本日の常任委員会は、最終日でしたので、請願・陳情の採決、意見発表がありました。2日目を短かめに質問を終了しましたので、本日は存分に質問をさせていただきました。先輩議員の先生方の協力を頂きながら、拉致被害者支援活動・DV問題・NPO問題に2時間45分間の質問しました。途中に勿論、請願・陳情の勉強会、休憩、がはいりましたが、やはりつかれました。 NPOの質問はほとんど、原稿なしでしたので緊張もしましたし、頭もフル回転でした。NPOとの協働事業はこれからの時代のひとつの行政の形といわれているのは承知していますが、欧米と比べて、日本は本来のNPO活動がなかなか発展しない環境にあるとわたしは思っています。NPO法人は、もしくは法人格を有しない任意団体であるNPO も寄付をうけられるわけですが、その寄付自体、なかなか日本ではなじまないものです。政治団体であっても個人献金は集まりにくい環境にあるわけですから、NPOとて浄財を集めるのはなかなか大変であるとおもいます。行政の力をかりずに自分達でできることは自分達でやろうというのが、いわゆるNPO活動なのだと思うのです。だから、行政はいわゆる小さな政府を目指すことができるのです。日本のようにNPO活動も、行政からの補助金だの助成金だのを求めるのではなく、民間の力・民間からの寄付をつのって活動して行くのが本来なのだと思っています。むしろ行政は、NPO活動をしている団体と寄付者、篤志家を出会わせる場の提供に力をそそぐべきなのではないか?とわたしは考えています。そして見るべき寄付には減税措置をとってやるようにすれば、また違った民間活動が生まれてくるのだろうと思っています。行政との協働という美名のもとに補助金や助成金を狙って、自らの活動資金の確保を怠っている団体もいくらもあるのですから。 自主・自立がもっとも重要なNPOのファクタ−なのに、日本ではすぐ「甘えの構造」が出てきてしまうのです。やれ人材育成、活動環境整備とすぐ行政が手をだし、金を出しとなるのです。だから余計に真のNPOが育たないのです。優れたNPOほど自立しています。ボランタリ−基金などに応募しないですよ。わたしは、妙に行政がNPOに手をだすのは反対の立場です。もう少し時間をかけて、自らNPOが育つのを見守るのが最良の道だと考えています。
夫小川栄一が18区で衆議院選挙に無所属で立候補という新聞報道がされてから、にわかにわたしの周囲も波が立ち始めました。心配して声をかけてくださる先輩議員。注意してくださる先輩議員。意外にもガンバッテとはげましてくださる先輩もいらっしゃいます。わたしがいくら気が強いといっても夫が無所属、妻が自民党、そして同じ選挙区で自民党の衆議院候補者がいるとなれば、気がきではありません。登校拒否ならぬ登庁拒否になりそうな自分をはげまして、心に鞭打って、エイヤっと議会にでかけているのです。 2年前、夫が川崎市長選に出馬表明をしながら、私の存在が結局夫の足を引っ張る形に なり、出馬断念するにいたり、その後の夫の苦しみや後悔する姿を見ていて、わたしも同じように苦しみ後悔をしました。そのときは、出馬を思いとどまるようにとおっしゃった当時の自民党の県連会長には衆議院候補者であった夫が大変お世話になったので、その方のご恩に報いるために、そして、わたしを守るために夫は出馬を断念したのです。夫自身がでる為に自民党市連の役員の中から仲間をつくり、市連を分断する形になったので、自らが身を引いても自民党を割る形となり新市長が誕生する基盤を造る一助になったのでした。その結果、自民党の市連からは敵視され、地元では、何か裏取引があったのではと 妙な噂もされ、出ようと一度思ったら負けても出なきゃなどと誹られ、何もいいことはありませんでした。市政に少しはパイプができたのならまだ我慢もできますが、それも無し。わたしを守るために夫がどの位の犠牲を払ったか、測るにはあまりにも酷なほどだと思います。 わたしが夫の選挙を応援して、自民党の中で責任を問われるなら甘んじて受ける覚悟はあります。でもとても辛いことです。登庁拒否になってしまいそうな気分であることは確かです。でもすべて、わたしの運命ですから、仕方がないと思っています。夫の地盤で当選している私です。夫の励ましで議員活動も続けられているわたしです。目をつぶってエイヤっと過ぎてゆくことを願っています。
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