NOVEL Darkness 5-1(Second)

ソクトア黒の章5巻の1(後半)


 さっきは、良い物を見た。
 恵さんにとっては、祖母との邂逅、瞬君にとっては、母親との出会いだった。
 私が『召喚』のルールで可視化出来たのは、ラッキーだったな。
 それにしても、ゼハーンさんたら、中に喜代さんを宿しているなんてねぇ。
 そのゼハーンさんと言えば、恵さん達にからかわれていた。
 恵さんの祖父の真さんに似てると揶揄されて、同情されてたのだ。
 何だか、楽しそう。
 あんな笑顔を見せる恵さんは、久し振りに見た。
 で、落ち着いてきたので、今度は、療養室に行く事にしたのだ。
 ・・・ティーエ・・・。
 私は、ティーエが、あんなに苦しんでたのに、何もしてやれないなんて。
 何でも、センリンさんが、ティーエの従姉妹らしいので、会いに行くんだとか。
 確かに、顔立ちは似ている。
 ティーエを少し若くしたら、あんな感じだろう。
 もしかしたら、どちらも美人よねぇ・・・。
 私達は、ジェイルとティーエが居る療養室の前に来た。天神家の療養室なら、結
構大きめなので、この大人数でも入るようだ。私達の仲間も増えた物よね。
「ジェイル様。ご機嫌は如何ですか?」
 睦月さんは、いつもの使用人モードに戻る。療養室に行く事で、医師としての顔
を見せてるのかも知れない。
「今は、入って来ても大丈夫ですよ。」
 ジェイルの声がした。すると、ショアンさんに緊張が走った。
「・・・ジェイル・・・。」
 ショアンさんは、今までの穏やかな感じだったが、急に様子が違っていた。
「ここに、お姉ちゃんガ・・・。」
 センリンさんも、緊張が走っていた。
「ああ。でも大丈夫だ。俺も付いている。」
 センリンさんを、大事そうに士さんが支えていた。凄く信頼しあって、良い恋人
同士だと思った。私も・・・いつか・・・レイクとね。
「入りますわ。」
 恵さんが、一声掛けると、中に入る。するとジェイルは、穏やかな笑みを浮かべ
て、ティーエの世話をしていた。今は、リンゴを剥いてあげてる所だ。
「これは大勢で・・・久し振りですね・・・ショアン。」
 ジェイルは、ショアンさんの顔を見ると、少しだけ険しい顔になった。
「久し振りですな。ジェイル。私の顔を覚えていたか。」
 ショアンさんは、緊張しているようだった。
「お姉ちゃン・・・。」
 センリンさんは、堪らずティーエに駆け寄った。
「ふぅ・・・。」
 ティーエは焦点の定まらない眼で、虚空を見つめるばかりだった。
「ティーエさんの知り合いのお方ですか?良かった。嬉しそうです。」
 ジェイルは、ティーエの僅かな表情の差も見逃さない。
「アンタが、ジェイル=ガイアか?」
 士さんは、頭を下げる。
「はい。貴方が、ショアンが世話になったと言う、黒小路 士さんですね。」
 ジェイルは、同じように頭を下げた。ジェイルには士さんの事を話していた。
「お姉ちゃン・・・。私の事・・・分からないノ?」
 センリンさんは、涙を溜める。その気持ちは分かる。私も、最初に見せてもらっ
た時は、あんな感じだった。
「ファン=センリンさんですね?ティーエさんは、今、麻薬の禁断症状が抜けて、
そのショックで記憶が、あやふやなのです。」
 ジェイルは説明してやる。だから、あんな抜け殻みたいに・・・。
「ジェイル・・・。」
 ショアンさんは、献身的な介護を続けるジェイルを見て、驚いていた。
「貴方にとっては、私らしくないと映るのでしょうね。・・・私は愚か者でしたか
らね。貴方には、本当に迷惑を掛けた・・・。」
 ジェイルは、ショアンさんに頭を下げていた。
「そんな言葉など、私には届かない。私は、貴様の為に人斬りに落ちねばならなか
った。そして、10年間、人を殺し続けてきたのだ・・・。」
 ショアンさんは、唇を噛んでいる。ジェイルが組長をしていたガイア組が、一斉
捜査で、捕まった時、ショアンさんは、運良く逃れた。しかし、人斬りに身を落と
さねばならなかったのだ。『ダークネス』で、『剛壁』の名前を戴く程、ショアン
さんは、人を殺し続けたのだ。
「言い訳はしない。貴方がそうなったのは、私のせいです。貴方の責めならば、何
でも受ける覚悟です。」
 ジェイルは、ショアンさんの恨み言を、真正面から受け止めていた。
「・・・ならば、教えてくれるな?あの非道だった貴様が、何故、このような人助
けをするにまで、至ったのだ?」
 ショアンさんは、ジェイルに質問をぶつけた。
「そこに居るレイクのおかげです。レイクは、私の希望です。私に未来を信じる力
をくれた。レイクの為なら、私は、命も惜しくない。」
 ジェイルは、迷い無く言った。・・・だからか。私達を助ける時、迷いなど一切
無かった。レイクに希望を見出していたからだ。
「馬鹿!ジェイル一人犠牲にして生き延びて、良い訳無いだろ!!」
 レイクは、拳に力を入れる。そうだ。誰かを犠牲にして生きるなんて真っ平だ。
同じ生きるなら、共に生きなきゃ駄目だ。
「その通りだぜ。ジェイル!俺だって、認めないからな!」
 グリードは、あの時、嘆かなかったが、ジェイルの事について、後悔が無かった
訳じゃ無いみたいだ。
「そうだ。あんな想いは、もう沢山だ!」
 エイディも、気にしていたからなぁ。
「ジェイル。命を犠牲にして、人を生き延びさせるのは、もう終わりよ。私達と一
緒に生きる事が、これからの生活だと思いなさい。」
 私は、口を尖らせて言う。私だって、あの時は、身を引き裂かれた想いだった。
「皆・・・。私は、幸せ者です・・・。」
 ジェイルは、私達の絆を噛み締めていた。
「・・・成程。この人達が、ジェイルの仲間ですな。」
 ショアンさんは、私達を眺める。そして、士さん達を眺める。
「ショアン。私は、仲間達と、共に生きていきたい。私には過ぎた仲間達とね。」
 ジェイルは、ショアンさんに訴えかける。
「私は、お前が変わったなど、信じられないでいた。口先だけでは無いかと。そし
て、引導を渡すつもりでいた。しかし、感謝するのだな。引導を渡す必要は無さそ
うだ。・・・その仲間達と、私の10年間の分まで、共に生きるが良い。」
 ショアンさんは、そう言うと、私達に一礼する。これは、私達を認めてもらえた
のかな?ショアンさんは、限り無く優しい目をしていた。
「ショアン・・・。分かりました。レイク達と生きるのは、私の希望。貴方の10
年間の分まで、レイク達に尽くす事を誓います。」
 ジェイルは、ショアンさんに、頭を下げる。
「それで良い。それが・・・兄上の、私に対する償いだ。」
「ショ、ショアン!!」
 ジェイルは、ビックリする。そうだ。ショアンさんは、初めてジェイルの事を兄
と呼んだのだ。多分、それまでは、割り切れない想いがあったのだろう。
「ショアンさん、とうとう吹っ切れたか。・・・ま、それが良いやな!」
 ジャンさんが、励ますようにショアンさんの肩を叩く。
「割り切るのは、大変だったと思うけど、前を向かなきゃね!」
 アスカさんが、ミサンガを見せながら話す。そうだ。あれが、士さん達の絆の証
だ。これがある限り、仲間だと話していた。
「簡単では無い。だが、絆の力で、兄上に負けたくないからな。それを壊すような
卑劣な真似をしたくないのだ。堂々と勝利してみせるつもりだ。」
 ショアンさんは、私達の仲間の絆に、負けたくないと言った。
「フフッ。私達の絆も、強いですよ?」
 私は、挑発するように言う。こう言う軽口を叩いた方が、向こうも気が楽だろう。
「俺達も、負けるつもりは無い。」
 士さんは、私の挑発に、軽口で返す。心地良い返しだ。
「俺達も、負けてられねーなぁ。俊男。」
 瞬君も、刺激されたようだ。
「当然だよ。僕達は、それ以上を目指さなきゃ!」
 俊男君は、勢いのある事を言う。若いって良いなぁ。
「あ・・・。あああ・・・。」
 ティーエは、センリンさんと私を見る。どうしたんだろう。
「どうしたの?ティーエ!」
 私は堪らず、ティーエの手を握る。すると、ティーエは握り返してきた。
「お姉ちゃン!私だヨ!分かル!?」
 センリンさんが、もう一方の手を握っていた。
「センリン。何か、思い出の品とか無いか?この人は、何かを求めている感じだ。」
 士さんが、センリンさんに助言する。すると、センリンさんは、考える。
「お姉ちゃんが、好きだっタ・・・食べ物があった気がすル!」
 センリンさんは、何かを閃いた様だ。食べ物かぁ。
「どんな物?私、料理なら、一応作れるから、言って頂戴!」
 私は、ティーエを取り戻すためなら、何だってしたい。
「お姉ちゃんハ・・・ドロップ飴が、好きだっタ・・・。確か、そうだヨ!」
 センリンさんは、思い出したようだ。ドロップ飴かぁ・・・。
「睦月、用意してある?」
 恵さんは早速、睦月さんに確認を取る。
「さすがに、用意しておりません・・・。買い出しに行かせましょうか?」
 睦月さんは、内線電話で他の使用人と連絡を取ろうとする。
「ドロップ飴とは、奇遇じゃのう。」
 巌慈さんが、鼻の頭を掻いていた。
『持ってるの!?』
 私とセンリンさんの声が重なる。
「あ。いや、俺も好物でして・・・。この通り。」
 巌慈さんは、自分のポケットから、ドロップ飴を取り出した。
「ナイスじゃないか。巌慈!見直したよ!」
 亜理栖が、巌慈さんの背中をバンバン叩くと、ドロップ飴を奪い取る。
「貰って良いノ?好物なんですよネ?」
 センリンさんは、さすがに気が引けたようだ。
「カッカッカ!ここで断る程、このサウザンド伊能ジュニア、器の小さい男じゃ、
ありませんわ!是非にも使って下さい!」
 巌慈さんは、豪快に笑ってみせる。気持ちの良い男よね。
「ありがとね!巌慈さん!」
 私は、巌慈さんに、お礼を言う。
「ファリア殿の役に立てるのなら、光栄ですぞ!」
 巌慈さんは、喜んでと言う感じだった。あ。ちょっとグラッと来たかも。
「巌慈さン!感謝しますヨ!」
 センリンさんも、喜びを露にする。素直な人だなぁ。
「巌慈。役得だねぇ。」
 亜理栖が、巌慈さんを冷やかしていた。
「正直な所、ただ持っていただけじゃからのう・・・。」
 巌慈さんは、それだけで認められるというのが、どうにも複雑なようだ。とは言
え、今この場で持っていたというのは、有難いのだ。
「伊能先輩、カッコ良いじゃん!」
 勇樹が、伊能先輩に、笑い掛ける。
「お姉ちゃン!思い出しテ!」
 センリンさんは、ティーエの口に、オレンジのドロップ飴を持っていく。私は、
それを見ながら、祈るような想いで、手を握ってやる。
「あ・・・。あ!・・・お・・・あ、あれ?」
 ティーエは、一筋の涙が流れると、周りを見渡す。気が付いた!?
「ここ・・・わ、わた、私・・・。あれ?」
 ティーエは、眼に力が戻ってくる。気が付いたんだ!!
「お姉ちゃン!!良かっタ!」
「ティーエ!・・・良かったよぉー!!」
 センリンさんも私も、ティーエの胸の中で泣きついた。我慢なんか出来ないよ!
「本当に・・・良かったです。」
 ジェイルも、胸を撫で下ろしていた。
「ここ・・・ええと・・・。」
 ティーエは、まだ放心状態だった。何が何だか、分からないようだ。
「説明する!全部説明するから!!」
 私は、そう言うと、ティーエの胸の中から離れる。そうだ。ティーエだって、記
憶が錯乱しているに違いない。
 それから、私達は、それぞれの経緯と、ここまで至った現状を話した。酷い扱い
を受けた事は、隠そうとしたが、ティーエ自身が覚えていたらしく、それを隠す気
は無いようだった。強いなぁ・・・。
「そっかー・・・。いや、アタシも出れたんだねー。何だか、実感湧かないわ。」
 ティーエは、あっけらかんとしていた。そっちの方が、ティーエらしい。
「ティーエさんだったか。アンタの親父さんを殺したのは、この俺だ。責めなら、
何でも受ける。・・・じゃないと、センリンと付き合う資格は無いからな。」
 士さんは、ティーエの前で、センリンさんと並んで、じっとしていた。
「・・・あー・・・。内の父さんねー。・・・気にしてないって言っちゃ、嘘にな
るけどさー・・・。あれ、内の父さんが悪いんでしょ?」
 ティーエは、自分の父親が、センリンさんの両親の殺害を頼んだのを知っていた。
「でも、お姉ちゃン!私のせいで、お姉ちゃんが、『絶望の島』ニ!」
 センリンさんは、涙を溜めて謝罪する。
「センリン。アンタの両親を殺したのは、内の父さんなんだからさ。お互い様だっ
て。それに、アンタが幸せな姿を見せてくれた方が、アタシは嬉しいよ。」
 ティーエは、穏やかな笑みを浮かべる。ヤサグレテるように見えて、優しい。
「それに、良い男を掴まえたじゃないか!大事にして貰いなよ!」
 ティーエは、そう言うと、センリンさんの頭を撫でる。
「お姉ちゃン・・・。お姉ちゃーーン!」
 センリンさんは、嬉しさのあまり、また泣いてしまった。
「ティーエさん。俺は、センリンを幸せにする事を、ここで誓う。アンタも覚えて
おいてくれ。そして、後ろの連中もな。」
 士さんは、センリンさんへの愛を隠すつもりは無かった。カッコ良いなぁ。
「やっぱ『司馬』の中の人は、カッコ良いぜ!!」
 グリードが、訳の分からない事を言う。
「中の人って・・・。その言い方は失礼ですよ。グリードさん。」
 さすがに魁が突っ込みを入れる。魁が入れなかったら、私が入れるつもりだった。
「素敵だなー。良い夫婦に、なりそうだね!」
 莉奈は、憧れの眼で、センリンを見ていた。
「アンタは、まだ良いでしょ?私は、これから見つけないとねー。」
 葵が溜め息を吐く。莉奈は魁が居るからね。
「それに、ファリア!良い笑顔するようになったじゃん!」
 ティーエは、私にも触れてくる。
「私の為に・・・その酷い事・・・されたんだよね。」
 私は、申し訳無かった。その身を犠牲にしてまでも助けたティーエにだ。
「あのねぇ。覚悟の上だったんだから、アンタが気にする必要無いんだって。皆、
気にし過ぎだよ。それに、助けてくれたの、ファリアでしょ?感謝したいよ。」
 ティーエは・・・何でこんなに優しいんだ・・・。だから、申し訳なくなっちゃ
う。私を助けた時も、躊躇しなかったし・・・。
「んもう・・・。泣かせないでよ!ティーエ!」
 私は、涙を抑え切れなかった。
「ハッハッハ!レイク!こんな子だけど、仲良くやってやりなよ!」
 ティーエは、レイクに振る。嬉しそうな声だった。
「もう仲良くやってますって。ファリアは、俺が幸せにするって、決めてるんです。」
 レイクも、士さんに中てられてか、隠そうとしなかった。
「んもう・・・。恥ずかしいでしょ・・・。」
 私は、顔を真っ赤にしてるんだろうなぁ・・・。
「おい。ファリア。お前、兄貴が幸せにしてくれる何て、羨ましい事を言われてる
んだからよ。幸せにならなきゃ、許さねぇぞ。」
 グリードが、妙な言い回しをする。単に羨ましいのかな。
「お前は、そんな事言ってる場合か?俺達も、少しは焦った方が良いぞ?余り遅い
と、ジェイルみたいになっちまうぞ。」
 エイディは、ジェイルの事を引き合いに出す。酷い言い草だ。
「物凄く心外ですが、反論出来ませんね。」
 ジェイルは、口を尖らせていた。しかし実際に、結婚してないしなぁ。
「なら、私と一緒になるってのは、どう?」
 ・・・え?この声はティーエ?
「・・・どう?と言われても・・・。私は、オッサンですよ?」
 ジェイルは、珍しく照れていた。まぁ突然だしねぇ。
「ティーエ、本気なの?」
 私は、つい聞いてみてしまう。
「私も、もう落ち着かなきゃいけない年齢ってのも、あるけどさ。ジェイルには、
感謝してるんだよ。私の介護、ずーっとやってくれたんでしょ?」
 ああ。そうか。ジェイルは、ティーエの禁断症状を抑える為に、あらゆる事をや
ったと言っていた。それを、ティーエも覚えているのだろう。
「それは、私が人体実験を受けていた時に、世話になったからですよ。」
 そうだ。人体実験を受けていた時に、世話をしてくれたのは、ティーエだ。その
事を、ジェイルは、感謝し足りないと言っていた。
「互いに看病した仲っても、悪くないんじゃないかと思ってね?」
 ティーエは、色っぽく笑う。似合うなぁ。
「それとも、こんな女じゃ嫌かい?」
 ティーエは、目を伏せる。そうだ。ティーエは、酷い事をされてたんだ。
「絶対に、そんな事は無いです。寧ろ、私には勿体無いくらいですよ。」
 ジェイルは、即座に否定する。何だ。結構惚れてるんじゃない。
「んじゃ、付き合っちゃおうよ。」
 ティーエは、柔らかな笑みを見せる。それは、何のしがらみも無い笑みだった。
「・・・わ、私のような不束者で、良ければ、お願いします。」
 ジェイルは、顔を真っ赤にしながら言う。こう言う経験が少ないんだろうなぁ。
「看病した者同士が、惹かれあって・・・かぁ。」
 江里香が、妙に納得していた。
「おめでとう御座います!ジェイルさん!」
 俊男君も、力いっぱい応援していた。
「良かったネ!お姉ちゃン!」
 センリンさんも、素直に喜んでいた。良い笑顔するなぁ。
「ジェイルと、ティーエか。お似合いかもね!祝福するわ。」
 私は、二人とも良い人だって知っている。だからこそ嬉しかった。
「めでてぇ話が続いて、俺は、嬉しいぜぇ!」
 グリードは、少し涙ながらに言う。
「ああ。嬉しい話だな!・・・だが、そうなると、俺達、本当に焦らないとならん
ぞ?お前も、真剣に考えとけよ?」
 エイディは、グリードに釘を刺す事は忘れない。
「いやー、嬉しい話だ!俺、心から祝福するよ!」
 レイクも、満面の笑みを見せる。レイクも私と同じような気持ちなんだろうなぁ。
「皆から、祝われるなんて、何だか、嘘みたいだね・・・。」
 ティーエは、今まで、周りから疎まれたり、蔑まれたりして生活してきた。それ
だけに、こう言う経験が無いのだろう。
「誰にだって、幸せになる権利はあるのですよ?特に貴女は・・・ね。」
 恵さんが、優しい目で、二人を見ていた。
「アンタが、幸せになってくれると、俺も楽になる。」
 士さんは、心底、そう思っているのだろう。士さんには罪の意識があるからね。
 こうして、ティーエは、意識を取り戻した。私も胸がいっぱいになったし、セン
リンさんにとっても、忘れられない日になるだろう。
 それにしても、ティーエとジェイルがね・・・。お似合いの二人かな。


 人は、絆を作る生き物だと、俺は信じている。
 今の人間達は、絆を作るのが上手くないかも知れない。
 でも、俺は、仲間との間に、絆を感じているし、助け合いたいと思っている。
 今回、ゼハーンさんと、そのお仲間さんが、こちらに来た。
 その内の一人が、凄い雰囲気を放っていたので、ゼーダは警戒してたっけな。
 話してみたら、向こうは、グロバスが中に居るのだとか。
 そりゃ、俺と同じ苦労を味わってる訳だ。
(君は、本当に失礼だな。グロバスなんぞに憑かれてるのと、私が付いている事を、
一緒にするとは、何事か。)
 そりゃ、本質は違うかも知れないが、憑かれた時に気絶したって言うし、寝てる
間に修練したりとか、味わってる苦労は似たような物じゃない?
(・・・まぁ、色々納得し兼ねる部分はあるが、そうなのだろうな。ま、グロバス
が、絆の部分に触れた事は、私も驚いた。)
 そうだなぁ。伝記を読む限り、非情な神魔王として、人間の敵として書かれてい
たからな。意外と話せる魔族だったのには、ビックリしたな。
(まぁ、元々奴は、人間が嫌いだから、反乱を起こしたのでは無い。魔族が不遇な
扱いを受けているのが納得出来なくて、反乱を起こしたのだ。人間の事を、余り知
らなかったので、知ったら、肩入れし始めたと言った所なのだろうな。)
 成程ね。確かに伝記でも、卑怯な事を嫌う性格だったみたいだし、『覇道』に付
いて行った人間達に、冷遇したと言う記述は無いんだよな。
(やり方は過激だが、カリスマ性では、私に勝るとも劣らない奴だったよ。)
 ひとまずは、敵じゃないのは有難い限りだな。それに士さんも、しっかりした人
みたいだし。ゼハーンさんも、凄い人を連れてきた物だ。
(そうだな。あの黒小路 士と言う人物は、魔族に考え方が似てるが、暴走する事
も無さそうだし、信頼して良いだろうな。)
 しかも、物凄い腕を持っているみたいだしね。レイクさんが、未だに鋭さでは、
ゼハーンさんには敵わないって言ってるのに、そのゼハーンさんを凌ごうって腕な
んだろ?凄いとしか言えないぜ。
(恐らく、剣の腕では、シャドゥと言ったか、あの魔族と同じくらい鋭いだろうな。)
 ああ。あのシャドゥさんか。そりゃ凄いな。
 で、その士さんだが、今は、食堂で食事中だ。と言うより、俺達と一緒に夕食を
摂っている。学校連中は帰ったので、レイクさん達一行と、俺と恵、そして、士さ
ん達一行での食事だ。談笑しながら食事をしている。睦月さんと葉月さんが後ろに
控えているので、談笑には加わっている感じだ。
「いやぁ、俺、思うんだよね。食事関連で、こんな恵まれてる環境が続くってのは、
贅沢なんじゃないか?ってさ。」
 グリードさんが、いつもながらの夕食も、感涙しながら食べている。
「まぁな。『絶望の島』を出てから、シャドゥさんちで、ここだろ?贅沢だな。」
 エイディさんも、幸せを噛み締めている。
「お褒め預かり、大変光栄に御座います。」
 睦月さんは、以前のように、ナイアさんと比べて、どうとか、言わなくなってい
た。何でも、そこまでムキになるのは、負けたのと同意だからだそうだ。
「これが、メイド大会上位の常連の味か・・・。アランも凄かったが、さすがとし
か言いようが無い。」
 士さんは、料理を吟味しながら食べている。何でも、センリンさんと共に料理店
をしてたらしいので、味には、かなり煩いみたいだ。
「筍が、こんなに柔らかいのに、崩れないなんて凄いネ。味付けも、醤油と酒と砂
糖とみりんだけじゃないネ。何か隠し味が入ってるヨ・・・。」
 センリンさんも、美食家顔負けの寸評をしている。俺なんかは、いつも美味い美
味いと、食べていただけなので、新鮮だった。
「多少酸味を出すのに、酢を混ぜてるのと、香り付けに生姜を混ぜてるんですよ。」
 葉月さんが説明する。そ、そうだったのか・・・。気が付かなかった。
「いやはや、見事で御座る・・・。優しい味ですな。」
 ショアンさんは、唸りながら食べていた。何だか、親父に顔がそっくりなので、
親父が言っているような感じがした。
「そ、そうでしょうか?有難う御座います。」
 睦月さんは、顔を赤らめていた。・・・やっぱり、吹っ切れてないみたいだな。
「睦月・・・。意識し過ぎよ。」
 恵も、つい注意をしていた。まぁ別に、悪い事じゃないと思うんだけどな。
「まぁまぁ、別に、気に入られるのは、悪い事じゃないだろ?」
 俺は、冷や汗を掻きながら、フォローしてやる。
「ま、そうですけどね。舞い上がり過ぎるのは、どうかと思っただけですわ。」
 恵は、それ程、気にしてないみたいだな。その方が良いだろうな。
「私もさー・・・。料理に関しては、多少自信があったけど、こりゃ真似出来るレ
ベルじゃないのよねー・・・。いやー、凄いわ。」
 ファリアさんも、あれでかなり料理が上手い。だが、そんなレベルでは無いと言
うのだから、凄いんだろうなぁ。
「私も、料理には疎いから、ここの料理は身に染みるね。」
 ゼリンさんも、なんだかんだで楽しみにしている。
「俺なんて、すげぇ美味いとしか、言えないからなぁ・・・。味の寸評が出来るっ
てだけで、すげぇと思っちゃうんだけど・・・。」
 レイクさんは、やはり俺に似ている。俺も同じだったからだ。
「味もそうなんだけど、形まで凄いってのが、オレには驚きだな。」
 ジャンさんは、料理店の時、賄いをやっていたらしいのだが、料理を作るだけで
精一杯だったと言っていた。
「ウチも、こんな綺麗な細工されて、美味しいってのが信じられないよ。」
 アスカさんも、同じ仕事をしていたらしく、その立場から言うと、信じられない
んだろうなぁ。形までってのは、よく考えると、凄いよな。
「アランも、こんな仕事が好きだったな。さすがは弟子ですな。」
 ゼハーンさんは、自分の家の執事の名前を出す。睦月さんと葉月さんの師匠だっ
て聞かされている。二人曰く、使用人の鑑なんだそうだ。ナイアさんですら、及ぶ
か分からないと言っていた。凄いな・・・。
「師は、お元気ですか?」
 睦月さんは、ゼハーンさんに尋ねてみる。
「ああ。置いてきたのが、少し心許無かったがな。レイクに宜しくと言っていたよ。」
 ゼハーンさんは、連れてきたかったらしいのだが、アランさんは、ゼハーンさん
の家を守ると言う仕事があるので、行かないと言ったそうだ。
「その執事さんにも、一回は会いたいぜ。でも『坊ちゃん』は、ムズ痒いな。」
 レイクさんは、腕組をしていた。ゼハーンさんが、『旦那様』なので、レイクさ
んが『坊ちゃん』だと、アランさんは言っていたらしい。
「いやいや、兄貴なら、『坊ちゃん』と呼ばれても、差し支えない気品があります
って!自信を持って下さいよ。」
 グリードさんが、イマイチ説明のつかない受け答えをする。
「いや、どう考えても似合わないだろ・・・。」
 エイディさんが、すかさず突っ込みを入れる。良いコンビだ。
「あ。そうだ。恵さんって言ったか。」
 士さんが、恵に声を掛ける。珍しいな。
「もしかして、出店場所の話ですか?」
 恵は、間髪入れずに答える。出店場所?
「・・・アンタ、読心術でも持ってるのか?」
 士さんは、ビックリしていた。多分、初めて相談する事だったみたいだ。
「当たりを付けただけです。食事時に、味の話をして、貴方達が店をしていたと言
う前情報がありましたからね。このサキョウでも店をやりたいんじゃないか?って
思うのは、自然な事じゃなくて?」
 さすが恵だ。恐ろしい観察力だ。これだから、この妹には敵わない。
「み、見事過ぎて、声も出ないヨ・・・。」
 センリンさんも、驚きの余り、口を開けていた。
「私も、いつかは、その話するんじゃないか?って思ってたけどね。」
 ファリアもか。確かに、気付いてそうではあったが・・・。
「話が早くて助かる。どこか、良いテナントを、知らないか?」
 士さんは、このサキョウでも、店を開きたいと思っているようだな。
「そうですねぇ・・・。用意するのは簡単ですが・・・。その前に、腕前を見せて
もらって宜しいかしら?」
 恵は、指を口に当てて考えていた。って、用意するのは簡単なのかよ。
「腕試しって事か。面白いと言いたいが・・・。判定するのは、アンタ達だよな。
こりゃ、厳しいぜ・・・。」
 士さんは、自信はあるようだが、恵と睦月さんと葉月さんを見て、唸る。
「まぁ、それだけじゃ面白くないですわ。睦月、葉月。今日のデザートはまだです
ね?士さん達と、一緒に作ってみなさい。」
 確かに今日は、いつもだと出てくる甘い物が無いと思っていたが、まさか、こう
言い出す事を、予想していたのか?
「そのためのデザート抜きだったのか・・・。」
 レイクさん達も、ビックリしてるみたいだな。
「対決方式か。これは、手厳しいな。」
 ゼハーンさんは、唸っていた。恵も、やる事が、一々豪快で困る。
「やりまス!やらせて下さイ!」
 センリンさんは、目を輝かせて言った。
「おい。センリン。良いのか?相手は、メイド大会の常連だぞ?」
 士さんは、心配していた。それはそうだ。2人は並の腕じゃない。
「士!私達のやってきた10年間を信じようヨ!」
 センリンさんは、俄然やる気だった。凄いチャレンジ精神だ。
「フフ。決まりね。じゃ審査員は、残りの皆さんで、睦月、葉月、士さんとセンリ
ンさんは、作ってもらえるかしら?」
 ・・・って事は、俺達も、審査員って訳?作り手は、睦月さん、葉月さんが、そ
れぞれと士さんとセンリンさんが、ペアか。
「何だか、大変な役目になったぞ・・・。」
 エイディさんは、冷や汗を掻く。確かに、責任重大だ。
「ま、緊張しなくて良いですわ。皆で美味しく戴きましょう。ってだけです。」
 恵は、事も無げに言う。恐ろしい妹だ。
「よし。やってみるか!挑戦してやる!」
 士さんも、スッカリやる気だ。恵は、満足そうに、その様子を見る。
「オレ達が審査するのも、おかしくない?」
 ジャンさんは、贔屓するかもと、言っているのかな?
「普通ならそうでしょうけど、貴方達は、フェアだと信じていますわ。」
 恵は、敢えてジャンさん達と入れているのだ。こう言われたら、公平に審査せざ
るを得ない。性格を把握しつつあるな。
「ウチ、店はやりたいけど、自分に嘘は吐けないよ。」
 アスカさんは、正直そうだしなぁ。
「それならば、全力を持って、お相手します。」
 睦月さんは、容赦無い目を向ける。ここの料理のプライドが覗かせていた。
「私も、頑張ります!見てて下さいね。瞬さん!」
 葉月さんは、一生懸命頑張る感じだった。って、俺を意識してくれるか・・・。
「モテるねぇ。ま、公平に審査してやら無きゃな。」
 レイクさんは、からかいながら、俺の肩を叩いてきた。
「も、勿論ですよ。」
 俺も、覚悟を決める。何より本気のデザートが、どんな物か、気になり始めてい
た。一体どんな物が・・・。
 しばらくして、デザートが、全員出来上がったと言うので、お披露目会となった。
 まずは、一番最初に出来た睦月さんからだった。
「私は、得意な和菓子を作ってみました。葛を使った葛団子です。今は秋口ですの
で、兎を模ってみました。」
 睦月さんが、綺麗な兎を模った葛団子を持ってくる。凄い綺麗だ・・・。今にも
動き出しそうな優しい兎が、こちらを見ているようだ。
「す、すっごーい・・・。」
 ファリアさんが、まず驚いた。この技術を惜しみなく使うとは・・・。凄いな。
「食材を、ここまで変えるって技術が、私には信じられないな。」
 ゼリンさんは、天界も知っているが、そこでは、こう言う技術は無いのかな?
 全員で、驚きながらも、吟味する事にした。
「これは・・・!」
 ゼハーンさんが、まず驚きの声を上げる。
「兎の耳の部分に、ほんのり桜餡を使っている!何て上品な味!」
 ショアンさんは、ビックリしていた。いや、俺もビックリだよ。何だよ、この美
味さ。胴体の部分の餡子も、全然くどくない。全体の調和も素晴らしく、これを、
あの短時間で作ったって言うのが、信じられない。
「睦月・・・。本気ね、貴女・・・。」
 恵も唸るほどの味だった。容赦無いぜ・・・。
「芸術点も、高くせざるを得ないだろうな。こりゃ凄いぜ・・・。」
 士さん達も味わっていた。そして、かなり焦っていた。
「デザート一つで、ここまで感動出来るとは・・・。」
 ショアンさんは、うっとりしながら食べていた。それを、睦月さんは満足そうに
見ていた。ああ。そうか。ショアンさんが居たから、本気で作ったのか・・・。
「次は、私ですねー。あんな凄いのの後だと、緊張しますー。」
 葉月さんは、そう言うと、お披露目する。
 どうやら、小さな苺のショートケーキのようだ。結構普通だ。
「あら。葉月は、直球ね。」
 恵は、これはこれで面白いのか、吟味していた。どれ、俺も食べるか。
「・・・え・・・。」
 俺は、口に入れた瞬間驚く。何だこれ・・・。
「す、すげぇ。何だこのケーキ・・・。」
 グリードさんは、目を見張る。
「苺が、尋常じゃない美味さだ・・・。これ、上に掛かっているソース、凄いんじ
ゃねーのか?」
 エイディさんは、ソースを少し舐めながら品評する。
「この生クリーム・・・。只のホイップだけじゃないわ・・・。爽やかなリキュー
ルが、混ざっているんじゃない?」
 ファリアは、生クリームに注目する。って言うか、凄いんだけど・・・。
「ウチ、こんなケーキ、初めて・・・。って、これ!」
 アスカさんが、感動していると同時に驚く。
「苺に膜がある。これが、苺の食感を増しているんだ。これは、シロップで薄い膜
を作ってるのか?」
 ジャンさんが、苺の美味さを解析する。
「こんな美味いケーキ、初めてだよ。葉月さん。」
 俺は、感涙しそうになる。元々苺のショートケーキは好きなのだ。・・・いや、
俺が好きなのを知って、わざとこれにして来たんじゃないだろうか?
「腕を上げたわね。葉月。まさか、こんな仕掛けまでしてくるなんて。」
 恵は、葉月さんを褒めると、皿の部分を割ってみせる。・・・ってこれ、アーモ
ンドで固めた器だったのか!す、すげぇ・・・。
「文句無しだな・・・。脱帽した・・・。」
 ゼハーンさんも、言葉が出ないようだ。
「一見、普通なようで凄い仕掛けをする。貴女らしいですね。葉月。」
 睦月さんも食べてみて、納得する。凄いな・・・。内の使用人は・・・。
「これが、メイド大会の上位の常連の力なのネ・・・。」
 センリンさんも、吟味して、唸っていた。それほど、このデザートは、洗練され
ていた。これは、二人とも本気だなぁ。
「じゃ、私達ネ。」
 センリンさんは、気を取り直して、自分達のデザートをお披露目する。
 すると、そこには、白い塊があった。何だこれ?
「これは、シンプルね。面白いわ。」
 ファリアさんは、品評する。確かにシンプルだが、これで二人に勝てるのか?
「色々考えた結果だ。まぁ、食べてみてくれ。」
 士さんは、それぞれにスプーンを手渡す。
 俺達は、白い塊に手を出して、食べてみる。なんかプリンみたいだな。
「・・・お・・・!」
 これは、美味しいな!何だろう。爽やかな味だ。驚きがある訳じゃないけど、凄
く安心する味だ。これは、杏仁豆腐か。
「あー。これこれ!オレが、あの店に通い始めた切っ掛けの味だよ!」
 ジャンさんは、懐かしそうに吟味していた。
「確かに、これは、よく売れていましたな。」
 ショアンさんも、懐かしそうにしていた。売れ筋の商品で勝負した訳か。
「今更、新しい事は出来ないからな。でも、改良は加えてあるぜ?」
 士さんは、自信があるようだった。
「丁寧な味ね。杏仁豆腐の中に、少しだけコクを加えるために、バニラエッセンス
を使っているわね。このクコの実も、丁寧にアク取りされてるし、爽やかね。それ
に、さりげなくタピオカを加えて、食感を変えてるわね。」
 ファリアさんは、説明する。成程。確かに、安心出来る味だが、どこかが違う。
「私が驚いたのは、これね。」
 恵は、器とスプーンを指差す。・・・つ、冷たい!?まさか、冷やしてあるのか?
「デザートは、冷たい方が美味しいからな。」
 士さんは、説明を加える。こう言う気配りは、店ならではの物だ。
「何だろうなぁ。これ、幾らでも行ける気がするんだよなぁ。」
 レイクさんは、不思議がりながら、杏仁豆腐を口に運ぶ。
「そういや不思議だな。これ、最後に出したデザートだってのに、結構食えるんだ
よな。食い易いっての?」
 エイディさんも、不思議がっている。そう言えば、確かに幾らでも口に入る。
「もしかして、あの作業、増やした?」
 アスカさんが、うんざりしたような顔で見る。
「いつもの3倍やったな。」
 士さんは、さらりと答える。
「成程・・・。杏仁豆腐は、濾過する作業が発生すると聞きましたが、それを、丁
寧に行ったようですね。」
 恵は、分析していた。そうか。それだけ丁寧に作っていたのか。
 これで、全員のデザートを食べ終わった。それぞれ、品評を恵の所に集める。
「・・・やるだけの事はした・・・。」
 士さんは、センリンさんの肩を叩いていた。
「・・・うン。悔いは無いヨ。」
 センリンさんは、緊張した面持ちだった。
「発表するわ。まず、技術点だけど、これは圧倒的に睦月ね。」
 恵は、技術点を先に発表する。確かに、あの出来栄えは、真似出来ない物があっ
た。あんな細かい作業を短時間で仕上げるのだから、脱帽だ。
「で、味は、葉月に軍配が上がったようね。」
 味の部分については、葉月さんで文句無いだろう。あの味は衝撃的だった。
「うウ・・・。さすがネ・・・。」
 二人のデザートは、センリンさんも認めざるを得ない美味さだった。
「で、出店ですけど・・・。」
 恵は、判決を下す。
「許可するわ。テナントは、近日中に用意します。」
 そうかぁ・・・。って許可か!おお!
「え?良いのか?だって、俺達、全然届いてなかったんだろ?」
 士さんも意外だったようで、尋ね返していた。
「それは、皆の意見を聞けば、分かりますわ。」
 恵は、皆を見渡す。
「正直、どれもこれも美味しかったんだけど、最後まで、くどくなく食べられたの、
士さん達のなんだよね。何でか分からないんだけどさ。」
 レイクさんは、正直な感想を言う。そうだ。そう言えば、最後に出したのに、全
部食べられたのは、驚きだった。
「デザートが3つ続く事を考えて、くどくないように、食い易い杏仁豆腐にしたん
だろ?考えてるなぁと思ったぜ。」
 エイディさんは、そこに気が付く。そうか。そこまで考えていたのか。
「この選択は、如何にも二人らしいとは思ったな。」
 ゼハーンさんは、店での二人を思い出しているのだろう。
「どれも美味しかったから、難しかったけど、食べ易かったのには、驚かされまし
たね。それを、狙っての事なら、凄いんじゃないですかね?」
 オレも、素直な観想を言う。
「気配りが出来ているのは、高い評点ポイントでしたわ。それに加えて味も、合格
点ですわ。皆の評点を見ても、そこまで差が無かったですしね。」
 恵は、採点結果を見せる。成程。技術点も味についても、睦月さんや葉月さんと、
完全に劣っている訳じゃないみたいだ。それに感想の所に、『杏仁豆腐が食べ易か
った』と書かれているのが、多く見受けられた。
「と言う事で、テナントを用意しますので、頑張って下さいな。」
 恵は、士さんとセンリンさんと握手を交わす。
「ご厚意に感謝する。必ず、店を盛り上げてやる。」
 士さんは、深く礼をした。それにしても、士さんって、料理も上手いとか凄い。
「私も、勉強になりました。店を頑張って下さい。」
 睦月さんも、二人と握手を交わす。
「私も精進します!お店、楽しみにしてますね!」
 葉月さんも、二人と楽しそうに握手をする。
「そこのテナントって、どれくらいの大きさなんだ?」
 エイディさんが、大きさを聞いてみる。
「そうですわね。多分、何個か物件を押さえてる内の一つでしょうから、レストラ
ン程の大きさになると思いますわ。」
 恵は、そう言うと、睦月さんに確認させる。
「うわー・・・。バー『聖』より大きいんじゃね?ここ。」
 ジャンさんは、物件の大きさを見て、ビックリしていた。
「ウチ、楽しみだよ。また出来るんだね!」
 アスカさんは、本当に嬉しそうだった。
「・・・良い頃合だな。士さんに頼みがある!」
 エイディさんは、士さんに声を掛ける。
「俺とグリードを、その店の一員に加えてくれないか?」
 エイディさんは、驚きの提案をする。
「おい。エイディ・・・。本気か?」
 グリードさんは、面食らっていた。いきなりだったんだろう。
「グリード。お前、あのまま警備員で良いと思っているのか?別に、警備員が悪い
って訳じゃねぇ。だけど、やりたかった仕事か?」
 エイディさんは、グリードさんに、尋ねてみる。
「一時的にってのは、確かだけどよぉ。俺達に料理店なんて物、務まるのか?」
 グリードさんは不安なようだ。まぁ、初めての事だし、気持ちは分かる。
「やってみなきゃ分からないだろ?良いチャンスなんだぞ?これは。」
 エイディさんは、本気のようだ。自分を変えたいんだろうな。
「自分を変えるチャンスか・・・。よし!頑張ってみるか!」
 グリードさんも、決意したようだ。
「手伝ってもらえるのは嬉しいが、給料を期待するなよ?」
 士さんは、最初は、どうやっても売り上げが悪いと踏んでいるのか。
「構わないですよ。扱き使って下さい。」
 エイディさんは、覚悟を決めている。
「グリードと一緒に働くとは・・・。感慨深い物があるな。」
 ゼハーンさんは、グリードさんとも親しいからなぁ。
 こうして、士さん達は、出店する事になった。正直楽しみになってきたな。


 いつの頃からだったろうか・・・。
 アレだけ憎かった、あの男への憎しみが薄れてきたのは・・・。
 今でも、受け入れ難い感覚はある。
 だけど、顔を見るだけで嫌悪感が出る、あの頃とは違う。
 色々、認識が変わってきたのは確かだ。
 だけど、私は、私で、あり続けなければ・・・。
 それにしても、天神家も、賑やかになった物だ。
 今度は、一気に6人も増えた。
 しかも、その内の一人は、憎かったあの男にそっくりな人だ。
 と言っても、本質がまるで違うと言うのは、すぐに気が付いた。
 纏っている雰囲気が違う。
 だが、睦月は、そこまで割り切れないみたいだけどね。
 困った物だ・・・。
 それにしても、料理店ね・・・。
 あの料理を見る限り、じわじわと売れて行く事だろう。あの後、他の料理も吟味
したが、全体的なレベルが高かったし・・・。あれなら、天神家のブランドとして
出しても文句が無い程だ。
 おかげで一つ、楽しみが増えた。学校帰りに、皆で寄っても良いだろう。修練も
したいらしいが、それは、定休日を週2日設ける事で、その日に集中的にやろうと
言う事になった。学園の皆にも伝えたら、とても、喜んでいた。余り溜り場にする
のは、良くないが、頻繁に寄る事になるだろう。
 仕入先は、睦月が紹介しようとしていたが、主な仕入先をチェックしただけで、
自分でやると言っていた。さすが、そこはプライドがあるのだろう。そう言う自主
性は、褒めるべき所だ。
 ガリウロルでは、主にテンマから仕入れる事が多い。良質な素材も、テンマ産が
多い。農家もいっぱいあるし、セントのビレッジと比べても、そう劣る物でも無い
だろう。漁業はサキョウ港が、意外に盛んだ。牧畜なども、圧倒的にテンマだ。な
ので、どうしてもテンマ中心になる。
 どんどん決まってきて、落ち着いてきたので、今日は修練する事になった。
 6人の腕はどんな物か確かめたが、それはそれは凄い物だった。剣の腕では、士
さん以上の人は居ないだろう。だが、魔法の知識に関しては、皆無だった。なので、
ファリアさんが中心になって、魔法の基礎から教えてたりする。6人とも、関心が
非常に高く、魔力を開放させたら、かなりの才能を持つ人も居た。
 まず士さんだが、闘気と瘴気は、この人は、人間か?って思うほど高かった。だ
が、魔力の才能は、そこまで高くなく、その辺は、本人も残念がっていた。
 そして、センリンさんだが、闘気と魔力のバランスが良かった。エイディさん曰
く、忍術をやらせたら、高いレベルで使いこなせるそうだ。
 ショアンさんは、闘気は高いが、魔力はさっぱりで、本人も残念で仕方が無いよ
うだ。それでも、闘気を高めれば、兄様に迫るくらい高いみたいなので、それは意
外だった。
 ゼハーンさんは、闘気より魔力が高めだったのは意外だった。本人も言っていた
が、闘気を操るのは、あまり得意では無いらしい。それなのに剣の腕は、この中で
も士さんと互角な程、強いのだから意外である。
 ジャンさんは、どちらも器用に使いこなせる。しかし、それよりも、神気を使い
こなせそうだと言う。ゼリンが言うには、偶にそう言う体質の人も居るらしいが、
ジャンさんが、そうなんだとか。
 アスカさんは、どちらもそんなに高くないのに、踊り始めると、どちらも急激に
高くなると言う特殊体質だった。『舞踊』のルールを発動すると、凄まじい勢いで
力が増えて行くのだとか。珍しい事だ。
 今は、士さんを中心に剣術と組み手をする組と、ファリアさんを中心に、魔法を
教わる組に分かれている。
「エイヤアアアア!!!」
 兄様が、1000年前に行って来た時の事を思い出しながら、士さんに向かっていく。
「組み立てが、半端じゃない。だが!!」
 士さんは、兄様の一撃一撃を木刀で受け切る。そして、一瞬の隙を突いて、脇腹
に一撃を加える。すると兄様は、脇腹を押さえながら、膝を突く。
「うあ!凄い!」
 兄様は、立ち上がろうとするが、目の前に木刀が迫っていた。
「参りました・・・。」
 兄様は、降参する。これは・・・本物だ。兄様だって凄い実力の持ち主だ。その
兄様を明らかに上回っている。組み立てに隙が無いし、一対一でも、一対多でも、
対応出来る懐の深さがある。
「技の組み立ては、悪くない。だが受け方が、まだまだだ。良いか?受け流すなら
受け流す、弾き返すなら弾き返すで、ハッキリした方が、次に備えられるぞ。」
 士さんは、正確に兄様の受け方の癖を見抜く。
「ハイ!有難う御座います!!」
 兄様は、素直に礼をする。
「俺だって瞬相手に、ここまで見事に一本は取れん・・・。」
 レイクさんも、唸る程の腕だ。いや、これは見事だ。
「次は、私が行きましょう。」
 私が前に出る。すると、俊男さんも前に出た。
「恵さん、僕も行くよ。」
 俊男さんは、目の前で兄様が負けたのを見て、燃えるような眼をしていた。
「お。当主様にパーズ拳法免許皆伝と来たか。面白い!」
 士さんは、本当に嬉しそうな眼をして、木刀を構える。
「私、まだまだでしたわ。こんなに隙の無い相手が居たなんてね・・・。」
 私は、兄様やレイクさんは、ソクトアでも、これ以上無いと言う程、強いと思っ
ていた。だが、目の前に居る男は、それ以上だ。
「正直、私も最近、士相手だと負けが込んでいる。精進が足りぬな。」
 ゼハーンさんまで認める程の腕だ。そのゼハーンさんは、今はファリアさんの魔
法講座を受けながらの見学だ。
「ゼハーンさんは、まず、このページを覚えてからです。」
 ファリアさんは、ゼハーンさんを睨み付ける。どっちが年上だか、わかりゃしな
い。ファリアさんは、もう魔法の先生だな。
「うむぅ・・・。暗記は必須らしいからな・・・。」
 ゼハーンさんは、真剣に魔法体現書を読み漁ってた。
「僕から行くよ。恵さんは、後詰を頼むね。」
 俊男さんは、そう言うと、八極拳の構えのまま、突っ込んでいく。そして、私は、
それに合わせて、合間を縫うように蹴りを放つ。
「おおっと。最初から厳しい攻めだな!」
 士さんは、そう言いつつも、どっちも捌くのだから凄い。しかも、受けたと同時
に突きが飛んできた。
「せい!!」
 私は、その突きに合わせて、合気を発動させて、士さんを倒そうとする。
「っと・・・。」
 え!?何今の!?私の合気に合わせて飛んだ!?
「中々鋭い・・・。さすが、当主様。」
 士さんは、そう言いつつも、剣術使いとは思えない程、鋭い蹴りを繰り出してく
る。この人、蹴りも超一流だ!
「・・・つぅ!!」
 私は、士さんの蹴りを上段、下段までは捌いたが、最後の伸びのある蹴りを、捌
き切れなかった。思いっきり吹き飛ばされる。
「ここ!!」
 しかし、間髪入れずに俊男さんが、肘打ちを繰り出す。
「そこか!」
 士さんは、それを読んで、木刀の背で受け止めようとする。しかし俊男さんは、
その瞬間、姿が消える。
「ぬお!!」
 士さんは、吹き飛ばされた。俊男さんの背中からの打撃が強烈だったのだ。
「奥義、『鉄山靠(てつざんこう)』!!」
 俊男さんは、言い放つが、顔は曇っていた。
「まさか・・・あんな防ぎ方するなんて・・・。」
 俊男さんを良く見ると、肩口に痣があった。
「今のは驚いたぞ。」
 士さんは、派手に吹き飛ばされたが、ケロッとしていた。そうか!鉄山靠を避け
られないと判断した士さんは、肩口に強烈な蹴りを食らわす事で、まともに食らう
のを避けたのか!何て判断力だ・・・。
「まだよ!!」
 私は、俊男さんの仇とばかりに、低い体勢で突っ込む。そして、突きから伸びの
ある回し蹴り、そこから踵落としと、繋げていく。
「フゥッ!!」
 士さんは、それをミリ単位の体捌きで避けると、木刀を軸にして蹴りを放つ。
「そこよ!!」
 私は、その蹴りを見切って足を取ると、アキレス腱固めに移行する。
「おおっと!!」
 !!・・・す、凄い・・・。士さんは、完全に決まる前に肩の付け根に蹴りを放
ってきた。あそこを蹴られると、力が入らないのだ。
「・・・参りましたわ・・・。」
 私は、肩を押さえると、降参宣言をする。完璧な対応だった。
「いやぁ・・・危なかったぜ・・・。さすがだな。」
 士さんは、肩で息をしていた。
「何言ってるんですか・・・。あそこであんな動きが出来るなんて、凄いですよ。」
 俊男さんは、お手上げと言った感じで反論する。
「俊男は、良い感じだったな。一撃の威力を高めれば、今よりもっと強くなれる。
恵は、受けから攻めに入る時、一瞬だが、隙がある。そこを気をつけるんだな。」
 この人・・・。あの組み手で、そこまで見てたと言うの?
「有難く受け入れますわ。修練あるのみね。」
 私は、素直に受け入れる事にする。実際、士さんの技量はズバ抜けている。
「よぉし。僕も、もっと鍛えるぞ!!」
 俊男さんも、やる気いっぱいだった。
「いや、正直に言うとな。お前達、怖いくらいだよ。俺がお前達の年の頃より、お
前達の方が強い。いつ追い越されるか、冷や冷やしてるぜ。」
 士さんは、冷や汗を掻く。しかし今、実際に強いのは、士さんだ。
「これは、負けてられぬのう!!」
 横では伊能先輩が、ショアンさんと一緒に組み手をしていた。
「巌慈殿!私も同じ気持ちですぞ!!」
 ショアンさんも激しさを増していく。
「おいおい。アイツ等、まだまだ強くなるつもりだぜ?参るな。」
 エイディさんは、忍術の修練をしていた。
「こっちはこっちで、忍術を高めるまでだよ!」
 亜理栖先輩や、センリンさんなどが、忍術の修行をしていた。
「士の役に立つ修行を、するまでだヨ!」
 センリンさんは、覚えたての忍術を披露していた。凄い成長だ。
「姐さん、源は、掛け合わせるイメージみたいだぜ。」
 ジャンさんは早速、源を生成して見せている。覚えが良いみたいだ。
「こうやって・・・こうかい?難しいねぇ。」
 アスカさんは、四苦八苦していたが、真面目に取り組んでいる。しかし、踊りだ
すと、この人は手が付けられない位強い。
「私も忍術を習った方が良いのでは、無いか?」
 ゼハーンさんは、顎に手を掛けている。
「その魔力量から言って、絶対に魔法を覚えるのが先よ。闘気を遥かに凌いでます
物。勿体無いったら、ありゃしないです。」
 ファリアさんに釘を刺されていた。確かに、『制御』のルールでも感じるが、ゼ
ハーンさんは、魔力が相当高い。何の魔法に向いているのか、探るのが先だろうな。
「いや、ゼハーンさん凄いですって・・・。俺っちなんか、あんだけ習ってるのに、
まだコレくらいの魔力量なんですよ?」
 魁君が、文句を言う。ゼハーンさんの魔力は、魁君や、莉奈、葵を遥かに凌いで
いる。でも、そう言う魁君だって、相当魔力は上がったけどね。
「拗ねないの。私も、もうちょっと魔力欲しいけどねぇ。」
 莉奈も気にしているみたいだ。
「こう、パーッと!上がらない物かなぁ・・・。」
 葵も、焦っているみたい・・・。まぁ仕方が無いかな。
「こーら。3人とも・・・。始めと比べて上がってるのに、そんな贅沢言わないの。
それに、過剰なパワーアップしたって、体が追いつかないわよ?」
 ファリアさんは、キッチリ締めてくる。
『分かりました・・・。』
 3人は、ファリアさんの言う事には、滅法弱い。まぁ良い先生よね。
「せぇい!!」
 勇樹が、レイクさんと組み手をしていた。型は悪くないが、レイクさんの捌きが、
物凄い為、近づくのも苦労しているようだ。しかし、横からボールが飛んでくる。
グリードさんが、訓練の時に使うボールだ。グリードさんの正確な狙いが、生きて
くる。レイクさんが、避けるであろう位置を予測してボールを投げている。
「ち!やりづれぇぜ!」
 レイクさんは、木刀で弾き返しながらも、勇樹と手合わせをする。
「うーーーん・・・。こんな感じでしょうか・・・。」
 向こうでは葉月が、苦戦しながら、神聖魔法を試していた。睦月も見学している。
江里香先輩も、それに加わってるようだ。教えているのは、ゼリンだ。
「神聖魔法は、想いの強さが大事なんです。相手を労る気持ちが無ければ、半減し
ます。それは、医療にも繋がる事だと思いますが・・・。」
 ゼリンが説明している。結構様になってるみたいだ。
「相手の状態を見切り、適切な処方を考える。その為には、相手を労る気持ちを忘
れない。それは、医療も同じですね。」
 睦月は、医療の基本を教える。まぁ、睦月は頑張ってるのは、知っている。
「私の『治癒』のルールは、人間以外にも通じるのよねー。そう言う意味じゃ、医
療とは、また違う気もするわ。」
 江里香先輩は、『治癒』のルールで壊れた木刀などを修理している。恐ろしい芸
当だ。あれは、神聖魔法でも無理だろう。
「いつ見ても、凄い光景です。さすがは『ルール』ですね。」
 ゼリンも、その恐ろしさを分かっているようだ。
 そして、ほとぼりが冷めた頃、休憩に入った。
「くああああ!疲れたー・・・。」
 兄様は、士さんと何戦かして、ボロボロになりながら倒れる。何て、はしたない。
「兄様?天神家足る者、いくら疲労時でも優雅になさらなければ・・・。」
 私は、つい小言を言ってしまう。
「恵さん、さすがに、難しいよ。あれだけやられちゃあね。」
 俊男さんがフォローする。まぁそうね。かなり、やられたみたいだからね。
「正直、最後のは危なかったぜ・・・。」
 士さんも肩で息をしていた。疲れさせるのには、成功したみたいだ。
「士が、こんなに疲れるなんて、初めて見たヨ。」
 センリンさんは、驚いていた。それだけ、士さんは、力の使い方が上手いんだろ
う。疲れさせたと言うだけでも、驚きらしい。
「良かったわねー。瞬君。」
 江里香先輩は、からかいながら、『精励』の魔法で兄様の疲れを取っていた。
「素直に喜べませんよ・・・。でも、強くなってる実感があるので良いですけどね。」
 兄様は、こう言う時も前向きだ。この姿勢は見習わなくては。
「そうそう。一つ、お報せが御座いますわ。」
 私は、丁度、皆が揃っているので、発表する事にする。
「士さん達が、お店をやっていたのは、皆さん、ご存知だと思いますが、この度、
ガリウロルで、リニューアルオープンする事になりました。」
 私が発表すると、感嘆の声が聞こえた。
「当主さんには、感謝している。やるからには、全力で行くつもりだ。」
 士さんは、決意を表明する。
「私は幸せでス。恵さんと、皆さんに応える為に、頑張りますヨ!」
 センリンさんも、礼をしながら、決意表明をする。すると、拍手が起こった。
「ここでも、出来るとは、思わなかったよなー。」
 ジャンさんも、感慨深い物があるのだろう。
「やるからには、全力だよね。」
 アスカさんも、嬉しそうだ。でも、大変なのは、これからだ。
「恵殿には、感謝しなければな。」
 ゼハーンさんも、一員だからね。
「私も、精進しなくては・・・。仕入先の挨拶も欠かさずに・・・。」
 ショアンさんは、これからの予定を考えていた。
「ああ。そうだ。俺とグリードも、その店で働く予定だ。」
 エイディさんは、警備員の仕事を辞めてきた事を報告した。
「初めての事ばかりで、少し緊張してるけど、頑張るぜ!」
 グリードさんも、吹っ切れたらしく、やる気に満ちていた。
「そうかぁ・・・。その店、俺も手伝えませんか?」
 勇樹が、意外な事を言ってきた。勇樹がやると言う事は、アルバイトか?
「案外広い店だからな。従業員は、多い方が助かるが・・・。バイト代は、しばら
く期待出来ないぞ?」
 士さんは、一応釘を刺しておく。新しい店だから、最初はバイト代を上げる事は
出来ないと言っているのだ。
「構わないです。俺は、定食屋でバイトしてますが、どうにも店主にやる気が無く
て、このままじゃ、いけないと思っていたんです。」
 勇樹のバイトは、定食屋に新聞配達に家庭教師だった筈だ。それで学年5位の学
力を保ってるんだから、大した物だと思う。頑張り屋さんよね。
「そう言う事なら、宜しく頼みますネ。」
 センリンさんは、これ以上無い程、良い笑顔をする。
「ありがとう御座います!」
 勇樹は、その笑顔に釣られて、笑顔で挨拶した。
「ああ。そうだ。開店祝いじゃないが、ちょっとデザートを作ってみたんで、試食
を頼みたいんだが。」
 士さんが、そう言うと、デザートを取りに行く。少しすると、戻ってきた。
「・・・これは・・・。蜂蜜と、ゴマのプリンかな?」
 莉奈が、目を輝かせていた。結構美味しそうだったからだ。
「見た目も、綺麗ですね。食べてみますか。」
 睦月が、見た目を褒めた所で、一口食べてみる。私も食べてみた。
「・・・ほう・・・。」
 私は、感嘆の声を上げる。これは、中々美味しい。しかも、この修練の後に出す
と言うのを、考慮してるんだろう。疲労回復にピッタリの食材だった。
「美味しいなぁ・・・。それに、疲れが取れる感じがする。」
 葵が、嬉しそうに食べる。確かに、これは中々良い。
「安心出来る味じゃのう・・・。いやはや、感服致した。」
 伊能先輩は、文句一つ無く食べている。
「いやー・・・俺、士さんの出す店に入り浸っちゃうかも・・・。」
 魁君が、幸せそうな顔をして食べていた。危惧した通りね。
「お客さんは、大歓迎だヨ!だけど、程々にネ!」
 センリンさんは、私が言わなくても、ちゃんと釘を刺してきた。
「うう。私も料理習おうかなぁ・・・。憧れちゃう・・・。」
 江里香先輩は、涙目になりながら食べていた。
「分かるよー。江里香。アレだけ強さで、この料理の腕とか・・・。」
 亜理栖先輩も、羨ましいみたいだな。まぁ、気持ちは分からなくも無い。
「脱帽物ね。私もいつか・・・。」
 ファリアさんは、追いつこうとしてるのか・・・。
「いやー、マジで美味しかったです!楽しみにしてますよ!開店!」
 レイクさんは、何の蟠りも無い感想を漏らす。爽やかだな。
「よーし!疲労も回復したし、手合わせだ!俊男!」
「オッケー!瞬君!」
 兄様と俊男さんは、早速元気になって、手合わせを始める。何とも元気な事だ。
 こう言うやり取りを、一番嬉しく思っているのは、士さんかもね。
 士さんが来て、より一層、私達の絆は深まったと思える出来事だった。



ソクトア黒の章5巻の2前半へ

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