#13 50分間

1. マスターオブモンスターを訪ねて
2. 「どれくらい乗りましたか?」

3. 50分間
4. いつの日も
1. マスターオブモンスターを訪ねて

二輪車安全運転神奈川県大会で自分の技量不足を思い知らされた翌日、はたと思い出したことがあった。
河川敷にある教習所で、卒業時にもらった「1時限のペーパードライバー無料レッスン」のチケット。
引っぱり出して見てみると、さらにレベルアップを図りたい方も大歓迎、と書いてある。
ついにコレを使う時が来たのだ。
教えを乞うべき相手もいる。
現役のマスターオブモンスター、S4を駆る「気配りの先生」だ。
早速、教習所に連絡してみた。

都合のいいことに、私の誕生日が近かったので、「記念日休暇」と称してその日に年休(年次有給休暇)を取り、教習の予約を入れることができた。
指導員の指名というのも初めてやってみた。
意外に思われるかもしれないが、私は指導員の指名というのをしたことがなかったのだ。
…えり好みできるような立場じゃない(すごくヘタだから)と思っていたから。
でも、今回は、そんなこと言っていられない。

UP!

2. 「どれくらい乗りましたか?」

レッスン当日は雲行きが怪しい、どころか台風4号が接近していた。
台風は梅雨前線を刺激して、雨はほとんど避けられない状態。
かつて教習で、一度だけ気配りの先生に担当してもらった時も雨だった。
雨は意識改革をもたらしてくれるパ-トナーなのだと、気配りの先生は言ったが、やっぱりちょっと残念だ。
せめて、雨だからこそ身につけられることがたくさんあるように…。

少し早めにロビーに入り、受付の開始を待っていると、気配りの先生が来てくれた。
お久しぶりです、今日はよろしくお願いします、と、ちょっと緊張しながら、挨拶を交わした。
二輪の控え室のあるバスの方へ行ってみようかとも思ったが、遠慮しておいた。
卒業後、一度訪ねて行ったことがあったのだが(後日談)、その時バスの指導員用控え室に漂っていた、歯医者の待合室みたいな緊張感を思い出したからだ。
…あれは、私が行くことを事前に知らせておいたためだったのだろうか?

受付を済ませ、名前を呼ばれるのを待っていると、男性職員が近づいてきた。
免許の取得年月に続いて、今までどれくらい乗りましたか?と質問される。
「5000kmくらいです。」
「5000km?」
どこがペーパーなんだ?と言いたげな雰囲気がほんの一瞬漂った。
「どこを走ったんですか?」
ここで、安全運転神奈川県大会の話をしても仕方ないので、近場を走るのがほとんどです、と答えた。
今日はどういった内容を希望されますか、と聞かれたので、あらかじめ先生と相談しておいた通り、「コントロールを重視した内容」と告げた。
チケットの裏に、私には読めないスピードで、職員がメモを取る。
「では、今日は遊んでいって下さいね。」
にこやかに会話は締めくくられた。

UP!

3. 50分間

ウォーミングアップ
スタートは、通常の教習と同じく、ウォーミングアップ走行から始まった。
久しぶりに、よく考えてみると、昨年の卒業検定以来約9か月ぶりに、教習所のコースを走る。
雨の中、前を行く気配りの先生のライン取りを、ブレーキングを、ギアチェンジを、なるべくなぞろうとするが、未だにやっぱりうまくいかない。

コントロールを重視した内容ということで、「アクセル」「クラッチ」「体重移動」にポイントを置くことになっていて、まずは概略の説明を受ける。

説明の中で、ふと、チャーリーの出向先である、あの海の近くの研修所の話になる。
あそこは、以前は教習指導員に対して、雨の中でもすごく厳しい指導をしていたという。
でも、最近はそんなこともなくなったのだとか。

半熟走行
「カンジュクソウコウというのがあります。」
気配りの先生が説明する。
完熟走行?
コース内をランダムに走る指導員の後を追う、というもので、一般的には、慣らし運転の部類に入るそうだ。
でも、あの海の近くの研修所で、教習指導員の訓練用に行う場合、下半身でのコントロールを身につけるため、左手は使わず、右手だけでハンドル操作をするそうだ。
私にはそれはムリなので、普通に両手で運転する。
今回は、私のやることなので、とりあえず、半熟走行と名付けておこう。

気配りの先生は、まるでバイク雑誌の写真みたいに、完璧なフォームでS字を抜けていく。
かっこいい、と見とれる余裕なんて当然ない。
力の限り、ついていくだけだ。
モンスターと違って、ローギアで引っ張らずにセカンドギアに入れても、全く不安が無いのはさすが国産直4、優等生!という気がした。
バイクは、当たり前だけど、走っていると重くない。
重くないから、自分の身体のように、というか身体とセットにしてコントロールできる。
…はずなのだが、私の動作はまだまだぎこちなさが勝る気がする。

8の字
「雨になってしまったので、少し予定を変更します。」
スラロームはとりやめて、8の字を使った練習をすることになった。
憧れの8の字、コワイ8の字、愛憎半ばする?練習項目である。
最初はゆっくりと、アクセルのオン・オフを意識して緩やかに回る。
オンでバイクを起こし、オフで傾ける。
この時、外足に荷重をかける事を意識する。
そして抜重。
体でバイクをコントロールする。
やってみると、「○」の部分で、アクセルを一定にしておく間の開き方が足りないようで、回りきれずに失速しそうになる。
アクセルを開けると、バイクが起き上がるけど、まだ立ち上げたい位置じゃない。
ホント、へなちょこだわ、私・・・。

それでもやっているうちに、徐々になめらかに扱えるようになっていった。
姿勢が変わってきた、と気配りの先生も指摘してくれる。

次は、クロスするところを直線に近く。
タイムアタックもこの走り方をするそうだ。
バイクの動きにメリハリがついてくると、やっぱり面白い!
でも、モンスターの時は?
私ではこんなになめらかに、微妙なアクセル操作はできないと思う。
開き方が足りないと、エンジンが文句を言うし、開きすぎるとコースアウト…。
マスターオブモンスターへの、第1の難関のような気がする。

8の字から出て、センタースタンドを立て、立ち姿勢をとり、脚だけでバイクを左右に動かす。
気配りの先生は、センタースタンドを地面に当ててカツコツと音を立てているが、私がやってもバイクはビクともしない。
私の身体が情けなくバイクの上でゆらゆら揺れているだけだ。

ところで、気配りの先生の話を聞く間、バイクにまたがったまま、スタンドは出さないでいた時があった。
足は当然、つま先しか着かない「バレリーナ状態」だが、もうそんなことは、全く気にならなかった。
地面に垂直なら、つま先立ちだって、バイクは倒れない。
教習期間中、足が着かないことをどうしてあんなに怖がったんだろう?

3×6台
「3×6台というのやります。実際に走っている場合には、あまり役に立つ場面が無いんですけどね。」
3×6台って何ですか?と尋ねると、あれです、と指導員は西の端を指差した。
あの黄色い「登り棒」みたいなもの?カラスが2羽止まっている…。
それじゃなくて、その下の方にある、畳一畳(よりはずっと広いが)のような低い台のことだった。
この上に乗る。
立ち姿勢でじっとする。
立った方が、頭の位置が高くなって、揺れるので、バランスの崩れを感じ取りやすいのだそうだ。
「一点を見るのじゃなくて、1フレームの画面を見るつもりで…。その画面が揺らいだら、バランスが崩れているわけです。」
バランスを取って、そのまま…。
でも、私は、立つことすらろくにできない。
それで、はっと気がついた。
以前、「ハードな課程」で、チャーリーが私に、縁石に前輪を当てて、立ち姿勢を保つように言ったことがあった。
あれはもしかして、私にはこの3×6台は到底ムリだと判断したチャーリーの、苦肉の策だったのか?
思い至って、つい、顔がほころんでしまった。
あの日も雨が降っていたっけ。
でも、チャーリーの読みは今も有効なのか、台上で少しもじっとしていられない。
できません、と音を上げると、じゃ、もっと楽しいことしましょう、と気配りの先生が先に立って走り出す。

低速で道幅いっぱいに
「ここからあの信号まで、できる限り、ゆっくり進みます。道幅をいっぱいに使って、Uターンしたって構いません。足つき・転倒・エンストはダメです。」
…これ、苦手だ、明確に。
クラッチを切って惰力で進むときに、ハンドルでバランス取るのが全然ダメなのだ。
どうしても駆動力の方に頼りたくなってしまって、クラッチをつないでしまう。
そうなると、リアブレーキで目一杯後ろに引っ張ったって到底ムリ。
あっという間に前に進んでしまうのだ。

気配りの先生は120万ドルぐらいの笑顔で私の方を振り返りつつ、前進というより、ほとんど停止しているような速度で動いている。
追突してしまったら、かなり罪深い。
よろけて、足をつく。失敗。
動き出せない。
少し進んで、また足がつく。
全然ダメ。
すぐ近くの教習車の中で、指導員と教習生が楽しそうに笑っている。
そりゃ、私のこと笑ってる訳じゃないだろうけど、何だか恥ずかしい。

「時間になってしまいました。」
気配りの先生が終わりを告げる。
あっという間の夢の50分、私は14:30に消えるシンデレラ(?)なのだった。
バイクを戻し、以前の教習の時と同じく、二人してグローブを絞ってから、控え室のあるバスに向かった。
「指導員でもね、あのバイクだと発進できない人もいるんだよ。エンストしちゃって。」
S4乗りのマスターオブモンスターが、いたずらっぽく笑う。

UP!

4. いつの日も

バスの2階の控え室で濡れた雨具やヘルメットをあわただしくまとめて、外へ出た。
普通車から降りた指導員が、教習生に傘を差し掛けているのが見えた。
私も担当してもらったことのある指導員だったが、二輪の時とは全然違う、もの静かな雰囲気だった。
やっぱり、「自分が死ぬ」ことが多い二輪と、「他人を殺す」ことになりかねない四輪とでは、指導する側の雰囲気も違ってくるのかもしれない。
「バイクは危険なものだと認識してください。私の仲間も何人もいなくなりました。」
やっぱり雨の日に、そんな話をしてくれたのが、この人だった。

気配りの先生が、バスの近くにいた若い指導員に声をかける。
「おい、お前、負けるぞ。」
もしかしたら、この先生がS4でエンストしたのかな?

「今日はお渡しするものはありません。後は自分で日々、意識して下さい。」
気配りの先生はそう言うが、私はいろいろ受け取ったと思う。
「ありがとうございました。」

教習所を出て会社に向かう道すがら、6月前半の、まだ弱い雨が降り続く。
16時から、どうしても出なければならない緊急の会議があって、休暇なのに出社することになったのだ。
雨の向こうに、河川敷の教習所と、50分間が遠ざかって行く。
また明日から、私とMonster 800S i.e.の、「二人きり」の鍛錬が始まる。
マスターオブモンスター(怪物のあるじ)への道はまだ遠そうだ。

そして、「思い出はいつの日も雨」じゃないけれど、私の記憶の中で、雨の日の河川敷の教習所は、穏やかな懐かしい場所になっている

雨に打たれた花

UP!

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