NOVEL Darkness 5-1(First)

ソクトア黒の章5巻の1(前半)


・プロローグ
 かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。
 神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき
た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。
 だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を
物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。
 当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、
『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た
な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と
言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。
 それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、
共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。
・・・それは事実であった。
 だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記
は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ
るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい
るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解
出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望
して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。
 『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ
アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。
 その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト
ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近
代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国
へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。
 他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、
ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで
あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて
いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、
セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。
 ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な
い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作
る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。
大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽
を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑
車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。
 火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば
やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電
は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純
作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。
しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。
人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、
ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。
 人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。
 しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言
うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら
れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。
 その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ
ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人
々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので
ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても
勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア
が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー
クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。
 この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小
規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す
ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。
 そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家
であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、
セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には
ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、
化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは
豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、
人力発電など無くても、電力が賄える程であった。
 よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン
トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由
としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国
である。余程、独自の文化が強いのであろう。
 ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市
サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、
近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って
いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ
から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら
しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと
んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい
る最中だと言う。
 天神家は、大いなる磁場となっていて、力ある者が集まるようになっていた。そ
の筆頭に、恵の兄である天神流空手の継承者、天神 瞬(しゅん)に、伝記で有名
なジークの子孫、レイク=ユード=ルクトリアと、その仲間達が次々と集まってい
った。一種の特異点となっていたのである。
 そんな中、レイクの父親であるゼハーン=ユード=ルクトリアが、伝説の人斬り
として名高い『司馬』の黒小路(くろのこうじ) 士(つかさ)を仲間にして、天
神家に向かう途中だと言う。
 風雲急を告げる手紙に、レイクは、心構えを決めるのであった。






 1、邂逅
 一通の手紙を送ってきて、仲間と共に、こちらに来ると言う。いきなり言う辺り、
親父の性格が出てる。筆不精なんだよなぁ。俺も人の事は、言えないけどな。
 だが、その相手と言うのが、問題だ。前に俺達の間でも話題に上がった、伝説の
人斬りの『司馬』こと、黒小路 士だと言う。しかも、その仲間の中に、ジェイル
の弟が居ると言う。凄いツテだ。親父も良く知り合った物だ。
 ジェイルってのは、俺の仲間の一人で、ジェイル=ガイアって言う名前だ。俺達
が、『絶望の島』に居た時、俺が班長をしていたんだが、その時の最年長だったの
がジェイルだ。あの時の仲間は、今でも掛け替えの無い仲間だ。いや、ここで出会
った仲間も、素晴らしい奴等ばかりで、ずっと仲間で、一緒に居たいと思っている。
 その親父達が、今日来る予定だと言う。今日は、土曜なので、仲間であるエイデ
ィ=ローン、グリードは、仕事が休みだし、学校の仲間達も、皆休みだ。唯一、柔
道ソクトア選手権のガリウロル代表の紅(くれない) 修羅(しゅら)だけは、強
化合宿に出掛けて居ない。修羅は忙しいし、仕方が無いかな。
 隣には、ファリア=ルーンが居る。まぁ、俺の彼女な訳だが・・・。最近じゃ、
魔法の腕がメキメキ上がってきて、弟子まで取る具合だ。実際、ファリアの魔力は、
とんでもないレベルなので、当然と言えば当然か。その弟子が、同じクラスの桜川
(さくらがわ) 魁(かい)と、隣のクラスの桐原(きりはら) 莉奈(りな)と、
斉藤(さいとう) 葵(あおい)の3人だ。魁と莉奈は、この前の林間学校を契機
に付き合う事になった。しかし魁は、莉奈に対して、今までは、酷い事をしていた。
林間学校の時に、莉奈の義兄である島山(しまやま) 俊男(としお)が、魁の行
動を知って、殺そうとしたのだが、それを、天神 瞬が体を張って止めたと言う経
緯がある。魁は、今までしてきた酷い行動を詫びて、俺達の仲間に入ったのだ。そ
の証拠に、瞬や俊男が、1000年前に飛ばされてしまうと言う危機の時に、命を懸け
て、奴等を見つけ出すと言う、離れ業をやってのけた。魁は、今までの行動を悔い
るように、俺達に貢献したいと思っているようだ。ちなみに、莉奈と葵は、親友同
士で、魁も含めて、この3人は、中学時代からの付き合いらしい。
 その俊男は、パーズ拳法の免許皆伝を賜った最高の実力者で、若干15歳にして、
パーズ拳法免許皆伝を受けた天才として、名高い。その実力は、瞬と1勝2敗で、
手合わせでも、ほとんど互角の実力なのを見れば分かる。俺との手合わせでも、ま
だ俺が、負けそうなくらい強い。参った物だ。最近では、天神家の当主であり、俺
達の恩人で、瞬の義理の妹である天神 恵と付き合い始めたらしい。恵も1000年前
に飛ばされて、その時に俊男と過ごしたのが原因だと言うが、確かに、お似合いの
二人だと思う。俊男は、誠実だしな。恵は、瞬を好きだったと言うが、瞬の方は、
妹として接していた部分が強過ぎて、振り向きそうに無かったしな。
 ちなみに、さっきも触れたが、夏休みに入ると同時くらいに、瞬と俊男と、恵と
一条(いちじょう) 江里香(えりか)の4人が、1000年前に飛ばされると言う出
来事が起きた。俺とファリアも、飛ばされそうになったが、次元を斬り裂く事で、
俺とファリアは飛ばされずに済んだ。次元を切り裂くのに、最近目覚めた『ルール』
を使用したのだが・・・。俺の『万剣(ばんけん)』のルールは、見える範囲なら、
どんな物でも斬る事が可能で、次元を斬る事も可能だった訳だ。その飛ばした張本
人は、伝記に出て来た運命神ミシェーダ=タリムで、今は邪神と化して、その力を
振るっている。時を操る恐ろしい敵だ。しかし、ついこの前、ファリアが、『召喚
(しょうかん)』のルールを使用して、『転移(てんい)』の魔法で扉を開いて、
『次元(じげん)』の魔法で道を安定させる事で、彼等を助け出したのだ。今思っ
てみても、離れ業で、そんな事が出来るファリアを、俺は誇らしく思う。しかし、
ファリアの力だけじゃない。魁が『探知(たんち)』のルールで奴等の居場所を特
定し、莉奈や葵、そして、この天神家の、使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月
(むつき)と藤堂 葉月(はづき)姉妹が、協力してくれたおかげでもある。今挙
げた5人は、ファリアが、いざ召喚に使う時の魔方陣に、常に魔力を提供していた
のだ。これをやらないと、探す事も、引き上げる事も出来ないのだと言う。探査の
魔方陣と、召喚の魔方陣の2つに魔力を提供した、この5人の活躍も忘れては、な
らない。
 俺達も、何もしてなかった訳じゃない。魁と莉奈と葵が、魔方陣に魔力を提供す
る間に、『絶望の島』で、死んだと思っていたジェイルが生きていたと言うので、
助け出しに行ったのだ。そして同時に、ファリアの友人で、『絶望の島』で俺達を
逃がす為に尽力してくれた、ファン=ティーエが、島主に捕まって、酷い目に遭わ
されていると言うので、同時に助け出したのだ。俺とエイディと、俺達が通ってい
る爽天学園のプロレス部の主将、伊能(いのう) 巌慈(がんじ)と、キックボク
シング部の女主将で、榊流忍術の使い手、榊(さかき) 亜理栖(ありす)が、ジ
ェイルの救出を担当し、ファリアとグリード、そして修羅と、1年の不良グループ
を纏めていた女ボスであった外本(ほかもと) 勇樹(ゆうき)が、ティーエさん
を救出する事になった。ジェイルは、様々な実験の被験者として、生かされていて、
科学者達の命令で動く忠実な僕になっていたが、耳の後ろにある、精神を操る機械
をぶっ壊して、救出に成功した。ティーエさんは、島主のお気に入りの女達が住む、
島主の棟の3階の一角に捕らわれていたが、ファリアが救出に成功する。だが、ジ
ェイルもティーエさんも、精神的な疲労が酷かった。それについては、睦月さんが、
医師の免許を持っていたので、すぐに看て貰った。その結果、ジェイルは、軽い療
養で済んだが、ティーエさんは、麻薬が抜けないので、しばらく療養が必要だと言
っていた。そのティーエさんの禁断症状を抑える役目を、ジェイルが買って出てい
た。何でも、植物人間状態にされた時、献身的にティーエさんが介護してくれたら
しく、その恩を返したいとの事だった。
 今、ここに居るメンバーは、当主である恵と、その補佐をする為に、睦月さんと、
葉月、そして、俺の仲間のファリア、エイディ、グリードに、ここで知り合った瞬、
俊男、江里香に亜理栖、それに途中で仲間に加わった、魁、莉奈、葵に『ルール』
を通じて仲間になった巌慈と勇樹だ。そして、これまでの行いを悔いて、俺達と行
動を共にする事になった、ゼリン=ゼムハードだ。それに、今は居ないが、修羅が
加われば、いつもの面子と言う訳だが、仕方が無い。後、ティーエさんとジェイル
は、別室に居る。まだ、ティーエさんの状態が宜しく無いからだ。俺達も、一度見
せてもらったが、あれは酷かった。禁断症状で、おかしい眼をしていた。ジェイル
が必死に抑えてくれていたが、暴れだしそうな勢いだった。それを見て、ファリア
は、唇を噛んでいた。それでも、俺達が見た時は、まだ症状が抑えられていた方な
のだとか。『絶望の島』の連中も、酷い事をしやがる。
 そして、今日着く予定だと言うので、待ってる相手が、俺の親父である、ゼハー
ン=ユード=ルクトリアだ。話によると、伝説の人斬り『司馬』と知り合って、こ
ちらに向かってると言う。親父曰く、『大切な仲間』だそうだ。親父がそんな事を
言うなんて、珍しいと思ったので、余程絆が深いと見える。ここの居る俺の仲間達
と良い勝負かもな。その『司馬』の名を広めたのが、黒小路 士と言う人らしい。
何でも、霊王剣術の現代の使い手で、その実力は、剣術だけで親父を凌駕する程だ
と言う。マジかよ・・・。そして、その恋人のファン=センリン。何でも、伝記に
出てくる『聖亭』のファン=レイホウの子孫らしく、セントでは、その名に因んだ
バー『聖』を経営してたのだとか。ティーエさんの従姉妹だって話だ。更に、ジェ
イルの弟さんだって言うショアンさんに、人斬り組織『オプティカル』の元ボスの
アスカ=コラットと、その恋人で、『軟派師』の異名を持つジャン=ホエールと言
う人が、仲間らしい。親父も、濃い2ヵ月半を過ごしたんだな。
「そろそろかしらね。用意は出来てるわね?睦月。」
 恵が、睦月さんに目配せする。恵は、14歳ながら、ここの当主で、ビックリす
る程、しっかりしている。カリスマ性も充分だ。恵は、『制御(せいぎょ)』のル
ールの使い手だ。全ての力を完全に制御出来るらしい。強力無比な『ルール』だ。
「使用人一同には、失礼無きよう言いつけてあります。ただ・・・あの話は、本当
でしょうか?私には、信じられません。」
 睦月さんは、隙が無い立ち振る舞いだったが、気になる事があるようだ。何でも、
睦月さんの使用人としての師匠だった、アラン=スフリトが、親父の実家の使用人
だったらしく、その人から連絡を貰ったらしい。そこで、ショアンさんが、恵の親
父さんで、睦月さんの主だった天神 厳導(げんどう)に、瓜二つなのだと言う話
を聞いたのだ。恵は、親父さんを憎いでいたらしいし、睦月さんは、そんな親父さ
んを愛していたと言うので、複雑な胸中なのだろう。その睦月は、『転移』のルー
ルに目覚めている。館を忙しく動き回る睦月には、ピッタリの『ルール』だ。
「瓜二つと言っても、別人よ?切り替える事です。」
 恵は、あくまで平静に答える。しかし、思う事があるのかも知れない。
「それにしても、ジェイルの弟さんねぇ。どんな人なんだろうな。」
 俺は、思いを馳せる。ジェイルは、身長がでかくて、圧倒的な威圧感を放つが、
物腰柔らかい口調で、とても思慮深い性格だ。その弟さんとなると、やっぱり背が
高くて、思慮深いんだろうか?
「それを楽しみにするってのも、乙な物だぜ?レイク。」
 エイディが、俺に合わせてくれる。エイディは、軽口を叩く事が多いが、俺をい
つも気遣ってくれている。エイディが目覚めたのは、『紅蓮(ぐれん)』のルール
だ。炎を操る『ルール』で、エイディが得意としている忍術の中でも、炎が得意だ
ったから、目覚めた『ルール』だと言っても、過言では無い。
「ゼハーンさんが、連れて来るなら、大丈夫でしょ。」
 ファリアも、俺の言葉に合わせてくれる。ファリアは俺の恋人で、大切な仲間だ。
『召喚』のルールの使い手だ。『召喚』のルールは、古代魔法の『召喚』の魔法を
魔力の消費を、ほぼ無しで使う事が出来る優れ物で、あらゆる年代物も、はたまた
強力な霊魂なども、呼び寄せる事が出来るのだと言う。ただし、霊魂などを呼び寄
せると、危険も多い。だから、滅多な事では、やらないのだと言う。
「兄貴。俺、楽しみですよ。どんな人が来るのかさ!」
 俺を兄貴と呼んで、慕ってくれてるのは、グリードだ。『絶望の島』で助けてや
ってから、こうやって慕われている。グリードは、元々動体視力が優れた奴だった
が、『千里(せんり)』のルールに目覚めてからは、磨きが掛かっていた。『千里』
のルールは、その名の通り、3キロ先まで物が見えるようになる『ルール』で、銃
を扱うグリードには、お似合いの『ルール』だ。
「ゼハーンさん、久し振りだなぁ。レイクさんに、そっくりでしたよ。」
 横に居る瞬が、話し掛けてきた。瞬は、どことなく俺に似ている。波長が合うっ
て言うのかな。強く正しい人間になりたいと願い、それを実践している奴だ。仲間
を守る為なら、どんな無茶でも、やってのける辺り、シンパシーを感じる。瞬は、
『破拳(はけん)』のルールに目覚めている。どんな物でも、瞬は、その拳で破壊
する事が出来る。俺の『万剣』に似ているが、俺より凄い。瞬の場合、相手の『ル
ール』や、病気などまで、破壊する事が出来るのだと言う。その代わり、その拳が
届く範囲で無ければ、効果が発揮出来ない。それに、そう言う真似が出来ると知っ
たのも、最近だ。それに瞬は、天神流空手と言う1000年間ほとんど負けた事が無い
空手の伝承者だ。その実力は、恐ろしい物がある。
「レイクさんに、そっくりなら、仲良くなれる気がするね。」
 そう言って、瞬に同調しているのが、俊男だ。俊男は、『跳壁(ちょうへき)』
のルールの使い手で、どんな無茶な所にも足場を作る事が出来る『ルール』だ。直
接的に強い『ルール』じゃないが、汎用性がとても高く、自分だけでは無く、相手
を選んで、足場を見せる事が出来るのだと言う。つまり、敵には足場を使わせない
で、味方にだけ足場を使わせると言った事も可能なのだ。
「トシ君は、別に誰にだって、仲良くなれるでしょ?」
 軽口を叩いているのが、江里香だ。爽天学園の空手部の主将で、瞬の部活の先輩
だ。俊男とは幼馴染だが、瞬に惚れているとの話だ。俊男は、恵と付き合うらしい
しな。その辺は、1000年前に飛ばされた時の事情があるらしい。江里香は、『治癒
(ちゆ)』のルールの使い手で、本来の回復魔法では、傷口と痛みの両方は、同時
に回復出来ない制限があるのだが、それを可能にすると言う離れ業が出来るのだと
言う。何でも、回復魔法を使える人に、回復力を促進させる事も可能なのだとか。
ファリア曰く、それは奇跡の為し得る事だと言う。
「トシ兄が、仲良くなれないのなんて、昔の魁君くらいだよねー?」
 酷い突っ込みを入れているのが莉奈だ。俊男の義理の妹だ。学年が同じなのだが、
異母兄妹なのだとか。俊男は、この莉奈の為に、一時期は怒り狂って、魔神レイモ
スを受け入れてしまったと言う過去を持つ。今は、克服しているけどな。
「い、今は、俺っち、更正してます・・・。頼むよ。莉奈ぁ・・・。」
 この莉奈に、頭が上がらないのが魁だ。莉奈には、売春をさせるなど、本当に酷
い事をしていたのだが、深く反省している。更に、どんな責めも受けると言った時
に、莉奈が、もう一度、魁と付き合いたいと言うので、今は付き合っている。それ
からと言う物、魁は、未だに罪の意識に怯える事があると言う。その魁は、『探知』
のルールに目覚めている。どんな物でも見つけ出すことが出来る『ルール』で、そ
の力は、1000年前に飛ばされた奴等を見つけ出す事が出来た程だ。今は、軽口を叩
き合える程、付き合いが深いのだ。
「自業自得でしょ?ま、諦めなさいな。」
 そう言いつつ、笑いながら突っ込みを入れているのが葵だ。莉奈とは、親友同士
で、魁の被害に葵も遭っていた。だが今は、魁を弄る事で、赦しているのだ。
「ま、自分のした事に、ケジメつけるのは、当然だよ。ねぇ?エイディ兄さん。」
 厳しい口調だが、諭すように言ってくれてるのがエイディの幼馴染で、榊流忍術
の使い手である亜理栖だ。爽天学園でも、面倒見が良い先輩として有名だ。亜理栖
は、『帯雷(たいらい)』のルールに目覚めている。雷を自由に操る事が出来、電
磁力を操れるので、色々便利な事が出来る。雷の忍術が得意な亜理栖らしい『ルー
ル』だ。エイディは、色々軽い事をしているので、冷や汗を掻いていた。
「カッカッカ!責任を取る!それも結構!男なら、どーんと構える事じゃ!」
 豪快に笑っているのが、巌慈だ。プロレス部の主将で、プロレス界では有名なサ
ウザンド伊能の息子だ。サウザンド伊能ジュニアと言う異名を持っている。巌慈は、
『鋼身(こうしん)』のルールの使い手だ。体をとてつもなく頑丈に出来る。迫り
来る銃弾を跳ね返せる辺り、その凄さが分かると言う物だ。
「責任を取ると言うのは、難しい事だ。私には、重い言葉だ・・・。」
 そう言って、考えているのが、ゼリンだ。ゼリンは今まで、俺達の敵だった。し
かし、セントから俺達を殺すために派遣された。しかし、それは、サークレットと
ネックレスの魔力によって操られていたせいだった。それを俺が壊したので、解放
されて、その償いをすると言うので、仲間になったのだ。ゼリンの覚悟は本物で、
自分の手を傷めてまで、伝記の剣、ゼロ・ブレイドを取ってきたのだ。その剣が、
本物だったので、俺は、ゼリンを信用する事にしたのだ。ゼリンが使う『ルール』
は、『重力』で、対象を決めて重くしたり軽くしたり出来る。
「あーあ。修羅先輩も、会いたがってたのになぁ?」
 そう言いつつ、残念がってるのは、勇樹だ。男の格好をして不良グループを纏め
上げていたのだが、最近は、女の格好をしている。勇樹は『線糸(せんし)』のル
ールの使い手で、強度抜群の糸を200メートル程なら操る事が出来る便利な『ル
ール』の使い手だ。本人は、魔族が考案したと言われている、羅刹拳の使い手で、
強烈な指先での突きを、得意としている。
「修羅様の分まで、私達がご歓待しないと!修羅様の応援も忘れなくね!」
 そう言って、場の雰囲気を和ませているのが葉月だ。睦月さんの妹ながら、使用
人としてのレベルは、『魔炎島』に居た魔族のナイアと互角と言う凄まじい使い手
だ。葉月は、『結界(けっかい)』のルールに目覚めていて、古代魔法の『結界』
に似ているらしいが、周りの空気や干渉を遮断する『結界』の魔法とは違うのは、
『ルール』までも遮断してしまう事だ。より強い『結界』だと言える。何でも、こ
の前、瞬に自分の想いを伝えたとかで、江里香と恵に、瞬は睨まれていた。最も、
その後で、恵は俊男と付き合う事になったのだが、江里香と葉月は、どっちも瞬に
告白していると言う。瞬も悩み所だろうな。
「修羅先輩かぁ。是非、優勝して欲しいな!」
 瞬は、自分が全ソクトア空手大会で優勝しているので、それに並ぶ偉業を達成し
て欲しい気分なのだろう。
「心配せずとも、『ルール』抜きでも、奴は優勝するじゃろうさ。」
 巌慈は、修羅とはライバル関係にある。プロレスと柔道と言う、組み技同士の闘
いで、何度も部活対抗戦で闘っているのだ。修羅は、『重心(じゅうしん)』のル
ールに目覚めている。どんな体勢でも姿勢を保つ事が出来、相手を崩す事が出来る
『ルール』だ。しかし修羅は、この『ルール』を使うのは、美学に反すると言うの
で、自分の力だけで優勝すると言っていた。まぁ、『重心』を使ったら、間違いな
く優勝するだろうしな。
「随分、買ってるじゃないか。巌慈。」
 亜理栖は、巌慈が修羅と争っているのを知っている。
「ライバルじゃからな。奴の負けず嫌いは、身に染みておるだけじゃ。」
 巌慈は、誰よりも修羅の事を信じているのだ。
「修羅先輩は、僕達の応援を裏切らないよ!」
 俊男の、こう言う素直な所は、美徳だよな。
「ま、瞬を追い詰めた実力は、本物だろ?なら、負けないさ。」
 俺は見てないが、瞬を後一歩で倒せるって所まで追い詰めたらしい。そこまでの
実力者なら、そう簡単に負けやしないだろう。
「恵様。どうやら、御着きになったようです。」
 睦月さんが、恵に知らせる。どうやら、親父達が到着したようだ。
「お通ししなさい。場所は、大広間である、ここで宜しいわ。」
 恵は、テキパキと命じる。しっかりしてるよなぁ。
「了解致しました。」
 睦月さんは、完璧な使用人の態度で、対応する。すると、睦月さんを通じて、玄
関先の使用人に伝えられて、出迎えをするみたいだ。俺達が来た時も、あんな感じ
だったのかな?あの時は、恵と瞬が、対応に来たっけ。
「どんな人達なんでしょうねぇ?」
 葉月が、指を顎に当てて考えていた。可愛い仕草だ。
「会ってからのお楽しみ。じゃない?」
 ファリアは、ワクワクしているようだ。俺も楽しみだ。
 足音が近付いてきた。確かに言われていたように、6人くらいだ。案内人を入れ
て、7人かな?
「ここで御座います。今日は、我が天神家にお越し戴き、恐悦至極に存じます。」
 案内人が、穏やかに対応している。さすが、どの使用人も鍛えられている。
 すると、軽いノックの音が聞こえた。
「開いております。お通ししなさい。」
 恵が、案内人に伝える。すると案内人が、扉を開ける。
「ゼハーン=ユード=ルクトリア様御一行を、お連れ致しました。ごゆっくりどう
ぞ。これにて、失礼致します。」
 案内人は、そう言うと、親父達6人を通して、扉を閉めてくれた。
「親父!ひっさしぶり!」
 俺は、開口一番に、挨拶をする。親子だしな。
「おお。レイク。久しいな。その剣は・・・本当に、あの剣か?」
 親父は、俺が近くに置いてる剣を見て、驚く。
「間違いないぜ。『記憶の原始』だっけ?親父の事や、伝記のライルや、ジークと
言った、ご先祖様の記憶を受け継いだよ。」
 俺は、伝記の英雄達の名前を挙げる。一番分かり易いだろう。
「そうか。そこに居るゼリンから貰ったのか?」
 親父は、ゼリンを睨む。気持ちは分からなくも無い。親父は、ゼリンのせいで、
地獄を見たのだ。そう簡単に赦せる物では無いだろう。
「親父、ゼリンは・・・。」
「レイク。フォローは要らない。・・・ゼハーン。それに士にセンリンも居るね。
私は、レイク達には、赦してもらえた。だが、貴方達には、赦してもらった覚えは
無い。私は、操られていたとは言え、赦されない事をした身だ。」
 ゼリンは、俺のフォローを、敢えて断った。そして、前に出る。
「お前達にした事に逃げるつもりは無い。赦せないなら、私を斬れ。それが、私が
出来る事だ。」
 ゼリンは、目を瞑って、首を差し出した。
「人の家で、物騒な事は止めて下さる?」
 恵は呆れていた。ゼリンは、それでも引っ込めるつもりは無かった。
「恵殿。少しだけ待っていてくれ。ケジメはつける。」
 親父は、ゼリンの方を向く。そして、後ろに居た凄い雰囲気を放つ男と話してい
た。あの男は、何だろう。放つ雰囲気が只事では無い。
「士。どうする?」
 親父は、士って呼ばれた人と、話し合っていた。
「そうだな。口だけで信用するのは、俺の性に合わない。」
 士って人は、そう言うと、針を取り出す。
「ゼリン。俺は、センリンをあんな目に遭わせたお前を、只で赦すつもりは無い。
だが、本当に操られていたのなら、受けられるか?誓約の紋章を。」
 ・・・誓約の紋章?何だそれは?
「貴方、そんな物まで使えると言うの?」
 恵は、ビックリしていた。
「俺だって、好きで使う訳じゃない。だが、相手を信用するのに、一番早い手では
ある。だが、当主はアンタなんだろ?アンタが許さないと言うなら、止めるが、ど
うよ?俺の主義には反するが、俺は、争いに来た訳じゃあ無いからな。」
 士って人は、恵を相手に、一歩も引かなかった。凄いな。俺でさえ恵には、一歩
引いて喋る事が多いのに。
「俺達の間じゃ、余り使って欲しくない。信用ってのは、強要する物じゃないだろ?」
 瞬が口を尖らす。どうやら、天神兄妹と、俊男に江里香は、誓約の紋章を見てい
て、余り良い記憶が無いようだ。
「なる程。聞いてた通り、甘いな。・・・だが、器が広いな。・・・良いだろう。
俺だって、無理矢理従わせるのは、好きじゃない。その代わり、ゼリン。お前の生
き様を、近くで見させてもらうぞ?」
 ・・・この人、素直じゃないだけなのかも。
「士が、そう言うなら、私は文句無いヨ。それに、ゼリンも被害者でしョ?」
 センリンって人が、士を諭しながら、自分の考えを言っていた。芯の強い人だな。
「ならば、私も文句は無い。生まれ変わったのなら、その生き様を見せろ。ゼリン。
私も、それを見て判断する。・・・それに罪の意識に苛まれる日々は、私も士にも
覚えがある。それを忘れなければ良い・・・。」
 親父・・・。そうか。親父も、あの夢を見てるんだな。それに、士って人も、人
斬りなら、罪の意識に苛まれているんだな。
「それが、私に出来る事なら、尽力する。私の罪は、一生消えぬ。背負って行くし
かないのだ。君達への罪も、私は目を逸らす事は無い。」
 ゼリンは、その言葉を口にする間、親父達に一度も目を逸らす事をしなかった。
「ま、あれは、俺の不徳でもある。気にすんな。俺もあの時は、怒り狂っていたが、
今は、俺の実力の無さが招いた事だと割り切っている。さっきの誓約の紋章の件は、
お前の覚悟を試させてもらったんだ。・・・って事で、当主、俺の言った事で、不
快な気分にさせた事を謝る。こう言う性分なんだ。悪かったな。」
 士って人は、真摯に謝りを入れる。何だろう・・・。この人は、大人なんだろう
な。物事の割りきりが、凄く良い。
「フフッ。荒っぽいようで冷静ですのね。貴方のように、駆け引きが上手い方をお
相手するのは、嫌いでは無くてよ?」
 恵は、この駆け引きを楽しんでいた。さすがだな。
「いやはや、凄い緊張感だったですな。士殿。心臓に悪いですぞ?」
 士って人の後ろに居た大きい人が、安心したように微笑む。
「・・・本当に・・・似てる・・・。」
 恵は、突然溜め息を吐いた。そんなに父親に似てるのだろうか?
「そのお姿で、その声で・・・何故、そのような言葉を・・・。」
 睦月さんまで、錯乱状態になりかけていた。
「恵。それに睦月さんも、落ち着きなって。確かに親父に似てるけど、雰囲気は、
全然違うぜ?冷静になれよ。」
 瞬が、二人の異変に気が付いたのか、フォローしようとする。
「私は冷静ですわ。似てると思っただけです。」
 恵は、反論する。すぐ反論する所が恵らしい。
「瞬様、私も冷静です。言葉の撤回を。」
 睦月さんは、どことなくムキになっていた。
「姉さん、その言い方じゃ、説得力無いって。」
 葉月が心配して、注意をする。
「お黙りなさい!葉月!・・・まぁ、冷静じゃなかった事は、認めましょう。」
 睦月さんは、怒りを落ち着けて、深呼吸をしていた。相当だな。
「私は・・・そんなに似てるんでしょうか?」
 ショアンさんは、肩を落としていた。何だか可哀相だ。
「お客人に対して、御無礼しました。我が父の厳導の面影は、中々消せる物では、
ありません。ですが、それは、私達の事情。貴方が気にする事はありませんわ。」
 恵は、謝罪を述べる。冷静になってきたようだ。
「いや、気にしては、いないのですがね。話に聞いてたので・・・。」
 ショアンさんは、本当に驚いているだけのようだ。
「あー。もう。これじゃ、いつまで経っても、話が進まないわ。まずは、自己紹介
から!それと、今までの経緯を説明する事!以上でしょ?」
 ファリアが、色々遠慮をする反応を見て、痺れを切らしたようだ。まぁ、気持ち
は分かる。頭がこんがらがるよな。
 まずは、俺達の紹介をした。ほとんどが、爽天学園の生徒なので、その点を強調
したら、すんなり納得してくれた。そして、今度は向こうだが、まず、凄い雰囲気
を出していた人は、やっぱり『司馬』の人で、名前を黒小路 士だと言う。脅威の
成功率の伝説を作ったのは、この人で、それなりの雰囲気を纏っている人だと思っ
た。仲間を大切にしているのだが、敵には容赦が無い感じだった。
 そして、隣に居たのが、ファン=センリンって人だった。凄い美人さんで、スト
リウス訛りだが、元ファン家のお嬢様だと言う。セントで、バー『聖』を経営して
いて、そこで士さんとコンビを組んでいたのだとか。
 後ろの大きい人は、恵達の親父さんに似ているらしいが、名前はショアン=ガイ
アだ。やはりジェイルの弟さんで、人斬り組織『ダークネス』で『剛壁』と言う異
名を持つ程、守りに特化した槍術使いだと言う。
 後ろに控えていた二人は、人斬り組織『オプティカル』の二人だ。とは言っても、
もう足は洗っていて、元ボスだったのが金髪の美人のアスカ=コラットさん。そし
て、ノリが軽い人が、『軟派師』のジャン=ホエールさんだ。エイディは、親近感
を覚えたらしい。確かにエイディに雰囲気は似ている。だが、どっちも凄い腕だと
肌で感じた。ジャンさんが、仲間の女子に調子の良い事を言う度に、アスカさんに、
物凄い目で睨まれていた。それをフォローしながら、紹介と言う、変わった感じで
進んでいった。
 それと、今まで起こった事を、纏めて話していった。親父達は、手紙に書いた事
以外に、ジェシーさんや、ジュダさん達とも会ったみたいで、それぞれから、報告
を受けていたと言う。
 それに俺達が驚いたのは、ジェシーさんの息子さんの事だ。確かに聞いた事があ
ったが、まさか、魔界を統べる程、成長していて、このソクトアに君臨しようとし
ているとは、思わなかった。ジェシーさんも苦労するだろうなぁ・・・。
 それと、親父達も、全員『ルール』に目覚めてたのにも驚いた。俺達の『ルール』
も説明したが、親父達の『ルール』も、かなり強力な物ばかりだった。
「船上で、父上に会っていたのか。」
 ゼリンは、ジュダさん達の事を話す。
「ああ。何だか、手合わせを求められてな。本気で手合わせしてみたぜ?」
 士さんは、ジュダさんと本気で手合わせをしていたらしい。って、本当かよ。
「士が勝ったのには、驚いたな。まぁ、士だけの力じゃないがな。」
 親父は、不思議な事を言う。士さんだけの力じゃない?
「まさかアンタも、中に誰か、入られてるのか?」
 瞬が、覚えがあるのか、尋ねてみた。瞬は、天上神ゼーダさんを、中に宿してい
る。その事を言っているのだろうか?
「・・・アンタも、って事は、お前もか?・・・苦労するな。お互いに。」
 士さんは、否定しなかった。と言う事は、マジで?
「これは驚きましたわ。兄様以外に、そんな稀有な体験をされてる方が居たとは。」
 恵も、驚きを隠せないようだ。確かに、中に神が入っているなんて、瞬だけかと
思っていた。
「エ?そこの瞬君も、中に誰か居るノ?ビックリだヨ。」
 センリンさんも驚いていると言う事は、本物だな。
「俺の中には、天上神ゼーダって奴が居ます。まぁ、皮肉屋で、尊大な奴です。」
 瞬が、ゼーダさんの事を紹介する。
「・・・ゼーダ?マジか?そりゃ参ったな。」
 士さんは、心底参った顔をする。どう言う事だろう。
「実は、俺の中には・・・って、言うと驚かれるかな・・・。」
 士さんは、目を伏せる。あまり、知られたくないようだ。
「話したくないのなら、話さなくて良いんじゃないの?」
 ファリアは、無理に話す必要は無いと、言ってやる。
「士・・・。」
 センリンさんは、心配そうにしていた。
「いや、あっちが明かしたのなら、明かさなきゃフェアじゃない。」
 士さんは、覚悟を決めたようだ。
「俺の中には、神魔王グロバスが居る。最初は信じられなかったけどな。」
 士さんは明かす。って・・・神魔王グロバス・・・?
「おいおいおい。超有名処じゃねーか!ゼハーンさん!本当なんですかい?」
 グリードは、ビックリして、親父に尋ねてみた。
「本当だ。私は何度も、士の変身している所を見ている。しかし瞬殿が、ゼーダを
宿していると言う方に、私は驚いているのだが・・・。」
 親父は、瞬のゼーダの方に驚いていたようだ。
「言葉を返すようだが、俺達も、瞬が変身した所を見ている。」
 エイディは、瞬の変化を説明してやった。
「ま、1000年前は、『覇道』を唱えていたらしいが、今は、提唱するつもりは無い
らしいぜ。詳しい話は、本人に話させたほうが良いか?」
 士さんは、すぐにでも代われると言った感じで言う。
「そうなると、俺も、代わった方が良いのかな?ゼーダは、是非変われって煩いん
ですが・・・。」
 瞬は、冷や汗を流す。これは、大変な事になりそうだな・・・。
「んじゃ、俺もお前も、最初に宣言しておこうぜ。・・・絶対変な争い起こすんじ
ゃねーぞ!って事をな。じゃ無かったら、代わってやらん。」
 士さんは、中に居るグロバスに言っているのだろうか?
「ゼーダは、それで良いそうです。いざとなったら、俺が強引にでも戻します。け
ど、大丈夫だと思いますよ。」
 瞬は、ゼーダさんの事を信じては、いるようだ。
「分かった。代わるだけなら、大した力も使わないしな。」
 士さんは、了解したようだ。何だか、凄い事になってきたな。ゼーダとグロバス
って、伝記時代より前に、争った経緯があったよな。
「・・・仕方無いわね。んじゃ、『結界』を張るわよ。」
 ファリアは、呆れ顔で、『結界』を張った。さすがに迅速だ。
「おいおい・・・。そこの姉ちゃん、『結界』を使えるのか?」
 ジャンさんが、信じられないらしく、驚いた顔をしていた。
「凄いなぁ・・・。ウチより若いのに・・・。」
 アスカさんも、驚きを隠せない。
「『結界』は助かる。正直、この力が出るのは、余り好ましい事じゃないからな。」
 士さんは、感謝していた。『結界』自体は知っているようだ。
「さすがだね。ファリアは、私なんかより、魔力の使い方に長けている。」
 ゼリンも褒める程、ファリアの魔力の完成度は高い。
「じゃ、代わるよ。・・・んん!!」
 瞬は、気合を入れると、ゼーダさんに代わっていく。結構スムーズになってきた
な。話すだけなら、大丈夫そうだな。物凄い神気を放っている。
「本当に、ゼーダなんだな。んじゃ、俺も・・・ム・・・。」
 士さんは、同じように力を入れると、頭から角が、そして背中から翼が生えてき
た。そして、出てくる瘴気の量は、恐ろしく、まさに神魔王の風格だった。
「こ、この量、レイモスの比じゃない!!」
 俊男は驚いていた。魔神レイモスに乗っ取られた事がある俊男は、誰よりも瘴気
の凄さを知っている。
「ほう。貴公、レイモスを知っておるのか?」
 この声、士さんの声じゃない!んじゃ、本当に・・・。
「僕が、魁を恨んだ時に、レイモスは、僕の中に入り込んで、乗っ取ろうとしたん
だ。それを、瞬君とゼーダさん、そして、ここに居る仲間に助けられたんだ!」
 俊男は、その事をハッキリとは覚えていないらしいが、本当に感謝している。
「そうか・・・。レイモスは、未だにそんな事をしていたのか・・・。哀れな奴だ。
それを、貴公等の絆の力で、跳ね除けたのだな?」
 グロバスは、何故か、目が澄んでいた。何だろう。これが、本当に神魔王として
恐れられていた奴なんだろうか?
「絆の力とは・・・。お前の口から聞けるとはな。」
 ゼーダさんが、口を開く。
「ゼーダか。貴様と話すのは、1400年振りか?」
 グロバスは、この会話を楽しんでいるようでもあった。
「グロバスよ。お前は、その人間を乗っ取るつもりか?」
 ゼーダさんは、まず核心を突くような事を言う。
「誰もが、そのような事を言うのだな。我の印象は、本当に悪いな。まぁ、我の招
いた行動だ。仕方の無い事か・・・。結論を言えば、そのような誇りの無い真似を
するつもりは無い。貴様も、その人間と共存しているのだろう?それと同じだ。」
 グロバスは、嘆きながらも、真っ直ぐゼーダさんの目を見て、堂々と答える。
「・・・その目、嘘を吐いている目では無い。何があったのだ?昔のお前からは、
考えられぬ。何がお前をそこまで変えた?」
 ゼーダさんは、グロバスと死闘を演じた記憶があるのだろう。だから、信じられ
ないのかも知れない。
「最初に言っておくと、我は今でも『覇道』を提唱した事を、間違っていたとは、
思っていない。だが、それを人間達に強要する事は無い。今の世を壊してまで、争
いを拡大しようとは思わぬ。我は考えを曲げるつもりは無いが、人間達が、500
年間、『共存』を続けた事を、評価しない訳では無い。」
 グロバスは、あくまで平等だった。自分の考えを曲げないが、人間が、『共存』
を500年続けたのを評価して、今の世を壊したくないと言う。
「だが、今のセントを放って置く事は出来ぬ・・・。我は、あのような世にする為
に敗れた訳では無い!『人道』に負けたのなら、納得もする。我等に勝ったのだか
らな。しかし、あれでは、『法道』と一緒では無いか!・・・それにこのままでは、
このソクトアが崩壊する恐れがある。そんな事はさせぬ!我は、こう見えても、ソ
クトアには愛着がある。それを防ぐ為なら、何でもする覚悟だ。」
 グロバスは、熱く語った。これが、神魔王か。何たるカリスマ性だ。人を惹きつ
ける何かを持っていた。
「お前も感づいていたか。そうだ。このままでは、ソクトアが崩壊する。それを防
ぐ為とは・・・。お前の口から聞けるとはな。本当に驚いたぞ。」
 ゼーダさんは、グロバスの口から、守ると言う台詞が聞けたのが、信じられない
ようだ。それだけ、昔のグロバスとは、違うのだろう。
「我が、人間を信じられるようになったのは、この士のおかげだ。そして、ここに
居る士の仲間達のおかげだ。我は、この目で見た事は、信じる事にしている。そし
て、ここに居る士達は、我に絆の力を見せてくれた。その絆の力こそ、我が人間達
に敗れた原因なのだろう。ならば、それを認めぬ訳には、いかんな。」
 グロバスは、親父達を見て、絆の力を信じると言った。それだけ、凄い絆の力を、
親父達は見せてくれたのだろう。これは、負けられないな。
「簡単には信じぬと思ったが、その目は、本物のようだな。グロバス、お前は、ゼ
ロマインドを倒すつもりでいるのか?」
 ゼーダさんは、ゼロマインドの事を話す。
「このソクトアを無に帰そうとする者は、問答無用で敵だ。」
 グロバスの目は、澄んでいた。親父達が、このグロバスを変えたのか。
「分かった。ならば、私も昔の争いは、水に流す。この瞬と、ゼロマインドを打倒
する事を誓おう。」
 ゼーダさんは、納得が行ったようだ。それにしても、グロバスは、話せる魔族だ。
しかも、思った以上に紳士だ。これなら、親父達が信じたのも頷ける。
「では我は、そろそろ士に戻る。新たな同士よ。貴公等も、この士達に負けぬ絆を
見せてくれると信じている。また会おう!」
 グロバスは、そう言うと、士さんの中に入っていった。すると、士さんの体から、
角と翼が引っ込んでいく。本当だったんだ・・・。
「私も戻るとしよう。グロバスが言った絆を、私も確かめさせてもらうぞ。」
 ゼーダさんは、そう言うと、瞬の中に帰って行った。瞬の雰囲気が戻っていく。
「士!」
 センリンさんが、心配そうな目で、士さんの胸に飛び込む。
「フッ。最後まで付き合うなんて、お人好しな奴等だな・・・。」
 士さんは、センリンさんの頭を撫でながら、憎まれ口を叩く。しかし、とても嬉
しそうだった。素直じゃない人だ。
「ふー・・・。ここに居る奴等は、誰一人として、絆を持ってない奴なんか居ない
さ!だから、安心するんだな。」
 瞬は、俺達の事を、最大級に評価していた。
「絆ねぇ・・・。俺は、難しい事は分からないけどさ。仲間の為に頑張るのって、
当たり前の事なんじゃないか?」
 勇樹は、思った事を口にする。その当たり前が出来るってのが、大事なんだがな。
「お。その考え方は、前向きで良いね。後は、その口調が、残念かな?女の子なん
だし、可愛い顔立ちしてるのに、勿体無いぜ?」
 ジャンさんは、勇樹に軽い口調で話し掛けていた。よくもまぁ出て来る物だ。
「お、俺は、か、か、可愛くなんか・・・な、無いって。」
 勇樹は、顔を真っ赤にして否定する。そう言う仕草が、可愛いんだと思うぞ。
「んー。初々しい反応。嬉しくなるねぇ。なぁ?姐さ・・・。」
 ジャンさんは、色々堪能するような顔で、頷いていた。そして、アスカさんに同
意を求める。すると、アスカさんは涙を浮かべていた。
「可愛いなんて・・・ウチにも、言った事ほとんど無いのにぃ・・・。」
 アスカさんは、口を尖らせている。
「な、何言ってんだよ。姐さんの場合は、可愛いってより、綺麗だろ?」
 ジャンさんは、慌ててフォローする。て言うか、今のフォローなのか?
「むー・・・。何か納得行かないけど、そう言う事を言わないジャンは、ジャンじ
ゃないから許す・・・。」
 アスカさんは、不思議な事を言って、許していた。良いのか?それで・・・。
「ここでも痴話喧嘩するんじゃねぇよ。まったく。」
 士さんが呆れていた。と言う事は、結構、日常茶飯事なんだな。
「仲が良い証拠だヨ。ジャンさんは、いつも通りだしネ。」
 センリンさんは、冷や汗を掻きつつ、フォローしていた。仲が良いなぁ。
「中てられる我等の身にも、なって欲しい物ですな。」
 ショアンさんは、溜め息を吐いていた。と言う事は、ショアンさんには、恋人と
か、居ないのかな?まぁ余り器用そうには見えない。
「ショアンさんは、恋人とか居ねぇの?」
 グリードは、空気を読まない発言をする。俺は、ゲンコツを食らわせた。
「お恥ずかしながら・・・。兄と別れた後は、組織の人間として、暮らしていたの
で、チャンスが無かったのです。」
 ショアンさんは、『ダークネス』にずっと居た。だから、恋人を作るチャンスな
ど、ほとんど無かったのだろう。
「あの男に、そっくりなのに、不器用なんですねぇ。」
 恵は、目を細めながら、笑っていた。どうやら、父親にまるで似ていないので、
警戒心を解いたようだ。
「厳導様も、不器用でしたよ。色んな事に愚直な方でした。」
 睦月さんは、思い出すように言う。
「ま、そうね。器用なら、私の苦しみも、分かっていたでしょうね。」
 恵は、その辺を、もう割り切っているようだった。父親のした事は許せないが、
それが、愛情から来る行為だとは、悟っているようだ。
「しょうがないよ。親父様は、この家を守る事に心血注いでたからな。」
 瞬も同調する。瞬も、この家を守る為の教育を受けていた。だが、瞬は、それを
蹴って空手家になる道を選んだのだ。
「ん?あれ?ゼハーンさん。・・・その人、誰?」
 ファリアが、目を凝らしていた。何の事を言っているんだろうか?
「どうした?誰か居るのか?」
 俺には、親父の後ろに誰か居るようには見えない。
「んー。いや、『召喚』のルールで、見てるんだけどさ。ゼハーンさんの後ろに、
瞬君や士さんみたいに、誰かが居るように見えるのよね。」
 何だって?親父の後ろに?って事は、親父にも誰か入っているのか?
「ファリアは凄いな。良く分かったな。私の場合、士や瞬殿のように、『同化』を
するような間柄では無い。さっき、『ルール』の事も話したが、私の『ルール』は、
『魂流(こんりゅう)』のルール。伝記のフジーヤが得意としていた物だ。だから、
私には天使が入り込んでいるのだ。」
 天使!?マジかよ。確かに『魂流』のルールだって聞いたし、伝記のフジーヤに
も、天使が常に傍に居たってのは聞いた事があるけどさ・・・。
「あ。もしかして、その優しそうな人は、天使なの?」
 ファリアには、ハッキリと見えているようだ。優しそうなんだ。
「フム・・・。もしかして、ファリアは、可視化出来たりするのか?」
 親父は、ファリアに尋ねてみる。どうやら、会わせたいようだ。
「そうだなー。これだけ強い思念なら、『召喚』のルールだけで、何とかなりそう
だけど・・・。本人は、出たがってるの?」
 ファリアは、尋ねてみる。一応本人の了解も取って置こうってんだな。
「出たがってる所では無い。瞬殿と恵殿には、切っても切れぬ人物だからな。」
 親父は、また不思議な事を言う。瞬と恵が関係してるのか?
「お、俺と?天使に知り合いって言うと、1000年前のレイシーさん?かなぁ。」
 瞬は、記憶を辿る。しかし、中々結びつかないようだ。
「レイシーさんか。本当なら、会いたいなぁ。」
 江里香も、世話になった天使だ。会いたいのだろう。
「レイシーさんなら、歓迎するけど、どうやら違うようね。」
 恵は、親父の反応を見て、違う事を悟る。
「最近天使になったばかりだ。1000年前とは、何も関係ないぞ。」
 親父は、説明してやる。最近?それはまた、見当がつかないな。
「ま、可視化すれば、分かるんじゃない?ただ、話すとなると・・・。あ。そうだ。
恵さん、この石像を借りて良い?」
 ファリアは、この大広間にある、天使を模した石像を指差す。
「これ?どうぞ。使って下さいな。」
 恵は、快諾する。確かに立派な石像だけど・・・。動いたりするのかな?
「えーと。ゼハーンさんから、離れられるの?・・・あ。大丈夫?じゃぁ、この石
像に、貴女の魂を吹き込むけど、波長合いそう?」
 ファリアは、親父の肩の辺りを見て、話し掛けている。本当に居るんだな。
「本当に誰か居るんですかねぇ?」
 葉月が、不思議そうな顔をして見つめていた。まぁ俺達には、まだ見えないしな。
「オレ達も、まだ、見た事無かったな。」
 ジャンさんは、興味深そうにしていた。
「しかし、あの子凄いんだネ。本当に、色々出来るんだネ。」
 センリンさんは、ファリアの凄さを感じていた。魔法に関しては、アイツに並ぶ
者は、居ないと、俺も思っている。
「普段は、そうでもないんですけどね。凄い奴ですよ。」
 俺は、誇らしげな気分になる。
「レイク。普段は・・・は、余計よ。・・・じゃ、始めるわね。」
 ファリアの奴、見逃さないな・・・。下手な事は口にする物じゃないな。
「・・・『召喚』のルール・・・発動!!」
 ファリアは、『召喚』のルールを発動させる。すると、石像が光りだした。
 そして、親父の肩から、石像に手を移す。そして、その瞬間、魔力を注入する。
「・・・ハァ!!」
 ファリアの気合と共に、石像の光が収まっていく。すると石像の形が、どんどん
変わっていく。多分、親父と一緒に居た天使の姿だろう。確かに優しそうな人だ。
「ば、婆さん!!?」
「お婆様!!」
 その瞬間、瞬と恵は、驚きで声を上げる。婆さん?って事は、もしかして・・・。
「喜代(きよ)様!」
「きぃ婆ちゃんだったの?」
 睦月さんと、葉月も反応する。そして、天神 喜代と言うのは、確か、瞬と恵の
祖母だった筈だ。それにしては、余り更けてるように見えない。どうやら、若い時
の姿のようだ。
「ああ。話せる・・・。話せるのね?夢みたい・・・。大きくなったね。瞬ちゃん
に恵ちゃん、それに睦月ちゃんに葉月ちゃんも!」
 喜代さんは、本当に嬉しそうに話す。
「天使名は、清芽(きよめ)殿と言う名だ。話には聞いていたが、本当に恵殿と瞬
殿の祖母であったとは・・・。」
 親父も、詳しい事は知らなかったようだな。
「お婆様・・・。お久しゅう御座います。・・・会えて光栄ですわ。」
 恵は、表情が柔らかくなる。恵が、こう言う表情をするなんて、珍しいな。
「婆さん・・・。俺、強くなったよ。爺さんの理想に近づけたかな?」
 瞬は、涙が出そうになっている。大事な人なんだろうな。
「立派になったねぇ・・・。恵ちゃんは、しっかりしてるし、瞬ちゃんは、たくま
しくなって・・・。本当に嬉しいよ。」
 喜代さんは、笑っていた。人を安心させるような顔だ。
「喜代様。私をお許し下さい・・・。厳導様と不仲のままにさせた私を・・・。」
 睦月さんは謝っていた。
「厳導との事は、睦月ちゃんのせいじゃないのよ?真(しん)さんが悪いのよ。意
地っ張りだったんだから・・・。」
 喜代さんは、夫である天神 真の名前を出す。
「きぃ婆ちゃん!また会えるなんて、私、嬉しいです!」
 葉月は、喜代さんにも似て、満面の笑みを浮かべる。
「葉月ちゃん、素敵な笑顔を、するようになったわねぇ。私も嬉しいわ。」
 喜代さんは、葉月の頭を撫でる。どうやら、仲は良かったようだ。と言うより、
ここに居る人で、仲が悪い人は、居ないようだ。愛されてたんだな。
「お婆様、私は、良い当主に見えますか?」
「恵ちゃん、周りを見てみなさい。これだけの人が、貴女を頼ってきてる。それは、
誰にだって、出来る事じゃないのよ?貴女は、素晴らしい当主様よ。」
 恵の問いに、喜代さんは、真摯に答える。何だろう。物凄く優しく諭してくれる。
「婆さん。俺、爺さんの最期を・・・見てるしか出来なかった・・・。」
「瞬ちゃん。あの人はね。意地っ張りなの。馬鹿が付く程ね。瞬ちゃんは、あの人
に、その立派な姿を見せてやれたんでしょ?だから、幸せに逝けたと思うの。」
 喜代さんは、瞬に対しては、瞬の悩み処を、見事に返していた。
「喜代様・・・。私は真様は、どうしても好きになれませんでしたが、貴女の事は、
尊敬しておりました。」
 睦月さんは、天神 厳導が好きだった分、対立していた天神 真に対しては、敵
意を持っていたが、喜代さんには、そうじゃ無かったのだろう。
「あの人が、意地っ張りなせいで、睦月ちゃんにまで迷惑掛けて・・・。ゴメンな
さいね。苦労掛けたわよね。」
 喜代さんは、睦月さんを労る。すると、睦月さんは珍しく涙を流していた。
「睦月ちゃんは、ずっと我慢してたのよね?でも時には、自分を出しても良いのよ?
厳導を支えてくれて、ありがとうね。あの子も意地っ張りだったからね。」
 喜代さんは、凄い人だ。両方を労ってあげながら、睦月さんの一番言って欲しい
言葉を掛けてあげていた。睦月さんは、喜代さんの胸の中で泣いていた。
「良かった。姉さん良かったね!」
 葉月は、自分の事のように喜んでいた。睦月さんの苦労を知っていたからだろう。
「皆、良い子過ぎて、このままで居たくなっちゃう。けど、そろそろ戻るね。」
 喜代さんは、名残惜しそうに言うと、親父の方に向かう。
「清芽殿。良かったですな。」
 親父は、この再会を喜んでいた。いつも話してたのかな。
「じゃぁ、皆、また会いましょうね。私は、あの人と同じくらい意地っ張りな、こ
の人の中に居るからね。」
 喜代さんは、そう言うと、親父の中に入っていった。
「ありがとう。ゼハーンさん。・・・婆さん、またな!」
 瞬は、そう言うと、嬉しそうに手を振っていた。
 天使清芽。そして生前の名を天神 喜代。彼女は、名前の如く、皆に喜びを見せ
る為に姿を現したのだった。



ソクトア黒の章5巻の1後半へ

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