NOVEL Darkness 6-3(First)

ソクトア黒の章6巻の3(前半)


 3、覚醒
 最近は、ビックリする事だらけだ。世の中の特集も変わって来ている。テレビの
中で、初級魔術講座などやっているのだから、ソクトアの対応力ってのは、すげぇ
物だと思っちまう。利用出来る物は、何でも利用し強くなる。それが、ソクトアの
すげぇ所だ。今まで、迫害されてきたのが嘘みたいだ。
 何でこんな事になったかと言えば、魔族の存在が大きい。例えセントが無視した
所で、人々の興味は魔族に移ってきている。セントの思う以上に魔族への関心が高
かったのだ。それ故に、何でワイス遺跡が動いているかとか特集する内に、魔力の
話をしたのが切っ掛けだった。
 魔法は、切っ掛けさえあれば、ソクトアの誰もが使えるような簡単な物だ。魔力
は、他の所から補えると知れば、誰でも使えるからだ。それにもちょっとしたコツ
があるんだがな。俺も使えない訳じゃ無いが、余りにも効率が低いので使わない事
にしている。向き不向きがあるのだ。
 ただし魔法の使い過ぎで、魔力が尽きると昏倒してしまうので、その辺の注意を
呼びかけるコマーシャルなどもやっている。結構丁寧に解説しているな。
 ファリアなどは良い兆候だと言っていたが、魔法を犯罪に使う可能性もあると言
う事で、恵を通じて、警察などに注意を呼びかけている。そのおかげか、警察の中
でも魔法取締課などと言う物が誕生したんだとか。
 ただ、残念な報せがあった。最近、俊男が来ていないと思ったら、アイツは、生
死を彷徨う試練に挑んでいるのだと言う。アイツは、いつもそうだ。周りに何も言
わずに自分を責め立てる。恐らく、ケイオスが恵を妾にすると言う話を聞いての事
だろう。上手くあしらわれたのが、相当効いたらしい。
 無茶し過ぎだ・・・。恵に寄れば、俊男は既に魔神を宿した事がある事の反動で、
瘴気に負けないように磨いたせいで、神気を極めつつあったのだと言う。瞬との修
練で、瞬が無意識の内に神気を出していたのに、触発されたと言うのもある。
 瞬は、ゼーダさんと毎日修行しているせいか、神気を出すのが上手い。その瞬と
一番濃く修行をして、瘴気に負けないように研究していたのが俊男だ。何でも、ジ
ュダさんが、俊男に器を見出したのも、神気を操る才能に長けていたせいだと言う
話だ。元々の才能に加え、神気を研究していたのだから、『聖人』に近い体を会得
していたのだと言う。アイツ、マメだからな・・・。
 それなのにグロバスさんを頼って、魔性液を貰って、自分の体を魔族とする。そ
うなるとどうなるか?答えは、消える程の苦しみを味わう。これが正解だ。
 セントが『無』の力を作るのに、クワドゥラートに居る『聖人』と『魔人』の力
を使ったように、そんな事をすれば、体内で『無』の力が生成されてしまう。それ
を乗り越えたら、どうなるか・・・。それは恐らく、強くなれるのだろう。それこ
そ『神魔』の如く・・・。だが、それを得るには、乗り越えなきゃならない。乗り
越えなければ、待っているのは死よりも辛い消滅だ。
 前から、恵と結ばれるには、魔族にならなきゃなどと、冗談めかしに言っていた
が、本当にやっちまうとは・・・。アイツ馬鹿だよ・・・。本当に大馬鹿だ。
 でも恵は、もう俊男の事を信じている。そして莉奈も信じている。瞬も江里香も、
最初は取り乱したらしいが、心待ちにしている。何より、俊男が負けるはずが無い
と、応援している。そこまで聞かされて、応援しない俺達じゃない。
 だから恵は、応援するのと同時に、俊男が帰って来た時に、足手纏いにならない
ように、更なる修行をしているのだ。健気な話だ・・・。
 俺は、その恵を助ける形で修行に付き合っている。ファリアも最近は、かなり本
気で打ち合っているようだ。サイジンも、ファリアを手伝っている。
 魁が、他の星を救いに行っている・・・。俊男は、愛する恵の為に自分の殻を破
ろうとしている。この『闘式』を通して、自分を高めようとしているのだ。それに
比べて、俺は、何をやってるんだ?このままじゃ、普通に敗退して終わりじゃない
か。・・・それで良いのか?
 ファリアは、新しい召喚の型を成功させている。その力を存分に振るって、サイ
ジンと言う英雄を連れる事に成功している。俺は、パートナーとして何が出来る?
剣の腕を今以上に磨く・・・。それは、当たり前の事だ。それ以上に何かが無けれ
ば、とても勝ち抜けないだろう。
(迷っているようだな・・・。)
 この声は、ゼロ・ブレイドか?声を掛けてくるなんて珍しいな。
(私の使い手が迷っているのなら、私自身が鈍る。だから、私自身の為にも、君に
迷ってもらっては困る。今回の大会では、私の出番は無いだろうが・・・万が一と
言う事もある。平和なだけの大会で終わらぬ可能性もあるのだろう?)
 ・・・そうだな。特にセントの出場者は、大会の決まり事を無視する可能性が高
い。気を付けなくてはならない・・・。
(・・・ゼロマインドだったか?君は、奴に勝てると思うか?)
 勝てる勝てないでは無く、勝たなくちゃならない・・・。
(決意は認める。だが、このままでは絶対に勝てないのは、分かっているな?)
 やはり、見て見ぬ振りする訳にはいかないか・・・。
(奴を斬る為には、並の剣では歯が立たない。だが、今の私を使えば、『より危険
な強さ』になる。ゼロマインドとの相性は最悪だ。)
 言われなくても分かっている。奴が『無』の力の塊その物だって言うなら、今の
アンタ、つまりゼロ・ブレイドで斬り付けるのは、自殺行為だ。
(そうだ・・・。かと言って、他の者も、『無』の力を操る者が多い。それは偏に
燃費が良いからだ。単純であるが故に消そうとする力は、どの力よりも強い。他の
力で上回るには、倍以上の出力を必要とする。)
 ああ・・・。分かってる・・・。分かってるんだよ。だけど・・・。如何すれば
良いのか思いつかないんだ・・・。情けないぜ。
(難しく考えるな。もっと簡単に考えた方が良い。)
 簡単に・・・ねぇ?それが出来れば、苦労しないんだが・・・。
(なら、単刀直入に言おう。本来の『無』の力を身に付けるが良い。)
 本来の『無』の力?そんな区分けがあるのか?
(前に記憶を見せただろう?本来『無』の力は、ジークが編み出したのだ。)
 それは知ってる。それとゼロマインドの『無』は何が違うんだ?
(奴が作り出している『無』は、『瘴気』と『神気』を掛け合わせる事で発生する
存在概念としての『無』で、ジークが編み出した『無』とは、根本的に違う。)
 じゃぁご先祖は、『瘴気』も『神気』も知らないのに、『無』が操れたってのか?
(そうだ。そして、その心の在り様こそが、私をゼロ・ブレイドに変えた経緯でも
ある。・・・怒りや悲しみの全ての感情を捨てて、只ひたすら強さを求め、全てを
超えたいと願った心。そこに真の『無』の力が宿ったのだ。)
 真の『無』の力・・・。じゃぁ、今のセントの力は、真の力じゃないと?
(厳密には、あれも『無』として機能している。そして目覚めると、『無』がこの
世の理を見せる。それにより、怒りや悲しみを超える心境にさせてくれる事から、
あながち違うとも言い切れない。)
 複雑なんだな・・・。要は、結果的に同じ心境になるが、自ら目覚めたのとでは、
性能が違うって事か?
(そうだな。『無』の力とは、実は根源的な所で繋がっている。)
 繋がっている?それはどう言う意味だ?
(言葉通りの意味だ。根源的に繋がっているから、本質的な意味で、全てを理解す
る事が出来る。神魔戦争の折に、ミシェーダの悪行をクラーデスが知る事が出来た
のも、奴がその答えを求めたからだ。根源がその欲求に応えたのだ。)
 根源が応えた・・・。じゃぁ『無』の力を使えば、何でも分かるってのか?
(いいや、其処まで便利では無い。根源にも限界がある。過去の出来事を再現する
力はあっても、未来を見通す事は出来ない。)
 過去の出来事を再現?そんな事が出来るのか?
(そうだ。『無』は、記憶の渦だ。問い掛ければ、答えてくれる知識の海でもある。
私が、お前に映像で見せるのに近い感覚だ。ただし『無』は、もっと漠然としか答
えてくれぬがな。その代わり、完全に『再現』する力があるから、今回のように、
『無』によって消えた魔族達を『再現』する力があるのだ。)
 ・・・『再現』?って事は、アイツ等は、生き返ったんじゃなく・・・。
(そうだ。ファリアに『召喚』された者ならば、1000年間、魂の経験を得て、現界
するに至る。だが奴らは、『再現』なのだ。だから、1000年前の姿その物なのだ。)
 死んだ後、いきなり飛ばされたように感じる訳か?
(その通りだ。奴等がこの世界に慣れるのが遅かったのは、記憶の齟齬が生まれる
せいだ。別世界に飛ばされたような物だ。『召喚』ならば、召喚者の知識が流れ込
んでくるから、慣れるのも早いと言う事だ。)
 成程。そう言えば、サイジンは、早く慣れてたな。
(だが『再現』出来る力は、本当に強い。・・・何故、『無』の力は、他の力を圧
倒出来るか、分かるか?)
 んー・・・。確か、他の力より効率が良いってのは、さっきも聞いたな。
(そうだ。記憶の渦から、どう言う風に防いで、どう言う風に出力するかを、拾っ
て来ているのだ。だから、神気を防ぎつつも、効果的な弱点を見出して出力する。
結果的に少ない力で圧倒出来る力が生まれる訳だ。更に、触った相手の弱点を見つ
け出して、記憶の渦に戻そうとする。『無』の力で消滅された者は、記憶の渦と一
体化して、保存される訳だ。)
 すっげーな・・・。だとすると、他の力を使うのは、馬鹿みたいだ。効率的に他
の力を圧倒して、最終的に記憶の渦の力が強まる訳だ。
(そうだ。最も、其処まで理解して力を使っているのは、ジークだけだったがな。
ジークは、全ての感情を押し殺す事で、記憶の渦に、根源に触れたんだ。その瞬間、
圧倒的な吸収する力、消滅させる力に気が付いた。だから理解した瞬間に、恐ろし
い力だと呟いたのだ。その心に触れたから、私はゼロ・ブレイドとなったのだ。)
 そうか。そういやアンタの本当の名前は、『記憶の原始』だっけか。
(そうだ。私には、人間の感情を増幅させて、力にする機能がある。王剣『ペルジ
ザード』の時は、初代ルクトリア王が、象徴としての力を望んだ。だから宝飾の激
しいデザインとなった。だが、『記憶の原始』である私は、記憶を流す力を有して
いる。その記憶は、血と共にあると言っても過言では無い。だから、ユード家以外
の者が触れると、混濁した記憶が流れ込み、精神を崩壊させてしまうのだ。)
 つまり、俺達の一族は、アンタの記憶が流れ易い血が、流れているって事か?
(ご名答だ。呪われた剣などと言われるのは心外だが、私の構造がそうなっている
のだから、変えようが無いのだ。)
 まぁ、現に精神を崩壊させる危険性があるしな。
(ライルの時代で、ライルの自分への激しい怒りを受けて、『怒りの剣』となった。
感情を爆発させる事で、闘気を増幅させる剣へと生まれ変わった。そして、ジーク
の時は、記憶の渦に私も触れた。それで『ゼロ・ブレイド』となったのだ。)
 そう言う事か・・・。だから、激しい力に触れると、アンタは姿を変えるんだな。
・・・それにしても、真の『無』の力って、何か違うのか?
(根本的な所から違う。ジークは、自らそこに至り、ソクトアを破壊しないように
出力を調整して闘っていた。全てを開放したら、宇宙すら滅ぼされ兼ねないからな。
それに対して今、横行しているのは、『神気』と『瘴気』を掛け合わせれば、『無』
が生まれると言う仕組みしか、知らない連中だ。)
 ・・・?つまり、何が違うんだ?
(分からぬか?奴等は記憶の渦を垣間見る事しか出来ない。その結果、知識を得る
事は出来る。だが、記憶の渦に触れられないのだ。・・・だから、奴等はより近づ
く為に全力で出力する。完全に引き出すに至っていない。それでも他の力を圧倒出
来る程強い。だが、ジークは違う。奴は、触れて引き出す方法を知っていた。だか
ら、出力を抑える為に力を使っていたのだ。)
 んじゃジークだけは、『無』を自由に引き出せたってのか?
(そうだ。そして今、このソクトアで横行している『無』は、仮初の物だ。)
 仮初か・・・。それでも覇権を握れる程、強力だって訳か。で?俺は、その真の
『無』の力を手に入れなきゃ駄目なのか?
(そうだ。根源に触れる力。必ず手に入れなきゃならない。)
 でも、『無』に対抗するのに『無』の力を極めるってのも、変じゃないのか?
(その通りだ。ゼロマインドを相手に『無』の力は厳禁だからな。)
 認めてる・・・。なら何で、その力を手に入れるんだ?
(『無』を超える力を手に入れる為だ。)
 『無』を超える?・・・出来るのかよ。それ。
(お前の言葉ではないが、出来るか?では無く、やらなければならないのだ。)
 まぁ、そうだよな・・・。しかし前準備として、『無』を極めなきゃならないな
んて、難儀な事だ。・・・まぁ良いさ。やってやる!
 それにしても、『無』の力か・・・。奥が深い力だ。


 リーゼル星では、相手を倒す決闘は、何よりも重い意味を持っていた。そこに至
る経緯が評価される為だ。相手より力で勝る為には、何よりも鍛えなくてはならな
い。その成果が決闘に現れると言うのが、リーゼル星の考え方だ。
 ある意味『覇道』に近いと思う。俺が教科書で習った感じでは、『覇道』もそれ
に近い考え方の筈だ。だから、此処で意見を通すには、強くならなきゃならない。
正直、俺なんかの強さで、何とかなる物なのだろうか?自信は無い。
 だけどジュダさんは、俺なら出来ると言って、火山を沈静させる準備をしている
し、かと言って、此処から逃げ出すにも、俺一人じゃ戻れない。・・・それに、此
処の奴等と関わっちまったから、逃げる気も無い。何としても説得して、火山を落
ち着かせたいと思っている。気の良い奴等だけに、滅亡するのを見たくない。
 だとすると、俺は強くなるしかない。せっかく時間を貰っているので、出来る限
り強くなって、少しでも説得を聞いてもらうチャンスを増やそうと思う。
 もう此処に来て、2週間以上経つ。腕はそこそこ上がってきたと思う。だが、こ
の村の戦士長のレーデルには、勝てる気がしない。歴戦の勇者だって言われるだけ
あって、勇猛果敢だし、戦闘の組み立ても、他の奴等とは一線を画している。
 俺は、仲の良かった戦士ザインから、この星に伝わる闘法、盾を使った戦術を教
わって、モノにしてきたが、殻を破るには、もうちょっと頑張らなくてはならない。
レーデルは、それだけ強敵だと言う事だ。
 だけど、丁度良いとも思っていた。強くなるのは、『闘式』に参加する俺からし
てみれば、願ったり叶ったりだ。とは言え、それが目的じゃない。この星の奴等を
説得して滅亡の運命を変えるのが目的だ。その想いは、日に日に強くなっていく。
「ここだぁ!」
 俺は、ザインの棍棒を盾で弾きながら、捻りを加えてザインの腹部に打撃を入れ
る。ザインは、鎧の上からとは言え、派手に吹き飛んだ。
「あ。だ、大丈夫か!?ザイン!」
 俺は、やり過ぎたと思っていた。怪我させては本末転倒だ。
「何とかな。それにしても魁も随分と力を付けてきたな。」
 ザインは、お腹を押さえながら、嬉しそうに話していた。
「ああ。ザインのおかげだよ。感謝してるぜ。」
 俺は、感謝の気持ちを隠さなかった。此処まで強くなれたのは、ザインが一生懸
命に教えてくれたからだ。俺の悪い点を常に指摘してくれたおかげで、復習する事
で、戦術も練り上げられている。
「謙遜するな。君の熱心さがあってこその強さだ。」
 ザインは、俺の事を持ち上げる。確かに俺自身、強くなった感じはする。
「・・・まだ浮かない顔をしているな。伸びが良いのに。」
 ザインは、俺の顔を見て、心配してくる。顔に出ちまってたか。確かに俺は、強
くなったし、伸びも良いのかも知れない。平時であれば、この調子で頑張って行こ
うで終わるのだが、今回はそうは行かない。
「まだ、レーデルには、届きそうにないなと思ってな・・・。」
 俺は、この強さでも、レーデルに勝てないと思っていた。
「まぁな・・・。相手は歴戦の勇者だ。私の知る限りじゃ、一番強い男だ。」
 ザインは、隠そうとしない。変に嘘を吐かれるよりマシだ。
「そうだよなー・・・。でも、勝たなきゃなんねぇ・・・。」
 俺は考える。考えて勝てるのなら、いくらでも考えなきゃならない。この星の頑
固な連中に負ける訳にはいかない。星に殉じるのは勝手だ。だけど、何も知らない
小さな子まで殉じさせるなんて、間違っている。
 しかし、どうやって勝機を見出そうか?普通にやったら勝てそうに無い。レーデ
ルは攻撃の組み立てが、とんでもなく早い。普通に闘えば、段々押されて、防御も
攻撃も間に合わなくなる。ジリ貧になって終わりって奴だ。
 それをどう回避するかだ。幸い、棍棒の強さもあり、力の入れ具合で、パワーの
差は何とかなる。後は、手数をどうするかだ。
「魁、最近暗いぜー?それに焦ってる感じがするー。」
 ルードだ。俺の様子がおかしいので、気になったのだろう。
「俺だって焦る事くらいあるんだよ。大人だからな!」
 俺は、ルードをからかいながら、頭を撫でてやる。
「焦るのと大人は全然関係無いだろー。適当言うなよー。」
 ルードは、口を尖らせていた。まぁ、今のは強引だったか。
「大体よー。焦ったって良い事無いぜー?もっと単純に考えれば良いんじゃね?」
 簡単に言ってくれるぜ。単純にねぇ・・・。でも待てよ・・・。今問題なのは、
手数だ。防御に徹すると、攻撃出来ないし、攻撃しようにも相手の方が動きが早い
のだ。盾で防ぎながら棍棒を振れればなー・・・あ!
「そ、そうか!!これなら!!」
 俺は閃く。この戦法が確立出来れば、手数は何とかなるかも知れない!
「お?何か閃いたのか?」
 ザインは、俺の様子を見ていた。
「ああ!ちょっと試してみたいんだが良いか?」
 俺は、ザインに頼み込む。忘れない内に試しておきたい。
「ま、お手柔らかにな。」
 ザインは、鼻を鳴らすと、盾と棍棒を構える。俺は、それに向かって新技を試す。
ザインの構えに対して、その技を放ってやった。
「うおわ!!うおおぉぉぉ!!」
 ザインは、驚きの声を上げる。そして、棍棒と盾を放してしまう。いや違う。俺
が弾き飛ばしたのだ。これは・・・いける!!
「これは・・・凄いじゃないか!魁!!私達では思い付かなかったぞ!」
 ザインは、興奮していた。俺の戦法が、リーゼル星では画期的だったのかも知れ
ない。だけど、俺が思い付けるくらいだ。俺の仲間なら、思い付いただろうな。
「おー!魁、すっげー!!やるじゃん!」
 ルードは俺の背中を叩いて、俺の成果を称えていた。
「これで、少しは対抗出来るかもな。・・・よーし。やってみるか!」
 俺は、とうとうレーデルに挑む覚悟をした。
 負けられない。俺が負けて、発言権を無くせば、この星の連中は、残らず滅びの
運命を辿る。頭の固い頑固な連中だが、放ってなんて置けるか!
 勝って、生き残りの道を示すしかないんだ!


 合気道を極めし者。最高の技の具現者。生ける怪人。この老人を示す言葉は、数
多くある。ガリウロルに住む者なら、一度は聞いた事のある名前。合気道の粋を極
めた男。それが藤堂 秋月(しゅうげつ)と言う男だった。
 睦月さんと葉月さんの祖父であり、合気道の為に家族を捨てた程の求道者だ。
 その秋月と、うちの爺様が組むなんてね。やり辛いったらありゃしない。
 今日は、うちの道場で修練を積む事になった。瞬君が言い出したのだ。秋月が山
を降りて、うちの道場に来るらしいので、それを聞いた瞬君が、是非とも見たいと
言って来たのだ。爺様に話したら、瞬君が来るなら、いつでも大丈夫だと話してい
た。気に入られてるからねー。
 既に瞬君は、道場生と稽古を積んでいた。道場生も、空手のソクトア覇者が来た
と言う事で、俊男君の時と同様に、我こそは挑まんと、絶えないくらいだ。
 挑まれては吹き飛ばして、悪い所を指摘する。さすが瞬君だ。1000年前から帰っ
て来てからは、力だけでは無く、技にも磨きが掛かっている。
 しばらくすると、道場の門を叩く音がした。控えめだが確実に聞こえるように調
整しているような感じの音だ。
「お。来たようじゃな。おう!開いておるぞ!」
 爺様が、入ってくるように呼び掛ける。すると、静かに扉が開かれる。
 あれが、藤堂 秋月・・・。合気道の達人・・・。
「久しいのう。大二郎。下界は楽しめるんじゃろうの?」
 秋月・・・いや秋月さんは、飄々としていた。
「安心せい。山に篭っておる間に、後進は育っておる。」
 爺様は、そう言うと、私や瞬君を指差す。
「ほう・・・。おぉ!お主は、天神ん所の坊主じゃないか!」
 秋月さんは、瞬君を見て、懐かしそうにしていた。
「秋爺さん。久し振りです。山篭り生活は、長かったようですね。」
 瞬君も懐かしそうにしている。ああ。そうか。そう言えば、藤堂の家は天神家の
ご近所だし、知り合いでもおかしくないわね。
「あの坊主が、もう後進候補か!時が過ぎ去るのは早い物じゃて。」
 秋月さんは、目を細めながら喜んでいた。何だか、悪い人には見えないな。
「そこの嬢ちゃんは、坊主の彼女かね?」
 か、彼女!?・・・いや、間違ってない・・・って言いたい・・・。
「俺の先輩です。此処の道場の師範代でもある人です。」
 ・・・先輩止まりか・・・。あ、いや、まぁ良いんだけどね・・・。
「一条 江里香です。お見知り置き下さい。」
 私は、挨拶をしておく。やはり、ここは失礼が無いようにしないと。
「ふむ・・・。成程。嬢ちゃんはスピードと変則タイプじゃな?パワーが無い分、
急所攻めで補う・・・と、こんな感じかのう?」
 ・・・こ、この人!初見でそれを見抜く!?
「わ、分かるんですか?」
 私は、少しビックリしながら、尋ねてしまう。
「肉の付き方を見れば、ある程度は予想が付く物じゃ。・・・坊主は、バランス良
く育てておるようじゃの。・・・これは楽しみじゃな。」
 秋月さんは、瞬君の事も見抜く。瞬君は、戦慄が奔る。私もビックリした。秋月
さんは、本当に凄い。瞬君は見た目ではパワータイプに見える。実際に、物凄いパ
ワーだし、パワーでは誰にも負けないくらい凄い体をしている。そう言う風に鍛え
るのが天神流だからだ。だが最近の瞬君は、ゼーダさんとの特訓もあり、スピード
を、かなり強化したのだ。技術も、1000年前に行ってから、かなり強化されている。
それを一発で見抜くなんて、尋常じゃない。
「さすが秋爺さんだ。俺の爺さんが、気に掛けてたからなぁ。」
 瞬君の実の父親でもある真(しん)さんの事ね。
「む・・・。そうか。真は逝っちまったか・・・。奴との闘いは、燃える物があっ
たんじゃがのう。残念じゃ。」
 秋月さんは、今、初めて知ったかのような口振りだ。
「睦月さんからの手紙、見てたんですね。」
 瞬君は秋月さんが、今更になって言う物だから、少し怪訝な顔をしている。
「何の事じゃ?儂は今、お主が真の事を話す時、体が萎縮するのを感じて、感じ取
ったまでじゃが?何じゃ。睦月の馬鹿たれは、手紙なんぞ送ってたのか。」
 秋月さんは、瞬君の体の変化を感じ取って、それを知ったみたいだ。それも凄い
話だが・・・。睦月さんを馬鹿扱いするのも、この人くらいだろうなぁ・・・。
「山篭りの時は、一切の情報を伏せておったからな。倅が死んだのを知ったのも、
2年前じゃったな。最初に言うておったのに、手紙に文句ばかり書きおったからの
う。ま、葉月がフォローしに来おったけどな。」
 何だか、孫娘達とは、仲が悪いようだ。
「秋爺さん、睦月さんと葉月さんは一生懸命やってるよ。悪く言っちゃ駄目だよ。」
 瞬君は、一応フォローしておく。
「そういや、坊主の家の手伝いをしてるんじゃったな。当主殿は元気かの?」
 秋月さんは、天神家の事を気にしている。
「む?まさか、厳坊も死んだのか?・・・そうじゃったか・・・。」
 秋月さんは、厳導さんが亡くなった事も知らなかったようだ。
「天神家は恵が継ぎましたよ。俺が継いだのは、天神流空手の方です。」
 瞬君は、天神家の事を教えてあげた。
「恵ちゃんが継いだんか・・・。それで睦月は荒れておったのか。・・・苦労掛け
たのう。瞬坊。」
 秋月さんは、瞬君に謝る。
「秋爺さん。謝る相手が違うよ。睦月さんと葉月さんと恵に、直接言わないと。」
 瞬君は、その辺は、誤魔化さない。
「瞬坊も言うようになったのう。なら『闘式』が終わったら、挨拶しに行くわい。
今は、敵同士じゃからな。」
 秋月さんは、今は会いにいけないと判断した。
「相変わらず、マイペースだなぁ。秋爺さんは・・・。」
 瞬君は呆れていた。秋月さんは、自分のペースでしか生きていない。だから、管
理する側で生きてきた睦月さんが激怒するのだろう。
「自分を追い込むとは、そう言う事じゃ。瞬坊には分からんか?」
 秋月さんは、自分の為に家族の事を顧みなかったのだろう。
「俺も、山篭りの時は、そうだったけどさ。今は違うよ。仲間が出来たからね。そ
の仲間を心配させるような事はしないよ。」
 瞬君は言い切った。今は、私達が居る。その私達を捨てて修行に篭る事は、しな
いと言う事だろう。
「自分より仲間か。青いのう。じゃが、良い闘気じゃな。」
 秋月さんは、常に自分を追い込む事しかしなかった。だから、瞬君の考えは甘く
見えるのだろう。
「秋爺さんは、其処まで自分を追い込んで、家族も捨てて、何を求めたんです?」
 瞬君は、それを聞きたかったのだろう。其処までして欲しかった物。人生を費や
した達人の言葉が聞きたかったのだ。
「そうじゃな。口で言うのは容易い。じゃが、理解は出来ん。なら武道家なら、手
合わせするのが早いじゃろうて。」
 秋月さんは、そう言うと、ニヤリと笑う。
「やっぱそう来る?秋爺さんらしいや。」
 瞬君は、呆れながら笑う。が、目は笑っていなかった。
「瞬坊の修行の成果も、見させてもらうぞ。・・・大二郎!」
 秋月さんは、爺様に合図をする。
「フン。分かっておるわい。おい。皆下がれ。秋月の闘う姿を見学するぞ。」
 爺様は、道場生に目配せして、道場の真ん中を空ける。
 達人の闘いか・・・。確かに凄いんだろうけど、瞬君だって物凄い勢いで成長し
ている。技量も上達しているし、瞬君が圧倒するかも知れない。
 瞬君は、前に出て、いつもの通りに構える。どっしりと構えて、右手を下から顎
に当てて、左手を水平にする。
「『十字の構え』か。さすが真の弟子じゃな。瞬坊も良く修行を積んでおる。」
 秋月さんは、瞬君の構えを見た事があるらしい。瞬君得意の攻防一体の型である
『十字の構え』だ。天神流の基本だが、瞬君の構えは、風格すらある。
 そして、秋月さんは・・・何も構えていない。なのにも関わらず、全く隙を見出
せない。本当にその辺を歩いている感じだ。だが、隙が無いのだ。
「何て人だ・・・。これが、藤堂流!」
 瞬君は、冷や汗を掻いている。秋月さんの隙の無さから来るプレッシャーが相当
強いのだろう。これが、武の極み・・・。
「儂の怖さが分かるとは・・・。成長したのう。瞬坊。」
 秋月さんは嬉しそうだった。かつて可愛がっていた近所の子が、強くなって帰っ
てくるのが、嬉しくて仕方が無いのだろう。
「でも、このままなんて訳には行かない・・・!なら行く!!」
 膠着状態が続くかと思ったが、瞬君の方から仕掛けに行った。まずは飛び込んで
みる選択は、如何にも瞬君らしい。
「うりゃあああ!!」
 瞬君の掛け声と共に、秋月さんに正拳突きが迫る。速さ、質と、共に申し分無い
一撃だ。踏み込みの良さと言い、瞬君だって成長している。
 バシィィィィ!!!
 物凄い音が鳴った。これは、秋月さんだって一溜まりも・・・。って・・・。
「・・・いやぁ、凄いね・・・。」
 何と吹き飛ばされていたのは、瞬君の方だった。
「え?な、何で?」
 私は、つい口に出して言う。
「あれが、本物の合気かよ・・・。恐ろしいな。秋月。」
 爺様は、秋月さんが何をしたのか、分かっているようだ。
「お爺様。今のは、何が起こったの?」
「む?気付かんかったか?・・・あれは反撃・・・つまりカウンターじゃ。しかも、
瞬の攻撃の速さに完璧に合わせてのな。タイミングが余りに完璧じゃからな。瞬は、
自分の力で吹き飛ばされた様な物じゃ。」
 超カウンター・・・って所かしら?って、あの瞬君の攻撃に合わせてってのが凄
い。並の速さじゃないのに。
「相手の息遣い、呼吸の速さまで見切ってなければ出来ん芸当だ。テレビなどで見
る『お約束』の合気などでは無い。あれこそが本物じゃ。」
 これが・・・本物の合気・・・。凄過ぎて、言葉が出ないわ。
「いやぁ・・・まさか攻撃した瞬間、吹き飛ぶとは思わなかったよ・・・。」
 瞬君は、笑いながら立ち上がる。負けず嫌いだからなぁ。
「いやはや、儂もあそこまで吹き飛ばすとは思わんかった。あそこまで吹き飛んだ
のは、瞬坊の力じゃ。驚きを通り越したわい。」
 秋月さんは、余りのインパクトの良さに、逆にビックリしたのだと言う。
「まだまだ、これからだよ!」
 瞬君は、どんどん攻め込む。様々なコンビネーションからの足払い、裏拳の連続
技も完璧に防御された。当たる寸前に柳のように避けられる。凄い・・・。
「ふむ。良い組み立てじゃな。さすが真の教えじゃ。」
 そう褒めつつも、秋月さんは全て避けきっている。そして、瞬君の回し蹴りに合
わせて、避けつつもカウンターの掌抵を合わせる。
「うぐ!!自分の力ながら、とんでもないな・・・。」
 瞬君は、完璧なカウンターを前に、冷や汗を掻き始める。
「瞬坊も凄いのう。儂じゃなかったら、今の攻撃で終わっとったぞい。」
 秋月さんは、軽く言っているが、凄い事をしている。瞬君の攻撃は、並の攻撃じ
ゃない。当たれば鋼鉄すら砕く程の拳なのだ。それを完璧に見切るのは至難の業だ。
「フェイント、攻撃の組み立て、勢い、踏み込みの良さ、どれをとっても一級品じ
ゃ。そこまでの強さになるとは、恐ろしいな。瞬坊は。」
 秋月さんは、瞬君の強さを認めている。跳ね返しているが、ギリギリなのかも知
れない。しかし、そのギリギリを見切れるのが、秋月さんの凄い所だ。
「全部防がれてから、言われる台詞じゃないですね。」
 瞬君は、そう言うと両手を腰に持ってきて、腰を落とす。そして、水平に綺麗に
4回正拳突きを放つ。これは、正中線四連突きを横に改良した『四海(しかい)』
と言う技だ。何度か瞬君が放ってたっけ。
「ほっ!ふっ!!」
 秋月さんは目を見開いて、全ての突きを見切って躱す。あの突きを、全て躱すな
んて・・・。どう言う視神経を持っているの?
「瞬坊・・・。何て突きを出すんじゃ・・・。儂に本気の見切りを出させるとは。」
 秋月さんも危なかったみたいだ。まぁ瞬君の本気の突きだしね。
「さすが秋爺さん。あれを防ぐなんてね。・・・でも!」
 瞬君は、構わず突っ込もうとする。しかし、秋月さんの手前で動きが止まる。
「うぐ!!」
 瞬君は、完全に踏み出せずに居る。どう言う事なのだろう。
「江里香。瞬の足元を見てみぃ。」
 爺様に言われて見てみると、瞬君の足の甲を足の指で押さえていた。そう言えば、
これは神城 扇がやっていたわね。
「動けんじゃろ?ほぉれ!!」
 秋月さんは、瞬君の顎に掌抵を食らわす。そして、そのまま引き倒そうとする。
「・・・んな!!」
 今度は秋月さんが驚く番だった。秋月さんの引き倒しを瞬君は、首の力だけで耐
える。凄まじい筋力だ。この絶対なる剛健さこそ、天神流の本領だ。
 そして、そのまま首の力だけで秋月さんを吹き飛ばした。
「ふぅ・・・。化け物じみた首の力じゃな。」
 秋月さんは、受身を取ったが、初めての出来事で、驚きを隠せないようだ。しか
し気を取り直して、鳩尾に指突を入れる。
「んな!?」
 秋月さんは驚いた。瞬君は、それを読んで、腹に力を入れる事で、秋月さんの動
きを封じたのだ。そのまま膝蹴りに移行する。
「ぬぅ!!」
 秋月さんは高く浮くが、手でしっかり防御していた。そしてその高く浮く動きを
利用して、瞬君の腹から指を抜く。そして、華麗に受身を取っていた。
「今のは、ヒヤッとしたぞ?瞬坊。」
「秋爺さんこそ、抜けないのを逆に利用して、鳩尾を抉って来るなんて、えげつな
いね。さすがに効いたよ。」
 瞬君の鳩尾は、最初に指を入れられた時より、深く穴が開いていた。秋月さんは、
抜けない状況を利用して、深く指を入れていたのだ。
「ま、ここまでじゃな。これ以上は、こんな修練でやる内容じゃないのう。」
 秋月さんは、終わりの合図をする。
「秋爺さん、有難う御座いました!」
 瞬君は、丁寧にお辞儀をする。あの瞬君と互角以上の闘いをするなんて・・・。
「いやー、内容的には負けちゃったなー。」
 瞬君は、悔しそうにしていた。確かに秋月さんが圧倒している内容だった。
「瞬坊が本気を出さなかったからじゃ。儂相手に力を量るとは、良い度胸をしてお
る。技だけで闘って、儂に勝つつもりじゃったな?」
 秋月さんは、ニヤリと笑う。それに対して、瞬君は頭を掻く。秋月さんには、バ
レていたようだ。瞬君は、敢えて力を解放せずに、技だけで勝とうとしていたのだ。
達人相手に技だけで対抗して、勝負を挑んだのだ。
「秋月さん!」
 私は、つい声を掛ける。私が抱えていた靄が晴れる方法が見つかったかも。
「何じゃ?・・・ほう。もしや・・・。」
 秋月さんは、私が何を言いたいか、分かったようだ。
「はい。お気付きの通りです。私に合気を教えて下さい!」
 私は、意を決して言う。空手によるパワー不足を解消し、個で瞬君の役に立つ為
に、やらなければいけない事。それを、私は探していたのだ。
「江里香・・・。お主、其処まで悩んでいたのか?」
 爺様は、私が空手に掛ける想いを知っている。だが、それでも尚、合気の教えを
請うのだ。私の覚悟の深さを、爺様は悟ったのだ。
「江里香先輩・・・。」
 瞬君も心配そうだ。
「御免ね。空手は勿論凄いわ。捨てる気は無い。でも、今の私が大きく強さを上げ
るには、この選択しか無いのよ。・・・だから、お願いします!」
 私は、秋月さんに頭を下げる。
「嬢ちゃん。合気は厳しいぞ?それでもやる気か?・・・しかも『闘式』に間に合
うように、スペシャルバージョンじゃぞ?」
 秋月さんは私が、その為に特訓すると、分かっているようだ。
「はい!お願いします!!」
 私は迷い無く言った。すると、瞬君も爺様も顔を合わせて、仕方が無いと言う表
情をする。私の気持ちを思って、更に私の事を応援しているのだ。
 私は、この応援に負けないように、これから頑張る事を決めたのだった。


 やっぱり創始者ってのは、すげぇ。同じ組み手をやってても、こうも違う物か。
俺は勿論の事、親父や道場生達も、ミカルドさんと組み手をやるだけで、どんどん
腕が上がっていく。微妙に教えと違う所や、改良した方が良い点などを、指摘して
くれてるおかげで、メキメキ腕が上がってきているのだ。
 ちなみに、ミカルド様と呼んでいたら、呼び方に慣れないから止めろと言われて
しまった。それでしょうがないので、ミカルドさんと呼んでいる。まぁ確かにコン
ビを組むのに他人行儀じゃいけないよな。
 今日は、道場での食事を用意する日だ。材料も吟味している。この前は酢豚だっ
たからな。今日のメインは、海鮮パスタにしようと思っている。既にソースは作り
置きしているので、パスタを茹でるだけで出来る。後は、センリンさんからバイト
中に習った秘伝のオニオンスープを用意している。数種類の野菜に少しだけコクを
加える為に、ホタテ出汁を入れてある。しつこくならないように、3回以上布を使
って濾すのがポイントだ。士さんにも合格を貰った一品だ。
 付け合せにオリーブオイルで軽く味付けしてあるパンを焼けば出来上がりだな。
 パスタも良い感じに茹で上がったし、これなら大丈夫だな。
 俺は、出来上がったので手際良く並べていく。道場生も手伝ってくれたので、並
べるのは早い。・・・そう言えば最近、アイツ等も道場入りしたんだっけなぁ。学
校で俺が荒れてた時に、つるんでいた奴等だ。気の良い奴等だし、親父も熱意は本
物だと思ったのか、了承したんだっけ。筋は悪くない。何故か、物凄く真面目に取
り組んでいるし、どうしてか聞いてみたら・・・。
『勇樹さんは、俺達の憧れなんですよ。それに俺達も、やれば出来るのかな?って
思ったんですよ。勇樹さんの真似みたいで、カッコ悪いですかね?』
 とか言って来やがった。カッコ悪い事あるかよっての。俺は嬉しくなって、つい
涙ぐんじまう所だった。最初は、音をあげていたし、道場生との折り合いも悪く、
喧嘩になる事もあったが、今は仲間として真面目にやっている。
「勇樹さん!良い感じに並べ終わりましたぜ!!」
 アイツは副番やってた尾崎(おざき) 斉昭(なりあき)だ。斉昭は、皆を纏め
役として頼られている。俺も頼りにしてたっけな。
 ・・・アイツは俺が荒れてた頃に、最初に突っかかってきたんだっけ。その時は、
羅刹拳を使って、部下共々、ボコボコにしたんだよな。それでも立ち上がって来て
突っかかってきたのは、アイツだけだったな。
 次の日も、その次の日も突っかかってきて、毎日痣だらけになりながらも、掛か
ってきた。だがある日、斉昭は俺に大事な話があると言って、呼び出したんだっけ。
すると、俺に番を代わって貰いたいと言い出しやがった。正直面倒臭かったので、
断ったっけ。でも、俺なら天下を取れるから、お願いする!と言われて、コイツ等
の気が、それで済むのならと、安請け合いしたんだっけなあ。
 それから、他校の奴等とも渡り合って、俺は勝ち続けた。日頃の不満をぶつける
ように勝ち続けた。でも、俺は満たされなかった。俺は女だからだ。所詮勝ち上が
った所で、このことがネックになるに決まっていると思ったからだ。
 部下も増えてきた所で、俺は自分が女である事を明かした。その告白に、斉昭や
仲間も驚いたが、アイツは関係無いと言い切りやがった。
『俺は勇樹さんと居ると面白いからツルんでるんです。そんな理由で止めるとか詰
まんない事を言わないでくれますか?』
 と、そう聞いた時、俺は嬉しかったっけな。だが、俺は瞬に負けた。そして、恵
や江里香先輩に諭されて、とうとう番を止める決意をした。それを言った時、大半
は、俺の力に靡いた奴だったから、去っていったが、斉昭と数名は、俺から離れよ
うとしなかった。そしたら・・・。
『勇樹さん、俺達は楽しいから付いていってるって言いましたよね?それは、今も
変わりませんよ。野暮な事は言わないで下さいよ!』
 と言ってくれた。だから、コイツ等は、真の仲間だと思っている。勿論、瞬達だ
って、俺の大切な真の仲間だ。でも同じくらい、コイツ等の事も大事にしている。
 とまぁ、こんな感じで、今は楽しくやっている。時々俺の事をストーキングして
いるんじゃねぇか?と思うくらい詳しい事もあるが、まぁ由とする。
「じゃ、戴きます。」
『戴きます!!』
 俺の挨拶と共に、飯の時間が始まった。飯の時間に関しては、俺の権限が第一だ。
だから親父やミカルドさんですら、俺に挨拶を任せる。
「かぁー!うめぇ!さすが勇樹さんだぜぇ!」
 皆は笑顔で飯を食べている。その姿を見ると安心する。
「勇樹さんの飯は、格別だ!!俺は感動に打ち震えるぜ!」
 斉昭もオーバーに涙を流しながら食っている。
「大袈裟だな。キチンと噛んで食えよ?全く。」
 俺は苦笑しながらも、食っている姿を眺める。
「いやー。俺もな。此処の飯は、マジで美味くて驚くばかりだ。」
 ミカルドさんも褒めてくれる。それは嬉しい限りだ。
「フッ。やりおるわ。」
 親父も、言葉少なながらも、褒めてくれていた。皆から褒められると嬉しい物だ。
 すると突然に、ノックの音が聞こえた。何だろう?
「む?客か?どなたですかな?」
 親父が扉の方に向かう。すると、見覚えのある人と、見覚えの無い人が二人、立
っていた。見覚えがある人は・・・シャドゥさんかな?
「ありゃ?シャドゥさん久し振りです。」
 俺は、挨拶しておく。
「夜分遅くに失礼します。私はシャドゥと申します。勇樹殿。お久し振りです。」
 シャドゥさんは、クソ真面目に応対する。丁寧だよなぁ。この人。
「・・・お、お前、来てたの?」
 ミカルドさんの声が震えている。同行してきた女の人を見てだなぁ。つーか、こ
の人、滅茶苦茶美人だな。女の俺でも惚れそうなほど美人だ。
「来てたの?じゃないでしょ?最近、連絡を寄越さないなんて、どう言う事?」
 何だかすげぇ怒ってる・・・。ミカルドさんが震える程なんて・・・。
「ええと、どちら様でしょうか?」
 俺は、なるべく丁寧に応対する。
「これは失礼しました。私は、そこのミカルドの妻のリーアと申します。」
 はぁ・・・奥さんだったのか。ミカルドさんも綺麗な人を・・・ってミカルドさ
んの奥さんって事は・・・。
「え?ま、まさか妖精王のリーア・・・様?」
 俺は、歴史の教科書を思い出しながら言う。確かミカルドさんと結婚したのは、
妖精王に新しく就任したリーアだった筈だ。
「そう言う呼ばれもあったかしらねー。」
 リーア様は、素知らぬ顔で答える。最近、こう言う客増えたなぁ・・・。そう言
う来訪は、天神家だけだと思っていたんだけど・・・。
「あ。ちなみに俺はドラムって言うんだ。これでも『王竜』だ。宜しく頼むぜ!」
 もう一人の客人が、挨拶をする。
「な、何だか凄い人達が来たみたいだな!」
「さ、さすが勇樹さんだぜ!こんな知り合いが来るなんてよ!」
「お、俺、歴史の教科書見直そうかな・・・。」
 皆、ざわめき始めた。無理も無い。
「ドラムって、伝記の英雄の一人でしたっけ?」
 俺は、思い出しながら尋ねてみる。
「あー。それちょっと違うんだわ。俺は、3代目なんだよ。」
 ドラムさんが話し始める。何でも、伝記の英雄だった偉大なドラムの名を残す為
に、『王竜』になった者が、ドラムの名前を受け継ぐらしい。ちなみに、このドラ
ムさんは、ドラム=ペンタと言って、3代目なんだそうだ。
「何だか、凄い話ですねー。」
 俺も、脳が沸騰しそうだった。まぁ道場生の手前、しっかりしてなきゃならない
ので、何とか付いていってるが・・・。
「『闘式』では、私とドラムが組む事になった。勇樹殿、大会で闘える事を祈って
ますぞ。私達も、猛特訓中ですからな。」
 シャドゥさんは、楽しそうに話す。そう言えば、この二人が組むんだっけ。
「今日は、挨拶に来たのですかな?」
 親父が混乱しながらも、質問をする。
「あ。いえ、リーア様が、ミカルド様にお会いしたいと言うので、私が案内したま
でです。ドラムは、そのついでに付いて来ているだけです。」
 シャドゥさんが説明する。成程。多分、天神家に行って居なかったので、此処に
来たんだろうな。良く見ると地図を持っている。
「ミカルドが、コンビを組んで頑張っているって言うから、一目見に行きたかった
んですけどね。何せ、連絡を寄越さないんですから。」
 リーアさんは、目を細めて怒っていた。
「俺も特訓中だったんだよ。・・・ま、まぁ連絡しなかったのは、悪かったよ。」
 ミカルドさんは、バツが悪くなったのか、謝っていた。
「それにしても、良い匂いがするなぁ。飯中だったのか?」
 ドラムさんが、気さくに尋ねてくる。お腹を空かせているみたいだ。
 皆の分は殆ど食べ終わっているようだが、少し余るように作ってあるから、3人
分くらいなら、何とかなる。
「あ。食べます?俺の飯なんかで良ければ・・・。」
 俺は一応提案する。すると、3人とも見合わせて、目で合図する。
「あ。では、お願い出来ますか?この後、ご飯処を探す予定でしたので。」
 リーアさんは、丁寧にお願いしてきた。
「あ。勿論です!是非食べていって下さい!」
 俺は、何だか嬉しくなって、急いで温める事にした。パスタもまだ残っている。
「フッフッフ。此処の飯は美味いぞ?驚くなよ?」
 ミカルドさんは、何故か誇りながら言っている。
「アンタが威張る事じゃないでしょ?」
 リーアさんは、素早く指摘する。さすが夫婦だな。
 俺は、手早く用意すると、シャドゥさんには、特性のコショウを用意して、並べ
てあげた。ついでに皆のお代わり分もあったので、それも用意してやった。
「じゃ改めて、戴きます!」
『戴きます!』
 俺の合図で、皆が食べ始める。俺はもう十分だがね。
「む・・・。勇樹殿、腕を上げておられる・・・。コショウを加えるだけで、私の
舌を満足させるとは・・・。」
 シャドゥさんは、嬉しい事を言う。シャドゥさんが毎日食べているのは、あのナ
イアさんだ。俺じゃまだ到底敵わないが、目標でもある。
「おー。これ、うっめーな!お前すげーじゃん!」
 ドラムさんも素直な感想を述べる。
「このスープ。様々な具が入っていますね。それを一纏めにする技術・・・。これ
は、ミカルドが言うだけあります。感服物です。」
 リーアさんは、スープに注目する。一番手間が掛かっているので、分かって貰え
ると嬉しい。どうやら、喜んでもらってるみたいだ。
「めっきり腕を上げおって・・・。」
 親父も嬉しそうだ。何か、こう言うのも良いなぁー。
「勇樹さん、強いのに料理まで・・・。」
「お、お前、何見惚れてんだ。ぬ、抜け駆けするなよ?」
 道場生と斉昭が、また言い合いを始めた。またかよ・・・。
「ゆ、勇樹を貰うつもりなら、この俺を倒してからだ!!」
 親父は大人気なく、いつもの始めるし・・・。
「師範!お、俺は本気ですよ!」
 斉昭は、相変わらず暴走気味だし・・・。そろそろ止めるか。
「止めろって。大体、俺はまだ16だ。まだ付き合うとか、考えちゃいねーよ。」
 俺は、頭を抱えながら、止めてやる。いつかは、誰かと付き合う日も来るんだろ
うけど、まだそんな気にはなれない。
「あの勇樹さんって、モテるの?」
「そりゃあな・・・。強い、料理も美味い、面倒見が良いとくればな。」
 ・・・リーアさんとミカルドさんが、コソコソ話し合っている。ってか、聞こえ
てるんですけど・・・。って言うか、斉昭は最近、ずっとああだな。俺の事、友達
の延長線上で付き合うとか思ってるのかな?確かに良くツルんでたけど・・・。
「勇樹さんは、誰か好きな人とか居るの?」
 リーアさんが尋ねてきた。・・・う。そう言われると、迷うな・・・。
「べ、別に特段と、す、好きな奴は・・・。」
 は、恥ずかしいじゃねぇか。瞬や俊男の事も気になるけどさ。アイツ等の場合は、
特に気の良い奴等ってだけで、斉昭と同じような物だしなぁ。道場生の奴等だって、
皆良い奴で・・・って、訳わかんねぇ・・・。
「あらー・・・。真っ赤になっちゃった。御免なさいね。」
 リーアさんは冷や汗を流していた。
「い、良いですよ。・・・深く考えた事が無かった物で・・・。」
 俺は、色恋沙汰とは無縁だと思ってたからなぁ。
「よぉし!んじゃ、恒例の奴やろうぜ!」
 斉昭が提案する。またか・・・。恒例の奴とは、皆で組み手をして、残った奴が
親父と闘うと言う物だ。何でも、それに勝ち残れば、俺に告白するとか言う訳の分
からないルールがあるらしい。まぁ正直、良い修練になると思ってるから、俺は止
めはしない。その間にミカルドさんと組み手をしている事が多い。
「うおおお!今度こそ!」
「勇樹さん!頑張りますぜ!!」
「俺は、本気だぁ!!」
 俺は頭を抱えながら、その様子を見ていた。皆元気あるよなぁ・・・。どうせ親
父の所で負けるってのに・・・。ちなみに親父も俺と同じで、良い修練になると思
っているんだろうな。大体最後は、かなり本気で勝ちに行くし。
「おー。元気だなぁ。人間もおもしれーな。」
 ドラムさんは、気楽な事を言っていた。
 恋か・・・。俺には、まだ早い感じがするぜ・・・。
 ちなみに、最後は斉昭と親父が闘って、親父の完全勝利だった。



ソクトア黒の章6巻の3後半へ

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