NOVEL Darkness 4-2(Second)

ソクトア黒の章4巻の2(後半)


 一日のサイクルは、結構、上手く出来ている物で。起床、朝食、仕入れ、昼食、
開店、仕事、夜食、修練、就寝。このサイクルで動いていた。
 たまに消印『48』の手紙が届く事がある。お偉方の護衛の仕事が多い。だが、
私達は権力に利用されるのを嫌う。と言うより、これはアピールの仕方でもある。
つまり、一度引き受けてしまうと、『司馬』とは、そう言う仕事も受ける何でも屋
だと思われてしまう。私達が引き受けない事で、逆に、高まる名声もあるのだ。
 それは、功を奏していた。権力関連者からの仕事は、定期的に来るが、逆に厳し
い仕事をくれる人達の仕事も来る。そして、厳しい仕事をこなす事で、名が知られ
ていくのだ。それで居て、『司馬』は、100%仕事を、成功させている。
 そうする事で、人斬り組織よりも、信用されているのだ。
 ただし、依頼人にすらも、ガサを知らせていない。攻め込まれたら厄介だからだ。
 生活のサイクルの中では、朝食、昼食、夜食は、私と士が交代で作っている。ゼ
ハーンさんなんかは、自炊も、少し覚えたいと言っていたが、あの歳で覚えるのは
大変だろう。なので、ジャンさんなどに、教えている。ショアンさんも、今から覚
えるには、少しきつい。
 仕入れなどは、士に教えられて、ショアンさんとゼハーンさんが、主に行ってい
る。ジャンさんも、手伝いに行くが、いずれ、ジャンさんには違う仕事をやっても
らおうと思っているからだ。自炊を覚えさせながらも、私や士が忙しい時の、料理
代行をやってもらおうと思っている。普段は、ウェイターだけどね。
 開店してからは、常連客が少しと、近くに、会社などが多いので、会社関連の人
を相手に、料理を中心に振舞っている。無論、客の中に、刺客が混じってないか、
注意する。余り怪しみたくは無いが、ジャンさんみたいな例がある。最も、ジャン
さんの場合、敵じゃ無かったけどね。
 常連客などは、ジャンさんが、ここで働き出した事を知ると、やっぱりなと言う
反応が返ってきた。常連の中でも、ジャンさんは、かなり私達と近かったせいだ。
まさか裏の職が、一緒だったとは思わなかったけどね。私が切り盛り、士が、全体
のヘルプ、ジャンさんが主にウェイター、ショアンさんが裏方整理、ゼハーンさん
が、洗い物関係を主に仕事としている。前は、洗い物等は、仕事が終わった後で、
一気に片付けたりしてたので、助かっている。前は、途中で皿が足りなかったら、
紙皿などを利用していたが、それも無くなった。
 仕事の後は、修練だ。少しでも、体を動かしてないと、鈍ってくるからね。うち
の店は、夜の10時には店を閉めるから、食事を取って、準備体操を行った後に、
準備運動をして、すぐに始める。修練は、店を開ける前にも、やったりする時があ
る。空き時間が、あり次第なので、その辺は、臨機応変だ。
 何事も無ければ就寝だが、『48』の消印のチェックなどをする時がある。最近
は、結構多い。軽めだと判断すれば、私とジャンさんとショアンさんで、処理する
事が多い。それでも、仕事は選ぶけどね。ゼハーンさんは、ほとんど手伝わせない。
少しでも正体を知られると、拙いから、しょうがない。本人は、手伝いたいと言っ
ていたが、お金を貰っている事もあって、手伝わせたりは、しない。その分、修練
で埋め合わせをすると言う事になっている。
 それが知られてきたのか、『司馬』はチームで行動していると言うのが、ちょっ
とした、噂になってきていた。別に悪い事じゃない。その方が、ターゲットを絞ら
れ易くなくなる。正直な話、一緒に護衛の仕事を何度か、こなしたが、ショアンさ
んもジャンさんも、手際は、凄く良い。士程じゃあないが、さすがに、それぞれの
組織のトップレベルに居ただけの事はある。私も足を引っ張らずに済んでいるのが
やっとだ。頑張らなくては、いけない。
 そんな生活が続いている。そして、今日も地獄のような修練が終わり、『48』
の消印のチェックを始めた。
「今日は、3通ネ。んーーと、まずは、これはパス決定ネ。」
 私は、溜め息を吐く。大富豪の護衛だった。こう言う仕事は、断っているのに、
後を絶たない。噂を嗅ぎつけた大富豪が、利用しようとしているのだろう。
「2通目は・・・。何で、こう言う依頼が来るかネ・・・。」
 私は、依頼を投げて寄越す。ヤクザの凌ぎ合いの手伝いだった。別にヤクザが相
手でも、やる時はやる。士が請け負った、ショアンさんの兄である、ジェイルさん
の依頼なんかは、後腐れなく『絶望の島』に行きたいからと言う理由だった。ジェ
イルさんが見せた、憂いの表情で、士は手伝う事に決めたのだ。今回のは、只の凌
ぎ合いの手伝いだ。こう言うのを手伝うと、逆の組織からも、要請を受けて、面倒
臭い事になる。だから、基本は受けない事にしている。
「さーて、3通目・・・。エ?」
 私は、どっかで見覚えのある名前を、目にした。
「どうかしたか?」
 士が覗き込んでくる。私は、士に3通目を手渡す。
「おいおい・・・。」
 士も、ビックリしたようだ。
「ジャン。お前の所の、お姫様からの依頼だ。」
 士は、そう言って、依頼書を見せる。
「・・・マジかよ・・・。姐さん・・・。」
 ジャンさんは、複雑な表情を見せる。依頼人アスカ。そして、依頼内容は、人捜
し。恋人の消息を知りたい。名前はジャン。だそうで。前にジャンさんの話を聞い
たが、その本人からか。
「驚いたな。俺の所に来る消印は、人斬り組織関連は、全て撥ねるように言ってあ
る。つまり、組織本部から、来た依頼書じゃない。お前が前に話していた幹部にす
ら、内緒で出した物だ。ここの連絡先は、知っているか?」
 士は、ジャンさんに返信先を見せる。
「・・・ここは!・・・あそこかよ・・・。」
 ジャンさんは、頭を抱える。
「ここは、姐さんが個人で買いに行く・・・行きつけのワイン専門店だ。『華』の
ワインで有名な所だな。ここは、アイツらも知らない筈だ。」
 ジャンさんが言う、アイツらとは、幹部2人の事だろう。
「なる程な。『消印』のアイツも、気が付かなかった訳だ。」
 士は、『消印』の仕分けを頼んでいる知り合いの事を言う。変なのが来ない様に、
個人の依頼以外は、撥ねて貰っているのだ。と言っても、大富豪とかの依頼は、別
に頼んでいない。要は、人斬りの3組織の住所を全て教えて、そこからの手紙を、
撥ねてもらっているのだ。とは言っても、ほとんど来ないそうだ。バレない様に、
色々工夫してるしね。
「個人で、頼んでまで依頼・・・なんて、姐さんらしいや・・・。」
 ジャンさんは、気恥ずかしくなったみたいだ。
「さーて、この依頼、どうしようか?」
 士は、顎に手を掛ける。この仕草の時は、本当に考え込んでる時だ。
「捜索自体は、一瞬で終わりますな。」
 ショアンさんが、からかうなんて珍しい。
「正直、果たさせては、やりたい所であるな。」
 ゼハーンさんも、事情を知っているだけに、考えこんでいる。
「ジャンさん次第ネ。どういう風に、話を持っていくか、もネ。」
 私は、ジャンさんに意見を振る。まぁ、本人次第だろうね。
「オレにだって、どう転ぶか、分かりゃしねぇ。」
 ジャンさんは、考え込む。難しい所だろうね。
「じゃ、深く考えなくて良いさ。この依頼、まずは、待ち合わせして様子見だ。」
 士は、結論を出す。つまり、ジャンさんは、待機してもらって、依頼内容だけ聞
いて見ると言う事だ。アスカさんが、1人で来て、真摯な願いだったら、ジャンさ
んと相談しつつ、今後を考えると言う事だろう。
「済まねぇ・・・。恩に着る。正直、姐さんには、貸しがある。」
 結論を出すと言いつつ、逃げてしまったと言う自負が、あるんだろう。
「オレは、『軟派』だが、筋は通すつもりでいる。」
 ジャンさんは、軽い口調になる事も多いが、やる時は、やる人だ。
「そうする事ですな。ジャン、私も応援するぞ。」
 ゼハーンさんは、ジャンさんとアスカさんの事を、いたく気に入ったみたいだ。
「伝記の末裔の人が応援してくれるんじゃぁ、半端は・・・いけねぇな。」
 ジャンさんは、覚悟を決めたようだ。
「士さん。見極めさせて貰えるか?姐さんが、このままじゃ不憫だ。」
 ジャンさんは、頭を下げる。余程、気に掛けているみたいだ。
「ジャン。決定権は、俺じゃない。センリンに言ってやれ。」
 士ったら、私に振るなんて・・・。
「何を言ってるのヨ。私が反対する訳無いでショ?個人的にも応援したいしネ。」
 私は、迷い無く言った。アスカさんの、狂おしい程の感情は、私にも理解出来る。
だから、応援したいのだ。
「なら、決まりだ。・・・ただし、条件がある。」
 士が、条件なんて、珍しい。
「今回、俺は裏方に回る。交渉役は、センリンとゼハーンがやってくれ。」
 私が、ゼハーンさんと?またまた何でだろう?
「私は構わぬが・・・。何か、考えあっての事ですな?」
 ゼハーンさんは、怪訝そうにしながらも、承諾する。
「士が、裏方なら安心だけど・・・危険なノ?」
 私は、つい聞いて見る。士が裏方に徹する時は、余り良くない状況の時が多い。
「ちょっと気になる事があってな。腕的に、俺の代わりになるのは、ゼハーンしか
居ないからな・・・。俺の代わりだ。しっかり代役頼むぞ?」
 士は釘を刺しておく。まぁ、ジャンさんだと、顔がバレてるし、ショアンさんだ
と『ダークネス』と『オプティカル』の抗争で、声が知れているからだろう。
「ちぇ。腕的には余計だよ。士さん。そりゃ、オレが行っちゃ意味無いけどさ。」
 ジャンさんは、頬を膨らませていた。
「私は、反論出来ないのが悔しい。士殿は容赦が無い。」
 ショアンさんも残念がっているようだ。それぞれ裏の事情は、心得ているようだ
が、士の容赦の無い言いようが、気に入らないのだろう。
「士は、ああやって、君達を焚きつけてるだけだ。気になさらぬ事だ。」
 ゼハーンさんは、優しく諭す。何ていうか、分かり易いアメと鞭だ。
「よし。受けるからには、半端は無しだ。良いな?」
 士が皆に確認すると、力強く頷いた。最近、連携が取れてきてる。
 アスカさんの依頼か。頑張らなきゃいけない。


 一目惚れって言う言葉がある。
 心を占拠されたとも、言うべきなのだろうか?
 ウチは、正にそんな状態だった。
 ウチは、『オプティカル』のボスだ。
 だから弱音も吐かない・・・つもりだった。
 でも、今はもう駄目だ。
 ウチの中でのジャンは、大きくなっている。
 ジャンが居ないだけで、世界がこんなに違うなんて・・・。
 ジラード兄弟が言うには、難しい任務をこなしに行って、死んだとの事だ。
 それから、確かに戻ってくる様子が無い。
 ジャンに限って・・・本当に・・・命を落とした?
 そんな筈は無い。
 ジャンは、ウチとの婚姻の話を考えてくれるって言った!
 ウチが待っていると知っていて、ジャンが、そんな簡単に死ぬ訳が無い。
 捜すしか無い・・・。
 でも、『オプティカル』の人員を使うのは、良くない。
 ジャンを、良く思ってなかった連中が、居るからである。
 正直、ジラード兄弟も、そうかも知れない。
 個人で頼むには、それなりに信用出来るツテが要る。
 ジャンと知り合いで、ウチにも顔が利くのは、あのワイン屋の店主だ。
 前にデートで寄った際も、信用出来る男だと思った。
 だから、藁にも縋る想いで、手紙を出した。
 消印『48』の噂の人斬りにだ。
 変わり者らしく、気に入った依頼しか、こなさない。
 商売敵だが、腕は良い事で有名だ。
 その腕の程を、見せてもらうのも一興だ。
 だけど、本来の目的は、ジャンに会う事だ。
 それしか考えられない。
 さすがのジラード兄弟も、休みの日や、私事には、口を出してこない。
 だから、その日に合わせて、『司馬』に、会う事を書いておいた。
 まさか、返って来るとは思わなかった。
 しかし、驚いた事に、返事が返ってきた。
 しかも、希望通りの時間に、待ち合わせだと言う。
 裏が、あるかも知れない。
 でも、『司馬』は、正体を明かさない事が、依頼を受ける条件の一つだ。
 だから、文句も言えないし、護衛を付ける訳にも行かない。
 少し不安だ・・・。
 ・・・だが、今は、信用するしかない。
 ウチは、絶対ジャンに会うんだ・・・。
 ・・・確かこの喫茶店だ。なる程。どこの組織にも属してない喫茶店だ。ここな
ら、個室で防音施設も整っている。やはり考えている。慎重な姿勢は、ウチの中で
は、好印象だ。それだけ慎重ならば、信頼出来る。
 確か・・・この部屋だ。一見和風な個室だが、防音対策が、しっかり為されてい
る部屋だ。その証拠に、周りはガヤガヤしているのに、一帯だけ、音が静かだ。音
が反射しないように、造られている証拠だろう。
 ウチはノックする。すると、女の声が聞こえてきた。女なのか?
「空いてますヨ?」
 確かに女だ。『司馬』の、連絡役かも知れない。
「失礼するよ。」
 ウチは、一言断ってから、中に入る。すると、男女が向かいに腰掛けていた。1
人は、女だ。・・・この女性、かなりの腕前だ。ニコニコ笑っているが、全く隙が
無い。『司馬』との連絡役なのかも知れないが、さすがだ。メガネを、掛けている
ようだが、眼力が、周りとは違う。
 男の方は、銀髪と言うのは、少し驚いたが・・・。何て言うか、修羅場を潜って
来ているような目をしている・・・。この男が、『司馬』なのかも知れない。
「初めまして。待ち合わせの方に、間違いありませんネ?」
 女性が聞いて来た。柔らかい口調だ。話し易い。
「『返信』をくれたのは、貴方達だね?」
 ウチは、少し警戒していたが、それでは話が進まないので、切り出す。
「はい。『投函』に対しての、依頼。『返信』にて、返しましタ。」
 女性は、ウチが合言葉である『返信』を使ったので、安心したようだ。
「そうか。ウチの依頼を受けてくれて、礼を言う。」
 まさか受けてくれるとは、思っていなかった。
「選り好みすると言う噂だネ。安心して下さイ。大事な人の捜索をしたいと言う気
持ちは、私にも、良く分かりますヨ。」
 ・・・驚いた。事務的な物だと、思っていたが、案外、本音で返してきてる。
「失礼だが、貴女が、依頼を受けるって決めたのかい?」
「・・・他言無用で、お願いしまス。私達で、決めましタ。」
 ん?そうか。『司馬』と、話し合って決めたのか。
「私も『司馬』の一員・・・と言えば、分かり易いですカ?」
 ・・・え?・・・そ、そういう事か。つまり、『司馬』は、個人を指すのでは無
い。良く考えたら、手際が良過ぎる。そう言う事かい。
「『司馬』は、1人では無い・・・。と言う事かい。」
 これは、中々興味深い情報だ。
「『返信』にも書いてありますが、他言無用ですヨ?」
 そりゃそうだ。こんな事がバレたら、大変だ。
「ウチは、約束を違えたりしない。誓うよ。」
 最も、信用出来ない依頼人だったら、逃がさないつもりなんだろうけどね。
「貴女は、『オプティカル』のボスでしたネ。信用しまス。」
「・・・!知ってたのかい?」
 ウチは動揺を隠せなかった。さすがは『司馬』を名乗るだけある。凄い情報の速
さだ。ウチの正体なんて、既にバレてしまっている。
「こう見えても、耳は、早い方でしてネ。さて、本題に入りましょウ。」
 ウチは緊張する。やはり、『司馬』は凄い。ウチが翻弄されっぱなしだ。
「貴女の依頼は、ジャンと言う恋人の捜索でしたネ。」
 女性は、確認してくる。ウチは、深く頷いた。
「ウチの大事な人だ・・・。向こうは嫌がってるかも知れないけど・・・。一目で
良いから、会いたいんだ。」
 ウチは、まだ返事を聞いていない。こんな状態で、別れるなんて嫌だ。
「失礼だが・・・貴女の組織で、捜したりしなかったのかな?」
 銀髪の男が口を挟む。この男が、実際の行動を主にするのかな?
「ボスだからこそ、そう言う事で、人手を動かす事が、出来ないんだよ。笑わせる
けどね。嫌な立場さ。」
 ウチだって、総出で、ジャンを捜したい。でも、そんな事が出来る組織じゃない。
「分かった。失礼な事を聞いた。」
 銀髪の男は、丁寧に謝る。礼儀は、出来ているようだ。
「実は・・・私達は既に、当てが有りまス。」
 ふーん。当てがねぇ・・・。って・・・。
「も、もう見当が付いてるのかい!?いや、生きているのかい!?」
 ウチは、驚きを隠せない。何て凄い情報網なんだ・・・。
「お、落ち着いて下さイ。・・・結論を言うと、生きていまス。」
「よ、良かった・・・。本当に・・・。」
 ウチは、涙が止まらなかった。危険な任務に行かせたって言うから、死の報告も
本当なんじゃないかって・・・。でも、生きてるんだ・・・。
「・・・大切な人なのですネ・・・。」
 女性は、嬉しそうにしていた。すると、不意に、電話が掛かってきた。
「あ。失礼・・・。」
 女性の携帯電話だった。女性は受話にすると、話を聞いていた。
「ウン・・・。あ。やっぱリ?・・・で、どうするのヨ?・・・エ?」
 女性は、意外そうな顔をする。ウチに、関係あるんだろうか?
「・・・と言う事になったネ・・・。」
 女性は、銀髪の男に話し掛けた。すると、銀髪の男は、溜め息を吐く。
「如何にも、彼らしいですな。」
 銀髪の男が、呆れた様に呟く。
「アー・・・。アスカさン。場所を変えて、良いですカ?」
 女性は、申し訳無さそうにしていた。何だろう?何かあったのだろうか?
「ウチは、構わないよ。」
 ここは、従った方が得策だろう。
「じっくり話すつもりだったのニ・・・。結論が早過ぎるネ。」
 女性は、文句を言っていた。やはり、こちらに何か関係ありそうだ。
 しばらく、女性に付いて行くと、そこは、メトロタワーの監視が無いと、噂され
ている廃工場だった。内の組織の人間は、余り寄り付かない所だ。すると、誰かが、
待ち構えていた。
「お疲れだな。」
 誰かが口を開く。すると、女性は、少し頬を膨らませる。
「何が、お疲れヨ。少しずつ進めるんじゃ無かったノ?」
 女性は、文句を言っている。その口調から言って、仲間だろうか?栗色の髪の毛
で、目付きは鋭い。背格好も、筋肉質で、只者じゃあない。
「悪いな。コイツらが、早速邪魔しに来たんで、結論を急がせた方が良いと思って
な。オラ。キリキリ歩け!」
 その誰かは、縄で縛っている2人を引き出す。・・・って・・・。
「ギル!?それにイル!?」
 ウチはビックリした。何故、この2人が捕まってるんだろうか?
「お、お嬢・・・。」
「ウグ・・・。」
 見た所、怪我は無さそうだ。しかし・・・。
「な、何のつもりだい?まさか、騙したのかい!?」
 ギルとイルは、内の組織の幹部だ。私の事を知っていた『司馬』が、知らない筈
が無い。まさか罠に?
「だーから、言ったのヨ。勘違いされるっテ。」
 女性は、呆れていた。この事を知っていたのだろう。
「私も止め申したが・・・。」
 横に、誰か出てきた。あれ?こ、コイツは・・・。
「その声・・・まさか、『剛壁』!?」
 何度か争いで、声を聞いた事がある。『ダークネス』の『剛壁』じゃないか。や、
やっぱり、コイツら、ウチを嵌めようと・・・。
「ウチまで捕らえようってのかい!こうなったら・・・。」
 ウチは、黙ってやられる訳には・・・!
「姐さん、ストップストップ!」
 ・・・え?・・・こ、この声は・・・。
「ジャ・・・ジャン!?」
 嘘・・・。ええ!?嘘・・・じゃない?
「事を急ぎ過ぎたか?」
 栗色の髪の毛の男が、不敵に笑う。今は、それどころじゃない・・・。
「あー・・・。姐さん、まずは、落ち着いて・・・。」
 ジャン!ジャンだ!本物だぁ!!
「ジャン!!ジャン・・・ジャン!!」
 ウチは、形振り構わず、ジャンの胸に飛び込む。どうなってるか分からない。で
も、もう離れたくなかった。
「ハァ・・・。悪いな・・・。こんなに、心配掛けちまってさ。」
 この優しい口調は、絶対ジャンだ!
「良いんだよ!・・・だって、ウチ、こうやって会えるだけで、嬉しくて。」
 嘘偽り無い気持ちだった。ジャンに会えるだけで、幸せに思える。
「あぁー・・・。姐さんは、やっぱ良い女だなぁ・・・。」
 ジャンは、嬉しい事を、言ってくれる。
「あー・・・。お二人、感動の再会は邪魔したくないが、結論を出そうか。」
 栗色の髪の毛の男が、こちらに注意を促す。
「お嬢!この連中を信用しては、なりません!」
 ギルは必死に、訴えている。
「良く言うなぁ。・・・黙っていてやろうかと思ったが、止めた。」
 栗色の髪の毛の男は、物凄い目をしていた。見る者を、萎縮させるような目だ。
「コイツら、アンタを尾行していたんだよ。んで、これだ。」
 栗色の髪の毛の男は、テープレコーダーを取り出す。
『お嬢は、あの店か。』
『間違いない・・・。俺、暴れて良いか?』
 この声は、間違い無く、この2人だ。
『恐らく『司馬』も一緒だ。まさかとは思うが・・・。事情を、知られてるかもし
れん・・・。』
『その時は・・・。証拠を・・・。』
『握り潰すまでだ。ジャンを追い出したのは、我らと、知られてはならん。』
 ・・・な、何だって!?ど、どう言う事だ!?
『いざとなったら・・・。ボスの名前を出せば・・・。』
『それで・・・安泰・・・。ん?・・・何だ!?』
 そこで、音声は途切れた。どうやら、そこで、コイツらに捕まったみたいだ。
「つー事だ。こんな物を、使わすんじゃねぇよ。」
 栗色の髪の毛の男は、凄い殺気を出しながら、二人を蹴り飛ばす。
「お、お前達・・・。」
 ウチは、堪忍袋の緒が切れそうだった。この二人は、信用していた。確かに、何
か反論する時は、父の名前を出す事が多かった。だが、それを利用していたなんて。
「どうやら、ジャンさんは、死んだ事に、なってたそうヨ?」
 女性が、付け加える。そうだ。ジャンは、死んだと報告を聞いた。
「お前ら、俺の事は、ちゃんと伝えるんじゃなかったのか?あの言葉は、嘘か?」
 ジャンも、怒っていた。どうやら、ジャンも、この二人に何か言われたようだ。
「姐さんから、身を引くように言われてな。俺が居ると、組織が乱れるそうだ。ま
ぁ、それは、否定しないけどよ。姐さんには、ちゃんと伝えるよう言ったぜ?」
 この二人・・・。そんな事を!!
「ほ、本当なのかい?」
 ウチは、二人を睨み付ける。
「我らは、『オプティカル』の事を、思えばこその、行動です。」
 ゲシッ!!!
 ウチは我慢出来ずに、二人を蹴り飛ばす。
「裏でコソコソ工作して?・・・ジャンは死んだ事にして!?・・・ウチを、説得
する時は、父の名を出して!?・・・それが、『オプティカル』のため!?ふざけ
んじゃないよ!!」
 ウチは、我慢出来なかった。自分が情けなくもあった。ウチは、確かに世間を知
らないかも知れない・・・。でも!それを、利用するなんて!!
「姐さん。・・・そこまでだ。」
 ジャンが、止めてくれた。そうじゃなきゃ何時までも、蹴っていたかも知れない。
「ウチは、ウチは悔しい!!!」
 ウチは、ジャンの胸で泣いてしまった。自分が、情けなかったのが一番だ。
「・・・お嬢、我等は・・・『オプティカル』のために・・・。」
 まだ言っていた。・・・でも、それは本当なんだろう。
「・・・分かった。『オプティカル』のためなんだね?」
 ウチは、汚い物を見るように、二人を見る。
「これを、くれてやるよ。」
 ウチは、肌身離さず持ってた『オプティカル』の権利書を渡す。そして、髪の毛
の、半分を斬る。そして、束ねて一緒に、二人の前に置く。
「ウチの髪の毛と、『オプティカル』の権利書だ。後は、お前が継ぎな。」
 ウチは、もう我慢の限界だった。『オプティカル』に縛られるのは、充分だった。
「お嬢!『オプティカル』を捨てるのか!?ボスの夢は!?」
「・・・これで・・・良い。」
 ギルは、反対していたが、イルは、何だか、納得しているようだった。
「イル!貴様、何を言うか!!お嬢が居てこその『オプティカル』だろうが!」
「ギル・・・。もう無理・・・。お嬢・・・本気。」
 二人は、意見が違うようだ。
「元々・・・こうする・・・べきだった・・・。」
「・・・イル、貴様まで・・・。ぐっ!!」
 ギルは、納得してないようだ。
「お甘い裁定だな。だが、依頼人が、こう言うんじゃ仕方ないな。」
 栗色の髪の毛の男が、針を投げると、縄は、あっと言う間に切れた。物凄い正確
さだ。ビックリするくらい、腕が立つ。
「今、立ち去るなら、殺さずに、おいてやる・・・。あと、俺達の事を、嗅ぎ回っ
たら、お前達の処遇は、分かっているな?・・・そうだ。良い物が、あったな。」
 栗色の髪の毛の男は、邪悪な笑みを浮かべていた。そして、胸から何かを取り出
す。それを針の先端に付ける。
「ぐっ!!」
 何をされるか分からないと思った二人は、逃げ出す。
「おいおい。逃げるなよ。」
 栗色の髪の毛の男は、二人の影に針を刺す。
「んな!!!」
「ぐが!!」
 二人は、その場で動けなくなった。どうなってるんだ?
「お前達のような、駄目な奴らには、効果的な物があってな?」
 針に、黒い何かが、刺さっていた。
「昔、神が絶対服従のために使った代物でな。誓約の紋章って、言うんだ。」
 栗色の髪の毛の男は、楽しそうに話す。
「・・・念!!・・・よし。で、約束事と・・・。『司馬』の事について、嗅ぎ回
ったら、爆死します・・・と。コレで良し。」
 栗色の髪の毛の男は、恐ろしい事を、吹き込んでいた。そして、それを、ギルと
イルの心臓に向かって、刺した。
「安心しろ。痛点を外してあるし、今は、何とも無い。今はな?」
 どうやら、本当らしく、ギルとイルは、恐怖に引きつった顔をしていたが、何と
も無さそうだった。怖い技だ。
「じゃ、帰ると良いさ。約束は守れよ?・・・いや、否が応でも、守るがな。」
 栗色の髪の毛の男は、楽しそうに、二人の影の針を抜く。
「・・・く、くそ!!グッ・・・。」
「うあああ!!」
 二人とも、情けない声を上げながら、帰って行った。それでも『オプティカル』
の権利書とウチの髪の毛は、持っていった。現金だ。
「恐ろしい技ですな。本物なのか?」
 銀髪の男が、尋ねる。
「当然だ。そうじゃなきゃ、俺は、あの二人を斬っている。」
 栗色の髪の毛の男は、さも当然のように言う。
「自分では、食らいたくない技だなぁ・・・。」
 ジャンも、冷や汗を掻いていた。
「ね、ねぇ。ウチ、どうなってるんだい?」
 ウチは混乱しかけだった。色んな事が、立て続けに起こっていた。
「状況を説明しなきゃ駄目っぽくなイ?」
 女性は、助け舟を出す。
「まぁ、混乱すると思いますぞ。誰でも。」
 『剛壁』まで、助け舟を出してくれた。どうなってるんだか・・・。
「んー・・・。じゃ、一つだけ。」
 栗色の髪の毛の男は、こちらを見る。
「ジャンに、付いて行く気、本物かい?」
 ウチを試しているのだろうか?鋭い視線で、睨んでくる。
「ジャンと一緒なら、どんな事だってやるよ!」
 それは、本気だった。それに、どうせウチには、もう帰る場所が無い。
「・・・センリン。部屋は、空いてるか?」
「当然ヨ。もう予約済みネ。」
 栗色の髪の毛の男は、女性に聞いて見る。すると、即承諾してくれた。
「んじゃ、状況整理から行くヨ?」
 女性は、話してくれた。コレまでに至る経緯をだ。・・・何て事は無い。ジャン
は、『オプティカル』を追い出されてから、行く当てが無くなって、『司馬』を頼
りにしたらしい。だから、この依頼を受ける前から、ジャンは、捜す必要など無か
ったのだ。更に、皆の紹介もしてもらった。『剛壁』は、ショアン=ガイア。『ダ
ークネス』を抜けて、自由になる事を選んだ男らしい。その証拠に、肩にあるべき
紋章が、切り取られていた。まだ、傷になっている。
 驚いたのは、銀髪の男だ。ゼハーン=ユード=ルクトリアと言う名前で、例の大
規模な、セント反逆の首謀者の、息子だと言う。そして、伝記のユード家の縁の人
らしい。凄い雰囲気を放っていたのは、そのせいか。
 女性はファン=センリン。ウチが、これからお世話になるバー『聖』の切り盛り
役だと言う。『聖亭』のファン=レイホウの末裔にして、『ダークネス』の襲撃を
受けた、ファン家の忘れ形見だと言う。
 そのセンリンを救ったのが、栗色の髪の毛の男である黒小路 士と言う男だ。ど
うやら、この男が本物の『司馬』らしい。今ではチームで『司馬』をしているが、
伝説とまで言われている脅威の成功率を記録していったのは、士らしい。この男は、
どこか雰囲気が違う。他の者と違って、甘さが一切無い。だが、仲間想いでもある。
敵に対する容赦の無さは、この士が、一番だろう。
「そりゃ、簡単な依頼って訳だね。」
 ウチの依頼は、ジャンが決めたらしい。もう見つかってるから、後は、どう対処
しようか、迷ってたくらいだったのである。
「ま、そう言う事だ。じっくりやるつもりだったんだがな。あの馬鹿共が、うろつ
いてたんで、つい捕まえちまったんだ。」
 士が、事も無げに言う。さすがは、伝説とまで言われるだけある。ギルとイル程
度じゃ、障害にすら、ならなかったのだろう。
「じゃ、姐さんは、オレらと暮らすって事で、一件落着?」
 ジャンが、嬉しい事を言ってくれる。
「ウ、ウチは、正直、夢見心地だけど・・・。頑張ります!」
 ウチは、お飾りだったボスしかやった事が無い。これからが、凄く大変だし、正
念場なんだと思う。だけど、手を抜いたりはしない!
 ウチは、心の中で誓うのだった。


 いつの頃からだろうか・・・。
 私に、課せられた枷が支配するようになったのは・・・。
 目の前には、血で出来た絨毯が、広がっていた。
 私は、息子を救うために、一度は降伏を申し入れる。
 だが、親父殿は違った・・・。
 見抜いていたのだ・・・罠だと。
 親父殿は、見抜いていたのだ!
 それを、我が身をもって、食い止めたのだ。
 ・・・こんな、助けられてばかりの不甲斐無い私は、何をすれば良い?
 生きて・・・生きて、生きて!生き抜いて!
 例え無様でも、生き抜いて!息子のために、尽くすしか無いだろう!
 そのためなら・・・何でもする!
 追っ手が来たら、斬り伏せる!!
 ・・・全ては、レイクのために・・・あの子は、特別な子だ。
 私より・・・父より才覚がある。
 伝記のジークよりも、有るのでは無いだろうか?
 私は、その才覚に全てを懸ける!
 あの子に憎まれようとも、強くさせるために、引き受ける!
 ・・・それが私の償いであり、枷だ。
 シーリス・・・私は、このような生き方しか出来ぬ。
 お前と、幸せな暮らしがしたかった・・・。
 だが、こうなった以上、私を見届けてくれ!
 ・・・む・・・。夢か・・・。最近、良く見る夢だ。やはり血の絨毯は、私を安
寧な気持ちには、させてくれぬな。いつまで経っても慣れぬ。いや、慣れてしまっ
ては、駄目なのかも知れぬな。
「一応は、朝か。」
 私は、悪夢に悩まされる事が多いので、いつものメンバーの中では、一番に起き
る。身支度をして、部屋の中で精神統一をする。そして、不動真剣術と天武砕剣術
の極意を思い出しながら、頭の中で整理する。それを、毎朝やっている。
 すると、程良い時間に、目覚ましが鳴る。私は、一応鳴らしているが、私には不
要だ。悪夢を見てから、まともに、目覚めた試しが無い。
「いつもなら、支度を始めてる所だが・・・。」
 ジャンとショアンの朝飯は、私が作っていた。二人共、作れないと言う話だった
ので、仕方が無かったが、私とて、余りやった事が無い。正直、無様な醜態を晒し
ていた。数えるくらいしか、やった事が無かったからかも知れぬな。
 だが、今日から士が朝飯を作ってくれるとの事なので、地下の店に、集合と言う
事になっている。ま、声を掛ける位するか。私は自分の部屋を出る。中々良いビル
だ。ビルと言うより、マンションに近い。私の部屋は3階だが、結構、良い広さの
部屋を貰っている。
「ショアン。起きているか?そろそろ時間だぞ。」
 私はショアンの部屋を、ノックする。
「ゼハーン殿。先に行ってて下され。すぐに行き申す。」
 ショアンとは、歳が近いのだが、彼は常に、謙譲語を使ってくる。
「ジャン。朝だ。起きてるか?」
 私は、ジャンの部屋も、ノックしておく。
「お、おう!ゼハーンさんか!お、おい!起きた方が、良いってば!」
 ・・・ジャンの奴、昨日の今日だと言うのに・・・。
「・・・下で待っている。焦らずに来ると良い。」
 私は、ジャンとアスカが、一緒に居る事を察して、野暮な事は言わずに、下に行
く事にした。ジャンとアスカは、隣の部屋だし、その内、壁を取っ払うのかも知れ
ぬな。恋人なら、それも良いかも知れぬ。私のように、ならぬ為にも、ジャンとア
スカ、士とセンリンは、幸せになって貰わないと、私の気分が、良くない。
 私は、エレベーターで店まで行く。バー『聖』。良い店だ。不定期休業するにも
関わらず、客足が絶えない。私は、士に極意を聞いたら・・・。
『それを考えちまったらアウトだ。客によって極意を変えるくらいじゃないとな。』
 だそうだ。彼は、自分をコントロールするのが、上手いな。センリンは・・・。
『無理に変えようとしても無駄ヨ。自分も、楽しくないと駄目ネ。』
 だそうで。さすがに長年やってるだけあって、敵わぬな。
 私は店の中に入る。私が一番らしいな。士に言われている通りに、換気ボタンを
押す。これは、地下にある修練場と、バー『聖』と、外の空気を入れ替えるための
物で、必ず朝と開店前に行う。朝は、単に空気の入れ替えで、開店前は、掃除した
後に、客を迎え入れるためだ。やはり、新鮮な空気を入れた方が良い。
「む・・・。やはり早いな。ゼハーン。」
 士が、やってきた。既にエプロンをしている。
「換気をしておいた。後は、そこの大テーブルを、拭いて置こう。」
 私は、今日6人が食事をするであろうテーブルを、台拭きで綺麗にしておく事に
する。やはり、食事をする時は、気を付けぬとな。
「ソイツは助かる。アンタは、金を払ってる身分なのに、働き者で助かる。」
 士は、軽く笑うと、台拭きを軽く濡らして、私に投げて寄越した。
「生活するとなれば、同士。なれば、仕事をするのは、当然。」
 私は、ちゃんとキャッチしたので、テーブルを拭いておく。
「うワー・・・。早いヨ。士は当然として、ゼハーンさんも、早いネ。」
 センリンが来たみたいだ。センリンも、既に身支度を終えてる辺りを見ると、結
構、早く起きたのかも知れない。
「恐らく最後は、ジャンとアスカだ。」
 私は、伝えておく。その一言で、士は察したらしい。
「・・・ま、野暮な事は言わんが・・・。朝飯に、間に合うのか?アイツら。」
 士は苦笑する。自分も、センリンと生活している以上、人の事は、言わないのだ
ろうが、朝飯は、皆と合わせると言ってある以上、気になるのだろう。
「センリン。昨日、炊いておいた米は?」
 士は、気を取り直して、料理モードに入る。
「バッチリ。タイマーは、便利だネ。」
 米を昨日の内に、仕込んでおいたのか。その方が楽であるな。
「鮭の塩焼きと、味噌汁、後はセンリン、コレの盛り付け頼む。」
 士は、鮭の塩加減を見つつ、味噌汁の製作に取り掛かっている。センリンに、漬
物を渡す。どうやら、いつも漬けている物らしい。
「了解ネ。サクサクっと。」
 センリンは、小気味良い音で、漬物を切り分けていく。さすがだ。
「本当は、納豆も用意するつもりだったが、初心者にはきついだろうから、止めて
おこう。今日のオカズのメインは、コレだな。」
 士は、昨日から用意してあるのか、鍋から、何かを盛り付ける。
「オー。今日は朝から嬉しいネ。切り干し大根まで用意するとは、さすがヨ。」
 センリンが、嬉しそうにしている。士は、切り干し大根まで用意していたのか。
「前日に用意して置けば、こんな物は、簡単な物だ。んじゃ、カウンターに置いて
いくから、ウェイター頼むぞ。」
 士は、満更でも無さそうな表情で、朝飯を並べていく。やはり年季が違う。私な
どが、少しやった程度の腕前では無い。さすがだな。私は、カウンターの物を、大
テーブルに並べていく。・・・誰か来たようだ。
「む・・・。もう、こんなに出来ているとは・・・。遅れ申した・・・。」
 ショアンは、申し訳無さそうにしていた。
「今日は、気にするな。明日からは気にしろ。」
 士は、珍しく上機嫌だった。お小言が来ないなんて、珍しい。
「ぐあ!もう、あんな出来てる!すげぇ!」
「うわぁ・・・。ガリウロル食。ウチ初めてかも!」
 ジャンとアスカが来た。目を丸くしている。
「フッ。見て驚け。そして、食べて驚くといい。」
 士は本当に上機嫌だ。料理するのが、好きなのかも知れぬな。
「姐さん、箸は?」
「大丈夫だ。って言うか、ガリウロル食レストランに、連れて貰った事あるだろ?」
 ジャンが、心配してたが、アスカは、思いの他、箸に慣れているようだった。
「ジャンの方こそ、怪しくなかったっけ?」
「オレは、ここに通って、慣れちまったよ。」
 なる程。そう言えば、ジャンは、ここの常連だったな。
「最初は、見てられなかったけどな。ほれ。味噌汁最後だ。」
 士は、笑いながら味噌汁の最後を盛り付ける。カブと大根の味噌汁のようだ。
「よし。じゃぁ座れ。」
 士が言うと、皆が席に座る。私とショアン、士とセンリン、ジャンとアスカが隣
同士のようだ。ま、当然だな。
「じゃ、戴きますネ。」
『戴きます。』
 センリンの一言で、皆が、戴きますをした。良い物だな。
「・・・んー・・・。やべぇ。マジでうめぇ・・・。」
 ジャンが、喜びに浸っていたが、分かる気がした。コレは美味い。鮭の塩加減も
バッチリだ。程良く鮭が調理されている。味噌汁も、出汁の取り方が完璧だ。今日
は、煮干と椎茸だろうか?漬物も今日は、浅漬けらしく、塩加減が柔らかかった。
そして、極めつけは切り干し大根だ。醤油の通りが良い。さらに噛み締める度に、
口の中に広がるエキスは最高だ。こんな物を、ポッと出せる士は凄いな。
「組織じゃ、支給される朝飯だから、ここまで美味くないなぁ。」
 アスカも、納得の味のようだ。
「いやはや・・・。脱帽で御座る。さすが士殿。」
 ショアンも、美味そうに、モクモク食っている。
「士ったら、張り切ったネ?」
 センリンは、いつも以上に美味しいと思ったのだろう。
「いつもの延長線だ。普段があるからこそ、作れる。ただ、それだけだ。」
 士は、満更でも無さそうな表情をしつつも、自分の料理を食べていた。
「これは、私では、習おうにも限度があるな。無謀であった・・・。」
 私は、力になりたくて、習おうと思ったのだが、レベルが違い過ぎる。
「ゼハーンは、金払ってるんだ。気にするな。それに、裏方の仕事が、慣れてきた
んだ。そっちに集中すりゃ、良いさ。」
 士は、今の仕事に集中しろと言っていた。全く持って、その通りだな。
「了解した。私に出来る事をしよう。」
 私は素直に頷く。下手に手伝いをしようとしても、コレでは、邪魔になるだけだ。
 朝食を終えると、各自、仕事に入る。センリンは、仕込みから入る。今日は、士
とジャンとアスカが、その手伝いをする予定だ。ジャンとアスカに、料理を教える
予定らしい。私とショアンは仕入れだ。
 ここでの生活も、3週間程になる。そろそろ、仕入先の親父さんとも、馴染みに
なってきた。顔を覚えられると、仕入れる感覚も、違ってくる。良い物を手に入り
易くなる。士のチェックは、結構厳しいので、こっちも必死だ。最近は、駄目出し
される事も、少なくなってきた。
 まずは、タウンの卸売り場だ。ここには、全ソクトアからの海鮮物が、毎日生き
たまま送り届けられる。高速運搬を、使ってるとの話だ。
「よぅ。ショーとゼフじゃねぇか!」
 親父さんが、声を掛けてくれる。何でも、ショアンとゼハーンドでは、呼びにく
いので、ショーとゼフと呼ばれる事になった。ちなみに、士は、そのままで呼ばれ
ている。まぁ愛称の方が、私も助かる。
「おやっさん。今日は、コレとコレとコレを頼む。」
 私は、鮮やかな魚を避けて買う。
「・・・ゼフは、目利き覚えるの早過ぎるぞ。つっても、まだ甘いけどな。」
 おやっさんは、尻尾を見せる。切れ長で、丸くない。なる程。色だけじゃないん
だな。勉強になる。
「ま、3匹の内、1匹は天然だ。持ってけ!」
 おやっさんは、参ったって顔をしていた。
「私には、どれも、同じに見え申す・・・。」
 ショアンは、難しい顔をしていた。
「ショーは、勉強が足りねえ!って、言いたい所だが・・・。」
 親父さんは顔を曇らせる。ショアンは、貝と蟹と海老を、さっくり見ていた。
「おやっさん。コレとコレと・・・コレとコレが、欲しいで御座る。」
 ショアンは、次々、指を差していく。
「おめぇ、本当に、プロじゃねぇんだよな?」
 親父さんは、顔を顰める。そう。ショアンは、何故か、魚以外の海鮮物に関して
は、私などより、数段上の目利きだった。
「何でしょうねぇ。オーラを感じるんですよ。」
 ショアンは、適当に誤魔化していたが、必死に覚えていたのを私は知っている。
「おめーさん達、良い仕入れ人になって行きやがって!おお!持ってけい!!」
 親父さんは、豪快に笑って、ついでに良い魚を、何匹かくれた。本当に良い人だ。
コレを見て、また魚の目利きを学べと、暗に言っているのだ。
「やるからには、士っちを、超えろよ!」
 親父さんは、士とも仲が良い。
「その意気で、やります!」
 私は、こう答えて締めた。実際超えるのは、大変だろうけどな。
 私達は、海鮮物の仕入れを済ませると、今度は、ビレッジに向かう。偽の通行証
も出来上がったので、いつでも、キャピタルに帰れるのは頼もしい。それに、店関
連者だと、通行も信用され易い。偽の通行証を、1週間で仕上げてくれた、偽造屋
のオッサンにも、感謝だ。おかげで、早く目利きの勉強をする事が出来た。依頼を
してから、3週間ほど経つが、ここでの生活も気に入ってきている。昨日から加わ
ったアスカも、性格は良いみたいだし。修練も充実している。
 ビレッジのファーム地区に行く。士から貸されている、この車を使えば、タウン
の卸売り場から、ここまで、1時間程で、着く。楽な時代になった物だ。
 セントでは、電話やFAXも普及しているので、用件を伝えるのも簡単だ。
 連絡してあるので、用意しているだろうが、とりあえず農場に着く。
「どうもー!バー『聖』の者ですがー!」
 ショアンが、明るく挨拶する。すると、農場を経営している爺さんと婆さんが出
てきた。息の合った二人だ。
「おお。ショーちゃんに、ゼハッちゃんね。」
 婆さんが、妙な渾名を付けているが、寧ろ助かるので、訂正したりはしない。
「いつも助かってます。」
 私は、お世辞じゃなくそう思っている。ここの農場は、野菜、果物に小麦粉や牛
乳まで作っているので、非常に助かっている。と言うのも、大規模な農場なので、
この2人だけで経営している訳では無い。だが、細かい作業などは、2人が中心で
やっているようだ。最近は、婿夫婦に任せてる所もあるらしい。しかし、ここの野
菜は、一級品だ。セントだと作り易いらしいが、それでも、農薬を使わない、こだ
わりがあるようだ。大変だが、味は、保証済みである。
「おーおー。確か、今日は、トウモロコシが、獲れたてじゃぞい。」
 爺さんは、トウモロコシを多めに詰めてくれる。こう言う心遣いが嬉しい。
「ありがとう御座います。士も、喜ぶでしょう。」
 私は、満面の笑みを浮かべる。
「良い笑顔じゃ。士君も、良い笑顔じゃが負けてないぞ。」
 爺さんは、士の事も、知っている。
「あの子、最近来てないけど・・・。」
 婆さんは寂しそうだ。
「実は、最近、後輩が出来ましてな。料理を教え中なんですよ。」
 ショアンが教えてやる。
「おーおー。士君が、先輩か!こりゃ、めでたいな!でも顔を出すよう、言ってく
れんかね?しばらく見ないと、少し、心配になるんじゃ。」
 爺さんも、心配そうだった。好かれてるなぁ。
「勿論です。士なら、喜んで来ますよ。」
 私は言ってやる。どうしても、この夫婦には、甘くなってしまう。
「そういや、センちゃんは、元気かい?」
 爺さんは、センリンの心配も、していた。
「あー。あの子ね。良い子よねぇ。」
 婆さんも、気に入ってるみたいだ。
「センリンも、後輩が出来たって喜んでますよ。」
 私は伝えてやる。最近は、張り切っているしな。
「カッカッカ。良きかな良きかな。・・・あの二人、結婚は、まだなのかい?」
 爺さんは、気になっているようだ。まぁ傍からは、そう見えるな。
「もう、結婚しているような物で御座る。」
 ショアンは、呆れたように言う。まぁそうだな。
「わしが婆さんを落とした時のように、ドーンと構えろ!って、言ってやって下さ
い。幸せにならんと、嘘じゃて。」
 爺さんは、優しい目をしていた。本当に、胸が暖かくなる。
「やですよ。お爺さん。でもね。何かと逃すのは、良くない事よ?」
 婆さんも、心配している。果報者だな。あの二人は。
「私も、そう思っています。応援は、しているつもりです。」
 私は、本当にそう思っていた。あの二人は、幸せにしたい。
「ゼハッちゃんが言うなら、安心じゃ!二人に宜しくの!」
 爺さんは、握手を求めてきた。私は、軽く握手をしてやる。
「ショーちゃんにゼハッちゃんも、良い人を、見つけなさいよ?」
 婆さんが、そう言いつつも、握手を求めてきた。つい握り返す。
「いつか、ご報告出来れば!」
 ショアンは、目に涙が出そうになっていた。この夫婦の優しさが、染みたのだろ
う。 こうして、野菜と、果物と、ワインと、小麦粉を貰った。何とも、お節介だ
が、胸に染み入る夫婦だった。
「ゼハーン殿。私は、あの夫婦が羨ましい。そして、守りたく存ずる。」
 ショアンは、助手席で、真剣に言っていた。
「私達のように陰に生きる者にとっては、そう見えるでしょうな。この絆は、大事
にしよう。それが、私達に出来る事だ。」
 私は、諭してやる。それ以上の事を、干渉してはいけない。
 だが、あの人達の為に、何かしたいのも事実ではあった。
 こうして、仕入れを終えたので、士の元に帰る。士に今日の仕入れ物を見せた。
「・・・フム・・・。この魚、養殖だな。これは。・・・それ以外は、良い物だ。」
 さすが士である。さっき親父さんに言われた、指摘そのままである。
「おやっさんにも言われた・・・。やっぱり尻尾か?」
 私は、面目ないので、ついでに聞いてみる。
「アンタ、色艶で選んだろ?だけど、尻尾と、腹の形も見た方が良いぜ。」
 士は、指で指摘してきた。・・・なる程。確かに違う。良く見ている。
 私は、ついでに、農場の老夫婦の話をしておく。
「あー。会いたがってたか。最近、顔を出してないしな。考えておかなきゃな。」
 士は、変に隠したりせず、一考する。あの老夫婦には、士も敵わないみたいだ。
「私も行かないとネ。あの人達には、長生きして欲しいヨ。」
 センリンも心配だったようだ。あの夫婦は、底抜けに優しいからな・・・。
「良い人なんだねー。ウチも会いたいなー。」
 アスカは、まだ会った事が無い。ジャンも会った事が無い筈だ。
「その内、皆で、顔を出さないとな。」
 士は、柄にでも無い事を言う。しかし、それだけ、あの夫婦を気に入っているの
だろう。誠実な夫婦だからな。
「ハッハッハ!お師匠が、優しくする人なんて居たんだな!」
 ジャンは、止せば良いのに、余計な事を言う。お師匠?
「その、お師匠は止せ!・・・それと、どう言う意味だ?」
 士は、恐ろしい笑みを浮かべていた。後ろに闘気を浮かべる程だ。
「だってさー。お師匠、容赦無いじゃん。」
 ジャンは、大根の桂剥きを見せた。上達しているようだ。
「ハッ。俺はビシビシ行くだけの話だ。妙な言い掛かりは、止めて貰おうか。それ
と、ココとココは、均一じゃねーぞ。集中途切れたろ?」
 士は、ジャンの桂剥きに、駄目出しする。恐ろしい鬼教官だ。
「んもう!厳しいなぁ!気を付けますよー!」
 ジャンは、苦笑しながらも、言う事を聞いている。実際士は、厳しいが、無茶な
事は言わない。だから、文句は言わないのだ。
「士さんが、ジャンの師匠なら、ウチの師匠は、センリンさんだね!」
 アスカが、センリンに対して、師匠と呼んでいた。
「恥ずかしいヨ。でも、弟子のつもりで行くヨ!」
 センリンも、満更では無さそうだ。案外、良いコンビなのかも知れないな。
「二人の筋は、どうなので御座るか?」
 ショアンが、質問する。まぁ気になる所だ。
「アスカは、素直で、教え易いヨ。料理した事が、無いって言うから、下手に染ま
ってないのも、大きいと思うヨ?」
 センリンは、目を輝かせている。なる程。やった事が無いのでは、素直に従うし
か無いし、却って、やり易いのかも知れんな。
「コイツは、体にミッチリ教え込まないと駄目だな。基礎は覚えろよ?」
 士は容赦無い事を言う。しかし、士が容赦が無い事を言ってるのは、期待の表れ
だった。士は、本気で無理だと思ったら、教えようともしない筈だ。
「お前さん達も、仕入れのスキルは順調に上がってるようだし、戦力としては、期
待してるぞ?正直な話、助かってるしな。」
 士は、私達のフォローも忘れない。私達は、料理をするよりも、向いているのか
も知れない。士は、その辺を、下手に誤魔化したりしない。私達に任せる所は、任
せると、言ってるのだ。
「さ、昼食は、作ってある。食い終わったら、今度は、こっちだ。」
 士は、腕っ節を見せる仕草をする。つまり、戦闘訓練の事だろう。これは、ハー
ドなスケジュールに、なりそうだな・・・。
 仲間達と共に、生きていく。私にとっては、珠玉な日々となりそうだな。



ソクトア黒の章4巻の3前半へ

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