NOVEL Darkness 6-5(First)

ソクトア黒の章6巻の5(前半)


 5、意志
 セントの郊外にあり、奉仕を行う者の登竜門とも言うべき場所がある。その名も、
奉仕者養成所。別名『鬼の巣』と言うらしい。私達は、そこに居る。
 私とジェイルは、天神家に借りを返す為に、天神家で働きたいと申し入れた。あ
そこは、人を安心させてくれる家だった。あんなに豪華なのに、心地良い空間を生
み出している。それを実現する為のスタッフが、どれだけ頑張っているか・・・。
私達は、この養成所で思い切り知る事になった。
 まず覚えたのが家事全般だった。これは、どんな新人であっても、一通りこなさ
なければならない。これが出来なければ、話にならないのだ。まぁ私は『絶望の島』
の時も、馬鹿共の世話をしてた経験もあり、軽くパスしたのだが、ジェイルは、結
構苦戦していた。それでも持ち前の真面目さで、どんどん覚えていった。その辺の
努力は、ジェイルは怠らない。
 寧ろ、私が苦戦したのは言葉遣いの方だ。いくら意識しても、中々慣れる事も無
い。私は、生まれからして、セントのお嬢として育てられたし、バイトだってウェ
イトレスをしてた経験しかない。しかも、そこから『絶望の島』に送られたので、
口調は荒っぽいのが当たり前だった。
 それでも主相手に、失礼な口を利いてはならない。それは頭で分かっているのだ
が、どうしても地が出てしまう事がある。その癖が直らないので、注意されている。
 ちなみに、教官はアラン=スフリトと言う人で、何でもレイクの父親であるゼハ
ーンさんの家の執事なんだとか。と言うか、読み通りではあったが、レイクも良い
所の坊っちゃんだったんだねぇ。
 特訓が終わった夜などは、ゼハーンさんとレイクの事を尋ねてくる。余程、思い
入れがあるのだろう。誰も居ない家であろうと、完璧に整備していると言う話だ。
今も特訓の間、信頼あるハウスキーパーに任せていると言う。凄い徹底振りだ。
 それにしても、睦月さんと葉月ちゃんの師匠と言うだけあって、この人の鉄人振
りは凄かった。小さな家事から、身辺警護に至るまで、事細かに指導してくる。こ
の仕込みを習わなきゃならないんだから、大変だ。
「今日は、此処までに致しましょう。」
 アランさんが、今日の終わりの合図をする。
「ご指導有難う御座います。」
 ジェイルは、あの激しい特訓の後なのに、紳士的な態度を崩さない。段々様にな
ってきている。凄い努力だなぁ。
「これからも、ご指導宜しくお願いします。」
 私は、付け加えるように返す。アランさんも、それを聞いて安心したように笑う。
「常日頃から、優雅な振る舞いをする事を心掛ける。これも大事な事です。貴方達
は、優秀なようだ。ティーエさんは、もう少しですがね。」
 アランさんは、口調はとても優しい。出す命題は、鬼のようだけどね・・・。
「アランさんの教え方が、素晴らしいからですよ。いつも限界ギリギリを見切って
らっしゃる。非常に遣り甲斐があります。」
 ジェイルは、心からそう思っていそうだ。私なんかより、よっぽど素質がありそ
うだね。私も心掛けから学ばないとなー。
「私はまだキツイですけどね。恵様の為ですから、頑張ります。」
 私は、本音を交えて言う。アランさんの命題は、本当に限界ギリギリなのだ。今
だって倒れる寸前と言っても良いくらいだ。それでも優雅な振る舞いを崩すなと言
うんだから、この稼業も大変なんだなって身に染みる。
「今、ティーエさんは、大切な事を言いました。分かりますか?」
 アランさんは、急に話題を振る。私、何か言ったっけ?
「恵様の為・・・ですね。私も素晴らしい心掛けだと思います。でも、勿論私だっ
て常々思っている事です。」
 ジェイルはスラスラと答える。さすがだねぇ。でも確かに、大事な事だし、私も
気を付けている。と言うより、当然の事だと思っている。ファリア達は、恩人と言
うより仲間だ。勿論助けてくれた事は感謝しているし、私もいつだって助けたいと
思っている。
 だけど、恵様は恩人だ。ゼハーンさんを通じて、ファリア達を受け入れた事も感
謝しているし、その知り合いだからと言って、私とジェイルの体が治るまで、天神
家に逗留させてくれた事は、感謝してもし足りない。最初に、休ませる事を決定し
たのは睦月さんだが、恵様が過去から帰って来た後も、正体不明だった私達に対し
て、治るまで看病して、熱心に原因を探ってくれる様に指示したのは、恵様だ。
 あの家には、恩返しをしなければならない。
「家人たる者は、家事が出来て当然。そして、給料を貰うだけの価値を、自ら持た
なければならない。それは基本なのですが、一番大事なのは・・・。」
『主と家に対する忠誠を忘れぬ事。』
 私とジェイルは、アランさんの言葉の後に、ハモりながら続けた。
「その通りです。優雅さや、物事に対する対処は、その心の現われとして、自然に
出て来る現象なのです。」
 アランさんは、厳しいが筋が通っている。
「学ばせてもらっています。」
 ジェイルは、本当に心酔しているようだ。私も尊敬しているけどね。
「では、今日の夜食は、自分が作ったメニューに致しましょう。」
 アランさんは、今日の命題で出したメニューを、食卓に並べる。こうする事で、
毎日の食事が、自分が作った物になるので、嫌でも良い物を作りたくなる。
「・・・もっと上手くなりたい・・・って思います・・・。」
 私は、アランさんが同じ物を作った例題と比べて、自分の出来の悪さを見比べる。
何で同じ食材を使って、こんなに違う物かね・・・。
「ティーエは、似ている味に為っているだけマシです。私は、もっと精進しなくて
は・・・。不甲斐無いです・・・。」
 ジェイルは、味付けの応用が、まだまだなので、学んでいる最中だ。
「目の前にある食事は、自分の成長の証です。しっかり食べて、学びましょう。」
 アランさんは、食べて学べと言う。自分で作った物を、食べる事で、何処が駄目
だったのかを舌で感じるように言う。ちなみに、舌の試験もあった。ソクトアには
色んな人が居て、どうしても常人とは違う舌の持ち主が居ると言う話で、味覚障害
と言われる人達が居るのだと言う。好みはまだしも、濃くないと味を感じない人や、
やたら鋭敏過ぎる人も居るようだ。それでも国によって、味加減は違うらしく、ガ
リウロル人は、敏感な人が多いのだとか。最も、恵様は半魔族なので、それに加え
て、辛い物に耐性があるだろうと言う話だ。私達は、そう言う障害は無いと、判断
されたので、後は純粋に腕を上げなければならない。
 私達は、自分で作った物を戴いて、メモを取る。何処が駄目だったのか、自分達
でも研究する為だ。私は包丁捌きが甘い。まだまだ大雑把な動きなので、細かく刻
む事が出来ない。丸みを帯びるような切り方を、どうやれば良いのか、考えなくて
はね。アランさんなんて、芸術品みたいに仕上げるし・・・。
 ジェイルは塩胡椒の加減が、強い傾向にあるらしく、少ししょっぱめだ。加減を
調整するのが難しいらしく、苦戦している。
「食事一つ取ってみても、これですからね。家事は、想像以上に大変ですね。」
 ジェイルは、身に染みたようだ。ジェイルは今まで、自分で自分の世話をした事
が余り無い。私の看病が、初めてだったと言っていた。一生懸命やってくれたけど
ね。それでも食事などは、睦月さんが持ってきてくれてたし、洗濯は葉月さんがメ
インだった筈だ。こりゃ先が長そうだね。
「これから生きていくのに、必要な事でもあります。存分に教えますよ。」
 アランさんは、にこやかに答える。明日の命題は、もっときつそうだ。
「そう言えば・・・。ゼハーンさんが、アランさんの様子を心配されてましたよ。」
 私は、ゼハーンさんから、やたらと頼まれたのを思い出す。
「旦那様には、お気遣い感謝致しますとだけ、お伝え下さい。ハイム家を守る事は、
私にとって苦では無く、寧ろ喜びです。旦那様は、いつ帰ってきても大丈夫だと言
える様に務めて参ります。」
 アランさんは淀み無く答える。凄いなぁ・・・。これが本当の執事なんだろう。
この人は、ハイム家を守る事に、命を懸けている感じだ。
「そう言えばレイクも興味津々でした。自分の実家に、いつか出向いてみたいと。」
 ジェイルが、レイクの事を話題に出す。アランさんは、レイクの執事でもあるん
だよね。・・・驚くだろうねぇ。
「坊ちゃまの実家ですから、出向くと言う表現では無く、帰ってくると言って構い
ませんと、お伝え下さい。私は、いつでも歓迎する用意があります。」
 アランさんは、本当に熱っぽく語る。レイクとゼハーンさんに対する想いは、人
一倍強いようだ。それを見て、ジェイルは嬉しそうだった。
「正直に言いますとね。私は、貴方の存在が怖かったんです。」
 ジェイルは、アランさんに語りかける。
「此処の養成所は、噂が絶えませんから、そう思われるのも仕方の無い事です。」
 アランさんは、此処の養成所の噂を知っているようだ。
「そっちではありませんよ。私は、少年の時からレイクを見ていましたから、厚か
ましいですが、レイクの父親代わりだと、思っていました。」
 ジェイル・・・。ジェイルは、レイクの仲間であり、父親代わりだと思う・・・。
「だから、いつかレイクは、私など忘れて、貴方やゼハーンさんと一緒に暮らすん
だろうと、いつも覚悟していました。図々しい事です。」
 ジェイルは、子離れしてない父親のような気分なのだろう。
「でもね。安心したんです。レイクは、私の事を忘れるような軽薄な男では無いし、
ゼハーンさんも・・・そして貴方も、レイクを任せるのに最適な人だと思います。
だから私は、安心して天神家に仕える事が出来るんです。」
 ジェイルは、それを肌で感じたからこそ、天神家への奉仕を決めたのか・・・。
「ジェイル様。勘違い為さらないで下さい。」
 アランさんは、厳しい口調になる。
「貴方は、父親代わりなどではありません。坊ちゃまの、もう一人の父親です。そ
の事に誇りを持って戴きたい。それと、例え坊ちゃまが、ハイム家を継いでくれて
も、貴方に頻繁に会いに行くように、私の方から申し上げます。」
 アランさんは、これだけは譲れないと言う目をしていた。・・・この人は、本当
にゼハーンさんとレイクに敬愛の情を持っている。本当の執事だ。
「アランさん・・・。私は、レイクの父親を自覚して宜しいのでしょうか?」
「当たり前でしょう?ジェイル程、レイクに信頼されてる人、居ないんだから、し
っかりしなさいって。」
 私は、ジェイルの言う事を遮って、言ってやる。
「ティーエ様の言う通りです。寧ろ、その資格をお捨てになると言うのなら、私が
許しません。坊ちゃまを、これからもお支え下さい。」
 アランさんは、そう言うと優雅に一礼する。さすが執事の鑑だ。
「分かりました・・・。有難う御座います。」
 ジェイルは、涙を堪えて礼をする。アランさんを見習っているんだろう。
「そうだ。アランさん。レイクとゼハーンさんの写真を見ますか?」
 私は、天神家で何枚か撮って来た写真を持ってきていた。恵様に頼んで、持って
来たのだ。睦月さんからも、是非見せてやるように言われていた。
「宜しいのでしょうか?拝見出来るのならば、お願いします。」
 アランさんは、口調は丁寧だが、本当に見たいのだろう。目が輝いていた。
 私は、天神家から持ってきた写真を、アランさんに手渡す。
「旦那様・・・に、これが・・・坊ちゃま・・・。奥方に良く似ておられる。」
 アランさんは、ついに目に涙が零れる。色々思う所があるのだろう。
「レイクは、本当に良い子に育ちました。魂が輝いています。」
 ジェイルは、我が子を見る親の目になっていた。・・・私達の間に子供が出来た
ら、こんな感じになるようね。覚えておこう。
「んー・・・。そうだ!アランさんのお写真を撮って良いですか?」
 私は、最近流行のデジタルカメラを持ってきている。携帯電話にもカメラ機能が
付いて来ていたが、本物には、まだ敵わないしね。
「私のですか?坊ちゃまに見せるおつもりですか?」
 アランさんは、私の意図を察する。レイクだって、見たいと思うに決まってる。
「アランさんの話をしたら、食いついて来てましたから、興味あると思いますよ。」
 私は、レイクが微妙な顔をしながら、逢ってみたいと言っていたのを思い出す。
自分が良い所の出だと言うのは、気に入らないみたいだが、アランさんの事は、こ
の目で見たいと言っていた。
「私からも頼みます。レイクは、アランさんの事を、仲間だと思っています。『俺
をこんなに心配してくれてる人に、会えないで居るってのは、寂しいな。』とも、
漏らしていました。いつか、会える日が来るでしょうけど、今は写真だけでも。」
 ジェイルが真摯に頼んでいた。ジェイルが、こんなに頼むと言う事は、レイクは
会いたいと、かなりの頻度で言っていたんだろうね。
「私などを仲間と・・・。大変光栄ですが・・・。私は執事です。坊ちゃまの世話
をする事は、私の夢でもあります。」
 アランさんは、恐れ多いが、嬉しかったのだろう。微笑みながら困った顔をして
いた。レイクは愛されているね。本当に。
「その夢は、叶えられない夢にしないで下さい。必ず叶えましょう。」
 ジェイルは、心強く励ます。
「私も応援しています。さ、撮りましょう!」
 私は、そう言うと、アランさんに好きなポーズを取る様に言う。すると、本当に
いつも見ているポーズを取る。それは、腕を折り曲げて礼を取る前の、アランさん
の自然な姿だった。
 レイク・・・。いつか、会わせてあげるよ。絶対にね!


 もう何度目だろうか・・・。爺さんの言っていた言葉が響き渡る。
 『強く・・・正しく生きるのだ・・・。我が息子よ・・・。』
 ここにどんな願いを込めたのだろうか?爺さんは、俺が息子で、幸せだっただろ
うか?俺は、恥ずかしくない日々を送れているだろうか?
 いつまで経っても、答えは出ない。そもそも答えが出るような命題では無いのか
も知れない。でも俺は、その答えを求めて、今日も修練する。
 誰よりも、強く正しく生きたい。それは、爺さんだけではなく、俺の願いにもな
っていった。言葉だけでは無い。実践する事が、大事なのだ。
 恵は、俺みたいに強く正しくを、心掛けてる人が、間違える訳が無いと言う。嬉
しい事を言ってくれるが、今の俺には迷いがある。それは、強いってどう言う事な
のだろうか?そして、正しいとは?・・・そして一番の命題は、俺は、本当に強く
正しく生きたいと、願っているのだろうか?と言う事だった。
 俺は、未だに答えを出せていない。それは、この命題に限った事では無く、全て
に於いてだ。特に待っている人が居るのに、その人に正しい答えを出す事すら出来
ていない・・・。今程、自分を情けないと思った事も無い。
 恵は、自分の道を歩み始めた。俺が正しい答えを出せないままだったのに対し、
俊男は明確に自分の想いを伝えて、俺に挑んで勝利した。俺は、負けた悔しさもあ
ったが、それ以上に、想いの強さに衝撃を受けた。俺は、俊男の想いに全然届いて
すらいない。アイツは、想いの強さがあるから、どんどん強くなる。俺には無い強
さを持っていると思った。だから、恵を任せても良いと思ったのだ。・・・いや、
俺がそんな事を語る資格は無いと思ったのだ。
 俺は、江里香先輩が好きだ。それは間違い無い。あの人と一緒に居ると、本当に
安心出来るし、あっちからの想いも、強烈に感じている。
 だが、葉月さんの想いを聞いて、無視出来るのか?と言えば、そんな事は無い。
葉月さんは、思い返せば、本当に俺の為に尽くしてきた。そして、今回の『闘式』
など、俺の目線に立ちたいと言う理由で、参戦を決めている。あんなに闘いが好き
じゃない人が、俺の為に闘うと言っているのだ。
 江里香先輩だって、俺の役に立ちたいが為に、空手以外の武術を習うと決めた。
それも、実戦で俺の役に立ちたいと言う想いからだ。自分の限界に挑んで闘ってい
る。それも強い想いがあるからこそだ。
 なのに俺は、何をやっているんだ・・・。グジグジ悩んで、答えも出せずに、準
備が出来ているかすら怪しい。こんな事で、強く正しい男になれる物か・・・。
 そんな中、ゼーダから申し入れがあった。恋の事は置いて、修練の事なら、今以
上の強さを与える為に、出来る事があると。その為に、一週間の時間をくれと言っ
ていた。何かの準備が必要なのだろう。
 俺は、その一週間を待った。無論修練をしながらだが、その事が頭から離れなか
った。一体、何をするつもりなのだろう・・・。
 その夜ゼーダから、いつものように意識を魂側に移せと連絡があった。いつも夢
の中の状態で、修練をしている。そうやって魂を鍛える事で、強くなっていた。だ
が、この一週間は、ゼーダが準備中であったからか、全く声が掛からなかったのだ
が、とうとう連絡があったのだ。
 俺は、待ち望んでいた事でもあったので、早速夢の中に入っていった。
 ・・・
 ここは・・・。荒野?物凄く殺風景な所だ。
(良く来たな。ここは、私の心象風景だ。)
 ゼーダか?っと、その格好は?いつもと違う格好をしているが?
(天上神だった頃の正装だ。『時の羽衣』とも言う。)
 『時の羽衣』?また随分と仰々しい名前が付いているんだな。
(フム。そして、ここは私が決戦をした場所だ。グロバスとな。)
 グロバスさんと?って事は、昔の・・・。
(そうだ。現在で言うセント。中央大陸だ。)
 中央大陸・・・。ここが・・・。文献では知っていたが、こんなに荒れ果てた所
だったのか。本当に何も無いじゃないか・・・。セントの人達は、こんな所から、
あんなでかい都市を造ったって言うのか・・・。
(その点は偉大だと思っている。彼等は、あの街を作るのに、命を懸けていた。よ
り良い未来の為に。中央大陸の呪われた過去を変える為だ。)
 呪われた過去?どう言う事だ?
(中央大陸が、何故荒れ果てたのかを知らないのか?ここは、ソクトアの中央が故
に、激しい戦いが、何度も繰り広げられた場所だ。私がグロバスと対決した時です
ら、この有様だった。だから、此処でグロバスを迎え撃ったのだ。)
 何も無い所なのは、闘いがあったせいなのか・・・。
(人々の血塗られた過去を吸って、荒野と化した場所。それが中央大陸だった。)
 何て寂しい場所なんだ・・・。
(そうだ。だが彼等は、この場所ですら変えようとしたのだ。私は、セントを見て
怒りも湧いたが、それと同じくらい、感動を覚えたのだ。)
 支配する為に作られた場所じゃないって事か・・・。
(そうだ。この場所を知っている者なら、支配の為に、ここから街を造ろうなどと
は思わぬ。人を拒絶した大地。それが中央大陸だったのだからな。)
 そうだ・・・。この荒野からは、死の臭いしかしない。
(だが、彼等はあのような大都市を造った。それは、並大抵の努力では無かった筈
だ。最初にセントを造ろうと言った人間は、中央大陸の戦いの歴史を、繰り返さぬ
為に、平和な国を造ろうと想いを馳せた筈だ!それは、今のようなセントの姿か?
違うであろう!?私が怒りを覚えたのは、その想いに至ったからだ!)
 そうか・・・。そうだよな。今のようなセントが、良い訳無いよな。先人は、こ
んな荒れ果てた土地から、あんなすげぇもん造ったんだからさ・・・。
(瞬よ。お前が強くなりたいと言うのなら、正しく生きたいとするのなら、このよ
うな事を許して置けぬだろう?・・・少なくとも、私はそう思っている。)
 ・・・俺は、セントの人間が、平和に暮らしているのなら、それを壊すのは駄目
な事だと思っていた・・・。でも!このままじゃ駄目だ・・・。セントの人間も、
この荒野を知らなければ・・・。国を興した経緯を知らなければ駄目だ!
(そうだ。生活を壊せと言っているのでは無い。だが今のまま、ソーラードームの
中で生き抜くのは、間違っている。)
 ゼーダは、俺に、これを見せたかったのか?
(それもある。だが、用件は別だ。・・・君の覚悟を聞きに来た。)
 覚悟・・・か。どんな覚悟をだ?
(君に、私を倒す覚悟があるかをだ!)
 ・・・え?ゼーダを倒すって・・・嘘だろ?
(嘘では無い。私はこれから全力で君と闘う。君は、人生を生き抜く為に、私を超
えろ。で無ければ君は、私と同化している意味は無い!)
 そんな・・・人生を生き抜く為って・・・。
(私は誇りを示した。私が守った大地の姿を見せた。君は、私に示すのだ!君自身
が、強く正しく生きる為に、何が必要なのかを!その覚悟をだ!!)
 俺自身が、強く正しく生きる為に・・・必要な事・・・。
(君は、迷っている。・・・それくらい私にも分かる。)
 さすがに付き合い長いだけあるな。俺自身の心・・・か。
(私は、ここでグロバスと戦い、一時期でもソクトアを守ったのは、今でも誇りに
思う。数ある誇りの内の一つだが、此処での戦闘は、激しかった。・・・この場所
に君を連れてきて、私の正装を見せた意味を、君には知ってもらいたい。)
 ・・・それだけ本気だって事か・・・。
(そうだ。この一週間、私は本気の修練をした。嘗ての自分を取り戻す為にな。)
 その為の一週間だったのかよ・・・。なら、本気で俺と闘う気だな。
(闘う?いや、違う。今回は決闘を申し込みに来たのだ!!)
 決闘って・・・どう言う事だ?ただの修練じゃないのか?
(今の君に足りない物。それは、勝利に懸ける覚悟だ。)
 勝利に懸ける覚悟?俺は、常に勝利を求めているぞ?
(そうだ。しかし、君には死に物狂いで奪いに行く覚悟が足りない。・・・だから
私は、賭けに出る事にした。)
 賭け?何だか嫌な予感がするぞ。
(今から、私と君で決闘をする。そして勝った者に意志を譲り渡すと言う条件を出
そうと思う。・・・これは、神の間で行われてきた試練だ!)
 意志を譲り渡すって・・・。んじゃぁ、どうなるんだよ!俺が勝っても、アンタ
が勝っても、もう今のままじゃ居られないってのか?
(そうだ。君との共同生活は、今日で最後だ。)
 そんな・・・。俺は、やっとアンタの事が気にならなくなったってのに。
(瞬。君は、強く正しく生きると言ったな。・・・その願いは、誰しもが持ってい
る物だ。だが、その想いが強烈な者同士は、やがて衝突するしかないのだ。)
 想いが強烈な者同士?・・・まさか・・・。
(・・・私だよ。若い頃から、強く正しくありたいと、強く願ってきた。そして、
常にそうあるべく上を目指してきた。君は、若い頃の私に似ているんだ。)
 ゼーダ・・・。アンタ、いつも俺に問い掛けて来たのは、そう言う意味があった
のか?アンタ自身が目指してきた物に似ていたから・・・。
(そうだよ。私が若い頃に問い掛けた命題に、君が間違いなく応えられるか、試し
てきたのだ。その君が、本気で迷っている。・・・その答えに決着を付ける。)
 そうだったのか・・・。悔しいけどよ・・・。アンタは、俺の理想その物だった。
常に強い心で自分を持ち、正しいと思う事を実行出来る神だった。俺は、いつの間
にか、アンタに憧れていたんだ。
(光栄だよ。だが、この先の答えは、自分で見付けるしかない。そして、君自身の
覚悟を示さぬ限り、先には進めないと思え。)
 覚悟・・・。俺自身の覚悟か・・・。
(私が勝てば、君の代わりに君の役目を果たす。・・・だが、君が勝てたのなら、
私にその答えを見せてくれ!互いの意志を、ここに示すのだ!)
 そうか・・・。アンタ、その覚悟をする為に、一週間も・・・。なら、俺の答え
は一つだ。アンタの覚悟を受け取る!アンタが勝ったら、俺の果たせなかった夢を
託す。だが、俺が勝ったら、アンタの理想を受け継いでみせる!!
(良く言った。だが、簡単に負ける私ではないぞ?)
 俺だって負けない。・・・だけど、恨み辛みは無しだ!!
(よし。では、行くぞ!!)
 ゼーダは、腕を前に持っていくと、リラックスしたような構えを見せる。自然体
だ。余りにも自然体なので、普段と見間違う程だ。そして、そこから一気に俺の方
へと詰め寄る。何だ!?この速さは!
 ガァン!!
 物凄い衝撃音がした。俺がゼーダの攻撃をガードしたのだが、ガードの上から、
衝撃が伝わってくる。何て重い攻撃なんだ!!
(どうした?まだ一発しか攻撃していないぞ?)
 ゼーダは、続け様に回し蹴りを放ってくる。俺は、すかさず上段ガードをした。
 バシィ!!
 な、何ぃ!?上段ガードしたのに、いつの間にか腹に攻撃を食らった。
(君は、私の能力を忘れたのか?)
 そうだった・・・。ゼーダの能力は、『予知』のルールだ。攻撃を予測してガー
ドなど、愚の骨頂だ。ならば、こちらから攻める!!
 俺は、天神流の四連突き『四海』を繰り出す。
(その技は、君の中で何度も拝見した技だぞ。)
 そうだ。ゼーダには俺の闘いを、何度も見られている。だから、軌道までバッチ
リ読まれる。避けるのに、『予知』を使わない程だ。
(どうした?君の覚悟はそんな物か!!)
 ゼーダの攻撃は、本当に重い。この重さは、ゼーダが天上神としてやってきた誇
りが詰まっている。並大抵の一撃じゃない。俺は、突き技『貫』や、変化技『幻酔
(げんすい)』を繰り出すが、ゼーダには攻撃を読まれてしまう。
 返ってくる攻撃は、体の芯に響く重さだ。受け技『鋼筋(こうきん)』で、軽減
させていても響いてくる。これが、神の力か・・・。
 俺は、守りを捨てて攻撃に行くが、ゼーダは紙一重の所で避ける。
(『予知』を使っている訳では無いぞ?)
 分かっている。『予知』のルールなど使わなくても、ゼーダの読みの深さは、群
を抜いているのだ。しかも、それだけ余裕で打ち合っている証拠だ。
 万事休すか・・・。ゼーダの強さは、やはり尋常では無い。
(君は、このような状態になっても、まだ使わないつもりか?)
 え?・・・ゼーダは、何を言ってるんだ?
(フン。知らないとでも思っているのか?君は、未だに技を隠している。)
 ま、まさか・・・。ゼーダはあの事を言っているのか?
(思い出したようだな。忘れたい記憶だから、封印していたのか?)
 あれは・・・封印しなきゃ駄目な技なんだ!
(このような瀕死の状態になっても、隠すと言うのか?君は、どこまで御人好しな
のだ!このままでは、私は君を潰すぞ!)
 だけど・・・あれは、天神流にあって、天神流の精神では無い禁断の技だ!
(『破拳』のルールよりマシだとは思うがな。)
 俺は、あんな殺人技の数々を使いたいんじゃない!!
(・・・技に罪は無い。それを振るう人間に悪意があって、初めて禁断の技となる
のだ。その技で罪を犯そうとするのなら別だがな。)
 確かにそうだけど・・・。あの技を振るって相手を殺さぬ自信が俺には無い!
(愚か者!!技に心が負けてどうする!君は、禁断の技での誘惑に負ける程、愚か
な男だったのか!?私の見込み違いだったとでも言うのか!)
 ゼーダ・・・。俺に禁を解けと言うのか?
(・・・私はな。君が心のどこかで、何かをセーブしているのを感じたのだ。最初
は、天神流の技を振るう強さかと思った。だが、君の夢に出て来た天神 真が、そ
れを教えてくれた。・・・君の心の奥底にあった記憶だがな。)
 俺の中にあった爺さんの記憶?あの時のか。
(そうだ。確か、『裏闘技』だったな。)
 やっぱり、ゼーダは知っていたのか・・・。天神流『裏闘技』の数々。爺さんか
ら、あまりに危険だから、無闇に使ってはいけないと言われた禁断の技だ。
(どのような技か知らないが、君は技に負ける程、柔な男では無い。少なくとも、
私はそう信じている。だから私に使って試してみろ!そして、今以上の強さを、正
しく身に付けるのだ。私を超えようと言う気概を、忘れるな!)
 使える技を使わずに、技を封印する事は、罪だと言うのか?
(その事で、君が強さに枷を付けているのならば、その通りだ。)
 枷に・・・。俺は、天神流裏闘技を枷にしていたのか?
 爺さん、俺は天神流裏闘技をも正しく使いこなせるだろうか?
(君が、君である為に、裏闘技も君自身の強さとするのだ。このままでは君は、一
回も本気で闘わずに終わる。君が歩んできた道を否定する事になる。)
 ・・・今まで俺は、数多くの闘いを経験してきた。それは、俺の中で大事な思い
出と共に、築き上げてきた歴史だ。無駄な闘いなど一つも無かった・・・。
 その強敵を否定したくない!俺は、自分の歩んできた道を、誇りにしたい!
(来るのだ瞬!君の本当の強さを、私が受け止めてやる!)
 分かった・・・。爺さん、俺、使いこなしてみるよ。爺さんが言う正しい道って
奴を示す為に、裏闘技を開放するよ。
 ・・・そして、今まで済まなかったな。俺は裏闘技の数々を否定してきた。それ
も天神流だって事を認めずにいた。これを正しく使いこなしてこそ継承者なのにな。
 行くぞ!!天神流裏闘技・・・開放!!
(・・・決意出来たようだな。だが、その闘技でも私に敵うかは別だ。)
 ゼーダ。アンタに感謝する。俺の蟠りを解いてくれてな。
(甘いな。解くのは、これからだ!!)
 ゼーダは、右斜め後ろに回りこんで裏拳を放ってきた。俺は、その腕を掴んで、
肩に担ぎ上げて固定すると、そのままゼーダの脇腹に肘鉄を食らわせた。
(グッハ!!・・・うぐあぁ!!動きを止めて肘鉄!しかも地味に回転を加えたな。
何と言う隙の無い動き・・・。これが裏闘技か!)
 裏闘技とは、確実に相手にダメージを食らわす為に、動きを制限させて最大のダ
メージを与える為の闘技。主に急所を狙う。当たり処が悪ければ、常に死の臭いが
纏う。体を最大に鍛えた天神流を活かす為の闘技だ。
(フッ・・・。何だ。寝技への対処の為に、他の格闘技から関節技の対処を覚えた
のかと思ったが、君等自身も、関節技を使える様になっていたのか。)
 そうだ。空手と言うには、程遠い固定技の数々。だが、敵を仕留める為に、最大
限に関節技を利用する。それが、天神流裏闘技だ。
(だが、ネタが割れてしまっては、私には通じぬぞ。)
 ゼーダは自信満々で、俺に突っ込んでくる。しかし甘い。俺は、ゼーダの軌道を
最後まで目を離さずに見極めて、攻撃の瞬間に体を反応させる。
(き、君は・・・。私の『予知』に対応したと言うのか!?)
 そうだ。アンタの『予知』は、恐ろしいルールだ。数瞬先を予想し、先に攻撃を
置き、こちらの攻撃を読む。だが極限まで集中し、攻撃の瞬間のみに集中すれば、
『予知』された所で、対処が間に合わない筈だ!
(君は、その為に私の予想を上回る反応速度を見せたと言うのか?・・・それは、
今考えた事では無いな?君は、いつか私と闘う事を想定して、私の『予知』を分析
した事があると言うのだな?そうでなければ、導けない解答だ!)
 そうだ。そして、相手の技に反応して固定させる裏闘技と組み合わせる時しか、
この答えは実行出来ない。それも分かっていた。アンタと闘うとなったら、俺の対
抗手段は、こう言う物になると、分かっていた!
(フッ。何が禁断の技か!君は既に予想していたではないか!)
 そうなりたく無かったけどな。だけど、これまでの俺の覚悟を見せたかった!
(瞬よ。その心を忘れるな。自分を滅ぼそうとする者にまで、加減をする必要は無
い。勝つ為に覚悟を示すのは、大事な事だ。心を開放するんだ!)
 心を開放する・・・。今までやった事が無かったな・・・。
(君の最大の弱点だ。それは、君自身の心が開放されていなかった事だ。君は、天
神 真から受け継いだ言葉を拠り所に生きてきたせいで、君自身の心を閉ざしてい
た。真は、君を縛る為にあのような事を言ったのでは無い。君に羽ばたいて欲しい
からこそ、強く正しく生きて欲しかったのだ!君の歪な生き方は、ここで終わりに
するのだ!これからは、君自身の本当の闘いをするのだ!)
 俺自身の・・・。爺さん・・・。俺、心に枷を作っちまってたかな?それが、裏
闘技を悪と断じ、他人を傷付ける事を畏れてきた。
(迷いは、晴れてきたようだな。ならば、それを確かめるまでだ!!)
 ゼーダは、俺の一挙手一投足に注意を払いながら、ジリジリと近づく。さすがに
さっきみたいに不用意に飛び込んでは来ない。俺は、心を澄み渡らせた。
 爺さんは言っていたな。『裏闘技で闘う際には、無闇に相手を傷付けるのでは無
く、無心で相手を捉え、慈悲の心で攻撃を入れろ』と。あの時は、恐ろしい技なの
で使う方が、手加減しなければならないと思っていたが、それは違う。攻撃を思い
切り入れる事で、相手に敬意を表しろと言う意味だったんだな。
 そうだ。裏闘技を使う以上、相手を傷付ける羽目になる。だが、それで相手を圧
倒して、好い気になっては駄目なんだ。強い技だからこそ、心でそれを抑え、相手
に対し、この技を使わせてくれたと、感謝の気持ちで応える!それが裏闘技を使う
心得だ!・・・俺は、それにいつまで気が付かなかったんだ・・・。
 よし!今なら、使いこなせる筈だ!ゼーダは、『予知』を利用して、俺の攻撃を
躱すだろう。しかし今の俺ならば、それをも計算に入れて、対抗出来る。
 俺は腰を落として、右手は拳を握り、左手は手を開いて、いつでも掴める状態に
する。この構えこそ、裏闘技の基本の構えだ。
(その構えから、威圧感を感じる。やれば出来るではないか。)
 ゼーダ。気付かせてくれて、ありがとな。俺は、ずっとこの感覚を忘れていた。
俺は、この構えを使って、アンタに勝つ!
(言い切ったな。良いだろう。受けて立つぞ!!)
 ゼーダは、足払いから入る。それを左手で押さえて、正拳突きをするが、足を引
っ込めて膝蹴りをしてきた。俺は目の前まで引き付けて、その膝蹴りを右手で受け
止める。そして、腕にゼーダの足を絡めて逃げられないように固定すると、鳩尾に
向かって左正拳を打ち込む。
(甘い!!これしきでは捉えられんぞ!)
 ゼーダは、体全体を捻る事で、俺の腕を逃れると、正拳が届く前に俺の肩を使っ
て踏み込むようにして逃げる。さすがは『予知』のルール。やる事が一歩早い。
 俺は、右拳を握って後ろに持っていくと、そこに闘気を宿す。
(その構えは、突き技『貫』か?さっき効かなかったのを、忘れたのか?)
 さすがゼーダ。構えを見ただけでバレるとはな。だが今は、これだけじゃない。
これに裏闘技を加えれば、バリエーションが増える!
 俺は高速で移動して、ゼーダの胸を狙う。この速さこそが突き技『貫』の真骨頂
だ。しかしゼーダは、『予知』のルールを発動させて、俺の突きのタイミングを、
完璧に予知する。手で防がれた。
(この技は何度も・・・何ぃ!!)
 ゼーダは驚愕する。俺の勢いはまだ止まらなかったからだ。寧ろ、これを狙って
いた。突きを防がれた右腕を曲げて、ゼーダの鳩尾に肘打ちを入れた。
(うぐあ!・・・『貫』の勢いを利用しての肘打ち!)
 そうだ。これこそ『貫』の派生技、裏闘技『穿(せん)』!
(『貫』の勢いを殺さずに肘打ちする。下手すると殺し兼ねん威力。成程。裏闘技
な訳だな。こんな技の数々を隠していたのか?恐ろしいな。)
 天神流の本流は人が生きる為の拳、活人拳だ。だが裏闘技の本流は、人を殺め兼
ねない殺人拳だ。だが俺は、この殺人拳を使って、天神流の本意を遂げてみせる。
(吹っ切れたな。それが、君自身の闘いに必要だと判断したな?・・・ならば、私
も見せてやろう・・・。本当の闘いをな!!)
 ゼーダは、距離を取る。俺が本気になったのを見て、とうとう『神気』を使うつ
もりだ。ゼーダは全ての力を使いこなせるが、『神気』が一番使いこなせる筈だ。
『無』の力も、この前、使えるようになったと聞いたな。
(当然だ。いつまでも後れを取る訳にはいかないからな。)
 さすがゼーダだ。『瘴気』と『神気』の関連性を聞いただけで、使いこなせるよ
うになるとはな・・・。その辺の勘の良さは、嘗ての神のリーダーを髣髴させる。
(私をここまで本気にさせたのだ。楽しませろよ?瞬!)
 ゼーダは、両手に神気を集め始める。さすがとしか言いようが無い。感じるパワ
ーは圧倒的だ。集めるだけで、周りから竜巻が起こる。
(グロバス以来の力の解放だ。行くぞ!!)
 ったく。その相手に俺を選ぶとはな。嬉しい事言ってくれるぜ!
 なら俺も、それに相応しい力で対抗する!
(来たな。君の最大の切り札。『破拳』のルール・・・。)
 そうだ。俺の象徴であり、全てを破壊する正拳『破拳』のルールだ。これを拳に
乗せて対抗する。ゼーダの圧倒的な力に対抗するには、これしかない。
(しかし、君の『破拳』は、私の『予知』との相性は最悪だぞ?)
 そうだな。当たればどんな物でも破壊してみせる『破拳』だが、ゼーダに『予知』
されたら、ほとんど当たらない。当てる為には、工夫しなければ。
 それでも俺は、自分を信じてアンタに当ててみせる!
(その気概や由!私を超えてみせろ!)
 ゼーダはそう言うと、神気で地震を起こす。俺は慌てて飛ぶ事で、そこを離れる。
そこに神気弾を追撃で入れてきた。避け切れない!
 バシュゥ!!
 俺は、『破拳』のルールで神気弾を破壊する。危なかったぜ。それにしても、俺
の離れた所を正確に把握するとは、さすがは『予知』のルールだ。
 俺は攻撃に転ずる。とやかく考えるより、まずは攻撃をする。
(当たれば一撃必倒の拳か。恐ろしいな。だが、当たらん!)
 ゼーダは、俺の伸びまで見切って掠らせもしない。『予知』のルールの恐ろしさ
って奴だ。本当に当たらない。
(こう言うのはどうだ?・・・フン!!)
 ゼーダが両手を広げる。すると、俺の周りに神気が纏わり付く。幅広い使い方を
してくる。・・・予測しろ。ゼーダが何をしてくるか、そして『予知』で読まれる
事を予測するんだ。ゼーダが予測した事の予想を変えずに、結果を変えるんだ!
(この天上神に本気を出させたのだ!誇りに思うが良い!!)
 ゼーダは、俺の周りの神気を狭める。そのまま潰す気だ。まずは・・・この神気
を俺も神気を発する事で防いでみせる。散々ゼーダに見させられたからな。俺も発
する事が出来るようだ。
(君は、元々神気を発するに適した体だったからな。)
 そういや、そんな事言っていたな。
(だが、それも予測済みだ!君程度の神気で、私の神気を防げると思うな!)
 ゼーダは、神気を狭めて食らわせる。うぐ!ゼーダの言った通り、物凄い衝撃だ!
ゼーダは、俺より神気の扱いは数段上だ。神気の密度も全然違う。だから俺は、闘
気を混ぜて防御する事で耐える。それでもこの衝撃か!
(・・・闘気を混ぜるとは、中々のセンスだ!)
 ゼーダは、いつの間にか、目の前に居た。この神気は目眩ましか!
(天上神の真の実力を知れ!!)
 ゼーダの乱舞が始まった。鳩尾から始まり、ガードが下がった所に、顔面、肩、
脇腹、胸と入れてくる。凄まじい連撃だ!
(この天上神の『恒天乱舞(こうてんらんぶ)』の前に、敵は無い!!)
 ゼーダは、己の全ての力を振り絞って、俺に攻撃する。
(良い勝負だったが、これで『恒天乱舞』は締めだ!!)
 渾身の蹴りが来る。俺は意識朦朧としている。そして、この蹴りを食らった。
(・・・グハァ!!!)
 ゼーダは、『予知』していたのだろう。俺がこの蹴りを食らって倒れる所を。そ
うだ。俺は全部食らうつもりで居た。最初からな!!
(君は・・・わざと食らっていたと言うのか!・・・この一撃の為に!!)
 ゼーダの脇腹に俺の拳が刺さった。全てを食らって、尚倒れず、この一撃の為に
反撃もしない。それが俺の選択だった。『予知』された予想を変えずに、結果を変
える。それは、反撃は無いと思わせ、全てを食らった上での反撃だ!
(・・・ううぐぅあああ!こ、これが『破拳』のルール!!)
 ゼーダは、もがき苦しむ。俺の『破拳』は、全てを破壊する。それは、当たりさ
えすれば、ゼーダの体でさえ、この通りだ。
(み、見事だ・・・。君は、とうとう私の本気を超えた・・・。今の技は、私がグ
ロバスを倒した時に放った技。それを、覚悟していたとは言え、全て食らって、耐
えて攻撃など、誰が予想しえるか!!)
 そうだったのか・・・。アンタを超えたいと言う一心からだった。
(フ・・・。フフフ・・・。君の意志は、この体に刻まれた!・・・私を倒したの
だ。もう誰にも負ける事は許さぬぞ!!)
 ああ。俺は、俺の為にも負けたくない。アンタの強さを受け継いでみせる!
(・・・良く言った。君こそ、私の後継者にして、次代を担う者だ!)
 この決闘でアンタ、俺に勝たせるつもりだったのか?
(馬鹿を言うな。私は勝つつもりだった。・・・そして互いの意志を、どちらかが
継いで、『闘式』に行くつもりだった。君もその覚悟だっただろう?)
 ・・・まぁな。アンタが勝っても、俺は恨みはしなかった。その時は、アンタ主
導で『闘式』を闘って欲しいさえ思っていた。
(それで良いんだ。そして、君は私に勝った。・・・ならば、私の力を継ぐ権利は、
君にこそある。・・・受け取れ。私の意志を・・・。そして、私の力の全てを!)
 アンタとは、結構長い付き合いだったが、感謝している。本当に俺を強くしてく
れた。俺の第2の師匠だ。アンタの事は、どんな事があっても忘れない。
(嬉しい事を言う・・・。君はいつも、最後の最後まで、本音を言わないからな。
・・・ああ。これで私は、君と一つになれる。・・・そして、君と一緒に生きてい
ける。君を経て、君の視点で、この世界を見る事が出来る!)
 正直、寂しいし、行って欲しくない気持ちはある。でも、そんな野暮な事は言わ
ない。・・・ゼーダ。俺と共に、時代を築き上げよう。俺がそれを叶える!!
(ああ・・・。頼んだぞ・・・。我が弟子にして、我が分身よ!)
 ・・・ゼーダ。俺と共に生きろ。ゼーダ!!
 そして俺は、この天上神の力を、使いこなして見せる!
 これが、この皮肉屋の最期の姿だった。いや、これからは、この俺の意志と共に
歩んでいくのだった。


 俺は・・・楽しい夢を見ていたのかも知れない。
 どこまでも皮肉屋の神と、修行をする夢。
 それは、至上の一時だったに違いない・・・。
 俺は覚えている・・・忘れない・・・忘れて堪るか!
 皮肉屋で、偉そうで、全てを悟ったような口調の神を。
 そんなアンタが、俺の為に命を懸けた事を!
 俺を強くさせる為だけに、自分を省みずに闘った事を!!
 俺は・・・決して忘れない・・・。
 ・・・
 朝になったか・・・。
 俺は、久し振りに涙を流していた。・・・俺の中に、もうゼーダは居ない。いや、
居るには居る。だが、話し掛けてくる事は無い。完全に俺と一体化したからだ。
 俺は起き上がると、自分の心を落ち着ける。いつものように、天神流空手の型を
淡々とこなしていく。いつもなら、『見事な物だな』などと言う声が聞こえてきた
が、もう聞こえる事は無い。
 ゼーダが居ない生活。それは当たり前の事だった。しかし、過去へ行った時のよ
うに、空虚感は無い。寧ろ、満たされていた。胸の中は、力で満たされていた。
 俺は、胴着に着替え終わると、集中した。今までの事が、夢じゃ無ければ、俺は
受け継いだ筈だ。なら、出せる筈だ。
 ・・・う、うおおおお!!心の奥底から、俺じゃない何かが、湧き出るような感
覚。これが・・・これが、ゼーダから受け継いだ力か!!
 凄まじい・・・。だが、これでゼーダは、本当に俺の中に行ったと、理解する。
 俺が、再び心を落ち着けると、足音が聞こえた。
 その瞬間、次に出て来る情景が浮かんだ。恵と睦月さん、それとジュダさんと赤
毘車さんが、この部屋に来る情景だ。これが『予知』のルールか。
 バァン!
 予想通り、恵と睦月さん、そしてジュダさんと赤毘車さんが、この部屋に入って
くる。そして、俺の姿を見た。
「・・・兄様?ですわよね?」
 恵が、訝しげな目で俺を見る。
「ああ。勿論だ。おはよう恵。」
 俺は優しく話し掛けた。それで恵は落ち着く。
「今のお力は・・・?」
 睦月さんが、いきなり力を出すなと言わんばかりに抗議の目を向ける。
「済みません。どうしても確認したい事がありまして。」
 そう。ゼーダとの激闘の印をだ。
「お前、今の状態が自然になったのか?」
 ああ。さすがジュダさんだ。俺の変化に気付いている。
「はい。受け継ぎました。」
 俺は、それだけ答える。すると、衝撃を受けたようだ。
「そうか・・・。ゼーダは、君に後を託したか・・・。」
 赤毘車さんも、今の一言で、全てを察する。俺が受け継いだ事を悟ったようだ。
「後を託した?どう言う事でしょうか?」
 さすがの恵も、今の意味は分からなかったらしい。
「言葉通りの意味だ。瞬は、ゼーダと完全に一つになった。今の瞬からは、天上神
の全てを感じる。つまり、天上神その物になったんだ。」
 ジュダさんは、説明してくれた。
「瞬は、天上神からの受け継ぎの儀式を行ったのだろう。そして、それをクリアし
た。だから瞬からは・・・もうゼーダの気配が無い。」
 赤毘車さんは、言い辛そうにしていた。ゼーダが居ない事を告げるのは、苦しい
事だ。何せ、今まで散々見せてきたからだ。
「・・・昨日の夜に、俺の中で対決したんだ。そして勝った方が、俺の体で『闘式』
に出る覚悟でな。・・・本気のゼーダとの一騎打ちをした。」
 俺は、目を瞑れば、まだゼーダと闘っているような感覚になる。
「俺は、勝てた・・・。何とかな。・・・そして、俺に全てを託して、ゼーダは去
った。いや、俺の中で一体化したんだ。」
 俺は、説明してやる。ゼーダとしても俺にしても、後が無い賭けだった。
「・・・兄様の馬鹿!!何て危険な賭けを!!貴方、負けた時の事、考えなかった
のですか!?負けて、残された人の気持ちを考えなかったのですか!?」
 恵は、本気で怒っていた。こう言われてもしょうがない。それだけの事を、俺は
したのだ。特に恵は、俊男の事で、一度誰かを失う悲しみを背負っている。
「済まないな。・・・でも、あのままで居たら、俺は駄目になっていた・・・。」
 そうだ。俺が俺で居られる為に、ゼーダは俺と対決したのだ。
「無茶し過ぎですよ。瞬様。・・・貴方は、いつもそうですね。」
 睦月さんも本気で怒っていた。それは、聞かん坊を諭す母のような口調だった。
「お前、本当にゼーダに勝ったのか?」
 ジュダさんは、怪しんでいる。確かに信じられない事だ。
「ええ。アイツのおかげで、俺は吹っ切れました。見ていて下さい。」
 俺は、俺の状態のまま、本気の力を出す。この部屋が崩れないように、コーティ
ングをしてだ。この芸当も、俺が完全にゼーダと一体化したから、出来る芸当だ。
「ゼーダに変わらず、その力。確かに、受け継いだようだな。」
 赤毘車さんは、僅かな変化も見逃さないようにしていたが、変わらなかった俺を
見て、俺の言う事が、本当だと知ったようだ。
「・・・お前と言い、俊男と言い、軽く神の力を超えてくるとは・・・。恐ろしい
よ。本当に・・・。いや、お前の場合は、神になったと言った方が正しいか。」
 ジュダさんは、お手上げのポーズをする。
「いや、俺は力を受け継いだだけです。俺の本当の生き方を見せるのは、これから
ですよ。アイツも共に生き、俺と一緒にこの世界を見る事にしたんです。だから、
俺を通じて、見せてやりたいんですよ。このソクトアを!」
 俺は、ゼーダの意志を忘れない。
「そうか・・・。なら、見せてやれ。そして、俺をも驚かせみろ!」
 ジュダさんは、俺に発破を掛けてくれる。それは、新しい神に対して、応援して
くれる感じだった。実際、そのつもりなんだろうな。
「はい。俺だけの生き方を、見せてあげます。ゼーダの意志、爺さんの意志、そし
て俺が思い描いた意志を、この力と共に!!」
 俺は、嘗て無い程の力が、この手に溢れるのを感じた。それは、今まで俺が歩ん
できた歴史が詰まっていた。そして、この手の中には、爺さんからの魂。そして、
ゼーダが貫いてきた魂が詰まっていた。
「これが・・・兄様の・・・力!!」
 恵は、『制御』のルールで、俺の絶対量が分かる。それは、嘗ての俺には無い力
だ。この力は、受け継いだ意志と、受け継いでいく意志だ。
 俺は、このソクトアに、天上神の意志を示してみせる。
 強く生きる。そして、正しく生きる。それは、強要されて示される物では無い。
 俺の中で強く芽生えた意志。それは、前に進む為に、未来を勝ち取ると言う、単
純でありながら、大事な意志だった。
 その為に、この力は手に入れたのだ・・・。見ていろ!ゼーダ!!



ソクトア黒の章6巻の5後半へ

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