NOVEL Darkness 5-6(First)

ソクトア黒の章5巻の6(前半)


 6、蘇生
 俊男さんは、ずっと苦しんでいた・・・。
 一人で何でも抱え込んで、皆には、何とかするって言って・・・。
 何度も仲間の死を見させられたと言っていた。
 それを終わらせる為に、何度も時空を越えたって言っていた。
 そんな辛い想いをして、その元凶を取り除く為に尽力する。
 ミシェーダを倒すだけでは無く、『因果』を取り除くと言った。
 それが、自分が消え去る事だなんて、残酷過ぎる!!
 こんな結末、認めない!
 それでも俊男さんは、やり遂げた・・・。
 最期は、この家を守る為に、ミシェーダの自爆攻撃を受け止めてだ。
 どこまで、他人の為に命を張るの?
 残された私達の気持ちとか、分かっているのかしら?
 ・・・これは、言い過ぎか・・・。
 俊男さんは、誰よりも、その気持ちが分かっている筈だ。
 誰よりも、滅びの瞬間を見てきた人だ。
 目の前で、仲間が死んでいったのを見てきた人だ・・・。
 私は、そんな苦しむ俊男さんを、助けてあげたかった。
 なのに・・・あんな嬉しそうな顔で行ってしまうなんて・・・。
 何で、俊男さんなの・・・?
 あんなに仲間想いで、あんなに正直な人は居ない・・・。
 最近では、兄様より正直な人だと知った。
 私は、助けたい・・・心から助けたいと思ったのは、俊男さんが初めてだ。
 でも俊男さんが、やったように時空を越えるのは、私には無理だ。
 ・・・こんな呪われた力があるくらいなら、時を越えたい。
 俊男さんを助ける為に、この力を使いたい!
 こんな素敵な人を、みすみす死なせるなんて、私には出来ない。
 待ってて・・・絶対に、取り戻してみせるから!
 私は、腕の中で息絶えた俊男さんを、大事に大事に抱えあげる。
 そして、皆が待ってる大広間まで、運んでいく。
 私は、涙で前が見えなかったが、それでも関係無かった。絶対に助けるって決め
た。決めたんだ。だから、どんなに無様でも、助けてみせる。その為には、ゼハー
ンさんの力が必要だ。でも、俊男さんは言っていた。ゼハーンさんの『魂流』のル
ールでの蘇生は、成功した事が無いと・・・。
 でも、そんなの関係無い!今度こそ、成功して貰わないと駄目だ。
 いや、今度は五分五分の筈だ。それは、『因果』を越えたからだ。
 私は、天神家の門を開ける。すると、睦月が待っていた。
「恵様。・・・と、俊男様!?この怪我!!」
 睦月は、ビックリしていた。私が、俊男さんを迎えに行くとだけ伝えてあったの
で、俊男さんが、こんな状態だ何て思わなかったんだろう。
「・・・睦月。医務室に運ぶわ。後、皆を集めなさい。手伝ってもらわなきゃいけ
ない事があります。」
 私は、有無を言わせない口調で言う。
「恵様・・・。分かりました・・・。それは、皆が必要なんですね?」
 睦月は、私に聞きたい事があったようだが、すぐに納得してくれる。説明する手
間が省けて助かる。分かっているのだ。皆を集めて、私が説明すると言う事を。
 私は、医務室まで、自分の手で運んだ。他の使用人が、手伝おうとしたが、私が
拒否した。これだけは、私がやる。私がやるんだ!
 医務室に入ると、赤毘車さんが、ジュダさんの様子を見ていた。私は一瞬、ジュ
ダさんに黒い感情を抱く。この人が、俊男さんに『因果』を背負わせたのだ。私は、
そう思ったが、頭を振る。そう思うのは、筋違いだし、俊男さんのこれまでの苦労
を、否定する事になる。だから、平静になる。
「恵。・・・お、おい!俊男!!どうしたのだ!?」
 赤毘車さんは、俊男さんが動かないのを見て、動揺する。
「後で説明します。ただ、その前に、この痛々しい傷は、治したい・・・。」
 私は、俊男さんがお腹に受けている傷を見る。何と言う痛々しい傷だ。
「・・・そうか・・・。私も手伝おう・・・。」
 赤毘車さんは、ジュダさんの看病で疲れている筈なのに、手伝うと言ってくれた。
 私は、『治癒』の魔法を、赤毘車さんは、『逃痛』の魔法で、傷を癒していった。
俊男さんの体は、死んで間も無くだからか、傷が綺麗に治った。良かった・・・。
 しばらくすると、誰かが走ってくる音が聞こえた。そして、扉が開かれる。
「お、おい!!俊男!!」
 兄様だった。兄様は、真っ先にここに駆けつけたのだろう。
「おい!!何か言えよ!!嘘だろ!?冗談だろ!?」
 兄様は、俊男さんがピクリとも動かない様子を見て、手を握りながら、歯軋りす
る。その気持ちは分かる。私がそうだからだ。
「おい。恵!何があったんだ!!」
 兄様は、泣きながら私の顔を見る。
「説明します・・・。全て・・・。皆が揃ったら、必ず・・・。」
 私は、目を瞑る。自然と涙が流れていった。
 そして、皆が集められた。俊男さんの死を悲しむ声が漏れる。
「トシ兄・・・。私を置いていかないでよぉ・・・。」
「トシ君の馬鹿!!・・・こんなのって、無いよ・・・。」
 莉奈や江里香先輩も、涙が止まらないようだ。見てる?俊男さん。私だけじゃな
いのよ?皆が、貴方の死に悲しんでいるのよ?
「・・・説明しますわ・・・。俊男さんから託された伝言を・・・。そして・・・
私の決意を!!こんな結末・・・!!私は認めませんからね!!」
 私は、つい声を荒げる。でも、我慢なんか出来ない。俊男さんは、絶対に助ける
んだ!どんな事をしても!!絶対にだ!!
「恵様・・・。うん。じゃ、聞かせて・・・。」
 莉奈は、私の決意に同調してくれた。
 それから私は、俊男さんに聞かされた話を始めた。
 それは、とてもとても長く孤独な闘い・・・。越えられなかった3月1日のお話。
俊男さんは、やり直す度に、疲弊していった。最初は、ジュダさんが死んだ。万年
病によってだ。そして、それにより、赤毘車さんが自殺した・・・。そこを狙うよ
うに、ミシェーダがやってきて、士さんを殺した。それから、皆がバラバラになっ
て、最後は私が死にに行って、残らなかったと言う。
 そこで、未来のジュダさんが、俊男さんと『同化』して、時を越える事を決意し
たと言う。ジュダさんは、琥珀の力で、時を越える事に成功する。
 そして、繰り返す3月1日。ジュダさんの万年病を治す術を発見。これで上手く
行ったと思ったが、ミシェーダの襲来が早まって、士さんを殺されてしまう。後は、
その前の時空と同じ事の繰り返しになっていく。
 それでも納得しない俊男さんは、3月1日を繰り返す。2月27日から何度も繰
り返したと言う。3月1日を越えるまで!そこは、地獄のような光景だった。3月
1日に必ず誰かが死んだと言う。そして、ゼハーンさんが『魂流』のルールで蘇生
を試そうとして、失敗して終わる・・・。その繰り返しだった。
 その事を俊男さんから聞いた私は、『因果』を感じたのだと言う。3月1日には、
必ず人が死ぬ。それが誰かは、確定していない。だけど、『因果』を断ち切らない
限り、必ず誰かが死ぬと言う仮説だ。ミシェーダを何とか対処した時は、ケイオス
が攻めてきてまで、誰かが死んだと言うのだから、驚きだ。
 それを聞いて、私が出した答えは、自分が犠牲になる事だった。・・・今考えた
ら、馬鹿な答えだ。そんなの、俊男さんが見たら、時空を越えるに決まっている。
だけど、私は気が付いていたんだろう。『因果』を断ち切るには、『因果』の原因。
つまり、ジュダさんと俊男さんが消えるしかないのだと・・・。それを防ぐ為には、
誰かが死んで、『因果』を受け流すしかないと・・・。
 だが案の定、俊男さんは、時空を越えた・・・。そして、私が気が付いた『因果』
に、俊男さんも気が付いてしまった。『因果』を断ち切るには、原因である自分が
消えるしかないと・・・。
 私は、俊男さんの様子を見て、それに気が付いた。だから反対した。当たり前だ。
俊男さんが犠牲になるなんて、そんなの嫌だからだ。
 だから俊男さんは、『因果』を越える為に、ミシェーダと対決して、誰かが死ぬ
と言う『因果』にミシェーダを当てはめようとした。そして、その対決は、見事に
俊男さんが勝利したが、ミシェーダは、死に際にチャクラムを爆弾と化して、ここ
を吹き飛ばそうとした・・・。それを俊男さんは、命に代えて、防いだ・・・。
 こうして、『因果』を越えたのだ。未来のジュダさんと、俊男さんの魂を犠牲に
してだ。元々、ジュダさんが万年病を克服したら、未来のジュダさんは、消える予
定だったと言う。
「・・・以上よ。俊男さんは、地獄を見たのよ。・・・でも、冗談じゃないわ。私
は、絶対に諦めない・・・。このままなんて、嫌よ。嫌なんだから!!!」
 私は、感情を爆発させる。一番苦しんだ俊男さんが、消え去る事で結末?ふざけ
るんじゃないわよ!そんなの、認めない!!
「俊男・・・。馬鹿野郎・・・。お前、苦しみ過ぎだろう?・・・お前、俺に、こ
んな思いを抱えたまま、暮らしていけって言うつもりだったのかよ・・・?」
 兄様は、拳を握って、悔しそうにしていた。涙が止まらないようだった。
「トシ兄・・・。こんなの無いよ・・・。酷いよ・・・。」
 莉奈は、俊男さんの苦しみを知って、涙する。
「トシ君。貴方は、居なきゃいけない人よ!この中で誰よりも!!」
 江里香先輩は、唇を噛んでいた。私と同じ想いなのだろう。
「俊男!こんな結末駄目だ!!俺は、目の前でこんなの見せられて、我慢なんか出
来ねぇ!!お前を助けたい!!」
 レイクさんも俊男さんと仲が良かった物ね。
「俊男君。私も、皆と同じよ。貴方が苦しんで、そのまま死ぬだなんて、そんなの
認めないわ。レイモスの時以上に、認めない気持ちよ。」
 ファリアさんは、涙を拭いながら、決意を新たにした。
「俊男・・・。お前、俺を何回助けたんだ?・・・そんな恩人を放っとける程、俺
は物分りが良い訳じゃない。こんな結末認めんぞ!」
 士さんは、自分が助けられた事を知って、俊男さんに感謝する。
「俊男さン。士を助けてくれて、ありがとウ。でもネ・・・。貴方だけ苦しんで、
消えるなんて、駄目ですヨ?」
 センリンさんは、本当に感謝していた。
「俊男殿は、我等の恩人。ここで助けずして、恩に報いる事は出来ぬ。」
「俊男君よぉ。オレらは、諦めが悪いんだぜ?今度はオレらが、助ける番だ。」
「ジャンの言うとおりだね。こんな想いは、もうたくさんだよ。」
 ショアンさんも、ジャンさんも、アスカさんまで、俊男さんの事を、助けたいと
思ってくれていた。
「俊男・・・。絶対、帰って来いよ。待ってるからな!」
「お前は、ここで死ぬべきじゃあない。こんな事で、納得出来るかってんだ!」
「そうです。私達は、貴方に何回も助けられたなら、今度は私達が助ける!」
 グリードさん、エイディさん、ジェイルさんも、この結末を認めないようだ。私
と気持ちは一緒だ。
「私は、恵様をお救いした貴方を、放ってなど置けません。」
「俊男さんは、恵様を置いていく気ですか?駄目ですよ!」
 睦月も、葉月も、私の為に、俊男さんの無事を、祈ってくれている。本当に良く
出来た使用人よね。
「俊男。アンタ、どれだけ苦しんだのさ・・・。助けなきゃね・・・。」
「馬鹿だよ。俊男は・・・。皆どれだけ、お前を心配してると思ってるんだ・・・。」
 亜理栖先輩は、俊男さんの苦しみを察して、勇樹は、皆の気持ちを代弁する。
「俊男君。君は、私なんかより、よっぽど此処に居なくては駄目だ。」
 ゼリンが、目を瞑りながら、そう言ってくれた。
「俊男・・・。俺を置いていくなんて、許さんぞ!!」
「俊男。お前との手合わせは、まだお前の方が上だ。勝ち逃げは許さないからな。」
 伊能先輩は、大事な後輩を思って、そして、修羅先輩は、独特な言い回しで、俊
男さんを失いたくないと言う気持ちを出す。
「俊男さん、苦しかったんだね。・・・でも、恵様を置いて言っちゃ駄目よ。」
「そうだぜ・・・。俺は、お前の許されて、此処に居るんだ。お前が居なくなっち
まうなんて、自分が許せなくなっちまう。・・・戻って来い。」
 葵は心配をして、魁君は、自分が許してもらった時の事を思い出す。
「私は、余り面識が無いけど・・・アンタ、これだけの人に愛されてるんだ。居な
くなっちゃ駄目だよ・・・。」
 ティーエさんは、柔らかな眼差しで、こちらを見ていた。
「ジュダと共に、私を助けた・・・。君は神を超えて、この世界の安寧を勝ち取っ
た。そんな君が、このまま死んでいくなんて、私には耐えられぬ!」
 赤毘車さんは、握った拳から血が出るくらい、悔しがっていた。
「俊男。君は、私の失敗を見る度に、時空を超えて、私をも救った。・・・このま
ま、私が何もせずに居ると思うか?・・・絶対に助けるぞ。『魂流』のルールでな。」
 ゼハーンさんは、燃えるような決意を、瞳に宿していた。
「・・・そうだ・・・。助けなきゃ・・・駄目だ!!」
 後ろから声がした。この声は、ジュダさんだ。
「俺が不甲斐無いばっかりに、お前が命を懸ける羽目になった・・・。未来の俺は
消えたが・・・この俺は残っている・・・。このまま、お前を死なせて堪るか!!
そんな事をしたら、俺は一生後悔する事になる!!冗談じゃない!!」
 ジュダさんは、目を閉じて、再び目を開ける。すると、これまでの病気が嘘のよ
うに吹き飛んで、今まで以上の輝きを放つようになっていた。
「お前に助けてもらったこの命、大事に使うぞ。だが、そこには、お前も居なきゃ
駄目だ!!未来の俺がやらかした始末は、この俺の手で片を付ける!!」
 これは凄い・・・。万年病を克服した反動か、今まで以上の力を感じた。
「恵。俺達の気持ちは一緒だ。俊男は、俺達には欠かせない存在だ。助けよう!」
 兄様は、涙を振り切って、前を向く。
「しかし、『魂流』のルールは、何度も失敗したと聞くが?」
 士さんは、失敗の可能性を、案じているのだろう。
「それについては、『因果』が関係していた可能性が高い。その『因果』が外れた
今なら、助ける可能性は、五分だと、俺は思っている。」
 ジュダさんが、解説してくれた。私も思っていた事だ。
「後、聞いた話では、魂の移動だけで、助けようとしてたと聞いていますわ。それ
だけでは駄目なのですわ。」
 違う『時界』の私は、焦燥していたので忘れていたのだろう。でも、俊男さんを
助けるとあれば話は別だ。聞いた話を分析すれば、すぐに答えは分かった筈だ。
「清芽さんだけが呼びかけるんじゃ、失敗してしまうのでしょう。呼びかけ役が、
必要なのよ。伝記でも、レルファが呼びかけ役をやったと、記されていますわ。」
 そうだ。伝記ではレルファが、兄であるジークを呼びかけるのに、魂になって、
呼びかけ役をやったと言う。それに当たる人物を付けなければ、失敗する可能性が
高いのだ。
「だから、莉奈。貴女が呼びかけ・・・。」
「駄目ですよ。恵様。」
 私が、莉奈にその役を頼もうとしたら、莉奈に止められた。
「呼びかけ役は、恵様じゃなきゃ駄目です。」
 莉奈は、譲らなかった。私が?
「トシ兄を呼びかけたい気持ちはあるんです。でも、トシ兄が一番信頼して、ずっ
と相談していたのは、恵様なんでしょう?なら、恵様がやるべきです。」
 莉奈は、私以外に、適任者は居ないと言う。
「私もそう思うわ。恵さん以外で、俊男君を呼び戻す事は出来ないと思う。」
 ファリアさんまで、私が良いと言う。
「・・・全く・・・。この私が行くんですから、皆、期待して良いですわ!」
 私は涙が出る程、嬉しかったが、強がりを言う。確かに私が助けに行きたかった。
だけど、莉奈が適任だと思っていた。それを、莉奈本人から否定されたのだ。
「トシ君を頼むわよ。恵さん。」
 江里香先輩が、思い詰めた目で、私を見る。この人も、俊男さんの事、好きだっ
たんだろうなぁ。でも今は、私が助けるんだ。
「・・・では、救出計画を話しますわ。」
 私は、既に考えてあった。全員を集めたのは、その為だ。
「『魂流』のルールは、魂の移動をして、物体に命を吹き込む『ルール』だと聞い
ていますわ。物体は空っぽなので、魂を入れるのは、拒否反応が無い為、大した力
を使わずに、成功すると聞いています。」
 私は、独自に調べたフジーヤさんの研究資料を広げながら話してやる。ゼハーン
さんが、『魂流』のルールだと分かった時に、集めた資料だ。違う『時界』の私も、
資料を頭に入れていたと思うが、『因果』のせいで結論に至らなかったのだろう。
「でも、同じ人間の蘇生ともなると、話は違います。単に魂の量だけで、蘇生させ
る事は不可能です。魂の量も必要ですが、死んでいる俊男さんの心に活力を入れな
くては駄目なのです。拒否反応が起こるのですわ。そのせいで、何回も失敗したの
だと、私は考えています。」
 それが、厄介なのだ。自分は死んでいると言う認識が、体と魂のバランスを崩さ
せる。そうすれば、蘇生など成功する訳が無い。
「違う『時界』の私達に足りなかったのは、団結力ですわ。何回も失敗したのは、
私も半信半疑だった事と、俊男さん自体が、時を越える事しか考えていなかったせ
いもあります。今回は、失敗出来ませんから、心を一つにしなきゃ駄目ですわ。」
 私は、この蘇生に一番必要なのは、団結力だと言った。
「心に活力を与えるのは、私がやります。皆さんは、後押しをして下さい。最後は、
やはり魂の量が命運を分けます。だから、俊男さんが戻ってこれるように、ギリギ
リまで魂を分け与えて下さい・・・。お願いします。」
 私は、無茶な事だとも思った。魂の量をギリギリまでと言うのは、下手すると、
命に関わる。でも、それくらいしないと、俊男さんを蘇生するなんて無理だろう。
彼のフジーヤさんも、英雄ジークを蘇生させるのに、自分と親であるライルさんの
命が必要になる程だった。それに近い魂の量を得るには、覚悟が必要だ。皆が真剣
に俊男さんを助けたいと思わなければ、実現しないだろう。
「ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、お婆様と私の魂を連れて、俊男さんの意
識に潜り込ませて下さい。お婆様、俊男さんの意識へは、私が行きますわ。」
 私は、ゼハーンさんの目を強く見る。その奥に居る、お婆様の魂にも伝わるよう
にだ。実際に天使であるお婆様の力が、今は必要なのだ。
「江里香先輩は、俊男さんの体を『治癒』のルールで完璧に治して下さい。」
 江里香先輩には、俊男さんを治してもらわなきゃならない。私と赤毘車さんの処
置は、あくまで応急処置なのだ。そして、睦月にも診て貰ってるが、完璧に治すに
は、江里香先輩の『ルール』が、一番効果的だろうと言う結論も貰っている。
「トシ君。帰ってこなきゃ駄目よ・・・。」
 江里香先輩は、労るように『治癒』のルールを使う。さすがに効果が高い。
「よし。清芽殿の用意も完了した。いつでも行けるぞ。」
 ゼハーンさんが、『魂流』のルールを発動させる。
「恵、頼む。俊男は俺の大事な親友だし、一番のライバルだ!助けてくれ・・・。」
 兄様は、いつになく真剣に私に頼む。
「言われなくても、絶対に助けますわ。私自身の為にもね。」
 そうだ。一番助けたいのは、私自身だ。俊男さんは、助けるんだ!
「では、始める。・・・一人ずつ、願いを込めてくれ。それを俊男に送り込む。」
 ゼハーンさんが、『魂流』のルールを発動する。両手が青白く光る。魂を操る神
聖な光であり、不気味な光でもあった。
「良いか?お前は、俺の大事な常連客だ。しかも、俺の恩人なんだろ?なら、戻っ
て来い。俺は、感謝を伝えて無いし、料理も振舞って無いんだ。」
 士さんが、ゼハーンさんの左手に触れる。すると、物凄い光を放ったと思うと、
右手の先にある俊男さんの体に、光が入っていく。
「待て・・・。う・・・。」
 士さんは、眩暈をさせながら、グロバスに姿を変えた。
「俊男よ。我は、この目で人間の絆を見た。そして今、また見せてくれると信じて
いる。・・・そして、我をも救ったお主に、敬意を表する。我が魂を使うと良い。」
 グロバスも、魂を渡す。すると、結構な量の魂が注入される。すると、士さんに
姿が戻った。相当に力を使ったのか、肩で息をしていた。
「俊男さン。士を守ってくれて、ありがとウ。ここで死んじゃ駄目だヨ。」
 センリンさんが、同じように魂を注入する。終わると気絶しそうになる。
「俊男殿。恩人に報いる為、私も願いを込めよう!」
 ショアンさんは、恩人と言った。俊男さんは、未来を変えたのだから正しい。
「君みたいな若い奴が、未来の為に死ぬなんて、俺は認めないぞ。」
 ジャンさんは、大人として、俊男さんを守りたいと思っているようだ。
「ウチ、もう悲しい想いは、たくさんなんだよ。帰って、また店に来なよ!」
 アスカさんは、涙を流しつつ、想いを込めていた。両親を思い出してるのかもね。
「俊男。戻ってこいや・・・。また手合わせをするんじゃ!」
 伊能先輩にとっては、可愛い後輩だ。その想いも真剣だ。
「パーズ拳法を、柔道みたいに世界に轟かせるって、言ってたよな。戻って来い!」
 修羅先輩は、俊男さんと、夢を語ったみたいだ。
「俊男さぁ。俺達を置いていくなよ・・・。帰ってこいよな。」
 勇樹も、寂しいのかな。俊男さんとは、良く手合わせしてたわね。
「忍術の修行、まだ教え切ってないんだ。戻ってこないと、許さないよ!」
 亜理栖先輩は、涙を堪えながらも、ゼハーンさんに魂を渡す。
「これだけの人に囲まれている。君は幸せ者だ。戻ってきたまえ。君は必要な人だ。」
 ゼリンが、あらん限りの魂を渡してくれる。
「ここに居る全員が、力を合わせて出来ない事なんか無い。私も信じるよ。」
 ティーエさんは、自分も加わると言う強い気持ちで、魂を注入した。
「お前、無理し過ぎなんだよ。・・・帰ってこいよ。待ってるからな。」
 グリードさんは、ジェイルさんの時を思い出してか、涙を流した。
「良いか?当主様を悲しませるなんて、俺も許さないぞ。帰ってきな!」
 エイディさんは、私の事を引き合いにして、魂を注入する。余計なお世話だ。
「皆、待ってるんですよ。貴方が背負った未来を一緒に進む為にね。」
 ジェイルさんは、静かにだが、優しく魂を注入する。だが本気だった。
「俊男さん。莉奈を、置いてっちゃ駄目だよ。私も待ってるからね。」
 葵は、莉奈の事を心配する。あの子の為にも、帰ってくるように言う。
「『探知』のルールで見つけた時、嬉しかったんだ。俺は、お前を失いたくない!」
 魁君は、俊男さんをを見つけた時の喜びを語る。今度も失いたくないのだろう。
「私は、お前に何度も助けられたらしい。私は神として、君のその行動に報いたい。
帰ってきてくれ・・・。私とジュダの感謝を君に聞いてもらいたいんだ。」
 赤毘車さんは、俊男さんに感謝する。神だからと言うのは関係ない。一個人とし
て、俊男さんに感謝したい感じだった。
「トシ兄。私、お父さんとお母さんの悲しむ顔、見たく無いよ?それに、私も悲し
いんだよ?ね。帰ってきてよ。お願い!!」
 莉奈は、妹として、想いの限りを込める。
「俊男君。こんな所で、倒れてちゃ駄目よ。私は君の意志を信じてるからね。」
 ファリアさんは、俊男さんに何度も、頼られていた。だから、死なせたくないの
だろう。ファリアさんにとっても、俊男さんは、大事な仲間だからだ。
「俺は、俺の目の前で、これ以上の悲劇なんて要らない・・・。お前は、俺達を救
ってくれた・・・。でも、お前を犠牲にしてなんて、俺は受け入れないからな!」
 レイクさんは、色んな悲劇を見てきた。だからこそ、俊男さんの死を受け入れる
訳には行かないのだろう。
「私の想いも込める。私も、これ以上の悲劇は要らぬ。帰って来い。俊男!」
 ゼハーンさんは、『魂流』のルールを失敗させない程度に想いを込める。
「俊男さん。私は、恵様と貴方は、お似合いだと思っているんです。恵様を悲しま
せちゃ駄目ですよ。未来のご主人様かもし知れないんですからね?」
 葉月は、悪戯っぽく私を見ると、想いを込めた。色々言いたい事はあるが、俊男
さんの為に魂を注入してくれた事に感謝しておく。
「俊男様。恵様を幸せに出来るのは、貴方しか居ません。帰ってきて下さい。貴方
と恵様の笑顔を、私は守りたい!」
 睦月は、私と俊男さんの為に、祈ってくれていた。有難い事だ。
「トシ君。私、恵さんには敵わないけど、貴方の事、好きよ?瞬君の次くらいに好
きなんだから、戻ってきなさいよ。私、このままなんて、絶対に嫌だからね?」
 江里香先輩は、大胆な事を言う。やっぱり、俊男さんの事も好きだったのね。兄
様に惹かれたのも、俊男さんに似ているからってのも、あるんでしょうね。
「戻って来い・・・。俺は、お前と一緒に生きるのが、当たり前だと思っていた。
その生活は、絶対に守りたい!恵の為にも、戻って来い!!頼む!!」
 兄様は、涙が溢れていた。本当の親友。だからこその願い。それが、込められて
いた。そして兄様は、姿を変える。これはゼーダさんか。
「俊男。君は死んではならない。これだけの素晴らしい仲間達を、置いていっては
いけない。・・・私は、その手伝いをしよう。」
 ゼーダさんも想いを込めた。そして、再び兄様に戻る。
「・・・ふぅ・・・。帰ってこいよ・・・。俊男!!」
 兄様も物凄い脱力感だったみたいだが、何とか目を開けていた。
「悪かったな・・・。俺は、お前に辛い思いをさせた。お前に地獄を見せた。そし
て、お前は犠牲になった・・・。時を越えるとなれば、そうなるであろう事は、予
想出来る。なのに、お前を選んでしまったんだろうな・・・。未来の俺を許せとは
言わない。だが、その代償は、俺が払ってみせる。戻って来い!!」
 ジュダさんは、より一層の想いを込めて、魂を注入した。そこには、時を越えさ
せた事で、何が起こるか、分かっている口調だった。
「・・・見なさい。これだけの人が、貴方を待っているのよ。私、絶対に連れ戻す
から、待ってなさい?これで終わるなんて、私は認めないから!俊男さんの居ない
世界なんて、何度でも否定するんだから!!貴方が居ないと、駄目なんだから!!
絶対に・・・絶対に連れ戻してやるんだから!!良いわね!?」
 私も想いの限りを込めて、ゼハーンさんの左手を握る。すると、物凄い勢いで脱
力感が支配する。しかし、こんな物に、私は負けない。そして、これから俊男さん
の意識に行くんだから!!
「よし・・・。魂は十分だ・・・。後は恵殿。貴女次第だ!頑張って来い!」
 ゼハーンさんの発破と共に、私の魂は、引き込まれる。
「行くぞ!!『魂流』のルール!!!」
 ゼハーンさんの声が聞こえたと思ったら、私の意識は、沈んでいった。


 意識の中の世界・・・。それは、記憶の中の世界とも言うのだろうか?しかし、
ここは、そことも違うと思う。異次元世界の中なのだと思う。そこには、光り輝く
門と、暗闇に沈む門が見えた。
 そうか・・・。聞いた事がある。死に向かう直前に、天の楽園と魔の楽園に入る
入り口があると。ここがそうなのかも知れない。ここに来れたと言う事は、俊男さ
んに追いつけたのだろうか?
 まだ油断は出来ない。俊男さんが行ってしまった後では、手遅れと言う事になる。
そうなる前に、連れ出さなくてはならない。
(恵ちゃん。焦っちゃ駄目よ。)
 あ。お婆様。大丈夫です。焦ってませんわ。ただ、手遅れにならない内に俊男さ
んを見つけたいと思っただけです。
(そう。大事な人なのね。恵ちゃんが、命を懸ける程の・・・。)
 ええ。こんなに人を好きになったのは・・・兄様以外では、俊男さんが初めてで
すの。今思えば、兄様へは憧れの念が強かったけど、俊男さんは、ちょっと違うの。
(本当に好きになったのね。恵ちゃんが、涙するくらいに・・・。)
 そうよ。私は意地っ張りで、人の上に立つ為に、自分の気持ちを押し殺す事が多
いけど、俊男さんの事は別。真の意味で人を好きになるって事を、教えてくれた人
なんです。あんなに一生懸命で、優しいのに、私の為にミシェーダを殺す事が出来
る強い人なの・・・。あの人を失うなんて、私には耐えられません。
(恵ちゃんは、見つけたのね・・・。連れ添えると思える人を・・・。)
 そうです。私の隣に合うのは、俊男さんしか居ませんわ。・・・フフッ。ついこ
の間まで兄様の事ばかり言ってきた、私らしく無いですわね。
(ううん。その想いの激しさは、恵ちゃんらしいわよ。昔から決めた事は、やり遂
げる子だった物ね。私は嬉しいわ。)
 お婆様。私の事、見てくれてたのですね。有難いですわ。
(恵ちゃん、頑張りやさんだ物・・・。厳導も期待しちゃうわよね。)
 父様ですか。あれは、やり過ぎの部類に入ります。自分の命を投げ出してまで、
私にだけ期待をするなんて、残酷です。
(恵ちゃん・・・。厳導の事も、そこまで見れてるの?もっと怒っているかと思っ
たわ。許されない事をしていたし、言っていたからね。厳導は・・・。)
 そうですね。憎んでましたよ。私に対してやった実験は、今でも、許すつもりは
ありませんし、私は、手を下した事に後悔はしてませんわ。
(そうよね・・・。)
 でも、あの人なりに、愛情を持って接したでしょうし、歪んでても、私を強くし
ようとしたのは、事実です。それを否定するつもりは、ありませんわ。
(本当に・・・強くなったのね。私は嬉しいですよ。)
 フフッ。少し前までは、名前を出すだけでも嫌悪感を持った物ですわ。でも、そ
れじゃ前に進めません。睦月から、父様の想いを聞いてからは、少しだけ見る目が
変わったんです。思い込みが激しいのよ。私は、似ちゃったんでしょうけどね。
(想いが強いのは、良い事よ?恵ちゃんは、恵ちゃんのままで居てね。)
 はい。私は、天神 恵です。私が私である為に、俊男さんは救ってみせます。
 ・・・そうだ。それが、私らしく生きる道なのだ。
 それにしても、俊男さんは、何処に居るのか?天の楽園と、魔の楽園へと通じる
門だろうか?その前まで来たが、姿を見せない。いや、見当たらない。
 まさか・・・。もう行ってしまったのだろうか?しかし、俊男さんが死んでから、
そんなに時間は経っていない。まだ、間に合うと思うのだが・・・。
(近くの天使がまだ来てないから、まだ、魂は引き上げられて無いと思うんだけど。)
 お婆様なら、感じ取れるのね。じゃぁ、まだ近くに居るのかも知れないわね。
 ここで、待ってた方が無難かしらね?・・・あれ?
 誰かが、こちらに来る。・・・あれは何?え?嘘・・・。
(ジュダ様?・・・それに俊男君が2人?)
 そうだ。俊男さんが2人居る。ジュダさんと2人で歩いている俊男さんと、後ろ
で、キョトンとしている俊男さん。どうして?・・・こちらに近付いてきた。
(驚いたな・・・。まさか、此処に恵が居るなんてな。)
 ジュダさんこそ、此処にどうして?
(送り届ける為さ。このままじゃコイツが、魔の楽園に行っちまいそうだった。)
 ジュダさんは、キョトンとしている俊男さんを指差す。
(僕は、死んでしまったのか・・・。でも、恵さんに最後に会えて、良かったかな。)
 俊男さんは、気を落としていたが、私の顔を見て安心する。
 安心されたら困る。私は、俊男さんを連れ戻しに来たのだ。
(僕を?でも、戻れないんでしょ?そう聞かされたけど?)
 それは、危険な兆候よ。自分が死んだと確定させては駄目。俊男さんは、私と生
きるのよ。私は、こんな結末認めないんで。
(恵さん・・・。まさか此処にまで、追っ掛けに来てくれるなんて・・・。)
 もう一人の俊男さんが、感動する。そっちの俊男さんは、もしや・・・。
(そうだよ。『時界』を越えたのは、僕の方だよ。こっちは、その魂が入る時に、
意識を乗っ取られた僕だね。だから、何も知らないんだ。)
 そう言う事か。『因果』から外れたジュダさんと俊男さんが、『因果』を越えた
俊男さんを連れてきたのか。
(このままじゃ、意識が無いまま彷徨う事になる。それは忍びなかったからな。)
 いわゆる浮遊霊って奴ね。
(だけど、この事態・・・。『魂流』のルールか?)
 ジュダさんは、すぐに気が付く。さすがね。
(そんな・・・。このままじゃ、恵さんやゼハーンさんまで、死んじゃうよ!)
 散々見てきたんでしょ?何回も失敗したって、聞いたわね。
(そうだよ!僕だけなら良い!でも、恵さんやゼハーンさんまで死んじゃったら!
僕は何の為に、ここまで命を懸けて来たんだ!!)
 何を言ってるの?本当に呆れるわね。貴方、私が死ぬとでも思っているの?冗談
じゃない。冗談じゃありませんわ!私はね。こんな結末真っ平なのよ。だから覆し
に来たの!貴方と同じに、足掻くつもりよ。
(でも・・・もう『時界』を越える事は・・・。)
 そこで思考を停止したら、そこまでじゃない!私は嫌よ!これからの未来は決め
られている?冗談じゃないですわ!散々見てきた『因果』を覆すのよ!私は!!
(恵さん・・・。さすがだね・・・。でも・・・。)
 何を弱気になってるの?私が連れ戻しに来たのよ?絶対大丈夫よ。
(そうだな・・・。任せるか。)
 ジュダさんは、後ろで私達の会話を聞いていた俊男さんを前に出す。
(何だか良く分からないけど、僕が死んじゃったのを、連れ戻しに来たんだよね?)
 そうよ。私だけじゃない。皆が、貴方の帰りを待ってる。皆の生きる活力に、貴
方は、なっているの!それで帰らないなんて、私が許さない。
(僕が戻ったら、『因果』のせいで、未来が崩れるって言われたから、このまま天
の楽園に行く物だと思っていた。)
 それは、楽な選択肢よね。未来の為に自分が死んで、後は私達に任せるんでしょ?
でもね。私はそんな選択肢、許しません。未来が崩れるって言うなら、崩れないよ
うに抗うのよ!それが例え困難でも!私と貴方なら、出来ますわ!
(ハハッ!厳しいその言い回し、さすが恵さんだね。)
 俊男さんは、本当に嬉しそうに笑った。
(恵ちゃん・・・。本当に立派になって・・・。)
 お婆様。私は私よ。困難があったら、立ち向かうのが私。
(正直に言うと、僕は死にたくなんか無い。皆と生きる道があるなら、そこを進み
たい。恵さんと離れたくなんか無いからね。)
 俊男さん。そうよ。そうこなくちゃ駄目よ。
(・・・こうなったか・・・。これで、俺の肩の荷も下りると言う物だ。)
 ジュダさん?どうしましたの?貴方も一緒に・・・。
(駄目さ。俺が行くのは、そっちじゃないし、そこの門二つでも無いんだ。)
 え?どう言う事?違う道でもあると言うの?
(僕達が行くのは、あっちなんだ。)
 ジュダさんと、『時界』を越えてきた俊男さんは、上を指差す。
 な、何アレ?上に見えた世界は、真っ暗闇だった。本当に何も無い。
(あそこは、『因果』を越えた者が行き着く果てだ。時間も、空間も、概念さえも
無い場所だ。あそこに、俺達は飛ばされる。そして、永遠に漂い続けるのさ。)
 何それ・・・。そんなの酷過ぎるじゃない!そんな場所に、ジュダさんも俊男さ
んも行くと言うの!?皆の為に、あそこまで尽くして、何度も頑張ったってのに!
(それくらいの禁忌なんだ。・・・やり直しってのは、やっちゃいけないんだ。)
 だって!それは、私達のためでしょう!?そんなのって無い!
(僕も、正直怖いね。だから、この『時界』での僕は、せめて天の楽園に送り届け
ようとしたんだ。巻き込んで、僕達に付いてこないようにね。)
 ・・・馬鹿!馬鹿よ!!貴方達、やるだけやったら、そんな拷問みたいな世界に
行かされるなんて、それで良いの!?
(そうだ。それは、僕の為でもあるんだろ?巻き込まない為?だからあんな所に行
くだって?それで助かった僕が、嬉しいと思うとでも?)
 隣に居る俊男さんも反論する。
(君は、つくづく僕なんだね。でも、君が居るから、僕は安心して行けるんだ。)
 あっちの俊男さんは、清々しい顔をしている。
(君が居なかったら、僕は、また繰り返していたよ。皆が一人ずつ死んでいく、地
獄のような想いを、何度もしてね。)
 俊男さんは、顔を歪める。何度も、何度も苦しんできたのだろう。
(恵。俺達は、罰を受けるんじゃない。宇宙の意志と一緒になるだけだ。居なくな
る訳じゃ無いんだ。・・・だから、忘れないでくれたら良い。)
 ジュダさん・・・。でも、そんなの・・・。屁理屈だよ・・・。
(そっちの僕。・・・こっちの僕は、意識の海へ行ってくるからさ。そっちの僕は、
恵さんを頼むよ。上から見てるからさ。)
 あっちの俊男さんは、満面の笑みで言う。何であんな顔が出来るのよ・・・。
(君は、それで良いんだね?)
 こっちの俊男さんは、鋭い目付きで、二人を見る。
(本当は、良くないよ。・・・でも、意識をそっちに飛ばして、偶に見に行くから、
成果を見せてくれよ。ちゃんとしなかったら、承知しないよ?)
 あっちの俊男さんは、漂ったまま、見る事しか出来ないのか・・・。
(分かった。誓うよ。恵さんは、僕が幸せにしてみせる。)
 俊男さん・・・。今は嬉しいけど・・・。このままじゃ、あの二人が。
(よし・・・。行きましょう。ジュダさん。)
 俊男さんが行ってしまう・・・。そんなの嫌だ・・・。何回も失敗して、絶望を
知った俊男さんが・・・。そんなのって無いよ・・・。
(本当に・・・此処まで付き合わせて悪い・・・。お前には、謝りきれん。)
 ジュダさんは、俊男さんと上に上がっていく。あんな・・・あんな何も無い世界
に!本当に上がってしまう!
(あっちの世界の俺に言ってくれ。・・・悪いが任せたってな。)
 ジュダさん!!貴方だって苦しかったんでしょう!?皆に謝る事しかしないで!
それでも責任を負って!!最後には、こんな酷い仕打ちを受けるだなんて!!
(フッ。俺はリーダーだからな。・・・俺の代わりになれる俺が居るから、もう、
思い残す事は無いさ。・・・じゃあな!!)
 ジュダさん!!ジュダさーーーん!!!ああああ!行っちゃった・・・。
(ジュダさん、僕も行きますよ。・・・本当に頼んだよ?僕。)
 俊男さん!駄目よ!!貴方は、本当に仲間想いで!何で、そんな目に合うの!!
理不尽よ!理不尽じゃない!!そんなの駄目よ!!
(恵さん。・・・何かを成し遂げるってのはね・・・。何かを犠牲にして、やっと
勝ち取れる事が、ほとんどなんだ・・・。それに・・・僕は犠牲になるんじゃない。
見守り続けられるんだ。だから、この体は、惜しくないよ。)
 そんなの嘘よ!!だって、もう会えないじゃない!話が出来なくなるじゃない!
そんなのって、無い!無いよ!!!
(・・・いつも見てるよ・・・。話せなくてもね・・・。恵さん・・・。僕は、君
を・・・愛してるよ・・・。だから、幸せになってね!)
 俊男さん!!私もよ!!だから、行っちゃ駄目!!何でなのよ!!
(・・・ありがとう・・・。)
 俊男さん!!嫌だぁ!!俊男さーーーーん!!!
(・・・僕は・・・重い責任を、負っちゃったな・・・。あの僕に、負けられない
や。・・・いつも見られてるからね。)
 俊男さん・・・。分かった・・・。見ててね?私、貴方に誇られるようになるか
ら!幸せいっぱいになって、貴方を安心させるから!!
(恵ちゃん・・・。恵ちゃん!!)
 お婆様が、私の頭を撫でてくれた。気持ち良いな・・・。
(行こう。恵さん。僕は君の為に、皆の為に、そして・・・見ている僕の為に、生
き抜きたい。そして、生き様を見せてやりたい。)
 うん・・・。私、もう貴方まで失ったら、生きていけない・・・。
 行きましょう・・・。そして、みせてやりましょう・・・。


 私は、あの人の頑張りを、無駄にしたく無かったのだ。
 どんなに足掻いても、誰かが死ぬ『時界』・・・。
 それを見続けて、地獄のようだったと、彼は言っていた。
 私は、それを聞いて、的確なアドバイスを送っていたと言う。
 見るからに疲弊している彼を見て、何とかしてあげたかったのだ。
 だから、私は自分を犠牲にする事を選んだと言う。
 そのせいで、彼は気が付いたのだ。
 自分が『因果』から外れている存在だと言う事に・・・。
 だからミシェーダと闘って?自分が犠牲になって?
 ふざけている・・・私を何だと思っているのか。
 俊男さんだけが犠牲になるなんて、私には耐えられない。
 だから、『魂流』のルールに縋り付いた。
 危険だと言われたが、関係ない。
 私が、俊男さんを取り戻してみせると、息巻いた。
 でも・・・あの人は、遠かった・・・余りにも遠かった。
 『因果』から外れた、あの人の行きつく先は、何も無い世界だった。
 そこを漂い続けて、宇宙の意志と、一体となると言っていた。
 そんなのってない・・・そんなのってないよ・・・。
 しかし本来なら、この『時界』の俊男さんも、その世界に行く予定だった。
 それだけは避けたいが為に、せめて死出の世界に連れて行こうとしたのだろう。
 だけど、それだけは、許さなかった。
 私の我侭だ・・・。
 だけど、俊男さんをこのまま死なせはしない!
 その決意を伝えたら、私と生きたいと言ってくれた。
 なら、絶対に、この俊男さんだけでも、連れ戻して・・・みせる!!
 頭が痛い・・・。疲労感が強く出ている。遠い・・・意識の奥で、色んな感情が
爆発した覚えがある。・・・そ、そうだ!戻ってきたのか!?
「・・・あつつ・・・。」
 私は、頭を抱える。手足の感覚が、段々ハッキリしてくる。
「恵様!!戻ってこられましたか!!」
 睦月が、私が目覚めたのを感じ取って、胸に抱き寄せる。
「あー・・・。睦月?・・・帰ってきたのね。私・・・。」
 私は、頭がボーっとしてたが、冴えない頭を働かせて、返事をした。
「はい。良かったです!無事で!!」
 睦月は、本当に喜んでいる。・・・って、そうだ!
「俊男さんは!?」
 私は、飛び起きて、俊男さんの方を見る。
「起きましたか。恵殿。貴女が頑張ったおかげで、活力が戻ってきたぞ。」
 ゼハーンさんは、手応えを感じていた。確かに、顔色が良い。
「体はバッチリよ。後は戻ってくるだけよ。」
 江里香先輩も、『治癒』のルールで、完璧に治した自負があるようだ。
「・・・で、どうだったんだ?恵。」
 兄様は、是非を聞いてくる。俊男さんを取り戻せたかどうかだろう。
「皆さんの予想通り、連れ戻せました・・・。」
 私がそう言うと、皆は喜んでいた。・・・だけど・・・。あの寂しい顔をしてい
た俊男さんは、もう居ない・・・。救いたかった・・・。
「浮かない顔をしているわね。」
 ファリアさんは、私に声を掛けてきた。気付かれたかな。
「俊男さんが起きたら、話す事がありますわ。」
 私は、それだけ言った。それ以上は、俊男さんが起きてから伝える事だ。
「よし・・・。皆のおかげだ。魂の量は、十分だ!」
 ゼハーンさんは、仕上げに掛かる。これだけの仲間が、俊男さんの為に、命を懸
けて魂の力を提供したのだ。出来ない筈が無い。
「『魂流』のルール!!」
 ゼハーンさんが叫ぶと、俊男さんの体が光る。すると、俊男さんの体が、ピクリ
と動いた。そして、薄目を開けていた。
「・・・こ・・・こは?」
 俊男さんは、眠そうな顔で起き上がると、周りを見渡す。
「俊男さん!!」
 私は、我慢出来ずに抱きついた。はしたない行為だと思ったが、周りを気にする
余裕も無かった。だって、嬉しかったから・・・。
「け、恵さん?・・・ええと・・・。この状況は?」
 俊男さんは、ポカーンとしていた。
「思い出せないのね?・・・そうよね・・・。良いわ。教えてあげる。」
 私は、意を決して、話す事にした。俊男さんは、『時界』を越える前の状態に戻
ったのだ。恐らくさっきの意識の中の会話も忘れている事だろう。覚えているのは、
私だけだった。でも、忘れちゃいけない・・・。あの俊男さんも含めて、今の俊男
さんがあるのだから・・・。
 そして私は、話してあげた。俊男さんが成し遂げた偉業を・・・。
 それは、果てしなく続いた3月1日の話。そして、足掻き続けて・・・最後には
宇宙の意志となった、悲しい人の話。全てが愛おしくて、全てが忘れてはいけない
話だった。・・・そして、此処に居る全員の力で、俊男さんを救ったのだ。
「・・・僕はまた、皆に助けられたんですね。しかも今度は、こんな大勢の人に。」
 俊男さんは、自分の手を見る。そして動かしながら、拳を握る。
「そして、足掻き続けた僕は・・・行ってしまったんですね。」
 俊男さんは寂しそうだった。出来れば、思い出してあげたいのだろう。未来を越
える為に、足掻き続けた自分を・・・。
「貴方が戻ってきただけでも奇跡なの・・・。でも私は、救ってあげたかった。」
 私は涙が止まらなかった。俊男さんは、皆の為に命を張って、皆の為に宇宙に漂
い続ける事を選んだ。この俊男さんは、あの俊男さんが残した意志の結晶だ。
「僕は、その『時界』の僕に負ける訳には行かない。・・・そうじゃなきゃ、僕自
身に、申し訳が立たない!」
 俊男さんは、決意を新たにしていた。例え覚えていなくても、俊男さんだった。
「そうか・・・。あの時の俊男は、行っちまったか・・・。礼を言いそびれたぜ。」
 士さんは、少し悔しそうだった。そうだ。士さんも何度も救われたのだ。
「未来の俺も、行っちまったか・・・。俺の責任もでかいな・・・。」
 ジュダさんは、行ってしまった未来の自分に、これからの輝かしい未来を誓うの
だった。ジュダさんも、悲しい運命だったから・・・。
「俊男。俺達は・・・いや、お前も含めて、あの俊男に救われたんだ。だからさ。
今度こそ見せてやろうぜ。地獄のような未来じゃなく、俺達の未来をさ!」
 兄様は、俊男さんとがっちり握手する。
「元よりそのつもりだよ。救われた命を無駄にはしないよ。皆さんの為にもね。皆
さんには、本当に感謝してます。」
 俊男さんは改めて、此処に居る皆に感謝の意を示した。
「お前が元気なら良い。・・・私は、やっと成功したんだな・・・。」
 ゼハーンさんは、自分の手を見て、満足そうにしていた。違う未来では、必ず失
敗していた。何度も失敗して、その度に俊男さんは時を越えた。だが、『因果』が
解けたこの世界で、やっと成功を手にしたのだ。
「親父。頑張ったな!そして、俊男!良かったな!!」
 レイクさんは、喜びを噛み締めていた。この顔を見る為に、頑張ってきたのだ。
「でも複雑ね。私は、あの俊男君も救いたかったわ。」
 ファリアさんは、遠い眼をしていた。それは、行ってしまった俊男さんを見るか
のようだった。しかし、見えないだろう・・・。
「仕方の無い事よ。でも、俊男さんは、見てるって言っていた。私は忘れない。」
 そうだ。私は忘れちゃいけない。この家を守りきった英雄が居た事を。
「それにしても、疲れたわね・・・。睦月!」
 私は、疲れた体をアピールする。
「皆様もお疲れでしょう。用意させます。」
 睦月は、自分も疲れているので、他の使用人に連絡を入れる。そして、皆の体を
癒す用意をするように指示をしていた。
 さすがに、私も睦月も疲れてるからね。・・・今は休まないと・・・。


 面白い見世物を、見る事が出来た。
 生物の蘇生など、早々お目に掛かれる事は無い。
 魂を操る事の出来る術者が居るとは、中々面白い事だ。
 脅威になるだろうな・・・だが、ここで邪魔をするなど、野暮な事だ。
 余が覇者になる為に、こ奴等は邪魔になるが・・・。
 疲れを狙うなど、覇者のする事では無い!
 余が望むは、力での勝利・・・そして、完全なる勝利だ。
 寝込みを襲うような下種な真似は、余の信念に反する。
 ただし、奴等が万全の状態ならば、あの絆の力、闘うに値する。
 それまで待ってやろう。
 余は、『神魔』であり、力の体現者である。
 強き者との闘いは、余が望む所であり、それを打ち砕くのが至上の喜びだ。
 今日は、天神家とやらに攻め込むつもりだったが、気が変わった。
 奴等の傷が癒え、余と闘うに相応しい状態の時、攻め込んでやろう。
 ただし、奴等の戦力は、相当な物だからな。
 こちらも、それなりに用意させてもらおう。
 『ダークネス』の僕共も、各地に散らばっている『闇の骨』を見つけてきている。
 これならば、余が部下共を、呼ぶ事も可能だろう。
 魔界の重鎮を呼べば、大いなる戦力になる。
 余は、『覇道』復活の狼煙を上げなくてはならん。
 その為の力だ・・・『覇道』を成す為のな。
 余興は、派手な方が、盛り上がると言う物だ。
 余は、力の体現者、ケイオス=ローンなり。
 ソクトアを力が支配する世に、仕上げて見せよう。


 夢を見た・・・遠い夢だ。
 俺の体が、離れて行く夢・・・。
 体は、蝕まれていき、やがて体力も尽きる。
 『瘴気』を『神気』が体の中を駆け巡り、やがて死に至る。
 抗うと、凄まじい激痛に襲われる。
 それでも、俺はそう簡単に死ぬ訳には行かなかった。
 俺が死ねば、赤毘車は嘆き悲しむだろう。
 最悪、俺の後を追い兼ねない。
 それだけは、避けなくては・・・。
 その、最悪の事態が、目の前に現実になったら・・・。
 俺は、死しても適任者を見つけるだろう。
 アイツ等の中で、俺と相性が良くて、俺の力を受け止めきれる器は・・・。
 俊男だろうな・・・アイツは、瞬やレイクや士と同じくらいの器を感じる。
 俺は、実際そうしたんだろう。
 そして、どうすれば良いのか、考え付く。
 俊男とは相性が良いから、未完成だった『琥珀時力』が出来るかも知れない。
 なら、俺は、迷わず使うだろう。
 しかし、『琥珀時力』を使うと言う事は、『因果』に逆らう事だ。
 『時空』のルールで、『因果』から逃れているミシェーダとは、訳が違う。
 『因果』は、俺たちに容赦無く襲い掛かるだろう。
 それでも、『因果』と闘わなくてはならない。
 赤毘車の為に、俊男は、恵の為に・・・皆の為に・・・。
 俺は、最低だな・・・。
 自分は、万年病を治せば、『因果』の中の俺は残る。
 だが俊男は、『因果』から外れる時に、身を犠牲にするだろう。
 つまり、俺は、自分は助かるのに、俊男に死ねと言ってるのと同じだった。
 この行為のどこが神だ!!!
 ミシェーダに勝るとも劣らないクソ野郎じゃないか!!
 幸いにして、俊男は助かった。
 だけど、それは『因果』の中の俊男だ。
 『因果』に襲われた俺と俊男の結末は・・・恵が教えてくれた。
 時の無間世界に、放り込まれたんだろうな・・・。
 ミシェーダでも無い限り、あそこから逃げるなんて不可能だ。
 あそこは、宇宙の意志と一体となる場所。
 あそこに放り込まれたら、もう戻る事など不可能だ。
 見る事しか出来なくなる・・・。
 俺は、何て罪深いんだ・・・。
 神のリーダー?どこがだ!!
 あんな地獄に叩き落して、何が、神のリーダーだ!!
 俺は、責任を負わなければならない。
 助かった事には感謝する。
 だが、それで満足してはいけない・・・。
 それが、俺が俺足る所以だ。
 宇宙の意志よ・・・俺の生き様を見ていろ!
 俺は、お前達の想いに、報いる生き方を見せてやる!
 俺は、そんな夢を見た・・・。俺の想いが、夢を見させたのだろう。
 ・・・と、ここは、天神家か。すっかり眠ってしまったようだ。昨日は、色々大
変だったからな。皆の想いを結集して、俊男を蘇生した。俺も命を懸けたが、それ
は、当然の事だ。俺の命をも救った俊男に、少しでも報いるのが、俺の使命だ。
「・・・ん・・・。」
 俺は、体を起こす。すると、隣で着替えをしている赤毘車が居た。普段は男みた
いな格好をしているが、コイツは、スタイルも良いし、何より一番女性らしいと思
う。俺の後を追って自殺する辺りは、男じゃ中々しない事だ。
「起きたか。ジュダ。目覚めの気分は、どうだ?」
 赤毘車は、柔らかな笑顔を俺に向ける。この笑顔を見たいが為に、俺は俊男に協
力を求めて、犠牲にしたのだ。
「体調が悪い訳じゃないが、余り気分は良くないな・・・。」
 俺は正直な感想を言う。俺は、アイツ等の分まで生きなきゃ駄目だが、犠牲にし
てしまったと言う想いが拭えない。
「気にするなとは言わない。・・・だが私にも、その想いを背負わせて欲しい。」
 赤毘車は、何も言わなくても、俺の気持ちを理解していた。だから、自分にも背
負わせて欲しいと言ったのだ。全く・・・良く出来た妻だよ。
「今更、野暮な事は言わない。お前と共に生きるのだから、お前も背負ってくれ。
だが、一つだけ、約束して欲しい。」
 俺は、どうしても、言っておかなければ、ならない事を言うつもりだ。
「俺の後を追うのは、止めてくれ・・・。俺が一番悲しむ行為だ。」
 そう。赤毘車は、俺が死んだ時、俺の後を追ったと言う。
「実際に、お前が死んだら、私は後を追った・・・か。信じられない話では無い。
私なら、まぁ追うだろうな・・・。」
 赤毘車は、恵から話を聞いているので、実際に想像してみていた。
「こう見えて、私は、尽くす方らしいな。それが裏目に出たようだ。」
 赤毘車は、意味ありげに笑う。しかし、これは守ってもらわなきゃ困る。
「なら、約束してくれ。私を置いて行かないでくれ。」
 赤毘車は、そう言うと、俺の胸に飛び込んでくる。
「馬鹿・・・。お前も神だろ?なら、俺達がどんなに危険な仕事か、分かっている
筈だ。・・・でも、お前の期待に応えよう。」
 俺は、コイツを置いて死ねなくなったな。赤毘車は、思い詰めると、結構激しい
からな。俺と同じになりたくて、神になったくらいの女だから、当然か。
「約束だぞ?私も、お前を置いていったりしないからな。」
 赤毘車は、自分も約束する。お互いいくつになっても、変わらぬ想いと言うのは、
ある物なんだな。コイツは、大事にしないとな。
「了解だ。だが、そろそろ神らしい所も見せないとな。」
 俺は、気を引き締める。万年病のせいで、色々と迷惑を掛けた分、取り戻さなけ
ればならない。これくらいで参っていられん。
「そうだな。私も、色々弱い所を見せてしまった。気を引き締めなければな。」
 赤毘車は、俺と一緒に、神としての責務を果たす事を、誓っていた。
 俺は、これまでの事を取り戻さなければならない。


 一体いくつの3月1日を体験したのだろうか?それを知っている人は、もう彼方
へ行ってしまった。あの時の俊男さんは、深い深い悲しみに包まれていた。そして、
寂しい眼をしていた。俊男さんの話を聞いて、私はすぐに気が付いた。
 この人は・・・自分を犠牲にしようとしていると・・・。
 そして、そこから至る結論は、破滅・・・。いや、それで済めば良い。俊男さん
は、自分が消滅しても、私達を救いたいと思ったのだろう。
 あの人は、それを本当に実行してしまった。だが、それと同時に消滅する予定だ
った、この『時界』の俊男さんは救えた。・・・全員を救いたかった。しかし、そ
れは、『因果』が許さない。私と言えど、『因果』に逆らって、宇宙の意志に飲み
込まれるのを防ぐ事など出来ない。なので納得していないが、妥協する事にした。
 そして迎えた3月2日だ。大事にしないといけない。あの人達が悲劇無しでは、
迎えられなかった3月2日を私達は満喫出来るのだ。日々を大事にしようと言う気
になってくる。
 私は、俊男さんが居る医務室に向かう。起きたら、真っ先に会いたかった。
 すると、俊男さんは着替えを済ませて、学校に行く用意をしていた。
「ああ。お早う。恵さん!」
 俊男さんは、飛び切りの笑顔を私に見せる。私は堪らず抱きついた。
「俊男さんが居る・・・。俊男さんは、確かに、此処に居るのね・・・。」
 あの俊男さんは行ってしまったが、此処にも確かに居る。そして、私の大好きな
微笑を向けてくれる。これだけで幸せになる。
「あの人達の・・・おかげだよ。そして、皆のおかげだよ。」
 俊男さんは、私の背中を優しく抱きとめてくれた。
「うん・・・。感謝しなければね。私達が前に進ませてくれた人達にね。」
 私は、これからも行き抜かなければならない。
「うん。・・・じゃ、今日も元気に学校に行かなきゃね!」
 俊男さんは、制服に着替えてある。私も着替え済みだけどね。
「体は大丈夫なの?」
 私は、心配する。昨日まで死んでた人だから、余計に心配になる。
「うん。何か物凄く調子が良いんだよ。皆の魂の力が、漲っている感じがするんだ。」
 俊男さんは、流れるように肘打ち、膝蹴り、裏拳を繰り出す。何て自然な流れで、
綺麗に音が鳴った。これは、余程調子が良くなきゃ出せない音だ。
「成程ねぇ。魂の力が俊男さんに乗り移ったのかしら?」
 私は、俊男さんの調子の良さを分析する。
 そのまま、大広間まで行く。今日は、大人数で朝食を取る。何せ仲間を全員集め
て、そのまま泊まらせた物だから、凄い数の朝食を用意しなければならない。
 それでもキッチリ朝食を用意して、使用人に指示する辺り、睦月や葉月は優秀だ
と思う。あの二人だって、相当な疲労があった筈だ。
「では、戴きます。」
 私は、朝食を前に、挨拶をする。
「ん?瞬君とか居ないけど、良いの?」
 俊男さんが気にしていた。
「兄様は、頑張りましたからね。お休みになられてるんだと思いますわ。」
 私は、済ました顔で言う。勿論、只の寝坊なので、起こしてやらないと言う嫌味
だった。兄様は、だらしない所があるから、直さないとね。
「私、起こしてきますね。」
 葉月は、今日3回目の起こしに行った。兄様らしいわ。良く見ると、ファリアさ
んも呆れながら朝食を取っている。どうやら、レイクさんも居ないようだ。
「ほう。この卵の出汁巻は、さすがだな。味付けに隙が無いな。」
 士さんは、相変わらず料理には厳しいようだ。
「そう言えば、ゼハーン殿は?」
 ショアンさんが心配していた。
「ゼハーンさんは、本当の意味での休みでしょ。昨日は、頑張ったし。」
 ジャンさんは、私の皮肉の意味を交えながら、ゼハーンさんの事を教えてくれる。
ゼハーンさんは、昨日の功労者だ。ゆっくり寝かせてあげたい。
「でも、レイク君と一緒に、遅れるのを見ると、親子って感じがするね。」
 アスカさんは、微笑ましい親子だと思っているのだろう。
「レイクの場合、只の寝坊ですけどね・・・。はぁ・・・。」
 ファリアさんは呆れていた。気持ちは分かる。兄様も、もうちょっと早く起きて
欲しい物ですわ。少しは、反省してもらわないと。
「ふぁーあ。お早う御座いますー。」
 誰かが扉を開けてきた。魁君か。この人も、朝はきつそうだ。
「魁君!遅いよ!朝食を、一緒に食べられなかったじゃない。」
 莉奈が注意する。中々微笑ましい光景だ。
「わりぃわりぃ。昨日は疲れちまってなぁ。皆、良く起きれるなぁ・・・。」
 魁君も疲れが残っているようだ。それはそうだ。皆は、真剣に俊男さんを助けよ
うとしたから、魂を削られているのだ。回復には時間が掛かるだろう。
「まぁ、気持ちは分かるね。頭がボーっとするー。」
 葵が伸びをする。疲れが抜けきってないのだろう。
「ンー・・・。ガリウロル食の朝食は、美味しいネ。」
 センリンさんは、幸せそうな顔で、朝食を摂っていた。
「その言葉が聞けて、私達は満足しています。」
 睦月が、嬉しそうな顔で、皆を見ていた。睦月も丸くなった物ね。
「悔しいけど、家より美味い・・・。さすがプロよねー。家の使用人も腕は悪く無
いんだけどね・・・。睦月さんの名前を出したら、恐れ入ってたわ。」
 江里香先輩は、上品に食事を摂っていた。江里香先輩の家も大きい物ね。
「エリ姉さんの家は、校長先生が、ガリウロル食に煩いから、良い方だと思うけど
なぁ・・・。ちょっとでも手を抜くと、激怒するし・・・。」
 俊男さんは、江里香先輩の家の近所だったわね。校長は、確かに拘りそうね。
「はっはっは。校長らしいね。うちも冬野が作ってるんだけど、アイツ、やたらと
胡椒を使ってきてなぁ。辛いんだよねぇ。」
 亜理栖先輩は、自分の家の食事を思い出す。
「胡椒なら、使ってますよ?ただし、隠し味に少しですね。」
 睦月が教えてくれた。さすが、調理場を任せれてるだけある。
「胡椒かぁ・・・。ちょっとしたアクセントには良いんだろうな。」
 ジャンさんは、頭に入れている。最近メキメキと、調理の腕が上がっているみた
いだ。士さんが鍛えているだけある。
「調味料って大事だよねぇ・・・。ウチ改めて、そう思うわ。」
 アスカさんも、センリンさんを師事して、腕前を上げてきている。楽しみだ。
「いやー・・・私さぁ。こんな豪勢な食事を毎日戴いちゃって良いのか?って思っ
ちゃうねぇ。此処に来てから、美味しい物ばかりでさぁ。」
 ティーエさんは、嬉しい事を言ってくる。天神家の誇りに懸けて、不味い物など
出せませんわ。睦月も葉月も、その事は重々承知だ。
「私も、ここに来る前は、『絶望の島』でしたからね。違い過ぎて戸惑っています。」
 ジェイルさんも、此処の食事が気に入ったみたいだ。良い事だ。
「最初は俺達も、そう思ったけどな。今は有難く戴く事にしてるぜ。」
 エイディさんは、すっかり箸の使い方なども上手くなった様だ。
「しかし、兄貴は朝が弱いな・・・。俺も人の事は言えたもんじゃないけど。」
 グリードさんは苦笑する。グリードさんも最初の頃は遅かったが、士さんの仕事
を手伝う様になってから、メキメキと早くなっていった。
「寝る子は育つと言うじゃろ?ガハハハハ!!」
 伊能先輩は、豪快に笑うが、こっちは困っている。
「伊能。そう言う問題では無いぞ。天神は、あの遅さで学校には間に合っている。
つまり、脚力が段違いだと言う事だ。あの脚力は、こう言う特訓も・・・。」
 修羅先輩は、的外れな事を言っていた。偶にこう言う事を言う先輩なのよね。
「だーらしねぇなぁ。目覚まし掛けたら、その時間に起きるってのは、当然だろ?」
 勇樹が呆れていた。彼女は、男言葉でガサツかと思われがちだが、誰よりも繊細
で、しっかりしている。親父さんの世話をした時期もあると言うから、当然か。
「根性が足りんな。今度、私が鍛え直してやろう。」
 赤毘車さんが、楽しそうに笑った。赤毘車さんの根性を鍛えると言うのは、並の
鍛え方じゃない。最近手合わせしているから分かるが、恐ろしい鍛え方だった。
「やり過ぎるなよ?ま、早起きした方が良いのは確かだがな。」
 ジュダさんは、隣でケラケラ笑っている。本当に楽しそうだ。これまでの自分を
取り戻そうと必死なのかも知れない。
「早起きは、三文の得。だっけ?ガリウロルの言葉だったね?」
 ゼリンは、一生懸命ガリウロルの文化を学んでいる。基本真面目なのだ。
 そんな事を話していると、扉にダッシュする音が聞こえた。そして開かれる。
「お、お、お早う!!み、皆早いね!」
 兄様は、余程焦ったのか、制服に乱れがある。
「兄様。襟!!・・・今日は思い遣られますわ・・・。」
 私は頭を抱える。全く兄様は・・・。余計な小言を言わせないで欲しい。
 そして、もう一つ、急いだ足音が聞こえる。
「うはぁ!・・・遅れちまった!済まん!」
 これは、レイクさんだ。ファリアさんが、冷ややかな目で見ていた。
「アンタ、変わらないわね。早く席に着いて、食べなさいよ。」
 ファリアさんは、溜め息を吐きながらも、レイクさんを座らせていた。
 その様子を、俊男さんは、眩しそうに見ていた。とても愛おしそうに・・・。
「この当たり前の光景が、見れない僕が居たんだね。」
 俊男さんは、覚えていない。だが、感じる事が出来るのかも知れない。
「皆で、3月2日が迎えられた事を、感謝しなければね。」
 そうだ。当たり前の光景が迎えられなかった人が居る。それは、俊男さんに限っ
た事では無い。不慮の事故や、不幸な病気に見舞われた人などもそうだ。
 当たり前の朝を迎える。それが、どんなに大事な事か・・・。俊男さんは、身を
持って、教えてくれたのだった。


 爽天学園の校長室は、職員室の隣にある。校長は、一条 大二郎。江里香先輩の
お爺様だ。しかし、孫娘だからといって、甘やかす事は無い。偶に甘いと思う事も
あるが、目に見えて甘いと言う事は無い。人格者と言えば人格者だ。
 その校長から、呼び出しを受けた。何だろう?私は、品行方正にしてきたつもり
だし、成績は学年で一番をキープしている筈だが?悪い事をしてきた覚えも無い。
 私は、校長室の扉を叩く。すると、中から返事が返ってきた。私は、遠慮がちに
扉を開ける。すると、そこには校長と、俊男さん、そして江里香先輩が居た。そこ
に私が呼ばれる・・・これは、もしかして、今回の出来事への説明かな?
「校長先生。天神 恵、参りましたわ。」
 私は、そう言うと、優雅に挨拶をしてみせる。優雅さを保つのは、天神家の誇り
を保つ第一歩であり、基本中の基本である。
「うむ。今日は御苦労である。来てもらったのは、事の真相を知りたいからじゃ。」
 この言い方だと、江里香先輩が、喋ったのかも知れないわね。
「何処から話しましょうか・・・。と言うか江里香先輩、何処まで話したんです?」
 まずは、そこからだ。江里香先輩は、事の真相を知っている筈だ。
「江里香からは、恵お嬢ちゃんから聞けと言われておる。」
 校長先生は、真剣な目で、私を見ている。成程。説明は、私がやれと言う事か。
「私は手伝っただけだからね。悔しいけど、当事者が説明しなきゃ意味が無いわ。」
 江里香先輩は、残念そうな顔をする。江里香先輩は、私に言われて手伝っただけ
で、実際は私が奮闘したと思っているようだ。
「謙遜が過ぎるわよ。先輩。貴女、俊男さんを看病したじゃないですか。」
 私は『治癒』のルールの事まで話す訳には行かなかったので、看病と言う言葉に
留めておいた。その方が、スムーズに話せるだろう。
「俊男が倒れたと言うのは、聞いておる。そこからじゃ。」
 校長先生は、そこから先が、聞きたいようだ。
「分かりました・・・。これから説明する事は、壮絶な記憶です。」
 私は、前もって言って置く。そして、『ルール』の事を伏せながら、私達の現状
を説明した。最近来た士さん達の事。その人達の素性を話し、レストラン『聖』を
開いた事を報告する。そして、私達の敵の事を話す。セントに居る元老院の事をだ。
最近知り合った神や魔族の事も、包み隠さず話した。校長先生には、知ってもらっ
た方が良いからだ。いざと言う時に、対応してもらった方が良い。
 そこまで話して、『ルール』の事を話した。神が行使出来る特殊な能力にして、
摂理を変える事すら出来る恐ろしい能力の事をだ。校長先生は、真剣に話を聞いて
いた。そして、その能力によって出来た絆、そして敵の事を話す。
 そして、訪れた悲劇、万年病の事を話した。神が掛かる恐ろしい病気だ。そして、
それによって起こる悲劇。ミシェーダの襲来にして、天神家及び、ガリウロルの壊
滅だ・・・。それを防ぐ為に、ジュダさんの魂が、俊男さんに乗り移って、『時界』
を越える事に成功する。
 だが、それが更なる悲劇の始まりだった。俊男さんが『時界』を越えた事で、3
月1日に誰かが死ぬと言う『因果』が生まれてしまった。ジュダさんを万年病から
救ったのに、士さんがミシェーダに殺されてしまった。そして、その後見た光景は、
ガリウロルが壊滅した時と、一緒の光景だったと言う。つまり、誰かが死ぬと言う
事で、絆が壊され、天神家及びガリウロルの命運が懸かっていたのだ。
 それを防ぐ為に、俊男さんは、成功するまで何度も何度も『時界』を越えた。し
かし、『因果』の力は凄まじく、失敗を重ねてしまう。それでも諦めなかった俊男
さんは、とうとう気付いてしまう。誰かが死ぬと言う『因果』が始まった原因は、
自分が『時界』を越えてきた事が原因だと。
 なので、俊男さんは、ミシェーダの相手を自分でする事にしたのだ。ミシェーダ
を殺せれば、3月1日に誰かが死ぬと言う『因果』も満たせるし、自分が倒れれば、
『因果』自体が終わるので、結果が変わって来る筈だと踏んだのだ。
 そして、その結果、俊男さんは、見事にミシェーダを倒した。しかし、ミシェー
ダは、死の間際にチャクラムを爆弾に変えて、この家ごと粉砕しようとした。それ
を、俊男さんは命を懸けて、防いだのだ。
 そして、その結果、俊男さんは息絶えた。・・・だが、『因果』から外れたこの
時なら、いつも失敗していたゼハーンさんの『魂流』のルールによる蘇生が成功す
るかも知れないと考えて、実行した。その時に、江里香先輩の『治癒』のルールで、
俊男さんの体の回復を頼んだのだ。
 私は、俊男さんの魂と会い、現在の俊男さんと、『時界』を越えてきた俊男さん
と会う。そして、『因果』から外れてしまった俊男さんは、何も無い世界へと行っ
てしまった・・・。しかし、現在の俊男さんだけは救ってみせると考えて、現在の
俊男さんは、連れ戻す事に成功した。
「・・・そして、何度も繰り返された3月1日は終わって・・・。今日を迎えられ
たんです。でも、私は忘れない・・・。見ているって、約束しましたから。」
 私は、全てを話し終えた。今話しても、涙が滲む。
「・・・壮絶じゃのう・・・。何もかもが・・・。」
 校長先生は、目を細める。
「僕は、未来の僕に負けない生き方を見つけるつもりです。」
 俊男さんは、改めて自分の生き方を示す。
「うむ。その意気じゃ。大変かも知れん。じゃが、未来のお主が出来た事。お主が
本気になれば、出来ない事は無いと思う。」
 校長先生は、優しい目で俊男さんを見る。可愛がってもらってた物ね。
「僕は、負けません。ですが、恵さんを一人には、しません。」
 俊男さんは、喜んで死ぬような真似はしないと誓う。
「そうじゃな・・・。お主が死んだら、儂も悲しくなる・・・。」
 校長先生は、孫を見るような目で見る。俊男さんは、一条家の隣の家だ。ちょく
ちょく遊びに行ってたと言う。だから、本当に孫みたいに思っているのだろう。
「それにしても、儂も救ってもらったらしいな。・・・お主の偉業、この一条 大
二郎も忘れぬぞ。天から見ているのならば、儂の気持ちも汲みとれい!」
 校長先生は、涙しながら、宇宙の意志と一体となった俊男さんに言ってやる。
「きっと、喜んでるわよ。お爺様。」
 江里香先輩が、我が事のように喜ぶ。
 俊男さん、皆、貴方の事も忘れないわ。見てなさい。こっちの俊男さんと共に、
驚かせるような生き方をしてやるんだから!



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