってくるようだと、反応するように4階に結界を仕掛けていた。霊王剣術の必殺の
結界らしく、何でも、次元を操作するような高度な結界らしい。夜の間だけ、作動
するのだが、下手に、行かない方が良い。
「ま、奴には、忠告してあるしな。」
 士は、こう言う時すら容赦無い。過保護よね。
「分かったネ。じゃ、店で対応だネ。」
 店なら、調理道具も揃っているし、やり易い。
「全く・・・。依頼人として、金をもらってるゼハーンに作らせるとか、図々しい
奴らだ。作れないなら、対応しないと、ゼハーンに失礼だ。」
 士は、ショアンさんとジャンさんの対応に、呆れていた。2人共、組織から朝食
が配膳されていたらしく、やった事が、無いのだとか。
 ショアンさんとジャンさんは、臨時で滞在を許したので、まだ、お金を貰ってな
いのだ。士は、その内、仕事を手伝わせて、チャラにすると言っていた。
「まぁ、私達が作っている、延長線上で良いネ。」
 私達の生活リズムは変わらない。2人分を、5人分にするだけだ。種類が増えな
ければ、そこまで、苦になる事も無い。
「当然だ。食わせるだけ、有難いと思ってもらわなきゃ、困る。」
 士は、楽しそうに笑う。士って、案外、料理好きっぽいのよね。
「ジャンとショアンは、夜は、コンビニの弁当を買っているらしいからな。」
 あちゃー・・・。それじゃ栄養も、偏っちゃうなあ。
「やっぱ、やるしかないネ。」
 ジャンさんも、常連時代、事ある毎に来ていたから・・・作れないんだろうなぁ。
まぁしょうがない。作ってあげるしかない。
 私達は、朝食を食べ終わって、3階に移動する。すると、ゼハーンさんが、頑張
って作ったソーセージの炒め物と、ゆで卵と、パンがあった。しかし、手が掛から
ない朝食である。これじゃ元気が出ないな。
「ぃよーう!お二人さん。おっはー。」
 ジャンさんが、朝食を、つまみながら、挨拶をする。
「おはようで御座る。」
 ショアンさんも、挨拶する。
「お早いですな。」
 ゼハーンさんも、挨拶してきた。
「ゼハーンは、頑張ってるようだな。ゼハーンは。」
 士は、早速、嫌味を言う。まぁ、この現状じゃあねぇ。
「お恥ずかしい・・・。」
 ショアンさんは、ゲンナリしている。何にも出来ない自分を責めてるのだろう。
「悪いねぇ・・・。俺も、覚えときゃ良かったよ・・・。」
 ジャンさんも、気にしているようだ。
「そう言うな。それに、これくらいで、礼を言われてはな・・・。」
 ゼハーンさんも、恥ずかしそうにしていた。簡易的な朝食だからだろう。
「聞いては、いたけど・・・。これじゃ、元気が出ないヨ。」
 私も呆れていた。この現状じゃ、栄養も、偏り兼ねない。
「そこで、貴様らに提案がある。センリンと俺が、飯は、何とかしてやるんで、明
日から、飯時は、集まるように。」
 士は、ニヤニヤしながら言う。容赦無いなぁ。
「ま、そう言う事ヨ。見てられないネ。」
 私も同調する。この現状じゃあねぇ。
「ま、マジで!?それ、めっちゃ有難いんだけど!」
 ジャンさんは、目を輝かせている。オーバーな人だ。
「正直、助かり申す・・・。現状のままでは、どうしようかと・・・。ゼハーン殿
に悪くて・・・。さすがにな・・・。」
 ショアンさんは、気にはしていたようだ。コンビニ飯とコレでは、元気も出ない。
「忝い。私からも頼む・・・。」
 ゼハーンさんも、限界だったみたいね。こりゃ、腕の振るい甲斐がある。
「ハッハッハ。有難がれ。」
 士は、楽しそうにしていた。とことん容赦無い。
「士殿は、料理が出来るのですか?」
 ショアンさんが、聞いてきた。
「こう見えて、ガリウロル食は、私より上ヨ。仕込みは、士がやってるネ。」
 私は包み隠さず言う。何せ、店でのガリウロル食の仕込みは、士が、やっている
程だ。仕込みの上手さは、私より上だ。
「マジかよ・・・。そりゃ、すげぇよ!魚料理の仕込みとか、ほとんど士さんだっ
たのかよ!・・・俺、マジで尊敬しちゃうぜ。」
 ジャンさんは、良く通っていたから、仕込み料理の美味さを知っているのだろう。
だから、士が、どれ程の腕前なのか、分かったようだ。
 無論、最初から凄かった訳では無い。最初は、酷い物だった。だが、生活が必要
だと分かったのか、黒小路家のレシピを持ってきて、作り始め、いつの間にか、プ
ロ級の腕前になっていた。私は、それを交代で、手伝っている内に覚えたのだが、
本格的にやって見ると、中々面白かったので、覚えたと言う感じだ。最も、店が出
来ると思ったのは、懇意にしてる情報屋に、料理を振舞った時に誉められた事が、
きっかけだったが・・・。今では、やって良かったと思っている。
「これで・・・食の問題は解決・・・素直に、嬉しい物だ。」
 ゼハーンさんは、結構、負担になっていたらしい。失礼な事をした。
「その分、仕事と修練で、返してくれれば良い。楽しみにしている。」
 士は、本気で、そう思っているのだろう。あんなに楽しみにしているとは・・・。
ちょっと複雑だ。私では、修練に付いて行けないからだろうか?
「おいおい。センリンの修行が、もっと捗るから、楽しみにしてるんだぞ?」
 士は、私の雰囲気を察したのか、小声で教えてくれる。優しいなぁ・・・。
 私も、レベルアップするためか。そうだよね。頑張るしかないなぁ。


 この感覚・・・久しぶりだ。
 手合わせをして、強くなっていく感覚。
 そして、相手も強くさせている感覚。
 この感覚だけは、格別だ。
 修練と実戦を繰り返す事で、人は強くなれる。
 人だけでは無い・・・シャドゥも、そうであった。
 1000年、ただ、島を守っていた時より、実力が、増したと言っていた。
 私とレイクも、切磋琢磨しあって、互いに、強くなった。
 そして、私の挑発の甲斐も有って、レイクは、光り輝き始めた。
 だが、それで、終わらせるのは、勿体無い。
 私が、もっと高い壁に、なってやらねばならない。
 技量では、まだ私の方が上だろう。
 実力を上げねばならない。
 幸いにも、ここに霊王剣術の使い手まで居る。
 私の実力を、アップさせるチャンスだ。
 それにしても・・・強い・・・。
 私も、強さには自信があったが、ここに居る者は、強いな。
 技量では、私が一番かも知れない。やはり、不動真剣術と、天武砕剣術を両方使
えるのが大きく、あらゆる場面で、対処出来るよう、自分を鍛え上げたつもりだ。
 だが、動きの鋭さでは、断然、士だ。切り込みの速さ、隙の無さは、恐ろしい物
がある。それに加えて、霊王剣術で、対処をする時は、何をやっても返されると思
わせるような、雰囲気まで身に付いている。士とは、五分五分の成績だった。
 驚いたのは、センリンだ。女性だと思って甘く見ると、速攻で一本取られる。動
きが、変幻自在なのだ。棒を縦横無尽に使って、移動しつつも、攻撃と防御を、兼
ね備えた動きをしてくる。それに、士の相手をしていたとだけ有って、時折、光る
ような動きをしてくる。コレには参った。
 ショアンは、『剛壁』と言う異名を持っているだけあって、守りは堅い。彼が使
うのは、矛なのだが、洗練された槍術に、我流も加わって、意表を付いてくる動き
をしてくる。間合いに広さも幸いして、中々懐に入れない。参考になる動きだった。
ただ、攻めの方が、まだ洗練されていない。それが、ショアンの課題だった。
 そして、ジャンだ。普段は、おちゃらけているが、いざ手合わせとなると、凄い
動きをしてきた。彼は、短剣使いらしく、とにかく攻めが早い。踏み込んだと思っ
たら、2撃同時に繰り出してくる程、速い。だが、守りが疎かになりがちだ。彼自
身も、そこが課題だと、言っていた。
 全体的な勝率では、私と士が競っている程高く、他の3人は、それぞれ、凄い動
きをした時だけ、勝てると言った所だ。たまに、意表を突いて来る時に、一本取ら
れる。実力も、そう劣っている訳では無い。これは、レイク達と、競れる程の技量
かも知れない。中々凄いな。
「とぅりゃ!!」
 ジャンが、センリンと手合わせをしている。センリンは、ジャンの素早い攻撃に
苦戦しているようだ。棒で、器用に防いでいるが、これでは、時間の問題だ。
「フッ!!」
 センリンが、気合を込めると、棒を軸にして、大きく跳ね上がる。こう言う動き
は、さすがだ。そこに、ジャンが飛び込んできた。
「甘いネ!」
 センリンは、それを読んでいたのか、棒を振り下ろす。
「おっと!」
 ジャンは、その棒を短剣を重ねて受け止める・・・筈だった。
 ゴンッ!
 良い音が鳴ると、ジャンは吹き飛ばされた。センリンが、振り下ろすと見せかけ
て、受け止められたのと同時に、突きに変えてきたのだ。
「一本だな。」
 士は、勝負ありを、宣言する。
「カァ!!これで、センリンさんとは、また五分だ!!」
 ジャンは、悔しそうにしていた。
「まだ五分ヨ。これから見返すネ。」
 センリンは、結構、貪欲に吸収している。これは、中々伸びるかも知れない。
「ゼハーン殿!私と、手合わせ願う!」
 ショアンが、手合わせを申し込んできた。
「お。また、負けが込むぞ?」
 ジャンは、突かれた肩を押さえながら、軽口を叩く。
「何の!一本を奪う気迫で、行き申す!!」
 ショアンは、気合を入れた。私が相手だと、遠慮が無いな。
「フッ。ゼハーンは、俺と互角に闘えるんだ。追いつくのは、難しいぞ?」
 士は、私と互角なのが、嬉しいのか、悔しいのか、分からないような表情をする。
「承知の上!!ハァ!!」
 ショアンは、矛に見立てた長い竿を構える。確かに隙が少ない。防御に関しては、
超一流の域に達している。その構えのまま、威圧してきた。
「ならば・・・天武砕剣術、『威』の構え!!」
 私は、不動真剣術での『攻め』の構えに似た構えを出す。天武砕剣術は、同じよ
うな型でも、常に受け流す意識を忘れない。不動真剣術は、円の動きだが、天武砕
剣術は三角に近い動きをする。受け流した後、すぐに攻撃に移れるように、修練す
るのだ。
「ゼハーンの恐ろしい所は、単に二つの剣術が使えるからじゃあない。それを瞬時
に切り替えて、状況に応じて使い分けられる。その頭の、回転の速さだ。」
 なる程・・・。確かに、そうかも知れない。士は、良く見ている。
「全力で、行きますぞ!ゼハーン殿!」
 ショアンが、竿を回転させながら、自分の腰に竿を当てる。なる程。私の構えを
『攻め』と見たから、守りに入るかと思ったが、逆に、攻めに転じるつもりだ。
 あの槍術は、抜け目が無い。防御に関しては、かなりの物がある。しかし、攻め
が、まだ甘い。それを分かっているからこそ、攻めに、転じるつもりなのだ。攻め
を磨いて、強くなろうと言うのだな。では・・・
「ハィィィィ!!」
 私は、攻め込むことにした。ショアンは、竿で受け止めつつ、先を回転させるよ
うにして、突きを繰り出してくる。私は、その突きを、体を捻る事で躱す。そして、
木刀を真っ直ぐ振り下ろす。
 それを読んでいたのか、ショアンは、躱しながら、猛然と切り込んできた。
「ヌゥン!!ウォォォ!」
 ショアンは、嵐のように攻め込んできた。荒削りだが、迫力はある。これは、余
り受け過ぎると、危ないかも知れない。ならば!
「オオオオオ!!」
 ショアンの攻撃で、私の木刀は弾かれそうになる。私は、木刀を離すまいと、ヨ
ロけながらも、木刀を握る手に、力を入れる。
「勝機!!」
 ショアンは、そこを狙ってきた。当然だ。
「勝負あったな。」
 士が、呆れていた。
 バシィ!!
 良い音がなった。ショアンの攻撃は、私の体に触れず、私の、狙い済ました攻撃
が、ショアンの胸元に入った。
「ぐああ!!」
 ショアンは、胸元を押さえる。
「勝負あり!だ。」
 士は、私の勝ちを宣言する。
「ま、負け申した・・・。」
 ショアンは、項垂れる。しかし、私も、あんな手を使わなければならない程、今
の攻撃は、鋭かった。
「ショアン。今の負け、分かってるよな?」
 士は、ショアンに問う。士には、私が仕掛けた事が、バレていたみたいだ。油断
なら無い人だ。
「わざと、隙を見せたので御座いますな?」
 ショアンは、やられてから気付いた。そう。私の弾かれそうになったのは、わざ
と弾かれそうになるように、仕向けたのだ。それは、隙を作り、相手が狙った瞬間
を打つためだ。それを、士は見切っていた。
「隙が作られたのが、わざとだと言う考えが無かった。それじゃ駄目だ。」
 士は駄目出しする。これも、勉強の内の一つだ。
「このような小細工を、しなくてはならない程、鋭かった。良い攻めだった。」
 私は、労ってやる。こうして、アメと鞭を使い分ければ、3人共、もっと成長す
るだろう。正直、素材は良い。技量が、もうちょっと足りない。基本的な力は、つ
けている。後は、磨けば光る筈だ。
「ゼハーン。もう一勝負行けるか?」
 士が、木刀を構えてきた。なる程。次は士とか。
「行けますぞ。やるか?」
 私は、それに応えるように、木刀を持ち直す。疲れは、そんなに溜まっていない。
「士とゼハーンさんヨ。これは、注目だネ。」
 センリンは、私と士の闘いは、食い入るように見ている。熱心だな。
「俺達の高みに居る・・・。参った人達だな。」
 ジャンも、良い線を行っているが、もう少し、修行が必要だな。
「攻め方を、参考にさせて、もらいますぞ!」
 ショアンも、真面目に取り組む。伸びるな。これは。
「盛り上がった事だし、行くか!」
 士は、無造作に歩いてくる。そして、足音を立てずに、こっちに向かってきた。
 私は、それに天武砕剣術『防』の構えで対抗する。守りの構えだ。
「・・・守りか!」
 士は、下から木刀を振り上げてくる。先が見えぬ。恐ろしい剣速。それに、今の
は、気配すらしなかった。視認するしかない。守りに徹して、やっと防ぐ事の出来
る剣戟だ。恐ろしい人だ。
「そらそら!」
 士は、そんな斬りと突きを、次々と繰り出していく。辛うじて、避けたり防いだ
りしているが、コレでは、もたぬな。
「ムゥ!!」
 私は、気合を入れて、士の剣戟を見切って弾く。士は、不意を突かれたのか、木
刀を、手放す寸前だった。
「そこで誘いを使うとは・・・。」
 私が、さっき使った手を、士が使おうとしたのだ。
「ちょっとワザとらしかったな。」
 士は、即座に木刀を戻す。油断大敵だな。私の誘いより、数段上手い。
「では、見せるか。」
 私は、不動真剣術『無』の構えを見せる。天武砕剣術には、無い構えだ。
「これが、噂に聞く『無』の構えか。初めて見たな。」
 士は緊張する。さすがに、士は、瞬時に、この構えの恐ろしさを悟ったらしい。
「何だか、やる気の無い構えに、見えるんだがなぁ。」
 ジャンは、気付いていないようだな。
「私にも、そう見え・・・ハッ!」
 ショアンも気付かなかったようだが、ようやく気付いたみたいだ。
「ショアンさんは、気付いたようネ。恐ろしい構えヨ。」
 センリンは、最初から、気付いていたようだな。やはり素質があるな。
「まさか・・・あの構えは、守りを捨て、攻撃を避ける事に、徹する構え!?」
 ショアンが解説する。それでは、まだ半分だな。
「それもあるけどネ。恐らく・・・カウンターも狙う気ヨ。」
 センリンは、言い当てる。さすがであるな。
「ま、マジかよ!どれだけの心境になれば、そんな構えが出来るってんだよ。」
 ジャンも、恐ろしさに気付いたようだ。この構えは、不動真剣術の奥義だ。
「俺の攻撃に、カウンターを合わせられるか?試してやるぜ!」
 士は、攻め込んできた。速いな。しかし、この構えになった時の私は、見切りの
能力が、普段より上がる!見切れる!
「んな!!?」
 士は驚く。自分の攻撃が避けられた瞬間に、木刀が飛んできたからだ。これが、
私の培ってきた、剣術の威力だ。
「速いなんて物じゃねぇな。ドンだけの、見切り能力なんだ。全く・・・。」
 士は、分析を始めている。
「覚悟の量を見極める。そこに『無』の構えの、本領がある!」
 私は、この構えのまま迫る。士は、冷や汗を流しながら、回り込む。
「この俺が、押されてるとはな。恐ろしいな。アンタ。」
 士は、そう言うと観念したのか、私の構えに突っ込んでくる。そして、袈裟斬り
を見舞おうとした。私は、それを避けると同時に反撃を試みようとした。
 バシィ!!
 危なかった・・・。私は、『無』の構えのおかげで、見切れた。士は、恐ろしい
事をしてくる。袈裟斬りを避けられたと思った瞬間に、回し蹴りを放ってきたのだ。
それを私は、木刀の背で受けた。
「さすが、不動真剣術。俺の蹴りまで、見切るとは。」
 士は、一旦距離を置く。
「それは、私の台詞だ。まさか、蹴りまで鋭いとは、思わなかったぞ。」
 士の蹴りは、普通の格闘家の強さから言っても、問題無いレベルの蹴りを放って
いた。恐ろしい事だ。それを剣術と共に、使ってくるなんて・・・。
「霊王剣術、秘伝、裏闘技だ。」
 士は、霊王剣術の裏闘技を使ってきたのか。
「剣術だけでは、足りなくなる時が来る。そこに体術を組み入れたのだ。これは、
健蔵が継いだ頃の霊王剣術には、無かった動きだ。」
 なる程・・・。どおりで、初めて見る訳だ。
「最も、拳の方は、余り使わないんだけどな。」
 それはそうだ。剣を振るいながら、拳は使えない。
「だが、剣を手放しても闘える位にまで、鍛えてはいる。」
 なる程。それは便利だ。私も緊急の時に、剣が無ければ、きつい闘いになる。
「そこまで考えられていたとは・・・。だが、不動真剣術にも、似たような技はあ
る。見せてやろう・・・。剣が無かった時の処理をな。」
 私は、木刀を腰に差すと、手に力を込める。
「・・・まさか・・・。」
 士は、気付いたみたいだな。
「そうだ。手刀だ。手に闘気を込める事で、手刀にて、不動真剣術を振るう!」
 不動真剣術の裏技でもある。だから、闘気は、常日頃から磨いている。
「面白いな!さすが、伝記の剣術だ!」
 士は、本当に面白そうに笑う。心から、闘いを楽しんでいるようだな。
「二人共、何者だよ・・・。おっとろしいぜ。」
「いやはや、素手まで、鍛えていたとは・・・。」
「闘気を、ここまで使いこなス・・・。凄いヨ。」
 3人とも感心してるようだな。だが、これは、剣術を磨いた結果なのだ。基本の
剣術が、なっていないようなら、通用しない技でもある。
「ゼハーン。面白かったけどよ。そろそろ決着にしねぇか?」
 士が、仕掛けてくる。確かに長引くのは、良くない。
「どんな勝負を望む?」
 私は尋ねてみた。士には、考えがあるみたいだ。
「単純な力比べだ。俺は『滅砕陣』を使う。」
 士は、宣言した。要するに、『滅砕陣』と、私の『光砕陣』の力比べって所か。
「センリン。シェルターだ。」
 士は指示する。どうやら、周りに被害が及ばないように、シェルターを用意して
いる。しかも、このシェルターは、『瘴気』で強化してあると聞いた。
「これなら、滅多に周りに被害は、行かねぇ。」
 中々用意が良い。とは言え、このシェルターは、立て篭もる時に使うつもりの物
なのだろう。
「じゃ、コレで、終わりにするぜ!」
 士は、魔の六芒星を、あっと言う間に描いてみせる。
「楽しい時間では、あったがな!」
 私も闘気の五芒星を瞬時に描くと、それに力を込めた。
「コレの、ぶつかり合いは、伝統らしいな!」
 なる程。過去のぶつかり合いでも、何度か、あったみたいだな。
「いくぞ!霊王剣術、奥義!『滅砕陣』!!」
「負けぬ!不動真剣術、奥義!『光砕陣』!!」
 私は、士の気合に負けぬように『光砕陣』に力を込めた。すると、空中で陣同士
が、ぶつかり合う。凄いエネルギーの塊だ。
「へっへっへ!アンタの腕、凄まじくて、楽しいぜ!」
「フッ!士も負けてない!私と互角に渡り合えるのだからな!」
 士と私は、力を込めたまま、語り合う。
「だが・・・今回は、俺の勝ちだ!!」
 士は、そう叫ぶと、『滅砕陣』の力を、増してきた。
「ぐっ!!やる!!」
 私は明らかに押されてた。士も凄いのだが、私は、闘気系の技が、苦手なのだ。
「オラァ!!」
 士が振り切ると、私は、もろに『滅砕陣』を食らってしまった。・・・何と言う
衝撃だ!!体勢を整えようにも、整えられぬ。
「・・・ぬぐぅ・・・。参った!!」
 私は負けを認めた。さすが士だ。強いな。
「・・・フゥ・・・。勝てたけど、釈然としないぜ。」
 士は、口を尖らす。
「ゼハーン。アンタ、闘気系の技、苦手なんじゃないのか?」
 士は、見抜いていたらしい。
「良く分かったな。未熟者のレイクに、負けたくらいだからな。」
 私は、包み隠さず言う。
「やっぱりな・・・。チッ。勝ちを拾ったみたいで、面白くないぜ。」
 士は、力比べを挑んだ事を、後悔する。
「何を言う。私は受けると言ったからには、正当な強さであろう?次は、負けぬよ
うに、鍛えあげるだけだ。見ているが良い。」
 私は、まだまだ鍛えが、足りぬと思った。
「めげないな。・・・楽しみにしてるぜ。」
 士は、そう言うと、木刀を納める。
「ハァ・・・。あれで苦手って・・・。底が、知れないぜ・・・。」
 ジャンは、何とも言えない顔をしていた。
「全くだ。私達は、精進が足りぬな。」
 ショアンも呆れていた。そうは言っても、苦手な物は、苦手なのだ。
「追いつくのは、簡単では無いネ。ハァー・・・。」
 センリンまで、溜め息を吐いていた。
「フッ。そんな簡単に、追いつかれて堪るかよ。頑張りな!」
 士は、3人に発破を掛ける。この男、色々影があるが、強さに対する姿勢は、純
粋だ。これは・・・凄い逸材なのかも知れないな。


 俺は・・・こんな事を続けるのか?
 迷いは無い・・・が、苦しく無い訳じゃない。
 だが、決めた。
 俺を、いつまでも愛してくれる奴のために、生きると・・・。
 思えば・・・あの時からだ。
 俺が、生きていると言う実感が持てたのは・・・。
 俺が、俺だけの体じゃないと思えたのは・・・あの頃からだな。
 それが、心地良い。
 ・・・だが、最近は、余計な奴が、入り込んでいる。
 あの3人の事じゃあ無い。
 あの3人は、俺は、文句を言っているが、別に邪魔な訳じゃあ無い。
 むしろ、3人が来てから、充実している。
 俺自身は、満更でも無い。
 もう1人・・・俺の体に、入り込んだ奴が居る。
 迷惑極まりない話だ。
 そのおかげで、こちらの考えが、全てバレてしまう。
 とは言え、強引に、こちらに入り込む事は無い。
 その辺は、弁えてるらしい。
 だが、最近は、明らかに自分の物じゃない夢を見る。
 それは、こいつのせいだ。
 ・・・全く迷惑な事だ。
(我とて、悪いと思っている事だ。好い加減、機嫌を直してもらうと助かる。)
 ・・・こいつだ。全く・・・人の中に入り込んできて、何を言っている。
 半年前だったか・・・何かの気配がしたと思って、起きてみたら、こいつが浮か
んでいるのが見えた。その瞬間、入り込みやがった。
(何度も、謝っているではないか。我とて、チャンスは逃したくないのだ。)
 良い迷惑だって言ってるんだ。俺は生活があるの、分かってるだろ?
(貴殿の生活は拝見した。あの生活なら、余計に、我が力が要るではないか?)
 自分の力だけで、やって行きたいんだ。阿呆が!!
(何度も、言っているだろう?我は、邪魔するつもりは無い。いざと言う時だけ、
力を貸せれば良いのだ。実体の無い我だが、貴殿には、協力したいのだ。)
 勝手な事を言うな。俺は、今の生活が気に入っている。勝手に力を貸されても、
困る。それに、貴様も見た通り、俺は、力に困ってはいない!
(悪いとは思っている。だが・・・我は、この現状が許せぬ。)
 またその話か。セントは、こう言う所だ!そして、キャピタルってのは、こう言
う仕組みだ!俺みたいな奴が、どうこう言う立場じゃないの知っているだろう?
(あの忌まわしき塔を、捨て置けるのか?・・・我が命を懸けて戦ったのは、こん
な世に、したくないからである・・・。暗黒の時代では無いか・・・。)
 アンタには、同情もする。だが、俺に頼るな。俺は、このセントで・・・キャピ
タルで、生きているんだ。それを、邪魔するんじゃない。
(そこは心得た。我とて、徒に、世を乱したい訳では無い。)
 フンッ。どうだかな。アンタ、伝記では、一番と言って良い程、悪役なのは、知
ってるだろ?人間の俺にとっては、信用するのは、難しい事は、分かってるだろ?
(あの伝記は、良く出来ている。嘘を書いていない。好感が持てるな。)
 ・・・認めるんだな。俺は、てっきり否定してくる物だと思ったぜ。
(ほぼ事実なのだから、仕方が無い。貴殿も知っての通り、我は、力ある者が報わ
れぬような世には、したくないと考えた。『覇道(はどう)』とは、そう言う道だ。)
 人間の俺にとっては、その考えが、どれだけ危険か・・・って、思っちまうんだ
がな。少しは、誤魔化すとか、すれば良いのに・・・正直だな。アンタ。
(そういう性分だ。嘘が吐けぬ。)
 まぁ確かに、伝記の中でも、アンタは、小細工とかしなかったな。そこは、好感
が持てる所だ。
(当然だ。神魔王グロバスの名に於いて、小細工を弄するなど、出来ぬ。)
 そのグロバスさんは、人間と、対立してなかったか?
(そんなつもりは無いぞ?『人道』とは、対立してたがな。我を慕う人間を、迫害
した覚えは無い。利点が、無かろうよ。)
 まぁ道理だ。だが、何で俺なんだよ。俺に取り付いた理由を教えろ。
(まずは、器だ。貴殿の器は、我が力を受け止めても、まだ余る程だ。そんな人間
が、出て来るとは思わなかった。貴殿の器は、とてつもなく広い。)
 ムズ痒い言い方をするな。まぁ誉められたと受け止めて、良いのか?
(素直では無いな。そして、貴殿は、霊王剣術を習ってるせいか、我が波長と、良
く合うのだ。瘴気を出すコツも、魔族のそれに近い。)
 知るか。これは、習ってる途中で、コツを掴んだだけの事だ。
(あっさり言うな。結構大変なんだぞ?制御まですると言うのは・・・。)
 さぁな。俺には、馴染みの深い力ではある。制御出来ねぇ程、甘くは無い。
(正直な話、貴殿は、下手な魔王より、瘴気を制御する力は強いぞ。)
 魔王と比べられるのは、人間の俺としては、非常に不本意だ。
(仕方無いではないか。比べる対象が、他に居ないのだからな。)
 まぁ、そう言われれば、そうだな。
(最後に、貴殿の力を求める姿勢が気に入った。貴殿は、センリンを守るために強
くなっている。だが、力を受け入れる時の姿勢は、真摯その物だ。)
 そんな物か?俺は、守るための力が欲しい。そのためには、強くなるために、手
段を選ぶつもりは無い。それだけの事だが?
(そこまでの、覚悟を示せる人間は、貴殿くらいの物だ。士。)
 釈然としないな。大体、力から言えば、ゼハーンだって、凄い物が、あるじゃな
いか。闘気系の技が、苦手のようだが、それ以外は、俺を凌ぐ強さだぞ?
(我も驚いている。ゼハーンは、ユード家の縁の者では無いのに、あそこまで剣術
を極めるとは・・・。恐らく、半端な修行では無かった筈だ。)
 確かにな。ゼハーンは、元々ハイム家の奴だって教えてもらったが・・・。不動
真剣術は、見事にモノにしていた。
(二つの剣術を極めるのは、至難の業だ。・・・だが、器が足りぬ。)
 器ねぇ?俺にはあって、ゼハーンには、無いってーのか。
(フム。彼とは、波長も合わぬがな。だが、話を聞く限り、彼より、彼の息子であ
るレイクの方が、器は大きいのだろうな。)
 ま、そんな感じではあるな。若いのに、あのゼハーンの『光砕陣』に勝ったって
のは、驚くべき事だ。しかも、ほんの1ヶ月で、馴染んだらしいからな。
(恐らくは、天才であろうよ。ゼハーンが、英雄の再来だと言っていたが、その通
りなのであろう。・・・彼のジークも、天才であったからな。)
 伝記では、良く出てくる名だな。そんなに凄かったのか?
(ワイスを打ち破る程の技量、そして精神力、力・・・。どれをとっても、英雄と
呼んで、差し支えないだろう。ワイスは、我が片腕以上の存在だった・・・。)
 その化け物の再来・・・。と来ちゃあ、アンタも、面白くないだろう?
(寧ろ、心が弾むぞ?やはり力ある者との邂逅は、良い物だ。)
 やっぱり変わってるな。アンタ。
(今ある出来事を、全て受け入れてこそ上に立てる。それが分からぬ輩が、多いの
だがな。我は、上に立ってた時に、それを、欠かした事は無い。)
 偉そうな奴だとは思ってたが・・・。上に立って当然と思うような奴じゃ、仕方
が無い事だな。
(嫌味を言ってくれるな。・・・だが、我は・・・理想を見過ぎたのだ。)
 理想・・・ねぇ。『覇道』だったか?
(力ある者が、迫害されるような世に、したくなかったのだ・・・。だが、驕って
いたのだ。あの生き方は、魔族の生き方。それをソクトアに持ち込んでは、拒否反
応が出るのは、当然の事だ。・・・だが、我は、目指してみたかったのだ。)
 勝算が無い闘いだったとでも、言うのか?珍しく弱気じゃないか。
(勝算はあった。だが、時代が拒否した。・・・あの時、ミシェーダに飛ばされた
のは、偶然では無かろう。)
 運命神?だったか。ソイツの話は、俺も、余り好きじゃあないな。
(奴は、支配を広げたいだけの、下種だ。)
 それは同意だ。伝記でも、余り良く書かれて無かったな。
(・・・1000年後に飛ばされるとは、思っても見なかった・・・。)
 俺には、余り実感が無いんだが・・・。アンタが見せる夢が、伝記の時の話ばか
りでな。あれこそ、良い迷惑だ。
(今でも、魘されるのだ・・・。済まぬと思っている。)
 まぁ見ちまうものは、しょうがない。だが、少しは頻度を下げろ。じゃないと、
こっちまで参るんだよ。
(意識しよう。精神体となった今でも、魘されるのは、良くない。)
 頼むぜ。俺だって、見たくも無い夢を見させられるのは、勘弁だ。
(時とは、残酷な物だ。我からすれば、1000年前の戦いは、昨日のように思い出せ
る。しかし、我が倒された後、健蔵が倒れ、『覇道』の者達は、誇りを持って戦い
抜いたと聞いている・・・。我だけが・・・取り残されてるのだ。)
 馬鹿が!アンタは、飛ばされたに過ぎん。ならば、この時代で、何をすべきか、
考えるべきだろうが。
(貴殿に言われるとは・・・。やはり貴殿に、力を貸したいな。)
 結局そこかよ。まぁ良いさ。勝手な真似さえしなければ、居ても良い。その代わ
り、俺のレベルアップを、手伝ってもらうぞ。
(望む所である。)
 フッ。全く、とんでもない奴を、抱えちまった物だ。
 ったく。厄介事ばかりで、堪らんな・・・。


 今時さぁ・・・。
 本物のお嬢様ってのが、居るとは思わなかったんだよ。
 だってだよ?
 『ウチは、本気で惚れた!添い遂げたいから、婚姻届の用意だ!』だぜ?
 オレは、ビックリしたね。
 確かに、オレは口説いたよ?
 ありゃあ、良い女だ・・・口説いたさ。
 オレの異名は『軟派師』だ。
 良い女は、口説いてモノにする。
 そして、クールに、仕事をこなす。
 実質、『オプティカル』の中じゃ、実績は、ランク上位だったしな。
 撃墜するって、感じが堪らねぇのさ・・・どっちもな。
 勝気な感じの、お嬢さんでさ。
 俺達のボスの娘さんだったからさ。
 皆、高嶺の花だって、言ってたよ。
 そんな中・・・ボスが死んだ。
 ボスは、男気の強い奴だったからな。
 『ダークネス』の手段を選ばないやり口が、気に入らなかったらしい。
 ボスは、決闘状を出して、4人の幹部の内、2人を連れ出して・・・向かったな。
 でも、『ダークネス』の奴ら、その場所に、警察を呼び寄せやがった。
 そして、ドサクサ紛れに、ボスを暗殺した。
 幹部2人も善戦したんだが・・・警察の精鋭部隊との戦いじゃ、分が悪い。
 2人の幹部も・・・帰らぬ人に、なっちまった。
 そして、ボスの跡を継いだのが娘さん・・・いや姐さんだ。
 姐さんは、復讐する事を禁じた。
 ボスに、もしもの事があったら、そうするように、言われていたそうだ。
 それは、正解だったな。
 『オプティカル』が迂闊に手を出せば、そのまま、滅ぼされ兼ねなかった。
 ただ・・・気になったんだ。
 姐さんは・・・親父さんと、お袋さんを失っちまったんだ。
 幹部の1人は、ボスの妻・・・姐さんの、母親だったんだ。
 そんな姐さんが、復讐する事を、禁じたなんてよ。
 そんな気苦労を、姐さんは1人で、背負い込んじまってた。
 やるせねぇ・・・と思ったのが、最初だった。
 『オプティカル』のボスの部屋に、1人入っちまった姐さんは、物悲しかった。
 残りの幹部2人は、そんな姐さんを察してか、元気付けようとしてた。
 ただ、弁えが、良過ぎるんだよな。
 幹部2人は、必要以上に、慰めたりしなかった。
 飽くまで部下・・・忠実な犬共だ。
 そこで、オレの登場って訳だ。
 姐さんの部屋を、ノックした・・・。
「・・・誰であるか?」
 姐さんは、警戒してた。当然だ。両親を失った後だ。その座を狙う者も、居るか
も知れない。まぁオレは、姐さんを、モノにしたかったんだがね。
「『軟派師』です。ちょいと野暮用で来ました。」
 オレは、適当に誤魔化す。
「ジャンか・・・。ウチは、精神状態が良くない。手間を掛けさせる無い。」
 姐さんは、つれなかった。警戒も、してるんだろうな。
「1人で居ると、面白くない物ですよ?晩酌でも、しません?姐さんの好きな『華』
のワインも、用意してますよ。」
 オレは、姐さんの好きなワインを、下調べしてあった。
「抜け目が無い奴だ。しょうがない奴。入れ。ウチも、暇してた所だ。」
 姐さんの部屋のオートロックが外れる。オレは、手早く姐さんの部屋に入った。
 姐さんは、栗色の髪をしている。髪の長さは、肩から背中に掛けて、伸ばしてい
たので、結構長い。しかし、手入れは、してるみたいで、サラサラしていた。姐さ
んは、まだ20なので、ナイスバディでもあった。
「野暮用を聞こう。」
 姐さんは、そう言うと、手を突き出す。『華』のワインを寄越せと言う合図だっ
た。本当に、好きなんだな。
「いやぁ、ほら。オレにも経験があるから・・・ちょっと他人事じゃなくてね。姐
さんが、心配だったんですよ。」
 オレの両親も、オレが子供の頃に他界していた。何でも、車の事故だって話だが、
覚えているのは・・・両親が、グチャグチャの塊になったって事だけだ。
「ウチは、子供じゃない・・・。でも、ちょっと助かる・・・。」
 姐さんは、弱っていた。ボスの座が、苦しかったのかも知れない。
「こう言う時は、楽しく過ごしてみる事が、大事です。」
 オレは、そうして、両親の死を乗り越えた。ダチとつるんで、馬鹿をやった。そ
して、ダチと卒業で別れると同時に、オレの稼ぐ道・・・人斬りを選んだのだ。
「ジャンは、ウチより、壮絶だったんだよな。・・・強い奴だ。」
 姐さんは、そう言うと、グラスに、ワインを注いで飲み始める。
「初めから強い奴なんて居やしません。支えってのが、必要なんですよ。」
 オレは、ダチが居た事を話す。あのダチは・・・今頃、キャピタルの官僚でも、
やってるだろうか。優秀な奴ではあったな。
「ウチは・・・強くなれるかな?」
 姐さんは参ってる。やっぱり、まだ支えてやらなきゃいけない。
「オレで良かったら、支えくらいには、なれますよ?」
 久しぶりに、決まった台詞を吐く。半分、本気だけどね。
「ウチを口説いてるのか?・・・こんな時に・・・全く。」
 姐さんは、俺の異名を知ってるので、少し呆れていた。
「ウチは・・・ボスの座に居るだけの女だ・・・。」
 姐さんは、お飾りのボスだと思っているのだろう。実際、そうかも知れないが、
姐さんの強さは、結構な物だと、オレは知っている。
「ボスの補佐でも、狙っているのか?」
 姐さんは、溜め息を吐く。
「姐さん!!」
 オレは、そう思われるのは、心外だったので、姐さんの肩を掴む。
「姐さんがボスじゃなくたって、オレは口説いてますよ!姐さん可愛いじゃないで
すか!自信持ってくださいよ!俺は、『軟派師』だけど、相手は、選びますよ!」
 オレは、心境を吐露する。実際、姐さんは良い女だ。
「ジャ・・・ジャン!」
 姐さんは、いきなり顔を真っ赤にする。凄く初々しい反応だ。
「本気だと、取って良いのか?」
 姐さんは、節目がちに聞いてくる。コレは気がある!!良い反応だ!
「あったり前じゃないですか!こんな良い女を、ほっとくなんて罪ですよ!」
 我ながら、歯の浮くような台詞だ。だが、姐さんには、効果は抜群だ!
「・・・よし。決めた!!」
 姐さんは、急に顔色が、明るくなる。
「ウチは、本気で惚れた!添い遂げたいから、婚姻届の用意だ!」
 ・・・え?婚姻届?・・・いきなりですか。
「婚姻届は、早過ぎないですか?」
 オレは、ちょっと引き気味に言う。
「ウチは決めたんだ!・・・ジャンは『軟派師』なんて渾名だけど、芯がある男だ
と思った!ウチを可愛いと言ってくれた男は、初めてだ。だから、結婚する!!」
 ・・・ま、マジですか・・・。惚れ過ぎじゃないですか?
「ジャンは・・・ウチが相手じゃ嫌なのか?さっきの言葉は、嘘なのか?」
 う・・・うぐ・・・。何と言う攻勢・・・。
「嘘じゃあ、ありません!・・・ですがね。物事には順番があるんですよ?」
 いきなり結婚は、無いよな。いやホント・・・。箱入り娘さんだとは、思ってい
たが、ここまでとは、思わなかったぜ・・・。
「順番・・・。結婚するのに、順番なんてあるのか?」
 姐さんたら・・・本当に、何も知らないんだな。
「当然です!結婚する前に、オレと付き合うと言う過程が、抜けてます!」
 何の付き合いもせず、いきなり結婚って・・・許婚とかじゃ無いいんだから。
「付き合う・・・。付き合う?」
 あらやだ。この人、マジだ・・・。
「まず、相手を選ぶでしょう?その後、恋人となって、相性を見る!それで、気に
入ってもらえたら、結婚と、行きましょうよ!」
 オレは、大雑把ながらも、説明してみる。
「恋人かぁ・・・。ウチは、まだるっこしいの嫌いなんだけどなぁ。」
 まだ、こんな事言ってる・・・。
「物事を、すっ飛ばしちゃいけません!」
 と言うか、俺は縛られるのは嫌いなんでね。恋人なら歓迎だが、結婚は、ちょっ
とな。そりゃ、姐さんの事は、気に入ってるけどね。
「おかしいなぁ・・・。母上は、好きな男の子が出来たら、逃がしちゃ駄目だと言
ってたんだけどなぁ・・・。」
 あの人、娘に、何つう教育を・・・。恐ろしい人だ。
「でも、ジャンが、そう願ってるなら、恋人から始める!」
 うーーーん。素直で可愛いなぁ。姐さん、これだから良いわぁ。ただ、思い込み
が激しいのは、直していかなきゃな・・・。
「ジャン、恋人って、具体的に何から始めれば良いんだ?ウチ、知らないんだ。」
 まぁ姐さん、恋をした事が、無さそうだしなぁ。
「まずはスキンシップからです!ええとですね・・・。」
 オレは、こうして、姐さんに色々知識を覚えさせた。いや、それも覚えてくれた
かどうかも、怪しいけどな。姐さんは、本当に良い女だったな。
 だが・・・それが1ヶ月も過ぎた頃・・・。
「ジャン、そろそろ婚姻の件、進めても良いか?」
 姐さんは、むくれていた。まぁ、やる事もやったし・・・。姐さん連れて、デー
トらしき物もしたしなぁ。至福の一時だったけど・・・。
 あの幹部の二人の目が、怖いんだよなぁ・・・。幹部の二人とは、ギル=ジラー
ドと、イル=ジラードの兄弟だ。あの兄弟は、切磋琢磨しながら、幹部の座を勝ち
取った。それから、姐さんの護衛を、ずっと務めてきた。だから、姐さんの事は、
娘のように思っている筈だ。それが、オレの様な男に取られたんだから、内心は、
ハラワタが、煮えくり返っている事だろう。しかし、姐さん自体が、オレに懐いて
いるからな。気持ちを優先させているのだろう。義理堅い奴らだ。
「ここに、ジャン=ホエールと、書けば良いだけだぞー?」
 姐さんは、常に持ち歩いている。最近は、楽しんでいる節がある。
「ウチの名前は、書いてあるよな?アスカ=コラット。良い響きだろー?」
 姐さんは、自分の名前を口走る。そう。アスカ=コラットと言うのが本名だ。何
でも、伝記に出てきたルイ=コラットの出身地、踊り子の里の者達が、『オプティ
カル』を立ち上げたのだと言う。ストリウスにあった、ギルド『光』に感銘を受け
たのだとか。オレには、理解出来ないけどね。
「そういや、姐さんって、踊りは、どうなの?」
 余り見てなかった。姐さんとは、イチャイチャばっかしてたからな。
「コラット家の技の一つだ。毎日練習してるさ。ウチだって、やる時は、やるよ。」
 姐さんは、綺麗な体付きをしているから、本当に上手いんだろうなぁ。
「見たいなぁ。オレ、見た事ないよ。」
 素直に口にした。やはり、踊りまで秘伝と言うのは、見てみたいものだ。
「じゃぁ、後ろの扉を、閉めてくれ。」
 姐さんは、扉を閉めるように言う。何でだろ?
「ウチの踊りは、秘伝だからね。関係者以外に、見せたくないんだよ。」
 そんな物かなぁ。踊りだろ?
「不満顔だね。目に物を、見せてやるよ?」
 姐さんは楽しげに笑うと、音楽をスタートさせて、それに合わせて踊り始めた。
 ・・・うわぁ・・・。何だこれ?何だこれ!?すげぇぞ・・・。
 リズムも、然る事ながら、何て激しいんだ。それで居て、流れるようだ。この踊
りなら、ソクトア全土大会でも、優勝出来るんじゃねぇか?
 ・・・タンッ!!
「・・・っと、こんな物さ!・・・ふぅ・・・。」
 姐さんは良い汗を掻きつつも、決めポーズを決めた。
「すげぇ!すげぇよ!姐さん!オレ、感動しちゃった!」
 素直に誉める。いやはや、想像以上だったぜ。
「踊っている時は、無心で居られる。結構、助かってるんだよ?」
 確かに姐さんは、無邪気な顔で、踊っていた。
「今の踊りは『情熱』って言う題名がある。惚れた相手にしか、見せない踊りなん
だぞ?ウチの踊りの中でも、自信作だよ?」
 『情熱』・・・。確かに、そんな感じだった。いやぁ、惚れられてるなぁ。
「ジャン・・・。ウチは、ジャンを縛ったりしたくない。だから返事は待ってる。
いつでも・・・いつでも、言ってくれて良いんだぞ?」
 姐さんは、いつでも本気だった。本気で、オレに惚れている。正直な話、自由好
きのオレでも、姐さんとなら・・・と思う。
「姐さんは、優しいな。俺も近い内に、答えを出すよ。」
 答えを、先延ばしにするのは良くない。もうそろそろ、答えを出すべきかな。
「待ってる。ウチ、待ってる!」
 姐さんは飛びっきりの笑顔で答えてくれた。『軟派師』も、ヤキが回ったな。
 オレは、姐さんの部屋を出る。そして、いつものように待ち構えている、幹部二
人、そうジラード兄弟に挨拶をする。
「『軟派師』。話がある。」
 ギル=ジラード、兄の方が、声を掛ける。
「オレは、別に無いんですけどね?ギルさん。」
 野郎と話す事なんか無い。
「お嬢の、お気に入りだから、調子に乗ってるのか?」
 ギルは、挑発してきた。面白くないんだろうな。この人に取っちゃ、姐さんは、
お嬢か。まぁ、見守ってただけはあるな。
「・・・話・・・聞け。」
 弟のイルの方が、背中に、得物を当ててくる。
「ヘイヘイ。物騒だな。今日は、随分と脅すじゃないか。」
 オレは、軽口を叩きながら、二人に付いて行く。
 すると、『オプティカル』の入り口から、少し離れた路地裏に案内される。
「ここで良い。・・・貴様に問う。お嬢と付き合う目的を、教えろ。」
 ギルは、いつも通り尋ねてくる。
「何回も言ったっしょ?本気で惚れてるんだって。目的なんかねーよ!」
 うんざりだ。コイツらは、その事しか、頭に無いのか?
「今日は・・・それだけじゃ・・・済まない・・・。」
 イルは、得物こそ離したが、いつでもオレを斬れるように、構えている。
「おいおい。物騒だな。今日は何で、そんなに、しつこいんだよ。」
 何だか理由が、ありそうな気がする。
「お嬢の踊りを見たのだろう?関係者にしか、見せない踊りの筈だ。」
 ギルは、知っているのだろうか?まさか踊りを、見た事があるのか?
「アンタ、姐さんの踊りを、見たのかよ?」
 オレは、姐さんが、そんな尻軽な女とも思えないので聞いてみた。
「見てない。ただ、先代が、婚姻する前に流れていた曲と一緒だったからな。私が
幼い頃、聞いた曲と一緒だ。『情熱』・・・だろう?」
 なる程。そういや、前のボスの側近を、してたんだったな。
「私は、お嬢は本気じゃないと思っていた。貴様のような奴なら、すぐに飽きるだ
ろうと思っていた。・・・だが、本気だったようだな。」
 なる程。姐さんの本気具合を、確かめた上での行動か。
「姐さんの話を、ちゃんと聞いてなかったのか?」
 姐さんの事だ。ギルやイルには、オレの事を、話しているのだろう。
「恋をするのも、勉強の内だと思っていた・・・。しかし本気とあらば、阻止する。」
 ・・・何を言ってんだ?コイツ。
「アンタ、姐さんの何なんだ?幹部なら、幹部らしくしたら、どうなんだ?」
 オレを、脅しているつもり何だろうか?
「貴様が指図するな!!私は、貴様が、ボスになるなどと、認めぬ!!」
 ボス?さっきから、何を言ってるんだ?
「いつから、オレがボスになると言った。姐さんと、付き合ってるだけだろう?」
 コイツ、飛躍し過ぎなんじゃないか?
「『情熱』。先代母君とボスは、その踊りを見た次の日に、婚姻届を出している。」
 なる程な。だから、焦ったって訳か。
「姐さんの相手をしてるだけで、次のボスだって、決めるなよ。」
 大体、オレは、ボスになるような柄じゃあ無い。
「お嬢が本気なら・・・次のボスは必然的に、貴様になるのだ。」
「姐さんとオレが、例え結婚したとして、ボスは違う奴がなれば、良いだけじゃね
ぇか。何なんだよ。アンタ等は?」
 さっきから、うざってぇ問答の繰り返しだ。
「・・・貴様、本当に、ボスの座に就きたい訳じゃ無さそうだな。」
 ギルも、ようやく、その結論に至った。
「だが・・・ボスにお嬢の世話を頼まれた私は、貴様と、くっつくなど認める訳に
はいかぬ!『軟派師』などと、名乗ってる輩にはな!!」
 コイツ、何を、こんなに怒ってるんだ?
「フン。それこそ余計なお世話じゃねぇか。大体、姐さんの世話を頼まれたなら、
何で、ボスが死んだ時に、傍に居てやらなかったんだよ!」
 オレは、納得が行かなかった。こいつ等、姐さんが大事とか言いながら、やって
る事が、矛盾してやがる。
「お嬢は、守るべき存在。必要以上に近づくのは、失礼に当たる!」
「アアン!?てめぇ、何を言ってんだ!!親父とお袋を殺された後に、そんな余裕
あるとでも、思ってるのかよ!!姐さんは、気を強く持ってるたって、まだ20だ
ぞ?親がいきなり死んだんだぞ!?それを、1人で耐えさせろってのか?」
 オレは、コイツ等の、エセ護衛に、ほとほと呆れていた。
「オレもな。下心はあったさ。でもな!本当に姐さんが可哀想だと思ったんだよ!
親を殺されて、平気な奴なんか、居るとでも思ってるのかよ!!」
 コイツ等、馬鹿なんじゃないのか?もしくは、人の心を分かってないだろ。
「・・・親・・・居ない・・・気持ち・・・知らない。」
 イルは、片言しかしゃべれない。だが、気持ちは、伝わってきた。
「お前らは、ボスに拾われたんだったな。なら、ボスが、親父みてぇな物だろ!」
 そのボスが殺されて、何で、そんな平気で居られるんだ。
「そのボスから!世話を任されたんだ!それを・・・貴様如きが、奪って!」
 ・・・駄目だコイツ・・・。分かってねぇ。
「これじゃ、姐さんも、苦労する訳だな・・・。白けたわ。オレ。」
 こんな奴らが幹部をやってるなんてな。実力は凄いのかも知れないが、心が、な
ってねぇ。忠実な、僕なだけだ。
「とにかく、私達は、貴様を認める訳には、いかん!」
「うるせぇなぁ。分かったよ。長年、世話したのは、お前達だ。その顔に免じて、
黙っていてやる。・・・だから、オレを抜けさせろ。」
 オレは、心底呆れていた。姐さんには悪いが、コイツ等には、付き合ってられな
い。オレが自由になるには、姐さんと居たら、無理みたいだ。
「束縛を嫌う、貴様らしい選択だ。」
 ギルは、オレの言葉が聞けて、安心したのか、ニヤリと笑う。下衆が!
「姐さんが可哀想だがな。オレは、お前らと一緒に居たら、どうにかなっちまいそ
うだ。姐さんには・・・済まないと、言って置いてくれ。」
 姐さんと一緒に連れ出したいが、コイツ等が、地の果てまでも、追いかけてくる
だろう。冗談じゃない。
「私達の和を乱す貴様が去るのなら、それくらいは、引き受けよう。」
 ギルの野郎・・・。とことん腐ってるな。
「アンタ等の素顔が見れて、少し安心した。」
 俺は皮肉を言ってやった。今まで幹部って奴らは、どんなに、すげぇ野郎かと思
ってた。だが、ここに居るのは、只の腐れだ。
 ・・・はぁ・・・。姐さん、良い女だったんだけどなぁ・・・。
 オレは、諦めざるを得なかったようだ。



ソクトア黒の章4巻の2後半へ

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