NOVEL Darkness 4-7(Second)

ソクトア黒の章4巻の7(後半)


 快晴であった。
 出掛ける朝と言うのは、こんな天気が多いのだろうか?
 と言いたいが、ここはセントだ。
 セントは、全ての気象をコントロール出来る。
 だから、農地以外で、雨が降る事が無い。
 その光景は、他の国から見たら、異様に映るのだろうか?
 だが、それがセントでの普通なのだ。
 セントでの常識・・・それが通じるのは、セントだけだ。
 私が、今から行くのは、そんな常識が通用しない所だ。
 いや、セントの方こそ異常なのだ。
 だが、私達は、セントの生活に慣れ切っている。
 決して、楽だったとは言わない。
 店をやりつつ、人斬りを続ける生活。
 決して楽だった訳では無い。
 だが、常識が違うのだ。
 それが、どう影響するか、不安で仕方が無い。
 だが、皆で、ガリウロルに行くと決めた。
 だから、それに従おうと思う。
 朝、起きると、士が辛そうな顔で起きてきた。これは、またグロバスさんと、激
しい修行をしたんだな。夢の中でも、グロバスさんと闘って、修行をしていると、
士は言っていた。そのせいか、士は、どんどん強くなる。だが、疲れている筈なの
に、体だけは元気と言う、不思議な感覚があると、士は話していた。
「早いな。センリン。」
 士は、辛そうにはしてたが、私に挨拶する。
「昨日も、大変だったみたいネ。」
 私は、士を労う。こう言う表情をする時は、グロバスさんと一晩中、精神世界で
修練していた時だ。
「・・・表情に出てたか?」
 士も、私が気付いている事が、分かったようで、ゲンナリしている。
「どこと無く、疲れているなーってネ。」
 私は、士の表情を見て、いつもと違うのを見て取る。
「まぁな。グロバスの野郎と、一切の手加減無しで闘い続けてたからな。」
 士は、溜め息を吐く。大変なんだなぁ・・・。
「それだけ、グロバスさんも、気合入れてるんだヨ。」
 私は、グロバスさんのフォローをしてやる。何も士を苛めたい訳じゃないだろう。
「ま、気持ち分からんでも無い。グロバスも、ガリウロルは初めてらしいからな。」
 へぇ。グロバスさんも、ガリウロルには、行った事が無いのか。
「ご先祖の生まれ故郷だからな。行くのは楽しみらしいぜ。」
 ご先祖・・・健蔵さんの事か。生きてると良いけどなぁ。
「私も、楽しみにはしてるヨ。でも、ちょっと不安だネ。」
 セントの常識が通用しない国。それが当たり前の筈だが、私達にとっては、異世
界に見えるかも知れない。
「まぁな。俺も、セントから出た事が無いからな。」
 士も、ガリウロルを故郷に持つとは言え、セント生まれのセント育ちだ。不安じ
ゃない訳が無い。
「お。早いな。二人共。」
 ゼハーンさんが起きて来た。穏やかな笑みを浮かべている。
「士は、お疲れのようだな。グロバスは、容赦が無いようだな。」
 ゼハーンさんも、士の様子に気が付く。
「なるべく、見せない様にしているんだが、分かっちまう物だな。」
 士は、頭を掻く。どうにも、疲れを見せたくないらしい。
「それだけ激しかったと言う事だろう?まぁ、そのおかげで、お前は、誰よりも成
長が早いのだから、文句を言うな。」
 ゼハーンさんは、核心を突く。確かに士は、グロバスさんとの修練のせいか、力
の使い方がやたらと上手い。剣術なども、どんどん鋭くなっていく。
「ああ。分かったよ。まぁグロバスには、感謝してるよ。少しはな。」
 士は、素直じゃない。本当は、結構感謝している筈だ。
「ま、張り切るのは良い事だ。」
 ゼハーンさんは、落ち着いている。まぁ、ゼハーンさんは、外の世界を知ってい
る。だから、不安は少ないのだろう。
「グロバスも、ガリウロルは初めてだから、張り切ってるんだよ。」
 士は、ゼハーンさんにも教える。
「ほう。グロバスも初めてだったか。そうか。それに、全員セント以外の国に行く
のは、初めてだっけか。」
 ゼハーンさんは、私達の不安を察する。良く気が付く人だ。
「お早うさんで御座る。」
 ショアンさんも起きてきた。それに、後ろにジャンさんとアスカも居た。
「お早うさん。ゼハーンさんは余裕だねぇ。」
「皆、お早う!ウチも、不安じゃないと言えば、嘘になるかなぁ。」
 3人共、早速話題に加わる。まぁ気になる所だよね。
「勘違いしていないか?ガリウロルは、現在は、セントの良い所だけを取り入れよ
うとしてるから、そんなには変わらんぞ?」
 ゼハーンさんが教えてくれる。変わらないって言われてもねぇ・・・。
「そうだな。ここで言うシティに近いな。学園があって、閑静な住宅街が多いぞ。」
 シティかぁ。結構、しっかりした生活をしてるんだなぁ。
「シティかよ。結構良い生活してるんだな。」
 士も、同じ感想を持ったみたいだ。
「ガリウロルは、伸びている国だからな。まぁ、正直他の国は・・・スラムに近い。
タウン程度で良いレベルだ。」
 ゼハーンさんは、他の国は、タウンで良いレベル。スラムに近い国が、ほとんど
だと言う。スラムに近いとなると、大変だ・・・。
「ガリウロルは、恵まれている方だと、言う事で御座るな。」
 ショアンは、顎に手を掛けて、考えていた。
「セントが、手を出し難い島国で、セントの良い所をって、理想じゃねぇか。そり
ゃ、発展するぜ。」
 ジャンさんは、そんな国が、本当にあるのか?と言いたい位に、驚く。
「島国と言う、特殊な状況だからこそ、出来たのだろう。」
 ゼハーンさんは分析している。実際に、他の陸続きの国は、全て、セントに屈服
している。私達は、その他の国の恩恵で生きているんだ・・・。
「ガリウロルかぁ・・・。ますます面白い国だね。」
 アスカは、期待を膨らましているようだ。
「ガリウロルは、島国だが、3つの大きな都市がある。私達が行くのは、中央にあ
るサキョウだ。例の天神家も、そこにある。」
 ゼハーンさんは、地図を広げて説明する。ガリウロルの詳しい地図を見せてくれ
た。なる程。ガリウロルは、「く」の字を倒したような形をしているみたいだ。
 北が「テンマ」と書かれている。東は、私も聞いた事がある。確か「アズマ」だ。
で、折れ曲がっている中央の都市が、「サキョウ」か。
「サキョウって、ここかぁ。何だか、テンマって所、大きくない?」
 アスカが、地図を見ながら、不思議に思った所を質問していた。
「テンマは、セントで言うビレッジに近い。ガリウロルの農業生産を支えているの
は、この地域だと言う話だ。」
 ゼハーンさんは、さすがに良く知っている。ビレッジに近いんだ。
「アズマは、俺も聞いた事があるな。ガリウロルの首都だっけ?」
 ジャンさんも、アズマは知っているようだ。セントでも、歴史を習えば、出てく
る単語だ。私は士から、その辺の勉強は教わった。
「アズマは、ガリウロルの首都で、栄えてるが、鎖国をしていた頃のイメージが強
くてな。ガリウロル人以外は、受け付けない風土らしいぞ。市民権の取得も、アズ
マで取るのは、困難を極めるらしい。」
 なる程。そう言えば、ガリウロルは、鎖国していたと聞いた事がある。
「サキョウとは、どう言う都市なのですか?」
 ショアンさんが尋ねる。今から行く所だから、気になるよね。
「うむ。サキョウは、貿易が盛んな所でな。外国人が居ても、それなりに許容する
都市らしいぞ。ガリウロル人じゃない者だけが住む、外人街と言うのが、あるくら
いだ。レイク達が、潜り込めたのも、そんな風土だからだ。」
 ゼハーンさんは、息子さんの例を出す。なる程。そうなると、私達にとっても、
行き易い所だね。風土的にも、ここに行くのが、一番かな。
「天神家に行かれるのですか?」
 後ろから声がした。アランさんだ。どうやら、朝食を作り終えたらしい。
「アランさん、お早う御座いまス。」
 私は挨拶する。すると、アランさんは、丁寧にお辞儀をする。さすがだ。
「皆様のお話が、耳に入ってしまいました。」
 アランさんは、穏やかに対応する。
「アランは、天神家を知っているのか?」
 ゼハーンさんは、尋ねてみる。ゼハーンさんにも報せてない情報なのかな?
「はい。旦那様から名前を聞いた時は、まさかと思いましたが・・・。間違いない
ようですな。・・・そこに、藤堂姉妹が居る筈です。」
 藤堂姉妹?どこかで聞いた事があるような?
「シャドゥの話にも出てきたな。確か天神家のメイドで、家を取り仕切る姉妹だっ
たか?恵殿から、絶大な信頼を受けているそうだ。」
 ゼハーンさんは、思い出したかのように言う。会った事は、無いようだ。ああ。
思い出した。全ソクトアご奉仕大会の、常連さんだ。この前の大会では、姉が出ら
れなくて、代わりに妹が出たんだっけ。そこで、10年連続の1位の人と引き分け
たって事で、雑誌でも紹介されてたなぁ。
「その姉妹は、私の弟子です。」
 へぇ。アランさんの弟子・・・。弟子!?
「そんな繋がりが、あったとは・・・。」
 ゼハーンさんも驚いている。弟子って凄いな・・・。
「元々は、合気道の家の出でしたが、天神家のメイドになる為に、修行として、私
の所に来たのです。セントの国民章は、ゲスト扱いの国民章で、2週間だけの滞在
でしたけどね。どちらとも、私の所に来たのですよ。」
 アランさんは、懐かしそうに言う。確かにセントは、短期滞在章を出す時がある。
その特例を、許された例だった訳か。天神家のメイド修行と言う事で、特別に金を
積んだのかもね。結構お金持ちの家らしいし。
「メイドとなる為の基礎を、お教え致しました。姉の睦月は、死に物狂いで覚えま
したな。まるで、何かに追われているかのようでした。ですが、その分、目を見張
るような覚え方をしてましたぞ。」
 それだけ、必死だったって事だ。凄いなぁ。その人。
「妹の葉月は、天才でしたね。綿を吸収するが如く、覚えていきました。姉に追い
つきたいと、言ってましたが、才能は、葉月の方が上でしょう。」
 アランさんが言うなら、間違いないようだ。しかし、そんな知り合いが居たなん
てね。アランさんが認める程のメイドなんて、凄いなぁ。
「そうか。藤堂姉妹は、噂には聞いていたがな。」
 ゼハーンさんは、感慨深いようだ。
「テレビでやってたけど、すげぇ美人だったぞ?」
 ジャンさんは、大会を思い出しているようだ。
「ジャン?」
 アスカが、睨むような目付きで見る。
「いや、見惚れてた訳じゃないって!姐さん、勘弁してくれよ。」
 ジャンさんは、アスカの頭を撫でながら、弁解する。
「ううー。ま、ジャンらしいっちゃ、ジャンらしいか・・・。」
 アスカは、分かっているようだった。色目を使わないと、ジャンさんじゃないか。
「しかし、そんなすげぇ家に、本当に行けるのか?」
 士が尋ねる。そうだね。聞けば聞く程、凄い家だけど、紹介も無しに、行ける物
なのだろうか?入るだけでも、一苦労じゃないのか?
「いきなり、息子殿の名前を出しても、怪しまれたりしないか?」
 ショアンさんも、心配になっているようだ。
「私は一応、恵殿と面識があるが、確かに難しいかも知れぬな。」
 ゼハーンさんも、そこまで考えていなかったようで、考え込んでいた。
「ご心配には及びませんぞ。私が、一筆書きましょう。それと、旦那様の一筆が加
われば、信用される事でしょう。」
 なる程。アランさんも書けば、それだけ信用度が上がるって訳だ。
「うむ。ならば頼む。」
 ゼハーンさんは、素直に頼む。確実に逗留する為だ。
「分かりました。直ちにお書きします。・・・それと、ショアン様。」
 アランさんは、ショアンさんに声を掛ける。
「私で御座るか?何か用ですかな?」
 ショアンさんは、キョトンとしている。アランさんが、ショアンさんに、用があ
るなんて珍しい。この前の傷の回復の事かな?
「藤堂姉妹と、天神 恵様は、貴方を見て、驚きの顔をする筈です。最初に言って
おきます。いきなりだと、戸惑われると思いますので。」
 アランさんは、忠告する。それにしても、ショアンさんと藤堂姉妹が?
「ショアンさん、あの美人姉妹と、知り合いなん?」
 ジャンさんは、興味津々で尋ねる。私だってビックリだ。
「い、いや、全く知らないですぞ?」
 ショアンさん自身もビックリしていた。どう言う事だろう?
「・・・天神 厳導に、似てるのか?」
 ゼハーンさんは、何かに気が付いた様だ。
「はい。瓜二つです。睦月から、写真を拝見した事が、御座いますので。」
 アランさんは、さすがに、細かい事を覚えている。
「そ、そうなのですか?」
 ショアンさんは、身に覚えが無いのだろう。困惑するばかりだった。
「私の聞いた話ですと、天神 恵様は、厳導様に、実験体のような扱いを受けてい
たようです。睦月は、厳導様に憧れを抱いていたようですが、恵様の心労を、少し
でも減らす為に、メイドとして完璧でありたいと、話しておりました。」
 アランさんは、天神 恵さんと、その父親の厳導、そして、藤堂 睦月さんの関
係を話してくれた。なる程。複雑な事情があるんだね。それにしても、娘を実験体
のように扱うなんて、酷い人だ。
「そらー、キレる。その厳導って奴は、どうしようも無いな。」
 士も怒りを覚えている。士も、そう言う理不尽な事は、大嫌いなのだ。
「完璧な当主にしたいと言う、表れだったようです。愛の向け方が、下手だったの
でしょうな。」
 アランさんは、目を瞑る。それにしても、その厳導って人と、ショアンさんが、
似てるとはねぇ。性格は、似ても似つかなそうだけど・・・。
「そうで御座ったか・・・。しかし、それは、どう対処すれば良いのだろうか?」
 ショアンさんは困っていた。まぁ、いきなり似てるって言われても困るよね。
「まぁ、ショアンらしく振舞うしか無かろう?代わりになれる訳でも無いしな。」
 ゼハーンさんは正論を言う。だが、ショアンさんは気にするんだろうなぁ。
「代わりになる気など、御座らぬが・・・。私が居る事で、相手方が、不快な思い
を、されたりせぬのかが、気になりましてな。」
 ショアンさんは、優しいなぁ。自分より、相手の事を考えている。
「そう言ってもな。一度は天神家に挨拶せねば、ならぬだろう?その時に、気にな
るのならば、聞いてみるしか、あるまいよ。」
 そうだ。ゼハーンさんの言う通り、私達は、天神家に行かなくては、ならない。
特に、ショアンさんと、ゼハーンさんと私は、用事があるのだ。ショアンさんは、
実の兄との対面を。ゼハーンさんは、息子さんとの再会を。そして、私は、お姉ち
ゃんと、会わなきゃならない。士もお姉ちゃんに、会いたいと言っていた。
「嫌な顔をされなければ、良いのですが・・・。」
 ショアンさんは、結構気にするタイプだ。根が優しいんだよねぇ。
「気にしない事だな。お前が気にすると、向こうも気にしだすぞ。」
 士は、アドバイスをしてやる。確かに、気にし過ぎると、態度にも出てしまう物
だ。そうすると、相手にも気を使わせてしまうかも知れない。
「その前に、まずは、どうやって、ガリウロルに行くかを考えろ。」
 士は、気が早いと言わんばかりだ。確かにね。
「サキョウ行きのチケットなら、手配致しましたぞ。」
 アランさんが、既に6人分のチケットを手に入れていたようで、見せてくれる。
「用意が良いネ。さすがだヨ。」
 私は、アランさんの行動力に、驚いてしまう。
「私が言わなくても、用意してあるとはな。」
 ゼハーンさんが指示した訳では無いらしい。
「私は、旦那様のサポートをするのが、仕事ですからね。」
 アランさんは、やって当然と言う風な仕草をする。凄いんだけどなぁ・・・。
「有難く使わせて貰おう。・・・それと・・・。」
 ゼハーンさんは、アランさんをチラリと見る。そうだ。ここで、ガリウロルに行
くと言う事は、またアランさんが、この屋敷に一人だけ残ると言う事だ。
「私の事だったら、気にせず、行って下さい。旦那様。」
 アランさんは、迷わず言った。
「旦那様は、前に進まなければなりません。私は、この家を守るのが務め。旦那様
は、坊ちゃんと合流して下さい。」
 アランさんは、ゼハーンさんと、息子さんとの再会を、心から望んでいる。
「・・・分かった。伝える事はあるか?」
 ゼハーンさんは、アランさんの気持ちを無駄にするつもりは無い。
「この家は、坊ちゃんと、旦那様の家である事を、お伝えしてくれれば幸いです。」
 アランさんは、それ以上の事は言わない。このセントに、息子さんが帰れる家が
あると言う事を、伝えて欲しいのだろう。
「分かった。それまで、ここの守りを、頼むぞ。」
 ゼハーンさんは、アランさんが一番欲しかった言葉を言う。
「ハッ!旦那様も、お気を付けて!」
 アランさんは、発破を掛ける。良いコンビだ。
 この朝に出された食事は、格別な美味しさだった。
 それは、アランさんの心の全てが表れているようだった。


 呆気無い物だ。
 俺は、もっと苦戦する物だと思っていた。
 セントを脱出して、ガリウロルに行くのは、過酷な旅になると思っていた。
 しかしセントは、去る者は追わずと言うスタンスなのだろう。
 出る時は、あっさりとした物だった。
 簡単な手続きをして、書類にサインしたら、すぐに出られた。
 それだけ、セントが特別なのであって、他の国は、重要視してないのだろう。
 あれから、荷物を詰めて、すぐに出掛ける事になった。ゼハーン辺りが、誰かに
電話をしてた様な気がするが、放って置く。
 シティは、セントの中でも北の地域で、今から向かうのは、ガリウロルだ。ガリ
ウロルは、南半球の島なので、ワイス遺跡を通って、ストリウスを経由して、船で
ガリウロルに渡る計画だ。
 それにしてもアランは、さすがとしか言いようが無い。俺達がキャンピングカー
を使っている事を察したのだろう。ガリウロル行きの船は、車が搭載可能の船だっ
た。おかげ様で、スムーズにガリウロルに行く事が出来るだろう。
 セントは、でかいな。セントの北であるシティから、ビレッジを通って、南にあ
るスラムへ突っ切るだけで、2日程、掛かってしまった。
 検問がウザかったのもあるが、単純にセントの大きさが、でかいからだろう。
 しかし、検問自体は、とても早く終わった。セントに入る者への検問は、とても
厳しいらしいが、出る者への検問は、荷物検査しかないのだと言う。ゼハーンも、
入る時の方が、大変だったと言っていた。
 そうして、ワイス遺跡の近くに居る。ワイス遺跡は、ストリウスの観光名所とし
て、賑わっているが、中に入れるのは、表面部分だけだ。奥深くは、余りにも危険
なので、進入禁止となっている。
(あの遺跡は、観光名所となっておるのか・・・。)
 ま、グロバスとしては、不本意だろうな。あの遺跡には、結構な間、居たんだろ?
(我が、次元城を造るまでは、ワイス遺跡に逗留していたな。)
 今じゃ、観光名所だ。時代を感じるって所か?
(そうだな。どうやら、奥へは、進入してないみたいだがな。)
 結構危険なんだろ?
(当たり前だ。侵入者を撃退する為の、罠を張っている所もある。)
 成る程な。まぁ、そこまでは、行ってない訳だな。
「長閑な所になった物だな。」
 ゼハーンが、溜め息を吐く。まぁ、奴も歴史を知っている。それも、祖先が関わ
ってる話だ。それが、こんな形に変わっているのは、思う所があるのだろう。
「まぁ、歴史の建造物なんて、そんな物なんだろ。」
 俺だって複雑な気分だが、仕方の無い事だろう。
「ああ。そうだ。この辺に止めてくれ。」
 ゼハーンは、ワイス遺跡を過ぎた辺りの、ストリウスの国境付近を指差す。確か、
魔東湖(まとうこ)と言う、でかい湖がある筈だ。
 魔東湖に着いて、車から降りた。ゼハーンが、どうしても外せない用事が、ある
と言うので、付いて行く。
「遊歩道で御座るか?いやはや、景色が良い所ですな。」
 ショアンは、物見遊山の気分だ。
「ウチ、こう言う遊歩道は、見た事が無いかも。」
 アスカも、少々はしゃいでいる。
「しかし何だか、寂しそうな所だなぁ。ここって余り人が寄り付かないんじゃね?」
 ジャンは、周りを気にしているようだ。さすが、勘が良いな。俺も、わざとこう
言う所に来ているんだろうと睨んでいる。
「誰かと会うんでしョ?」
 さすがセンリンだ。気付いているみたいだ。
「バレましたか。まぁ、ちょっと普通では無い、知り合いでしてな。」
 ゼハーンは、隠そうとしない。まぁ俺達には、隠せないだろうけどな。
 すると、遊歩道の向こう側から、二人程だろうか?誰かがやって来た。
(・・・魔族だな。)
 魔族?そうか。只者じゃない雰囲気はしたが、魔族か。
「久し振りだな。」
 ゼハーンは、その二人と握手をする。
「4ヶ月振りか?セントはどうだった?」
 結構親しい仲みたいだ。
「中々面白い体験をしたようだね。」
 もう一人は、女のようだな。それも、かなりの腕前だ。
(この二人か。・・・確か、ゼハーンの知り合いだったな。)
「ゼハーンさん。この二人、誰です?」
 ジャンが尋ねてくる。まぁ、当然の疑問だな。
「ああ。私の友人、シャドゥと、ジェシー殿だ。」
 やっぱりな。ゼハーンの友人で、魔族と言ったら、シャドゥと、ジェシーだと思
ったぜ。確か、グロバスの部下だったな?
「え?ええ!?」
 アスカは、ビックリしていた。まぁ無理は無いな。
「ああ。この人等が、ゼハーンが話してた、お仲間さんかい?」
 ジェシーは、フードを外して、俺達を見回す。中々の美人だな。
「ああ。黒小路 士だ。宜しくな。」
 俺が、挨拶すると、ジェシーとシャドゥは、会釈して、握手を交わす。
「へぇ。アンタが・・・。」
 ジェシーは、俺を見て興味深そうだった。
「士が、どうかしたノ?」
 センリンは、少し気にしているようだ。
「私が教えたのだ。グロバスの事をな。」
 ああ。ゼハーンの奴、話したのか。それで、俺がマークされてたんだな。
「本当に、グロバス様が?私には、俄かには信じられません。」
 そりゃあ、そうだろうな。俺だって、そう簡単に信じられんよ。
(お前は、本当に失礼だな。我と一緒に居ながら、その言い草か?)
 はいはい。悪かったよ。まぁでも、そんなに簡単には、信じないと思うぞ。
「私も、理解するのに、時間が掛かりましたからな。」
 ショアンは、腕組みをする。まぁ、それが普通の反応だ。
「まぁ、見せてもらうしかないねぇ。私は、この目で見た事を、信じるタイプでね。」
 ジェシーは、最もな事を言う。俺と同じだな。
「とは言え、大っぴらにする訳にも行かないね。」
 ジェシーは、そう言うと手を広げて、空間のような物を作り出す。何だ?これは?
(ほう。『結界』だな。ジェシーも、腕を上げたではないか。)
 『結界』だと?何かの異次元空間か?
「これは、『結界』だな?」
 ゼハーンは、知っているようだ。
「ご名答。この中なら、外に力が漏れる事は無いって寸法さね。」
 ジェシーは、そう言うと、さっさと、空間の中に入ってしまう。
「大丈夫なのかしラ?」
 センリンも、腰が引けている。
(見た所、かなりレベルの高い『結界』だ。入って問題無いと思うぞ。)
 ま、アンタが、そう言うなら、信じる事にしようか。
「グロバスの、お墨付きだ。入ろうぜ。」
 俺は、率先して、入る事にする。こうすれば、皆も入る事だろう。センリンは、
俺と一緒に、『結界』の中に入った。ゼハーンは、当たり前のように入る。
「士殿とグロバス殿が、そう申されるのなら・・・。」
 ショアンも、俺に続く。ジャンやアスカも、それに続いた。
 中は、地平線が続く空間だった。他に遮る物は無い。これは、ここに取り残され
たら、大変だな。そうならん様にしなきゃな。
「いやー。何もねーなぁ。」
 ジャンは、驚いている。
「でも、こんな空間を、作り出す事の方が凄いって。」
 アスカも、驚きを隠せないようだ。
「あれ?『結界』は、初めてかい?」
 ジェシーは、『結界』を、当たり前のように使っているのか・・・。
「多分、入った事があるのは、私だけだと思いますぞ。」
 ゼハーンは、入った事があるのか。
「さすがに、人間が、ちょくちょく『結界』に入った事は無いと思いますぞ。」
 シャドゥが、突っ込みを入れる。良い主従だな。
「さて、それじゃ、見せてくれるかい?」
 ジェシーは、ワクワクしているようだ。何だか、期待されてるなぁ。やっぱり、
アンタは、この魔族達にとっては、特別なんだな。
(ジェシーが、小娘だった頃から知っているからな。)
 この魔族が小娘ねぇ・・・。そりゃ、随分と昔なんだな。
(ま、私は構わぬ。と言うか、寧ろ話して置きたい。あの話もあるしな。)
 ああ。そうだな。この魔族達には、話さなきゃならん事があったな。
「グロバスの許可も取った。変わるそうだ。俺も構わん。」
 俺は、グロバスに変わる事を伝える。んじゃ、変わるぞ。
 ・・・
 む・・・。中々スムーズだな。最近、慣れてきてるな。喜ばしい事だ。
(最近、変わる事が多かったしな。おっと。驚かれているな。)
 当然だ。我は、アイツ等にとって、色々特別なのだ。
(自分で言うなっての。)
「いやー・・・。話には聞いてたけど・・・。こりゃ驚いた・・・。」
 ジェシーも、半信半疑のようだな。
「そのお姿・・・。正しくグロバス様の生き写し!」
 そう言えば、姿も少し変わるんだったな。この角に翼は、我の証か。
「驚かせてしまったな。・・・久しいな。ジェシー。」
 我は、ジェシーに声を掛ける。すると、ジェシーは更に驚く。
「グロバス様の声だ・・・。本当だったんですねぇ。」
 ジェシーは、確信を持ったようだ。まぁ、すぐには信じられぬか。
「グロバス様。幼少の頃、一目だけお会いしました。シャドゥです!」
 シャドゥは、畏まっていた。
「シャドゥか。覚えているぞ。ジェシーに付いていた小僧だったな。」
 あの時は忙しかったが、随分と小さい子供が、召喚されたのだなと、気に掛けて
いた。あの時の小僧が、ここまで、大きくなるとはな。
「有難き幸せ!グロバス様と、こうやって、再会出来るなど、夢のようです。」
 ここまで、懐かれると、悪い気分では無いな。
「そう言えば、結婚したと聞いた。3ヵ月半くらい前に、祈りが届いたぞ。」
 結構、強い祈りだったからな。覚えに新しい。
(妙な感じだって、言ってたよな。)
「おおお。届いていましたか!私は、幸せ者に御座います!」
 シャドゥは、思わず涙を流す。いや、本当の事を言っただけなのだが・・・。
「ハハッ。良かったじゃないか。・・・それにしても・・・。驚きましたよ。」
 ジェシーも、喜んでいるなら何よりだ。
「士とは、相性が良くてな。まぁ、少々強引だったが、住まわせてもらっている。」
(・・・少々強引?)
 文句でもあるのか?・・・あの時は、悪かったと思っているのだぞ。
「しかし、何の為に?やっぱり・・・『覇道』を?」
 ジェシーは、『覇道』に付いて来てくれた仲間だからな。気になる所だろう。
「最初は、そのつもりだった。・・・だが、今は違う。」
 そうだ。これは伝えねばならぬ。
「我は、今でも『覇道』を提唱した事を、後悔はしていない。だが、今の世を見て、
人間も捨てた物では無いと思った。その人間達を、蔑ろにして、『覇道』を提唱す
る事は無い。・・・そう考えを変わらせてくれたのは、ここに居る者達だ。この者
達は、士の仲間であるが、我も、その仲間の一人だと思っている。」
 そうだ。我をここまで、思わせたのは、士と、ここに居る仲間達だ。
「・・・いやぁ・・・。ビックリしましたよ。グロバス様から、そんな言葉が聞け
るなんてね・・・。」
 ジェシーは、俄かには信じ難いみたいだ。
「何とでも言うが良い。我は、人間の絆を見せてもらった。それを否定するつもり
は無い。我も、お前と同じだ。この目で見た物は信じる。」
 我は、この目で絆の強さを見た。だから、お前達を信じるのだ。
「羨ましいですよ。そこまで言わせる、この人間達がね。」
 ジェシーは、我と、仲間達を見る。
「フン。我らしくなかったか?だが、お前とて、そうであろう?ゼハーンから聞い
ているぞ?あのジークの子孫と、邂逅したのであろう?」
 我は、ゼハーンから聞いていた情報を言う。
「ああ。レイクの事ですかい?ありゃー、期待大ですよ。人間にしちゃ、骨がある。
何より、向上心が強いのが気に入ったね。」
 ジェシーも、随分と気に入ったようだな。やはり、1回会ってみたいな。
「我は、駆け抜けた・・・。それは間違っていたとは思わぬ。だが人間達は、『共
存』の精神を500年も続けた。それは、評価に値する事だ。まだ人間全体を、信
じるには至らぬ。だが、ここに居る人間達は信じる。それだけだ。」
 我は、評価が出来ないような者に成り下がったりはせぬ。
「何だか我々は、信頼されているようですな。」
 ショアンは、照れていた。この男は、自分を過小評価する所があるな。
「オレは、光栄ですけどね。グロバスさん、有名だし。」
 ジャンは、軽い口調だが、心が篭っているな。
「ウチ、驚く事ばかりだけど、何だか嬉しいな。」
 アスカは、素直だな。このような者も貴重だな。
「フッ。買い被ってくれるな。私は、シャドゥや、ジェシー殿との事があるから、
信じただけだ。」
 ゼハーンは、素直じゃないな。この者は、かなり頑固だ。
「私は、士を信じタ。だから、貴方も信じル。そして、貴方を見てきて、士が信じ
られる魔族だって、言うのを、感じる事が出来タ。だから、信頼するヨ。」
 センリンは、士一筋だな。だから、我も信じる・・・か。
(当然だ。センリンは、何があっても俺を信じてくれている。俺は、その信頼に、
応えるだけだ。それが、俺に出来る事だ。)
「私の心配は、杞憂だったようだね。」
 ジェシーは、心配していたようだ。『覇道』の事か?
「我は、『覇道』を提唱しようとは思わぬ。だが、今のセントは、放って置けぬ。
力を一点に集中させて、支配を強要させている。このような世の中を許す為に、我
は戦い敗れたのでは無い!」
 そうだ。我が許せぬのは、現在のような支配体制が続くセントだ。
「困った奴等さね。聞いた話に寄ると、クラーデスまで、復活したようですし。」
 ジェシーは、驚いた事を言う。クラーデスだと?奴が復活しただと?
「クラーデスまで、居ると言うのか?その情報は、初耳だ。」
 我は、耳を疑う。奴まで復活しているとは・・・。
「ええ。ミカルドからの情報さね。間違いないと思いますよ。」
 なる程・・・。ミカルドか。奴はクラーデスの息子。何か感じ取っているのか。
「グロバス様。・・・クラーデスまで・・・。と言うのは?」
 シャドゥは、見逃さずに聞いていた。
「ウム。まず、憎きミシェーダが、復活した。」
 我は、奴に、借りを返さねば、ならぬ。
「ミシェーダか・・・。レイク達の話にも出てきたけど・・・厄介さね。」
 ジェシーは、頭を抱える。奴は、我等にとっては、忘れられぬ敵だ。
「後、健蔵が復活していた。正直、驚いたぞ。」
 我は、健蔵との邂逅を忘れられぬな。
「け、健蔵様も!それは、さぞや驚かれたでしょう。」
 シャドゥは、健蔵の事も、尊敬しているのだろうな。
「うむ。そうだ。セントでの生活も話さねばならぬな。」
 我は、ここ3ヵ月半で起きた出来事を、説明する事にした。
 まず、士との出会い、そして、ゼハーンの依頼を受けた事、そして、ここに居る
仲間達との出会い、更には、バー『聖』での出来事。人斬り組織の構図、そして、
『ルール』がメトロタワーから放たれた事。そのメトロタワーに潜入し、驚愕の事
実を知った事。そして、『ダークネス』のスラム第2支部での出来事をだ。
「・・・ケイオス・・・。本当なんですかい?」
 ジェシーは、ショックを受けていたようだ。ケイオスは、ジェシーの息子だ。何
やら、理想を述べて、出て行ったらしい。それから、音沙汰無かったので、魔界で
争いを続けて居る物だと思っていたらしい。
「本物かどうかは知らぬ。だが、我よりも強烈な瘴気、さらに神気まで身に付けて
いた。奴は、『神魔』を名乗るに相応しい力を持ち合わせている。」
 ま、本気で奴と手合わせするのなら、どうなるか分からぬがな。
「生きていたなんて・・・。嬉しいけど、グロバス様を蔑ろにするなんて・・・。」
 ジェシーは、息子と我の間で、揺れ動いているようだ。
「ケイオス様が・・・そのような行動を・・・。複雑です。」
 シャドゥも、ケイオスの事は、気に掛けていたみたいだな。
「我の事は気にせんで良い。ケイオスは、魔界を統べるに相応しい力を持っている。
そなた達が、ケイオスに付いても、我は責めはせぬ。」
 我は、ジェシーとシャドゥを拘束するつもりは無い。
「・・・私は、母親として、息子を愛している。・・・だからこそ、今のセントに
付くんなら、教育してやらなきゃならないね。そんな息子に育てたつもりは無い!」
 ジェシー・・・。そうか。ジェシーも、今のソクトアが気に入っているようだな。
「私は、ジェシー様に従います。ケイオス様を止めろと申されるのならば、この身
を張ってでも、止めてみせま・・・。」
 ゴン!!
 シャドゥが、そこまで言い掛けた所で、ジェシーに思いっきり殴られていた。
「馬鹿!!ケイオスは、グロバス様に近い実力を持っているんだよ?そんな奴に特
攻するなんて、許さないよ。アンタには・・・可愛い妻が居るんだろ?」
 ジェシーは、シャドゥを諭すように言う。そうか・・・。シャドゥは新婚だった
な。ジェシーは、それを思いやっての事か。
「ジェシー様・・・。分かりました。命を無駄にするような事は、控えます。」
 シャドゥは、感動して、恭しく礼をしていた。良い主従だな。
「それに、健蔵さんに手を掛けたとあっちゃ、私も黙っちゃいないさ。」
 ジェシーは、健蔵にも仕えた事がある。色々、思う所があるのだろう。
「健蔵様・・・。どうぞ。ご無事で!」
 シャドゥは、願わずには、いられないのだろう。
「しっかし・・・。クワドゥラートの連中がねぇ・・・。確かにある日を境にパッ
タリ居なくなったけど、迫害されたのかと思ったら・・・。そんな事に使われてる
とはね・・・。酷い話だよ・・・。」
 ジェシーは、人体実験のようなソーラードームの話に、怒りを示す。当然だな。
彼の所業は、非道その物だ。
(中々、話せる奴等じゃないか。)
 ジェシーは、『人道』と道を、共にしたからだろうな。
「さて我は、そろそろ士に体を戻す。」
 あまり負担を掛ける訳にも、いかんしな。
「会えて、嬉しかったですよ。当面の敵も分かったしね。」
 ジェシーは、ゼロマインドと、ミシェーダ、ケイオスの事を言っているのだろう。
ケイオスの事は、敵と言うより、諭す感じの様だが・・・。
「私も、この出会いを、大事に致します。」
 シャドゥも、色々な疑問があったようだが、スッキリしたようだ。
「我も、忘れぬよ。お前達のような主従が居る事をな。」
 我は、そう言うと、意識を沈ませる。
 ・・・
 戻ったか。確かに、スムーズに変われるようになったな。それに、心無しか、疲
労も軽減されているようだ。
「ふう。ようやく戻れたか。」
 俺は、背筋を伸ばす。慣れてはきたけど、疲れてない訳じゃない。
「ありがとよ。グロバス様と、久し振りに話せて、懐かしくなったよ。」
 ジェシーは、握手を求めてきた。俺は、しっかりと握手をする。
「士殿。グロバス様と共に、ご自身の道を、邁進される事を、願っております。」
 シャドゥは、そう言うと、頭を下げる。
「ま、大した約束は出来ん。でも出来る限りは、するさ。」
 そうだ。俺は、自分に出来る事をする。その出来る事ってのを、どんどん増やし
て行くのが、目標だ。
「それで良い。後は、ガリウロルに行って、何かを掴んでくるんだね。」
 ジェシーは、そう言うと、『結界』を解いた。周りの空気が、魔東湖周辺に戻る。
「私も、応援しております。レイク殿達との邂逅を、楽しまれて下さい。」
 シャドゥは、屈託の無い笑顔を浮かべる。魔族だってのに、本当に良い奴等だ。
「士、頑張ろうネ!」
 センリンの一言で癒される。
 俺は、魔族は、恐ろしい奴等の集まりだと思っていた。
 だが、現実には違った。人間の方が、よっぽど意地汚い野郎が多い。
 俺は、この魔族との出会いを、大切にしていこうと思う。
 それが、奴等の過去の清算にもなるんだろうな・・・と、思わずには、いられな
かった。


 出会いを大事にする。
 それは、人間として、当たり前の事だと思う。
 だが、最近になって、その言葉の重みが分かる。
 出会いとは、どう言う物なのか?
 私達は、その本当の重みを知らない気がした。
 だから、今まで出会った、人達に感謝を。
 そして、これから出会う人達に、歓迎を。
 それが出来て、初めて人と人との出会いになると、思っている。
 私には、仲間が出来た。
 大切な人も居る。
 この関係を、守っていこう。
 その為に、ガリウロルに行くのだ・・・。
 未来を、掴み取るために・・・。
 私達は、ついに、ストリウスからガリウロルへ出航する港に着いた。車を搭載す
る客は、少ない訳じゃないので、特に怪しまれなかった。意外と、すんなり行く物
だ。士も、少し拍子抜けしたと言っていた。それは、セントに潜入するのは難しい
が、出て行くのは簡単だと言う事だろう。
 キャンピングカーを船に積んで、私達も船に乗る。呆気無い物だ。こんな物で、
ガリウロルに渡れてしまうのか。この時期は、ガリウロル特有の台風も無い、穏や
かな季節なので、目立ったトラブルは無いだろう。
 もう少しで、お姉ちゃんに会える。会って、謝らなきゃならない。お姉ちゃんは、
私の代わりに『絶望の島』に入れられたような物だ。
 船は、ゆっくりと出港する。皆、これからの生活を思ってか、緊張と期待の目を
している。私は、緊張の方が少し多いかな?
 士が、私を思い遣って、近寄ってくる。士は優しいからねぇ。
「船酔いとかしていないか?」
 士は、酔い止めの薬などを携帯している。そう言う気の使い方は、士は上手いよ
ね。一番苦労してるから、一番優しい。
「大丈夫だヨ。士こそ、無理してなイ?」
 私は、士の事を思い遣る。一緒に居る時は、なるべく思い遣りたい。
「大丈夫だ。それに『索敵』を使ってみたが、敵意のある奴は居ない。」
 士は、密かに『索敵』のルールで探りを入れたみたいだ。さすがだなぁ。
 潮風が気持ち良くなって来た。この船は、アズマを経由して、サキョウに着く船
だ。アズマで降りる客も居るようだが、ガリウロル人以外の人は、ほとんどサキョ
ウに降りるらしい。噂には聞いていたが、アズマは、ガリウロル人以外の人は、珍
しがられるので、あまり近寄らないそうだ。
 ふと、横を見る。色々な人が、思い思いに乗っているんだろうなぁ・・・。と、
そんな事を思っていたら、客人だろうか?栗色の髪をしたスーツ姿の男性と、赤い
髪の、長いコートを羽織った女性が居た。どっちも凛々しい人だ。
 すると士が、いきなり警戒しだす。どうしたんだろう?その二人は、こちらに近
付いてきた。士の知り合いだろうか?
「おや?おお。貴方達は!」
 後ろから、ゼハーンさんが、声を掛けようとしていた。すると、目の前の二人を
見て、懐かしむような目で見る。
「お。ゼハーンか。久し振りだな。」
 栗色の髪の人が、ゼハーンさんに気さくに声を掛ける。やはり知り合いかな?
「腕を上げたようだな。感じる闘気が、前とは段違いだぞ?」
 赤色の髪の女性が、嬉しそうに話し掛けていた。
「あノー?ゼハーンさんの知り合イ?」
 私は、ゼハーンさんに聞いてみる。
「ああ。ここじゃ、目立つな。船室で話そうぜ。」
 栗色の髪の人が、船室へと促す。また、特殊な知り合いなのだろうか?ゼハーン
さんって、意外と、こう言う知り合い多いよね。
 栗色の髪の人が先導して、随分とでかい船室に入った。ここって、ロイヤルスイ
ートじゃ無かった?凄い大きいんだけど。来る途中に、アスカとジャンさんと、シ
ョアンさんとも合流した。
「うっひょー。でけー。俺達の船室とは、まるで別じゃねぇか。」
 ジャンさんは、はしゃいでいた。こんな船室見れば、はしゃぎたくもなるよね。
「ワインも、上等なのばっかり・・・。凄いなー。」
 アスカは、ワインに注目する。確かに高い物ばかりだった。
「部屋が大きくて、助かり申す・・・。ウプ・・・。」
 ショアンさんは、顔が蒼い。どうやら、船酔いしているようだ。
「なーにやってんだ。ほれ。」
 士は、さっきの酔い止めの薬を、ショアンさんに渡していた。
「か、忝い・・・。」
 ショアンさんは、薬を真っ先に飲む。ありゃ、辛そうだ。
「ああ。紹介しよう。こちらのお二方は、ジュダ=ロンド=ムクトー殿と、赤毘車
=ロンド殿だ。夫婦であらせられる。」
 ゼハーンさんが、紹介する。・・・え?ジュダさんと赤毘車さん?どこかで聞い
た事があるような・・・。って!
「まさか、竜神と、剣神と、相乗りになるとはな。ビックリだぜ。」
 士は、さも当然のように言う。やっぱり、竜神と剣神の、お二人!?
「君は、驚かないんだな。それはそうか。君の中に宿る者が、お教えしたのかな?」
 赤毘車神は、士を見て、判断する。
「スッカリ見抜かれてるな。」
 士は、隠そうとしない。いや、隠そうとしても無駄だ。この二人には、隠せない
ような雰囲気がある。誤魔化しは通用しない。
「で、こちらは、私の仲間の、黒小路 士、ファン=センリン、ショアン=ガイア、
ジャン=ホエール、アスカ=コラットだ。」
 ゼハーンさんは、一人ずつ、名前を呼んで紹介した。
「ゼハーンの口から、仲間と来たか。良い時間を過ごした様だな。」
 ジュダ神は、優しい目でゼハーンを見る。
「真実ですよ。掛け替えの無い仲間です。」
 ゼハーンさんは隠そうとしない。確かに、ゼハーンさんは、変わったよなぁ。
「い、いやはや、こ、混乱中で御座る。魔族の次は、神様で御座るか?」
 ショアンさんは、軽いパニック状態のようだ。無理も無い。
「士さんと居ると、本当に飽きないぜ・・・。いや、ホントにさ。」
 ジャンさんも、軽い口調だが、驚きを隠せない。
「ウチ達、どんどん凄い人と出会うなぁ・・・。あ。いや、神様でした。」
 アスカも恐縮しきりだ。
「私も、ビックリですヨ。」
 私も、驚きは隠せない。神に出会うなど、経験した事が無いしなぁ。
「あー。わりぃわりぃ。いきなりで、何なんだけどさ。その『神様』っての止めて
くんない?どうにもムズ痒くてさ。」
 ジュダ神は、どうにも、慣れないようだ。
「時代背景からして、仕方が無いとは思うが、私も、出来れば『神様』扱いは、し
て欲しくない。頼めないだろうか?」
 赤毘車神も、恥ずかしそうにしていた。
「このお二方は、皆の目線で話したいと言ってるのだ。」
 ゼハーンさんは、慣れているらしく、説明をしてくれた。
「・・・じゃぁ、ジュダさんと、赤毘車さんで、良いのかナ?」
 私は、とりあえず、呼び捨てまでは出来ないので、『さん』付けする。
「んー。ま、それで良いぜ。助かる。」
 ジュダさんは、気さくに笑う。何だか、話し易い神だ。
「その、ジュダと赤毘車は、俺達に何の用だ?」
 士は、物怖じしないで呼び捨てにする。さすがだな。
「あー。済まぬ。私が呼んだのだ。報告する事が、たくさんあるのでな。」
 ゼハーンさんが呼んだのか。報告する事って言うと、やはりセントでの事かな?
「おう。色々と聞かせてくれると助かる。俺も、各地で起こった事を、話すからよ。」
 ジュダさんは、セントでの出来事に、興味津々のようだ。
 それから、私達が体験した出来事を、逐一報告した。内容は、ジェシーさんとシ
ャドゥさんに話した内容と、ほぼ同じだ。この3ヵ月半の間は、色々な事が起こっ
たからね。話す事には、困らない。
「なーかなか、濃い3ヵ月半だったようだなぁ。・・・それにしても、ミシェーダ
の野郎、やっぱりセントの中枢に居やがったか。」
 ジュダさんは、不快感を示す。ミシェーダは、ジュダさんにとっても、忘れられ
ないのだろう。歴史を考えれば、無理も無い事だ。
「クワドゥラートの集団失踪事件は、調べていたのだが・・・。まさか、ソーラー
ドームに使われていたとは・・・。あの壁は『無』の壁であったか・・・。」
 赤毘車さんは、警戒していた。ソーラードームの事については、分からない点が
多かったのだろう。私達にとっても、忘れられない出来事だった。
「それにしても、お前の中に入ってるのが、あのグロバスとはな・・・。」
 ジュダさんも、グロバスさんの事は、覚えている。いや、忘れられないだろう。
「話をするか?」
「・・・そうだな。やはり、この目で見たい。・・・『結界』!」
 赤毘車さんは、船室に瞬時に『結界』を張る。物凄く違和感が無かった。自然に
この部屋が変わったように見えた。ジェシーさんと違って、この部屋ごと、いきな
り空間を変えるなんて、凄い芸当だ。
「何だか、最近変わる事が多い気がするぜ。・・・。」
 士は、文句を言いながら、グロバスさんに意識を渡す。すると、士の頭から角が、
そして背中から翼が生える。いつ見ても、凄い現象だ。
「・・・む・・・。変われたようだな。」
 口調も、グロバスさんの物に変わる。士の意識は沈んだようだ。
「確かにグロバスだな。久し振りだな。」
 ジュダさんは、驚いているようだが、うろたえたりは、していない。
「その人間の、意識を奪うつもりは無いのか?」
 赤毘車さんは、ズバリと聞いてくる。容赦無いなぁ。
「・・・いきなりご挨拶だな。我は、士と共存している。それに、そのような無粋
な真似をする程、落ちぶれてはいない。我を舐めるな。」
 グロバスさんは、怒っていた。
「それは済まなかったな。1000年前のお主の所業を見ると、どうしても気になるの
だ。気を悪くさせたのなら、謝ろう。」
 赤毘車さんは、素直に謝る。いきなり探りを入れるなんて、度胸あるなぁ。
「随分な言われようだ。まぁ、我も駆け抜けたからな。貴様等とは、色々対立もし
たしな。今でも『覇道』を提唱した事は、間違っていないと思っている。」
 グロバスさんは、この台詞は欠かさず言う。『覇道』は間違っていなかったと。
「だが、今の人間の世を、壊そうとは思わぬ。我は、この者達と触れ合う事で、人
間の絆と言う物を知った。・・・我は1000年前は、人間とは、神に操られる卑小な
存在だと思っていた。だが、その意識を変えてくれたのは、お前達だ。」
 グロバスさんは、必ずこれも言う。人間の世を壊そうとは思わないと。そして、
その考えをくれたのは、私達だと。この言葉が嬉しい。
「まさか、天下の神魔王様から、そんな台詞が聞けるとはね。時代も変わった物だ。」
 ジュダさんは、グロバスさんの過去を知っているだけに、驚きを隠せないようだ。
「茶化すな。お前とて、人間に入れ込んでるではないか。」
 グロバスさんは、言い返す。
「ああ。レイクや瞬は、ありゃ、凄い器を持ってる。あのままにすんのは、勿体ね
ぇ。お前が、その士って奴に入れ込んでるのと、一緒さ。」
 ジュダさんは、本当に楽しみにしているようだ。
「レイク・・・。成長しているようだな。」
 ゼハーンさんは、感慨深げだ。自慢の息子なんだろうなぁ。
「やっぱ、一回会ってみたいね。そんな凄い奴等ならさ。」
 ジャンさんは、純粋に興味を持ったみたいだ。
「ゼハーン殿の息子さんは、期待されてるようですな。」
 ショアンさんは、頷いていた。
「天神家かぁ。楽しみになってきたね。」
 アスカも、期待が膨らんでいるようだ。
「その家って、凄い人達が、集まってるんですネ。」
 そうだ。聞くだけでも、凄い実力の人達が集まっている。
「そうだな。一種の特異点になっている。居心地は悪くないぞ。」
 赤毘車さんが、教えてくれた。特異点って言うのなら、相当なんだろうなぁ。
「それにしても、ゼロマインドって奴は、厄介だな。『無』の存在で、『無』でや
られた奴を、復活させられるってのは、本当に厄介だぜ。」
 ジュダさんは、頭を抱える。
「ミシェーダも、『無』で倒したのか?」
 グロバスさんが聞いてみる。
「俺の『光聖石神力』(オリハルコンアーウィン)は、オリハルコンの力で、『無』
の力を増幅させて放つ技だ。」
 なる程。最後に放った技は、『無』の技だったのか。
「ミシェーダに健蔵、そしてクラーデス。どいつも、『無』の技で、消滅した者ば
かりだと言う事か。この調子だと、チラつかせていたワイスの復活も有り得るな。」
 グロバスさんは、健蔵さんが、従う原因となったワイスの復活も有り得ると分析
していた。確か伝記では、『無』の力でやられている。
「ま、復活した所で、健蔵みたいに素直に従う奴等ばかりじゃないってのは、朗報
だ。そいつ等が、全てアイツ等についたら、骨が折れる事になりそうだからな。」
 ジュダさんは、全部ゼロマインドに従った所で、闘うつもりなんだろうなぁ。
「あと、ケイオスだったか。ジェシーの息子が、こちらに来ているとは、本当なの
か?それに、『神魔』と名乗っていると言うのも?」
 赤毘車さんは、そちらの方が気になっているようだ。
「本当だ。しかも、あの若造、我を凌ぐ程の実力を持っていた。」
 グロバスさんが、そう言うのだから、相当な物なのだろう。
「噂では聞いてたんだがな。最近、魔界は安定していて、争いが止まっているって
な。その原因は、新たな指導者が出たって噂をな。」
 ジュダさんは、ある程度、情報を仕入れていたようだ。有名なんだなぁ。
「あの若造、そんなに有名だったのか。確かに、その実力は、あるだろうがな。」
 グロバスさんは、溜め息を吐く。
「でも、本当に、そんなに強いのか?お前の実力が、鈍っただけなんじゃないか?」
 ジュダさんは、からかうような口調で、グロバスさんを見る。
「言ってくれる。挑発のつもりか?」
 グロバスさんは、ジュダさんを細目で睨む。
「ジュダ!悪い癖が出てるぞ!」
 赤毘車さんは、嗜める様に言う。挑発するのは、悪い癖みたいだ。
「そう怒るなって。要は、実力が見てーんだよ。」
 ジュダさんは、指をクイクイっと動かして、掛かってくるように仕向ける。
「・・・それを悪い癖だと言っているのだ・・・。全く。」
 赤毘車さんは、頭を抱える。
「ま、無理にとは言わねぇ。その兄ちゃんに相談して、許可が取れたらで良い。」
 ジュダさんは、士の意思を尊重していた。まぁ当然かな。
「それは、まず、本人の口から聞くんだな。」
 グロバスさんは、そう言うと、士に意識を戻す。角と翼は、引っ込んでいく。
「そりゃー道理だ。しかし、お前等、随分とスムーズに切り替えられるんだな。」
 ジュダさんは、驚いている。確かに最近、驚くほど切り替えるのが早い。
「何度かやっているからな。もう慣れた。んで?グロバスと力比べだってか?」
 士は、ジュダさんを挑発的な目で見ていた。・・・まさか。
「俺も了解だ。アンタが、本当に神なのか、確かめたい。」
 士は、やはり、承諾してしまうのだった。
「士!!軽率だヨ!」
 私は、口を尖らせる。士も、修練とか好きだからなぁ・・・。
「まぁまぁ。・・・グロバスは、本当に実力を出し切った事が無いんだよ。」
 士は、グロバスさんの言葉を代弁するかのように言う。
「アイツ、この前のメトロタワーの時も、全開で力を出したように見えて、頭に血
が昇っててな。出し切れないまま、やられたんだ。それってさ。何か苦しいだろ?
一度は出させてやりたいんだ。それに俺も見てみたいんだよ。俺とグロバスが、本
当に協力して力を出した時、どれだけの力を出せるかをな。」
 士は、本当に優しい。グロバスさんは、士に勝手に入り込んだってのに、ここま
で考えてやってる。
「それをぶつけられる相手が、俺だと?分かってるじゃねぇか。」
 ジュダさんは、楽しそうだ。ジュダさんは、強敵を見て楽しむタイプなのか。
「分かったヨ。でも、無茶は駄目だヨ!」
 私は、士の胸に飛び込む。士は、いつだってこうだ。優しくて、向こう見ずな所
がある。不安にさせる。
「ああ。もうあの時みたいな失敗もしねぇ。見ててくれ。」
 士は、そう言うと、私の頭を撫でてくれた。優しいなぁ。
「見届けてやる。後悔しない様にな!」
 ゼハーンさんが、発破を掛ける。
「士さんは、俺のお師匠だ。やってくれるっての!」
 ジャンさんは、士の勝利を信じて疑わない。
「こんなの見れるなんて、貴重な体験なんだろうなー。」
 アスカは、興味津々になっていた。まぁ、気持ちは分かる。
「士殿!我等は、応援してますぞ!」
 ショアンさんも、ミサンガを見せながら応援に回る。
「何だか、俺って悪役?」
 ジュダさんは、膨れっ面をする。
「お前から、仕掛けたのだから、それくらい我慢しろ。私が応援してやるさ。」
 赤毘車さんは、笑うのを堪えながら、ジュダさんの応援に回るようだ。
「では、まず用意だな。この船室を、強化と・・・。」
 赤毘車さんは、慣れているのか、船室を強化する。何だろう?『結界』に加えて、
強度が増したような感じになった。
「これで、暴れても大丈夫だ。思う存分やるんだな。」
 赤毘車さんは、船室の強度を恐ろしく硬くしたようだ。
「ヘッ。ありがてぇ。なら、最初から本気で行くぜ!」
 ジュダさんは、赤毘車さんの船室の強化に感謝しつつ、神気を出し始める。
「今回は本気だからな。これだけじゃ済まさないぜ。うおああ!!」
 ジュダさんは、眼の色が変わっていく。そして、ジュダさんの体も、変わってい
く。頭から竜の角が、背中から竜の翼が生えてきた。
「フオオオオオ!!!見せてやるぜぇ!!」
 ジュダさんは、正にその名の通り、竜神の姿になる。
「本当に、初めから本気だな・・・。『神化』するとは・・・。なら、私もそれに
応えておくか。」
 赤毘車さんは、危険だと思ったのか、船室の強度を増すために、自らも最大の力
を出せる状態に変化して行く。その姿は、甲冑に包まれた武神だった。
「私の後ろに居ろ。巻き込まれたら、やばそうだからな。」
 赤毘車さんは、私達を守るように前に立つ。
「いやはや、恐れ入ったぜ。本気って、ここまでとはな。なら俺達も、本気で行こ
うぜ。グロバス!!」
 士は、目を瞑る。すると、士の姿のまま、今度は気配が変わる事無く、翼が生え
る。それに、目の色が紅に変わる。
「・・・まさか『同化(どうか)』!?お前達、そこまで、信頼できる仲なのか?」
 ジュダさんは驚いていた。『同化』って何だろうか?
「赤毘車さン。『同化』って何でス?」
 私は、赤毘車さんに聞いてみた。
「『同化』。私達の『神化』に近い。恐らく、意識は士のまま、グロバスが最大限
に力を貸した状態の事だ。あの状態は、士の意思が最大限に発揮される状態だ。だ
から、一番力が出せる状態の筈だ。余程信頼してなきゃ、出来ない芸当だ。」
 赤毘車さんは、説明してくれた。つまり、士とグロバスさんは、意識レベルで、
同調しているのだろう。それは、羨ましい事だ。
「ま、気難しい奴だけどな。何故だかな・・・。こうやって、闘うって事になると、
嬉しくてなぁ!俺もアイツも!!」
 士は、信じられない程の瘴気が噴出してくる。あれ、士なの!?
「うわぁ・・・。嬉しいぜぇ。俺とタメ張れる程の力を持ってるなんてよぉ。」
 ジュダさんは、構えを取る。どうやら、素手で闘うようだ。
「そうかよ・・・。じゃ、この力、試させてもらうか!!」
 士は、いつもの大剣を取り出すと、瘴気を伝わらせて、剣を振る。
 それを、ジュダさんは、手甲を使って捌き始める。物凄い速さだ。士の剣術の冴
えも、増してきているし、それを捌いているジュダさんも凄い。
「速さが強化されている。グロバスの力が、もろに出ているな。」
 赤毘車さんは、分析している。
「私達との修練の数倍鋭いな。いつの間に・・・。」
 ゼハーンさんは、剣の鋭さが、いつもより凄いのを悟る。
「これが、士さんの本気って訳か・・・。」
 ジャンさんは、魅入っている。そう言う私も、見逃せない。
 ギィン!!キン!ガキィン!!
 凄いなぁ・・・。まるで芸術のようだ。踊るように剣舞を続ける士と、それを綺
麗に捌くジュダさんだ。
「うらあああ!!!」
 ジュダさんは、捌きながら思いっきり蹴りを放つ。これは、距離を取る為かな?
「コイツは、どうかな?」
 ジュダさんは、懐からアメジストを取り出す。その瞬間、『ルール』を感じた。
「夢見る宝石アメジストよ。その烈火なる想いを、体現せよ!!」
 ジュダさんは、アメジストに力を集中させる。
「なら、コイツだ!!」
 士は、剣で六芒星を描き始める。これは、『滅砕陣』!
「いけ!!『赤石炎爆』(アメジストフレイム)!!」
「対抗するまでだ!!霊王剣術!奥義!『滅砕陣』!!」
 ジュダさんと士は、同時に必殺技を繰り出す。すると、『結界』の中だと言うの
に、物凄い揺れが起きた。
「ちぃ!無茶をする!」
 赤毘車さんは、『結界』を更に強化する。
 ジュダさんのアメジストから信じられないくらいの炎が噴き出る。それに対して、
士は、見た事無いくらいの、でかい六芒星の『滅砕陣』を放つ。
 すると、均衡を保ちながら、二つとも掻き消える。
「・・・ハァ・・・。マジかよ・・・。『赤石炎爆』まで、無効化しちまうとは。」
 ジュダさんは、自信のある必殺技だったらしく、ビックリしていた。
「それはこっちの台詞だ。アレを消すか?」
 士も、今までに無い『滅砕陣』に自信を持っていたのだろう。
「このままじゃ、埒が明かないな。よし!」
 士は、『索敵』のルールを張り巡らす。
「『ルール』か!面白いじゃねぇか!」
 ジュダさんも、『ルール』をご存知のようだ。
「俺の『ルール』は、『付帯』だ。この宝石の数だけ、必殺技があると思え。」
 ジュダさんは、自分の『ルール』の説明をしてくれた。
「ケッ。自信あるねぇ。自分から明かすだなんてな!」
 士は、そう言うとワープする。正確には、ジュダさんの後ろにワープした。
 キィン!!
 ジュダさんは、辛うじて手甲でガードした。
「今のが、お前の『ルール』か。とんでもないな・・・。」
 ジュダさんは、士が完全なるワープが出来る事に脅威を感じていた。
「・・・そうだ。俺の『ルール』だ。そして・・・これが・・・。グロバスのか!」
 士は興奮していた。どうしたんだろう?
「どうしたノ?士?」
 私は、士の様子が変だったので、尋ねてみた。
「グロバスの『ルール』を解放したんだ。・・・すげぇな・・・。」
 士は、余りの凄さに、興奮しているのか?
「そう言えば、グロバスの『ルール』は、未だに謎だったな。」
 赤毘車さんは、注目しているようだ。
「どんな『ルール』か・・・。暴き出してやる!」
 ジュダさんは、トパーズを取り出す。
「大地が香るトパーズよ!その盟約を、ここに体現する!!」
 ジュダさんは、トパーズに力を込める。すると、『結界』内が、揺れ始めた。
「食らうが良い!!『黄玉地裂』(トパーズウェーブ)!!」
 ジュダさんの掛け声と共に、地面から衝撃波が起きて、抉り取られた破片が、士
に襲い掛かる。
「・・・ここか!!」
 士は、いきなり衝撃波を、剣で突き始める。すると衝撃波は、まるで無かったよ
うに霧散する。どう言う事なんだろう?
「無くなった?だと?」
 ジュダさんも、何事か分からないようだ。
 その隙を突いて、士が、ジュダさんを攻め立てる。
 キィン!!バキィ!!ガラガラ・・・。
 士の攻撃を弾いたと思ったら、急にジュダさんの手甲が壊れる。
「馬鹿な・・・!ま、まさか!」
 ジュダさんは、何かに気が付く。士は、答えさせない内に、ジュダさんに、また
しても襲い掛かる。ジュダさんは、しっかりガードしているが、士の攻撃の一つが、
ガードの上から弾かれる。いや、弾かれたように見えなかったが、ジュダさんは、
脇腹を押さえて悶絶していた。何故か効いている?
「・・・グロバスの能力は、それか!!」
 ジュダさんは、気が付いたようだ。
「ジュダ!どうした?」
 赤毘車さんは、心配なのか、声を掛ける。
「グロバスの『ルール』は・・・弱点を見抜く事だ!!そうだろ?」
 ジュダさんは、脇腹を押さえている。弱点を見抜く?
「ああ。俺もビックリした。『慧眼(けいがん)』のルールだそうだ。」
 士は説明する。『慧眼』のルール?弱点を見抜くって・・・。凄いなぁ。
「これを発動させると、物の弱点が見える。そこを突けば、どんな物も、綻びが出
来る。それで、全ての物を破壊する。それが、破壊神だったグロバスの『ルール』
だ。恐ろしいぜ。本当にな。」
 それは凄い。物の綻びを発見して破壊するって・・・。
「参ったぜ。・・・なら、そんな弱点を突かせない闘いをしなきゃ駄目だって事だ
な。見せてやる!!」
 ジュダさんは、士に突っ込んでいくと、攻め一辺倒になる。守っても、『慧眼』
のルールで、見破られるのなら、攻めしかないと思ったのだろう。
「チィ!」
 士は、対抗しているが、ジュダさんの激しい攻めに反撃が出来ない。
「オラァ!!」
 ジュダさんは、士がガードしている上から、思いっきり蹴飛ばす。
「わが魂に眠る神の力、アーウィンよ。我の魔力と共にその力、限界まで引き出せ!
エメラルドよ!!」
 ジュダさんは、エメラルドを取り出して、その力を解放する。
「『緑光神力』(エメラルドアーウィン)!!」
 ジュダさんは、必殺技である『緑光神力』を繰り出す。
「・・・!弱点が見当たらない!?」
 士は、弱点を見極めようとするが、見当たらないようだ。
「ぬぬぬぬ!!!」
 士は、何とか弾き返そうとする。しかし、押されていた。これは返せない!
 ボゥン!!
 爆発音と共に、士は吹き飛ばされる。
「うぐああああ!!」
 士は、そのまま起き上がれない。相当な衝撃だったようだ。
「ふう・・・。俺に『緑光神力』まで出させるなんて・・・。」
 ジュダさんは、肩で息をしていた。中々力を使う必殺技のようだ。
「・・・やるじゃねぇか。いやぁ、強かったぜ!」
 ジュダさんは、さっぱりした顔をしていた。
「・・・何を、終わった気になっている?」
 士は、鋭い眼光を放ちながら立ち上がる。
「お、お前、まだやる気か!?」
 ジュダさんは、信じられないと言った顔をする。
「士!無茶しちゃ駄目だヨ!」
 私は、士が無理をしていると思った。
「そうだ!これは手合わせだぞ!力尽きるまでやる必要は無いんだぞ!」
 ゼハーンさんも心配していた。
「お前達・・・。何を勘違いしている。俺は、まだ出来るから立ち上がったんだぞ?」
 士は、そう言うと、不安を振り払うように力を出し始める。
「な!?これ程の力を残しているだと!?」
 ジュダさんは、余程、自信があったのだろう。しかし、士は立ち上がってきた。
「グロバスのおかげさ。あの爆発の瞬間、『慧眼』のルールを発動させてな。爆発
する瞬間を見切って、その瞬間に、全ての防御能力を解放したんだよ。」
 士は、あの爆発の瞬間に合わせて、防御を一点に合わせたって言うの?
「まさか・・・『慧眼』のルールってのは!?」
 ジュダさんは、また、何かに気が付いた様だ。
「そうだ。弱点を見抜くだけじゃない。強化するポイントを見抜く事も出来るんだ。
凄い『ルール』だぜ?ビックリしたぜ。俺も。」
 弱点を見抜いて、強化も出来るなんて・・・。
「とは言え・・・。さすがに効いたけどな・・・。」
 さすがに、あの爆発を完全には無効に出来なかったようだ。頭を抱えてクラッと
している。しかし、ジュダさんと対峙する余力は、あるみたいだ。
「だが、俺の最後の攻撃を繰り出す事くらい、出来るぜ!」
 士は、大剣に力を入れる。余力を残すつもりは無いみたいだ。
「おもしれぇ・・・。受けてやるよ!!」
 ジュダさんは、四肢に力を入れる。
「俺の出来る事を、出し切ってやる!」
 士は、大剣を怪しく光らせる。そして、瘴気弾を作る。
「霊王剣術、魔技!『魔弾』!!」
 士は、弩級の大きさの瘴気弾を作り出す。そして、それをジュダさんは、手に神
気を集めて、防ごうとする。
「中々でかいな!!うおおおらああ!!」
 ジュダさんは、手で抱えるように防ぐ。
「だが、これくらいじゃ、参ってやれんぞ!!」
 ジュダさんは、何とこの場を包み込むくらい、でかい瘴気弾を掻き消す。凄い!
「どうだ!!」
 ジュダさんは、肩で息をしながらも、士に向き合う。
 ・・・って、士が居ない!これは、『索敵』のルール!
「うおおお!!!」
 士は、その瞬間、ジュダさんの横に居た。
「・・・ぐ・・・うあああ!!」
 ジュダさんは、脇腹を押さえる。どうやら、士は、超高速移動で、脇腹を叩いた
ようだ。ジュダさんは、悶絶していた。弱点を見抜く『慧眼』のルールを使ったの
か!本当に全てを駆使している。
「・・・ふう・・・。霊王剣術、袈裟斬り『一閃』!」
 士は、技名を言いつつ、ジュダさんの首筋に剣を当てる。
「・・・うぐ・・・。・・・ちぃ!降参だ!!」
 ジュダさんは、悔しそうにしていたが、降参を宣言する。
「・・・峰打ちまでされたら、降参するしかねぇよ。ちっくしょう!」
 ジュダさんは、大の字になって倒れる。
「・・・まさか、殺す訳には行かないからな・・・。」
 士は、最後、峰打ちをした。ジュダさんを斬らなかったのだ。
「ったく!次は負けねぇからな!!」
 ジュダさんは、そう言うと、『化神』の状態を解く。
「俺だって負けん。それにアンタ、まだ余力を残していただろう?」
 士も、そう言うと、『同化』を解いた。
「バレてるか。でも、久し振りに本気を出せたぜ。」
 ジュダさんは、スッキリした顔になっていた。
「グロバスも感謝している。無論俺もな。」
 士は、グロバスさんの気持ちを代弁してやる。
「お前が負けるなんてな。修行が足りないぞ?」
 赤毘車さんは、ジュダさんに駆け寄って、声を掛けて、肩を貸してやった。気が
付くと、『結界』を解いていた。
「士!んもウ!無茶し過ぎだっテ!」
 私は、士に抱きつく。士は、頭を撫でてくれた。
「いやー。俺もムキになっちまった・・・。」
 士は、そう言うと、溜め息を吐く。
 士って凄いよね。とうとう、神にまで勝っちゃった。
 でも、それは、グロバスさんの力を限界まで借りてだ。
 だけど、私達も、これから頑張って付いて行かないとね。


 凄い物を見た・・・。
 あれが、人ならざる者の闘いなんだろうな。
 だが、士は納得行ってなかった。
 何でも、この前の勝ちは、ほとんど、グロバスのおかげだと言う。
 確かに、グロバスの『慧眼』のルールを使い、グロバスの力を借りていた。
 だが、それを使用して圧倒したのは士の技だ。
 誇っても良いと思うのだがな・・・。
 かなり融通の利かない男だからな。
 自分の中で、納得出来ない何かがあるのだろうな。
 それにしても・・・強さとは、何だろうな・・・。
 自分の中に眠る可能性?・・・いや、克己すべき条項?
 分からん・・・が、磨く事は、悪くないと思う。
 人が、人で生きている限り、人生とは向き合わねばならない。
 その為に必要な強さなら、私は幾らでも、磨き上げるつもりだ。
(真面目に考え過ぎじゃないですか?)
 清芽殿か。あれ程の強さを見ると、色々考えてしまう物なのだよ。
(確かに凄かったですねぇ。)
 あの領域の強さは、手が届かないと思ってしまうとな・・・。
(届くんじゃありませんか?ゼハーンさんは、士さんとの手合わせでも、勝ってる
じゃないですか。良い勝負だと思いますよ?)
 あれは、技だけの勝負だからな。力比べに持ち込まれたら、私では絶対に勝てぬ。
(ま、深く考えなくて良いんじゃないですか?)
 そうだな。あれは、士自体の力じゃないと言っていたしな。
(前向きに捉える人のが、素直で良いですよ。)
 そう努めようか。
 私は、甲板に出る。すると、ジャンとアスカが楽しそうに話していた。
「お?ゼハーンさん!ちーす。」
 ジャンが、私に声を掛ける。
「ゼハーンさんも、暇になっちゃった?」
 アスカも気さくに声を掛けてくる。心地良い空間だな。
「昨日の士の強さの事を考えていたのだが、深く考えても無駄だと言う結論が出た。」
 私は、結論を言う。深く考えた所で、すぐに追いつく事など不可能だ。
「それで、良いんじゃね?士さんさ。すげぇけど、それが元で意識されるの、好き
じゃないみたいだからさ。自然に接するのが一番じゃない?」
 ジャンは、ちゃんと考えているな。士自体の事を、考えてやるとはな。
「ウチも、そうしようって思ってね。じゃないと、士さんに失礼だしね。」
 アスカは素直だな。私も士も、良い仲間を持った物だ。
「結局は、成るようにしか成るまい。」
 そう。私が出した結論は、身を任せるしかないと言う、単純な物だった。
「それにしても、船の上ってのは、暇なんだなー。」
 ジャンは、暇そうにしていた。まぁ、もう3日は船の上だからな。ガリウロルは、
結構遠いからなぁ。
「ショアンさんみたいに、気持ち悪くならないだけマシだと思わなきゃ。」
 アスカは、悪戯っぽく笑う。ショアンは、酔い止めを飲んでも、まだ魘されてい
る。あそこまで弱いと、気の毒になってくる。
「ま、体質だからな。可哀想だが仕方があるまい。」
 ショアンに、あんな弱点が、あるとはな。
「海風が気持ち良いと思えるだけ、俺達のが得してるって事ですね。」
 ジャンは、純粋に楽しんでいた。こう言う所が、この男の美徳でもあるな。
「お。あれは?」
 ジャンは、何かを見つけたようだ。
「とうとう着くんじゃない?」
 アスカも見つけたようだ。確かに陸が見える。
「多分、アズマだな。やっとか。とは言え、ここを経由してサキョウまで行くから、
もうちょっと掛かるがな。」
 間違い無いな。やっとガリウロルに着くか・・・。
「お。やっと着くみたいだな。」
 士が、センリンと一緒に、ショアンに肩を貸しながら、出て来た。
「ウプ・・・。やっと解放されるので御座るか?」
 ショアンは、未だに苦しそうだ。
「あそこは、アズマだから、もうちょっと我慢だヨ。」
 センリンが、励ましてやっていた。ショアンは、肩を落とす。
「フッ。私たちの新しい生活の為だ。元気を出せ。ショアン。」
 私は、ショアンの背中を撫でてやりながら、元気付ける。
 セントの支配を免れているガリウロル。
 そして、これからの生活の中心となるガリウロル。
 私達は、ここでも、絆を作っていくのだろう。
 その最初である今日を、私は忘れない。
 私は、この仲間達と共に、生きていく事を誓った。
 セントに着いて、2ヵ月半が経った、ソクトア暦2042年2月初旬、私は、仲間と
共に、ガリウロルへと赴くのであった・・・。



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